夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-8. 魔術回路(後編)

「さて、それじゃあ早速始めてもらおうか」

 

夕食や入浴などを済ませて身には寝間着を纏い、おおよそ本日行うことを終え、あとは寝るだけといった時刻にさしかかった頃、僕はおもむろに二人へ催促した。

例の宝石を二人に渡して、しれっと。

 

「ねぇ……。 ホントにこれ、飲み込まないと駄目なの?」

 

鈴鹿がまるで信じられないというような疑問を口にする。

鈴鹿の疑問はもっともな話である。

なぜなら親指サイズはあろうかという宝石を飲み込めというのだ。

普通に考えたらそんなの無理に決まっているだろうと考えるだろう。

しかしこれをしなければ何も始まらないのは確かだ。

 

「ああ。 飲み込まないと駄目だ。 嫌がる気持ちはわからないでもないけど、これが一番確実なんだ。 ――――さあ、一気にいっちゃって」

 

その言葉を聞いてそれまで静かに話を聞いていた京子が意を決したように、ルビーを口の中に放り入れ、ごくりと、それを一気に飲み込んだ。

隣で見ていた鈴鹿も意を決し、京子に続けとサファイアを手に取りそれを口に運んだ。

二人の表情が苦痛に歪む。

やはり大きすぎたのか、なかなかに苦しかったようだ。

 

「ううぅ……、喉が痛いわ……」

 

「碧、なんてもの飲ませるのよ……。 いくらなんでも大きすぎるわよ……」

 

「うん。 よくがんばったね。 えらいえらい」

 

そう言って僕は京子と鈴鹿の頭を撫でた。

 

「……それでこれから何をすればいいの? つーか、宝石なんて飲み込んじゃって大丈夫なんでしょうね?」

 

「それは大丈夫。 体内でちゃんと溶けるから安心していいよ。 それよりもそろそろ溶け始めるころだから意識をしっかり持っておかないと気絶するよ」

 

「……どういうことよ?」

 

鈴鹿が疑問をぶつけてきたときに、それは隣から起こった。

 

「うっ――――、くぅ……」

 

「えっ!? な、なに? どうしたの、キョー……、――――!?」

 

二人はその場に崩れ落ち、力なくうめきだした。

 

「どうやら二人ともきたようだね」

 

だが彼女たちから一切の反応は無かった。

いま彼女たちが苦しんでいるのは他でもない。

魔術回路を強制的に開いたためだ。

いわば彼女たちが希望した魔術がようやく使える状態になったということだ。

 

様子を見てみる。

玉のような汗を流しながら頬は赤く熱っぽい感じだ。

なるほど、相当苦しそうだ。

もっとも初めて魔術回路を開いたのだ。

いままで体験したことのない未知の苦しみが、彼女たちの心身に相当な負荷をかけている状態を鑑みれば今のこの状態は無理もない。

 

「話さなくていいから、その状態のまま聞いて欲しい。 ……といっても話す余裕はないと思うけどね」

 

彼女たちに反応はない。

僕は続けた。

 

「いま二人の状態というのは宝石の効力で魔術回路を強制的に開いた状態といっておくよ。

 ……といっても解りにくいか。

 まあ、魔術回路っていう疑似神経を体内に作ったってこと。

 これによって晴れて二人とも魔術を使える身体になったんだよ。

 そして二人が感じている身体のだるさや熱っぽさは1~2週間くらいは続くと思う」

 

彼女たちがこの状態に慣れていくのには時間が掛かるのは想像に難しくない。

しばらくはまともな行動もできないだろう。

当然、陰陽塾もしばらく休むことになるのだが、それは明日にでも僕から塾長に伝えておこう。

1~2週間とは言ったがこれには個人差がある。

が、二人とも陰陽術のセンスがあるのだ。

魔術にもセンスがあって然るべきだし、そうするともっと早く慣れるのかもしれない。

 

「魔術回路を作るのは最初の一度だけ。

 一度これを体験して魔術回路を作ってしまえば、あとは意識的にそれを切り替えるだけでいい。

 この切り替えるイメージっていうのは人によって様々だから、京子と鈴鹿に対してこれだとは断言できない。

 ちなみに僕の場合は魔術回路に繋げるイメージで、自身の中でオンとオフを切り替えて魔力を成してるんだ」

 

僕の場合は指を弾いたり「接続(セット)」という言葉によるものでそれを行っているが、彼女たちはどういうものでイメージをするのだろうか。

 

おっと大切なことを言い忘れた。

 

「そうそう、その今の開いた状態を閉じる方法なんだけど、いまの状態を落ち着かせるようにしていれば身体が勝手に閉じてくれるよ。

 回路を閉じることで今の苦しみからは大分解放されると思う」

 

「――――、そ、それを、早くいいなさい、よ……」

 

「……そ、そうね。 あ、あたしも、早く、聞きたかったわ」

 

「へぇ……、もう喋れるなんてね。 どうやら二人とも陰陽術をやっていたせいか、センスがあるみたいだ。

 ……ん、わかった。 もう喋らなくていいから、いまは身体の状態を落ち着かせることに専念してくれたらいい」

 

彼女たちはわずかに頷き、額から汗を流しながら苦しそうな表情で、必死に僕の言葉通りの行動を遂行していった。

 

それから1時間くらいが経っただろうか。

ようやく彼女たちは落ち着きを取り戻すことに成功したようだ。

だがその身体は相当疲弊しているように見て取れた。

 

「それじゃあ、二人とも相当疲れているようなので、手短に終わらせるよ。

 先ほども言ったように今回は宝石を使って外部からの刺激を与えることで強制的に二人の魔術回路を作ったんだ。

 これによって次からは意識的に切り替えることで魔術回路を扱うことができるようになったわけだけど……

 急に切り替えって言われてもピンとこないかもしれない。

 まあ、そのうち明確にイメージできるようになるよ。

 あとはそれを意識的に切り替えるようにして、そのスピードを速くするだけなんだ」

 

僕の言葉に反応はした。

したが、その声に力はなく、

 

「……わかったわ」

 

「……気持ち、悪い」

 

今すぐにでも昏倒しそうな状態で、これ以上は続けられそうもなかった。

一応、回路の制御についての一通りの説明はした。

それに短時間で魔術回路を制御した。

これは大きな前進であり、大したものである。

ならばあとはゆっくりと休ませても問題ないだろう。

 

「今日はもうやめにしよう。

 それとしばらくは身体の熱っぽさやだるさがあるから、何かあってはいけない。 しばらく行動は控えて、陰陽塾にも行かないほうがいい。

 そのあたりは僕から塾長に話を通しておくから、二人はゆっくりと体調の回復を待っていてくれ。

 というわけで、今日はお開き。 二人ともお疲れ様」

 

僕が話し終わると、二人は頷いたあと、ゆらりと立ち上がり、ふらふらしながら歩き、そして再びその場に崩れた。

これは一人じゃ無理だな。

僕は部屋にいる秋乃を呼び、二人をそれぞれの部屋に運ぶのを手伝ってもらった。

 

運び終わったあと、秋乃からは「二人ともどうしたの?」と聞かれ、そのまま魔術を教えた旨を伝えた。

そしたら秋乃は「なんでそんなめんどくさいもの覚えようとするのかな?」などと真剣に悩んでいた。

いまを楽しく生きているからか、性格がものぐさだからかは分からない。

秋乃にとって二人の行動というものは理解しがたいのだろう。

しかし、秋乃がそう考えるように、京子と鈴鹿にもそれぞれの考えというものがあるのだ。

僕は秋乃に「秋乃も一緒にやれば二人の気持ちも分かるかもしれないよ」と言ったが、返ってきた言葉は「やだよー。 そんなことするなら昼寝してたほうがいいもん」と秋乃らしい回答だった。

僕は苦笑しながら頭をぽんぽん撫でて、一緒にそれぞれの部屋へと向かった。

 

 

 

            ☆

 

 

 

あれから1週間が経った。

京子と鈴鹿は未だ完全回復には至っていない。

 

京子と鈴鹿の魔術回路を開いた翌日、僕は倉橋家に赴き、京子と鈴鹿の件で塾長と話をした。

なにしろ入学して早々1~2週間ほど陰陽塾を休むのだ。

塾長からは何か言われることを覚悟していたが、しかし、予想していたほど何か言われることはなかった。

どうも僕がここに来る前に京子から連絡を受けていたらしい。

もちろん魔術ということはボカしていて、陰陽術の開発というように伝わっているみたいだが。

つまり塾長は僕がここに来る前に、事前にある程度の事情は承知していたということだ。

 

そのおかげで事が進むのは早かった。

僕は塾長に、京子と鈴鹿、そして僕を含めた三人の陰陽術の開発・研究という名目の休暇申請を行った。

その結果、特例ではあるが、2週間の自宅研究を言い渡された。

代わりにその研究に関するレポートの提出と引き替えにという条件付きでだが。

僕はその塾長の条件を呑み、了承の意を示した。

これでここでの用事はこれで終わった。

ならば長居は無用。

塾長に弄られる前にここから撤退だ。

和やかな表情で見送る塾長を尻目に、そそくさと倉橋家をあとにした。

 

 

倉橋家から逃げ出すように出てきた僕は、その足で実家へと向かった。

目的は素体と道具の回収。

実家へと着いた僕は父さんへの挨拶もそこそこに自分の部屋へと向かった。

 

部屋に着くと早速、机の引き出しの奥にある鍵を取り、部屋の隅にある畳一畳分はあろうかという物入の鍵穴に鍵を差した。

そして「接続(セット)」と紡ぎ、物入れの解錠処理を行った。

するとガチャリと施錠が解除された。

この物入れは鍵と僕の魔力を流すことで解錠する仕組みになっている。

もしこれ以外の方法で開こうとしたり壊そうとすると、物入れに施された一千字のルーン(ANSZ)が対象を襲う。

これが起動すれば対象を骨も残らず燃やし尽くしても余りあるオーバーキルの火力になるのは明白である。

 

 

僕がなぜここまで厳重な管理をしてあるのか。

それはこれまで魔術の研究をしたときに作った数々の品々が保管されているからだ。

当然、中には危険きわまりないものもある。

その最たるものが物入れ下段に保管されている人形(ヒトガタ)である。

人形(ヒトガタ)は全部で3体。 二体は完成品。 もう一体は未完成。

僕は一考した後、完成品一体と未完成の人形(ヒトガタ)を取り出し、道具と一緒に特注の大きなトランクに詰め込んだ。

僕はトランクを引きずって父さんへの挨拶もそこそこに足早に屋敷から出た。

 

 

 

そして――――

 

 

「ふ……ふは、ふはははっ! つ、ついに完成したぞ!!!!」

 

深い夜、時計は午前一時を指している。

あまりの達成感に土蔵の中で一人大声で叫んでしまった。

 

僕が大きなトランクを引きずってこの屋敷に戻ってから早1週間。

京子と鈴鹿の体調が万全でないことをいいことに、人目を避け細心の注意を払い、土蔵の中でコツコツと人形作りに没頭した。

その結果、未完成だった人形(ヒトガタ)はついに今日完成したのだ。

我ながらすごいものが出来たと自画自賛である。

過去に造った完成品の人形とは異なり、これは人間そのものだ。

誰が見ても人形だと気づく者はいないと断言できる。

見た目はもちろんのこと、内部構造に至るまでだ。

 

この人形のモデルになったのは姉さんの式神だった北斗。

ボーイッシュな装いの似合いそうな、ショートカットの髪をした少女である。

北斗をモデルにしたのは単に制作の途中で容姿に悩んだからだ。

そのときに姉さんの式神を思い出して真似ることにした。

 

しかし、今はまだこれが動くことはない。

なぜなら――――

 

僕が脳内で考えに耽っていると、土蔵の扉が開く音がした。

 

「誰だ――――!!!?」

 

僕は絶叫に似た声と共に開いた扉に振り返った。

 

 

 

            ☆

 

 

 

 

「うぅ……体が熱い……。 ――――ダメだわ。 やっぱり寝付けない……」

 

時計を見ると午前一時前。

あの日、碧くんに魔術の指導を受けてから1週間が経った。

あの日から比べると幾分楽にはなったが、熱っぽさは相変わらずだ。

今日みたいに寝付けないこともしばしばある。

こういうときは縁側で夜風に当たるとよく寝付けるためいつもそうしている。

 

「この屋敷の夜風って気持ちいいのよね」

 

あたしは縁側へと足を向けた。

 

 

 

 

 

縁側へ着くと先客がいた。 鈴鹿ちゃんだ。

 

「あら、鈴鹿ちゃんも涼んでるのね」

 

あたしはそう言いながら年下の少女の横に腰を下ろした。

すると呼ばれた少女はこちらを向き、やや怠そうに答えた。

 

「んー、キョーコ? あんたもまだ熱っぽいの?」

 

「そうなの。 体が火照っちゃって、なかなか寝付けなくて」

 

「……これ、いつになったら治るのかな?」

 

「さあ……。 でも碧くんは1~2週間くらいは続くっていってたから、そろそろ治るんじゃないかしら」

 

「……なんていうか、魔術って、地味にキツいわね」

 

「そうねぇ。 一瞬の痛みよりも、こう地味に長く続く方がしんどいわね」

 

「はぁ……」と二人そろって溜息をつく。

すると土蔵の方から大きな声がした。

 

「な、なに、今の」

 

「土蔵の方からだったわよね……? もしかして碧くん?」

 

あたしは念のため、碧くんの部屋を見に行き、碧くんがいないことを確認した。

そして再び鈴鹿ちゃんのところへ戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

「部屋にはいなかったわ」

 

「となると……」

 

「土蔵で碧くんの身に何かあったと考えるべきね」

 

あたしたちは顔を見合わせて頷いたあと、重い体を引きずりながらも土蔵へと走って行った。

 

 

 

 

 

土蔵の扉を半開きにして中の様子をうかがう。

白熱灯による光が中を薄暗く照らしている。

中央には動く影が一つ。

暗がりでよく見えないが、たぶんあれは碧くんだ。

あたしは碧くんに声をかけようと扉を全開にした。

すると、

 

「誰だ――――!!!?」

 

と、大声で怒鳴られた。

 

「きゃあ――――!!!!」

 

びっくりしたあたしと鈴鹿ちゃんは悲鳴を上げその場に尻餅をついた。

 

「いったーい! ちょっとなんなの!? 大声出さないでよ、碧」

 

あたしも何か言おうとしたが、碧くんの顔を見てその考えは消えた。

なんだろう、酷く狼狽してる?

碧くんの普段見せることのない顔がそこにはあった。

 

「碧くん? どうかした?」

 

あたしは立ち上がって碧くんの方へと近寄った。

すると碧くんはあたしが近寄った分だけ後ずさった。

どうしたんだろう……?

あたしはまた一歩碧くんに近寄った。

するとやはり碧くんは一歩下がった。

 

「碧くん?」

 

「な、なにかな?」

 

「ねぇ……。 何か隠してない?」

 

「そ、そんなわけないよ。 何も隠してないし」

 

あやしい。

どうも碧くんの後ろにある何かを隠しているようだった。

 

「その後ろに隠してるの、何?」

 

「なんでもないよ。 ほら、もう夜も遅いから戻ろう、な?」

 

意地でも見せないつもりなのね。

いいわ、そこまであたしたちに見せたくないものなら逆に見たくなったわ。

あたしは鈴鹿ちゃんに目配せをした。

そして――――

 

「今よっ!」

 

そう叫んだ瞬間、あたしは碧くんを捕まえて、鈴鹿ちゃんは直ぐに立ち上がり碧くんの背後にある物のところへと走った。

碧くんは必死に鈴鹿ちゃんを捕まえようと暴れたけど、あたしの力でも意外なほど簡単に押さえることが出来た。

碧くん見た目通りあまり力ないのね……。

必死に暴れながらも「やめろぉー」と断末魔を上げる碧くん。

なんだかあたしたちが悪いことしたような気分だわ。

そう考えていると鈴鹿ちゃんのかすれた声が聞こえた。

 

「なに……これ……」

 

その瞬間、碧くんから力が抜け落ちて項垂れながらその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

            ☆

 

 

 

 

いずれ見せるつもりだった。

だが今はまずい。

なぜなら――――

 

「碧。 ……この子、一体どうしたの?」

 

僕を捕まえてた京子もそれを見ようと鈴鹿のそばに駆け寄り

 

「えっ!? ……女の子、しかも裸……」

 

そうなのだ。

今二人の目の前にある人形のモデルは北斗。 ボーイッシュな女の子なのである。

しかも完成したばかりなので、その子には何も着せていない。

そしてこれから彼女たちが連想するであろうことは想像に難しくない。

 

「碧。 この子どうしたの? つーか、どこから連れてきて、この子と今まで何してたのよ!!!?」

 

「碧くん。 この子、なんでこんなところで寝てるの? しかも服どころか下着すら着けていないし、一体何をしてたのかしら!?」

 

ほらね。

案の定、京子と鈴鹿は僕に詰め寄り胸ぐらを掴みながら問い詰めてくる。

 

薄暗い中、全裸の女の子と一緒に何かをしていたのだ。

指摘されないと思う方がおかしいだろう。

僕だって事情を知らなければ気にはなる。

 

「はぁ……」と溜息を一つつき、僕は彼女たちに説明した。

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、この子は本物の人間と変わらない人形だっていうの? ……碧、嘘をつくならもうちょっとマシな嘘をついたほうがいいわよ?」

 

半眼で呆れているような、軽蔑がやや入ったまなざしで僕を見る。

ま、普通はそう思うよな。

鈴鹿の反応は正しい。

しかし、

 

「それが嘘じゃないんだなー、これが」

 

この人形は誰が見ても人形だと気づくことはない。

なぜならそうなるように造ったのだから。

 

「そんな……、嘘よ……。 だってこの子、どこからどう見ても普通の女の子じゃない!?」

 

「この人形のコンセプトは人間。 人間以下でも以上でもなく、普通の女の子と同等の性能を持った人形なんだ。

 鈴鹿の言うように見た目もそうだけど、中身の構造、血液や筋肉の繊維に至るまで人間と完全に同一体。

 僕の魔術には人体工学も含まれるから、こういったヒトガタを作ったりもするんだよ。

 でも、ここまで本物と区別できないほどのものを造ったのは初めてだけどね」

 

それを聞いて絶句する鈴鹿。

すると今度はそれまで静かに聞いていた京子が質問してきた。

 

「ねえねえ、碧くん。 この子、人間と同じってことは、動いたりしゃべったりできたりするの?」

 

京子は鈴鹿とは方向性の違った内容の質問だった。

 

「これはただの器で、この子がこの子である唯一のもの……、魂がないんだ」

 

「魂……?」

 

「そう。 ここには人形というカタチのものは存在するけど、この人形を動かすものはない。

 つまり、今はまだ動かないししゃべりもしないってこと」

 

「なんだ。 ちょっと残念ね……。 こんなにかわいい子ならおしゃべりしたら楽しいかと思ったんだけど」

 

「楽しいかどうかはわからないけど、近いうちにこれ、動く可能性はあるよ」

 

「え!? 本当?」

 

「うん、本当。 ただそういう可能性もあるってだけ。 あまり期待されても困るけど」

 

この器に入る人が拒めば無理だし、承諾すれば京子の期待に応えることができる。

すべては彼女に次第といったところだ。

まあ、僕に出来ることはやったつもりだし、こればかりは今考えても仕方のないことだ。

 

ふと、僕と京子がそんなやりとりをしていると、

 

「この子、どこかで見たことあるのよね……」

 

と呟いた。

そして、

 

「あーっ! 思い出した! 春虎と一緒にいたあの女だわ」

 

この人形は姉さんの式神だった北斗を模したものだ。

そして去年の夏に鈴鹿が姉さんたちと接触した際に、どうやら北斗にも接触しており、この人形を見て思い出したようだった。

 

「ああ、そうか。 鈴鹿はあのとき、この子を見たことがあるんだね」

 

「ええ、見たわ。 というか、あの式神を壊したのもあたしなのよ……。 それで春虎がショック受けちゃって……」

 

それは初耳だな。

そういえばあれ以来、姉さんが北斗を操作しているところを見たことが無かった。

なるほど、鈴鹿に壊されたせいだったのか。

 

「そんなことがあったんだな……。

 ただ、あの式神、北斗って言うんだけど、その北斗を操作していたのは姉さんなんだ。

 なんでも男装するためにボーイッシュな女の子を作って練習していたみたいだよ。

 それと鈴鹿が北斗を壊してくれたおかげか知らない。

 けどあの事件前後で、姉さんと春虎兄さんの仲が以前より明らかに親密になってさ、結果論だけど逆によかったんじゃないかと思うよ。

 ま、鈴鹿が気になるなら、姉さんと春虎兄さんに一言謝っておけばいいと思うよ」

 

「はぁ!? あの女が夏目っちの式神ぃ!? つーか夏目っちと春虎ってそういう関係だったの!!!?」

 

「あ、あ、碧くん!! それホントなの!?」

 

「え? あ、ああ。 春虎兄さんは気がづいているのか微妙な節があるけど、姉さんは昔っから春虎兄さん一筋だよ」

 

「そ、そうなんだ……。 意外だわ。 まさか夏目っちと春虎がそういう関係だったなんて……」

 

「あたしも驚いたわ……。 で、でも、そ、そうよね。 夏目くん女の子だものね……」

 

「うん。 まあそういうわけだから。 それと、鈴鹿。 謝りに行くなら僕も一緒について行くから、行くときは声かけてくれ」

 

「う、うん。 ありがと……」

 

僕と鈴鹿がそんなやりとりを見せているなか、京子は何かを見つけたのか、奥の方へ歩いて行った。

 

「あら? あれは何かしら……?」

 

京子が奥にある何かを見つけたようだ。

だが、ちょっとまて。 やめろ、それはマジでやばい。

 

「京子、それ以上そっちに行ってはいけない。 理由はあとで話す。 だからこっちに戻ってくるんだ」

 

「え? どうして?」

 

土蔵奥の暗闇からがさついた音が聞こえる。

暗闇のため全容は見えない。

が、不吉な二本の足と共にそれは一歩、また一歩と近づいてくる。

 

Vivimus in somnus.(私は眠りの中で生きている。) Solitari putris in inferos.(ひとりきりで土の中で腐っていく。)

  Hodie mea obiit die, et mea natus die.(今日は私の命日であり、そして誕生日だ。) Té obire.(さあ、貴方に会いに行こう。)

  Mea anima immortalitas. (私の魂は不滅です。) Autem mea futura necat aeram.(私の未来は殺されました。)

  Manes sum. (私は亡霊です。) Animae definiré ambiguus est.(生命の定義はあいまいです。)

  Te odi, et te amo. (憎らしい、愛おしい貴方。) Conveniebamus in somnium ipsa.(どうか、夢で会いましょう。)"

 

まずい……。

あれは実家に封印してあった完成品の内の一体。

持ってきたはいいが、北斗(仮)の作業を先にしていたせいで、あれはまだ改修が済んでいない。

もともとこの人形は実家防衛用の衛兵(センチネル)として造ったもだ。

そのため複雑な命令処理は行っていない。

僕や家族を除く者が人形を中心とした半径数メートルに入った侵入者を感知したら襲うようにしてあり、解除方法は僕が直接触れるか、人形の完全破壊しかない。

先ほど京子が近づくいたことで、どうやら起動してしまったようだ。

 

衛兵は既に詩文を囁いている。

この詩文は呪詛だ。

呪詛は対象を自分自身として、負の連鎖を発生させている。

するとどうなるのか。

呪い呪われる事で魔力を発生させているのだ。 しかも永久に。

 

詩文を囁きだしたということは魔力が発生しているということ。

つまり人形は攻撃態勢にある!

そう思った矢先、人形の眼が赤く光った――――

 

「っ――――京子、伏せて!!」

 

咄嗟に言った言葉だが、京子は悲鳴を上げながらも反応してみせた。

衛兵が眼から呪い(ガンド)を飛ばした瞬間、僕の言葉に反応した京子は地面に伏せてやり過ごしたのだ。

よくやった、京子!

だが褒めるのはあとだ。 その余韻に浸っている時間はない。

僕は人形が次の攻撃に移る前の一瞬の隙を突いて回路を起動しながら衛兵へ向かって走り、そして、

 

「お前の出番は今じゃない!」

 

衛兵に触れ強制停止の術式を起動した。

一瞬の静寂が場を包む。

が、次の瞬間、衛兵は糸が切れたようにその場から崩れ落ち完全に機能を停止した。

とにもかくにも被害には至らず終わりを見せた。

 




コッソリ更新。
久しぶりに話が進んだ気がする・・・

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