「怪我はないか、京子?」
「一体なんなのよ……もう……」
ガンドを避けたときに強く打ったのか、お尻をさすりながら涙目な京子。
そんな京子に手を差し出す。
京子はその手を掴み起き上がった。
「ごめん。 対侵入者用の人形が誤作動したみたい」
「したみたいって……」
誤動作であたしは狙われたのかと、ますます涙目になる京子。
そんな彼女を必死に慰め、そして落ち着きを取り戻したときを見計らって、
「とにかく、もういいだろう。 もう夜も遅いし話は明日だ」
僕は強制的にここでの話を打ち切り、二人と一緒に土蔵から出て厳重に鍵を閉め屋敷へと戻った。
☆
「というわけで――――」
「何が、というわけ、なのよ。 誤魔化さないで昨日の夜の話をしなさい。 昨日の話を」
朝。
いつもよりも早く朝食を取り終え秋乃が部屋に戻ったときのこと。
僕がこの場から逃げだそうと席を立とうとしたとき、鈴鹿に服をつかまれて、それは未然に阻止された。
逃げられないと悟った僕は溜息を一つ。 鈴鹿の要求に応えて昨日の出来事について説明した。
「碧くんのことだもん。 このくらい普通のことなのよね、きっと……」
「はぁ……もういいわ……。 でもそんな物騒なものそこら辺に置いとかないでよね」
「正直スマンカッタ」
平謝りでなんとか許してもらった。
ところでと鈴鹿。
「なんだか今日は調子がいいみたいなのよ」
「あら、鈴鹿ちゃんも? 実はあたしもなの」
「なんだ。 京子も鈴鹿ももう体調が回復したのか?」
「昨日の夜までは体が火照ってたんだけど。 今朝起きたらすっごく調子よかったのよ」
鈴鹿の言葉に、うんうん、と頷く京子。
「そうなんだ? ――――それじゃあ早速、今日から魔術やってみる?」
「え? マジにっ!?」
「本当なの? 碧くん?」
「マジもマジ。 本当だよ。 といっても最初なので基礎の基礎から」
そういって僕は二人に紙を渡す。
紙を渡された二人は何か仕掛けがあるのかと見るが、いたって普通の白い紙だ。
僕も同様の紙を手に取る。
「これは種も仕掛けもないただの紙だよ。 そしてこの紙を強化してもらうつもり。 こうやってね――――」
僕は指を弾いて紙に魔力を通した。
すると紙は魔力に反応し一つの神秘を成した。
僕は強化した紙を鈴鹿と京子に差し出して、二人が手元に持っている紙と比較してもらった。
「これ……重さは変わってないけど硬いわね」
「ええ。 それに折れない。 まるで何か別の……そう……金属ね。 信じられないことだけど、鉄板のようだわ……」
「これは魔術の基礎中の基礎。 強化の魔術なんだ。 ただ基礎といっても難易度としてはそこまで低くはない。
対象に魔力を通すことで存在を高めて、文字通り強化の効力を発揮する。
その紙のように硬質化させたり、包丁に使えば切れ味を増したりね。
極めれば自分以外の他人を強化することもできる。 もっともこれは習得難度としては最高だけどね」
「つまり使い手次第で奥義にもなったりするわけね?」
「碧くんは、その他の人を強化したりできるの? 例えばあたしとか鈴鹿ちゃんとか」
「……人体構造は把握しているから理論上は可能かな。 だけどどうだろうな、試したことはないけど、僕の特性上そこまで器用なことができるかどうか……。 残念だけど現時点では僕にも他人を強化することはできない。
今僕ができるのは自分自身の強化まで。 なかなか上手くはいかないさ」
「碧でも出来ない魔術があるんだ?」
「それはいくらでもあるよ。 特に魔術っていう括りにおいてはね。
あまりにも分野が広すぎるんだ。 一つのことを極めようとするとそれだけで一生を終えてしまう。 いや、一生掛かっても極めることができないかもしれない。
そういうことだから僕は出来ないことの方が多いし、それは鈴鹿や京子にも言えることだよ。
それに魔術師っていうのはそれぞれ属性を持っているから、自分の属性にあった魔術を覚えるのも必要だね」
「属性……?」
「そう。 属性。 五大元素といって「地」「水」「火」「風」「空」の五つ。
魔術師はこのうちのどれか一つは持っているんだ。 正確にいうとこの五つ以外にもあるんだけど例外なんで今は置いとく」
「ねえ、碧。 あたしの属性はなんだか分かる?」
「今はまだ分からない。 それはこれから魔術を覚えていく中で見つけていくしかないね。
ふとしたことで自分の頭の中で得意な属性が浮かぶこともあるし、……この手のものは僕でも判断が難しいね」
「参考までに聞いていいかしら? 碧くんはどの属性なの?」
「僕? 僕は五大元素っていう属性だけど?」
「……5つ全部持ってるなんて反則くさいわよ」
「そんなことないよ。 その五大元素全てを持っていたとしても使いこなせなければ意味がないからさ。
僕の場合はちょっと特殊でね。 起源が色濃く出ちゃってて、その属性全てを使いこなせてないのが現状なんだよ」
「起源……?」
「うん。 起源。 これは魔術師に限らずあらゆる存在が持つ、あらかじめ定められた本質というやつでね。
その本質が強く表に出ると通常の属性を使った魔術との相性が悪くなってしまう弊害があるんだ」
「そうなんだ……ちなみに碧くんの起源はなんだったの?」
「それがよく分かっていないんだ。 どうにも二つあるみたいでさ。
一つは「破壊」なんだけど、もう一つは分からない。 その一つも、ある人から聞いただけだからホントかどうか……。
とにかく「破壊」という本質があるせいで僕の魔術はその特性による傾向が強いんだよ」
「破壊ねぇ……。 あー、そういえば碧って陰陽術も攻撃性の強いものが出来て、簡易式なんかは苦手だって言ってたわね。
これも何か関係あったりするの?」
「いい質問だね。 うん。 実は関係があったりする。
陰陽術も魔術が分化したものだから、その属性や起源に左右されたりもするんだ。
つまりその逆も然りってことだね」
「えぇっと……。 つまり陰陽術で得意なことが魔術でも得意な分野になるってことなのかしら?」
「そういうこと。 ただあまりそればかりに囚われるのもよくない。
陰陽術という狭い範囲では魔術特性を捉えられない事も多いから、あくまで参考程度にした方がいいね」
二人はなるほどと納得し、再び手元の紙に目を落とした。
結局のところ今はまだ京子と鈴鹿の属性や起源なんてわからない。
ならば目先のものをコツコツと積み重ねて行くべきなんだ。
魔術特性の判断はそれからでも遅くはない。
「それで話を戻すけど、二人が持っている紙の強化方法について。
まず魔術回路はもう繋ぐことができるよね?」
「出来るわよ。 夢の中で聖書が出てきたわ。 それを開くと繋がるみたい」
「あたしはなんだか普通のボタンだわ」
「ま、そこは単純であればあるほど繋ぐまでに時間が掛からないから二人ともいいイメージだよ。
それじゃあ二人とも、魔術回路に繋いでみて」
首肯にて了解の意を示す。 そして、
「「――――
二人は僕と同じ呪文で魔術回路へと繋いだ。
「次は手元にある紙をよくイメージして、よく集中して。 その紙を構成する重要な部分、そして材質。 それらを解析、解明するんだ。
それができたらその強化対象となるものを把握し、そして魔力を流すんだ。 その紙を補強するようにね」
「――――って、いきなりそんなこと言われても難しいわっ!!」
「そうね……。 紙を解析だなんて……」
「デスヨネー」
初めての魔術でいきなり成功されても困る。
だが二人にはいい機会だ。
僕はこれから所用にて外出するが、二人にはまず紙を知るところから始めてもらうことにしよう。
そう考えているとタイミングよく秋乃から声が掛かった。
「碧~? 準備できたよー」
「おお、今行くから玄関でまってて」
そう秋乃に返事をしたあと、京子と鈴鹿に、
「僕はこれから秋乃の学校の編入手続きがあるから昼くらいまで留守にするよ」
「あー、そういえばそんなことも言ってたわね……」
「秋乃ちゃんの学校、今日からだったんだ?」
「うん。 まあそういうわけだから行ってくるよ」
「わかったわ」と頷く京子と鈴鹿。
僕はそれを見届けたあと席を立ち、部屋に戻った。
クローゼットに掛けてある昨日新調したばかりのスーツを取り出し着込む。
ネクタイを締め、久しぶりのスーツに窮屈な思いをしながら、身だしなみを整えた。
必要な書類を鞄に入れて再び居間へと顔を出す。
そして、
「二人共、引き続き強化魔術の練習をすること。 ――――僕からのアドバイスは紙をよく識ること。 そうすれば魔術もそれに応えてくれるよ」
そう言い残して二人に別れを告げ、そして玄関にて待つ秋乃と一緒に学校へと向かった。
☆
今、僕と秋乃は入学する小学校の校長室で個別に説明を受けている。
というのも、入学経緯が特殊であったためだ。
秋乃が編入する学年は5年生。
今まで学校に通ったことのない秋乃は、一般の生徒とは異なり編入試験を経ての入学になる。
昨年から僕ともう一人で秋乃に勉強を教えていたおかげで入学試験は無事パス。
そして今ここで面談という名の説明を受けているというところである。
「――――であるからして、我が校は……」
と、先ほどから頭に残らないような長い定型文を延々と繰り返している。
だが、どうやらそれも終わりを告げようとしていた。
校長がある担任の名前を呼んだとき、その人は静かに部屋に入ってきた。
20代前半だろうか。 身なりのしっかりとした品のいい綺麗な女性だ。
「では先生、お願いします」
校長のその言葉に「はい、校長先生」と答えた女性教師。
そして僕と秋乃の方へと視線をやり
「わたし、
大人の女性の余裕のある雰囲気でいて、表情は穏やかに手を差し出してきた。
第一印象だが、まあ、少なくとも悪い人ではなさそうだ。
大事な妹である秋乃を預けるのだ。
変な担任にならなくてよかったと内心でホッとした。
「こちらこそ、秋乃がお世話になります」
僕はそんな
先生は僕に続いて秋乃とも挨拶を交わし、そして今後の予定について話し始めた。
雑談を伴った説明もひと段落したころ。
これから先、先生は秋乃を伴って教室に行ってそのまま授業を始めるそうだ。
そして、僕はこれにてお役御免。
「では周瀬先生。 秋乃をよろしくお願いします。 ――――秋乃、勉強がんばれよ」
僕は先生に秋乃を預けて学校を後にした。
☆
屋敷に戻った僕は再び京子と鈴鹿に魔術を教える。
といっても伝えることは朝に伝えたので、聞かれた質問には答えるが基本的には見ているだけだ。
強化の魔術を必死にやる姿はなかなか微笑ましいものがある。
そんな彼女たちの姿に目を細めながら、僕も陰陽塾に提出するためのレポートを作成していく。
休みと引き替えに引き受けた研究している陰陽術のレポート提出。
本来の休みの目的とは違うため、当然そんな陰陽術など研究しているはずもなく。
僕は一考し、そしてあることを決定した。
昨日京子を襲った人形。
この人形は
この自動人形を式神・人造式として扱うための研究レポートをまとめようと考えている。
もちろん今のままでは兵器そのものなので、このままというわけにはいかない。
具体的に、まずこの自動詠唱永久機関を変更し、術者から
武装に関しては眼はガンドを投影する水晶製。 対象を呪い殺すことのできるフィンの一撃すら投射可能なこの眼はあまりにも強力だ。
手の余るこの武装は外す。
他は両腕が蛇腹に分割することで10メートル程度伸び対象に物理的ダメージを与える機能、両手には接触した対象の術式行使を一定時間妨害する機能がある。
これらは対陰陽師、対式神用に作ったものだが、術者に対してただちに致命傷を与えるものでもないので残してもいいだろう。
劣化版の人形の変更仕様はこうだ。 動力は術者から供給、武装は伸縮自在の両腕と、両手に内蔵された術式妨害機能。
僕はこれらの内容でレポートをまとめる作業に入った。
☆
夕方。
秋乃が学校から帰ってきたころ。
僕は土蔵へと足を運び出かける準備をした。
土蔵には昨日完成した北斗人形がある。
あれから誰も触っていないため昨日のまま放置されてあった。
当然なのだが、全裸である。
僕はそこである重大なことに気が付いた。
北斗人形が完成したのはいい。
だが服はどうする? 彼女がこれを使ったとしてどうやってここまで帰ってくる?
これはごくごく普通の、一般的な常識内の話になる。
間抜けな話であるが、北斗人形の服をどうするのかという、その考えが今日の今までなかった。
まさか彼女を裸のまま帰らせるわけにはいかないだろう……。
僕の服を着せてもいいが……
いや……、ここは京子と鈴鹿に相談だな。
僕は北斗人形をトランクに詰め、屋敷の居間へと戻った。
☆
「京子か鈴鹿。 どちらでも構わないけど服貸してくれないか?」
「――――え?」
「……はぁ?」
居間で魔術の練習を続けていた京子と鈴鹿。
僕が服を貸して欲しいと伝えたとき、京子と鈴鹿は魔術の練習を止めてこちらに振り返った。
そして京子は困惑した表情、鈴鹿は急に何を言い出すんだコイツと思ってそうな冷めた顔をしながら僕を見た。
「……あの、その……碧くんが欲しいなら、その、いいけど……。 一応、その、何に使うか教えて欲しい、かな……」
「そうそう。 碧のこういう行動はよくあるから今更だけどさぁ。 でも女の子の服を欲しいなんていくら碧でもないわー。 せめて理由をいいなさい理由を」
「ああ、それはこれに着せるつもりなんだけど――――」
そう言ってトランクから北斗人形を出し二人に見せた。
一糸まとわない人間にしか見えない人形がそこにはあった。
それを見て二人は納得。
だがそれと同時に新たな疑問も生んだようだ。
「北斗ちゃんに着せるためだったのね。 それならあたしはかまわないけど、サイズ合うかしら……?」
「あたしもたぶんサイズ合わないわよ? ……何のサイズとは言うつもりはないけど」
……そうか、サイズは合わないのか。
今の話から察するにサイズ的には大きい方から京子、北斗、鈴鹿という順番のようだ。
なるほど、勉強になった。 その知識が必要かどうかはともかくとして。
僕が内心で二人に下した失礼な評価を考えていると鈴鹿がまた新たな質問を投げかけてきた。
「でもなんで急に服を着せようと思ったわけ? 裸を隠したいだけなら布でも被せておけばよくない?」
鈴鹿の言う通り、動かない人形なんだ。
何もする必要がないのなら布でも被せて保管していればいい。
しかし、今日にでも彼女のところへ行って早いところ問題を解決したいのだ。
一日二日遅れたところでどうという話でもないが……、北斗人形ができた今、問題を先送りにする必要もない。
「ほら、降霊術を失敗したときに話したろ? 彼女に会いに行こうと思うんだ。 彼女は既に肉体がないといっていい、いわば魂だけの存在なんだ。
そして可能であれば彼女の魂をこの北斗人形に入れて連れて帰りたいってわけ」
「なんかとんでもないこと口走っているように思えるけど。 まぁ、碧のことだから今更ね。
それで? 別に明日でもいいじゃん? しかもどこへ行くかわからないけど、もう夕方よ?」
「北斗人形ができた今、行くなら早いに越したことはない。 それに場所が場所だけに夜の方が都合がいいんだ」
出来ることならなるべく人目に付かない夜がいい。
北斗人形を入れた大きなトランクを持ってあんなところへ行ったらまず間違いなく不審者だ。
人通りが少ないとはいえ、どこで誰が見てるとも限らない。
一応認識阻害の魔術で人目は避けるが、念には念をだ。
すると京子からこんな提案があった。
「ねぇ、碧くん。 急いでいるなら今からその北斗ちゃんに着せる服、買ってくるわよ? ここ渋谷だからお店も近いしすぐ行けるわよ?」
「え? 本当? 本当ならすごく助かるよ」
「ええ、いいわ。 でもその前に北斗ちゃんのサイズ測ってもいいかしら?」
そう言って、どこから出したのか分からないが、メジャーを取り出しテキパキと北斗人形のサイズを測り始めた。
そしてサイズを測り終えた京子は「1時間くらいで戻るから」と言い残し、鈴鹿を連れて買い物に出かけて行った。
それから1時間もしないうちに京子と鈴鹿はニコニコしながら戻ってきた。
買い物から戻ってきた京子は「とりあえず一式買ってきたわ」といって、鈴鹿と一緒にこれまたテキパキと北斗人形に服を着せていく。
どうでもいい話ではあるが下着は白と清楚な感じ。
服は上は半袖の白いシャツ、下は黒っぽい多段状になっているミニスカートと、北斗人形にとても似合った動きやすそうな組み合わせだった。
そして服を着せ終えた京子と鈴鹿は居間から出て行ってどこかに行ってしまった。
どこに行ったんだろうと思いつつも、服を装備した北斗人形をトランクにしまい出かける準備をした。
そして、さあ出発だと席を立とうとしたとき、京子と鈴鹿、なぜか先ほど学校から戻ったばかりの秋乃までがそこにはいた。
「それじゃあ碧くん、行きましょうか?」
「碧、なにぐずぐずしてるのよ? 早く行くわよ」
「碧、どこか行くの?」
なぜそうなる、と突っ込みたくもなるが、ま、考えるだけ無駄かと思い直し、「そうだな」と行って僕を含めた4人は屋敷から出て駅へと向かった。
駅へと向かう途中、鈴鹿がみんなを代表してこんな質問を投げかけてきた。
「それでどこへ行こうってのよ?」
みんなが聞きたいであろう内容。
現在18時。
これからもう夜だというのに一体どこへ行こうというのか。
当然すぎる疑問に対して僕は一言とある場所を告げた。
「――――奈良だよ」
とりあえず更新。
前半は京子と鈴鹿の魔術の話。
覚えようとしているのは強化。
簡単なようで難しい、そんな魔術です。
なら最初から一工程でできるルーンにしろと言われそうですが、それはまたの機会に…
秋乃の学校の先生はまほよから律架が登場。
イメージは魔法使いの基礎音律に出てきたきれいなお姉さん風。
なんか性格違くない?と思うかもしれませんが、近くに校長が居たので性格を偽ってます。
次出てきたときは180度性格が変わると思います。
最後に、そうだ、奈良へ行こうと、思いついたように行ってしまいましたが奈良には何があるんでしょうね。
次話はその話を中心に書いていきます。