夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-10. 時を越える者

「我が妹よ。 そなたの決意が固いというのはわかった。 ――――だが、やはり私は賛成できない」

 

私の決意をくみ取ってなお、やはり自分は賛成できないと反対の意思を示したのは私の兄上だった。

兄上は椅子から立ち上がり私の隣へ来て腰を下ろした。

そして私の肩へと手を置く。

 

「少し冷静になるんだ」

 

冷静でいてそれで優しく私を諭すように語りかける。 しかし今回ばかりはたとえ兄上でも止めることはできない。

もう悲劇には飽きたのだよ、兄上。

 

「いいえ、兄上。 もう冷静になる必要などない。 皆を救うにはもうこれしかないのだ」

 

皆の救済。 私たちが問題にしているのは今この瞬間にも増え続けているであろう犠牲者の事だった。

昨今、突如として発生した流行病や大飢饉、その不幸は我が国に猛威を振るい深刻な被害を与えていた。

苦しめられる民たち。 既にその犠牲は我が国だけでも数万という人たちが犠牲になっていた。

この数万という数字は我が国のほぼ半数を指す。

過去を顧みてもここまでの被害にあったということは記憶にない。

 

「なぜだ……? なぜお前だけがそのような重荷を背負わなければならんのだ……」

 

肩に置いた手を震わせながらどうにもならない現状を嘆く兄上。

普段は絶対に見せることのないその姿はとても弱く、そして小さく見えた。

そんな兄上を優しく包み込みながら囁くように言った。

 

「兄上も知っているだろう。 それが我が使命だからだ。 盟約なのだよ、これは。 神託を受けたときに決まったことなのだ。

 なに、兄上が悲しむことはない。 私は未来永劫生き続けるのだから。 そしてそれが皆の希望になるというのだ。

 これほど嬉しい事はないだろう?」

 

そう。 民が次々と倒れ苦しんでいく絶望の中、神子(みこ)である私は神託を受け取ったのだ。

神は私にこう囁いた。

死者を蘇らすことはたとえ奇跡を持ってしても不可能だ。

だがその魂を人という器から解放し無限にすることはできる。

あらゆる憎悪、苦しみを癒やし理想郷へと導くために手を貸そう。

私が答えを出せば私たちを苦しめているものからの解放しようと。

私はそれに縋るしかなかった。

最初から私に選択肢などなかったのだ。

私は決断を下し、そして神との契約を果たした。

気づいた時には変異した魔術回路、そして溢れんばかりの知識がこの身には宿っていた。

 

「しかしっ! しかし、それではお前があまりにも、救われないではないか……」

 

「兄上、これはもう決まったことなのだ。 今更何者にもそれを覆すことはできない」

 

「っ――――」

 

私のその言葉を聞いて返答に窮する兄上。

苦虫を噛み潰した顔をする兄上に私は苦笑しながら言った。

 

「そう悲しい顔をするな。 なに、兄上が寂しいというのならいつでも会いにきていいぞ。 私はいつでもそこにいるのだからな」

 

肉体はこの国の礎となり朽ち果てるだろうが魂まで拘束されるつもりはない。

兄上が私に会いにくるというのなら歓迎しよう。 寂しいというのなら慰めもする。

もう互いに触れあうことはできないだろう。 しかし私たちの心の繋がりを絶つことは何人たりともできはしない。 それがたとえ神であったとしても……。

私は兄上からそっと離れて、私は私の戦場へと向かった。

 

「――――ああ、必ず会いに行く」

 

背後から兄上のそんな言葉が聞こえてきた。

そしてそれが兄上と交わした最後の言葉となった。

 

 

 

            ☆

 

 

 

東京から電車を乗り継ぎながら揺られること4時間。

それからまたタクシーに乗り、さらにそこから徒歩で移動。

ようやく現地へと着いたころには、あたりは静寂の闇に包まれていた。

腕に巻いた時計に視線をやる。

時計の針はちょうど夜10時を半分回ったころだった。

 

「碧。 真っ暗で何も見えないけど、こんなところに一体何があるっていうのよ?」

 

「辺りは田園かしら。 それと……目の前に小さな山?

 碧くん。 本当にここなの? 何があるともおもえないけど。

 ――――それに、ここ、言葉では表せないけど、何だか変な感じがするわ……」

 

「碧~。 暗いよー……」

 

秋乃には悪いが今ここで光を照らすわけにはいかない。

僕は空いている方の手で、秋乃の手を握って目的地へと歩いて行く。

そして京子の疑問に歩きながら答えた。

 

「京子の感じている違和感はこの辺り一帯を覆った人避けの結界によるものだよ。

 周りを見ても何もない。 知らず知らずのうちに、ここをみんな避けているのさ。

 ただ違和感を感じるところを見ると綻びがあるのかもしれないね。 大分古いものみたいだからさ」

 

この山を中心とした周囲数kmはあるだろうか。

山を起点に張られた結界は長い間、人目を避け、さらにここに留まらないように働きかけるような効果があるみたいだ。

普通は人避けの結界なのだから、結界が張ってあるということを気づかれるようなことがあってはならない。

だけど長い間放置されていたためか、その結界にも綻びがあるようだ。

京子は敏感にこの違和感を感知したようだ。

 

「京子のその違和感は別に害があるものでもないから、さして気にする必要もないよ。 ――――よし着いたな」

 

着いた先は小さな山の正面入り口。

そこには小さな鳥居が立っている。

僕たちはその鳥居を潜り抜け木の生い茂った山の中へ登っていった。

 

山の山頂、といっても大した高さではない。 せいぜい20メートルに満たない山頂へと辿り着いた。

すると山頂には不自然な、大きな岩が置いてあった。

先ほどとはまた別の結界になるのだが、どうやらこれが入り口になっているようだった。

そして10分ほどで結界も解け、目の前に現れたのは地下へと続く道。

ここならもう大丈夫だろう。

僕はポケットからスマホを取り出して電灯代わりに真っ暗な通路を照らした。

 

「さあ。 じゃあ行こうか」

 

そう言ってトランクを引きずりながら進もうとすると後ろから声が掛かった。

 

「ちょっと待って。 そろそろいいでしょ? この入り口どこに続いているのよ。 それにここは何なの? いい加減に教えなさいよ」

 

彼女に会いに行くと夕方家を飛び出し、4時間以上掛けて着いた先は木々の生い茂った小さな山。

その山の山頂には謎の入り口が出現。

不自然な違和感、それに結界で人目を避け、そして入り口を隠す必要があった。

それらのことを鑑みて、ここが何か重要な場所だというところは漠然と分かるが、それ以外は何もわからない、もやもやした気分、といったところなのだろう。

確かに鈴鹿の言う通りそろそろ話してもいい頃合いだ。

僕は先に進みながら鈴鹿の質問に答えた。

 

「僕が降霊術で彼女に繋いだときにここを把握したということは以前言ったとおり。

 ここには彼女と彼女が造り上げた巨大な魔術式が残っている。 それは分かっていたんだ。

 けど、今ここには何があるんだろうって疑問が浮かんでね。 好奇心から調べてみたんだ」

 

鈴鹿と京子は静かに聞き入っている。

秋乃は眠そうだ。

僕は続けた。

 

「いま僕たちがいるこの小さな山は古墳なんだよ」

 

「古墳……ってあの、昔の権力者が亡くなったときに作られたお墓よね?」

 

「そうだよ。 京子のいうようにここはあるお方が祭られているお墓なんだ」

 

「そのあるお方って? 碧の言い方からすると嫌な予感しかしないんですケド……」

 

鈴鹿の言う通り、嫌な予感というのはあながち間違ってはいない。

古墳というのは京子のいうように一般的には昔の日本で作られた権力者や位の高い者たちのお墓だ。

そう。 権力者である。

権力者の中には、当然、帝やその帝族が含まれる。

そしてこの古墳も例に漏れず帝陵と言うことになる。

つまり帝族のお墓だ。

そしてここで祭られているお方は――――

 

大和百襲媛命(やまとももそひめのみこと)だよ」

 

「「やまとももそひめのみこと……?」」

 

「とある帝の妹君。 そして、一般には裨神子(ひみこ)と呼ばれている、止ん事無きお方だよ」

 

「「っ――――」」

 

あまりにも有名な人物の名前に絶句する二人。

そうなのだ。 ここは大和百襲媛命(やまとももそひめのみこと)、いわゆる裨神子(ひみこ)のお墓、帝陵になる。

その帝陵は宮内庁が管理しており、その立ち入りには厳しい制限が掛けられている。

日本の学術団体の調査要求でさえ拒否しているのだ。

一般の僕たちが正規の手続きを踏んだところで入れるわけがない。

そこで僕は人目がつかないように夜を選択したのだ。

 

「あ、碧くんっ! こ、こんなところに、あ、あたしたちが入ってよかったの!?」

 

「碧っ! あ、あんた、これってもしかして盗掘になるんじゃないのっ!?」

 

盗掘だって。 人聞きの悪い。

そんな犯罪者紛いのことするわけないだろう。

なぜなら――――

 

「まあまあ。 盗掘だとか立ち入り許可だとかさ、細かいことはなしにしようよ。

 なんたって、このお墓の主がいいって言っているんだから」

 

そもそもこのお墓に用があるのは他でもない。 彼女の依頼があったからだ。

僕たちはこのお墓の主に招かれた、いわば当事者だ。

お墓の主に招かれたなどと、言葉をそのまま受け取ったら気味が悪いだけだが、彼女の肉体は朽ち果てたかも知れないが、ああして魂は生きている。

本人がいいといったのだ。

ならばなぜ部外者に口を出されなければならない?

 

僕は半ば強引ではあるが、その考えを二人に伝えた。

二人は溜息交じりに、「まあ、いつものことね」と呆れたように呟いた。 ……解せぬ。

 

それはそうと、と、僕はここの主についての説明を続けた。

 

裨神子(ひみこ)は降霊を専門とした巫女だった。 そして彼女はこの泰山府君祭の核となっている巨大魔術式を造り上げた。

 裨神子(ひみこ)が強力な術で民衆を惑わしたという説はある。 それが本当のところどうだったのかは分からない。

 けど、この巨大な魔術式を見る限り、少なくとも彼女が途方もない天才ということは確かみたいだね」

 

話し込んでいると暗い入り組んだ道を抜けた先に光が見えた。

僕と鈴鹿、京子、そして秋乃の四人はその光に向かって歩いて行った。

 

 

 

視野一面に広がる広大な空洞。

いや、空洞というには余りにも広すぎる。

直径にして数キロはあるだろう視界一面に広がるそれは、荒れた大地そのものだ。

そしてその正面奥には大きな建造物があった。

僕たちはその建造物に向かって歩き出した。

建造物に近づくにつれてその全容が明らかになってきた。

その建造物は石を積まれて造られており、高く積み上げられたそれの中央には頂上へと続く階段が設置されていた。

僕たちはその階段を上っていき頂上へと向かった。

 

 

頂上へと辿り着く。 そこは祭壇になっていた。

祭壇の裏側に回り込むと眼下に映ったのはこの空洞を象徴するかのような巨大なクレーター。

そしてそのクレーターの中心には薄暗く光る一柱の巨大な柱がそびえ立っていた。

 

「うわっ! すごっ!!」

 

「これが碧くんの言っていた魔術式なの?」

 

「そのようだね。 そしてその魔術式の中心がどうやらあの柱みたいだ」

 

僕は巨柱を指さした。

指で示したその先には、まるで生き物の鼓動のように光が明滅していた。

あれは柱自体が魔術回路のようなものだ。

柱に固定化されたソレは、あのように視認できてしまうのだろう。

そして回路から作られた途方もない魔力が光源となってこの空洞を照らす。

僕は眼下に広がる光景を説明する。

 

そして京子と鈴鹿が眼下の光景に目を奪われているのを尻目に準備に取りかかった。

トランクから北斗人形を取り出し、それを背中に背負い準備完了。

北斗人形の重さにやや挫けそうになりながら強化の魔術を使って人形の重さから逃れその気分を霧散させる。

その状態を維持したまま再び祭壇の裏へと回り込んだ。

 

「碧。 それで、これからどうすんの――――って、アンタなにしてんの!?」

 

僕が北斗人形を背負い、眼下のクレーターをのぞき込むように身を乗り出して着地予定の足場を確認していたときに、僕の姿に気づいた鈴鹿が驚いた声を上げた。

京子もそれに気が付き「あぶないわよ」といって窘めようとする。

僕はそんな二人に大丈夫だと伝えてから、

 

「これからあの柱に行って彼女に接触してくる。 鈴鹿と京子と秋乃はここで待ってて」

 

それじゃあ行ってくる。

三人にそう言って躊躇なく祭壇から飛び降りた。 背後から悲鳴が聞こえるが気にしない。

祭壇からクレーターまでの高さはビル五階分、およそ20メートルといったところだろうか。

軽量化と重力調整の魔術で体を軽くし、先ほど確認した地点へと無事着地した。

 

上の方から「怪我ない?」とか何か色々いっているようだ。

振り返り上を見ながら片手を上げて大丈夫だと応える。

そして再び柱へと向かってクレーターの中を歩いて行った。

 

 

着いた先は祭壇から見た巨大な柱だ。

北斗人形をそっと寝かし、目の前にそびえ立つソレに手を添えて回路へと繋いだ。

 

 

 

            ☆

 

 

 

 

意識集中する。 あの白い世界へと。

するとすぐに後ろの方から声が掛かった。

 

「――――なんだ、また来たのか?」

 

僕は声の主を知っている。

今回は何事もなく普通に彼女へ振り返った。

 

「ええ。 約束通りここを破壊しに来ました。 いまあの柱から直接あなたに繋いでいます」

 

「別にここに来ないで一思いにやってしまってもよかったんだがな」

 

「最初あなたから依頼を受けたときはそう考えていたんですが……、気が変わりまして。

 ああ、ここを破壊するつもりはあるのですがね――――」

 

つい1週間ほど前に実家に帰って人形を見たとき、ああ、これだと考えた。

彼女はここを破壊して欲しいと言った。

つまりそれは彼女ごとこの世から葬り去るということだ。

しかしそれが彼女自身の願いとはいえ、一度話した相手を、しかも綺麗なお姉さんを僕自身の手で殺めるのは正直なところ戸惑いがあった。

ならば彼女を救った上で彼女の依頼を達成してしまえばいいのではないのだろうか。

そう考えた僕は人形を改修して北斗人形を造った経緯がある。

 

彼女は怪訝な顔をしながらこちらを見ている。

 

「?」

 

「そうですね……。 まずあなた……いえ、大和百襲媛命(やまとももそひめのみこと)……姫とお呼びした方がいいですか?」

 

そう彼女の名前を呼ぶと少し驚いたような顔をしたが、すぐまたもとの表情へと戻った。

 

「……ま、調べればすぐわかるよな――――。 あー、名前などとうの昔に捨てたのだ。 呼び方はなんでもいいぞ。 好きに呼べ」

 

「じゃあモモちゃん様で」

 

「おいっ! なんだよモモちゃん様っていうのは!?」

 

彼女に付けた呼称に何やら文句をいっているが無視だ。

いいじゃないか。 モモちゃん様。

かまわず僕は続けた。

 

「モモちゃん様はさ。 その魔術の知識とかどうやって知ったんですか?」

 

「無視かよっ!」

 

僕が彼女の呼称に対して無視を決め込んでいると溜息一つ。 話に乗ってきた。

 

「……ま、まあいい。 好きに呼べと行ったのは私だ。 不本意だがもういいよ、それで。

 で、魔術に関する話だったな?」

 

「はい。 この巨柱の魔術回路もそうですが、これだけの魔術式を構築するだけの知識をどうやって手に入れたのか、ということです。

 僕はモモちゃん様が生きた時代のことは詳しく知りません。 知りませんけど――――

 この魔術式、根源の渦に繋がっているわけではなく、おそらくその下位機能なのでしょう。 それでも規格外なのは確かですが……。

 これは魔法に匹敵するものだし、いくらモモちゃん様が天才だったからといって、こんな規格外のもの造れるのだろうか。

 もしそうであればモモちゃん様が生きた時代は魔術が発展したのにもかかわらず、なぜ現代では完全に失われてしまったのかということに疑問符が付いたんですよ」

 

今僕が生きる時代、この世界における魔術は「根源の渦」に触れた僕だけの特異性(シンギュラリティ)だ。 魔術は全てオカルトとして扱われている。

そう。 現代における魔術とは失われた知識なのだ。

が、彼女は魔法に匹敵するものを顕現するのに十分な知識持っており、それは周りのレベルもそれ相応のものがあったことを意味する。

ではなぜ彼女の時代、魔術はそこまで発展していたのに、今は失われてしまったのか、ということになってくる。

少なくとも何らかの形で……、例えばこの魔術式の再現方法が載った書物など残っていても不思議ではないのだ。

しかしそれらしいものは一切残っていなかった。

それはなぜか。 その答えは目の前にいる本人が語った。

 

「何から話そうか……。

 ……まあ、そうだな。 まず誤解を解こうか。

 私の生きた時代にも魔術なんか大してできるやつなどいなかった。

 それこそお前たちが使う陰陽術だったか。 それに毛が生えたようなものだ。 例に漏れず私も似たようなものだったよ」

 

「それじゃあなんで……?」

 

「――――少し昔の話をしようか。

 当時、私たちの国は存亡の危機に遭っていた。

 どういうわけか不幸が重なってな。

 流行病や飢饉などが立て続けに起こって、国の民の約半数が息絶えたんだ」

 

「そんなにもですか?」

 

「そうだ。 さすがにこれだけの民がいなくなると国としても立ち行かなくなる。

 が、それ以上に民が苦しみながら逝くという情景は耐えがたいものだったんだ。

 特に子供の餓死というのはな……。 今でも鮮明に蘇ってくるよ」

 

彼女が放った言葉は微かに震えを含んでいた。

餓死などというのは現代っ子の僕には想像もできない世界だが、どうやらそれは彼女にとって精神的外傷になっているようだった。

 

「――――すまん。 少し昔のことを思い出してつい感傷的になってしまったな……」

 

「いえ……」

 

「今思うと、あの時の私は少しどうかしていたんだと考えるときもある。

 そんなときだ。 あるとき私は神の声を聞いたんだ」

 

「神の声……ですか……?」

 

「私はもともと神子(みこ)……神からの神託を受ける役割を担っていたんだ。 それが関係したかどうかは分からないが、あるとき夢で声を聞いたんだよ。

 ソレが現れたとき言葉では言い表せない不安が過ぎったが、ソレは私にこういったんだ。

 答えを出せば救ってやる、ってな」

 

彼女の言うソレというのは恐らく抑止力。

彼ら(抑止力)がどう判断したのか、ということは彼女のその話から察するに、要するに彼らにとって彼女たちは存続対象として認識されたのだろう。

彼らのすることだ。 どうせ「気まぐれ」だ。

つまり考えるだけ無駄。 結果だけ見ていればいい。

しかし「救ってやる」か。 偉そうなこった。

内心で毒づきながら彼女の話に再び耳を傾けた。

 

「たとえ奇跡を起こしたとしても、死者を生き返らすことはできない。 だが、その魂を人という器から解放し無限にすることはできる。 あらゆる憎悪、苦しみを癒やし理想郷へと導くために手を貸そう。 私が答えを出せば私たちを苦しめているものからの解放しようと。

 我が儘を言うなら死者を生き返らせろと言いたいところだが、そんな非現実的なことを言われるより、よほど現実的に聞こえたよ。 ソレの言葉はね。

 だからこれは神託なんだろうなって自然にそうおもったんだ。 あれは神だと。 私は喜んでソレの言葉に(すが)ったよ。

 そしてその夢から覚めたときには理想を現実のものにするだけの回路と知識を身に宿していたんだ」

 

彼女は(ユミル)からそれを可能にするだけの力を(すく)ったのだ。

扉を開いたかどうかはさておき……、いや、察するに一部の知識だけを引き上げた感じか。 となると扉は開いていないのかもしれない。

いずれにしてもそこへ至ったが故に魔術式を造るだけの回路と知識を得たということになる。

 

「経緯はどうであれ私は皆を救うだけの力を手に入れた。

 そして私が国の礎となることで泰山府君祭という儀式は完成。 死んでいった民の代わりに式神という新たな力を上手く使って国は救われたというわけだ」

 

「なるほど。 モモちゃん様がこの魔術を成したのは、民を救うという結果を求めた過程だったというわけなんですね。 そして結果、国も民も救われた、と」

 

「ああ」

 

「でも」

 

「ん?」

 

不幸かな、国の危機によって否応なしに力を手にした彼女はその身を以て犠牲になることで多数を救うことができた。

しかしそれは、そこには――――

僕は先ほどとは打って変わり真剣に彼女を見ながら言った。

 

「そこにはあなたがいない。 あなたは救われていないですよ」

 

「――――――――」

 

「僕はそれはあってはならないことだと、そう考えています。

 多数を救うために一人が犠牲になることは……とても、とても悲しいことなんだ」

 

「っ――――」

 

目を見開き言葉を失う彼女。

しかし次の瞬間、彼女は決壊したかのように感情を爆発させた。

 

「しかしそうは言ってもどうすることもできない! 確かにあの時の私の判断というのは少し正常ではなかったと、今にしてみればそう思うこともある……。

 だがあの時はああするしかなかった! あの声に従うしかなかったんだ! 私さえ我慢すればよかったのだ。 そして皆は救われた。 それでは駄目だというのか!?

 お前はその判断が間違っていたと説教でもするつもりか……!?」

 

「いいえ、そんな気は毛頭ありません。 むしろその時代その時の判断というのは尊重すべきだと常々僕は考えています。 それを否定するのは過去のあなたがやったことへの冒涜だ」

 

「ならばどうする。 いずれにしても既に肉体は消滅し魂を縛るモノから解放する手立てなどない」

 

自嘲ぎみに半ば投げやりに彼女は言葉を零した。

彼女を縛るモノから解放する手立てはない。 自分を救う方法などないのだと。

そうだ。 彼女には彼女自身を救う方法がないのかもしれない。

だがしかし、それは彼女には、という前提の上での話だ。

 

「ですから僕があなたを救ってみせます。 そのために僕はここへ来たのだから」

 

「なん……だと……?」

 

呆然とした表情で呟く彼女。

 

「あなたは十分に役目を果たし、そして皆を救ったんだ」

 

彼女は国を救った後も一人この薄暗い洞窟の中で過ごした。

枷に魂を縛られながら、誰にも気づかれることもなく。

 

「今度はあなたが造った術で、あなた自身が救われなければならない」

 

国を救った代価は十分に払った。

ならば彼女も同様に救われなければならない。

 

「これより最後の泰山府君祭の儀を行います」

 

泰山府君祭の泰山とは中国にある道教の聖地を指す。

ここには泰山府君と並び碧霞元君(へきかげんくん)が祭られている。

碧霞元君はどのような願いも聞いてくれる万能の神。

ならばそれに従い彼女の願いもまた妥協などせずに最後まで聞いてあげるのが筋だ。

彼女自身を救うことで泰山府君祭(この魔術)は真の意味で完成する。

 

「あなたはもう自由だ」

 

僕は彼女に手を差し出した。

そして彼女もまた

 

「……いいのか、本当に?」

 

戸惑いながらも僕の手を握った。

 

ここに答えは出た。

あとはそれに応えてやればいい。

 

「もちろん」

 

僕は彼女の手を放さないようにしっかりと握り返し、そして――――

 

 

 

 

意識を肉体へと戻し右腕の刻印に集中。

 

「謹んで泰山府君、冥道の諸神に申し上げ奉る」

 

それは泰山府君祭で詠う最初の一文。

そして泰山府君祭の終焉を飾るに相応しい最後の暗示(ことば)

 

僕は引き上げてきた(モノ)を解放する。

彼女の感触を確かめながら。

 

 

 

そして泰山府君祭を完遂した。

 

 




次話で後日談を少々。

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