夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-11. 後日談

部屋から出て居間へ向かっていたときに、ふと縁側へ目をやると彼女が柱にもたれかかりながら庭を眺めていた。

 

 

彼女を救ったあの日から三日。

彼女の魂を人形へと移したあと、僕はあの場所を破壊した。

魔術式の核となっていたあの巨大な柱はもちろんのこと祭壇に至るまで、既にあったクレーターが何カ所にも増えて点在するかのように徹底的に。

あの空洞はあまりにも巨大な空間だったので時間は掛かったが、元々なにがあったのか分からないくらい破壊のかぎりを尽くした。

それから空洞から来た道を戻り、念のため入り口も物理的に破壊した上で結界による再封印も行った。

これだけのことをやった以上、もう二度とあれが機能することはない。

 

外に出ると空は薄らと明るくなりかけていた。

それからタクシーを拾い、駅まで移動。

重い体を引きずりながら電車で揺られ、また数時間掛けてようやく屋敷へと戻ってきた。

出発したのが昨日の夕方。 そして今時計を見ると丁度午前10時を回ったところだ。

さすがに無理をしすぎたため、みんな疲労困憊の様相を呈す。

屋敷へ帰るやいなや、それぞれの部屋へと戻り寝息を立てた。

気丈な彼女もまたその例に漏れず、さすがに疲労を隠せない様子だった。

慣れていない体での移動だ。その疲労も想像に難しくない。

とりあえず彼女は僕の部屋で休ませることにした。

 

 

みんなが各々の部屋で休んでいる間、僕は今回の後処理を行った。

 

まず秋乃の学校へ連絡。

昨日入学したばかりの秋乃が休むというのは体裁としてよくはない。

が、秋乃を連れ回した僕が言うのもなんだが、もう済んだことだ。

気は進まないが秋乃の現状を伝えるしかないだろう。

嘆息した後、僕はスマホを取り出して秋乃の学校へ連絡を入れると、ちょうど休み時間だったらしく担任の律架が電話に出た。

するとどういうわけか律架は「ほら、私の推理通りっ!」などとケラケラと笑っていた。

どういう意味か問いただしたところ、実は昨日僕たちが駅でどこかに行くのを見ていたそうだ。

そこから推理を働かせ秋乃が今日休むことも推測済みだったというわけだ。

律架から秋乃が登校しなかった確認の連絡が来なかったのも、そういった理由からということらしい。

どうやら自身の推理には絶対の自信を持っているようだ。

それを証明するかのように電話を終える前、あろうことか

「奈良のお土産楽しみにしています。 あっ、私の推理合ってます? てへっ☆」などと台詞を残し電話を終えたとき僕は律架に対する警戒を強めた。

たとえ駅で僕らを目撃したとしても行き先までは予測できないだろう。

どこからどうやって推理したのか理由が全く分からないが律架の推理侮り難し。 なんだか昨日の律架の雰囲気とも違うし……

今後は律架への接し方も考えた方がいいな。 そう心に刻み込み次の連絡先を読み込んだ。

 

 

読み込んだ先は父さんの連絡先。 今回の件の事後報告をするためだ。

 

土御門家は代々、泰山府君祭を取り仕切る役割を担っていた。

その泰山府君祭が今後使えなくなったのだ。

理由はもちろん僕が泰山府君祭の核となっている魔術式をぶっ壊したから。

その経緯を説明するためにも父さんに話をしなければならない。

泰山府君祭の成り立ち、そして泰山府君祭のバックボーンになっている魔術式を徹底的に破壊し、今後泰山府君祭ができなくなったこと。

それから大和百襲媛命(やまとももそひめのみこと)の魂を新しい器に定着させてここに連れてきたこと。

 

本来であれば行動する前に相談をした方がいいのだろうが、ある理由からそれをすることはなかった。

それは姉さんを取り巻く問題から端を発している。

姉さんが夜光の転生体という噂は周知の通り。

そしてそれを強く裏付けているのは夜光が泰山府君祭によって転生(それ)を行ったとされているからだ。

泰山府君祭とは端的に言えば肉体からの魂の解放。 魂を自由にすることにより新たな器へ移すことも可能なのだ。

 

夜光が行った転生にそれを当てはめると2つの可能性が考えられる。

一つは魂だけを抜いた場合。

これは夜光が転生するために泰山府君祭を行った際に自分の肉体から魂だけを抜いて、転生先の器が現れるまで門の向こう(あちら側の世界)にいる。

そして協力者が泰山府君祭にて夜光の魂を現世に降霊させることで転生を成す方法。

 

もう一つは既に転生を果たしている場合だ。

噂では姉さんに転生すると言われているが、既に他の何かに魂を移していることが考えられる。

そしてその何かから姉さんに魂を移すことで転生を成す方法。

 

どちらの方法も既に夜光の肉体から抜けて魂だけの存在になっているが、例えば前者の方法で考えた場合は転生をさせない方法として祭壇を壊す方法が考えられる。

土御門家の屋敷の裏山にある泰山府君祭の祭壇とかね……。 もっともこれは既に泰山府君祭の執行が不可能となった今は無意味なのだが。

だが今までそれをしなかった理由とはなんだ? 土御門家が代々管理してきた儀式だから?

しかしそれは姉さんの命よりも大事なことなのだろうか?

僕と父さんの価値観の違いと言われればそうなのだろう……

だが少なくとも、目に入れても痛くない大切な姉さんを守るためなら現状分かっている対策は取るべきだ。 僕はそう考えている。

 

それにもう一つ、姉さんの男装のしきたりというのも意味が分からない。

が、あんなにもかわいい姉さんに男装をさせるなど……、姉さんの女子用の制服姿を見ることができないなんて血の涙が出そうになるくらいに悲しい!

 

 

――――つまるところ父さんは僕にすら何かを隠していることがあるということだ。

父さんが夜光の転生を望んでいるのかどうかは分からない。

しかし、僕にすら隠さなければならない何かがあって、それを成そうとしていることは分かる。

父さんがその信条を胸に抱いて何かを成そうとするのなら、僕も僕以外の誰でもない僕の信条にも基づいて行動するだけだ。

それだけの話。

 

それに今回の泰山府君祭の件は、そんな建前の話よりも、僕が彼女の依頼を受けたのだから最後まで全うするのが人としての務めと考えたからだ。

事をなす前に話をしたくはなかった。 たとえそれが家族であったとしてもだ。 破壊するのを反対されてはかなわないからね。

ならば全て終わった後に事後報告という形を取ればいい。 それであれば相手は否が応でも納得せざるを得ないのだから。

 

……しかし、まあ、僕があれこれ考えたところで、父さんは僕が何をしようとしていたのか把握していたはずだ。

優秀な星詠みだからね、父さんは。

報告はあくまで形式上するだけのこと。

 

 

僕はスマホの発信ボタンを押してコール音を鳴らす。

するとすぐに父さんに繋がり事情を説明した。

すると電話越しに父さんは「早すぎる……」と呆れるような声で呟いたあと、何かを思い出したように僕にこのことは口外しないようにと伝え慌た様子で電話を切った。

何をそんなに慌てているんだろう?

だが、まあ。 一応父さんには報告したしもういいだろう。

 

 

そこまで考えたところで急激に眠気が襲ってきた。

居間にいた僕はそこに横になったところで意識を手放した。

 

 

 

 

 

起きたときは日も沈みかけた夕方。

みんなの疲れもようやく取れたときのこと、食卓を囲んだときに改めて彼女のことについて話をした。

国を救うために自ら犠牲となった。 ちなみに当時の彼女は14歳。 僕より一つ下の年齢でその決断を下した。

すると京子と鈴鹿は涙を浮かべ頷きながら話を聞いていた。

まあ、多数を救うために自らを犠牲にして成り立つ話はないよね、やっぱり。

 

……ああ、そうそう。

彼女の呼称について、僕がモモちゃん様と呼んでいたら京子と鈴鹿に(とが)められた。

なんでも彼女に対してその言い方は躊躇われるとのことだ。

じゃあ京子や鈴鹿が彼女に相応しい名前を付けてくれと言うとそれも恐れ多くてできないという。

それならば彼女自身に付けてというと、僕に付けて欲しいという。

回りに回って結局僕が付けることになったのだが、下手な名前を付けるとまた同じことを繰り返すのは目に見えている。

ということで少しまじめに考えることにした。

 

 

ふむ……。

彼女を象徴するものといえばやはり「泰山府君」だろうか。

この泰山府君をもっと単語に区切っていく。

すると「泰山」「府君」になる。

「府君」とは泰山を敬う言葉。

なので「泰山」をもっと掘り下げていく。

泰山といえば中国の道教の聖地。

これを含んだ言葉に「泰山北斗」という言葉がある。 意味は学問などの分野において優れた能力を持った人物を仰ぎ尊ぶというものだ。

北斗とは北斗星、つまり北斗七星のこと。

泰山も北斗も、誰もが仰ぎ見る存在であることから、この泰山北斗という言葉が生まれたという。

偶然ではあるが、彼女のモデルとなった少女の名付け親は「北斗」という名を付けた。

ならば彼女もまた「北斗」という名前を冠するに相応しいのではないだろうか。

そのように僕の考えをそのまま伝えると満場一致で北斗という名前で決まった。

 

それから最後に、北斗の部屋は僕と秋乃の部屋の向かい側にある空き部屋に決まった。

 

 

 

 

 

 

回想もそこそこに僕は北斗へと近寄り声を掛けてみた。

 

「また庭を眺めているんですか?」

 

「――――ここは良いところだな。 信じられないくらい高い建物が並び、車や電車といった魔法のような乗り物、そして人々は多い。

 文明は発展を極め、今この世に在る人々はそれを謳歌している……」

 

北斗は転生を果たしてから、この時代のことに驚きっぱなしだった。

奈良からこちらへ帰るときに(タクシー)に乗れば驚き、電車に乗ればまた驚き、建物を見れば驚き。

そして東京へ着いてからはさらに驚きの連続だ。

高く(そび)える高層ビル、そして人の多さには唖然として言葉をなくしていたほどだった。

 

そんな北斗もこの屋敷に着いてからは落ち着きを取り戻し、緊張の糸が切れたのか僕の部屋ではぐっすり眠っていたようだ。

 

そして翌日からはこの庭の眺めが気に入ったのか、今のように縁側に座りながら庭を眺めることが多い。

無理もない。 時代がまるで違うのだ。 北斗からすると浦島太郎のような気分なのだろう。

北斗にはこれからゆっくりと時代の差異を受け入れられるようフォローするようにしようというのが僕と京子、鈴鹿の共通した認識だ。

 

「人々がここまでやってこられたのは北斗が人々を救った結果でもある。 だから北斗はこのことを誇ってもいいんですよ」

 

「そうか……」

 

「そうです」

 

北斗は一瞬、僕へ視線を向けたあと、再び庭へと視線を戻した。

静寂が場を包む。

僕は会話を続けるため他の話題を振ってみた。

 

「そういえばその体、馴染みました?」

 

「馴染んだと言えば馴染んだが……」

 

「何か違和感のようなものが出ました?」

 

器となる体は完璧に作ったが、魂との拒絶感からくる痛み……まあ、いってしまえば錯覚のようなモノを伴う可能性がある。

それが北斗に起こったことは考えられるのだが――――

どうやらそうではなく、また別の問題のようだ。

 

「いや、なに。 この体そのものは完璧なんだよ。 まだ多少の違和感はあるが、相性もいいようだ。 この体が完全に私と調和するのも時間の問題だろう。

 ただ回路の方がな……」

 

彼女はそれを確かめるように眼を閉じ神経を集中させた。

そして眼を開き再びこちらへと顔を向ける。

 

「やはりそうだな。

 ……大した話ではないのだが、魔術回路があの声を聞く前のカタチに戻っているんだ。 あの声を聞いたあとに回路が変異したはずなのだがな……。

 これでは大規模魔術の行使は難しいかもしれないな」

 

一度変異した回路がもとのカタチに戻った、か。

僕は一考したあと、「推測ですが」と一言前置きしたあと、僕は自分の考えを言った。

 

魔術回路は魂と結びついているため、新たな器に魂を移した後もその回路は元々の体にあったものと同じものになる。

だけど北斗の場合は(ユミル)から力をすくい上げたときに回路が変異したという経緯がある。

はっきりとしたことはわからないが、彼ら(抑止力)がそれを許したのは、北斗たちが存亡の危機に立たされていたためだと考えている。

現代においてその危機は去ったわけだから、回路を元に戻すことでアレを再現することを良しとしないという判断なのかもしれない、という僕なりの考えだ。

 

「なんにせよ、アレを再現する事態にはしませんし、させません。 僕がいる以上は北斗にお手間は取らせませんよ」

 

「それは頼もしい、のだがな……。 ……何か嫌な予感がするんだ」

 

「……それは神子(みこ)としての能力ですか?」

 

「いいや。 そんな大層なモノじゃなく本当にただ漠然と碧殿を見ていたらそういう予感がしたんだ」

 

予感、か……

僕を見ていたらと前置きした上で言われたということは死相みたいなモノでも出ていたのだろうか?

北斗がそれを想像した背景はわからないが北斗は神子(みこ)だ。 本人は気づいていないだけで、星詠みのような能力が備わっているのかもしれない。

いずれにしてもこのことは留意した方がいいだろう。

 

「わかりました。 北斗のそれには恐らく意味があると見た方がいいかもしれません。 ひとまず屋敷の警護を強化するために結界の敷設と衛兵(センチネル)の改修を急ぎましょう」

 

これで今日の僕の予定は決まったな。 これは早いところ済ませてしまおう。

それとこの屋敷とは別に警戒すべきところへの監視だ。

これは北斗からもらったロビンに頑張ってもらうことにしよう。

 

「ロビン、陰陽庁の監視を頼む。 何か不審な動きがあったら報告をしてくれ」

 

「了解ッス!」

 

どこからともなく現れた青い鳥は、元気よく返事をすると直ぐさま空の彼方へと飛び去っていった。

 

今のところ不審な動きをしそうな組織というのは陰陽庁(双角会)に限られる。

できれば支局や内部組織も同時に監視できればいいのだが、ロビン一体しかいないのではそれは無理だ。

だが不審な動きがあるなら陰陽庁で何らかの動きが見られるはずだ。

 

「私が変なことを言ったばかりに、すまないことしたようだな」

 

「いえいえ。 むしろ神子(みこ)である北斗のそういう助言は助かります。

 僕が、というわけではないのですが、僕の周囲はなにかと騒動に巻き込まれやすくて。 なのでそういう降りかかる火の粉を僕が払っているんですよ」

 

僕がそういった危険察知能力、つまり予測や予知をできればいいのだが、父さんのような星詠みでもなく、また未来視のような特別なものを持っているわけでもない。

僕に出来ることといったら身の回りを固めることや情報収集、そして集めた情報を下に何が起こるかを推測することしか出来ない。

こういった環境では何かが起こってから動いたのでは後手後手になるのは必然。

ならば北斗が何かを察知したのであれば早めに動いた方がいい。

何も起こることはなく無駄になることがあるかもしれない。 しかし何かが起こったときにそれは必ず有効になる。

可能性が低いからやらないのではない。 少しでも可能性があるのなら、それを想定して対策をするのだ。

そうすることで未然に惨事を防ぐことができるし僕も動きやすくなる。

いずれにしてもここから先は僕の領域だ。

 

「あとのことは僕に任せて、北斗はいまを楽しんでください。

 それと、他に困ったことや何かやりたいことがあれば言ってください。

 僕が連れてきた手前、可能な限り便宜を計らいますよ」

 

北斗は少し考えたあと、躊躇うように、しかし意を決して言った。

 

「――――それなら一ついいか?」

 

躊躇うくらいの何かとんでもないことなのだろうかと一瞬身構えてしまったが、北斗の言ったそれは普通の女の子らしい願いといっていいものだった。

いや、北斗のような立場だからこそ憧れるものなのかもしれない。

いずれにしてもその北斗の願いはなるべく早く実現させてあげたい。 僕は北斗になるべく早くそれを実現させることを約束した。

 

 

 

 




少し中途半端ですがここまでで一端切ります。
今後の展開としては1話挟んで二章の終わりの話を2話くらいでまとめようと考えています。

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