夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-12. 転換期

「よし、それじゃあ行こうか」

 

僕は玄関の前で待っていたみんなに声をかけて出発の準備が整ったことを伝えた。

あれから数日。自宅研究期間も終了して再び陰陽塾へ通い始める日を迎えた。 無人となった屋敷の戸締まりをしたことを確認した後、僕たちは数寄屋門を潜り屋敷の外へと出て歩き出した。

 

道中、秋乃の通っている学校が見えてきた。 この学校は屋敷と陰陽塾のほぼ中間に位置しており、秋乃は僕たちと一緒にこのように学校へ行くことになっている。 都会といえど、いや、都会だからこそだろうか。 犯罪に巻き込まれる可能性があるため、なるべく僕たちや、他に信頼の出来る人たちと一緒にいるようにしてもらっている。 帰りは会社へと向かうことになっていて、徒歩でも行ける距離だが、僕の専属秘書が秋乃の迎えを担当するようになった。

 

秋乃はスターマイン社の社員だ。 今のところ何ができるというわけではないが、勉強も兼ねて研究のお手伝いをしてもらっている。 秋乃は生成りで普通の人にはない見鬼の才能があり、これは僕たちの部署では四人といない珍しい才能だ。 こんなにも貴重な技能保有者、いまから大事に育てていけば将来的に我が部署に多大な利益をもたらすだろう……

 

――――と、まあ、取って付けたような表向きの打算はあるのだが、結局それを決めるのは秋乃本人だ。 秋乃が将来的に僕たちの部署で研究者として活躍するも良し、それ以外の道を選ぶも良し。 兄としては(あきの)が何事もなく無事に日々を幸せに過ごすことができるのならそれでいい。

 

 

そんなことを考えていると秋乃が手を振りながら元気よく校舎内へと入っていった。 秋乃を見送ったあと、僕たちは4人は再び陰陽塾を目指し歩き始めた。

 

 

 

 

 

陰陽塾へ着くとまず向かった先は塾長室。 自宅研究の報告をするためだ。

エレベーターから降り塾長室と書かれたプレートのあるドアをノックする。 すると中からすぐに返事があったので、それを聞いた僕たちはドアを開けて中へと入った。

 

中へ入ると奥の席にちょこんと座っている塾長が見え、そしてその隣には入塾式のときに会った大友先生がいた。

二人ともこちらを確認するとニコニコしながら僕たちを迎えた。

 

「お待ちしていましたよ、みなさん」

 

「おぅなんや、みんな揃って。 久しぶりやな」

 

「塾長、大友先生。 この度は無茶言ってすみませんでした。 おかげさまでいい研究成果が得られました」

 

「それはよかったですね」

 

塾長はにこやかにこちらに語りかけてきた。 実は塾長とは自宅研究期間中に何度か会っているので大友先生のように久しぶりに会ったというわけではない。 というのも塾長には、僕からのさらなるお願いをする必要があったからだ。

 

最近、塾長に対する依存度が高くなってきている気がするが……、致し方ないだろう。 あとが怖いが……、なに、取って食われたりするわけじゃないんだ。 なんとでもなるさ。

 

そんなことを考えていると、僕たちの面子の中に新たな顔があることに気が付いた大友先生が声を掛けてきた。

 

「そこの子、見かけん顔やな」

 

大友先生の視線の先には女子用の白い制服に身を包んだ北斗がいた。

 

「ああ、そうでした。 大友先生は初めてでしたね。 ――――彼女は北斗。 僕の妹です」

 

「……は? ちょい待ちいや。 碧クンの妹って……、夏目クン以外に兄弟おったんか?」

 

「はい。 僕の一つ下の妹です」

 

僕は今現在15歳なので年齢が一つ下の北斗は14歳ということになる。 戸籍上そういうことにした。 というのもその歳が北斗が没した年齢だからだ。 精神的には2000歳くらいになっているはずだが……

 

「一つ下? でもその子、うちの制服きとるやないか。 碧クンの一つ下ってことは、この子まだ中学生とちゃうんか?」

 

陰陽塾は基本的に義務教育を終えてから通うことになる。 大友先生の疑問はそこにあった。

 

「大友先生の疑問はもっともなんですけど、いろいろと事情がありまして」

 

「なんやその事情って?」

 

うーむ……。 大友先生突っ込んでくるなぁ。 もっとも中学校に通っている年齢の女の子が突然陰陽塾に通うというのだ。気にはなるか。 まあ北斗が陰陽塾に入塾するようになった経緯を話してもいいが、それには大友先生が信頼するに値する人物かどうかが知りたい。

 

僕は一瞬、塾長に目配せして確認をとる。 すると塾長は僅かに頷いた。

 

「……なんや? 塾長と隠し事か?」

 

「――――失礼しました。 ただ、僕としてもこのことは個人的な事情になりますので話す相手は見極めさせて欲しいというのがありました」

 

「そうか……。 それで碧クン。 僕は君の事情に踏み込んでええと判断されたんか?」

 

「そう、ですね……。 ――――大友先生は随分と塾長から信頼されているようで」

 

「大友先生は生徒想いのとてもよい先生ですよ。 相談事は大友先生に任せておけば大抵解決してくれますから」

 

「……さりげなくそんなこと言って僕の仕事増やそうとせんといてもらえます? どうせ言ったところで聞き入れてくれないんでしょうけど」

 

辟易した表情で塾長の言葉を聞き流す大友先生。 だがそれは大友先生が塾長に対して冗談を言えるくらいの関係を持っているとも言えた。

まあ、大友先生なら話してもいいか。

 

「わかりました。 お話ししましょう」

 

「ええんか?」

 

僕は頷いて大友先生に応えた。 少なくとも塾長が信頼している人にならある程度話しても問題ないだろう。 もちろん塾長が知っている範囲のことに限るが……

 

「先ほど話したように北斗は妹です。 といっても双子というわけではありません。 養子……、つまり義妹ということになりますね」

 

「そら知らんかったわ。 夏目クンからもそんなこと聞いたこともなかったからな」

 

「兄さんが知らないのは当然です。 なぜなら北斗はつい先日、妹になったばかりなのですから」

 

「どういうことや?」

 

説明不足の僕の言葉に怪訝な表情をしながら疑問を口にする大友先生。 夏目姉さんが知らないのは僕が話していないからだ。 そして姉さんと父さんが連絡を取り合うことはない。

 

姉さんと父さんは仲が悪いというわけではないのだが、二人ともどういうわけかお互いに苦手意識のようなものがあり、積極的に何かを話したりしようとはしない。 そのため父さんからも姉さんに対して連絡はしないし、その逆も然り。 だから北斗や秋乃のことはまだ姉さんは何も知らないはずだ。

 

この間の入塾式で姉さんに会ったとき、秋乃のことだけでも話しておけばよかったのだが、あの時は時間もなかったので仕方がなかった。 なんにしてもこの短期間で妹が二人できた、なんて話を姉さんが聞いたら、今の大友先生のような反応、いや、予期しない出来事に弱い姉さんのことだ。もしかすると錯乱するかもしれない……

 

「すみません。 最初からお話しするとですね……、僕を含めて兄弟は4人。 兄の夏目兄さん、そして僕。 一つ下の妹、北斗。 最後に一人、五つ離れた秋乃という妹が一人いるんです。 この中で北斗と秋乃は義妹になります。 二人とも訳ありで、最近土御門の養子になりました。 ――――いまのところ兄さんは二人が妹になったという事実をまだ知らないんです」

 

「なんや唐突すぎて頭が混乱してきたわ……。 ――――塾長。 このこと知っとったんですか?」

 

「ええ、もちろんですよ。 その件でつい先日もお話したところなんです」

 

「塾長の言う通り妹のことはそのときにお話ししました。 そして北斗がこの陰陽塾へ通えるように塾長の力をお借りしました。 ――――塾長。 その節は本当にありがとうございました」

 

塾長にお願いした内容は北斗が陰陽塾に通うための助力だ。 北斗と縁側で話をしたときに北斗から、僕たちのように陰陽塾へ通いたいと申し出があった。

 

むかしは学校なんてものは当然存在してはいない。 仮に存在していたとしても北斗の立場がそれを許さなかっただろう。 今の北斗はそんなしがらみから解放され自由になった身だ。 僕は今まで自分の感情を押し殺してきた北斗の願いはできるだけ叶えてやりたかった。 だから塾長への依存度が高くなったとしても僕は割り切って塾長に頭を下げた。

 

「いいのですよ。 将来の孫の頼みですもの。 このくらいは当然です」

 

「その言い方、反応に困りますが……、それはともかく。 塾長のお力添えもあって北斗は僕たちと同じくこの陰陽塾へ通うことになりました」

 

「……なんやもう話が急すぎてついていけんわ……」

 

「先生。 碧くんの行動は考えるだけ無駄です。 そういうものだと思わないと身が持たないですよ」

 

「お、おお……そうか。 そういうもんなんか……」

 

「そうよ。 碧のこういうのは今に始まったことじゃないんだから」

 

「酷い言われようだな。 まあいいけど。 まあ、それはそれとして、大友先生。 北斗の担任になることはないと思いますが、これから北斗のこともよろしく頼みます」

 

そういって僕は頭を下げて、同様に北斗も同じようにする。 大友先生はやや混乱しつつも、そこはさすが先生と言ったところだろうか。 すぐに気持ちを切り替えて「よろしゅうな、北斗クン」と言って北斗と握手をした。 そして京子や鈴鹿、北斗たちと大友先生が話し込み始めた。

 

手持ち無沙汰になった僕は荷物から今回の自宅研究の研究成果を取り出し、それを塾長の机に置いた。 一束、二束、三束、と積み上がる資料。 塾長はその中から一部を手に取った。

 

「式神運用の新たな可能性……。 このレポートは……、式神に関するものですか……?」

 

パラパラとページを捲って内容を確認していく。 その目は段々と険しくなっていった。

 

ふと、塾長が夢中になって資料を読んでいると、女の子たちとの話しが終わったのか大友先生がこちらに来て、塾長の読んでいる資料に興味を示してきた。

 

「なんやこれ?」

 

興味津々に見ていた大友先生に、僕は塾長の机に置いた資料の一部を渡した。 渡された資料をパラ、パラ、パラ、とページを読み進める。 すると大友先生の表情もまた険しくなった。

 

そして、最初の冒頭部分を読み終えた塾長が僕を見た。

 

「碧さん、このレポートの内容、貴方の口から説明してもらえるかしら?」

 

塾長が難しい表情をしながらこちらを見ながら言った。 大友先生は視線を鋭くしてこちらを伺っている。 僕は京子たちをこちらへ呼びつつ机の上にある資料の一部を手に取った。

 

「はい。 そのタイトルに書いてある通り、式神の新たな運用方法の提言です」

 

僕は資料に沿って説明を開始した。

 

「ご存じの通り今現在、式神として定義されるモノは大きく二種類あります。 霊的存在を使役する使役式と形代を核に呪力を込めて作る人造式です。 これらの式神には共通しているものがあります。 それは式神を陰陽師しか扱えないこと。 式神は実体がなく見鬼以外には扱えません。僕たちは今回これを問題と捉ました」

 

「それは資料に書いてあったように式神が犯罪に使われたときの対処が難しいということやな?」

 

「はい。 その通りです。 そしてその犯罪を追うことができるのは陰陽師に限られます。 例えば使役式であれば追い詰めたとしても事前に結界等の準備をしていなければ霊体化されて逃げられてしまいます。 それに人造式でも実体がないため通常の道具、武器や拘束具が使えないため陰陽師以外での対処が難しいです」

 

「しかしそれは私たちにとって当たり前のことで仕方のないことでもあります」

 

「……陰陽師に対抗できる手段は陰陽師以外にはありえない。 塾長の言う通り陰陽師の常識はそうですね。 ですが――――」

 

僕は一端区切ったあと言葉を紡いだ。

 

「それが我々陰陽師を腐敗させる原因になった根本の原因なんです。 現状、陰陽師は野放しに近い状態です。 陰陽術が犯罪に使われることは多いし、それを止めなければならない陰陽庁の人間は霊災の対応に追われ人材が不足。 手が回っていないのが実情です」

 

「せやけど、やっぱりそれは仕方ないことなんちゃうか? 陰陽庁以外には一般人しかおらへんのやから」

 

「だからこそ変えていく必要性があります。 ここは原点に戻ってゼロベースで考えるべきなんです。 本来、犯罪に対応する組織は陰陽庁以外にちゃんとした組織がありますね?」

 

「……それは警察っちゅうことやろか?」

 

「その通りです。 本来であれば犯罪捜査は警察に任せるのが筋です。 しかし警察組織には陰陽師がいません」

 

「そら陰陽庁が抱えとるからな」

 

「ええ。 大友先生の言う通り陰陽庁が陰陽師をほぼ独占しているといっていいでしょう。 そして一般人と陰陽師は様々な能力において隔絶した差があります。 これは変えることのできない純然たる事実です。 僕たちはこの一般人では陰陽師の犯罪を止めることが出来ない現状に一石を投じたいんです」

 

「……具体的にどうするのか考えているのですか?」

 

塾長が本筋を進めるべく続きを促した。

僕は頷き話を続けた。

 

「そこで今回の研究のメインテーマがそれになります。 つまり一般人が陰陽師を捕まえるための方法論です」

 

資料を確認してもらうべくページ数を指定しながら説明した。

基本的に一般人では陰陽師に対抗できない。倫理観を排除すればその限りではないが……。 だがそれは例外。 決めらたルールの中で一般人が陰陽師に対抗する手段や方法。 そのために何が必要か、ということである。

 

「反呪術能力です」

 

「反呪術能力!? ……その言葉から大体想像はできるんやけど具体的にどんな能力なんや?」

 

大友先生のその質問に、塾長も期待に満ちた顔で僕を見た。 反呪術能力という単語から大体の想像は付くだろう。 しかしこれは未だかつて誰も実現したことのない新たな試みである。 もしそれが本当に実現可能ならば期待しないという方が無理だ。

 

「反呪術能力……、カウンターマジックアビリティ(CMA)ともいいますが、これは触れた式神の霊体化の強制解除や形代(かたしろ)への強制返還、陰陽師相手なら陰陽術を一定時間使えなくなるという能力です」

 

想像していたものよりもすごかったのか、塾長と大友先生は目を見開き絶句した。

言葉通り受け取るならば陰陽術への対抗手段、カウンター攻撃、術の無効化が考えられるが、それらの思想とは少し違う。 これは対象の陰陽術の発動を妨害することで効果を発揮するため、正確に言葉を表すならば反呪術能力の分野の術式妨害が正しい言い方になるだろう。 だがそこはあえて術式妨害という呼称にはしない。 これを使用する人たちは一般人を想定している。 一般人には術式妨害というよりも反呪術能力としたほうが伝わりやすいからだ。 だが同時に陰陽師相手には術式妨害とした方が驚きは大きいだろう。 今目の前に居る二人のように驚かない方がおかしい。 なぜなら陰陽術にとって陰陽術の発動を妨害されるということはそれは即ち致命傷となるからだ。 一般人と陰陽師の違いを(たと)えるならそれは術が使えるか使えないかだ。 その違いが術式妨害によって一切なくなるのだ。 それは陰陽師が一般人に成り下がることを意味する。 このように言葉通り受け取ったあとにその効果を実際に聞くと目の前の二人のように驚くはずである。 反呪術能力と呼称したのはそこにこそ意味があるからだ。 陰陽師たちには気づいた時には既に遅いと理解してもらい自分たちの置かれた状況に驚き(おのの)いてもらわないと困る。

 

「驚いているようですけどこのくらいの能力は当然ですよ。 なぜならそれが出来て初めて一般人と陰陽師の差を埋めることができるのですから」

 

「いやしかし、そんなことが本当にできるんかいな?」

 

「実際に試してみますか?」

 

そういって僕は大きなトランクから人間大の人形を取り出した。 塾長と大友先生はその人形をみて唖然としている。

見た目はアンティーク人形の素体。 そして取り出した人形は独りでに動き出し、その動きは見た目には反して生身の人間のごとくなめらかに動くのだ。 その妙に気持ちの悪い動きは見る者を驚かせても仕方がないかも知れない。

 

この人形は家にあった衛兵(センチネル)を改修したものだ。 僕から動力(魔力)を供給する方式に変更したり人形の操作方法を変更したりと色々と手を加えている。

 

動作確認をしていると塾長が質問してきた。

 

「碧さん、その人形は一体……?」

 

「これですか? 一応、式神に似た存在ですよ。 衛兵(センチネル)と呼称しています」

 

衛兵(センチネル)、ですか……」

 

「はい。 ただ今までの式神とは設計思想が完全に異なります。 既存の式神と違い核は形代(かたしろ)でもなければ霊的存在でもありません。 素体は人形……、つまり実体があり、そしてより戦闘に特化した存在です。 この人形の役割は陰陽師()から術者(一般人)を守ることです。 その存在の在り方から衛兵(センチネル)と呼称しています」

 

この人形を扱うメインターゲットが一般人であること。 ここで言う一般人とは「見鬼の才がない」かつ「霊気がある」人たちだ。 つまり魔力(霊気)はあるが見鬼ではなく陰陽師になることのできなかった人たちである。

これらは多くはないが存在する。 例えば昔の春虎兄さんのような人たちだ。 まあ春虎兄さんの場合は実際には封印されていただけでそれとは違うのだが。 ただこういった人たちは見鬼ではないため霊気も多くないことが多い。 だから元々実体をかたどっている人形の方が魔力供給が少なくて済むため都合がいいという理由もあるのだ。

 

一通り動作させて問題ないことを確認したあと僕は説明を続けた。

 

「この人形の両手には先ほど言った反呪術能力を搭載。 触れた陰陽術師を完全に無効化させることができます」

 

「…………」

 

塾長は絶句。 大友先生も驚きを隠せない様子だ。 だが聞くべきところはしっかりと聞いてきた。

 

「ま、まさかもう実用化させとるとはな……。 な、なあ。 その人形の反呪術能力は具体的にどのくらいの時間効果があるんや?」

 

これだけの能力、永続的に続くはずもない。 そう考えるのは普通だ。 もちろんこの反呪術能力は時間制限がある。

 

「個人によって差がありますが、平均して1時間といったところですね」

 

「1時間やて!? なんやその化け物じみたスペックは!?」

 

大友先生はその能力の高さに驚いた。 これだけの能力が1時間も効果があるということは、それはすなわち時間という欠点はないに等しい。 例えば警察がこの人形を使って犯人の陰陽師を追い詰め、陰陽術を無効化させて確保するならせいぜい効果が数分続けば事足りる。 それが1時間続くというのだ。 追い詰められる側からすればそれは時間的制約がないのと同義だ。

 

「気になるなら実際に触って試してみますか?」

 

人形の両手を差し出して大友先生に向けた。

大友先生は嫌な顔をしながら両手をブンブンと振って拒否の構えだ。

 

「いや、遠慮しとくわ……。 その反呪術能力の効果時間が本当に1時間ならええけど、下手に触って一生術が使えなくなってしもうて職失うなんてことになったら笑い話にもならんわ」

 

確かに。 僕の話をそのまま鵜呑みにしたら1時間で効果が切れるのだろう。 だがその言葉が正しいという保証はない。 能力が能力だけに大友先生が警戒するのは当然だ。

 

「ははは。 そもそもそんな設計になっていませんしテストも十分しましたから大友先生の言うようなことにはなりませんよ。 ……でもそうですね。 もしもそういう事態になったのならうちの会社に来てください。 好待遇で歓迎しますよ」

 

「なんか怖い勧誘やけど……。 その前になんやその会社ゆうんは?」

 

塾長もこの会社のことはしらないため、怪訝な表情をしながらこちらを伺っている。 そこで名刺を大友先生、それに塾長にも差し出した。

事情を知らない二人は驚き、案の定質問攻めとなった。

 

しばらくして落ち着いたところを見計らって、

 

「そういうことなんで、今度この人形を元にうちの会社で製品化をします。 月末には警察庁向けにこのプロトタイプを使ってデモを兼ねたプレゼンを行う予定です」

 

「碧クン……、やっぱこれ陰陽庁が扱うべきやないんか? こんだけの能力、現体制を根本から覆さねかねんで」

 

「それは……」

 

塾長を見た。 すると塾長は一瞬目を閉じ、小さく頷いた。

僕が塾長に確認を取ったのは陰陽庁に関する話をこれ以上続けると倉橋家の問題に行き着くからだ。 先日陰陽庁へ行き倉橋長官から聞き出した内容は京子から塾長へ報告している。 だがその倉橋家の問題をどういう結論としてまとめたのか僕は知らない。 だから大友先生の質問に答える前に塾長へ確認を取る必要があった。

 

「碧さん。 大丈夫です。 大友先生には今日はそのことで相談しようとしていました」

 

「塾長。 一体どういうことです?」

 

大友先生は塾長のその言葉に怪訝な顔で反応した。

なるほど。 僕たちが塾長室に入ったときに既に大友先生がいたのはそういう理由からか。

 

そして今度は京子から声がかかった。

 

「碧くん。 お願い。 力を貸して!」

 

短く、でも京子のそれは明確な答えだった。

僕は再び塾長を見た。

 

「塾長。 よろしいので?」

 

「ええ。 碧さんが息子から聞き出した話は、恐らく私たちではかえって手が出せないでしょう。 家督を息子に譲った影響で呪術界への影響は息子に分がありますから、私たちが下手に動けば様々な制限がかかってしまいます」

 

塾長の言うように確かにあの時、帰り際の倉橋長官の反応からすると組織の力を存分に使えるだけの自信があったように思える。

 

「こんなことを貴方に頼むのも心苦しいのですが……、でも京子さんの信じる貴方ならできる。 私はそう考えています」

 

僕は頷くことでこの件を了承した。

そして僕はこの件に関して関わり合いがあるであろう鈴鹿にも確認を取った。

 

「鈴鹿?」

 

すると鈴鹿は無言で頷いた。

これで塾長や京子、そして鈴鹿からこの件を託されたことで倉橋源司や大連寺至道の処遇は僕に一任されたことになる。 つまり僕は彼ら二人を直接的に邪魔する大義名分ができたということだ。

倉橋家や鈴鹿の問題だったので積極的に関わろうとは思わなかったが、ここに来て事態は大きく動こうとしていた。

 

 

「わかりました。 話を続けましょうか。 ――――ただまあ、話を続けはしますが、大友先生には話の最後に結論を出してもらいますよ?」

 

「結論ってどういうことや?」

 

「なに、そんなに難しいものでもありませんよ。 2択、いや、3択かな。 その中から選んでもらうだけです」

 

「なんや、ようわからんけどまあええわ。 その結論とやらを出せばええんやな?」

 

僕は首肯で応えた。

そして大友先生の同意も得られたことを確認したあと再び話し始めた。

 

「大友先生の言うように、陰陽庁にこの人形を卸せば、陰陽庁のさらなる戦力の向上が見込め、今抱えている人材不足が解決するかも知れません」

 

陰陽庁には陰陽師と名乗ってはいるが見鬼ではないものも多く存在する。 それらの職員にこの人形を装備させれば本当に人材不足が解決するかも知れない。 だがしかしそれは、その手法は絶対にとってはならない。 なぜなら――――

 

「陰陽庁は双角会と繋がりがあります」

 

「っ――――!?」

 

「そして陰陽庁のトップ、倉橋源司はその双角会を操っている張本人です」

 

「なんやて!!!? そんなバカな話があるかいな!!!!」

 

「事実です。 これは僕の術によって倉橋源司本人から直接聞きだしたことです。 そしてその場には鈴鹿も同席していましたので確認をするならどうぞ」

 

「鈴鹿クン、ほんまか!?」

 

「本当よ。 あたしもその場で聞いたから間違いないわ」

 

「んなアホな……」

 

肩を下げ愕然とうなだれる大友先生。 大友先生と倉橋源司がどういう関係かは知らないが、まるで信じていた者に裏切られたようなショックを隠しきれない態度だった。

 

「彼はなにやら兄さんを使って何かしようと企んでいるみたいですね」

 

「……何かってなんや?」

 

「そこまでは分かりません。 なにせそれを聞き出そうとしたときに邪魔が入りましたので」

 

「邪魔……?」

 

「ええ。 大連寺至道に邪魔されたんですよ」

 

「っ――――!?」

 

「もちろん肉体は上巳の大祓(じょうしのおおはらえ)の時になくなったらしく、式神として復活を遂げたみたいですね」

 

「…………」

 

あまりの衝撃に言葉を失う大友先生。

 

「このことから僕は今の陰陽庁を信用していませんし、その陰陽庁に対して支援することもありません。 陰陽庁自体が腐敗しているのなら他の組織を使ってそれを是正しなければならない。 そしてその役割を担うのは犯罪捜査の専門組織である警察庁なんです」

 

北斗の懸念を聞いてから僕はロビンで陰陽庁を監視した。 するとやはり不審な動きが随所に見られた。 あまりにも不自然なほど簡単にそういった現場を見せるものだから最初は罠かと思ったのだが、単純にロビンのことに気が付いてないことがわかった。 何かとやかましい使い魔ではあるが、こと監視任務においては優秀な一面を見せていた。 そのロビンから報告を受けてすぐに僕は会社に赴き説明して計画を実行に移した。

 

警察庁へは元々うちのシステムを扱ってもらっている関係上、繋がりはあったのでコンタクトを取るのは容易だった。 さらに少し説明をしただけだが陰陽術絡みの犯罪とはいえ、陰陽庁に自分たちの仕事を奪われるという辛酸をなめつづけてきた警察庁にとって今回の話は僥倖(ぎょうこう)だったようだ。 掴みとしては上々。 先方からも今後も末永くうちと付き合って行く用意があるとの回答を得ている。 あとは形だけのプレゼンをしていく段取りになっている状況だ。 ただまあ実際に正式に運用されるのは予算を計上した来年度からというようになるだろう。 人形の単価もさることながら、陰陽術関連の犯罪と向き合うためにはそれなりにまとまった人形の数が必要になるからそれだけ費用も必要になってくる。

 

だがそれも今日の話で少し事情が変わりそうな雰囲気である。

 

「元々は来年度からの運用を予定していましたが、その計画を前倒しする必要があるようですね」

 

塾長たちから正式な依頼が来た今、この大義名分を盾に計画の前倒しを考えていいだろう。

具体的には今年度から試験運用という名目で運用を開始して、人形はうちの会社から警察庁へ今年度限りの無償貸与という内容だ。 これであれば警察庁にしてみれば費用もかかけないで試験運用ができるメリットが発生する。 うちの会社にしても試験運用の結果をフィードバックできるメリットがある。 これは今後の開発において投資するだけの価値がある話だ。 お互いにとってメリットのある話。 この方向で一度話をする必要があるだろう。

僕は考えをまとめた上で、呆然としている大友先生に聞いた。

 

「僕の話はここまでです。 そしてここまでの話を聞いて大友先生に質問があります」

 

「……なんや?」

 

「僕たちの側に付くか、陰陽庁に付くか。 それともどちらにも付かないか。 3択ですね」

 

「さっきまでの話を聞いたあとやと、その内容がまるで脅迫のように感じるわ……」

 

「人聞きの悪いことを言いますね。 そんなに悪いようにはしません。 僕たちの側に付くならもちろんですが、どちらにも付かないなら大友先生に対して何もすることはありません。 大友先生が職を失ったとしてもうちの会社で好待遇で歓迎しましょう。 もちろん大友先生さえよければですが。 ――――ですが陰陽庁に付くならそれなりの覚悟を持ってくださいね」

 

僕は大友先生ににっこりと笑顔で言った。

大友先生はその顔を見て引きつった表情をしている。 しかし腹は決まったのか、すぐさま答えを出してきた。

 

「……わかった、わかった。 碧クンの敵にはならん。 ……あとが怖くてかなわんわ」

 

「殊勝な心がけでなによりです。 ――――それで結論は?」

 

「とりあえず傍観させてもらえんか? 僕も自分の目で確かめたいことあるし」

 

「わかりました。 それが大友先生の意思である以上尊重します。 無理強いはしませんしよ」

 

「すまんな」

 

「かまいません。 僕は大友先生の答えが知りたかっただけですから」

 

正直なところ僕としては大友先生が敵になろうがなるまいがどちらでもよかった。 ただ敵になるというのなら早めに知りたいし、何より僕の周りでうろちょろされるのが一番嫌だった。 邪魔さえしなければ大友先生がどういう行動をとろうと気にはしない。

 

そこで塾長がタイミングよく声を掛けた。

 

「では結論もでたようですし、みなさん。 そろそろ講義の時間ですよ」

 

塾長のその言葉でこの場は解散となった。

 

 

 




なかなか筆が進まずずるずると2週間も間が空いて久しぶりの更新になりました。
次はもう少し早く上げられるようにします。

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