夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-13. 陰陽塾襲撃(1)

関東地方が梅雨入りして六日目。このところ毎日のように雨が降っていたがこの日は曇天(どんてん)

ようやく雨はあがったもののジメジメとした湿った空気が体に纏わり付き不快な気分へと誘う。

 

いつものように屋敷を出た僕たちは秋乃を学校へと送り届けたあと陰陽塾を目指した。

自宅研究期間以降も相変わらず同じメンバーで陰陽塾に通っている。京子、鈴鹿、北斗だ。

 

鈴鹿や北斗とは違い実家のある京子だけは偶に実家へと帰っているのだが、既に既成事実化しているのか殆ど僕の屋敷へ入り浸っている状態だ。

もっともそれに困っているわけではないのでそこは京子の好きなようにさせている。

それに食事面で大変助かっているし、なにより京子がいる方が家の中が賑やかだ。そういう意味で京子には大変感謝している。

 

また魔術面でも京子は進歩を見せた。

元々京子が僕の屋敷で寝泊まりするようになった理由は魔術の習得のためだ。ただ単に鈴鹿たちと戯れるためにいるわけではない。

京子と鈴鹿は強化の魔術の鍛錬をしていた。鈴鹿は元々研究者だったためか強化の魔術に深い理解をしてしていた。才能があったと言っていいだろう。

しかし京子には強化の魔術は残念ながら才能がなかったと言わざるを得ない。せいぜい物を強化するくらいしかできず、強化より少し上級の変化の習得には至らなかった。

だが強化の魔術を教えたことは無駄にはならなかった。京子の強化魔術は実戦にこそほど遠い練度だが、それは強化の魔術に必要なイメージが京子にとって難しかったというだけなのだ。

 

そこで僕は京子にルーン魔術を教えた。これは北欧に伝わるルーン文字によって神秘を成すものだ。

工程が一工程(シングルアクション)なので初心者にも比較的扱いやすい魔術に分類される。また属性も多彩であるため京子自身の属性を探すのにも向いている魔術だった。

そしてその思惑通り京子の属性でいくつかのルーン魔術を使うことが出来るようになった。

京子はルーン魔術を覚えるのにさほど時間は掛からなかった。強化の魔術で培った経験値はここにきて確かな効果をもたらしていた。

一つ一つ積み重ねて自身のモノにしていく様は京子自身の在り方を表していると言えた。

 

「碧くん?」

 

京子を見ながら考えていたら、それに気づいた京子が不思議そうに首をかしげた。

 

「いや……。なんでもないよ」

 

「そう?」

 

そんなやりとりをしていると、横で聞いていた人物が僕をからかおうと爆弾を投げてきた。

 

「どうせキョーコをじろじろ見ててエッチなことでも考えていたんでしょ」

 

爆弾を投下したその人物とは鈴鹿である。

 

彼女にもまた京子と同じように魔術を教えている。

最初に教えた魔術は京子と同じく強化だ。しかし京子とは対照的に鈴鹿は強化の魔術をよく理解していた。

物質の強化が出来るという点では京子と同じだ。しかし、こと紙に関してはさらにその少し上級の変化にまで理解が及ぶようになっていた。

鈴鹿は陰陽術でも符術を得意としていたがその傾向が現れてきたのだろう。これは彼女の属性が関係している。

五大属性の枠から外れているため他の魔術を扱うことは容易ではないが、この短い期間でここまで習得できたのだからたいしたものだ。

もっとも鈴鹿は京子よりも魔術回路の数が少ないので京子と同じようにルーン魔術を使っていたら攻撃的な鈴鹿のことだ、ボカスカ撃ちまくってすぐに打ち止め(ガス欠)になってしまう。そういう意味においても鈴鹿が特化した属性だったことは僥倖(ぎょうこう)といえた。

京子が一つ一つを積み重ねていく秀才タイプなら鈴鹿は特化した天才タイプだった。

 

その天才は今まさに僕にとって天災となり得るわけなのだが……。

この鈴鹿の発言は下手に反論したところで僕の立場を危うくする。

だから僕はその爆弾を被弾することはせずに持ち主へそのまま返すことにした。一言。

 

「そうだよ」

 

「んな――――っ!」

 

それを聞いた鈴鹿はまともに反応できずに驚き、そして京子は顔を真っ赤にした。

思った通りの結果に満足した僕は笑いながらこう言った。一言。

 

「嘘だよ」

 

呪術の神髄が嘘とは誰かが言っていた言葉だが、誰でもこんなに簡単にあしらうことができれば楽なんだろうなぁと常々思う。

からかわれたことに気が付いた鈴鹿はその場で地団駄を踏み、顔を真っ赤にしていた京子はやや残念そうにこちらを見ていた。

そんな彼女たちにからかったことを適当に謝りつつ陰陽塾を目指して歩いていった。

 

 

 

 

            ☆

 

 

 

「前方に人集りができてるな」

 

いま僕たちが歩いているところは陰陽塾の後方100mあたりだろうか。ふと北斗のその言葉に釣られて前方へと視線をやると確かに人集り、というか行列が出来ていた。

何かあったのだろうかと行列の最後尾に居る人に状況を確認してみた。

するとどうもアルファとオメガの入退出認証がいつもよりも厳しいものになっていて、塾舎内になかなか入れずにこうして行列ができているということらしい。

 

「何かあったのかしら? ……キョーコ。あんたのお婆さんから何か聞いてないの?」

 

「あたしは何も聞いてないわよ」

 

「そう……」

 

「…………」

 

ふむ……。京子には何の連絡も入っていない……、か。

あの塾長のことだ。何か重要なことがあれば京子に連絡を入れていてもおかしくはないはずだが……。

 

このような行列、僕が入塾してからは一度もなかった。が、現にこうして行列ができている。

認証を行っているアルファとオメガを管理しているのは塾長だ。そしてこの行列の原因となっているアルファとオメガの認証行為も塾長の指示によるものだ。

恐らくそうしなければならない事態に陥ったと見るべきか……。

 

とりあえず現時点で考えられることは極めて少ない。

京子に連絡も入れられないくらいの逼迫(ひっぱく)した事情があると見た方がいい。

そしてその理由は、これだけの厳重な入退室の管理。何者かの侵入を拒むものだと推測できる。

 

……ここまでは推測が出来るのだが……、果たして陰陽塾に一体誰が侵入するというのだろうか?

陰陽塾に侵入して何の得がある?しかも塾長に知られるようなことをしてというオマケ付きだ。

ここまで警戒レベルを上げられた状態で一体ドコの誰が好きこのんで侵入するというのだろうか?

夜光信者が姉さんを狙った犯行だろうか?いやそれならこんなに大げさなことをせずにコソコソと姉さんに近づけばいいだろう。

しかし塾長がここまで警戒する犯人か。……想像しにくいな。要注意人物の倉橋源司やその一味であれば表だって警戒しないだろうしな。

 

……現時点で判断できるのは犯人や犯行の理由は不明だが何かが起こるのは確かだということだ。

とりあえずそれを踏まえた上で行動するか。

 

「みんな、聞いてくれ。たぶん今日、この陰陽塾で何かが起こる」

 

「そりゃぁ、この状況だもの。見りゃわかるわよ」

 

何、当たり前のことを言ってるんだと言いたげに僕を見る鈴鹿。

 

「まぁ……そうだな。……ただその何が起こるかってことだよな」

 

「碧くんは何が起こるのか分かるの?」

 

「いや分からないよ。だけど塾長がこれだけ警戒していて、しかも塾長は事前に何が起こるのか把握しているようだ。これはある意味犯行予告だよね。……それなりの人物が来るんだろうね」

 

「お祖母様が警戒するそれなりの人物……。――――あっ!」

 

「京子?何か知ってるのか?」

 

僕と鈴鹿、北斗が首をかしげて京子を見る。

 

「……蘆屋道満(あしやどうまん)

 

「っ――――!!!!」

 

鈴鹿が絶句した。鈴鹿は何か事情を知っているようだ。

 

「あしやどうまん?誰だそれは?」

 

北斗は首をかしげながら京子に問う。

京子と鈴鹿は何か知っているようだが、僕も北斗と同じく蘆屋道満が何なのか知らない。

……正確には僕は名前だけ知っている。僕のご先祖様である安倍晴明のライバルだった蘆屋道満だ。ただまあ僕もそれくらいしか知らない。本当に名前を知っているというだけだ。だがその人物と京子の言う蘆屋道満が同一人物なんだろうか、というところで疑問符が付く。同一人物であればその蘆屋道満という輩は何年生きているんだって話になる。泰山府君祭で器を入れ替えて生きながらえたにせよ、これはもう怨霊の類いじゃないか。

 

……なんにしても解らないことだらけだ。

僕は北斗に蘆屋道満について僕の知っている範囲で説明したあと京子に説明を促した。

 

「京子と鈴鹿は事情を知っているみたいだから、その蘆屋道満について教えてもらえるかな?」

 

「わかったわ。……といってもあたしも蘆屋道満本人を見たわけじゃないからお祖母様から聞いた話になるのだけれど」

 

「どんな話なんだ?」

 

「えっと、この前起きた上巳の再祓(じょうしのさいはらえ)のことは知っているわよね?」

 

「じょうしのさいはらえ?」

 

北斗がなんだそれはと京子に問うた。

 

「あー、そっか。北斗ちゃんは知らなかったわね。北斗ちゃんがここへ来る数ヶ月前に双角会が霊災テロを起こしたのよ。それが俗に上巳の再祓(じょうしのさいはらえ)と呼ばれているの」

 

京子の言う通り双角会が霊災テロを起こした事件である。

当時、僕も鈴鹿も陰陽塾へ通う前だったため話を聞いただけに留まるが、京子はその事件当時、姉さんたちと共にその霊災テロに係わった当事者だった。

 

「その上巳の再祓(じょうしのさいはらえ)で出たらしいのよ。蘆屋道満本人が」

 

「……それは誰かが目撃したってことか?京子は見てないんだろ?」

 

「それが夏目くんたちの前に姿を現したらしいの。挨拶しただけだったみたいだけどね。その報告をお祖母様が聞いてあたしにも気をつけなさいって注意していたのを思い出したのよ」

 

「なるほどね。しかしそんな有名人がよりにもよって姉さんの前に現れるなんて……。なんだろう、不幸体質なのかな?」

 

「ふふっ……なんだか碧くんの不幸を一身に背負ってた感じね」

 

苦笑しながら冗談交じりに言う京子。

確かに京子の言う通り、なんだかんだで僕には不幸が降りかからない。が、その反動か周りが不幸を被ることが多い。そしてその対象は主に姉さんが多いわけだが。

 

「なんだか姉さんに悪いことした気分になるよ……。と、まあ、冗談はそのくらいにして。――――鈴鹿?」

 

「……あ、あたしもこの眼でみたわけじゃないわよ?」

 

「鈴鹿が見てないということは誰かから蘆屋道満についての話を聞いたってことだよな?」

 

「話を聞いたというか、噂程度にね。……ほら、あたし陰陽庁にいたからさ、そういう呪捜部絡みの話とかも聞こえてくるわけ。通称『D』なんて呼ばれててね、なんでもこの前の上巳の再祓(じょうしのさいはらえ)では木暮や鏡まで煙りに巻いたって話よ」

 

「へぇ……。十二神将二人を相手に。それはすごいな」

 

「すごいなって……、反応軽すぎよ!碧のそれはいつものことだけど……、でも蘆屋道満よ!十二神将を二人も相手に逃げ切ったのよ!?」

 

「いやあ、素直に驚いているよ。鏡さんは実際戦ってみて強かったし……、それに粘着質だった。同じように木暮さんも強いんだろう?」

 

「それを分かっているならもっとこう!なんていうか!!」

 

鈴鹿は自分の焦りを理解してもらっていないと勘違いしたようでやり場のない憤りを感じていた。

そんな彼女を諭すように肩に手を置いて彼女の顔を正面から見つめた。

 

「まあ落ち着けって」

 

「これが落ち着いていられるかー!!」

 

「焦る気持ちは分かるけどもうすぐここに来る相手だ。今更どうしようもないじゃないか。そして僕たちに出来ることはこれからどうするのかということだけさ」

 

「蘆屋道満なんて化け物相手にあたしたちに何ができるんだよ!!つーかキョーコもホクトも怖くねーのかよ!!!?」

 

「あたしは碧くんと一緒なら怖くないわよ。……あのとき碧くんのそばで共に戦うって決めたし」

 

「私はその『あしやどうまん』が知らないからな。怖いも何も判断基準がないから測りようがない」

 

京子と北斗はそれぞれの感想を述べた。

京子は何かが吹っ切れたのか、もう何が出ても怖くないような言い方をしていた。

北斗は……、まあ、たとえ蘆屋道満について正確に認識していたとしても彼女を驚かせる存在になっていたかというとそうは考えにくい。

なぜなら蘆屋道満が本物だったとしても所詮それは平安時代の人間だ。古代より存在している北斗からしたら赤子も同然だのだ。呪術面ではどうかしらないが、それにしても北斗は回路が元に戻って量が少なくなったとはいえ、彼女は究極の知識を得た稀有な存在だから蘆屋道満が驚くべき対象かといったらそうはならないように思える。

僕にしてもその北斗と同じだ。舐めているわけではないが油断さえしなければ負けるとは思えない。

ただ急な話だったので準備不足なのは否めないが。

 

「こんなことになるのなら衛兵(センチネル)を持ってくればよかったが、今から屋敷に戻ってみんなバラバラになるのも危険だ。それに見た限り陰陽塾の呪的防御結界は強い。余程のことがない限り破れないだろう。衛兵(センチネル)がなく心許ないのは事実だけど今の戦力でやるだけやってみよう」

 

「で、でもっ!」

 

鈴鹿の不安はもっともだ。だがないものを嘆いたところで現状がよくなるわけではない。ならば現在の戦力を正確に把握した上で何が出来るのか考えなければならない。

今回の僕の任務は鈴鹿や北斗、京子以外に姉さんたちのグループを守りながらの戦いになる。僕が矢面(やおもて)に立って蘆屋道満を相手にするつもりではいるが、蘆屋道満に仲間がいた場合は僕だけでは手が足りなくなるだろう。鈴鹿たちには悪いがそうなったときは自分たちの身は各々で守ってもらうほかないが……、本当にヤバくなったらいよいよアレを使わざるを得なくなるだろう。

いずれにしてもこの状況だ。なるようにしかならなん。

 

「心配するなって。みんなは僕が必ず守ってやる」

 

鈴鹿の頭を撫でて場を紛らわす。鈴鹿は顔を赤くしながらもなすがままにされている。

そして京子と北斗を見ると力づよく頷いた。どうやら彼女たちは既に戦闘準備ができているみたいだ。なんともまあ頼もしいことだ。

 

そしてそうこうしているうちに塾舎の入り口にできていた行列も捌けたようで次が僕たちの番になっていた。

 

「さて僕たちも中へ入ろう」

 

順番にアルファとオメガの認証チェックを受けて塾舎内へと入る。

そしてそれぞれのクラスへと分かれる前にここが襲撃されたときの手順の確認を取った。

とはいっても合流までの方法だけだ。その後のことなどその時にならないとわからないだろう。

 

「京子。もし授業中に襲われたら僕たちが京子のクラスへ行って合流するから動かないでくれ」

 

「わかったわ」

 

とりあえずの方針は決まったが、あとはロビンの報告を受けて陰陽庁でも動きがないか確かめなければならない。

陰陽塾がこれだけ動いているんだ。当然、陰陽庁もその動きを把握しているだろう。このドサクサに紛れて何かされても困るからな。

そんなことを考えながら僕たちは様々な思いを胸にそれぞれのクラスへと向かった。

 




陰陽塾襲撃の話ですね。
今回の投稿では襲撃直前の話でした。

この2-13話で二章の完結を目指します。
まだ書いている途中なので正確には分かりませんが恐らく3もしくは4分割になるのではないか思います。

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