「結局何もなかったわけだけど、取り越し苦労だったのかなぁ……?」
僕は塾舎の食堂で定食のおかずを突きながらぼやいた。
昼前に報告をロビンから受けた。どうやら陰陽庁でも物々しい雰囲気になっているらしく、その原因はやはり
蘆屋道満からは陰陽庁に対して本日、
そのため陰陽庁は庁舎内にある
だがそのロビンの報告だと、現在の状況の説明に結びつかない点がある。
それに、だ。蘆屋道満は
実家にある資料で読んだことがある。
特殊な式神なのだ。人造式の式神だがその様は使役式のようにまるで意思を持った生き物のように振る舞い、姿形は三本脚の金の鳥の姿をしたり在るときは夜光の羽織をしたりと形態を変える。霊力も高く姉さんの式神の竜と同等ということだ。
だがそれだけの話。
確かに変な機能が付いてはいるが、あんなものは少し不思議な式神というだけに過ぎない。
陰陽庁を敵に回してまで手に入れるほどのモノか、と僕なら考える。
ア゛ア゛ア゛ア゛――――ワケワカラン……
頭を抱えて心の中で叫ぶも全てがバラバラ。蘆屋道満の考えが全く解らない……。
「はぁ……」
「何ため息付いているんですか」
そう突っ込んだのは姉さんだ。いま僕の対面に座って同様に昼食を取っている。
僕は普段、京子が弁当を用意してくれるため鈴鹿や北斗、京子と教室で昼食を取る。しかし今日はいつもとは異なる。今日は食堂で昼食を取っているため姉さんや春虎兄さんや冬児、天馬もいる大所帯だ。
事情が事情であるためこのようにまとまっている方がいいからという理由からだ。
「何って……それは決まってるじゃないですか。蘆屋道満のことが全くわからないから悩んでいるんですよ」
「そんなのぼくたちに解るわけないだろ。それに碧も言ってたじゃないか。陰陽庁に
これまでの経緯は姉さんに話してある。何でそんなこと知っているのかと突っ込まれはしたがそこは適当にボカした。
だが確かに姉さんの言う通りだ。蘆屋道満の予告状通りなら陰陽塾が襲われる理由が全くなくなる。
「だけど、それならなんで陰陽塾はこんなにも厳戒態勢なんだろ?塾舎内への入退室はもちろん結界の強度が昨日までとはまるで違う」
「そ、それは……」
僕の疑問に言葉を詰まらせる姉さん。その姉さんをフォローしようと姉さんに代わって春虎兄さんが言葉を紡いだ。
「それはアレだろ。何かあったときのための保険ってヤツだ」
それはそう……なのだろう。そうではないと説明が付かないのだから。
「……確かに春虎兄さんの言うように、その線が今のところ一番濃厚みたいですね」
「だろ? だからそんなに悩んでないで早くメシ食ってしまおうぜ」
まったく春虎兄さんのその細かいことに囚われない思考が羨ましいよ。だが、まあ、春虎兄さんの言う通りだな。解らないことをあれこれ悩んだところで答えなど出るはずもない。
よし。僕も春虎兄さんに習って早いところ食事を取ってしまおう。
そう考えていた矢先、姉さんから声を掛けられた。出鼻をくじかれた僕は姉さんに視線を向ける。
「この子、ぼくたちと会ったのは初めてだよね? 何度か見かけたことはあるけれどこうして直接話す機会は初めてだし、せっかくだから紹介してよ」
この子とは北斗のことだ。なんだかんだで姉さんとこうして面と向かって対面するのは初めてだ。
紹介するのはいいが、どう紹介したものか……
というか姉さんは北斗のことに気づかないのだろうか?
元々今ここに居る北斗のモデルとなったのは姉さんの作った簡易式の容姿を参考に作っている。
確かに北斗が魂を宿してから1,2ヶ月が経ったため髪が伸びて雰囲気も変わっている。が、しかし、北斗のモデルとなった簡易式を作ったのは姉さんなのだから気づいてもおかしくないハズなのだが……
……まあ、今更考えるだけ無駄だな。ここは春虎兄さんを習ってそのまま言ってしまおう。うん、それがいい。
そして僕は小さく呟いた。
「……妹」
「え?」
「だから妹。僕の妹であり兄さんの妹。14才で僕の一つ下だよ」
「ええ~~~~~~~~~~っ!!!!」
姉さんの叫びは食堂フロアに響き渡った。視線がこちらへと集中、食堂は静寂へと包まれる。
だがそれも一瞬のこと。またあいつらかと言わんばかりに興味が失せたのか何事もなく視線は霧散し、また先ほどのように喧噪に包まれた。
姉さんは固まったまま。それに習うように春虎兄さんも箸を落としたまま固まっている。冬児と天馬も食べるのをやめてこちらに注目していた。
「こちらは僕の兄さんでキミの兄さんでもある。名前は夏目。16才で僕の一つ上だよ」
同時に北斗に向かって「実際は姉なんだけどね」と声には出さず周りには隠すように口だけを動かした。もっとも北斗はそのあたりの事情を知っているため言うまでもなく無言で頷いた。
「私は北斗と言う。よろしく、兄上?」
僕の隣に座っていた北斗は席を立って対面にいる姉さんに手を姉さんに差し出した。
姉さんもそれに釣られるように、おずおずと手を差し出し握手を交わした。
「……よ、よろしく。僕は夏目……、って、あれ? ……北斗?」
握手をしながら北斗の発した発言を
そしてそれは姉さんだけに留まらなかった。
「北斗……だって?」
横から口を挟んだのは先ほどまで固まっていた春虎兄さんだ。そして北斗を凝視した春虎兄さんの疑問はやがて確信へと近づいていく。
「言われてみれば似てる、気がする……」
「似てる? いや、髪が伸びて雰囲気が違うが……、これは間違いなくあの北斗だろう」
春虎兄さん、それに冬児も姉さんと同じように北斗に確信を持ったようだ。
ああ、これは面倒くさくなるパターンだな。僕は現実逃避するように食事を再開した。
だが、机を挟んだ対面にいる人物がそれを許さなかった。
「ここここここれはどういうことですか!?碧!!!!」
僕の襟首を掴みながら前後に揺さぶり脳が激しく揺れる。その脳を揺らされた状態で必死に言い訳を考える。
姉さんがここまで取り乱すのも無理はない。今まで妹がいることなんて説明しなかったし、そしてその妹が姉さんの簡易式に似ていればこうなるのは当然といえるだろう。
いつも陰陽塾に通っているのだから当然姉さんと接する機会もあったのだが、北斗と姉さんがこうして一緒になったのは今回が初めてだし北斗の紹介を求められたのも初めてだった。
塾舎外では姉さんたちに会うこともなかった。
だがそんな僕の事情などは今は関係ない。どうにかこの場を落ち着かせなければ……
あれこれと考えていると再び春虎兄さんから声が掛かった。春虎兄さんのその目は真っ直ぐと僕を捉えていた。
「碧。なんで北斗がここにいるのか説明してくれないか?……もしかして北斗を操っていたのはお前だったのか?」
「……コイツ、北斗がいなくなってから色々と気に掛けてたんだ。悪いがこいつの些細な頼みを聞いてやってくれないか?」
そして冬児が春虎兄さんをフォローするように言葉を付け加えた。
しかし今の春虎兄さんの話は変だ。なんで春虎兄さんは簡易式の術者ことを知らないんだ?
昨年、鈴鹿が起こしたあの事件の前日、姉さんと春虎兄さんが痴話げんかの仲直りをしたときに、その話もしていたと思ったのだが……
これはどういうことだ、と姉さんに視線を向けるとパッと視線を逸らした。
ああ、なるほど。そういうことね。よぉく分かった。
ならば僕が全てのネタバレをしてあげよう。
「わかりました。春虎兄さん。どうしても北斗について知りたいのなら全てお話しましょう」
「うわああああああ、だめだめだ――――め――――――――!!!!」
僕が何を言おうとしたのか気が付いたのか、姉さんは慌てて僕の口を押さえようとする。
僕は必死に姉さんの手をかいくぐる。しかし姉さんの手は僕の逃げ道を塞いだ。一進一退の攻防。
周りはその様子をポカーンとしながら見ていた。
すると全くの外野から大きな声と共に衝撃的な情報が舞い込んだ。
☆
「おいっ!ビッグニュースだ!ついさっき陰陽庁が襲撃を受けたらしいぞ!」
食堂中の視線が一人の男子生徒に集中した。
その報を聞いた僕は姉さんとのじゃれ合いをやめて勢いよく立ち上がった。その勢いで地面を引き摺った椅子が大きな音を鳴らす。
ガタッ!
「きたか……!!」
僕は立った勢いそのままにその場で一言呟いた。
すると姉さんは呆れ顔をしたまま僕に突っ込みを入れた。
「……なに言ってるの。碧?」
「なんでもない……」
いや、本当に、自分でも何を言っているんだと突っ込みたくなる。と、冗談はここまでだ。
ようやく騒ぎの原因となっている人が動き出した。そして大方の予想通だ。
僕は椅子を元に戻し席へと着いた。
「どうやら蘆屋道満は陰陽庁へ向かったようですね」
「そうみたいね。まあ、よかったじゃない。厄介ごとが来なくて。はぁ……よかった。本当に……」
「そうよね。あたしも朝はああ言ったけれど、さすがに少し怖かったわ」
「私はその蘆屋道満とやらがどういう者か見たかったので少し残念だな」
「ちょ、ちょっとやめてよ北斗……」と鈴鹿がひくつく。
鈴鹿と京子は蘆屋道満が来なかったことに安堵。北斗は残念といった様子。
姉さんたちも安堵が半分、拍子抜けが半分といった様子だ。
「……ハハ。まあでも、いい予行練習になったじゃないか」
そう言って春虎兄さんは席を立ちふらっと窓際へ行った。その様子を目で追う。
春虎兄さんは外を眺め何かを探しているようだ。そして顔が下を向いた次の瞬間、その視線が一点に釘付けとなった。
「春虎兄さん? そこから何か見えましたか?」
「――――蘆屋道満……」
「あっ……」
やっべ。ホントに来ちゃった。
☆
僕は席を立って春虎兄さんと同じように窓の外へと目を向ける。確かに塾舎の入り口あたりに車と何者かがいるのがわかった。しかしこの高さではハッキリとはわからない。春虎兄さんは何か確信めいているようだがよくこの高さから分かるものだ。
そう感心しながら僕は目に強化を施す。すると今度はその人物がハッキリと見て取れた。
春虎兄さんが見ている視線の先。黒いリムジンの横に一人の白髪の眼鏡を掛けた老人が立っていた。
隣にいる春虎兄さんを見ると体を強ばらせて固まっていた。その反応から察するにどうやらあれで間違いないようだ。
僕は春虎兄さんの肩を軽く揺さぶる。すると我に返ったのか、ようやく気づいた。
「……す、すまん。ちょっと動揺してた……」
「構いません。得体の知れないものとの接触はそうなっても仕方在りません。それよりもみんなにも報せましょう」
「あ、ああ……」
僕は姉さんたちをこちらに呼び下の様子を見せながら状況を説明した。
その説明を聞いた鈴鹿は見るからに顔色を悪くしていた。
まずは蘆屋道満がこちらに現れた理由。考えられることは二つ。
一つは予告状に書かれていた目的が嘘だったということ。蘆屋道満は怨霊めいたものとはいえ陰陽師だ。正面からバカ正直に行く方がワケがない。相手の視線を引きつけるためにわざと鴉羽織を奪うという嘘をついた可能性がある。陰陽庁の鴉羽織を奪うという目的は囮で、実のところは陰陽塾の何かが本当の目的だったということ。
もう一つは陰陽庁にある鴉羽織が偽物もしくは最初から陰陽庁に鴉羽織は存在せず、本物の鴉羽織が陰陽塾にある可能性だ。蘆屋道満は何らかの方法でその嘘を見抜き、陰陽庁に陽動をかけたあと陰陽塾へ来た可能性だ。
これは単純な乙種呪術だ。もっとも僕たちに対してその効果は極めて限定的だが。
「つまり僕たちはまんまと騙されたワケだ」
「そんな悠長に言ってないで、これからどうするのか考えなさいよっ!」
僕がしらっと言った感想に対して、顔をぷくーっと膨らませた鈴鹿がすかさず突っ込みを入れた。
そんな鈴鹿の頬を指でツンツンと突きながら、
「まあまあそんなに焦るなって。
――――そうだな。まずはここから下の様子を見ようじゃないか。逃げるにしても迎え撃つにしても相手がどう動くか見てからでも遅くないだろ?」
とりあえず相手の出方を見ないことには何も始まらない。
ここへ来た可能性だけなら蘆屋道満が陰陽塾へ遊びに来ただけとか色々あるじゃない? ま、そんなわけないけどね。
と、その時、姉さんが呟いた。
「倉橋さん。あれ、塾長の式神じゃない?」
姉さんの視線の先には確かに小さな影が動いていた。
確かに塾長が使役している三毛猫が蘆屋道満に歩いて行くのが見て取れた。
「お祖母様!?」
京子がそう叫んだ次の瞬間。蘆屋道満と目される老人は手にした杖で黒いリムジンをトントンと2度叩く仕草を見せた。
するとリムジンの背部、トランクが爆発。弾け飛び散った。
塾長の猫はその爆発にあえなく飲み込まれ、同時にその爆発から黒い影のような何かが全方位に対して飛び出した。
黒い影は飛び散りながら形を形成していった。出てきたものの正体は蜘蛛。恐らくは装甲鬼兵・土蜘蛛を模した式神なのだろう。鈴鹿が持ち出した装甲鬼兵と同じ姿だ。だが鈴鹿の時とは違い、それらは数え切れないほどの群体で塾舎の壁をよじ登ってきている。移動する早さもなかなかのものだ。
そしてその一体が窓を突き破ろうとする仕草を見せる。
「春虎様!」
今度は春虎兄さんの後ろから何かが飛び出してきた。
その正体は白いモコモコとした何か。あ、いや。幼女だった。
その幼女は春虎兄さんと窓の前に割って入る。
どうやら春虎兄さんの式神のようだ。幼い容姿ながらも鬼気迫る表情で必死に主を守っている。
なるほど。京子が言っていたコンちゃんとはこの子のことだったのか。
色々と興味深い式神ではあるが、いまは聞くべきではないな。
ガンッ、ガンッ、ガンッ
式神は窓を突き破ろうとするが窓が破れる気配はない。
「ば、化け物!?」
「式神だよ、バカ虎!」
春虎兄さんの台詞に姉さんが叫びながら鋭くツッコミを入れる。すごく息の合った連携だ。
ここに来て食堂にいる僕たち以外の塾生たちも状況を理解したのか、悲鳴を上げパニックになった。
悲鳴を上げる者、声も出せず床にへたり込む者、我先にと逃げ惑う者。
それぞれがそれぞれの行動を取っていた。
そしてその中には当然攻撃しようとする者もいた。
しかしそれは未然に防がれることとなった。
「ダメだ!」
一言、姉さんが怒鳴りその塾生の動きを止めた。
「塾舎の結界が効いている。こちらから攻撃することで結界にダメージを与えることになる!」
姉さんのその指摘に、攻撃しようとしていた塾生、そしてそれ以外の塾生たちもハッと冷静さを取り戻し、そして、窓の外にいる式神たちの動きに注視した。
このフロアからでは全部を見渡すことはできないが、窓から上下を見た限り、式神たちはこの塾舎を包囲するように埋め尽くすように這っている。数が数だけにその様相は異様だ。
「こいつら、中には入ってこれないようだな」
現在の状況を冷静に冬児が分析する。そしてその冬児の台詞に夏目は頷いた。
「この結界はそうそう簡単に破れる代物じゃないよ」
姉さんの指摘は全く以て正しい。この塾舎の結界は式神程度ではいくら数を重ねたところで破ることはできない。それほど強固なモノだった。
現状は大丈夫といったところだろう。……が、全く破る手立てがないというわけではない。そして敵とはそういうところを突いてくるものだ。
「十二神将相手に大立ち回りする蘆屋道満だ。これで終わりじゃあないだろう」
「そうだよっ!こんな余裕かましていいわけねーだろ!!」
僕と鈴鹿は冷静にことの成り行きを分析している姉さんと冬児に釘を刺す。
その言葉に周りも表情を硬くする。
だが確かに今は膠着状態だ。ならば行動を起こすのであれば今しかない。
食堂には大勢の塾生がいる。いくらなんでも何かあったときにコレを全部守るなんてことは不可能だ。
「ひとまず今は結界や塾長たちが対応しているおかげで膠着状態を維持している。そして行動するなら今が最大のチャンスだ」
そう。この好機を逃す必要はない。まずは塾生たちを何とかする方が先決だ。今のままでは蘆屋道満を相手にするにしても僕たちも身動きが取れないのだから。
「食堂にいる塾生を呪練場に移動させよう」
この塾舎でもっとも呪的防御に優れたところは呪練場になる。塾舎とは別に呪練場自体にも結界が張られており、いわば二重結界になっている。
ここならば塾生たちを丸ごと収容できるし待避する場所としては打って付けだ。応援が来るまで塾生たちはここで籠城した方が得策だろう。
僕たちは手分けしてここにいる塾生たちを食堂から呪練場へと行くように誘導を開始した。
慌てず冷静に落ち着いて行動するよう声を掛けながら。
塾生たちも先ほどのやりとりで大分冷静になっており、我先にと行動を乱すような者は一人も居なかった。
さすが名家が多いだけある。現在の状況を冷静に分析し自分たちが何をしなければならないのか正確に理解していた。
そして塾生たちの移動も半ばにさしかかったその時だった。複数の講師たちが食堂に飛び込んできた。
「みんな聞こえるかっ?たったいま陰陽塾が、正体不明の――――あ、あれ?」
「今すぐ避難を開始――――え?」
食堂の状況を見て困惑気味な講師たち。想像していた状況と異なったのだろう。
僕は代表してその講師たちに近づき状況を説明。そして講師たちも塾生を呪練場へと移動させるためにここへ来たらしい。
それならばと、僕たちは講師たちに誘導作業を引き継いで、再び一カ所に集まった。
「さてと――――」
辺りを見渡す。皆が一様に緊迫した面持ちだ。
僕はその表情を一瞥して皆に聞いた。
「これからどうしますか?」
僕たちも呪練場へと避難するのか、事態を傍観するのか、それとも――――
その問いに対して最初に口を開いたのは姉さんだった。
「陰陽庁が襲撃されている以上、あちらから応援が来るのは遅れるハズだ。それに――――」
姉さんが思い詰めた表情で言った。
「ぼくががみんなと同じ場所へ逃げたら、そこが標的になりかねない……」
「お、おい。夏目?」
姉さんの思い詰めた表情を心配した春虎兄さんが声を掛けた。
なぜだか分からないが姉さんは自分が標的になっているかのように話した。
もしもそうだとするならばそれは勘違いだ。
「予告状の鴉羽織は嘘だったんだ。――――蘆屋道満は……あの陰陽師は双角会との繋がりがあると見られているんだよ? だったら今回の襲撃は、双角会の……、つまり夜光信者の可能性だってあるんだ。なら……」
「本当の狙いはぼくだ」、そう掠れる声で姉さんが言った。今にも泣き出しそうな顔をして。どうやら相当自分を追い込んでいたようだ。
自分のせいで大勢の無関係な人間を巻き込んでいるというのだ。姉さんの性格からすれば自己犠牲に思考が働くのも無理もない。
だがその姉さんの考察は間違いだ。どこから聞いた情報を元に考察したのか知らないが、蘆屋道満と双角会は無関係だ。
なぜなら今回の襲撃は陰陽庁も対象なのだから。
蘆屋道満が双角会に属しているのならば双角会の総本山である陰陽庁を襲うはずがない。
「それは違うよ。兄さん」
「えっ……?」
「蘆屋道満と双角会は関係ない。少なくとも今はね」
「で、でもっ!」
姉さんは負わなくてもいい業まで背負いすぎなんだ。そうでなくとも夜光の転生なんて噂を押しつけられたせいで被害を被っている。
姉さんはもっと自分の現状に対して怒っていい。だが優しい姉さんはそれをしようとはしない。自分の運命だと半ば諦め受け入れている節まである。
それならば僕は姉さんに対してもっと真摯に向き合わなければならない。
全ての情報が出そろったわけではないが、そろそろ話してもいい頃合いかもしれない。
姉さんを取り巻く環境というものがどうなっているのか。
「この件が片付いたら僕の家に来てよ。北斗のことも含めて話をするから。――――春虎兄さんもそれでいいですか?」
「あ、ああ……」
春虎兄さんも頷くことでそれを了承とした。姉さんも同様に頷いた。
ひとまずこの場はこれで収束したようだ。
辺りを見渡すとこの間に塾生たちの避難も済んだようだ。講師たちの姿も見当たらないところを見ると一緒に避難したのだろう。残るは僕たちだけ。
僕は窓側のほうに視線をやる。僕らのやりとりを律儀に待ってくれていた御仁へ挨拶するためだ。
「お待たせして申し訳ないです」
式神は僕の声すぐさま反応した。
「ほっ。気づいておったか」
その声に気づいたコンが「春虎様っ!」と叫び、しっぽを逆立てながら刀を抜いて土蜘蛛を威嚇する。みんなも反射的に構えを取る。
そして声の先、その姿を確認すると一部を除き皆が絶句。
そこには一体の、他のものよりも一回り大きな土蜘蛛がべったりと張り付いていた。
式神の声は妙に若々しく、先ほど見た老人の容姿に似付かわしくない声に少し驚いた。が、それは心の中に押しとどめて話を続けた。
「それだけ視線を向けられたら嫌でも気づきますよ。蘆屋道満殿。初めまして。僕は土御門碧と申します」
「ほほほ。この状況でその冷静さ。お主は若いのに出来た人物のようじゃの」
「ありがとうございます。道満殿にそう言ってもらえて光栄です。――――それで、陰陽塾へはどのようなご用件でおいでになったのですか?」
「何、ちょっとした野暮用よ。ある物を奪いに来たんじゃ」
「それは予告状通り鴉羽織を奪いに来た、ということでしょうか?」
道満は僕の問いに一瞬、考える素振りをするかのように間を開けて再び口を開いた。
「……なんじゃ。知っておったのか。そうじゃ。こっちにある本物を取りに来たのよ」
本物を取りに来た、ということは、つまり陰陽庁にある鴉羽織は偽物で陰陽塾に本物があるということになる。
皆が皆、この乙種に騙される中、蘆屋道満は正確に本物の場所を見抜いた。その洞察力、いや、情報網というべきか。さすがと言わざるを得ない。蘆屋道満とはそれだけの力を持った人物だということだ。
それはいい。想定内の話なのだから。
しかし乙種の話は解せない。
何故そんな皆を騙すようなことをしなければならなかった? 陰陽庁がそこまでして鴉羽織を隠す理由が分からない。いや……恐らくこの情報は陰陽庁でも知っている人間は限られるはずだ。例えば倉橋源司や大連寺至道などといった極一部の人間だ。
なぜなら陰陽庁の人間は庁舎の警備に追われていて手が回らず、陰陽塾の警備は塾舎の職員だけで行っているのだから。少なくとも本物の鴉羽織は陰陽塾にあるという情報が陰陽庁内で周知されていれば、このような人員配置はしなかっただろう。もしも知っていればこちらにも警備が来るはずだからね。
さらに言うと、いくら陰陽庁が双角会というテロリスト集団で固められているとはいえ、それが陰陽庁を構成する全てではない。中には本当に善意で働いている人たちもいる。事前に陰陽塾がターゲットにされていると知っているならば、陰陽塾にいる何も知らない無関係の塾生たちを巻き込むことは良しとしないはずだ。少なくとも体裁を保つためにこちらへの警備も行うはず。しかし今回そういった体制は取らなかった。これらのことから、陰陽庁の人間の大半は陰陽塾に鴉羽織があるということを知らなかったという結論になる。
それに、だ。そもそも陰陽塾で保管するメリットが見当たらない。
考えればすぐ分かることだが、陰陽塾よりも陰陽庁の方が圧倒的に強い。建物の結界はもちろんのこと、こういった襲撃への対応方法などにだ。それに十二神将までいる。
もしも陰陽庁へ襲撃をかけて目的を達成できるかといったらそれは考えにくい。
襲撃されたときのことを考えると鴉羽織がどちらにあるかという情報の有無に係わらず陰陽塾で保管するメリットの方が少ないのだ。
だが、実際はそれとは真逆。本物は陰陽塾にあった。
今回の一連の事件の大元の原因……、陰陽庁に鴉羽織があるという嘘を付き、陰陽塾へ鴉羽織を保管した人物は陰陽庁や倉橋源司などとは全くの別の第三者による仕業の可能性が高いようだ。
「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます」
「何。気にする必要はない」
道満からもたらされた情報は非常に有用だ。それに話にも付き合ってくれている。もしかすると案外いい人なのかも知れない。
ならば、ここは彼からさらなる情報を引き出せるかやってみよう。
「ではもう一つ。僕たちの前に現れた理由をお聞かせください。まさかこのフロアに鴉羽織があるわけでもないでしょう?」
彼の目的は鴉羽織だ。だが、その目的を達成せずに、こんなところで油を売っている理由はなんだ?
「……式神を放ったら見知った顔をみつけての。それでここへ来たんじゃ。……せっかくじゃ、お主らとは少し遊んで行くとしようか」
言葉に威圧を込めてカラカラと笑いながら言った。
その言葉に対抗するように冬児が「のまれるな!」と一喝。表情は強ばりながらもみんなその場に踏みとどまった。
僕はその様子を一瞥。誰も異常がないことを確認し、再び式神に視線をやる。
……なるほど。ただの気まぐれか。久しぶりの見知った顔を見て悪戯したくなる気持ち。まあ分からなくはないが、それは今じゃなくてもいいだろうと思ってしまう。
「しかし、どうやって中に入るつもりですか? 解っているとは思いますが、この塾舎の結界は中々に堅い」
僕のその言葉に続くように京子が毅然と言った。
「碧くんの言う通りだわ。塾舎の結界は貴方でもそう簡単に破れるとは思えない。お祖母様が綻びを残すはずがないわ」
そう。この結界に綻びはない。そしてこの結界は外部からの攻撃に対して強い。さすが塾長といったところだ。
だがもしも敵が定石通りの手順を踏むならば――――
「これはしたり。確かに外からでは難しいの。じゃが儂が何の土産も持たず、主らの宿を訪問したと? この道満、左様につまらぬ真似はせんぞ。既に土産は主らに持たせておる」
式神が大きく仰け反り、再び窓に体をぶつけた。
そして、
「優秀な結界とは総じて堅いものじゃ。ならば如何とする? 答えは中から開ければよい。……近頃はこう言うのだったな。――――
そういった瞬間、天馬の制服のポケットが激しい光を放った。制服を突き破り光は収束。一つの光源となって宙を舞った。
その正体は一枚の呪符だった。
「――――っ! 伏せろっ!」と冬児が叫んだ。
その声に反応するように姉さんたちは床に身を投げ出した。
僕はその呪符を無力化すべく咄嗟に回路を起動しながら呪符に向かって手を伸ばした。が、その前にその呪符に対して手を伸ばす人物がいた。――――北斗だ。
北斗はそれを臆することなく掴み、一言。
「遅い」
片手で呪符をクシャっと握りつぶた。直後、握りつぶした手から炎が舞い上がり、そして呪符は込められた呪力ごと消滅した。
その一連の流れを見ていた式神、道満は驚きのあまり動きを止めてた。
姉さんたちも何事もなかったことに気づき、体勢を立て直した。
その様子をみて北斗が口を開いた。
「先ほどからお前がどのような人物か様子を窺っていたが、子供を苛めて楽しいのか? 皆が一様に恐れる人物だからどのような人物か興味があったのだが……。少し期待外れだな……」
そう道満に言い放ち、この場は一瞬の静寂に包まれた。
それは嵐の前の静けさのようだった。
前回に引き続き陰陽塾襲撃の話でした。
今回の話は蘆屋道満と交戦するところまでです。
次回は出鼻を挫かれた道満が巻き返しを図る話になるのかな、と。
主に戦闘がメインになると思います。
では次回更新までまたしばらくお待ちください。
※UA50000達成ありがとうございます。
一応ステータスを追記しておきます。
大連寺鈴鹿
魔術系統 : なし。強化、変化を習得中(ただし鈴鹿の属性「紙」に特化)
魔力回路/質 : C
魔力回路/量 : E
魔力回路/編成 : 正常
倉橋京子
魔術系統 : ルーン
魔力回路/質 : D
魔力回路/量 : D
魔力回路/編成 : 正常。極めてシンプル
土御門北斗
魔術系統 : 降霊術など色々(ただし三小節以上の魔術は使用できない)
魔力回路/質 : C
魔力回路/量 : C
魔力回路/編成 : 異常→正常