道満は取り繕うかのように口を開いた。だがその口調は威圧的で北斗を値踏みするかのようだった。
「――――お主。見た目通りの年齢ではないな? 一体何者じゃ?」
北斗はそんな道満のことなどお構いなしに平然と返した。
「女性の年齢を詮索するとは失礼なやつだな。私はこれでも14才の乙女だぞ。そんな失礼な輩に名乗る名などない」
「やれやれ。つれない乙女じゃ」ため息をつく道満。その依代となっている式神も、前足を使って微妙な動きでため息をつく動作を再現する。いちいちやることが細かい道満である。
「じゃが儂の呪符は半端な術者が破れるようにはできておらん。……やれやれ。簡単な仕事がだとばかり思っていたのだが……、どうやらそうではなかったようじゃの」
道満にとっては今回のミッションは塾長や塾講師を蹴散し鴉羽織を確保するだけの簡単なものだと考えていたのだろう。だがその目論見は北斗の行為によって覆されようとしていた。
道満の使った呪符には呪符そのものに結界が張られていた。これは呪符を確実に使うためだろう。
呪符を破いたりするような物理的な破壊行為や陰陽術を使って呪符を破壊しようとしても結界によって阻まれるようになっていた。道満が言ったように半端な術者が簡単に解けるようなものではなかったということだ。
だが北斗はそれ平然とやってのけた。道満が土産とまで言った、ある意味において切り札だった呪符をあの一瞬で壊したのだ。道満が戸惑うのも無理はない。
これで道満は塾舎の結界を壊すことが出来なくなったわけだが、果たしてどうでてくるか……
「それで道満殿。これからどうしますか? お土産とやらはこの通り、北斗によって破壊されました。大変申し上げにくいのですが、ここからでは結界を破ることは難しいのではないですか?」
道満を軽く挑発してみる。だがその挑発を気にする様子もなく平然と返してきた。
「ほっほ。儂をこき下ろすとは主ら面白いの。じゃが案ずるでない。ここでお主らと遊んでいる間に結界は正面から破っておる。じきにお主らのところにも儂の式神が来るであろう」
なんともまあ。すごいなこのお爺さん。
搦め手が上手いというかなんというか。
さきほどの呪符で結界を内側から破壊してもしないでも、他の場所から結界を解いていたというのだ。
つまり僕らのいるこのフロアを先ほどの呪符で破壊しようがしまいが、他の場所でも手を打ってあるから、結果としてどちらに転んでも目的を果たせるようにしていたということだ。
どうやら本当に遊ばれていただけ……、この老人との会話に付き合わされていただけのようだ。
……北斗の様子を窺うが表情は険しく同じような様子だった。当然である。やられた僕らからすると些か面白くない。
他は顔が引きつっていて……、まあ分かり易い表情をしていた。
「では儂も行くとするかの」
そう言い残し、式神は張り付いていた窓から手を放し下へと落ちていった。
僕らはその様子をただただ眺めていることしかできなかった。
☆
「はぁ……」
僕は先ほどの道満とのやりとりを思い出し、ため息を吐いた。
道満の進入をここから食い止めることはできた。道満の出鼻を挫いたことはいい。だが道満は別の場所からの進入に成功した。
結局のところ面倒くさいことになったことには変わりないのだ。
そんなことを考えているとまったくの外野から
「皆さんっ!!」
突然届いたその声に、全員がその方向に視線をやった。
その声はよく聞き慣れたある人物の声だった。
「塾長!」
「お祖母様!」
視線の先には一匹の三毛猫。塾長の式神がいた。
先ほど、道満が襲撃してきたときに起こした爆発に巻き込まれたと思っていたが、どうやら無事だったようだ。
「良かった! 皆さん無事のようね。早速ですがついてきてください。安全な場所まで避難します!」
猫は
僕たちはその猫に続くようについて行こうとした。
が、猫が飛ぶように食堂へ舞い戻ってきた。
次の瞬間。
ガタガタガタッと何かをなぎ倒すような音と共に、塾舎の備品を破壊しながら土蜘蛛が食堂へとなだれ込んできた。
「くっ!?」
苦虫を噛み潰したように僕たちの前まで後退する猫。
「どうやら蘆屋道満の行動の方が早かったみたいですね」
僕は猫の様子を見て一人呟く。
道満との先ほどのやりとりからまだ数分と経っていない。さすが道満。こちらが動く前に式神を寄越すとは行動が早い。
だがなだれ込んできたのは式神だけで肝心の道満は見当たらない。
ならば本体が到着するまでに早々に式神を片付けて行動するのみ。
「塾長。道を切り開きますので、少し後ろに下がっていて下さい」
「碧さん……」
僕は塾長からの返事を待たずしてある真言を唱え始めた。
みんなの前に出て一人式神へと向かっていく。
「お、おい、碧っ! 出過ぎだ!」「碧っ!」
春虎兄さんと姉さんが揃って声を上げるが振り返らずそのまま前へと進む。
そして道満の式神たちも僕を目標にして一斉に迫ってきた。距離にして15メートル。
僕は陰陽師だ。
「ノウマク・サンマンダ・ボダナン――――」
あの日千鶴さんに教えてもらった大切な呪文。僕の得意とする陰陽術の一つ。印は帝釈天。
僕は一瞬のうちに呪力を練り上げ霊圧高めていった。
迫り来る式神たち。数は10。僕はその式神たちに向かって右腕を突き出す。
「インドラヤ・ソワカ!!」
この一撃、一瞬で片を付ける。
式神との距離、10メートルのところで顕現した雷撃は、迫り来る式神の一つを飲み込み形代ごと破壊した。
その勢いは留まるところをしらない。
荒れ狂う雷の嵐は視界に映るもの全てを容赦なく蹂躙した。
コンクリートの壁や床。食堂にある机や椅子などの備品。そして式神たち。
視界に映るありとあらゆるものを無差別に破壊。最後に一際眩しい光を放ちこのフロア全体が真っ白な光に包まれた。
「うわっ!!」
背後から聞こえる悲鳴。
すべてが終わったとき視界に映るそこには何者の存在も許されない廃墟と化していた。
僕はその様子を一瞥。振り返って塾長へ先導するよう促す。
「塾長。行きましょうか」
「…………」
「塾長?」
「え、あ……。ご、ごめんなさい。少しビックリしたものですから……」
戸惑いを隠せない様子の塾長。
今の攻撃を見て驚いたのだろうか?
確かに僕の陰陽術は同じ術でも普通の陰陽師が使うものとは威力・精度共に桁違いに強い。これは僕の起源に起因するからだ。だが、ただそれだけのことだ。
道満がまだ残っている以上、これからいま以上の激しい戦闘が予想される。
「塾長があの程度のことで驚かれても困りますよ。これからが本番なんですから」
だがそんな僕の懸念は全くの的外れだった。
塾長の戸惑いは斜め上を行っていた。
「いえ、そうではなくて。この惨状をどうしようかと思いましてね。碧さん。これ保険使えるかしら……?」
チラッチラッと僕を窺う猫。
式神を屠ったことよりも被害状況に目が行く塾長に対して、危うく「そっちかよ!?」と突っ込みそうになるが、なんとか踏みとどまる。
ま、まあ。塾長なのだから陰陽塾の被害状況については頭の痛いところなのだろう。
とはいえ、どこの保険会社と契約しているのか知らないが保険金が下りなかった場合はどこからか修繕費をどこからか調達する必要があるのだろう。
道満に出させるか……。まあ捕まえでもしない限り無理だな。
では塾長の個人資産? これはありえないな。陰陽塾は私物ではなく公共の施設だ。個人がお金を出すような話にはならない。それに塾長は被害者だ。よってこれは調達対象から除外される。
だが、僕は別だ。このフロアを破壊したのは紛れもなく僕だ。塾舎全てではないにしろ、このフロア分の賠償請求が来てもおかしくはないか。もっとも魔術で復元してしまえばすぐに終わる話なのだが。
……いや、それも面白くない話だ。だってそうだろう? 僕はただ巻き込まれて迫り来る火の粉を払っただけなのだから。それで僕が賠償するなんておかしな話だ。
だがしかしこれだけの被害だ。責任の所在は明らかにしておかなければならない。ならば残る手は一つ。
「保険でどうにかならない場合は陰陽庁に出させましょう。元はといえば道満を放置した陰陽庁の責任なんですから」
塾長に対して僕は払う気はないと高らかに宣言すると同時に陰陽庁へ丸投げをした。
そう。陰陽庁に責任を取らせればいいのだ。それが一番正しい在り方だ。
なぜならば陰陽塾は陰陽庁にぶら下がった組織なのだから。まずは陰陽庁に請求するのがよいのではないだろうか。
予算がどう管理されているか、なんてことは僕の知ったことではない。陰陽塾の問題を陰陽庁以外に誰が責任を負うのかという話だ。
よしそれで行こう。いや、それしかない。
しかしこの塾舎。ビルだからなあ。立て直すとなると高そうだな。
僕はもう既に他人事のように明後日の方向を向いて現実逃避を始めた。
「はぁ……。まあいいでしょう。息子がなんというか分かりませんがそれで通してみましょう。それと碧さん?」
「はい!?」
若干声が高くなってしまった。
「あまり壊さないようにお願いしますね」
うふふと笑いながら話すその姿は以前見た有無を言わせない塾長そのものだった。
僕は猫に睨まれた鼠のごとく唯々その言葉に従うほかなかった。一言「はい……」と。
僕の答えに猫は満足気に「にゃー」と言った。
こう言われてしまっては仕方がない。
だが僕の陰陽術は破壊に特化しているため周りを巻き込まずに倒すなんてことはできない。
一人で多くを相手にする場合は陰陽術は便利なのだが、今回のように周りの被害を考慮しなければならないときに融通が利かなすぎるな。
ならばどうするか。
敵を倒す方法を変えるしかないだろう。
これより先、陰陽術は封印。呪符と魔術のみで対応する。
僕は刻印に火を入れていつでも対応できるように臨戦態勢を取った。
「それではみなさん。私に付いてきてください」
塾長は僕らを先導する。僕たちも塾長を追って駆けだした。
☆
食堂から飛び出して廊下へ躍り出ると、そこはやはり道満の式神たちで溢れかえっており行く手を阻んだ。
式神たちは僕たちを認識すると次々に襲いかかってきた。
僕たちはその式神たちを各個撃破するべく前衛と後衛に別れて攻撃を繰り返している。
前衛は春虎兄さんとコン、そして京子の式神である
後衛が呪符で式神の気を散らしながら、その間に前衛が式神にトドメを刺すスタイルなのだが、いかんせん、数が多い上に次々と増援が来るため一向に減る様子はない。
「これじゃキリがないな。……
目眩まし程度に火行符を投げつけ春虎兄さんの援護をする。
その隙を付き春虎兄さんが雄叫びを上げて式神を向かっていく。
「うおおぉぉっ!」
霊気のこもった錫杖を思いっきり振りかぶり式神へ渾身の一撃を突き刺した。
式神は激しいラグを伴って、そして消滅した。
「ふぅ……。式神一体一体にこんなに体力使っていたら正直体が持たないぞ……」
食堂を飛び出してから式神を倒したの数は既に二桁を超えている。
みんな慣れていない実戦で体力的にもキツくなる頃合いだろう。そんな状況を象徴するかのように式神一体を倒したことに安堵し気を抜く春虎兄さん。
そこを狙ったかのように式神が一体、春虎兄さんの背後から急襲してきた。
「あぶないっ!」
「えっ……?」
ダメだ気づいていない。だが呪符では式神を倒すには力不足。あまり見せたくはないがこうなったら使うしかないか。
僕が右腕を突き出して魔術を発現させようとしたその時、横から勢いよく飛び出してきた影があった。
「
冬児が呪文を詠唱すると、冬児の体は鬼へと変貌を遂げた。頭からは
冬児は春虎兄さんに襲いかかろうとしていた式神を吹き飛ばし、春虎兄さんは難を逃ることができた。
冬児は鬼の生成りだったのだ。
「冬児さん。その姿……」
「まあそういうことだ」
暗い眼をしながらこちらを見て言う。
恐らく察しろということなのだろう。しかし鬼の生成りか。通常あまりお目にかかれないタイプなのだが、僕は過去に冬児以外の生成りと会っている。
そう。十二神将の鏡伶路だ。だが彼は冬児みたいに変異しなかった。この話は鈴鹿に聞いたのだが倉橋源司に鬼の呪力を封印されているため冬児のような変異はできないということだ。
しかしまあ、こうあからさまに変身されると、
「かっこいいですね、その姿。何かのヒーローみたいで」
「……は?」
「ぷっ!」
冬児は唖然とし、春虎兄さんは吹き出した後、大声で笑い出した。
変身といえばヒーローが最初に浮かぶ。仮面のやつとか戦隊もののとか。特撮やアニメの世界が現実のものとなったのだ。小さな子供たちから憧れの眼差しで見られる対象がカッコ悪いわけがない。
まあ、こんな状況だ。暗い顔されるよりは冗談を言って笑っていられた方がマシだろう。
世間では生成りは蔑んだり忌避することが多い。そのため本人はその生成りという在り方を忌み嫌うことが多いようだ。冬児がこれまで鬼の姿を見せなかったのもそのせいだろう。
生成りになった経緯など知るよしもないが、生成りだからといって何か変わるわけでもない。
それに秋乃も生成りだ。今更身近な人間に生成り一人や二人増えたところで何だというのだ。
それに、
「今はその攻撃力がありがたいですよ」
「な、碧はそういうやつじゃないって言っただろ?」
「そう、みたいだな……」
冬児は戸惑いながらも自分に折り合いをつけた様子で呟いた。
「後方から援護しますので前衛お願いします」
「ああ、頼んだ、ぜっ!」
そういって先ほど吹き飛ばした式神に勢いよく飛びかかり拳を突き出す。僕は冬児を援護するため木行符を放ち式神の手足を絡め取り動きに制約をかける。
動きが止まる式神。
冬児はその好機を逃すことなく霊気を纏った渾身の一撃を式神にたたき込んだ。
式神はその衝撃で壁に叩き付けられ、激しいラグを伴いながら、やがて消滅した。
「ふう……、しかし一匹倒すだけでこれだけ厄介なのか……」
「ああ……。これじゃあ俺たちの方が先にバテちまう」
すると姉さんが二人に声を掛けた。
「冬児の今の攻撃でようやく道を開くことができました。無理に倒す必要はありません! いまは余計な消耗は避けて目的地に向かいましょう!」
確かに姉さんの言う通りだ。道が開けたのなら、ここは早々に退散するに限る。
なぜならこんな通路の狭い場所じゃ動きにくいことこの上ない。この人数で固まってここで敵とじゃれ合うよりも適当にあしらって逃げた方が消耗も少ない。
僕たちは戦闘に一区切りつけて、姉さんの言葉に従い猫を先頭に廊下を駆け抜けた。
それでも式神はこちらの事情などお構いなしに襲ってくる。だが、無理に倒す必要が無い今、足止め程度なら木行符だけで事足りる。
僕たちは向かってきた式神に対して一斉に木行符を投げつけ相手が拘束された。そして運がいいことに式神と木行符同士がうまく絡み合って通路を塞ぐ壁のようになった。
これは予想外……、だが時間稼ぎにはなるだろう。僕たちは運がいいようだ。
僕たちはその光景を見届けたあとその横を駆け抜けた。
しばらく廊下を走っていると行き止まりにぶち当たる。
だがそこには塾長本人が立っていた。
塾長は自身の式神である猫を抱きかかえると大きな声で叫んだ。
「開門!」
塾長がそうが叫んだ瞬間、行き止まりだった壁に一本の縦線が入り観音式の扉になった。
扉はゆっくりと開いていき、その奥には上へと続く階段があった。
「みなさん、この階段から屋上へと出ます。そこにある結界の中に入りますよ!」
なるほど。下に降りずにここに来たのは屋上へ行くためか。とすると屋上には安全を保証するだけの何かがあるということになるが……、まあその何かはもうすぐ分かることだ。今は階段を上ることにしよう。
塾長は階段を上り始めた。だが老体には堪えるのか非常にゆっくりだ。
僕たちは塾長の後ろ姿を見て本当に大丈夫なのだろうかと多少不安にはなったが、塾長をサポートするべく塾長を支えながら屋上を目指した。
☆
階段をようやく上りきり屋上へと出るとそこは一面平坦な空間が広がっていた。縁には落下防止用のフェンスはなく、せいぜい膝までの高さしかない低い塀があるだけだった。
よくあるビルの屋上からフェンスを取った感じだろう。こんなところには人が入らないのだから、そもそも落下防止用など必要ないということなのかもしれない。防災上それでいいのかということはこの際置いとくとして。
だがこの空間の中に一点だけ他のビルには見られないものがある。
「みなさん、あそこの祭壇にある結界の中に、早く!」
塾長が叫びながら祭壇を指で示した。
そう。目的地はどうやらあの祭壇のようだ。その祭壇とは実家の裏山にあった祭壇と同じ、泰山府君祭で使う祭壇だった。
姉さんの方をみると案の定戸惑っている様子だ。なぜこんなところにこれが、とか、誰が、何の為に、ということは事情を知らなければ戸惑うのも無理はない。
泰山府君祭の祭壇は何も実家にあるモノが全てではない。あれは北斗の作った巨大な魔術式に接続するための中継地点に過ぎない。だから各地に点在している。
だがもう泰山府君祭に意味はない。なぜならその巨大な魔術式はこの世から消え去り既に使えなくなった儀式なのだから。
僕は姉さんに声を掛ける。
「今は姉さんが考えている疑問よりも、まずは結界内に入って安全を確保しましょう」
そう言って戸惑う姉さんに行動を優先することを促し、姉さんもその言葉に頷いた。
僕たちは祭壇へと向かって走った。
全員が祭壇内に入るやいなや塾長が懐からおもむろに鏡を取り出しそれを掲げ結界起動の呪文を唱える。
「聖域を閉ざし、邪気を遠ざけん――――
鏡面から溢れるまばゆい光が飛び出し、そして祭壇の四方からも光が伸びてその光が交わる頂点を起点として祭壇を囲むように結界が形成された。
塾長は小さく息をついて結界の起動に使った鏡を再び懐へしまった。
結界を張ったことでみんなの緊張も解け、一様に安堵の表情を浮かべた。
まだ道満の式神もここにはいないし結界も張った。ひとまずは安心といったところだろう。
冬児は「
京子は自身の式神である
とりあえず一息つけそうか。
そう思った矢先、タイミングよく式神がぞろぞろと出現し始めた。
僕たちが上ってきた階段から黒い波が押し寄せる。どうやら足止めにしていた木行符の壁を突破されたらしい。
屋上は道満の式神たちで埋め尽くされ、そしてその式神たちは僕たちを包囲するように取り囲んだ。
その数は既に目視で判断できる数を超えていた。おそらく100は下らないだろう。
式神たちは結界の前で動きを止めている……、というか何かを待っているようだった。
と、その時、式神たちが左右に分かれ一本の道が出来た。
その奥から現れたのは一人の老人。蘆屋道満だった。背は小さく、髪は白髪。見た目はそこらにいる老人のようななりだが、その身に宿しているモノからはドス黒い気配を漂わせていた。
「――――待たせたの」
道満はこちらへと足を運びながら言った。
その言葉に反応するように、先ほどまで緊張の糸を解いていたみんなが一斉に再び構えを取った。
道満は掠れた声で笑いながら結界の正面へと立つ。
「待たせたの」
もう一度、先ほどの言葉を繰り返した。
「さっきは土産も不発に終わって済まなかったの」
こんなことを言い放った。
なんと道満は先ほど北斗と僕にコケにされたことを根に持っているようだ。なんと器の小さいヤツ。
「蘆屋道満ともあろうお人がそんなことを一々気にするなんて意外でした」
「ほっほ。なに。この時代において儂にそのような物言いをする者も少ないからの。それに少し遊ぶと言ったであろう。約束を違えてはこの蘆屋道満の名が廃るというものじゃ」
不敵に笑いながら言う道満。
そんな約束破ってもらっても構わないです。ええ、僕は一向に構いません。というかあんたのその名前はどちらかというと不名誉な部類だろう。
口には出さないが道満に突っ込んでいると、横から北斗が道満に対して反論した。
「廃ってもいいだろう。どうせ貴様の肉体は腐っているんだ。何を好んでその身体に転生したのかしらんがな。だが貴様のような輩を生み出す為に私は身を捧げたのではない」
「なに……?」
「碧殿、私はこいつが嫌いだ」
うわ、顔こわっ……
どうやら北斗は道満のことを本当に嫌っているようだ。
まあ、北斗の気持ちは分からないでもない。
北斗が泰山府君祭を完成させた理由は国の民を救うためだ。もちろんそれを使う人間を選ぶことはできない。北斗もそれを承知の上で泰山府君祭を完成させた。
だが道満のような私利私欲で動く人に使われたくないという気持ちもあるのだろう。
「まあまあ、北斗。落ち着いて」
僕は北斗を宥める。北斗の気持ちは分かる。だが今はこの状況を打破する方が先だ。
囲まれた状況の中、果たしてこの結界がどこまで有効となり得るのか……
「……お主が何に対して怒っておるのか儂には分からんが、まあそれはよいか。儂は儂の目的を先に果たすとしよう」
道満は北斗から興味をなくし、塾長へと視線を向けた。
塾長はその視線に呼応するように道満に話かけた。
「それで目当てのものは見つかりましたか、法師?」
「いや。生憎と儂の式からその報は受けておらんの」
「法師。残念ですが法師の探しているものは見つかりませんわ。あれは今ここにはないのです」
「ならば何処にある? よもやこの期に及んで陰陽庁など戯れ言をいうでないぞ?」
「……存じません。それに知っていたところでアレは法師が手にしていい物ではありません」
「ほっほ。その強気どこまで持つかの」
道満は塾長に対して怒りも苛立ちもせず、若干恫喝を含み淡々と答える。
そして一歩前へと進み結界に手を掛けた。すると結界に干渉した道満は力ずくでその結界を破った。ガラスが砕ける音をしながら崩壊する結界。
塾長がアテにしていたそれは道満によって脆くも崩れ去り――――
そして今ここに僕たちと道満を隔てるものはなくなった。
「さあ、今度は何をして遊ぶかね?」
道満は悠然と威圧的に言った。
道満の逆襲のノリで書いてみました。
といってもまだ何もしていませんが・・・
しかしおかしいな、3分割目をもっと短くしかたったのに長くなってしまった。
まだ3分割目の途中ですがここで一端区切ります。
続きは途中まで書いているので今回よりは早く上げられると思います。