夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-13. 陰陽塾襲撃(4)

窮地に追い込まれたときほど正義のヒーローとは登場するものである。そしてここにもその例に漏れずヒーローが登場した。もっともヒーローとは颯爽と登場するものだが、現れたのは飄々とした青年だった。

 

「法師。ええ歳した爺様が、か弱い子供や婆様を苛めてどないします」

 

道満の後方から義足を鳴らし登場したのは大友先生だった。だがその雰囲気はいつもとは全く異なっていた。

普段はよれたスーツ姿がトレードマークになっている彼も今日ばかりはまじめな装いだ。闕腋袍(けってきのほう)を纏い、袴を穿き、石帯を巻いた、束帯姿(そくたいすがた)……。いわゆる昔の人が着ていた正装だ。

色は白を基調としている。一般的に認知されている束帯とは真逆の色だ。

もちろんこの装束をするのには意味がある。

 

この束帯姿は陰陽庁が定めている正装なのだ。というのもこの束帯には防瘴(ぼうしょう)、つまり瘴気(しょうき)や呪いなどから身を守る機能がついているからだ。

 

よほどの高レベルの霊気の持ち主でない限り、基本的に陰陽師は瘴気や呪いに対して無防備である。受けてしまうと体調を崩す。この辺りは一般人となんら変わらない。

 

つまり陰陽師は無防備の状態だと霊災から発せられる瘴気に当てられて体調を崩してしまうので、こういった束帯などの防瘴装備がないと仕事にならないのだ。

霊災を処理する役割を担っている陰陽庁は、霊災から身を守るためにこういった道具を用いているというわけである。

 

 

見た限りだが大友先生の霊気は弱くはないといっていい。だが、蘆屋道満を相手にしてその霊気を維持しながら戦えるのか、そんな余裕があるのか、といったところなのだろう。

自分の力を過信せず使えるものは使う。

大友先生のことはよくは知らないが普段見せている姿は周りを欺くための演技で、実際のところは合理的な人なのかもしれない。

そういえば初めて会ったときにしていた隠形。僕でも気が付かなかったところを鑑みるとその実力は想像に難しくない。

能ある鷹は爪を隠すとはよくいったものだ。

 

「塾長? これ時間外手当とか付きますよね?」

 

いつものように本気で言っているのか冗談で言っているのか分からない態度を取る。

そんな大友先生の台詞に塾長はニコニコしながらとんでもないことを言った。

 

「そうですね……。法師の撃退に成功したら検討します」

 

その言葉を聞いた大友先生は眉間にシワを寄せ片手で顔を覆いながら左右に振りゲンナリした表情、道満もまた呆れた様子をしていた。

しかし気を取り直して再び塾長を見る。

 

「わかりました。その言葉、忘れんといてくださいね」

 

「もちろんですよ。ふふふ……」

 

この二人、やりとりは不気味なものがあるが、もめている内容は実に程度の低い内容だ。

時間外手当を欲しければ道満を撃退しろという塾長もだが、それを受ける大友先生も相当アレである。

まあ、本人たちがよければそれでいいのだろう。少なくとも見ている分には害はない。

 

大友先生と塾長がそんなやりとりをしていると、春虎兄さんが口を開いた。

 

「大友先生!!」

 

「おう、春虎クン。遅れて済まなんだな」

 

もう安心していいと語りかけるように、いつもの砕けた口調で声を掛ける大友先生。

大友先生は僕たちに目をやって、最後に塾長と目配せをして頷いた。

そして大友先生と僕たちとの間にいる道満に視線をやり、道満もまた大友先生に向き直った。

 

「法師」

 

大友先生は道満を呼んだ。

 

「再びお目にかかれて光栄です。うちの塾生たちがえらいお世話になったようで」

 

淡々とそして静かに言った。

その大友先生の言葉に反応するように道満が答えた。

 

「うむ。お主の教え子というだけあってなかなか将来に期待が持てそうな子供たちじゃの。最小限度の力に押さえ無駄な消耗はせず、僅かな勝機を窺っておる。そういう意味において、お主よりは狡猾(こうかつ)さに欠けると言えよう。その点はまだまだ子供といったところじゃな」

 

僕たちの戦闘を式神を通してずっと観察していたのだろう。

これが道満の僕たちに向けた評価だ。

式神から逃げる際にみんな力を押さえた状態で戦ってここまで逃げてきた。後衛が呪符で攻撃、前衛がトドメを刺す。適度に手を抜きながらここまでやってきたのだ。

 

姉さんなら竜の式神(ほくと)、僕なら魔術といった具合に、誰も手の内は見せてはいない。

道満の言う通りこれからが本当の戦いになるだろう。そしてこの戦いに全力で挑み勝利をもぎ取る。これが僕たちのこの戦いにおける最善だ。

 

もっとも道満も式神を放っただけで手の内を見せていない。式神の数は確かに多い。が、それが道満の全てではないだろう。

 

戦いにおいて手の内を先に見せた方が負けなのだ。これは戦いにおける常識である。

その手の内を相手に出させるために道満も僕たちも様子を見ているといった状態だ。

 

 

だが、道満の言い方からすると過去の大友先生は僕たちとは異なる選択肢を選んだようだった。

 

「……あのとき、お主はひたすら逃げに徹した。ろくな手合わせもせず、己の片足を投げ出してまでの」

 

大友先生を横目で見る。しかし大友先生は微動だにせずにただ静かに道満の話を聞いていた。

 

大友先生が義足になった理由が道満によって語られた。どういう状況下でそういった事態になったのかは知らないが、僕たちのように反撃などせずに完全に逃げに徹した。その結果、代償として片足をもぎ取られたようだ。

片足を投げ出してまで逃げに徹した理由は、単純にその時は勝てないと判断したからだろう。大友先生の実力不足かそれとも道満側の戦力が多かったか……。

いずれにしても片足の犠牲だ。決して安くはない。

傷程度ならまだしも欠損となると僕でも少し考える。僕の場合は魔術によって完全に人間と同位体の義足を造れるが、僕以外の人たちにはそれは不可能だ。その時の大友先生の心情は想像を絶するものだろう。

 

 

なるほど。道満の言う通り大友先生は確かに狡猾だ。……いや、人の執念といったところか。大友先生もなかなか暗い過去を持っているようだ。

 

大友先生は片足を犠牲にしてまでも逃げきることに集中した。次の機会をにその落とし前をつけようと。

そしてどうやら今回がその日のようだった。

 

「お主は今日のような日を待っていたのじゃろう? 儂が一人になるこの時を」

 

道満が大友先生を挑発する。しかし大友先生はその挑発には乗らず、あくまで冷静に答えた。

 

「……法師。一つ聞いていいですか?」

 

「なんじゃ?」

 

「いま一人といいましたが、連れの護法は今日はおらんのですか?」

 

「あやつらには陰陽庁を襲わせておる。先ほど言ったようにここには儂一人しかおらぬよ」

 

「……ふっ。それを聞いて安心しました。しかしまさかとは思いますが法師ともあろうお人がつまらん嘘などつかんといて下さいよ?」

 

「疑り深いやつじゃの。安心せい。この儂の名にかけてこの言に嘘偽りはないと保証しよう」

 

「ならばもはや語ることは不要。あのときの借りを返させてもらいましょう」

 

大友先生が杖を鳴らし構えを取った。

 

「ほっほ。ようやくやる気になったようじゃの。……じゃが、儂も今回はあのときのように片足だけで済まそうとは思っておらん。いや、そうはさせぬ」

 

道満は大友先生を逃がすつもりはなく、ここで完全に決着を付けるつもりのようだ。

威厳に満ちた台詞はこの場の空気を一変させるのに十分なものとなった。

 

白髪老体の陰陽師と闕腋袍(けってきのほう)の陰陽師。二人の間で静かに戦いの幕が開けた。

 

 

 

 

            ☆

 

 

 

 

先に仕掛けたのは道満だった。

僕たちを包囲するしていた式神を数匹、大友先生へと向けた。主の命令に忠実に従った式神数匹は大友先生へと殺到した。

しかし――――

 

「散れっ!」

 

一言だけ。一喝したその言葉に呼応するように式神たちは散り散りとなった。

 

「これは甲種言霊(こうしゅことだま)!? しかも一度であの数の式神に影響を与えるなんて……」

 

驚いた姉さんが言葉を漏らした。

そう。大友先生の放った言葉は甲種言霊と呼ばれ、呪力を言葉に乗せて相手の精神に働きかけて強制力を行使する呪術の一種だ。一応、帝式の扱いとなっているので使い手は少ない。

 

大友先生は甲種言霊で式神から距離を稼ぐと同時に右足の義足で素早く印を描いた。それに気づいた道満も追撃をするべく片手で刀印を結び、そして大友先生に斬りつけた。しかし大友先生の方が一瞬ほど早かった。

大友先生の姿は道満の攻撃が届く直前に陽炎のように揺らぎ、そして文字通り消えた。

 

隠形術と歩行法に幻術を組み合わせた複合術式。レベルの高い術を繰り出す様はまさに大友先生の実力を示していた。

 

大友先生はその隠形を維持したまま僕たちの方へとやってきた。

道満を含めみんなは気が付いていない。僕も一瞬だけ大友先生の方を見て気づかないふりをしようとした。しかし大友先生に視線をやった瞬間に、大友先生と目が合ってしまった。

大友先生は少し驚いた表情をしたが、合図のつもりか片目を瞑り表情を戻した。

僕もその合図に従い視線を外した。

 

そして大友先生がこちらに着いた丁度そのころ、道満は痺れを切らしたのか、先ほどの刀印を、横薙ぎに切り返した。

するとその動きに連動するかのようにビルの屋上全体に強烈な風が吹き荒れた。

この強風で大友先生を見つけようとしたのだろう。

だが、大友先生は逆にその風を利用して反撃に出た。

 

急急如律令(オーダー)!」

 

僕たちの目の前で響いた大友先生の言葉にみんなビックリする。道満はその声に反応するように声とは逆側へと大きく飛び距離を取った。

そして大友先生の投げた一枚の呪符が強風に逆らうように中空を舞った。

 

瞬間。

風が呪符の炎で燃え上がった。

この風は金気を帯びている。それを瞬時に見破った大友先生は火行符を投げたのだ。

火剋金(かこくごん)。火は金属を熔かす。ぶつかり合う炎と風。その相剋で屋上の大気が激しく揺ぎ、隠形によって隠れていた大友先生の姿があらわになった。そして五行相剋(ごぎょうそうこく)の理に基づき炎の勢いにやられた風は勢力を落とし始めた。

 

「そこにおったか」

 

道満は大友先生に視線をやり言った。

 

「じゃが……、火剋金とは些か早計であったの」

 

その言葉を言い終えた直後、炎よってに押されていた風の勢いが再び増した。道満が風に込める呪力を増したのだ。

呪符による炎は衰えることはなかったが、風をかき消す力は既に失われていた。いや、逆に風によって炎を支配されようとしていた。

 

五行相侮(ごぎょうそうかい)だ。相剋したと思っていたものが、気がついた時にはその関係が逆転したのだ。そしてこれは金侮火(ごんぶか)。金属が強すぎると少々の火では相剋できない。

呪符に込められる呪力などたかが知れている。道満自身から発している風に対抗するには呪符に込められる呪力だけではとても足りないのだ。

 

風はその姿を変異させ道満の手前を起点に急速に回転し始めた。ビル全体まで広がっていた強風が圧縮される。

その姿は竜巻。そして呪符の炎を纏ったその竜巻はさらにその姿を変貌させた。

火災旋風(ファイアストーム)。風と炎によって出来たそれは凶悪なまでの熱気を帯び、道満の手前でその姿を高速回転させながら次の指示を静かに待っていた。

 

「チィッ――――」

 

大友先生が舌打ちする。

僕は後ろから大友先生を見ているためその表情は確認できない。が、これはひょっとして……、いや、かなりまずい状況なのではないだろうか。

 

「……大友先生? これ大丈夫ですか?」

 

すると大友先生は苦笑いをしながらこちらに振り返り答えた。

 

「……すまんな、みんな。正直言うと、ちょっとこれはマズいわ。本当ならみんなを守りながら戦うつもりやったんやけど……、どうもその余裕はないみたいや」

 

その言葉にみんな一様に青ざめた顔をする。

しかし、まあ、そうだよな……。

周りには式神、正面には火災旋風(ファイアストーム)と道満。僕たちは結界もなく無防備。どうみても絶体絶命です。本当にありがとうございました。

 

 

「分かりました。僕たちは僕たちで何とかしますので大友先生は戦いに集中してください」

 

「いやゴメンやで。ホンマ堪忍な」

 

相手は道満だ。いくら大友先生とはいえ、これは仕方の無いことだ。

大友先生としては初手で僕たちの正面に立って道満の攻撃を受けつつ応戦したかったようだが、その初手で使った呪符が決定打となるとは予想もしなかったことだろう。

僕もこんな展開になるなんて思いもよらなかったよ。

 

しかしこの状況、なんとかしなければこれで終わりだ。少なくとも大友先生の邪魔にならないように僕たちは僕たちで何とか対策しなければならなかった。

 

僕は念のため、鈴鹿に結界を張ってもらうようにお願いした。

もう結界でどうにかなるレベルを通り越しているが、無いよりはマシだろう。

鈴鹿は僕に頷くと直ぐさま祭壇を囲うように結界を張った。

 

結界の外には緊張した面持ちの大友先生と、にやけた表情の道満が対峙していた。

 

「次は何を見せてくれるのか楽しみじゃ。――――それとももう降参かの?」

 

「なにをおっしゃいます。これからですよ、これから!」

 

大友先生はそういって前面に五枚の呪符を投げつけ、そして息をつく間もなく詠唱に入る。

呪符は陰陽庁製の既製品の呪符ではない。恐らく自作のものなのだろう。先ほど呪符を逆手に取られたことでやり方を変えたようだ。

 

「東海の神、名は阿明(あめい)、西海の神、名は祝良(しゅくりょう)、南海の神、名は巨乗(きょじょう)、北海の神、名は愚強(ぐきょう)、四海の大神、百鬼を退け、凶災を祓う。急急如律令(オーダー)!」

 

気合いのこもった声と共に呪文を唱える。

正面に投じた五行符が光を放ち、放たれた光が呪符同士を結びつける。すると大友先生の前面に五芒星(セーマン)が完成した。

五芒星(セーマン)には強力な霊気が宿っており、まぶしい光を放ちながら展開している。その光に照らされて道満の式神たちは絶叫しながらもがき苦しんでいる。

道満もその術に驚いた様子で、火災旋風(ファイアストーム)傍らに置いたまま大友先生をじっと観察していた。

 

これは夜光が作った帝式にある術だ。百鬼夜行を退けるとされる秘術。

まさか大友先生がこんな術を使えるとは思ってもみなかったが、確かにこれなら道満の式神は退けることが出来るだろう。

だが大友先生の術はまだこれで終わりではなかった。

 

大友先生は懐からあるモノを取り出し足下へと置いた。笹の葉に包まれた小石。

それを見た道満の表情がみるみるうちに激変した。

 

大友先生の行為はそれで終わりではなかった。さらに懐から取り出したのは折りたたまれた小さな紙。

大友先生はその紙を開き、中に入っていたモノを小石へと振りかけた。

そして――――

 

()竹葉(たかば)の青むが(ごと)、此の竹葉の(しぼ)むが如、青み(しぼ)め! またこの塩の()()るが如、盈ち乾よ! また此の石の(しず)むが如、沈み(こや)せ!」

 

大友先生の叫びに呼応するように術式が起動する。

すると道満の頭上に、薄暗く燃える炎が一斉に灯った。その数は目視では判断できないほどの数になっていた。

 

一体これほどの呪符をいつの間に……。

最初から用意していたのか、はたまた最初の攻防の際にばら撒いたのか。

いずれにしても高度な隠形術によって隠蔽された呪符は、道満を含め、この場にいる誰一人として気づくものはいなかった。

 

薄暗く燃える炎は明滅するように脈を打つ。そして明滅を繰り返しながらだんだんとその明るさを強くしていった。

次第に炎は光源によって細く伸びる一筋の光、光芒を作る。そしてその光芒が重なり合った瞬間だった。

光芒と光芒が重なり合った瞬間、蜘蛛の巣のように急速に広がった。

その術式は道満の頭上で展開されドーム状となり、先ほどの火災旋風(ファイアストーム)ごと包み込むように覆った。

そして道満を包み込んだ術式に強烈な呪力が展開された。

 

周りから息を飲む声が聞こえる。

誰が見てもドン引きするような禍々しい呪力が術式の中に充満する。さらに火災旋風(ファイアストーム)の呪力、そして熱量も加わり地獄絵図を再現したかのような見るも無惨な光景になっていた。

 

だが――――

 

「まさかよ!」

 

術式の中から道満の声が響いた。

 

「よもや『八目(やつめ)荒籠(あらこ)(しず)めの呪詛(とこい)』とは! このような(いにしえ)の呪詛など帝式にも残っておるまい。しかも自ら手を加え、意表を突くに留まらず、さらに儂の術まで利用して呪の威を高めるとはな! ふははははっ! 良い! 貴様、儂の期待以上じゃぞ!」

 

道満は笑いながら興奮気味に語った。

これだけの術式の中で慌てることなくまだ笑うだけの余裕があるとは、さすがに長いこと生きてきただけはある。

 

「さすがの儂もこの呪詛の返しは知らぬわ。いやさ、仮に知っていたとしてもこの拘束された状態からでは無理じゃの。ククククッ。なんともあくどい術式よ」

 

なれば、と眼光鋭く大友先生を見つめ、そして――――

 

「なれば儂も本気を出さん。無粋を承知で、力業(ちからわざ)にいかせてもらう!」

 

道満の声が術式の中から響く。と、同時に道満から強大な霊気があふれ出た。その霊気は留まるところを知らない。

ただでさえ術式の中は荒れ狂う呪力で満たされている。にもかかわらず道満が出した強大な霊気の放出。その二つがぶつかり合い、そして霊圧が急激に上昇していった。

 

「うっ……」

 

誰かがたまらず呻き声を漏らした。

声の方向へ視線を向けると北斗、鈴鹿、京子、そして僕を除きみんな顔色を悪くしていた。

 

「天馬!? 夏目くん!? それに春虎も、……冬児もっ!? ――――え!? お祖母様まで!?」

 

京子が叫ぶ。姉さん、春虎兄さん、塾長、冬児、天馬。

みんな今にも吐きそうに、そして貧血ぎみに身体を崩しばたばたと倒れていった。

印を組みながら結界を維持している鈴鹿を除く京子と北斗は、すぐにみんなの介抱にあたる。

 

大友先生が仕掛けた八目(やつめ)荒籠(あらこ)(しず)めの呪詛(とこい)とはその名の通り呪いなのだ。

そう。道満が霊圧を高めたことによって呪詛(呪い)が周囲に漏れ影響が出たのだ。

僕や北斗、鈴鹿、京子は魔力回路を持っており、そのおかげでこの程度の呪詛なら魔力の壁によって呪いによる影響が出ることはない。

だが普通の陰陽師はそうはいかない。

 

呪いとは結界を張っているからといって無防備でいられるほど甘くはない。

大友先生のように闕腋袍(けってきのほう)によって抵抗力の底上げをするなどしないと、呪いの抵抗力の弱い人では今のみんなのような状態へと陥ってしまう。

 

 

 

「はぁ……」とため息をつく。

仕方が無いか。大友先生は今、自分のことで精一杯だし、自分たちのことは自分たちで何とかすると言った手前、僕たちでなんとかしないといけないだろう。

 

それに――――

 

僕は姉さんを見る。

とても……、とても、苦しそうにしている。

道満への対処は大友先生に任せてはいるがこの術の応酬は周りへの影響が大きすぎる。

さすがに姉さんに影響が出てしまってはこのまま放置というわけにはいかないだろう。少なくともこの呪詛を何とかしなければ……

 

祭壇から下り、結界の内周まで進む。位置的には大友先生より5メートル程度後方だ。

 

「碧……?」

 

「鈴鹿、一端結界を解いてくれ。式神は大友先生の術式のおかげで今は動くことが出来ない。……けど、この呪詛まではどうすることもできないから何とかしてくる」

 

「碧くん……、一体何をする気?」

 

「大友先生の邪魔をしないように、この呪詛を遮断してくるよ。――――鈴鹿開けてくれ。そして僕が出たらもう一度、結界を展開して」

 

「わ、わかったわ!」

 

そう言って鈴鹿は結界を解き、そして僕は結界の範囲外へと出た。

僕が出ると鈴鹿は再び結界を展開。祭壇を囲うように結界が構築された。

 

「鈴鹿はこのまま結界を維持。京子と北斗はみんなの介抱をお願い」

 

振り向きざまに指示を出した。もっとも介抱といっても背中をさするなどの気休め程度な方法しかない。呪いによる影響は治癒府ではどうにもならないのだ。

 

「ほっほ。お主の教え子が一人、結界の外へと出てきたの」

 

多少意外だったのか、僅かに驚いた表情をしながら楽しそうに言う道満。

 

「碧クンっ!?」

 

視線だけこちらに向けた大友先生が、斜め後ろからでも分かるくらいに表情が驚愕に染まる。

 

「大友先生は気にせずそのまま戦闘を続けてください。この呪詛の影響が出たので何とかするだけですから……」

 

呪詛は食い止める。だがそれも大友先生次第といったところか。

このまま呪詛をばら撒き続けられてもかなわん。状況次第で僕も戦闘に参加するつもりだ。結界から出たのはそのためなのだから。

 

「そちらまで影響がでておったか。気づかずにすまんの」

 

「いえ、思う存分やって下さい。ただ願わくば――――」

 

「なんじゃ? よい、申してみよ」

 

「……そんなに戦いたいなら他でやって下さい、と。あなた方の本気とやらはこの狭い屋上でやるには少々影響が大きすぎますので」

 

しゃべっている間にも呪詛がこちらへ飛んできた。僕は自身の正面、大友先生との間に魔力による壁を作った。

見た目はただの濃霧。その濃霧に吸い込まれるようにして呪いは消えた。そしてこの濃霧の後ろには呪いが通ることは一切なかった。

これは魔術でも陰陽術でもないただの魔力による障壁だ。本当にただの魔力をぶちまけただけ。

いうなれば呪いという水鉄砲を濃霧という編み目の細かい布で防いでいるようなイメージ。

これは物理的な攻撃ではないもの、実像のない呪いだからこそ可能な、まあ、裏技みたいなものだ。

 

大友先生と道満は驚きつつも僕の取った行動をじっと観察していた。

 

「……」

 

「クククククッ。面白い小僧じゃ。よい、よい。……確かに今回は些か無関係の人間を巻き込みすぎたかの。すまんかったの」

 

だがその言葉とは裏腹に道満は霊圧をさらに強めていき、そして、

 

「だがこの勝負はこのまま続けさせてもらう!」

 

爆発的に上昇した霊圧は大友先生の術式を引きちぎろうと猛烈に暴れ回った。

大友先生はそれに対抗すべく次の手を打った。

 

「くっ! ――――バン・ウン・タラク・キリク・アク!」

 

大友先生の前面に展開する五芒星(セーマン)をなぞりつつ真言(マントラ)を唱えた。すると今まで式神に向いていた指向性に変化があった。道満に対する圧力がより一層強まったのだ。これはおそらく百鬼夜行に対抗するための五芒星(セーマン)に変化を加え対道満用に強化したのだろう。

しかし、道満はそれを苦ともせず術式の中から両腕を繰り出した。

 

「返すぞ!」

 

道満の叫びと共に、道満を縛っていた蜘蛛の巣のような術式はブチブチと千切れていき、そして、中から一気に爆発した。

激しい熱気を含んだ衝撃波は大友先生の五芒星(セーマン)に直撃。五芒星(セーマン)は激しく明滅を繰り返しながら衝撃を受け止めている。

大友先生の後方にいる僕にもその衝撃は伝わってくる。いくら五芒星(セーマン)によって守られているとはいえ正面で受け止めている大友先生への影響は計り知れない。

 

しかし大友先生は激しい衝撃に揺さぶられながらも足下にある笹の葉に包まれた小石を道満へと蹴飛ばした。これを近づけることによって術式の圧力を強めようとしたのだが、その行為もむなしく、小石は衝撃に飲み込まれ散り散りとなった。

 

もはやここまでか。幾分の余裕もない間に五芒星(セーマン)も破られるだろう。

僕はある魔術の準備をしながら待機した。

 

が、大友先生はその五芒星(セーマン)が破られるまでの時間を使って次の行動へと移った。

 

「あんたりをん、そくめつそく、びらりやびらり、そくめつめい――――」

 

この状況で唱える呪文にしては恐ろしく長い呪文。大友先生が唱えている呪術は、帝式にある神仙道系の遠当て……、遠距離からの物理攻撃だ。

 

五芒星(セーマン)が弾け飛ぶのが先か、詠唱を終えるのが先か……

一種の賭けだが大友先生には束縛を解いた道満に対抗する手段はあまり残されていなかった。

 

そして、

 

「――――あうん、ぜつめい、そくぜつ、うん、ざんざんだり、ざんだりはんっ!」

 

長い、この場で唱えるにはとてつもなく長いその呪文が五芒星(セーマン)が崩壊する前に完成した。

 

パンッ!

 

大友先生はこの術式を締めるため両方の手のひらを合わせ鳴らした。

そしてその音に術式は呼応する。

 

バンッ!

 

大気が振動しながら弾ける音と共に道満に炸裂。凄まじい物理衝撃が道満を襲った。

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

藻掻くような絶叫。さすがの道満もこれは堪えたようだ。

しかし道満もやられっぱなしではなかった。

 

苦痛を含んだ声をしながらも、さらに霊圧を高めていきその衝撃を押し返そうとしていた。

これには大友先生も意表を突かれたのか体勢を立て直し、衝撃に備えようと足をしっかりと固定した。

 

大友先生の物理衝撃を含む呪術と道満の霊圧が拮抗。その中心で大きな力の波が渦巻き――――

そしてその均衡が破られるかのように中心で大爆発を起こした。

 

 

 

密度の高い霊気と呪力。それは石つぶてを含み爆風と衝撃波となって大友先生を巻き込み、そして僕たちに迫ろうとしていた。

さすがにこれは魔力による障壁では防ぐことはできない。ならば、と。迫り来る衝撃に備え、僕は急ぎ中空にルーンを刻む。

 

「我が目前に勝利ありき――――」

 

衝撃波を防ぐために刻印の力で強化した勝利(トゥール)の加護で障壁を張ったのだ。僕の前面で煌めく障壁は、僕と背後にいるみんなを守るべくその姿を顕現させた。

ガンッガンッと、大小の石つぶてが障壁にぶつかり、けたたましい音を立てる。

しかしその障壁が破られることはなく、勝利(トゥール)の加護に守られた僕たちは無事この衝撃を乗り切ったのだった。

 

 

 

 

そして――――

 

嵐が過ぎ去ったあと、屋上には二つの影が、いや、一つは健在、そしてもう一つは地面に倒れ臥していた。

 




今回は大友先生対道満をメインに書いてみました。
本来ならこの章終わってる頃合いなんですが、なかなか話が進みませんね。スイマセン・・・
ただようやくここまで話が進んだのであとは2つくらい大きなイベントをこなせばこの話は終了といったところです。

急いでも仕方が無いので地道に書いていきます。
次回更新は来週の日曜くらいになると思います。
ではそれまでしばらくお待ち下さい。

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