夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-13. 陰陽塾襲撃(5)

爆発によって辺りを包みこんでいた爆煙は、黒い呪力を含んだ風によって視界がクリアになった。

するとそこには、健在する道満と、身体を丸めるように倒れ臥す大友先生の姿があった。道満の装甲鬼兵は式符へと戻っていた。式神を維持できなかったところを見るに、どうやら道満もそれなりに必死だったようだ。

 

すぐに駆け寄り状態を確認。すると僅かに身動きした。

苦悶の表情を浮かべながら身を蠢かせる。しかしこの怪我だ。動くだけでも激痛が伴うはずだ。

 

「ぐぅっ……」

 

力尽き再び地面に俯せになる大友先生。

僕はすぐさま治癒符を取り出して大友先生に当てつけた。

 

「そのままで。動かないで下さい」

 

「す、すまんな碧クン……情けない姿みせてもうたわ」

 

相変わらず飄々とした口調で言う大友先生。だが、その身に負ったものは酷い有様だった。陰陽術の影響か、髪は白くなっていた。顔は眼鏡も含めて綺麗なものだった。が、しかし、反射的に腕で庇ったのだろう。その顔に負うはずだった代償はその他の部分にのしかかった。その証拠に闕腋袍(けってきのほう)の袖部分を一切残さず、またその他の部分もその殆どがこの世から消え去っていた。

顔以外の部分、特に顔を庇ったときに使った腕の損傷が酷い。露出した肌……、いや、肌と呼べたモノは既にそのカタチを成していなかった。皮膚はまるで本物の炭のように真っ黒に炭化し、それは目を覆いたくなるほどの酷い火傷を負っていたのだ。

 

大友先生がここまで酷くなった原因は道満と同時に封じ込めた火災旋風(ファイアストーム)にある。道満が大友先生の術式を力業で破壊したときに封じ込めたはずの火災旋風(ファイアストーム)が解放され、それによって生み出された凄まじい熱量が大友先生を直撃したのだ。

五芒星(セーマン)闕腋袍(けってきのほう)によって幾分かその損傷を軽減できたようだが、それをしても有り余る熱量は大友先生自身を襲った。その結果この決して軽くはない代償を負ったようだ。

 

僕は大友先生の身体を詳細に調べるべく解析を行う。

見た目通り腕は重症だが、運がいいといっていいのか、それ以外の部分は先ほど使った治癒符により治癒できたようだ。

 

そうこうしていると、こちらへ走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「大友先生っ!?」

 

京子は声を上げてこちらへと向かってきた。そして鈴鹿と北斗、それに顔色が悪い塾長も集まってきた。

京子は自分の担当の講師なので居たたまれないままこちらへ来たのだろう。鈴鹿や北斗はそんな京子を追いかけたといったところか。塾長はその身に呪いを受け調子が悪いながらも、その責務からこちらへ来たようだ。

 

そしてそんな皆を代表するように、京子が前へと出て状況の確認をしてきた。

 

「碧くん! 大友先生の容態は!?」

 

するとその京子を心配させまいと大友先生が答えた。

 

「……京子クン。心配せんでも碧クンに回復してもらったおかげでこの通り大丈夫や」

 

身体を蠢かせながら体勢を直し京子に振り返るように地面に座り軽口を叩く大友先生。だが軽口とは裏腹にその表情は苦悶に満ちたものとなっており全く説得力に欠けていた。

まったくこの先生はこんなときまで……

 

僕は皆に向き直った。

 

「大友先生の言うように、治癒府による応急治療で軽微な怪我や火傷のほどんどは治ったよ。もう大丈夫……と言いたいところだけど――――」

 

僕は大友先生の容態を一通り説明したあと、大友先生の両腕に視線をやりその最大の問題点を指摘した。

 

「その両腕は別」

 

「それはどういう……?」

 

彼女たちにこの場で本当のことをいうのもどうかと思ったが、既にここに来て見ている以上、それをしたところで意味が無い。

僕は皆と、そして大友先生に現状を理解してもらうために包み隠さず正直に話した。

 

「完全に炭化していて医療でどうこうなる話ではないです。同様に陰陽術でも治すことは不可能です。残念ですがその両腕はもう二度と使い物にはならないでしょうね」

 

「そ、そんなっ!?」

 

辺りは騒然とした。塾長はその調子の悪い表情をさらに悪くして苦渋の表情へと替えていった。それもそうだろう。先ほどまで時間外手当などと冗談を言い合っていたのだ。まさかこんな結末になるとは思ってもみなかったことだろう。……いや、それは正しくないか。塾長からしてみれば大友先生はそれだけ信頼に足る人物だったと言うことだ。

相手が蘆屋道満とはいえ大友先生が負けるはずなどがない。確信めいた何かがあって、そう信じていたのだろう。そうでなければ冗談でも「道満を倒せば時間外手当を検討する」などと言うはずもない。

 

「はぁ……さっきから全然動かんし感覚もないし薄々は感じとったけど、まさか法師に脚だけじゃのうて腕まで持っていかれるとは思いもよらんかったわ」

 

「意外と冷静ですね。もっと取り乱すと思っていました」

 

「まあ、僕が法師の力量を甘くみとった代償なんやろな。法師一人ならなんとかなる。そうおもっとったけど結果はこの両腕や。こうまで差を見せつけられると逆に冷静でいられるわ」

 

大友先生は努めて冷静に現状を分析した。状況を深刻に捉えている皆とは対照的なその様子は年季の差というのだろうか。それとも既に脚を失っていたが故の経験の差か。いずれにしても先生のその態度は皆の態度を少しは軟化させる役割を果たした。

 

「それで先生。これからどうするおつもりですか?」

 

「さすがにこの状態で法師の相手はちと辛い……、と言いたいところやけど」

 

「まさか、先生っ!?」

 

京子が叫ぶ。

 

「そう悠長なことも言ってられへん事情もあることやし」

 

そう言って立ち上がろうとするが、

 

「ぐっ……」

 

当然両腕を使えない体ではバランスを崩して再び地面へと倒れる。

 

「そんな体では無理ですっ!」

 

「あんた自分の状況分かってんのっ!? そのボロボロの体で何が出来るって言うのよ!!」

 

京子と鈴鹿が怒鳴りながら再び道満に対峙しようとする大友先生を止めようとする。しかし大友先生はそんな二人の忠告を振り切るかのように再びふらつきながら立ち上がった。

 

「すまんな京子クン、鈴鹿クン。えらい心配させてしもうたな。せやけどな、君らの講師としてここは退く訳にはいかないんや!」

 

なんとまあ、講師の鏡のようなことを恥ずかしげもなく言う大友先生。ボロボロになりながらも、まだ道満とやり合う気のようだ。だが、しかし、そんな身体で何ができるというのだろうか。

 

「大友先生。僕にはその行動が理解しかねますね。そこまで無理をしなくてもいいでしょうに。少しはご自分の身体を労って下さい」

 

「そうよ! あんたはもうそこで休んでなさい!!」

 

「そうです先生。あとのことはあたしたちに任せて下さい」

 

「……生徒にこないなこと言われるなんて、僕もとうとう焼きが回ったかな……」

 

「まあまあ、大友先生。そんなに自分のことを卑下しないで下さい。2人とも何の自信もなくそういうことを言っている訳ではないので」

 

「……どういうことや?」

 

「それはこれから見ることができると思いますよ。とにかく、蘆屋道満の目的は鴉羽織だ。僕たちじゃない。――――そうですよね?」

 

僕は道満に振り向き質問を投げかけた。

そしてそれまで黙ってこちらの様子を観察していた道満は、僕の投げかけた質問に口の端をつり上げ満足げに頷いた。

 

「左様。目的はあくまで鴉羽織よ。お主らとの遊びはそのついでじゃの――――ぬ?」

 

当然だ。道満としては鴉羽織さえ手に入れることが出来れば、早々にここを立ち去りたいはずである。わざわざ陰陽庁へ陽動をかけたくらいだ。しかも陰陽庁襲撃にあたり護法という貴重な手札も使っている。そこまでして陰陽庁からの援軍を遠ざけたかった程なのだから。

 

つまり、この場をおさめる最良……とはいかなくとも、無難な解決策としては、この騒動の原因である鴉羽織の場所を開示して、道満には早々に立ち去ってもらうべきではないだろうか?

道満は未だに式神を使い鴉羽織を探しているようだが、そんなことをしないでも、隠している本人に聞けばいい。隠している本人はそれをよしとしないのだろうが、塾長にはもう戦力といえるものはない。少なくない犠牲も払っているのだ。もう十分だろう。

 

「ということですが、塾長はどう思いますか? 鴉羽織さえ渡してしまえば、これ以上、被害を出さずに済む」

 

「そ、それは……」

 

「塾長。もう十分でしょう。大友先生はまだやり足りないようですが、勝負は決しました。残念ですが両腕を使えない陰陽師など戦力になりません。まして相手はあの蘆屋道満。次やり合ったら命はないですよ?」

 

「ははっ、これは手厳しいな……」

 

「小僧の言う通りじゃ。儂も両腕を使えない陰陽師を相手にするほど暇しておらぬ。次に相まみえんとするならば、その命で代償を払ってもらおうかの」

 

道満の言葉によどみはない。本気でその言葉通りのことを実行するつもりだ。次に道満の前に大友先生が立ちふさがれば言葉通り大友先生に未来はない。

 

「大友先生はあの蘆屋道満相手にあと一歩のところまで追い詰めました。ここまでやってダメだったのですから、もう鴉羽織をくれてやってもいいんじゃないですか?」

 

これ以上、大友先生が戦うのは無理だ。結果など目に見えているし、僕の目の前で知っている誰かが、為す術もなく虐殺されるのを黙って見てやるほど僕はお人好しでもない。

そもそも鴉羽織など僕から言わせれば夜光が作ったオモチャに過ぎない。塾長が渋る理由は定かではないが、そんなものさっさとくれてやればいいのだ。鴉羽織が誰の手に落ちようと僕は一向に構わない。

 

塾長はしばし考えた後、決心がついたのか諦めともとれる表情で呟いた。

 

「……わかりました」

 

「塾長!?」

 

「いいんです。大友先生。貴方はよくやってくれました。ですが、これ以上は貴方を頼ることはできません。そしてこれから起こることは全て私が責任を持ちます」

 

「くっ」

 

「ご理解頂けてなによりです。それで、鴉羽織はどちらに?」

 

「鴉羽織は――――」

 

ごくり、と唾を飲み込むような音が聞こえてきた。

 

「ここには……この塾舎にはありません」

 

「…………え?」「はぁ?」「ちょ、ちょっと! お祖母様!?」

 

あまりの衝撃に、一瞬、塾長が何を言っているのか理解できなかった。

塾長の放った一言はこの場にいる人間に衝撃を与えた。その言葉の真偽は不明だが、塾長は鴉羽織がこの塾舎にないと言った。今までそれを巡って攻撃を受けてきた僕たちにとって、その一言はあまりにも衝撃が大きかった。そして僕たち以外にも衝撃を受けた人物が一人。

 

「なんと、ここにきてそのような戯れ言を……」

 

その場に立ちすくみながら声による威圧を強めていく道満。塾長は話を続けた。

 

「事実ここにはないのです。一月ほどまえに土御門の当主である泰純さんが鴉羽織をこの塾舎から運び出したのです」

 

「なん……だと……?」

 

あ、あまりの衝撃に思わず口から言葉がこぼれてしまった。

父さん……あんた一体何やってんだ……?

しかし一月前か……そういえば僕が北斗を連れ帰って父さんに電話したときに少し様子がおかしかった気がしないでもない。が、今さらそのことを言ったところでどうなるものでもない。

 

「私が鴉羽織について知っているのはここまでです。碧さん、あなたは泰純さんからそのことについて何か聞いていませんか?」

 

「いえ、僕は特に何も……そもそも知っていたら塾長にこんな話していませんよ……」

 

「そうですか……」

 

困った。さすがに父さんが鴉羽織を持っていったのは想定外。寝耳に水だ。

そもそも塾長も塾長だ。そんなことが理由ならここまで引っ張らないでもいいだろうに。あらかじめこのことを知っていれば、事前に父さんに問いつめることもできたハズである。今さらだが……

だいたいなんで皆が皆、鴉羽織を隠すんだ……何が珍しくてあんなものを欲しがるのだろうか。

 

おっと、思考が脱線してしまった。今はそんなことよりも、これからどうするのかに思考を割かなければならない。

父さんが鴉羽織を持っていった理由は不明だ。優秀な星詠みである父さんが何かの目的の為に動いていることは知っている。が、しかし、この件において責任の一端は土御門家の一員である僕にもあるということか。

 

「事情は分かりました。土御門家の人間として僕に責任があるのでしょう。――――わかりました、わかりましたよ、もう……」

 

半ば自棄になる僕を皆が静かに聞き入る。僕は続けた。

 

「いずれにしても、ここに鴉羽織がない以上、道満殿の目的は達成できない訳ですが。さて、道満殿」

 

「なんじゃ」

 

「ここらで一度幕引きをしてもらえませんか? 僕らもない袖は触れませんのでね」

 

「ふむ」

 

「とはいえ、それでは道満殿の気が済まないでしょう。貴方は塾長の隠し球である大友先生を下した。ゲームでいうならラスボスを倒したということだ。それならば鴉羽織というクリア報酬を手にするに値しているのだと思います」

 

「当然じゃな。さもなければお主たちにはそれ相応の代償を払ってもらう、そう思っていたのだが。じゃが……」

 

「お気づきですよね。お察しの通り、先ほど道満殿との会話中に拘束させていただきました。――――これで貴方に自由はない」

 

 

その話を聞いたこの場に居る全員が驚愕した。

 

「一体いつの間に!? 甲種の予備動作なんか全然しとらんかったやないか」

 

「ええ。僕にはそんなもの必要ないですので」

 

「なんやて!?」

 

「法師を止められるだけの強力な不動金縛……いえ、もっと別の何か……しかも動作を必要としない? ……碧さん、そんなことが本当に可能なのですか?」

 

「いろいろと疑問があると思いますが、それは見ての通り。とりあえず、いまは身体の自由だけ奪っています」

 

「……その左目か。その黄金の瞳。ちと異質すぎるの」

 

「さすが道満殿。その洞察力はさすがといったところです。――――ですが、気づいたところでもう遅い」

 

既に僕の左目は濃紺色の瞳(ただのめ)から黄金の瞳(まがん)へと切り替わっている。先ほど道満へと質問を投げかけたときに投射した、僕の最速の一工程(シングルアクション)。視線による拘束術式。

魔眼と呼ばれるこの世界に存在するハズのない神秘。その魔眼が不満顔の道満の姿を眼球に捕らえていた。

 

「碧殿!? その眼はもしや……」

 

「うん。北斗が想像している通りだと思うよ」

 

それを聞いた北斗はドン引きしてすぐに目をそらした。

 

「そういえば、陰陽庁でも長官相手に似たようなことしていたわね。あのときは碧の顔を見ていなかったから解らなかったけど、同じことやっていたの?」

 

「倉橋さんを捕らえたのも同じだね。ただし、あの時は身体はもちろん、彼の意識も僕の支配下にあったけどね」

 

「……もう言葉もないですね」

 

「お祖母様。碧くんのことでいちいち驚いていたら身が持たないですよ」

 

「んなアホな……そんな術式、帝式以前にもあるわけがない……」

 

「うむ。儂もこのような術式、見たことも聞いたこともないの。……それ已前に、これは陰陽術なのかの?」

 

さすがにしゃべりすぎたか。道満が魔眼に疑問を持った。もっとも疑問を持ったところで対策をできるわけではないのだが。

 

「それにしても、その眼きれいね……」

 

「そうね。なんだか引き込まれそうになるわ」

 

「――――鈴鹿殿。京子殿。あまりその眼を見ない方がいい」

 

「北斗っち? どうして?」

 

「そこに捕われている蘆屋道満と同じ状態になりたいか?」

 

「「なっ!?」」

 

北斗の言葉に驚愕の表情に染まる2人。

 

「北斗の言う通りだよ。いまは意識して対象を道満殿に絞り込んでいるけど、基本的には視界に収まれば人だろうが式神だろうが拘束対象に含まれるから気をつけてね」

 

ニッコリと笑いながら答えると、道満以外がドン引きして、視界に入らないように、さーっと僕の後方へ引いていった。大友先生は京子と鈴鹿に抱えられながら移動した。

 

「それは後付けしたものかの? もっとも後付けだったものだとしてもどうやったのか見当もつかぬが……」

 

「安心して下さい。これは先天的なものですよ」

 

「……お主、それはずるくないかのう? いや、ずるいぞ」

 

「いやぁ、そう泣き言をいわれても困りますよ」

 

あの蘆屋道満が何やら泣き言をいっているが無視だ。無視無視。文句なら神さまにでも言ってくれ。

そんなことよりも僕の都合を優先させてもらう。

 

「それに、こうでもしなければ落ち着いて話もできないでしょう」

 

「……納得はできぬが、ふむ。まあよかろう」

 

渋々ではあるが納得したらしい道満。

 

「……じゃが、その前に――――」

 

そういうと黒い呪力が立ち上っていった。それは次第に強さを増していく。

やれやれ、この爺さんまだ何かやる気だよ……

 

「せっかくじゃ。一つ試させてもらおうかの」

 

道満が言うと式符に戻っていた装甲鬼兵が再び形を成した。

 

「なんで!?」

 

「碧くんの術で身体の自由を奪われているハズなのに……」

 

鈴鹿と京子の言うように僕は魔眼による拘束を継続している。文字通り、指一本動かない状態だ。自由が許されてるのは首から上と内蔵(なかみ)ぐらい。陰陽師にとって身体の自由が奪われた状態で呪力を練るのは困難を極める。まして、式神を、しかもゆうに100はいる式神を操るなど、陰陽師としては規格外もいいとこだ。

だが――――

 

「言ったハズです。この眼の前では人も『式神』も無力だと」

 

僕は視線を装甲鬼兵へと向け、視界に入っている全ての式神の動きを止めた。だが、道満は動じた様子もなく淡々と言葉を紡いだ。

 

「この数の式神全ての動きを止めるとは、非常識も甚だしいの。お主のいうように視界に対象がいれば、その眼に捕らえられるようじゃの。じゃが――――」

 

道満がそう言葉を発した瞬間、背後から複数の気配がした。恐らくはビルの壁などに待機させていた式神を僕たちの背後に移動させたのだろう。

なるほど。たしかに眼にカラクリがあると判れば、眼の届かないところからの攻撃を試みるのは道理。道満は正面の式神を全て囮にして、背後からの攻撃を試みたのだ。

 

――――もっとも、それも想定内の行動ではあるが。

面白い。さて、これらをどう処理しようか。僕が魔弾で迎撃してもいいが……

いい機会だ。ここは少し趣向を変えてみるとしよう。

 

「北斗――――」

 

僕は魔眼を閉塞しつつ背後にいる頼れる北斗(いもうと)へと声をかけて行動を促した。

 

 

 

 

 

 

正面にいる式神に魔眼を飛ばしている碧殿から私に声がかかった。私はその声を聞いて自然と口元が釣り上がった。おそらく嬉しかったのだろう。碧殿に頼られたということが。

私はすぐさま後ろに振り向きつつ、意識を切り替える。回路の調子はいつもよりもいいようだ。

標的は5体。碧殿の魔眼を避けるために、建物の側面を伝ってきたのだろう。標的となっている式神は、素早い移動をしながら、こちらを攻撃しようとしていた。

――――だが、所詮は移動速度。こちらの攻撃速度よりだいぶ遅い。こちらへ攻撃を加えるよりも、こちらが攻撃する方が速い。

詠唱を終えた私は、標的に向かって手を突き出した。

 

「炎天よ! (はし)れ!!」

 

私の声に応えるように、天上の業火が式神へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

小僧の後ろに控えていた少女がなにやら行動を起こした瞬間、突如として上空より降り注いだ炎が、儂の式神を消し去った。文字通り、式符ごとこの世から消え去った。

儂の不意打ち、それ自体は小僧に通用するとは思っていなかった。今回の不意打ちは、あくまでも小僧の眼の効果範囲を計るためのものだった。恐らく小僧が何らかの方法で対応するのだろうと思っていたのじゃが……

この展開は想定外じゃ。

あの眼の有効範囲、それそのものは恐らく視界の正面に限定されたものじゃろう。それを計れたのは収穫じゃ。だが、その眼を使用しているときに、他の術を行使できるのかという疑念が小娘の行為によって妨げられたばかりか、その邪魔をした小娘がまた得体の知れない術を使いおった。

この場にいる者たちで注意しなければならない人物は得体の知れない小僧ただ一人。――――そう考えていたのじゃが、どうやらその認識は改めなければならないようじゃの。

 

「……何をした、小娘」

 

少女はこちらへと振り向き、口元を釣り上げながらこちらへと振り向いた。

 

「さてな。つまらん術式を消した。ただそれだけだ」

 

それだけ言うと話すことは終わったといわんばかりに、小娘は視線をこちらから切った。

むぅ。小娘はつまらん術式というが、この式神に使った式符は儂自ら仕立てた特別製じゃ。故に並の陰陽師では、何をしようが式符ごと消し去ることなどできる筈がないのじゃがの。……忘れてはいたが、塾舎内で使った儂の式符を消したのもこの小娘だったの。

かわいらしい顔しておるが、なかなかどうして。この小娘も底が知れぬわ。

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。フォローありがと」

 

「なに。この程度の事、気にする必要はない。……というよりも、もっと私を頼ってもいいのだぞ? 碧殿には大きな借りがある。救ってくれたことや、この身体の事、それにこうして学校にまで通わせてもらっている」

 

北斗は陰陽塾の制服姿を僕に見せつけるように、くるっと回ってみせた。肩口まで伸びた髪が揺らしながら、女子用の白い制服に包まれている北斗の肢体は、その状態でも分かる女性特有の膨らみを強調させている。下はミニのスカートになっており、そこから健康的な太ももを惜しげもなく見せつけていた。

その北斗の姿にぐっと来るものがあったのは確かだ。器を僕が作ったからとか、身内贔屓とか、そういうわけではないが、北斗は間違いなく男を惹き付けるものをもっている。10人が10人、そういうであろうことは確信している。だから僕がそう感じるのは正常なのだ。大事な事なので繰り返すが、僕は正常だ。

 

冗談はさておき、恐らく本人も意識してやったのではないだろう。しかし北斗が僕に対して恩義を感じて何か積極的になってきた事だけは伺える。

北斗はさらに僕との距離を詰めてきた。

 

「私としては少しでも碧殿を助けたい思いがある。だからもっと頼ってもらえると、私もうれしいのだがな」

 

腕を後ろで組み、上目遣いでこちらを見る北斗。

その行動、そして肉体年齢は僕よりも下であるが、精神年齢が高いためか、少女である中に(なまめ)かしいさを共有している不思議な雰囲気を醸し出していた。

 

「い、いや、あ、あれは僕が好きでやったことだから……だからね、その、なんだ。……あー、つまりさ、北斗が恩義を感じる必要はないからね」

 

「私では頼りないか……?」

 

残念そうな顔をする北斗。

 

「そ、そういうわけじゃないよ」

 

いつになく積極的な北斗に、たじろぎながら視線をきる。

冷静になれ僕。相手は義妹(いもうと)だぞ。そして、その義妹に対して適当な事ばかりいっているんじゃない! 真面目に答えろ、土御門碧!

と、脳内で自分自身を叱咤しながら、ひと呼吸置いてから北斗を正面に見据えて答えた。

 

「そうだなぁ。北斗は強いし、そういってもらえるのは頼もしいのだけれど……」

 

「何か心配事でもあるのか?」

 

「心配事というか、ごく単純な僕の兄としてのプライドというか。……妹に頼りきりの兄ってどうなの?」

 

すると北斗は呆れたような顔でこちらを見た。

 

「碧殿は変なところで生真面目だな。いつもは型破りのことばかりやっているのに」

 

「そうかな?」

 

「そうだぞ。だからもっと頼れ」

 

「はぁ……わかったよ。北斗の言う通りにするよ。北斗のやりたいことをやらせると約束したのは僕だしね。――――ただし」

 

「ん?」

 

「僕の指示に従うこと。これくらいの条件は付けさせてもらうよ。危険な状況で北斗を頼って取り返しのつかない事態になったら僕は死んでも後悔しそうだ」

 

「碧殿は心配性だな。だが、分かった。あまり言うと碧殿も困るだろう」

 

「分かっているなら自重してよ。北斗」

 

「ふふっ、わがまま言ってごめんなさい。お兄ちゃん。だぁーい好き」

 

北斗はいたずらっ子の表情をして僕に抱きつきながらこう言った。まさかあの北斗がこんな行動をするとは想像していなかった僕には完全に不意打ちとなった。

 

「ちょーっ! 北斗!? それに、おっ、おにぃ!?」

 

と、そこに今まで静観していた鈴鹿が僕と北斗に割って入り、両手を使って引き離した。

 

「あー、はいはい。そろそろ兄妹でいちゃつくのは止めてよね。つーか、妹に振り回されてるんじゃないわよ」

 

「べ、別に振り回されてなんかないし! 初めて『お兄ちゃん』なんて呼ばれてテンパっただけだし!」

 

「妹にお兄ちゃんって呼ばれたくらいでテンパってんじゃねーよ! このシスコン!!」

 

「し、しすこん……」

 

最近、鈴鹿の僕に対する態度が容赦ない。……いや、冷静に考えたら鈴鹿(このこ)は最初からそうだった。まあ、慣れというのもあるのだろう。それは歓迎すべき事なのだろう。

僕はそう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせた。

そして彼女たちに振り回されている僕を弄るように道満が口を開いた。

 

「ほっほ。儂を捕らえる程の実力がありながら、女には弱いとは情けないのう」

 

「くっ……う、うるさいっ!」

 

そもそもあんたが大人しく拘束されていればこんなことにはならなかったんだ、そう叫びたかったがグッと堪えた。ここで僕が喚いたところで何が変わる訳でもない。余計話が拗れるだけだ。百害あって一利無し。僕は頭を切り替えて道満を黙らせる方法について考える。

さすがに次から次へと事を起こされるとこちらもたまらない。何か巧い手は……ないな……

何やってものらりくらり躱されそうだ。

 

ただ、このまま弄られたままというのは嫌だ。そもそも僕は弄られるキャラではないんだよ……

――――ああ、そうだ。道満を黙らす事はできないのかもしれないが、とりあえず道満の想像もつかない方法で式神は排除しよう。そうしよう。

 

「鈴鹿、京子」

 

「ん?」「どうしたの碧くん?」

 

魔術(アレ)の実践といこうか。そろそろいい頃合いだ。2人とも試したいだろう? それに丁度いい装甲鬼兵(まと)もある」

 

僕は装甲鬼兵を見ながら2人に言った。

 

「え? で、でも……」

 

戸惑う京子。

 

「……いいの? 人目も多いけど……」

 

鈴鹿は僕の視線の先、道満の装甲鬼兵を一瞥、それから周囲を見回してこう聞いてきた。

『魔術は秘匿するもの』そう言ったのは他でもない僕だ。ここには、塾長や大友先生、そして姉さんたち、さらにはあの蘆屋道満までいる。そして彼らも遠くから見ているだろう。しかし、魔術を使う事について過度に神経質になる必要もない。なぜなら彼らは何も知らないのだから。再現性のないものを何度見せようがどうということはない。

 

「ああ、思う存分やってもらってかまわない。何も知らないものたちにはいくらでも見せつけてやればいいさ」

 

「ふーん。ま、碧がそういうのなら、鍛錬の成果を試させてもらうわ!」

 

「え、ええっ!? 鈴鹿ちゃん、やる気満々なの!?」

 

「あったりまえじゃない! 蘆屋道満の式神相手にどこまで通用するのか、しかも丁度いい的になってくれてる。こんなチャンス滅多にないわよ? それにあたしみたく直接的なものじゃないキョーコの方がいろいろ試せるんじゃねーの?」

 

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

「京子。装甲鬼兵は僕の支配下に置かれ、その身が動く事はない。難しい事は考えずに、ただの的だと思って、やれるとこまでやってごらん。フォローはするからさ」

 

「そう……ね。うん、わかったわ。碧くんがそういうのなら……がんばってみるわね!」

 

京子もようやくやる気になったようだ。

そしてこれから彼女たちは信じられないような体験をする事になるだろう。そしてこの場にいる観衆たちも。

 

「さあ、今宵の宴は始まった。道満殿には悪いが、彼女たちの実験台になってもらうとしよう」

 

「……何じゃと?」

 

道満の表情が少しこわばるのが見て取れた。

それを確認した僕は口元を釣り上げ、右手を前に突き出した。そして、

 

「蹂躙せよ!!」

 

号令を発し、僕たちの反撃が始まった。




だいぶ放置してすみませんm(_ _;)m
メモ書き程度には書いていたのですが、文書をまとめる作業が全くの手つかずでした。
まあ適当にまとめていくので長い目でみていただけると幸いです。

放置している間に原作が2巻刊行され、設定等も充実してきました。
月輪とか天胄地府祭(六道冥官祭)とか新しい単語も出てきて、いよいよラストが見えてきた感じがしますね。
それに合わせながらこちらの話も作っていけたらなぁと考えています。

ではでは、また次のお話でまたお会いしましょう。

※タイトルを少し変更しました。理由は語呂が悪かったので……

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