夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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1-2. 陰陽術

 

朝食を取り終え時刻は午前9時。

寝巻きからTシャツ、ジーパンの普段着に着替えてから庭へと出る。

毎日の日課である陰陽術の鍛錬に入るためだ。

 

地元の名士である土御門家は屋敷を構えており、人里とは少し離れたところにある。

屋敷というだけあって敷地はかなり広い。

 

僕はむかしからこの広い屋敷の庭で陰陽術の鍛錬をしている。

静かな場所で誰にも見られることもなく、鍛錬をするには都合のいい場所だ。

 

陰陽術は一般の人から特異なモノとして認識されている。

陰陽術を管理している組織が陰陽術そのものを隠匿しているというわけではない。

だが一般人は陰陽術が身近にあるわけではないのだ。

だとするならば、なるべく人目の付かないところで鍛錬するに越したことはないだろう。

 

特に僕の陰陽術は見た目が派手なのだから――――

 

 

 

僕は陰陽術の才能がなかった。

いや特定の陰陽術に特化しているといった方が正しいか。

姉さんみたく器用に術を操作することができないのだ。

 

普通の陰陽師なら簡単に習得できる術でも、僕にはそれをすることができなく、何度も、何度も、術に失敗していた。

それでも最後には必ず報われる――――

そう自身に言い聞かせながら、繰り返し、繰り返し、鍛錬していったが、成功することはなかった。

 

やはり僕の起源と関係があるのだろうか――――?

土御門家の義務とはいえ、失敗の繰り返しで、子供の頃の僕は少しナーバスになっていった。

 

 

 

 

 

そんな僕を察してか、ある日、父さんがとある女性を連れてきた。

うち何度か来る見た綺麗な若々しい女性、土御門分家の千鶴さん、僕の小母にあたる人だ。

優秀な星詠みでもある父さんは、僕がこうなることが分かっていた様子だった。

その解決策を示してくれたのが小母さんである。

 

小母は僕に在る術を見せてくれた。

 

印を切り、

「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ!」

 

激しい雷鳴が轟く。

視界は激しい雷撃により、真っ白に覆われた。

雷撃は辺り一面を焼き尽くし、庭にクレーターを作りながら破壊していった。

 

圧倒的な白……、雷の嵐。

 

破壊の限りを尽くした雷撃は次第に収まった。

 

 

すべてが終わった後、小母は、

 

「碧くん、今見せた術はキミに希望を与えてくれるかも知れない。

 でも、同時に人を傷つけてしまうこともあるの。

 大事な人を傷つけてしまうかも知れない。

 ――――それでも、前に進む勇気はある?」

 

 

今問われれば、少し考えたりもするかも知れない。

でもあの頃の僕は子供だったのだ。

子供の僕の心を奪うのにそれは十分だった。

 

――――綺麗だった。

 

ただ本当にそれだけだったんだ。

深い理由なんかない。

子供なんてそんなものだろう?

 

「――――僕も小母さんみたいに術を使いたい!」

 

目を輝かせながらそう返した僕の言葉。

 

小母は苦笑しながら、受け入れてくれた。

 

そのあと、庭をボコボコにした小母さんは父さんにやり過ぎだと、怒られていたが……

 

 

 

その日から僕の陰陽術における世界は変わっていった。

相変わらず陰陽術の才能はないが、ある特定の陰陽術だけは使うことができるようになった。

小母さんの術のように破壊に特化したモノだ。

やはり僕の陰陽術は、僕の起源と深く結びついているようだった。

 

原因が分かれば対応も取ることができ、コツをつかんだ後は土御門家にある書物を漁りながら、いくつかの術を習得することができた。

 

あれからどのくらい経っただろう……

日々積み重ねた鍛錬によって、僕は下手なりに陰陽術を扱うことができるようになった。

 

 

 

 

そして――――

 

 

帝釈天の印を切る。

インド神話の軍神インドラを指す印だ。

 

あの日、小母さんに教えてもらった、土御門家に生まれた僕に必要だった特別な術――――

 

「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ!」

 

その瞬間、視界は激しい雷撃により、辺りは真っ白に覆われた――――

 

 

 

 

 

 

「……相変わらず、すごい威力ですね」

 

姉さんから声が掛かった。

僕は振り向き、

 

「姉さん、見てたの? 声かけてくれたらよかったのに。

 ――――まあ、僕ができる陰陽術は壊すことしかできないし」

 

「でもすごいよ。

 私こんなこととても出来ないから……

 ……でもこんなにできる弟がいて誇らしいです」

 

「――――おだてても何もでないよ。

 ……それで、朝からソワソワしているみたいだけど僕に何か用?」

 

姉さんはいつもそうである。

悩みごとなどを自分で抱え込んでしまう癖があるが、姉弟だから話しやすいのか、悩みごとがあるときには僕に相談に来ることがある。

もっとも姉さんが僕に相談することなんて、大体は春虎兄さんのことなのだが――――

 

「……やっぱり碧にはわかるよね。

 実は北斗のことで相談があるの――――」

 

「北斗? 竜……ではなく、あの姉さんが使っていた簡易式のことですか?

 ――――簡易式の扱いなら僕より姉さんの方が上手いのでは?」

 

「そうじゃなくて……そうじゃないの――――」

 

うん?

姉さんらしからぬ、歯切れの悪い悩みだな。

聡明な姉さんはいつもなら要点を上手く伝えてくれるハズだが……

 

「――――わかった。

 少し長くなりそうなら僕の部屋で聞くよ。

 庭を元に戻すから少し待ってて」

 

「うん」

 

どうやら話が長くなりそうなので、部屋で聞くことにした。

 

その前に先ほどの術で作ったクレーターを元に戻す。

 

 

 

ぱちん、と指を鳴らす。

右腕の刻印に火を入れる。

 

「―――準備。復元、終了」

 

呟いたとたん――――庭の荒れ地が整備されるように――――いや、元の状態に戻っていった。

庭が元に戻ったことを確認し、

 

「――――おまたせ、姉さん。 じゃあ、行こうか」

 

「……はぁ

 まるで魔法ですね。 まあ今更ですケド――――」

 

何度も見てきた術だというのに呆れるような顔をして、ため息を付いていた。

姉さんは僕の「魔術」を知っている一人だ。

僕の「魔術」を知っているのは、姉さん以外に父さんと、小父さん、小母さんに限られる。

陰陽術とは系統の違う僕の唯一無二の特異性を、第三者に知られることで発生しうる問題や混乱を起こさないためだ。

しかしまあ、この手のものはいつかはバレるものだ。

その時期がいつか、ということはまだ分からないが――――

 

「まあ、僕のことはいいから

 姉さんの悩み相談といきましょう」

 

「わっ!」

 

僕は姉のやわらかな小さな手を引いて、屋敷へと足を向けた。

 




主人公の使える陰陽術はどうなんでしょうねぇ。
とりあえず千鶴と同じくらいには使える感じ?

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