夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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1-3. 姉の相談

「――――春虎兄さんと北斗が仲良くなってしまったんだけど、見鬼の才能がない春虎兄さんには北斗が式神だということはわからなくて、姉さんも式神だということを伝えていない、と」

 

 

北斗は式神である。

土御門家の跡継ぎは男として振る舞うべしという、よくわからない土御門家のしきたりにより、姉さんが男装するための練習用として作り出した簡易式だ。

むかし春虎兄さんが好きだったボーイッシュな女の子をモデルに作り出した、女の子らしい姉さんとは正反対の性格の北斗――――

 

ここまでなら、別段、北斗が式神であることに問題はないが――――

 

「春虎兄さんと北斗がデートをして親密になっているのに、北斗が自分だと打ち明けられなくて悶々としている――――

 あげく、昨日の夕方、春虎兄さんと姉さんがバッタリ会ってケンカしてしまった、と」

 

内容は分かった。

が、

 

「つまり、僕に何をしろと?」

 

結局のところ、姉さんがどうしたいか、ということになる。

 

言うまでもないが、姉さんは小さい頃から春虎兄さんにゾッコンである。

周りに歳の近い子供が僕を除けば春虎兄さんくらいしか居ないのではそうなるのは必然。

中学になってお互いを意識するようになったためか、今は少し疎遠になっているようだが――――

 

 

「は、春虎君と仲直りしたいんだ。

 そのために、碧に協力して欲しい」

 

「それはかまわないけど、僕は何をするの?」

 

「……その、碧の魔術で

 ――――ケンカしたことを忘れさせる、とか」

 

物騒だな……おい。

姉さんが暴走気味である。

 

「それは出来なくはないけど、根本的な解決になってないよ。

 いや、そもそも痴話げんかに魔術使うつもりはないよ……」

 

「ち、痴話げんかって……

 私と春虎君はそういう関係じゃ――――」

 

結論から言って魔術で人の記憶を改ざんすることは可能である。

だが、記憶の辻褄を会わせるために、忘れた記憶のつなぎ合わせをしなければならないため時間がかかるし、記憶を改ざんする相手を拘束する必要があるのである。

それに仲良くなりたいだけなら、そうなるように暗示をかけてしまえば――――

いや話が逸れた……

そうではなく、つまり、魔術はただの痴話げんかに使用するようなものではないのだ。

つまるところ、当人同士で話し合うのが妥当か。

 

「じゃあ、こうしようよ、姉さん。

 明日春虎兄さんと合って北斗のこと含めて話し合うっていうのはどうかな?

 もちろん春虎兄さんの予定を聞いてからになるけど――――」

 

姉さんは目を見開き

 

「ええー! 明日ってなんでそんなに急にっ!?」

 

「だってこういうのは早いほうがいいじゃん。

 それにこっちに一週間しかいられないんでしょ?

 なら早く仲直りしてデートでもしたらいいじゃないか」

 

「う、うぅ……分かった。

 そうだね。 碧の言うとおりかも。

 やっぱりこういうのは私から直接言うしかないよね

 いや、でもやっぱり……」

 

何やら自分の中で葛藤しているようである。

僕はポケットからスマホを取り出し、春虎兄さんに電話をする。

 

「――――春虎兄さん? お久しぶりです。

 実は姉さんのことで相談したいコトが――――

 え? 春虎兄さんも姉さんのことで相談が? ああ、そういうことだったんですか……

 いえ、こちらの話です。 では、時間は――――

 場所はアーネンエルベというところなんですが、分かります? ああ、よかった。

 ――――ええ、では明日また」

 

どうやら二人とも考えていることは同じだったようだ。

お似合いだよ、ホント。

僕もこういう恋人が欲しいなぁなどと、この田舎じゃ出会いがあるはずもなく

陰々滅々たる憂鬱な気分を、ため息と共に吐き捨てる。

 

「――――はぁ……姉さん、段取りできたよ。

 明日夕方に隣町のアーネンエルベという喫茶店で」

 

「ええー!? ホントに明日やるの!?

 うー、まだ心の準備が……」

 

「あー、春虎兄さんも姉さんとケンカしたこと気にしている様子だったよ」

 

「ホントですか! よかったー」

 

「じゃあ明日でも問題ないよね」

 

「うっ……それとこれとは話は別ですっ」

 

「ですよねー」

 

まあ、春虎兄さんのことで姉さんがグズるのは分かっていた。

しかしもう一押しといったところか。

それなら――――

 

「ちなみにここに水族館のチケットが2枚あります」

 

僕は机に置いてあった封筒の中にある紙を2枚、姉さんに見せつけるように取りだした。

先日とある筋から送られてきた水族館の入場チケットだ。

この水族館が最近やりはじめたイルカの催し物が大変人気で連日大盛況となっており、

たくさんの観光客がイルカ目的に来場しているため、イルカのイベントは完全予約制で1ヶ月待ちの状態となっている。

ちなみにこのチケットにはイルカイベントの予約優先権付きで当日予約でも大丈夫というものである。

愛らしいイルカ、定番のスポットということで、デートスポットとして大変人気である。

どうせ僕には不要なモノだし、目の前に使ってくれる人がいるなら喜んで渡そう。

 

「っ――――そ、それをドコで!?

 いや、そんなことよりも――――」

 

「とある筋からもらってね。

 いまデートスポットとしてすごく人気があるようでね。

 でも残念だなー。 僕は一緒に行ってくれる当てがなくて。

 捨てるのもったいないしどうしようかなぁー」

 

白々しく言い放つと

 

「ああ、もうっ! わかりました!

 明日春虎君と仲直りしてきますから!

 だから、ね――――」

 

どうやらようやく観念したようである。

なんか疲れた……。

 

「はぁ……とにかくまずは二人が仲直りするところからだね。

 店は落ち着いた雰囲気の場所だから、話し合うには丁度いいかと。

 店員さんは空気読める人達だから、痴話げんかするもよし、張り倒すもよし――――」

 

「そ、そんなことできるわけないでしょ! バカ碧っ!」

 

「ま、その勢いで行けば大丈夫だと思うよ。 がんばって姉さん」

 

「……うん。 ありがとう碧」

 

あとのことについては姉さんと春虎兄さん次第だ。

ああ、僕も早く彼女欲しい……。

そう思っていると唐突にスマホが反応した。

応答して内容を聞くと、どうやら緊急の呼び出しのようだった。

 

「ごめん姉さん、用事できたから行ってくるね。

 たぶん明日の夕方まで戻れそうもない、かも……」

 

「え!? そんな急に――――」

 

ガサガサと急ぎ身支度をしながら準備をする。

 

「はい、これチケット。

どうも緊急みたいなんだ。

 これでよし、と」

 

姉さんに水族館のチケットを渡しつつ荷物をブチ込んだ鞄を持つ。

 

「それじゃ行ってくる。

 明日はがんばってね」

 

姉さんが呆けた顔でこちらを凝視しているが、まあ、大丈夫だろう。

あとのことは、姉さんと春虎兄さんに丸投げし、所用の為、一路東京へ出発する――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、いっちゃった……」

 

一度物事を決めると、あっという間にやりきってしまう――――

私が悩んでいることなんて、なんでもないように一瞬で解決したりする。

ほんと、頼りになる私にはできた弟だ。

小さい頃からこうである。

陰陽術の鍛錬でも、超高難度の呪術でも、突風のようにあっという間に習得してしまうのである。

 

それが顕著になったのは、やはり10年前のあの事件からだろうか――――

 

屋敷の庭で碧と陰陽術の鍛錬をしていたら、急に碧が倒れた。

すぐに父を呼んで部屋に運んでもらい、幸いにも碧はその後、すぐに目覚めてくれた。

碧は貧血だと言っていたが、当時の私は目の前で倒れた弟を前に不安で不安でたまらなかった。

目覚めた碧が手を握ってくれて落ち着くことはできたのだが。

 

――――少し話がそれたが、それからだろうか。

 

それからの碧は、陰陽術以外にも魔術という独自の呪術体系の開発、陰陽術の鍛錬以外にも、私はあまり詳しいことはわからないけど、自分でコンピュータの会社を興したり、また性格も以前よりも大人びるように成って、よりいっそう私には計ることのできない存在になっていった。

 

私が東京に出てからも相変わらずだったようだ。

歳が一つ下の弟というより、頼りになる兄のような存在。

あ、いやでも、落ち着きがない点をみると、やはり私にとって可愛い弟だ。

 

でも、まあ――――

 

「せっかく碧がいろいろ用意してくれたんだから、春虎君と仲直りして、北斗のことも伝えられるといいなぁ……」

 

淡い期待をしつつ、明日のことを思う。

 




会話って難しいですよね

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