僕が――――役員だけが使用する会議室に出向いたとき、およそ経営に関わる顔が集まっていた。
この会社、スターマイン社は、10年前のあの日、手に入れた知識を利用し、僕が創設した会社だ。
当時、まだ普及していなかったインターネットを利用した検索エンジンを開発し、全世界に向けに公開したのだ。
当初は個人用のパソコンを利用し、個人でできる範囲でサービスを提供していたが、公開したあとの反響は大きく、利用者は爆発的に増加していった。
当然広告などで得られる収入も膨大なモノとなっていき、順調な滑り出しになったのだが……、
利用者増加に伴いインフラ環境を整備していく中で、メンテナンス作業など、運用面での負荷が大きくなり、次第に個人でできる範囲を大きく超えていったのだ。
そこで僕は会社を立ち上げた。
仲間と共に協力して既知の問題に取り組んだ結果、それまで僕が抱えていた問題は一気に解決。
さらに検索サービス以外にも様々なサービスの展開、新たな分野の開拓にも成功した。
その調子で会社の規模はドンドン膨れあがっていき、5年後には市場への上場、10年経った今では売上ベースで1000億ドルという世界有数のモンスター企業にまで成り上がったのだ。
会社の規模が大きくなるにつれて、僕がこの会社で技術的に何かをするということは皆無になった。
経営に専念していたからだ。
だが僕はもともと会社経営にそこまで興味はなかったので、アッサリと後任に席を譲った。
それが上場から2年後。
僕はこれ以上この会社の経営に関わらないため、会社内に一切の影響を残さないよう保有株式の一切を手放し見返りに僕は莫大な創設者利益を得た。
これで後腐れなくこの会社を後にできると考えていたのだが……
周りからの要望もあり、相談役に留まることで落ち着くこととなった。
とはいえ、今後も会社の運営に直接関わるつもりはなく、いわば名誉職として籍だけ置いている形になっている。
僕はTシャツ、ジーパンといういつもの格好で、いつもの席に座った。
僕の他はスーツで、僕だけが異質の存在だったが、周りは気にする様子もなく話を進めてきた。
「わざわざお越しいただきまして、ありがとうございます」
話し始めたのは、社長の黒田。 創業メンバーの一人だ。
技術面でも秀でているが、もともとは経理が本職の人間だ。
本人は生真面目で堅苦しい性格なのだが、そのお陰か、経営には向いているらしく、今では会社の舵取りの殆どを任せている状態だ。
「――――それで、緊急の用件ってなんです?」
専属秘書から連絡を受けて呼び出されたのが今朝方の話。
既に一線から退いている僕にとって、緊急な呼び出しを受けるのはわりと珍しいことだった。
「はい、こちらが今回の資料となります。
――――今後の弊社の新たなサービスについて相談役に是非とも同席いただきたくてお呼び致しました」
渡された資料を元に説明を行う黒田。
資料を見ながら静かに黒田の話に聞き入る。
その内容とはこうだ。
今後の展開として新分野の開拓を行い、その前準備として新設部門を設立する。
その新分野とは陰陽術を使ったサービスの展開だ。
現在、日本は陰陽法と呼ばれる法律があり、その枠組みの中で陰陽術を使った商品の開発や販売して成功しているのは、ごく一部の企業のみ。
ほぼ独占の状態になっていた。
人材的な理由から技術的な面でどうしても独占企業などと比べ大きな隔たりがあるのだ。
それがどういうわけか、近頃、陰陽法改正の動きが出てきていて、どうやらこの人的な問題が解消されるようなのだ。
これはうちのような新規参入企業にとってはチャンスである。
うちとしてはその動きに合わせて、優秀な人材をかき集めて現在独占となっている市場の切り崩しを計るのが狙いというわけだ。
「……説明ありがとう。
うちとしては、この法改正の動きに合わせて、新部門を設立して商品開発、法改正と同時にこの部門を子会社にするわけですね」
「はい。
新部門は来年度に正式に予算を組んで設立、それまでに人員の確保などを行いたいと考えています。
今年度に関してはその前準備ですね」
「スケジュール感については資料にも書いてあるからわかります。
――――しかし、その人員について、アテはありますか?
資料にはそのあたりに触れていないので現時点では判断しようが……」
何気ない、しかし気になって投げかけた一言。
その問いかけに対し、会議室にいるメンバーは一斉に僕を見て何かを言いたそうにしている。
そしてそれを代表するかのように黒田が、
「実はそのことで相談役にお越しいただきました。
単刀直入に言います。
相談役にはこの新部門の部長、ゆくゆくは新会社を率いていただけないでしょうか?」
僕は黒田の発言を吟味する。
陰陽術を使った商品開発。
それには必要不可欠な物がある。
陰陽師である。 それもプロの。
だがそれらは陰陽庁に所属しているか、既に企業・団体に所属しているか、もしくは一線を退いた人間に限られる。
プロの陰陽師で、しかもフリーな存在など、ほぼといっていいほど皆無なのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが僕である。
僕は既に陰陽二種を取得しているが、どこにも所属していない割とレアな存在なのだ。
しかも家柄も由緒正しい名門である。
そんな僕が目を付けられるのは必然と言えば必然なのだが……
「だが――――その案は実現しないでしょう。
……僕はこの会社で役割が終わった人間です。
ですから僕が陣頭に立って何かをする気はありません」
愕然とした周りの表情。
しかしこれが僕の回答である。
だが、まあそうだな……
「でも、そうですね……
案自体は悪くはないと思います。
ですので、技術アドバイザーとして新部門のサポートくらいなら――――」
曇っていた表情が晴れる。
僕はかまわずに続ける。
「僕一人いたところでどうにかなる問題でもないでしょうし。
とにかく喫緊の問題は人……
こればかりは何とかしないと」
「相談役はアテがあるのですか?」
「陰陽庁に一人。
他はまあ……人伝手に聞いてみます」
一人は陰陽二種の試験で偶然知り合い、そのときに術式の話で盛り上がり妙にウマがあったため、現在もよくやりとりをしている。
名前は山城隼人。
歳は17で僕より3つ上だ。
まだ若いが話をしていると非凡な才を感じさせる。
つい先日、やることのなくなった陰陽塾を辞めて陰陽庁に入ったそうだが、配属先がどうにも暇な部署らしく愚痴をこぼしていたのを思い出した。
このタイミングでこの話、実際問題彼は適任だと思う。
僕は彼を勧誘するため、連絡を入れ直接会うことにした。
幸いなことに夜に時間が取れるとのことだったので、飯でも食べながら今回の件を話すことにした。
僕は隼人に会うまでに、基本計画をまとめ上げて、会社に提出した。
会社としては他に選択肢はなく、特に異論はないようだ。
僕は会社に提出した書類と同様のコピーを鞄に入れ、会社をあとにし、約束の場所へ行った。
☆
「直接会うのは久しぶりだな」
彼、山城隼人はそう言いながら僕の対面の席に座った。
細身の体には黒のスーツを纏い、切れ味鋭い眼光を見せながら僕を見る。
見た目はエリート然としているイケメンである。
「そうかな? よくやりとりしてるからあまりそんな気はしないけど」
「それで、話ってなんだ?」
「ああ、そのことなんだけど、僕の会社知ってるよね?
そこからの打診なんだけど、今度の陰陽法改正の動きに合わせてうちの会社でも陰陽術の研究開発や商品化の動きが出ててさ――――」
はい、これ資料、と言って鞄から基本計画書を取り出し隼人に渡す。
「んで、そのプロジェクトを進める上で陰陽師が居なくて。
ほら、フリーの陰陽師ってあまり居ないからね。
そこで隼人にやってみないかって相談なんだけど……」
僕はそこでいったん区切り、水を一口喉に通したあと、
「待遇は部長。
部署設立の目的はウィッチクラフト社が独占状態の市場の切り崩しになるけど、それに反しない限り内容は問わない。
つまり隼人が自由にやりたいことを決めていい。
もちろん僕もサポートに入るし、他の陰陽師の確保も当たってみる。
報酬……給与だな、これは隼人が陰陽庁から受けている10倍出す。もちろん税抜きだ。
条件面ではざっとこんなところ。
隼人が陰陽庁でくすぶっているよりはずっといいと思うけどどうかな?」
隼人は唖然とした表情でこちらを見ていた。
僕は一気にまくし立てて隼人に決断を促すつもりだったが、どうやら少し性急すぎたようだ。
「あー、悪い。 今すぐに結論を出す必要はないよ。
そうだな……1週間後くらいに応えを出してくれたら――――」
そう言いかけたが、隼人の中では既に結論が出たみたいだ。
「いや、その話受けた」
「決めるの早いね」
「お前のことだ。 退屈はさせないんだろう?」
「そこは保証するよ。 もっとも退屈する暇はないと思うけどね」
「面白い。 やってやろうじゃないか。
条件も破格のものだしな」
「じゃあ、決まりだね」
僕は隼人の気が変わらないうちに鞄から契約書を取り出して、条件に相違ないことを確認した上で合意のサインをもらった。
これで隼人は早ければ来月からうちの会社で新部門の主軸となり働くことになる。
が、今年度に関して言えば、陰陽術の研究開発よりも、人材の確保や部署の基盤作りが主になるだろう。
十分余裕を持って体制を整えるだけの時間はある。
そう甘く見ていたのが発足当時だった。
そして月日は流れ、新年度の春――――
それはついに始動を始めた。
「あー、改めてこの部門を任されることになった山城隼人だ」
珍しく緊張しているのか、隼人の表情は硬い。
まだ若いためあまりこういう経験というのがないのだから仕方がない。
いま僕は新年度と同時に発足したスターマイン社の新部門「陰陽事業推進部」の立ち上げの場にいる。
あれから半年、この部門の立ち上げに奔走して、なかなかに忙しい毎日を送っていた。
というのも、僕は僕で毎日ここへ来ることができるわけではないし、隼人は隼人で詳細な事業計画や必要な研修などを受けていた。
そんな中、問題となっていた人材の確保、実業務エリアの確保および必要資材の確保、内部統制など各種資料の策定などを隼人と一緒にしていたためだ。
しかし、一番の問題であった人材の確保……正確に言えば呪術の使える陰陽師の確保は未だ改善を見せていない。
人数に制限はなかったのだが、結局集められたのは僕と隼人を入れて10人。
さらに、僕と隼人以外は陰陽術に詳しいが一般人と遜色のない人たちである。
そんな中に年の頃が10前後のひときわ目を引く小さな女の子がいた。
なぜこんなところにこんな小さな女の子が、と思うだろう。
実はこの子、人材確保のために各地を回っていたときに、いわゆる闇寺と呼ばれる、世間とは隔絶した場所にあるところで託された子なのだ。
託されたといえば聞こえはいいが、要は面倒ごとを押しつけられた感じである。
だが、こんな小さな子を放置するわけにもいかず。
それに、この子には二つほど問題があった。
一つは生成り……霊的存在に憑かれた状態であることだ。
これは封印術を施すことである程度改善が見られたからよかった。
だがもう一つは戸籍がないということだった。
これには僕も隼人も困った。
そこで救いの手を差し伸べてくれたのが僕の専属秘書。
この手のものに詳しいらしく、土御門家の養子として迎え入れることができた。
ここまで出来れば本人のためにも、父さん若しくは小父さん小母さんに任せたかったのだが、どうも僕や隼人に懐いたらしく、今では僕と隼人のどちらかが交互に面倒を見る形でずっと行動を共にしている。
この部署のメンバーは当初9人だったのだが、きりが悪かったため、隼人が「こいつも入れてしまえ」と言ったのが切っ掛けで、部門マスコット的な存在として迎え入れられたのだ。
まあ、今春から学校にも通わせるため、学校が終わってからの出社というカタチになりそうだ。
そうこう脳内で考えていると、どうやら隼人の演説が終わった。
次は僕の番だ。
隼人に代わり僕が皆の前に立つ。
そして、
「相談役兼技術アドバイザーの土御門碧です――――」
十分とはいえないが土台はできた。
いまこの瞬間、僕らの新たな戦いが始まろうとしていた。
第一章と第二章を繋ぐお話でした。