2-1. 入塾(前編)
それは何年も前の話。
姉さんが風邪で寝込んでいたその日に、親類が集まったときのこと。
僕は縁側に座り魔術の鍛錬のため瞑想していたところ、唐突に春虎兄さんから声をかけられた。
「リボンを探しているんだ。 あおいも手伝ってよ」
春虎兄さんのリボンだろうか?
まさか春虎兄さんにそんな趣味が……
などと不審なことを考えていたら
「ぼくのじゃないぞ。 ぼく男だぞ」
顔に出ていたのだろう。
春虎兄さんはすぐさま否定し、僕もその否定の言葉に安堵した。
じゃあ一体誰のだろう。
そんなことを考えていると、春虎兄さんのうしろから、いかにもお嬢様な女の子が顔を出した。
「かのじょが庭で落としたみたいなんだ。
でも二人で探しても見あたらなくて……
なつめちゃんは病気だから起こしちゃよくないと思ってさ」
ああ、なるほど。 そこで僕の出番なんですね。
「事情はわかりました。 それで? そちらのお嬢様は?」
今まで静かに見ていた女の子に話を振ってみた。
女の子は
「あたしは倉橋京子。 あなたはここの子?」
「ええ、そうです。 土御門碧といいます」
京子は興味なさそうに、へえーとかそうなのとか呟いたあとに、僕に何をして欲しいのかを声高に主張した。
自分は倉橋であなたとは親戚にあたり、ここに客として呼ばれた大事なお客様である。
その大事なお客様が、庭で遊んでいて大事な大事なリボンを無くしてしまった。
大事なお客様の大事なリボンを無くさせたこの家の子であるあなたは、いったいどうしてくれるのか?
見てくれもお嬢様だが発言もお嬢様という貴重な体験をした僕は一瞬呆然としてしまった。
ただまあ、これが大人なら僕も何か文句の一つでもいうが、このくらいの女の子が言う分にはかわいらしいからまあいいやと納得した。
「……お嬢様の要求はわかりました」
僕はおもむろに立ち上がり、二人に「少し待っててください」といって席を外した。
部屋に戻り、この屋敷一帯の見取り図と、一本の鎖の先に繋っている三角錐の銀細工を用意し、二人の元へ戻っていった。
「おまたせしました」
二人は縁側に座り何やら楽しそうに話していた。
僕が声を掛けると二人ともこちらを振り返った。
「なにしてきたんだ」
「捜し物をするのに丁度いい道具があったので持ってきました」
二人に部屋から持ってきた道具を見せる。
「なにこれ?」
「見ての通り、この屋敷一帯の見取り図と銀細工です」
「……これでなにをするの?」
「これで落とし物を捜します」
春虎兄さんはわからない、という表情をし、京子に至っては、
「バカにしないでくれる!? こんなものでどうやってリボンを探すのよ!」
バカにされたものだと勘違いをして怒鳴り散らしてきた。
僕はまあまあと言って京子を落ち着かせた後、見取り図を床に置き、京子に鎖で吊した銀細工を持たせる。
そして鎖で吊した銀細工で見取り図の上を移動させる。
するとこちらとは対面に位置する縁側の場所で銀細工が揺れた。
「ああ、どうやらここにあるみたいですね」
「「???」」
僕は反応を示した場所へ移動する。
二人は何が何だかわからないといった怪訝な表情をしながら僕のあとに続く。
問題の縁側へ到着した後、僕は一通り調べてみた。
すると、縁側の石の物陰に見慣れないリボンが落ちていた。
僕はそのリボンを拾い上げ、汚れをはたいた後、京子へ返した。
「これがお望みのモノでしょうか? お嬢様」
京子は顔を赤くしながらリボンを受け取り、大事そうに抱えた。
そんなに大事なモノなら無くすなよ……マジで。
そもそもリボンは頭飾りなんだろ、どうやったら無くすんだよ。
などと、女の子の事情などまるで知らない僕は、内心毒づきながら、二人に「じゃあ僕はこれで」といいつつ元の縁側へ戻っていく。
これで邪魔されずに瞑想の続きができると思っていると、なぜか二人とも付いてきた。
「――――まだ何かありますか?」
「あの、……探してくれて、ありがとう」
おや、これは意外だ。 ちゃんとお礼ができる子だったんだな。
僕は京子への評価を改めた。
僕が感心していると、またまた春虎兄さんが唐突に聞いてきた。
「あおい、さっきやったやつなに?」
「何っていうほどのものじゃないですよ。
ダウジングってやつです」
「なんでアレすると無くしたものがみつかるの?」
なかなか難しいことを聞いてくる人だな。
僕はなるべく説明を噛み砕きつつ春虎兄さん、途中から耳を傾けていた京子にも伝えた。
「……無くしたモノを探しても見つからないのであれば、見つかりにくいところにソレはあるんですよ。
それなら闇雲に探すのではなく、当たりを付けて探せばいいですよね」
二人はふんふん言いながら聞いている。
「ここで使うのがダウジング。 これを使うことで捜し物が見つかるわけですが――――」
「でもそんなことで捜し物が見つかったら、捜し物なんてすぐ見つかるじゃない。 誰も苦労しないわよ」
京子が間髪入れずに突っ込んでくる。
「ええ、ですからこれには条件があります」
「――――どんな条件よ」
「落とした本人にやってもらうことです。
これはモノを落とした本人が、落とした場所を、潜在的……頭の片隅では知っているということです。
つまり、本人には自覚がないだけで、落とした場所を無意識にわかっている……
今回京子さんはダウジングをすることで、落とした場所に無意識に反応したんです」
「――――」
京子はビックリした顔をして声を詰まらせ、反対に春虎兄さんはすげーすげーといいながら笑っている。
「なんていうのかな、これも乙種呪術っていうのかな。 まあ一種の暗示です。
詳しい分類はわからないから、僕にとってはどうでもいいことだけれども」
「あおいはスゲーな!」
「――――ん、まあまあね」
僕は春虎兄さんの唐突さがすごいと思うよ。 そして京子、相変わらずだな。
などと、説明や雑談に明け暮れ、時間があっという間に過ぎていった。
日が傾き、庭が夕日に染まり、二人が帰るまで応対に追われ、結局、瞑想ができず仕舞いだった。
☆
――――夢を見た。 遠い昔の夢だ。
カーテンから差す日の光が僕の顔を照らす。
「――――っ」
適温に設定された空調が、眠りから醒めようとする僕をサポートする。
僕は今、都内渋谷のホテルの一室にいる。
ベッドの中で伸びし、固まった体をほぐしながら起き上がる。
あの日、僕は陰陽塾に入塾することになったのだが、入塾する今日までドタバタな日々が続き、入塾後に寝泊まりする部屋なども決まっていない状態だった。
仕方なく昨日の最終の飛行機で東京行きに掛け乗り、身一つでこちらに向かったのだ。
手元にあるのは制服と入塾当日に必要な書類のみ。
急いでいたとはいえ、何着か着替えを持ってきた方がよかったなどと後悔するが、いまさら後悔しても遅いと過ぎた考えを振り払う。
時刻は7時を少し過ぎたところ、まだ入塾式まで時間があるな、と確認し余裕を持って身支度を行う。
寝ぼけた顔を洗い、髪を整え、着慣れない制服を纏う。
普段は容姿に気を使わない方だが、今日ばかりはそうはいかない。
土御門家の人間として、最低限こういった儀式的なところはしっかりしなければならないと父さんに言われてきた。
鏡を見てどこもおかしなところがないことを確認して、朝食をとるためにホテルのラウンジに行く。
軽くお腹を満たして、部屋に戻り、今度はチェックアウトをするために受付へ赴く。
チェックアウトを済ませた後、ホテルから出ると、さわやかな風に揺られながら桜が中空を舞っていた。
「よし、それじゃあ行きますか」
立ち並ぶ桜、心地のよい風、この
その終わりが、陰陽塾にいることを、このときの僕はまだ知らない。
長くなりすぎたので前後編に分けます。