夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-1. 入塾(中編)

「あら? あなた、入塾生?」

 

陰陽塾に到着すると、背後から声がかかった。

女子の白い制服に身を包み、栗色の髪をハーフアップにまとめた闊達そうな女子生徒。

 

「ええ、本日からこの陰陽塾へ通うことになりました。

 あなたは?」

 

京子は「ん、ん……」と軽く咳払いをして

 

「あたしはこの陰陽塾の二年、倉橋京子といいます。

 きみは――――」

 

倉橋、倉橋……

――――昔、家の庭でリボンを無くしたあのお嬢様か。

なるほど、よく見てみると、むかしの印象そのままじゃないか。

勝気そうな、お嬢様然とした雰囲気。

昔みたあの子がそのまま大きくなったような、そんな感じだ。

 

「僕は土御門碧です。

 ――――お久しぶりです、お嬢様」

 

それを聞いた瞬間、京子は電撃に撃たれたかのように固まった。

 

 

「……僕もそのうち会うとは思ってはいたんですよ。 倉橋のお嬢様ですし。

 でも、まあ、まさかこんなに早く、しかも初めてあった塾生がお嬢様とは想像できませんでした」

 

あの日、自分でなくしたリボンを僕に強制的に探させた記憶が蘇り、ちょっと意地悪してやろうと魔がさしたのである。

それがいけなかった。

 

「っ~~~~ちょっと、そのお嬢様っていうの、やめてくれない?」

 

羞恥と後悔が入り交じった表情をしながら、しかし視線だけで僕を今すぐココで殺れるような顔をし、僕に訴えてきた。

少し調子に乗りすぎたようだ。 うん、先輩を弄るのはよくない。

 

「ごめんなさい、調子に乗りすぎました。

 許して下さい京子先輩」

 

僕はすぐさま弄ったことを素直に謝った。

彼女はため息をつきながら、「もういいわ」と呟いた。

どうやら許してくれるようだ。

 

 

「でもホント久しぶりね」

 

「そうですね、10年ぶりくらいですか?」

 

そんなわけないでしょ? あなた適当ね、などと僕が適当に言ったことに対して軽く突っ込みを入れられながら、昔話をしていく。

そんな話の中、京子から

 

「そういえば、碧くんって夏目くんの弟なの? 宗家なのよね?」

 

こんな質問をされた。

夏目くん、ね。

どうやら姉さんは彼女には男で通しているみたいだな。

 

「ええ、夏目は僕の兄さんです。 ちなみに春虎兄さんは従兄弟にあたります」

 

「……ちょっとびっくりね。 あのバカをちゃんと兄さんと呼ぶ弟がいるなんて。 なんか新鮮だわ――――」

 

「そうですか? 春虎兄さんしっかりしていると思うけどなぁ」

 

姉さんに対する接し方を見てても二人はお似合いだと思うし、人当たりの良さとか見ても尊敬の対象になると僕は考えている。

勉強が出来て尊敬されるタイプではなく、その性格から人気者になるタイプなので軽く見られがちなのかもしれない。

 

「ふーん……まあいいわ。

 それよりも中に入りましょうか?」

 

あ、軽く流された。 あまり興味ないのかな。

あの日、一緒にリボン探したというのに、不憫だ。

そんなことを考えながら塾舎の入り口に向かった。

 

塾舎の正面入り口は、間に短いスペースを置いた二重の自動ドア。

大きな会社や美術・博物館などでみられる風除室を備えた構造になっていた。

しかし、この塾舎の風除室は本来の建物内に風が吹き抜けるのを防ぐという役割とは別の意味があった。

左右に配置された獅子の石像。

ただの石像ではない。 式神だ。

 

「京子先輩、これは?」

 

「これ? あたしのお祖母様……塾長の式神で右がアルファ、左がオメガというのよ」

 

「左様。 とはいえ、そこいらの市販品と同様に見てもらっては困る」

 

「然り。 我ら、塾長自ら呪力を吹き込まれし高等人造式、アルファとオメガである。

 主命により、陰陽塾開塾以来、その番を司っておる」

 

狛犬の石像がしゃべる、しかもちょっと偉そうにしゃべる珍しい姿を見て、僕は感嘆のあまり発する言葉を失った。

見た目は石で作られた狛犬の彫り物に過ぎない彼らがしゃべる姿は、まるで精巧な3D映画を見せられている気分だった。

 

「自己紹介どうもありがとうございます。

 なかなか石像がしゃべる姿はお目にかかれるものでもないので驚きました。

 僕は土御門碧です。 今日この陰陽塾へ入塾することとなりました。

 これからよろしくおねがいします」

 

「よろしい。 土御門碧。 声紋と霊気を確認し、登録した」

 

「我らは汝を歓迎する。 学友と切磋琢磨し、よき陰陽師となるべく精進するがよい」

 

アルファとオメガは偉そうでいて、しかし礼儀正しく告げた。

このアルファとオメガがこの塾舎のセキュリティを司っているようだ。

外部の人間は最初にここで自己紹介することで、予め来訪が予定されていた人間を照合、この塾舎のセキュリティ登録処理が施されるのだろう。

 

「それじゃあ行くわよ」

 

京子に促されて入り口に歩みを進めると、

 

「待て」

 

と横からオメガから止められた。

それから少しの間を置いて口を開いた。

 

「我らが主が、汝らをお呼びだ。 汝らは直ちに塾長室に向かうがよい」

 

 

 

 

 

 

「……こっちよ」

 

塾長室があるのは、塾舎の最上階だった。

エレベーターを降り、僕は京子に促されるままに後をついて行き、廊下を奥に進む。

この塾舎の中に入ってから感じていたことだが、塾舎内の内装は意外なほどシンプルな作りをしていた。

所々に呪物や呪具が飾られており、博物館や美術館を連想させるようにも見えた。

壁に飾られた鎧甲や煤けた錫杖、金襴の包囲、封のされた日本刀、などなど。

しかしこれらはただ飾られているだけ。

人、物、呪的、霊的存在に対して何か影響を及ぼす……端的にいえばトラップと呼べるものは一つもなかった。

陰陽塾という国内最大の陰陽術師の育成機関というからには、もっとこうドロドロとしたものを想像していたし、

何やらすごいトラップなどがあるのかと考えていた僕にとっては少し拍子抜けであった。

そんなことを考えながら歩いていると、どうやら塾長室の前に辿り着いたようだ。

味気ないごくごく普通のドアに、シンプルな「塾長室」のプレート。

京子が「ここよ」と呟いたあと、ドアをノックする。

少しの間があった後、

 

「どうぞ」

 

中から声がした。

 

「――――失礼します」

 

京子がドアをつかみ、声を掛けてドアを開けた。

僕も京子に続き中へ入る。

 

「――――」

 

部屋の中の雰囲気は先ほど歩いてきた外とはまた違ったもので、セピア色で統一されたレトロな部屋だった。

部屋の両側には壁を埋め尽くす書架。

まるで書架の道であるかのような、その大きな道の奥にこの部屋の主が存在していた。

この方が京子のお祖母さんで、この陰陽塾の塾長ですか。

なるほど、一見して品のいい小柄なお婆さんではあるが、その実、この部屋に足を踏み入れた時から僕を値踏みするかのように部屋のあらゆるところから視線を感じていた。

そんな態度とは裏腹に塾長は

 

「ようこそ。 お待ちしていましたよ」

 

何もないかのように言ってきた。

この婆さん……

僕は油断しないように婆さんを見る。

 

「土御門碧さん。 初めまして、塾長の倉橋美代です。

 そちらにいる京子さんの祖母でもあります」

 

「……どうも」

 

隣の京子は何か言いたげであった。

素っ気ない挨拶になってしまったが、こんな腹の探り合いのようなことをされれば仕方がない。

僕が挨拶をし、そして、倉橋塾長に促されるままに、彼女のデスクの前に移動した。

塾長の前に立つ。

そんな僕をしげしげと眺めた後、不意に唇を綻ばせた。

 

「なるほど」

 

なるほど、じゃねーよ。

内心で毒づきつつ塾長の言葉を待った。

すると、先ほどから感じていた視線が突然消えた。

 

「ごめんなさい。 あなたのことに興味があって少しばかり観察させてもらったわ」

 

倉橋塾長はケラケラと笑いながらそんなことを言い放った。

京子はギョッとした表情をして顔をこわばらせていた。

 

「……できれば今後はやめていただきたいですね。

 この部屋に入った時から何をされるのかと思って警戒してしまいました」

 

「ごめんなさいね。

 土御門碧さん。 あなたのことは泰純さんや鷹寛さん、千鶴さんから聞いています。

 それに夏目さんからもね。

 ――――それで少し試してみたくなったの」

 

僕は頭を抱える。

人づてに何を聞いたのか知らないが、入塾生捕まえて何をしているんだ、この婆さんは。

隣でも京子が何やら抗議している。

お嬢様な性格の京子でもこの婆さんには思うところがあったのだろう。

 

「……倉橋塾長、あまりいい性格とはいえないみたいですね」

 

「あら、そうかしら? 私は面白かったのですが」

 

あんたが面白かっただけか!

なるほど、陰陽塾の塾長クラスともなれば、こういうことも平気でしてくるわけか。

まったく、いい勉強になったよ。

 

「……もういいです。

 それで、僕をここに呼んだ理由をお聞かせ願いたいのですが」

 

「あら、つまらない。

 もっと突っ込んでくるかと思ったのに。

 ……まあいいわ」

 

塾長は一呼吸置いた。

そして

 

「陰陽庁にいる知り合いから、昨年の夏にあなたの実家で起きた事件について聞きました」

 

京子は何、何の話? といった表情である。

夏に起きた事件。

大連寺鈴鹿が起こした泰山府君祭未遂事件である。

彼女の起こした事件は世間一般には伏せられている。

いや、揉み消されたといった方が正しいか。

建前としては彼女が未成年だからという理由になるが、実際の事情はより政治的で、世論に与える影響を最小限に留めるためだ。

大連寺鈴鹿は国家一級陰陽術師――――通称「十二神将」の一人であり、陰陽師の中でもエリート中のエリートだった。

陰陽庁としては、そんなエリートの不祥事を、可能な限り隠蔽したかったのである。

――――表の理由としては。

 

「あなた、あの事件で大連寺鈴鹿さんと顔を合わせていますね?」

 

「ええ。 ですが、それが何か?」

 

「その大連寺鈴鹿さんが、あなたと同じく、この塾舎へ入塾します。

 これは陰陽庁の意向で決定しました」

 

陰陽庁の意向……ね。

表向き、先の事件のペナルティといったところか。

僕は話の続きを静かに聞く。

 

「そこであなたに頼みたいことがあります。

 大連寺鈴鹿は周知の通り国家一級陰陽師として有名ですが、実は彼女、家庭の事情からこういった人の集まるところで学んだことがありません。

 それに陰陽庁の知り合いからは性格も難しい子だと聞いています。

 そんな彼女には塾舎でサポートしてくれる方が必要だとは思いませんか?」

 

「思いません」

 

僕は間髪入れずに、そう言いきった。

あの大人を相手にしてもやっていけそうな勝ち気な性格ならどこに行っても大丈夫だ。

僕は純粋にそう思っている。

 

「あら? あなた案外冷たいのね。 でも……」

 

なんだ? 今度は何を言い出すつもりだこの婆さん。

 

「あなた、陰陽二種を取得していましたね?」

 

「取得しましたが、それが何か?」

 

「二種を取得していて、この陰陽塾に入塾する必要があるのですか?」

 

「それは僕の都合で、そちらが特に気にすることではないのではないでしょうか?」

 

「でも、この陰陽塾は陰陽師育成機関なんですよ。

 既に二種を持っているあなたが、この陰陽塾で何を学ぶというのです」

 

「……何がいいたいのでしょうか?」

 

倉橋塾長は一呼吸付いた後、権限を最大限に利用した暴挙に打って出た。

 

「私の権限であなたの入塾を拒否することもできるのですよ?」

 

一見、職権乱用とも取れるこの行動だが、実に効果的な手だった。

会話の中でもあるように倉橋塾長は陰陽庁との繋がりがある。

しかも先の事件を知っているごく一部の関係者との繋がりがあるようだ。

もしかしたら双角会とも繋がりがあるのかもしれない。

そうでなくともアルファとオメガが言っていたように開塾以来ずっと塾長という地位にいる時点で、一塾生の入塾を握りつぶすなど造作もないことなのだろう。

別に入塾を潰されたところで、中卒になるだけで別段困ることはないのだが、せっかくみんなが陰陽塾へ入塾することを喜んでくれたんだ。

いいだろう……

この婆さんのやり方は気に入らないが、ここは倉橋塾長の案を受け入れよう。

 

「――――わかりました。 大連寺鈴鹿のサポート役をやればいいんですね」

 

「理解が早くて助かるわ」

 

見た目は上品で温厚そうなお婆さんなのだが、ずいぶんな物言いをする人だ。

もっともこういう人でないと、この陰陽塾の運営はできないのかもしれない。

 

僕は溜息をつく。

この婆さんとのやりとりは精神的に疲れるな。

話が終わったのなら、早々に立ち去りたいところだ。

僕はこの場から離れるために話を切り出す。

 

「――――話はそれだけでしょうか? なら――――」

 

「ああ。 あと、もうひとつ。

 これは老婆心からのアドバイスですが」

 

と、やや意味ありげな口ぶりで前置きをしてから、面白がるような眼差しで僕を見つめた。

いや、この婆さん完全に面白がっているな。

 

「夏目さんにまつわる噂について――――」

 

噂というのは、姉さんが土御門夜光の生まれ変わりだということだろう。

 

「土御門夜光の生まれ変わりという噂ですね」

 

倉橋塾長は首肯にて反応を示す。

 

「そうです。

 あの噂のせいで、夏目さんは塾内でも特別な関心を持たれているわ。

 それは時として悪意を持った人たちに関心を持たれ、様々な事件に巻き込まれたりすることもあるわ。

 京子さん、あなたも関わっているからわかるわね?

 ――――そしてそれは、夏目さんの弟であるあなたにも向かうでしょう」

 

父さんから話は聞いていた。

姉さんや春虎兄さん達が、双角会からの襲撃を受けたり、霊災を修祓するために陰陽庁にかり出されたりしていたらしい。

 

「何か困ったことがあれば相談に乗るし、私に言いにくいようなら担任の講師か――――

 そうですね、京子さんや夏目さんの担任の先生でもある大友先生、彼に相談して下さい。

 私たちに出来る範囲で、力になります」

 

一応、塾長という立場から僕のことを心配してくれているらしい。

ありがたい申し出だと思う。

これが、普通の、一般の人から言われたのならば――――。

僕はげんなりしながら溜息をついた。

 

何か困ったことがあれば、倉橋塾長や講師の力を借りられる。

純粋に言葉だけを聞けば、塾生という立場からすれば実に頼もしい。

ありがたい申し出に聞こえる。

だが、しかし、この申し出には表向きの好意とは対照的な、悪意……とまでは言わないが、裏がある。

姉さんを巡って発生しうる問題に巻き込まれる可能性の高い僕にとって、倉橋塾長の後ろ盾は魅力的な力になるだろう。

だがそれは、僕が倉橋塾長を頼るということは、僕がそれだけ倉橋塾長に依存すること他ならないのである。

これからの塾生生活において些細なことでも頼ってしまうことがあるかもしれない。

そして一度その力に頼ってしまうとなし崩し的に頼ることになってしまい、倉橋塾長への依存度が増していく。

倉橋塾長は僕の深層心理に、自分との関わりを絶てなくするよう「呪い」をかけたのだ。

 

「私としては、あなたには、そういうことにも早くなれて欲しいと思っています」

 

と、この婆さんは面白がるような表情をしながら言ってくる。

話した内容と表情が一致していないのだが……

 

「……なるべく塾長をはじめ、講師の方々に面倒をかけないようにします」

 

「あら、つれないのね。 夏目さんはもっと純粋な子でしたよ」

 

「っ、――――兄さんは真っ直ぐにすくすくと育った純粋な人なんです。

 僕や倉橋塾長みたいにドロドロとしていませんから」

 

「まあ、いいでしょう。

 でも、これから先ずっとこの問題はつきまとうことですからね」

 

自分の力を過信するわけではないが、自分と周りにいる人間くらいなんとかするさ。

今までそうしてきたように、これから先も。

土御門宗家に生まれた時点で、その覚悟はできていたはずだ。

そう自身に言い聞かせながら、先ほどの倉橋塾長の話に強く自制をかけようと心に決めた。

 

そんな僕を倉橋塾長は見つめ、あきらめとも取れる表情をしたあと、穏やかな表情をした。

そして、

 

「ところで、これは好奇心から聞くのですが、あなたたちは土御門夜光に対して、どんな印象を持っていますか?」

 

「さあ……どんな印象と言われても――――」

 

僕にとってはやっかいごとの種でしかない。

夜光信者などはその最たる物である。

しかし、これは夜光……というよりも、周りが作り上げた夜光の虚像によって起きた問題だ。

僕にとって土御門夜光個人の印象は、そうだな……

 

「ご先祖様という印象しかないですね。

 夜光個人がどのような人物だったのか僕は知りませんので」

 

倉橋塾長は「なるほどね」と呟いた。

 

「――――将棋がね、好きだったんですよ」

 

塾長は言った。

 

「でも弱くてね。

 へぼ将棋っていうのかしら? 弱いのにすきでやろうやろうって――――

 そのくせ負けると拗ねるもんだから、みんなとても迷惑していましたよ。

 もっとも、私は感謝していますけどね。

 あの人が無理矢理教えてくれなければ、たぶん生涯将棋なんてわからなかったでしょうから」

 

懐かしむように笑いながら言った。

土御門夜光……大戦前に名を馳せた、現代陰陽術の祖であるが、まだ60、70年前のことである。

現代に夜光に会っている人が生存していてもおかしくないが、目の前にいる人物がそれだったことに僕は少し興味がわいた。

 

「倉橋塾長は夜光とは親しかったみたいですね。

 その夜光の話、興味があるのですが、夜光はどのような人だったんですか?

 先ほど言ったように、僕にとって夜光はご先祖様でしかありません。

 それ以外ではやっかいごとの種を持ってくるといった感じでしょうか。

 とにかく、夜光個人についてまったく知らないので」

 

「そうですね……。

 あなたはご先祖様と、遠い歴史上の人物を語るように言いますが、あなたと同じように、土御門家に生まれ、青年時代を送り、それから才能を開花させて、時代の激流に飲み込まれて行ったんです。

 尋常な人生でなかったことは確かですけど、笑いもすれば泣きもする。

 普通の人間だったのよ」

 

夜光に酔狂する人が現代にもいるくらいだから、もっと狂気的な人物だと思っていたが、才能があっただけの普通の人のようだ。

夜光個人がどうというより、周りの人間が作り上げた虚像が優秀だったのかもしれない。

 

「……意外です。 もっと狂気的な人物かと思っていました」

 

「そんなことはないのですよ。

 でも、夜光本人は普通でも、夜光を英雄視し、神格化している人たちがいることを、あなたは知っていますか?」

 

「ええ、夜光信者と呼ばれる人たちですね」

 

「そう、彼らは夜光にも普通の人格があったことを無視し、盲目的に彼を祭り上げる。

 ……残念なことに、夏目さんのことは彼らにも知れ渡っていて、実際に接触されたこともあります」

 

「……父から話は聞いています。

 その節は兄絡みの事件に京子先輩も巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」

 

僕は隣にいる京子に視線をやり、謝罪をする。

事の発端は夜光信者が陰陽塾の講師に扮し姉さんに接触したときのこと。

姉さんは捕まり、姉さんを追った人たちの中に京子も含まれていたことだ。

夜光信者は強力な式神を繰り出し、一歩間違えれば死んでいたかもしれない事件だけに、身内の問題に京子を巻き込んだことを申し訳なく思う。

京子は両手をぶんぶん振り、「全然、あたしが好きでしたことだから」と言ってくれた。

倉橋塾長も、

 

「京子さんが好きでやったことなので、そのことはいいのです。 身内としては心配ですが……。

 それにこれは陰陽塾内の事件なので、生徒を守れなかった私に一番の責任があります。

 ただ、今後もこのような危険性は続くでしょう。

 私たちもそういったものからできるだけ守れるようにしようと努力します。

 しかし情けない話になりますが、完全にそれを消し去ることはできません。

 理不尽なことなのかもしれないですけど、それが現実ですからね」

 

倉橋塾長は厳しい表情で告げる。

倉橋塾長の言わんとすることはわかる。

たとえ塾内であっても誰が夜光信者なのか特定できるわけではない。

陰陽塾は陰陽師育成機関、つまり陰陽庁の組織の一部である。

陰陽庁が陰陽塾に夜光信者の講師を送り込んだりすることは造作もないことで、そんな環境の中、完全に姉さんと夜光信者を引き離すのは不可能だ。

 

「承知しています。

 夜光信者が何を目的に行動しているのか、僕は知りません。

 ――――しかし、彼らが盲目的に夜光を見てしまう。

 そして兄さんを中心に事件を起こす。

 誰が仕組んだことなのか今はまだわかりませんが、このようなこと――――

 いえ、このくだらない乙種呪術を続けるのであれば、僕は――――」

 

一呼吸置く。

 

「僕は、どのような手段を使っても必ず彼らを叩きつぶす。

 ――――それが誰であろうと、絶対に」

 

隣にいる京子から息を呑む声が聞こえる。

 

イメージとは時として悪意を持つものであり、それは無関係の人を巻き込む凶器になり得るのだ。

その凶器の中心にいる僕の身を案じた塾長に対して、僕はこの場で明確に答えを出した。

真っ直ぐに倉橋塾長を見る。

そんな僕に倉橋塾長は厳しい表情で、しかし唇の端に笑いを挟んでいた。

 

「……どうやらあなたには無用な心配だったみたいね。

 泰純さんたちから聞いていましたけど、ええ、本当にあなたは私たちと同じ陰陽師なのですね。

 頼もしい気持ちと同時に、少しだけ寂しくもあります。

 ――――でも、碧さん、この陰陽塾にいる間、あなたは塾生でもあります。

 せめてこの陰陽塾にいる間は塾生の生活を満喫して下さい。

 塾長としても、また私個人としても、あなたのことは楽しみにしていますからね」

 

そう言って、塾長はにっこり笑った。

 

 

 

 

その直後だ。

まるでタイミングを見計らったように、背後のドアがノックされた。

 

「すんません……」

 

と声が掛けられ、部屋に一人の男が入ってきた。

 

「塾長、そろそろ時間ですけど、まだ掛かりそうですか?」

 

「あら、お待たせしたようですね。 ごめんなさい、先生。

 いま終わったところですよ」

 

「そらちょうどよかった」

 

部屋に入ってきた男は、眼鏡を掛けて髪に癖のある長身で細身の杖を持った男だった。

スーツを纏っているが、着古したシャツとネクタイに、よれよれのジャケットとスラックス。

せっかくスーツを着込んでいるのに台無しである。

僕と同じく、身なりにはあまり気を遣わない人なのだろうか。

歳は20代中盤くらいだろうか? いやもう少し上かもしれない。

妙に枯れている雰囲気だが、砕けたもの言いなどから若く見える。

しかし、この男のある一点に視線が集中してしまう。

右足は木製の棒状になっているのである。

そう、彼の右足は義足なのだ。

僕の視線に気がついたのか、男は笑いながら右足を掲げて見せた。

 

「僕も塾講師とはいえ、陰陽師の端くれやさかい。 このくらいのかっこいい負傷はおうてるで」

 

「失礼しました、先生。

 少々、めずらしかったものですから……

 倉橋塾長、こちらの先生は?」

 

「こちらは、京子さんや夏目さんのクラスを担当して下さっている、大友陣先生。

 こう見えて、とても優秀な方なのよ」

 

「こう見えてはないでしょう、塾長。

 まあ、ええわ。 とにかく、そういうわけやから、よろしゅう。

 学年は違うけど仲良くやっていこうやないか」

 

そう言って、大友先生は笑った。

いかにも人懐っこい笑顔だ。

 

「とにかく、行こか。

 そろそろ入塾式も始まる頃やし。

 ――――塾長、ほなら失礼します」

 

大友先生はぺこぺこ頭を下げると、僕と京子を連れて塾長室をあとにする。

 

 




前後編に分けるといったな? あれは嘘だ。
すいません、よくわからないうちに長くなりすぎて上中下3編になりました・・・

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