346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

11 / 77
11話 普通の定義とは

 

「今日も疲れたな〜」

 

 

 呑気な声を出しながら時計を見ると時刻は既に夜の8時だった。 殆どのアイドルは仕事やレッスンを終えてもう家や女子寮に帰っている頃だろう。

 

 

 アイドルは華やかな存在でキラキラしたものではあるが、それはファンに見せない裏での血の滲むような努力の上に成り立っている。346でアルバイトしていると様々な場所で努力をしているアイドルを目にすることが多い。

 

 例えばボイスレッスンだったりダンスレッスン……それ以外にもビジュアルレッスンや自分が出演する番組のことについて考えていたりと本当に忙しそうだ。

 

 

「ていうかここは設備が充実しすぎてるよなぁ」

 

 

 思わず漏れた言葉の通り346の設備はとても充実している。 アイドルのレッスンに使う設備以外にも、広い公園のような場所にカフェや仮眠室やマッサージを受ける部屋もある。

 因みにマッサージは最高なので白石くんも是非!と菜々さんにオススメされたが男も……というか社員でもアイドルでもなんでもない俺が使用できるんだろうか……

 

 

 キュッ...キュッ…キュッ…キュッ…!

 

 

「ん?」

 

 

 あそこの部屋にまだ電気がついてる……誰かレッスンしてるのかな?

 

 そういえばこの前千川さんが……

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

「そういえば白石くん、この前は迷子になった雪美ちゃんを助けてくれたらしいですね」

「あ、いや〜 雪美ちゃんはすごくしっかりとした子だったんで、多分俺が助けなくても1人で何とかできたんじゃないですかね〜」アハハ

「それでも白石くんが雪美ちゃんを助けてくれた事実に変わりはありませんよ! あ、そうだ!」

「どうしたんですか?」

「これからも、もし困っているアイドルや悩んでいるアイドルの子を見かけたら白石くん力になってあげてください♪」

「えぇ…!?そ、そんな無理ですよ! 俺音楽とかダンスのことわかんないですし、何もアドバイスとかはできませんって!」

「専門的なアドバイスじゃなくっても力になることはできますよ♪」

 

 

 む、無茶苦茶なことを言うなぁ千川さん……

 

 

「それにもし会社の中で白石くんの評判が上がればお給料が増えたりするかもしれませんよ……?」

「…………だ、騙されませんよ!」

「ふふっ……でも専門的な知識のない白石くんでも助けになることができるというのは本当ですよ? 意外とそういう一般の人目線のアドバイスが役に立ったりするもんですよ」

「そういうもんなんですかねぇ……」

「それにアドバイスじゃなくっても、例えば遅くまで居残りしている子を送ってあげたり……練習をしている子にタオルを持ってきてあげたり!」

 

 

 ん〜 まぁそのくらいなら……いや待てよ、すでに知り合った子ならともかく…話したこともないような女の子に声をかけるなんて俺にできるかな?

 

 

「う〜ん……」

「ふふっ♪ 白石くんなら大丈夫ですよ! 私とも最初に会った時より気軽に話せてますし、すぐにアイドルの子たちとも仲良くなれますよ♪」

「そうですかねぇ……」

「まぁその件についてはともかく、白石くんの仕事振りは評価できるとこだと思いますよ。これからも期待していますからね?」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 そういえばあんなこと言われてたなぁ……じゃあ今からあの部屋でレッスンしてる子に帰るように促したりした方がいいのかな…? いやでも頑張ってるアイドルにそんな水を刺すような…… とりあえず少し中を覗いてみるか。

 

 

「…………」ソ-

「はっ! ふっ! ここで……こうしてっ…」キュッ..キュッ..

 

 

 中を覗いてみると女の子がダンスの自主練をしていた。

 

 あの子見たことあるぞ……この前のライブで見たんだけど…あれ、名前なんだったっけ…?

 

 

「………ナマエ..ナンダッケナァ」ジ-

「ひっ…!」

 

 

 いやでも覚えてるんだけどなぁ、笑顔がめっちゃ可愛くて印象的な、うーん名前は……あーもう少しで出てきそう! 確か……

 

 

「あ、あの〜……」

「ん? うわぁ!?」

「わわわっ!」

 

 

 急に声かけられたから前を見たらさっきのダンスしてた女の子が俺の近くまで来ていた。ビックリして声がめっちゃ出た……

 

 

「び、びっくりしたぁ〜……」

「そ、それはこっちのセリフだと思うんですけど……」アハハ

「え?」

「だ、だって……視線を感じるなと思って振り返ったらあなたがこっちを覗いてて……」

 

 

 確かに……さっきの構図を客観的に見ると、レッスンに夢中なアイドルを覗き込んでじっと見つめる俺…… 完全に不審者だ!

 しかも明らかにこの子の方が怖かったはず…

 

 

「ご、ごめんなさい! どう考えても俺が悪いです! 本当驚かせてすいませんっ!」

「あわわっ…! そ、そんなに謝らなくても…」

「いや、あんなの通報されててもおかしくないレベルですよ!本当にすみませんでした!」

「と、とりあえず落ち着いてください〜!」

 

 

 ………………

 

 

「お、落ち着きましたか?」

「はい……」

「あはは……私あんなに綺麗な直角のお辞儀初めて見ちゃいました」

 

 

 一旦落ち着いた俺と女の子は、広いレッスンルームのど真ん中でお互い正座をして向き合っている。 側から見れば妙な光景に写ると思う。

 

 

「あの〜 それであなたは一体……」

「あ、俺はここの事務所でバイトとして雇われている白石幸輝って言います」

「バイトさんだったんですか〜 よかった〜私本当に不審者の人かと……」

「本当すいません……」

「あっ…も、もう大丈夫ですよ! え〜っと、私は島村卯月って言います。ここの事務所でアイドルを……」

「そうだ島村卯月だ!」

「え?」

「あ……」

 

 

 しまった……つい大きな声を

 

 

「わ、私のこと知ってくれているんですか?そうだとしたら嬉しいです!」

「す、すみません……また驚かせてしまって。 俺実はこの前のライブを見させてもらって、そこで島村さんを見たけど名前が思い出せなくて……あ! パフォーマンスが印象に残らなかった訳とかじゃないですよ! めっちゃ素敵でした! 歌も上手でダンスもかわいくて……あとめっちゃ笑顔が素敵でした!」

「あのぅ……」

「な、何ですか!」

「そんなに面と向かって褒められると……は、恥ずかしいです……」

 

 島村さんは顔を真っ赤にして困ったように笑う。

 しまった、またパニクって余計なことを……

 

 

「つ、つまりはですね……バイトしてたらここの部屋に電気がついてたから中を覗いていたということです……怖がらせてしまって申し訳ないです」

「そういう事情だったんですね〜」アハハ

「そ、そうなんですよ〜」アハハ

「………………」

「………………」

 

 

 き、気まずい……事情を説明し終えたからもう何も話すことがない。このまま部屋から立ち去ってもいいのだろうか……

 

 

「あの〜」

「え?あ、はい。何ですか?」

「さっき私のライブよかったって言ってくれたじゃないですか……あれって本当ですか…?」

「え?」

「す、すいません……変なこと聞いちゃって……わ、忘れてください」

「……本当ですよ!」

「え?」

「あんなパニックになってたやつが言っても説得力が無いかもしれないけど、さっきの感想は俺の本心ですよ!」

「ほ、本当ですか……?」

「はい」

「それなら……よかったです」ニコッ

 

 

 島村さんは嬉しそうに……というよりは安心したように微笑む。

 

 

「私って普通なんですよ……顔もスタイルも性格も」

「え……」

 

 

 普通…かなぁ……? めっちゃ顔可愛いし体つきも中々に……いやイカンイカン、真面目な話っぽいからちゃんと聞かなければ。

 

 

「周りのみんなはとっても輝いてて……私はもしかしたら何にもないんじゃないかと考えてしまったことがあるんですよ。 でもそんな時にみんなやプロデューサーさんが私を勇気づけてくれたんです……!」

「素敵な話ですね……」

「はい……でもやっぱり時々少しだけ不安になってしまうこともあるんです。 今日はダンスのレッスンが上手く行かなくて…だから居残って練習していたんですよ。 でも今、白石さんが本音で私のことを褒めてくれたから……私、少し元気を貰いました」エヘヘ

「あっ……」

 

 

 千川さんの言葉を思い出す。 一般人目線の意見がたまに役に立つ…… 俺の意見が少しだけ島村さんの役に立ったのだろうか……

 

 

「……アイドルのライブが初めてだった俺ですら島村さんのステージは素敵だと感じました。 島村さんの笑顔には、人を幸せな気持ちにする力があると思います……!」

「あ、ありがとうございます! そうですよね……笑顔が取り柄の私がしょぼくれてたらいけませんよね!」

 

 

 島村さんは立ち上がり拳を握る。 さっきまでの顔つきとは違い、今はやる気と活力に溢れたような顔だ。

 

 

「そうと決まれば今日上手く出来なかった振り付けを……!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 流石に今日はもう遅いんで帰った方がいいんじゃないないですかね……?」

「え? あれ……もう夜の8時すぎだったんですね……さっき見た時はまだ6時だったんですけど、夢中で練習をしていて気づきませんでした…」アハハ-

「す、すごい集中力ですね……」

 

 

 さっき島村さんは自分に何にもないのではないかと不安になることがあると言っていたが、多分だけど島村さんは努力の天才なんだと思った。

 

 

「じゃあ今日はもう終わりに……夜も遅いので俺が車で送りますよ。もちろん会社の車なので」

「し、白石さん運転ができるんですか!?」

「うん。俺実は18歳なんですよ」

「車の運転ができるなんてすごいです……」

「そんなに凄いもんでもないですよ?」

「私なんてすぐにぶつけてしまいそうで……」

「あははっ…! 教習所で練習するから大丈夫ですよ!」

「そうですかねぇ……」

「じゃあ行きましょうか」

「はいっ! あ……」

「どうかしたんですか?」

「ちょ、ちょっとだけ待ってください……」

 

 

 島村さんは急にモジモジとしだす。 どうしたんだろうか……まさかまだ練習したいとか?でも流石にこれ以上は……

 

 

「島村さん、気持ちはわかりますけど体を休めることも大切だと思いますよ。だから今日はもう帰りましょう!」

「あ、いえ……そ、そうじゃなくて……」

「ど、どうしたんですか?」

「わ、私…今汗いっぱいかいてるので……シャツも汗でぐっしょりで、あ、汗くさいと思うので先にシャワーを浴びてきたくて……」

「あ……そ、そういうことなら……ど、どうぞ。 俺待ってるんで……」

「す、すみません……」

 

 

 島村さんは顔を真っ赤にしながら足速にその場から立ち去る。

 デリカシーってどうやったら身につくのかな…? 誰か俺に教えてください。

 

 

 

 

 

「じゃあ出発しますね」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 

 俺は島村さんを会社の車に乗せて出発する。

 さっきシャワーを浴び終えた島村さんと再会した時に、とんでもなくいい匂いがしてまたパニクってしまったのは内緒だ。

 

 

「白石さんは今大学生なんですか?」

「そうですよ。1年生です」

「じゃあ私は2年生なので私の方が先輩ですね」フンス

「え? "高校"の2年生ですよね。 流石に騙されないですよ?」

「えへへ……バレちゃいました」

「島村さんが年上だったら俺驚きますよ」

「むっ……私そんなに子どもっぽいですか?」

「そ、そういう意味じゃないですって!」

「あははっ! 冗談ですよ? 私怒ってません♪」

「い、今のは騙された……」

「ふふっ……あ、次の信号を右です」

「了解」

 

 

 島村さんを助手席に乗せて車は走り続ける。

 

 

「白石さんは男子校出身だったんですか〜」

「そうだよ。中高とずっと男子校」

「男子校ってどんな感じなんですか?」

「……アホの集まりみたいな感じかな。でも楽しかったよ」

「ふふっ……白石さん、段々と敬語がとれてきましたね。本当はそういう喋り方なんですね」

「あ、ご、ごめん……つい」

「いえいえ! 責めてるわけじゃないですよ! むしろそっちの方がいいと思います♪」

「そ、そうかな?」

「はい♪」

「でも俺あんまり女子と話慣れてないから最初はどうしても敬語になっちゃうんだよね……敬語がとれたのも島村さんが話しやすい人だからだし……」

「私も白石さんとお話するの楽しいです♪きっと相性がいいんですよ!」

「あ、相性……?」

「へ……? あ、あれ…?わ、私何言ってるんだろう……今のは忘れてください! ってそろそろ私のお家に着きますよ!もう少しです!」

「お、おぉ…」

 

 

 島村さんのその言葉は本当だったらしくその後にすぐ家へと到着した。 島村さんは車の外へ出て俺に挨拶をする。

 

 

「白石さん、今日は本当にありがとうございました!」

「いやいや、俺は別に何も」

「ふふっ♪ また事務所でお会いした時は声をかけてくださいね?」

「わ、わかったよ……アイドル頑張ってね」

「はい、島村卯月!頑張ります!ぶいっ! それでは失礼します!」

 

 

 島村さんは決めゼリフのようなものを言いながら両手でピースを作りながらニッコリと笑った。

 

 何それ可愛すぎない?破壊力がえげつないんですけど……

 

 

 あの笑顔とピースに心臓をやられかけたが何とか持ち直して車を走らせる。

 

 

「じゃあ車を返して俺も家に帰りますか〜」

 

 

 その後、何度か運転中に島村さんのエヘ顔ダブルピースを思い出して危なかった……

 あれはもはや兵器だ…

 

 

 




よろしければ感想・評価よろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。