346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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14話 何事も練習は大事

 

 最近ようやくこの事務所の構造にも慣れてきたかもしれない。 まだどこかわからないって場所はあるけど最初の頃に比べたら色々とわかってきたぞ。

 

 とりあえず今日はもう仕事が終わったので帰るとしよう……

 

 

「ん? なんだアレ?」

 

 

 事務所内の庭にあるベンチで女の子が1人、魂が抜けたように口を開けて上を向いている。

 

 

「…………」

 

 

 ここですごい女の子に対してコミュ力のあるやつなら「大丈夫ですか?」なんて声をかけるのかもしれない。 だけど俺に知り合いでもない女の子にいきなり話しかける度胸はない。

 

 

「……………」チラッ

 

 

 知り合いであれば声はかけたかもしれないから…… なんて言い訳を心の中でしつつ、放心少女を横目で確認しつつ前を通り過ぎようとする。

 

 

「……うぅ…」グスッ

「……!?」

 

 

 な、泣き出しちゃったぞこの子……さ、流石にこの状況で無視することはできないよなぁ……

 

 

「あ、あの〜 大丈夫ですか?」

「グスッ……え? あ、あぁ……うん。大丈夫だよ?」

 

 

 女の子は涙をゴシゴシと拭くと俺に返事をしてくれるが、誰だこいつ?みたいな表情をしている……そりゃそうなるよね。

 

 

「あの〜 気のせいじゃなければ泣いていたように見えたんですけど、何かあったんですか?」

「……ちょっとだけ後悔しててね」

 

 

 女の子はゆっくりと語り出した。 よかった〜 これで「お前誰だよ、気持ち悪いから話しかけんな!」とか言われてたら心に大きな傷を負うとこだった。

 

 改めて女の子のことを観察すると、長い髪にぱっちりとした目、そして猫のヘアピンのようなものを着けている……多分アイドルだろう。

 

 

「今度ね、ウチの事務所とキャッツとでちょっとしたコラボをするらしくてね……」

「キャッツ? キャッツってあの野球チームのやつですよね?」

「キャッツのこと知ってるの!? もしかしてキミもキャッツのこと好き!?」

「うわっ……い、いや〜 別に特別好きなわけでは……でも知ってる選手とかはいますよ」

「そっか〜 キャッツのファンってわけじゃないか〜」

 

 

 キャッツについて言及した瞬間にすげぇ元気になったな……あれが本来のこの子なのかもしれない。

 

 

「それでそのコラボがどうしたんですか?」

「あぁ……うん、 その企画の内容がね? 球場で販売するご飯を私たちが考案するってやつなんだけどさ〜」

「球場飯ってやつですよね? すごいじゃないですか」

「でもでも! アイドル何人かでコンペをすることになっちゃってさ〜 その中で1番良かった子のメニューが期間限定で販売されるんだって……」

「コンペってプレゼン大会みたいなやつですよね……? それで悩んでいたんですか?」

「うん……」

 

 

 話が見えてきたな……キャッツのことが余程好きなんだろうなこの子は。

 

 

「でも料理が得意な子が今回の企画にはたくさん呼ばれててさ〜」

「あなたは違うんですか?」

「アタシはほら……野球アイドルみたいなモンだからそのよしみで呼んでもらった的な」

「それで料理ができないことに後悔していたと?」

「そうだよ〜 うが〜!こんなことなら料理の練習とか真面目にしておくべきだった〜!」

 

 

 女の子は大きな声を出して頭を抱えている。本気で後悔しているみたいだし、なんとかして元気を出してもらいたいが……俺にできることなんてこれを言うことぐらいだよなぁ。

 

 

「じゃあ練習をすればいいんですよ!」

「練習……?」

「そうですよ! コンペは何日後なんですか?」

「えーっと……確か1週間後くらい?」

「ならそれまでにできる限りの練習をしましょうよ! 野球だってアイドルだって練習を頑張るから本番で力を発揮できるんじゃないですか!」

「…………」

 

 

 どうだろう、これでこの子が元気になってくれるならいいけど……

 

 

「そうだね……ここでしょぼくれてても意味ないよね! それにやるだけやって負けたなら納得もいくし……決めたよ! アタシ練習をするよ!」

「そうですか、じゃあ頑張ってください! 俺も陰ながら応援して………!」グイッ

「よ〜しそれじゃあ気合い入れていくぞ〜!」

「ちょ、ちょっと!」

 

 

 そうして俺は元気を取り戻した女の子に手を引かれていった……

 

 

 

「到着!」

「ここは……給湯室?」

「そうだよ〜 ここなら練習できるからね!」

 

 

 俺が連れてこられたのは給湯室のようだ。でも流石は346、給湯室もすごく綺麗だし広い……

 

 

「えーっと……あれ?そういえばまだ名前言ってなかったね。 アタシは姫川友紀! よろしくね!」

「あ、俺は白石幸輝、18歳です。ここでバイトをしています。」

「バイトだったんだ〜 なんか若そうだから社員さんなのかな〜って疑問に思ってたけどなるほどね〜」

 

 

 姫川さんは俺に話しかけながら冷蔵庫の中の卵を取り出す。

 

 

「勝手に使っていいんですか?」

「大丈夫大丈夫〜」

 

 

 本当に大丈夫なのかなぁ……まぁ姫川さんがそう言うなら信じるしかないけど。

 

 

「それで、その卵どうするんですか?」

「まずはアタシの料理の腕前を見てもらおうと思ってね〜 ちょっとだけ待ってて!」

 

 

 姫川さんはそう言うと、料理ができないと言う割にはテキパキと作業を進めていく。 動きに迷いがない……実は謙遜してただけである程度は料理できるんじゃないか?

 

 

 

 

「できた〜! ほらほら〜感想をどうぞ!」

「えっ……これなんですか?」

「卵焼き!」

 

 

 自信満々に言うけど……これ卵焼きっていうよりはほとんどスクランブルエッグだし、なんか所々黒いし……

 

 

「さぁさぁ!」

「う……い、いただきます」パクッ

 

 

 もぐもぐもぐもぐ………

 

 

「ど、どう!?」

「まずいです……」

「そ、そんなぁ〜!」

 

 

 いや普通にまずい……黒い部分は普通に焦げてるだけで苦いし、そもそも卵焼きに味がついてない……

 

 

「姫川さん、これ味付けとかしましたか?」

「……? 卵焼きって卵割って焼くだけじゃないの?」

「いや砂糖とか入れるでしょうよ……」

「えっー! そうだったんだー!」

 

 

 あ、この人多分本物に料理したことない人だ。 これじゃあとてもコンペで勝つのは……

 

 

「うぅ……」シュン

 

 

 でもこのままじゃいくらなんでも……

 

 

「確かに姫川さんの料理は美味しくないです」

「うっ……はっきりと言うね……」

「ここで嘘ついても仕方ないじゃないですか」

「うぅ〜」

「だから、せめて少しでも良くなるために何回も練習しましょう。 俺でよければいくらでも付き合いますから……乗りかかった船ですし」

「あ、ありがと〜! そうだよね……今は育成選手だけど練習すればいつかはオールスターに出るような選手に!」

「まぁ流石に1週間じゃ無理ですけど……」

「ず、ズバッと言い切るね」

 

 

 う〜ん……でもどうすればいいんだろうか。姫川さんにあんまり難しい料理は無理だろうし、かといってそんな簡単なものでコンペに勝てるのだろうか……

 

 

「うーん……あ!」

「なんか思いついたんですか?」

「こういう時は逆転の発想だよ! 料理じゃなくてシチュエーションを上手く使うんだよ!」

「はい?」

「いいから! とりあえず一回外に出てみてよっ……!」

「ちょ、ちょっと……」

 

 

 バタン

 

 結局姫川さんに押されて部屋の外に出てしまった。 家を追い出されたやつみたいだなぁ……

 

 

「入っていいよ〜」

 

 ガチャ

 

 

「一体何をするんですか……え?」

「おかえりなさい〜あなた! 美味しいご飯ができてるよ〜! さぁさぁ! 早く一緒に食べよ?」

「え、えぇ?」

 

 

 部屋の中に入るとエプロンをつけた姫川さんが出迎えてくれて、腕を掴んでぐいぐいと中に引っ張ってくる。

 

 ていうかあなた? もしかして家族ごっこのつもりなのかな?

 

 

「今日はあなたのために頑張ってお料理したんだよ? はい!大好きな卵焼きだよ!」

「ちょ、ちょっと……」

「ほらほら!」

 

 

 さっき作った卵焼き?と箸を渡されて、言われるがままに口に運ぶ。

 

 もぐもぐもぐ

 

 なるほど……確かにあまり美味しくなくても恋人の手作り料理だと思えば気持ち的にはさっきよりいいものに思えてくる………いや

 

 

「やっぱりまずいですよ」

「が〜ん!」

「というかそもそもこれをコンペでやるつもりなんですか?」

「そ、そう言われてみればそうだね……」

 

 

 そんなわけで結局振り出しに戻ってしまう。

 

 

「…………」

「うーむ……」

「やっぱり何か1つ……今回のコンペのためだけのメニューを極めるのがいいと思うんですよ。 そもそもの料理スキルは1週間で追いつけるものではないですし」

「そうだね〜」

「やっぱりコラボだからキャッツと関係性があるものを作るとか……」

「キャッツとの関係性?」

「例えばですけどキャッツのイメージカラーはオレンジだからそういう色の料理とか」

「なるほどね〜」

 

 

 とは言ってみたものの……さっぱり俺には思いつかない。

 

 

「あ! ちょっといいものを思いついちゃったかも!」

「本当ですか!」

「こういうのはどうかな? 」

「……いいんじゃないですか? これなら料理が得意じゃない姫川さんでも作れるし、何より球場で食べやすいと思いますよ」

「よ〜し! じゃあコンペまでの間にこれを極めるぞ〜!」

 

 

 そうして友紀さんはコンペまでの数日間、その思いついたメニューを少しでも上手く作れるように励んだそうだ……

 

 

 そしてコンペ当日……

 

 

「それでは只今よりコンペを始めたいと思います。 まずは姫川さん、実際に調理をお願いします。」

「はい! アタシが今回考案したメニューは……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした、姫川さん」

「あぁ〜……うぅ〜」

 

 

 俺と姫川さんはコンペから数日後に、2人で練習場として使った給湯室に再び集まっていた。

 

 

「おーい、いつまで唸ってるんですか?」

「うぅ〜 だってぇ〜」

「落選しちゃったもんはしょうがないですよ」

「はぁ〜 いけると思ってたんだけどな〜 ねこっぴーおむすび……」

 

 

 姫川さんがあの日考えついたのは、キャッツ公式マスコットのねこっぴーの顔をしたおにぎりだった。簡単に説明すると海苔とかハムを上手に使って作るキャラ弁のようなものだな。

 

 

「まぁやれるだけやってダメだったんだから仕方ないですよ」アハハ

「そうだよね……そもそもアタシがまともに審査してもらえるメニュー作っただけでもすごいことなんだよ!」

「その通りですよ!」

「そこはそんなことないって言うとこだよ!」

「えぇ……」

「でも優勝したあのメニュー……あれは凄かったなぁ〜 絶対に売れると思うよ。 容器の中に出汁が入っててさ〜 その中に野球ボールみたいに丸めたご飯が入ってて、それを割ったら具がすごい出てくるんだよ! 美味しそうだった〜!」

「おむすびの上位互換みたいな感じですね〜」

「ガクッ……はぁ、もうしばらく料理はいいかな〜」

 

 

 姫川さんはテーブルに顔をくっつけてため息をつく。

 これを機に料理に目覚める! なんてことはなかったようだ。

 

 

「あ、でもね?あれから卵焼きはちょっと練習したりしてるんだ〜!」

「へぇ〜 それはまたどうしてですか?」

「えへへっ……いつか白石くんにアタシの卵焼きを美味しいって言わせたいからね!」ニコッ

 

 

 

 ……今のすごいキュンときた。流石アイドル。

 

 

「ま、まぁ練習することはいいことなんじゃないですかね〜?」

「でしょでしょ!」

 

 

 ちょっとだけキョドッて疑問系みたいになっちゃったよ……

 

 

「まぁ今日はそれよりお疲れ様会だからね! よいしょっ……」ゴトッ

 

 

 姫川さんが取り出したのは……買い物袋のようなものだ。 中身は見えないけど重そうな音がしたぞ……

 

 

「なんですかそれ?」

「ん? アタシの元気の源……じゃーん!」

「え! そ、それ缶ビールじゃないですか!」

「そうだよ〜♪ あ、白石くんはまだ飲んじゃダメだからね?18歳だし。 そっちのオレンジジュース飲んでね?」

「姫川さんもダメだって! 未成年アイドルが飲酒なんて……バレたらめちゃくちゃやばいんじゃ……」

「へ? アタシ未成年じゃないよ?」カシュッ...

「もう開けてるし!……って、え?」

 

 

 今なんて……?

 

 

「だからアタシはもう成人済みだよ」

「え、えぇぇっ!?」

「むっ……失礼しちゃうなぁ〜 アタシは20歳だよ! 年上のおねーさんだよ!」

「う、嘘だぁ……」

「そんなに信じられないかなぁ……アタシ一人暮らししてるんだよ?」

「ちゃ、ちゃんと生活できてるんですか…?」

「ちょ、ちょっとぉ〜! 確かに料理はできないけど……買ってきたり外で食べたりできるでしょ〜!」

「洗濯とかも自分でしてるんですか?」

「あ、当たり前でしょ!」

「えぇぇ……」

「信じてないね……?」

「正直に言うと、はい」

 

 

 だって……申し訳ないけど全く大人には見えないからなぁ…… 見た目も童顔だけど、それ以上に言動がね。

 

 

「じゃあ事務所の公式プロフィール見てみればいいじゃん……そこに20歳って乗ってるから」

 

 

 俺は手元のスマホですぐに調べる。

 

 

「えーっと……姫川友紀、161cm、体重は…」

「そ、そこはいいから年齢を見てよっ!」

「年齢20歳……ま、マジかぁ…」

「ほら〜!」

「えぇ……」

 

 

 いやぁ〜 これは流石に驚いた。 なんなら年下かもとか思ってたのにまさか年上で成人済みとは……

 

 

「………まじかぁ」

「まだ信じてないの!? むきぃ〜! アタシより年下なのに生意気だぞ〜!」バタバタ

 

 

 そう言ってビールを飲みながら地団駄を踏む友紀さんはやはりどうしても成人済みの大人には見えない。

 

 でもそんな親しみやすい所がきっとこの人のいいところなんだろうな……

 

 

 その後は拗ねてしまった姫川さんに謝って、すぐに機嫌がよくなった姫川さんとのプチお疲れ様会を楽しんだ。

 

 

 




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