346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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18話 海を見るとテンションが上がる

 

「いい天気だなぁ」

 

 

 どこまでも広がる青い空、心地良い波の音、鼻に残る潮の香り。

 

 そう、いきなりだが俺は海へとやって来ていた。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

 遡ること1週間程前……

 

 

「白石くん、来週の土曜日は1日中シフトが入っていますよね?」

「あ、はい」

「実はその日に少し遠くの場所での業務をお願いしようかと思っているんですけど」

 

 

 いつも通り俺はバイトを終えてその日の報告を千川さんにしていたのだが、急に千川さんからそんな話をされた。

 いつもと違う仕事という単語に一抹の不安を覚えたが、とりあえず話だけは聞いてみようということで千川さんとの会話を続ける。

 

 

「へぇ〜 どんな仕事なんですか?」

「少し遠出をしてもらって、そこでの撮影のお手伝いをしてもらいたいんです」

「お手伝いって言ったらいつも通り雑用ですよね? 器材運んだりすればいいんですか?」

「はいっ♪ その場での指示に従って動いてもらうことになります。 あ、もちろん専門的なお仕事はないので安心してください。あくまでも力仕事や送迎なんかです」

 

 

 なるほどなるほど……まぁようするにいつもと変わらないってことか、ただ行く場所が遠いってだけで。それなら俺にもできそうかな。

 

 

「全然大丈夫ですよ。やります」

「本当ですか? ではお願いします♪」

「はい! それでどこに行くんですか?」

「海ですっ!」

「う、海……ですか?」

「はい! 海での水着撮影のお手伝いをしていただきます♪ 細かい事項の連絡はまた後ほど」

 

 

 わざわざ海での撮影をするなんて流石はアイドルだ。 しかも水着での撮影という単語に俺は胸のドキドキを隠せない。

 

 し、仕方ないだろ……俺だって男なんだから。

 

 

 そんなこんなで、俺は海での撮影のお手伝いをすることが決まったのであった。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 そして現在、いよいよ海での仕事の日がやってきた。 今俺は事務所の駐車場で2人のアイドルを待っていて、とりあえずはここでその2人を拾い撮影場所まで届けるのが最初の仕事らしい。

 ちなみにプロデューサーさんとやらは多忙らしく今は事務所にいないので現地に直接赴くとのことだ。

 

 そして待ち始めてから10分程度が経過したその時、俺の元へと2人の女の子がゆっくりと歩きながら近づいてきた。

 

 

「…お待たせいたしました。 白石さんでよろしいでしょうか…?」

「あ、そうです。えーっと、鷺沢さんですか?」

「…はい。…鷺沢文香と申します」

「それでこちらが……橘ありすちゃん?」

「橘です。よろしくお願いします」

「よろしくねありすちゃん」

「橘と呼んでください」

「あ、そうなの? じゃあよろしくね橘ちゃん」

「ちゃんも別に必要ないですけど……」

 

 

 目が隠れてしまうほどの長い前髪に、大人しそうな雰囲気をしているのが鷺沢さん。

 そしてもう1人の、年齢の割にとてもしっかりとした雰囲気を纏っているのがあり……橘ちゃんだ。

 

 今日海で撮影をするというのはこの2人だ。撮影開始の時間は決まっているので、挨拶もそこそこにして早速出発をしよう。

 

 

「じゃあ早速出発しましょうか」

「…よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 

 そして俺たちは車に乗り込み撮影場所である海へと向かう。 元々初対面の女子と話すのが苦手な俺だが、今回は一対一ではないので少しだけ安心だ。

 

 だって一対一だと俺が話さないとすごい気まずいけど、向こうが多人数の場合なら向こう側で話をしてくれてれば全然気まずいことなんて無いしね!

 

 

 

 

「………」

「………」

「………」

 

 

 しかし、俺の目論見に反して車の中は静寂に包まれていた。今日車に乗っている2人はそれぞれ自分の世界に入っていて会話も無く静かだ。

 鷺沢さんは集中して本を読んでいるし、橘ちゃんは大きなタブレットを弄っている。 俺は静寂に包まれている車内に気まずさを覚えながら、実はこの2人も初対面なんじゃないかと疑い始めた。

 

 だが、そんな俺の推理は橘ちゃんの嬉しそうな声であっという間にかき消された。

 

 

「文香さんこれを見てください!」

「…とても美味しそうないちごのケーキですね」

「よ、よろしければ今度ご一緒に……」モジモジ

「…是非、ご一緒しましょう」ニコッ

「は、はい! えへへ……」

 

 

 タブレットを鷺沢さんに向けてキラキラとした表情を浮かべる橘ちゃん。そしてそんな彼女に対して優しく微笑みながら反応をする鷺沢さん。

 そんな様子を見れば分かることだが、どうやら俺の推理とは違って2人の仲はめちゃくちゃ良いらしい。 というか橘ちゃんがすっごい鷺沢さんに懐いている……まるで子犬みたいだ。

 

 

「わっ…文香さん海が見えてきましたよ」

「…とても広大ですね」

 

 

 車を走らせ続けてしばらく時間が経った頃、高速道路のトンネルを抜けた瞬間に表面がキラリと輝く大海原が姿を現した。

 久しぶりに見る海を前にして、俺も無言ながらテンションが上がっている。遊びに来た訳でもないのにやっぱり海は偉大だな。

 

 

「お2人さん、そろそろ到着しますよ〜」

「…はい」

「あ、はい!」

 

 

 俺の言葉に対して、鷺沢さんは落ち着いた返事を、橘ちゃんは急に声をかけられて驚いたかの様な返事をした。

 それから僅か数十分後、目的地であるロケ地に到着したので駐車場に車を停めて2人を降ろす。

 

 

「…運転、お疲れさまでした」

「これくらいどうってことないですよ」

「運転お疲れさまでした。 それと……ありがとうございます」

「橘ちゃんもお疲れさま」

「別に、私は座っていただけです」

「……それもそうだね」アハハ

 

 

 橘ちゃんの鷺沢さんと話してる時とのテンションの差が激しい…… まぁそれはそれとして。

 

 

「プロデューサーさんはもう来てるんですかね?」

「…先ほど、すでに到着したとの連絡をいただいたので……」

「あそこにいますね。スーツの」

「あぁ、あの人がプロデューサーさんか」

 

 

 橘ちゃんが指を差す方向には、何かの資料の様な物をジーッと見つめているスーツの男性が立っていた。 とりあえず挨拶をしようと俺はそっちの方向に近づいて恐る恐る声をかける。

 

 

「し、失礼します」

「ん? おぉ、文香にありす。無事に到着したか。それで君が……」

「あ、はい。 バイトの白石です。 今2人が到着したので報告をしておこうと思いまして」

「白石くんね、ちひろさんから聞いてるよ。 2人を送迎してくれてありがとう」

「い、いえいえ……それが自分の仕事なので」

「あっちに座ってる人が今日のカメラマンさんだから、今日はあの人の指示を聞いて動いてもらえば大丈夫だからね」

「わかりました。 それじゃあ挨拶をしてきます」

 

 

 やべー……なんか緊張したわ。 社会人と会話するのって何か緊張するよね……千川さんは大分慣れてきたんだけど。

 

 

「じゃあ俺は向こう行くんで、お二人ともお仕事頑張ってください」

「…はい。ありがとうございます」

「白石さんも……頑張ってください」

「ありがとう橘ちゃん」

「橘です。ちゃんはいりません」フイッ

「ふふ…」

 

 そっぽを向く橘ちゃんを見た鷺沢さんが小さく微笑んだ。釣られて俺も小さく微笑むと橘ちゃんにじっとりとした視線を向けられてしまった……理不尽だ。

 

 そんなこんなで2人に別れを告げて、俺はカメラマンのおじさんの元へと向かう。 見た目的には恰幅のいいおじさんって感じだけど、優しい人だといいなぁ……

 

 

「あの〜 すみません」

「んん?」

「346から来たバイトの白石です。本日はよろしくお願いします!」

「おぉ…! 346さんから聞いてるぜ? 活きのいい雑用を1人寄越すから好きに使ってくれってな!」

「あ、はい! 専門的なことはわからないですけど雑用なら頑張ります!」

「ガハハ! 元気があっていいことじゃねぇか! じゃあ早速撮影に使う機材を運んでもらおうかね!」

「わかりました!」

 

 

 カメラマンさんは口を大きく開いて大声で笑った。とりあえず気のいい感じの人で一安心だ。

 

 それからはいつも通りの雑用仕事。カメラマンさんの指示通りに機材をあっちへこっちへと運ぶのだが、機材が重いのはもちろん砂浜の上が歩きづらくてすごく疲れる。

 

 

「おーい! 次はこの照明を運んでくれ〜」

「は、はいっ!」

 

 

 ぜぇ、ぜぇ……つ、疲れる。 スポーツ漫画の修行みたいだなこれ。でも給料を貰うために頑張らなくては……!

 

 そして全ての機材を運び終えて、撮影の準備が整ったその時……

 

 

 

「文香ちゃんとありすちゃん入りま〜す!」

 

 

 そんな時、撮影スタッフの人の大きな声がビーチに響き渡る。

 俺が自然とそっちの方向へと視線を向けると、綺麗なワンピースの水着を見に纏った2人が現れた。

 

 花柄の青い水着を着て髪を1つにまとめている橘ちゃん……可愛い。

そして同く花柄の黒い水着を着ている鷺沢さん。 上にパーカーを羽織っているが……うん、あれはヤバいな。ふつくしい……

 

 

「よーし!じゃあ撮影を始めようか!」

 

 

 カメラマンさんの大きな声を合図に撮影が開始する。まずは2人並んで仲良くポーズをとったり手を繋いだり……それ以外にも2人がビーチボールで遊んでいる様子をなんかが次々と写真に収めていいく。

 

 

 うーん……あの写真俺も貰えないかな。

 

 そんなことを考えながら俺は2人の撮影をジッと見つめているが、こんな撮影ならいつまでも見ていられる気がする。

 

 あ、鷺沢さんがすっ転んだ。

 

 

「あ、いたいた白石くん」

「どうしたんですか?」

「ちょっとスタッフやアイドルさんたちの分の飲み物を買ってきてほしいんだ。ここから5分ぐらい歩いた所にコンビニがあるからさ」

「わかりました」

「ごめんね〜 こんなパシリみたいなこと頼んじゃってさ。 お金は渡すから領収書も貰ってきてもらえるかな」

「いいんですよ、雑用が俺の仕事ですから。それじゃあ行ってきますね」

「よろしくね」

 

 

 話しかけてきたスタッフさんが申し訳なさそうに手を合わせてお願いしてきたが、そのパシリをするために俺は来ているのでむしろどんどんそういうのをお願いしてほしいくらいだ。

 

 そして俺は近くのコンビニへ飲み物を買いに出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

「ありがとうございました〜」

 

 

 コンビニ店員の挨拶を背中に受けながらドアを出る。 水やスポーツドリンクの入ったレジ袋はパンパンに膨らんでいてかなり重い。早いとこ戻らないと腕がもげそうだ。

 

 ひぃひぃと息を吐きながら飲み物を運ぶこと数分、海に戻ると鷺沢さんの姿は見えず橘ちゃんが1人で撮影をしていた。

 

 

「あの〜 飲み物買ってきました」

「ありがとう白石くん! 飲み物は僕が配っておくから……はいこれ」

「これは?」

「1つは君の分。もう1つはあそこの日陰で休んでいる文香ちゃんの分ね。 届けてあげてよ」

「わ、わかりました」

 

 

 スタッフさんが指を差した方に目を向けると、設営された大きなテントの下に鷺沢さんが体育座りしていた。

 

 い、いきなり届けろと言われてしまったが……なんか話しかけるの緊張するな。 しかも水着の女子にだぞ? い、いやいや今はそんな事言ってる場合じゃないか。 早く鷺沢さんに水分を届けなければ…!

 

 

「あの……鷺沢さん」

「あ…白石さん」

「今飲み物貰ったんですよ……ど、どうですか?」

「…ありがたくいただきます」

 

 

 鷺沢さんは俺から飲み物を受け取り、両手でペットボトルを持って中身を飲み始める。 そんな姿が小動物みたいで可愛いと思った。

 

 

「…白石さんもどうぞ」ポンポン

「あっ、はい」

 

 

 鷺沢さんに促されて隣に腰を掛ける。

 

 なんか流れで座っちゃったんだけどめっちゃ緊張する。 今俺の隣にいるの水着の女子なんだよね、しかも超美人なんだよね。やべーよ水着というものを意識しすぎていつも以上に緊張してきた……

 

 

「………」

「………」

 

 

 や、やべぇ……言葉が出てこない。 何か会話を……会話をしなければ…!

 

 

「た、橘ちゃん可愛いですね…!」

「…え? ありすちゃんですか…?」

「そ、そうです! 今も1人でしっかり仕事をしていてすごいですよね」

「…とても素直でいい子だと思っています。ありすちゃんのことは」

「そ、そうですよね……あはは」

 

……………

 

 

 会話終了。

 

 くそ〜! なんだって俺は初対面女の子相手だとこんなに喋るのが下手くそなんだ…! こういう時世のリア充はどうやって女の子と仲良くなるんだ!?

 

 

「…すみません、気を使わせてしまってますよね」

「え?」

「…私は口下手で、不器用なので…ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「そ、そんなことないですよ!」

「…アイドル、本の中のようなキラキラとした世界に触れれば…私も変われるのかと思いました。 本ばかり読んでいた私ですけど…前向きになれるかと思い…でも、まだまだですね…」

 

 

 思いがけずに鷺沢さんがアイドルになった理由を聞いてしまった。でも自分を変えたいと思って行動できること自体が凄いと思う。

 

 

「鷺沢さんが悪い訳じゃないですよ。 俺の方こそ上手く話せなくて」

「…そうなんですか?」

「俺、中学高校とずっと男子校だったんですよ。 男くさい青春時代を過ごしていたから女の子に慣れていなくって……だからいつも初めて会う女の子と話す時は緊張しっぱなしで」

「…では、今も…?」

「はい、めちゃくちゃ緊張してます」アハハ

「……ふふ」

 

 

 鷺沢さんはほんの少しだけど柔らかく微笑んだ。 張り詰めていた空気感が少しだけ和らいだ気がした。

 

 

「…では、似たような悩みを…私たちは持っているんですね」

「そうですね。 だからお互い頑張りましょう!」

「…はい」フフ

「ていうか346事務所に所属しているアイドルってすごく優しくていい人たちばかりですよね」

「…はい。 皆さん…とても素敵な方たちです」

「俺、最初バイトちゃんとやれるか心配だったんですけど…いい人だらけだからなんとかなってるって感じで」

「…私も最初は……目を見て話すことすら困難で」

「あ、だから前髪が…?」

「…はい。これがないと……落ち着かなくて」

 

 

 そう言って鷺沢さんは自分の前髪をちょいちょいと触って見せた。

 

 なるほどなぁ……だからすごく前髪が長いのか。 最初会った時ちょっとビックリするほどに。

 

 

「でもさっき撮影してる時はちゃんと目出してましたね」

「…は、はい。 …アイドルとしてお仕事させていただく時は……なるべく目を隠さないようにしています。…このように」

 

 

 すると鷺沢さんはほんの少しだけ髪をかき分けて目を出す。 すぐに隠してしまったけど、その一瞬だけでも俺は目を惹かれた。さっきは遠目に見ただけだけだが至近距離で見ると驚くほどに綺麗だ。

 思わず放心してしまうほど宝石のようにキラキラとした綺麗な青い目。とにかく綺麗で、神秘的な何かを感じさせるような目だった。

 

 

「…やはり…前髪がないと、落ち着きません。性分なのです」

「綺麗な目ですね……」

「…え?」

「あ、いやそのっ…す、すみません!ただ俺あんなに綺麗な目は初めて見ました……!」

「…そ、そんなことは……ないと思いますが」

「……あ、す、すみません! なんか急に失礼でしたよね! ジロジロ見たりして!」

「…い、いえ……謝らないでください」

 

 

 思わず口に出てしまった。 でも、こんな俺が思わず口に出すほど綺麗だったのだ……鷺沢さんの目は。

 

 

「はい! じゃあこの辺にしとこうかありすちゃん!」

「はい、ありがとうございました!」

 

 

 その時、カメラマンさんの活きがいい掛け声が聞こえてきた。そっちに視線を移すと、どうやら橘ちゃんの撮影が終了したようだった。

 

 

「あ、橘ちゃんの撮影終わったみたいですね」

「…そのようですね。では私は行ってきます」

「じゃあ俺も片付けとかあると思うので、また後で!」

 

 

 鷺沢さんに挨拶をして俺は機材とカメラマンさんの方へと駆け寄る。すると丁度グッドタイミングだったようで、俺を見かけるなりニカッとした笑顔を浮かべた。

 

 

「おぉ雑用くん! 丁度いいところに。」

「これを片付けるんですよね?」

「あぁ! 物分かりがよくて助かるぜ! ここらにある機材を……あっちの車の方に運んどいてくれや」

「はい!」

「よろしく頼むぜ!」

 

 

 よしっ、気合入れますか。

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

「おつかれ文香、ありす」

「…お疲れ様です。プロデューサーさん」

「今日はこれでお終いでしょうか?」

「あぁ。 今日はこれで終わりだけど……ちょっと海で遊んでいくか?」

「…ですが、すでに17時ですので」

「遊ぶ時間なんてないと思います」

「それもそうだな。 じゃあ俺はスタッフさんやカメラマンさんに挨拶してくるから着替えておいてくれ」

「…わかりました」

「わかりました」

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

 ふぅ……やっぱ機材重いわ〜 すごい疲れる。ん? 普通の服に戻った橘ちゃんと鷺沢さんがプロデューサーさんと話してる。

 ……もう水着じゃないなんてちょっと残念だ。いやいや俺は何を考えてるんだ、早く終わらせよう。

 

 そして全ての機材を運び終え、カメラマンさんに話しかけると豪快な笑い声を上げながら俺の手を握った。

 

 

「おう!お疲れさん!」ガシッ

「あ、ありがとうございます!」

「いい働きっぷりで今日は助かったぜ! またどこかで会ったらよろしく頼むな!」

「はい!」

「じゃあな〜 雑用くん!」

 

 ブンブンと音が聞こえるほど激しく手を振るカメラマンさんは、そのまま歩いてどこかへ消えてしまった。

 

 ふぅ……さてと、今日最後の仕事をしに行きますか。

 

 

「お疲れ様です、プロデューサーさん」

「お疲れ様、白石くん。 いい働きっぷりだとカメラマンさんも褒めてたよ」

「ありがとうございます。 それで鷺沢さんと橘ちゃんの送迎なんですけど」

「お願いできるかな。 俺は自分の車で帰りに寄る所があってね」

「わかりました」

「…よろしくお願いします」

「こちらこそ、鷺沢さん。 それで……橘ちゃんはどこに?」

 

 

 話している途中で気がついたのだが、さっきまで確かにいたはずの橘ちゃんの姿が見えない。 少しだけ不安な気持ちでプロデューサーさんに行き先尋ねると、彼は心配いらないといった様子で微笑んだ。

 

 

「ありすなら近くのコンビニにトイレを借りに行ったぞ。俺もついていくって言ったんだけど子ども扱いするなってな。 まぁ近いコンビニだからそろそろ帰ってくると思うよ」

「…そうですか」

 

 

 近くのコンビニといえばさっき俺が飲み物を買いに行った所だろう。本当にかなり近いし、橘ちゃんは相当しっかりしている様に見えたから平気だとは思うけど……

 

 

 なんだろう、この変な胸騒ぎは。

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

「あった!」

 

 

 無事コンビニを見つけました。近いとは聞いていましたが本当に近くてよかったです。 文香さんを待たせていることですし、早く用を済ませて戻らないと……

 

 

「あれ?あの子……」

 

 

 その時、コンビニの前で自分の膝を抱えてしゃがみ込む子どもを見つけた。見たところ仁奈さんや薫さんよりも小さい……5歳ぐらいの見た目に見える。

 

 

「あの……こんなところでどうしたんですか? お母さんは……」

「わ、わかんないっ…」グスグス

「な、泣かないでください…! お家はどこかわかりますか? 遠くから来たんですか?」

「お家はっ……近いよ…っ」グスグス

「泣かないで……? ゆっくりでいいので私に話してください」ナデナデ

 

 

 私はなるべく不安にさせないように優しく背中を撫でる。すると女の子はぐすぐすと涙ぐみながらもゆっくりと事情を語り始めた。

 

 

 

…………

 

 

 なるほど。 この子の話をまとめると、近所の家に住んでいてお母さんに内緒でこっそり家を抜け出して遊んでいたら、転んで足を痛めてしまって不安になり泣いていた……ということらしい。

 

 

「ひぐっ……うぅぅ…」

「ちょっと待っててください。今人を呼んで……」

「お母さぁん…ぐすっ……どこぉ…会いたいよぉ…!」

「……っ」

 

 

 お母さん……きっとこの子は1秒でも早くお母さんに会いたいんだろうなぁ。その気持ちは……私にもよく分かる。

 

 私はどうしてもこの子を放っておけなかった。 無性に助けてあげたいと思ってしまった。

 

 

「お家の場所はわかりますか?」

「…う、うん……」グスッ

「ここからどのくらいですか…?」

「すぐっ……近く…」グスグス

 

 

 すぐ近くなら私だけでも……すぐ家に連れて行って戻ればいいだけです。 きっと大丈夫……

 

 

「じゃあ行きましょう…!あなたのお家に、お母さんの所へ帰りましょう…! 私の背中に乗ってください…!」

「いいの…?」グスッ

「はい、あなたぐらいの子どもならおんぶできます…!」

「ありがとう、お姉ちゃん……っ!」

 

 

 お姉ちゃん……悪くない響きです。

 

 

「さぁ…! 行きますよ…!」フンス

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 おかしい、あの距離ならもうそろそろ帰ってくるはずだ。それなのに橘ちゃんは一向に戻ってくる気配がない。

 考えていることは同じなようで、プロデューサーさんと鷺沢さんも段々と表情が曇っていく。

 

 

「遅いな…ありす」

「…そうですね」

「暗くなってきたし……まずいな」

「……俺ちょっと様子見てきます! 橘ちゃんがここに戻ってくる可能性もあるので2人はここに残ってください」

「あ、白石くん!これ俺の名刺! ありすと合流できたらメールしてくれ!」

「わかりました! じゃあ…!」

 

 

 俺は全速力でコンビニに向かって走り出した。

 

 何事もなく合流できればいいんだけど…!

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

「どうですか? 家はもうすぐですか…?」

「もうちょっと……」

 

 

 コンビニかは歩き始めて既に15分程度が経過した。 女の子は自分の家がすぐ近くだと言っていたのでそろそろ着くと思うのだが……

 

 思ってたより時間がかかってますね…。さっきのコンビニから結構離れてしまった気が……やっぱり一度戻った方がよかったでしょうか。

 

 

「あ! ついたよ!」

「えっ! 本当ですか?」

「うん! あそこの家!」

 

 

 や、やりました! この子の家を見つけました!

 

 私はすぐ女の子の指差す家に駆け寄り、めいいっぱい背伸びをしてインターホンを押した。

 

 

 ピンポ-ン

 

 

「はい……って、アンタどこ行ってたの!」

「お母さーん!」

「心配したんだからね! 今お父さんがアンタを探しに行ったんだから……!」ギュッ

 

 

 子どもは親の方へと駆け寄り親は泣きながら子どもを受け止める。その光景を見た瞬間、私は間違っていなかったのだと思った。

 

 よかった……本当に…。

 

 

「あ、あなたが連れてきてくれたの?」

「は、はい」

「本当にありがとうね…! なんてお礼を言ったらいいのやら……」

「そんなお礼なんて……! あ、それより私人を待たせているので、失礼します!」ダッ

「あ、ちょっと…!」

「お姉ちゃん〜 ありがとうね〜!」

 

 

 なんだかとても良いことをしたので気分がいいです。 って、そんなことより早くあのビーチへ帰らなければ……もう暗くなり始めていますし、何より皆さんを待たせてしまっています。

 

 私は息を切らしながら走り続ける。多分あっちから来た、その前はあそこを曲がってきたはず、そんなあやふやの記憶に頼りながら知らない街を駆ける。

 

 ハッ..ハッ..ハッ..!

 

 

「あれ…? こっちで合ってるはずなのに……」

 

 

 おかしい、私は確かにさっきの道を戻って……

 

 

「はぁ……はぁ……そんなはずは…!」

 

 

 まさか……私が迷子に……

 

 

「ここ……どこ……」

 

 

 そうか……今度は、私が迷子になったんだ。

 

 自分が迷ったと自覚した瞬間、全身にゾワとした恐怖が襲いかかってきた。 知らない街の知らない道、田舎だから人も少なく道も暗い……

 

 

「はっ…! そうだタブレットで……って向こうに置いてきてる……」

 

 

 走っても走ってもさっきのコンビニには戻れない。 むしろどんどん遠ざかっているんじゃないかとすら思えてくる。

 やっぱり1人で格好つけないで一度皆んなの元へ戻るべきだった…… でも今さら後悔したところでもうどうしようもない。

 

 

「怖い……」ボソッ

 

 

 こ、ここはどこ……? 恐怖と不安で目に涙がうっすらと浮かぶ。

 

 

「私……どうすれば…」

 

 

 

 

 





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