346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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25話 怖い話を聞いた日の夜は眠れない

 

 

「ねぇ知ってる…?2人とも……」

「ど、どうしたの?法子ちゃん……」

「大事なお話ですか?」

 

 

 事務所の一角、レッスンルームの隅で固まってコソコソ話をしているのは椎名法子、中野有香、水本ゆかりの3人。

 

 3人はユニットも組んでおり、事務所でもよく一緒にいる仲良しトリオだ。

 

 

 

「なんかね、この事務所にある1つの部屋でね、夜になると変な声が聞こえてくるんだって…」

「へ、変な声って……ま、まさか……」サ-

「余程大きな声のお方がいらっしゃるんですね」

「ゆ、ゆかりちゃん……そういうことじゃないと思うけど……」

「でさ、皆んなで一緒に見に行ってみない…?」

「む、むりむりむり! 無理ですって…!」

「私は構いませんよ」ニコッ

「うぇっ!?」

「いぇ〜い! じゃあ2対1で行く派の勝ちだね! それじゃあ決定〜!」

「ちょ、ちょっと待って…? そんな夜遅くにウロウロしてたら注意されるんじゃ……」

「自主練をすると言えば大丈夫ではないでしょうか?」

「それだ! じゃあ作戦決行は今日の夜だよ!」

「はい♪」

「え、えぇ……い、行きたくないよぉ……」

 

 

 ノリノリの法子、よくわかっていないゆかり、乗り気ではない有香。

 そんな乙女3人集による秘密の会議が行われていた……

 

 

〜〜〜〜

 

 

 そしてその日の夜。怯える有香を最後尾に、法子、ゆかり、有香の3人は暗い夜の事務所の中をこそこそと歩き回る。

 

 すでに夜は深く、事務所の中には人気がほとんどないと言ってもいいほどだ。

 

 

「や、やっぱり帰らない…?法子ちゃん……い、今からドーナツ食べに行こうよ…!」

「えっ!? ドーナツ!?」

「う、うんうん! だから今日のところはこの辺で……」

「うぅ〜 お化けも気になるけど……ドーナツのお誘いとあっちゃ捨てがたいなぁ〜」ムムム

「目的を果たした後にドーナツを食べればいいのでは? そうすればきっと2倍美味しいですよ♪」

「確かにそうだね!ゆかりちゃんの言う通り! それじゃあ作戦は続行だよ!」

 

 

 ゆかりの一声で法子はより一層気合を入れて夜の事務所を突き進んでいく。もちろんゆかりに悪意など無く善意100%なのだが、余計な事をされた有香は彼女へとじっとりとした視線を向ける。

 

 

「ゆ、ゆかりちゃ〜ん……」

「……? 私何か変なことしましたか?」

「はぁ……そもそもゆかりちゃん、今から何をしに行くかわかってますか…?」

「夜の事務所探検ですよね? なんだか悪いことをしてるみたいでワクワクしています♪」

「はぁ……帰りたい……」

 

 

 子どものように目をキラキラと輝かせるゆかりを見て有香は深く息を吐いた。

 何はともあれ3人は、時折窓から入ってくる月明かりが神秘的な雰囲気を醸し出す暗い事務所の中で歩みを進めていく。しかし突然、法子が警戒するような声色で小さく呟いた。

 

 

「ねぇ……何か足音がしない?」

「えっ!? の、法子ちゃん!? お、おおお驚かそうったってそうはいきませんよ!?」

「いえ有香ちゃん、嘘ではありません。確かにかすかですけど足音のようなものが聞こえてきます」

「や、やだっ……ゆ、ゆかりちゃんまで……」

「あの曲がり角の方から聞こえてくるよ…!」

 

 

 法子とゆかりの言う通り、こつこつこつ……と足音が近づいてくるのを有香も感じとった。

 突然の出来事に3人は固まるようにくっつき合い1つの塊になる。

 

 

 ビャァァァッ!!

 

 

「な、なに今の音……」

「声……でしょうか…?」

「い、今のは人間の声じゃないですよ……どう考えても…!」

 

 

 人間の声とも獣の鳴き声とも取れるような不気味な音を聞いた3人の体は怯んでしまう。そして先ほど効いたこつこつとした足音のような音が自分たちの方へと近づいてくるのを耳で感じ取る。

 

 

 こつ……こつ……こつ……

 

 

「こ、こっち来るよぉ……」

「えっ、何がくるんですか?」

「う、うぅっ……」

「ゆ、有香ちゃん……」ギュッ

「はっ……!」

 

 

 法子はきゅっと有香の袖を掴む。先ほどまで元気だった様子はどこかへと消え去り、今は顔を青く染めてプルプルと小さく震えている。

 

 

(法子ちゃん……怖がっている。 そうだ、私が最年長なんだから2人を守らないと…!)

 

 

「……っ」グッ

 

 

 有香は拳を構える。渾身の一撃を放つ姿勢を取って、曲がり角から現れるであろう足音の正体を待つ。

 

 

「ふ、2人とも……何かあったら私を置いて逃げてください」

「ゆ、有香ちゃん…! む、無理だよ!お化けに空手は効かないよ!」

「大丈夫です。お二人のことは私がこの身に変えてもお守りをします……!」

「え、お化けですか? どこにいるんですか?」キョロキョロ

 

 

 有香は震える膝を叩き直して拳に入れる力を強くする。

 

 

 こつ……こつ……こつ……

 

 

 足音が近くなる、もうすぐそこまでソレは近づいてきている。

 ごくり、と有香が唾を飲み込んだその瞬間、曲がり角から大きな影が姿を現した。

 

 

「はぁぁぁぁっ…!!」

 

 

 有香はその影に向かって正拳突きを繰り出した……!

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 時刻は有香の正拳突きから数時間ほど遡る。

 

 

 その日、いつも通りバイトを終えた俺は暗い事務所の中を1人寂しく歩いていた。

 

 

「ふぅ……今日は遅くなっちゃったな。もう9時過ぎてるよ」

 

 

 早く家に帰ろうと思い、やや駆け足で廊下を突き進んでいくとなにやら見覚えのある姿が視界に入った。

 

 

「小梅ちゃん?」

「あ、し、白石……さん……」

「こんばんは。こんな時間にどうしたの? 早く寮に帰らないとダメじゃないか」

「ご、ごめんなさい……でもね、じ、事情があるんだよ…?」

「事情?」

 

 

 小梅ちゃんは申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、それでも何か言いたげな顔で俺を見上げた。

 

 こんな夜遅くに事情ってなんだろう…?

 

 

「白石さんは……この事務所で最近よくされてる噂、知ってる…?」

「あー、変な声がどうとかってやつ? この前菜々さんに聞いたよ」

「その子をね、見に来たんだ……もし、苦しんでるなら楽にしてあげないと……それにもし、事務所の人に危害とかがあったら困るから」

「へ、へぇ〜……」

 

 

 小梅ちゃんの言葉を聞いた俺の体がピクリと跳ね上がる。これはやはり霊的な何かの話だろうか。

 

 

「白石さんも、来る…?」

「えっ……」

「大丈夫だよ…? きっと楽しいよ……えへへ」

「い、いやぁ……お、俺が行ったところで何もできないしなぁ〜 は、ははは」

「……こっち来て…?」スタスタ

「うぇっ!? お、俺行かないって言ったよね!?」

 

 

 俺の言葉に振り向くことなく、小梅ちゃんは近くにある部屋の扉を開けて中へと入っていく。それに続いて俺も中に入るとそこは至って普通の部屋だった。

 

 

「……ここでその声がするの?」

「ううん、ここは違うよ。声が聞こえるようになるのはもう少し遅い時間だから……それまで暇潰しをしようかなって……」

「暇潰しって?」

「こ、これだよ……」

「うっ……ほ、ホラー映画……」

 

 

 小梅ちゃんが取り出したのは、おどろおどろしい雰囲気のパッケージが特徴的なホラー映画のDVD。

 小梅ちゃんはそれを部屋に備え付けられているDVDレコーダーの中にセットしてリモコンを握る。

 

 

「白石さんも……座って…?」ポフポフ

 

 

 小梅ちゃんは隣に座れとソファーを優しく叩く。

 

 この時間に、暗い事務所で、年下の女の子と一緒にホラー映画とかどんなシチュエーションなんだよ……めちゃくちゃ怖いわ。

 

 

「ほ、ホラー映画には付き合うよ。前に約束したしね……で、でもその噂の声とやらのとこにはついて行かないからね…!」

「あ、始まるよ……」

「マジで行かないからね!?」

 

 

 小梅ちゃんは俺の言葉に返事をすることなく、光出したテレビの画面に視線を集中させる。既に意識は映画に夢中の様だ。

 

 そうしてここから2人きりのホラー映画鑑賞会がスタートした。

 

 

 

 〜数時間後〜

 

 

「……」チ-ン

 

 

 俺は疲れ果てていた。 精神的にも体力的にも。

 

 小梅ちゃんの持ってきたホラー映画はめちゃくちゃ怖かった。 もう何度ビックリして体が跳ねたことかわからない……

 

 

「た、楽しかったね……えへへ」

「そ、ソウダネー……あ、あはは……」

「あ、そろそろいい時間……じゃあ、行こっか…?」

「えっ……いやだから俺行かないからね!?」

「ついてきて……」

「小梅ちゃん、以外と強引だね……」

 

 

 問答無用といった様子で部屋から出て行く小梅ちゃんの後に着いていく。怖いけど1人でいる方が怖いし、こんな遅くに小梅ちゃんを1人にさせるのも忍びない。

 

 昔やったホラーゲームを思い出すなぁ。あれも確か、こんな風に綺麗な建物の中を歩いていたら急にゾンビとかが出てきて……

 

 

「わぁっ!?」チョン

「びゃぁぁぁっ!!」

 

 

 急に小梅ちゃんが大きな声を出しながら俺の脇腹をつついた。

 あまりにもびっくりして人間のモノではない様な声が出てしまった。しかもめちゃくちゃデカい声。

 

 

「………小梅ちゃん…?」チラッ

「ふふっ……ふふふふっ……」プルプル

 

 

 小梅ちゃんはイタズラが成功した子どものように、無邪気な笑みを浮かべ小さく声を漏らしている。

 俺は仕返しの意味を込めて小梅ちゃんのほっぺを両手で掴み、もにゅもにゅと顔を揉んだ。

 

 

「い、今のは結構マジでびびったからね…?」

「えへへ……ご、ごめんなひゃい……へへ」

「本当に反省してるのか〜? この子は〜」

「ふふっ……反省しましたぁ……えへへ……」

 

 

 ニコニコと楽しそうに小梅ちゃんは笑う。100%反省はしてないだろうけど……まぁ別にいいか。

 

 そういえば、小梅ちゃんが目的としている変な声がする部屋とやらまであとどれくらいかかるのだろう。

 行きたくないなぁ……と思いながら、若干震える足を動かしてやけに長く感じる廊下を進んでいく。

 

 

 コツコツコツ……と、俺と小梅ちゃんの足音だけが廊下に響き渡る。

 

 

 そして何気なく廊下の曲がり角を曲がったその瞬間……

 

 

 

 

「はぁぁぁぁっ…!!」

「うぉっ!?」

 

 

 突如暗闇から何かが俺の体めがけて飛んできた。 間一髪のとこでそれを躱す。

 

 

「えっ!? お、女の子…!?」

「よ、避けられ……今度こそっ…きゃっ!?」

 

 

 また何か攻撃をしかけてきそうだったので、慌てた俺は我を忘れて後ろから抱きしめる形で女の子を押さえ込んだ。

 しかし女の子は拘束を解こうと体に力を入れる。小さな体からは想像ができないほど強い力だ。

 

 

「くっ……」グググ

「と、とりあえず……お、落ち着いてくれって…!」

「法子ちゃん!ゆかりちゃん! 逃げてください!」グググ

「そ、そんな!? お化けに捕まった有香ちゃんを放って帰るなんてできないよ…!」

「お、お化け!? 落ち着いてくれ!俺は普通に人間だから!」

 

「「えっ……」」

 

 

 何やらおかしな誤解をしているようだったので、俺は人間だと女の子に伝えると呆けた表情で俺の顔を見つめてくる。

 よく見ると俺に襲いかかってきた子以外にも2人の女の子がいた。

 

 

「あら、小梅ちゃん? こんばんは。 こんな夜遅くにどうしたんですか?」

「あ、ゆかりさん……えへへ、ちょっと用事があってね……ゆかりさんは…?」

「私はお2人と夜の事務所探検です♪」

 

 

 若干パニックを起こしているこっちとは対照的に、小梅ちゃんは1人の女の子と親しげに会話をしている。

 

 

「あれ……こ、小梅ちゃん…?」

「本当だ!小梅ちゃんだ!」

「有香さんも……法子ちゃんも…こんばんわ」

「な、なんだ…知り合いか?小梅ちゃん」

「う、うん……お友達だよ…えへへ」

 

 

 小梅ちゃんを認識した途端、暴れていた女の子ともう1人の女の子は落ち着きを取り戻す。女の子が体の力を抜くのと比例するように俺も腕の力を緩めた。

 

 

「あら? 有香ちゃん、何やら楽しそうですね♪」

「えっ……ちょ、ちょっと待って……何で小梅ちゃんが…? こ、混乱してきた……」

「あっ! 有香ちゃんの後ろにいる人、よく見たら普通の男の人だよ!」

 

 

 俺もようやく頭の整理がついてきた。おそらくこの3人は小梅ちゃんと同じこの事務所のアイドルなんだろう。でもなんでこんな時間に…

 

 

「ねぇ小梅ちゃん、その人誰なの?」

「この人はね………あっ…」ニヤリ

 

 

 あ、今悪い顔したぞ。

 

 

「この人はね……この事務所を彷徨う、女の子好きの幽霊だよ……夜遅くにこの場所に来る可愛い女の子を捕まえてね、あっちの世界に連れていっちゃうんだって……」

「ちょっ……な、何言ってんのさ小梅ちゃん」

「有香さんのことが気に入っちゃったみたいだね……有香さん…選ばれちゃったね……」ニヤリ

 

 

「いっ……」

「い…?」

「いやぁぁぁぁ! は、離してくださいぃ!」

「ちょ、ちょっと待って!ちょっと待って!今の全部嘘だから! 俺幽霊じゃないからぁ!」

 

 

 小梅ちゃんの悪質な冗談を聞いた女の子は再び物凄い力で暴れ出し、何故か反射的に俺も再び力を込めて女の子を押さえ込む。

 

 

 カシャッ

 

 

「何写真撮ってんのぉぉ!?」

「た、楽しそうだったから……えへへ」

「キミのせいでこうなってんだけどね!」

「あっ! 今日のお月さまドーナツみたい!」

「しかし、真ん中に穴が空いていませんよ?」

「穴が空いてないドーナツもあるんだよ!」

「それは初めて知りました……」

 

「君たちマイペースすぎない!?」

「いやぁぁぁ〜!!」

「ちょ、ちょっと……! 君はもう少し落ち着いてくれぇぇ!!」

 

 

 か、カオスだ……

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

「じゃ、じゃあ全部小梅ちゃんの嘘なんですね……?」

「ごめんね……有香さん、えへ」

「ぜぇ……ぜぇ……つ、疲れた……」

 

 

 あれから数分後、女の子は小梅ちゃんから事情を聞いてようやく落ち着きを取り戻す。

 暴れるこの子と何分間も格闘していたせいか、かなりの体力を使ってしまった。

 

 

「じゃあお兄さんは誰なの?」

「俺はここで働いてるアルバイトで……小梅ちゃんとは知り合いなんだよ……はぁ…」

「へぇ〜! よかったね有香ちゃん!お兄さん幽霊じゃないって!」

「あ、はい……」

 

 

 俺的にはよくないんだけどなぁ……今の一連の件だけでどれだけ体力を使ったのか。

 

 

「あの……どうして有香ちゃんは抱きしめられているのですか?」

「「えっ」」

 

 

 ・・・・

 

 

「あっ…! ご、ごめんっ…!」バッ

「い、いえ……暴れ出した私がいけないので……!」

 

 

 冷静に見たら暗闇で女の子を後ろから抱きしめるとかいうヤバすぎる絵面だったことを思い出し、慌てて女の子から体を離す。

 

 2人して顔真っ赤になり気まずい空気が流れる。

 

 

 

「ねぇねぇ、小梅ちゃんとお兄さんはどうしてこんな時間にこんなとこいるの?」

「噂の……変な声の正体を確かめに…来たんだよ……」

「えっ!? 私たちと一緒だ!じゃあ一緒に行こうよ!」

 

 

 気まずい雰囲気を垂れ流す俺と女の子を無視して、なぜか向こうでは合流して進むことが決定していた。

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 一連の騒動の後、5人パーティーとなった俺たちは小梅ちゃんを先頭に再び暗い事務所の中を歩き出した。

 ついでにお互いの自己紹介も軽く済ませた。元気な子が椎名法子ちゃん、ぽわぽわしてる子が水本ゆかりさん、そしてさっきまで俺が捕まえてた子が中野有香さんと言うらしい。

 

 

「人数も増えたからもう怖くないね!」

「わ、私はまだ少し怖いけど……」

「有香ちゃんファイト!」

「うぅ〜 お、押忍……」

 

 

 怯える中野さんを励ます法子ちゃん。

 ちなみに法子ちゃんが13歳、水本さんが15歳、そしてなんと中野さんが1番上の18歳という事実に俺はかなり驚いた。

 

 

「白石さんはお化けに興味があるんですか?」

「えっ……そ、そういうわけじゃないよ。どちらかと言えば苦手かもしれない」

「では、どうして今日はここに…?」

「ほぼほぼ小梅ちゃんに無理やり連れてこられた感じかな。何が何やらわからぬ間にここまで来たって感じ。ははは……」

「では私と同じですね」

「へっ、水本さんも…?」

 

 

 予想外の回答を受けた俺は間抜けな声を出しながら水本さんの方へと顔を向ける。すると水本さんは優しく微笑みながら言葉を続けた。

 

 

「私も、実はお化けを見に来たということはさっき知ったんですよ」

「……ちなみに何のつもりで今日はここに来たの?」

「夜の事務所探検です♪ でもあながちこれも間違いではありませんね……ふふっ」

「まぁ確かに……探検っちゃ探検だね」

 

 

 ……なんだこの子、天然か? 養殖の天然じゃなくて天然の天然か?

 

 "マジ"の天然っぽい水本さんと会話をしながら暗い廊下を歩き続けていると、何やら視線を感じた。

 

 

「………」チラッ

「っ……」バッ

 

 

 視線の先にいた中野さんにチラリと視線を向けるが、一瞬で顔を逸らされてしまう。こんな感じで中野さんとはさっきからすごく気まずい雰囲気が続いていた。

 

 まぁ……不可抗力だったとはいえあんな風に抱きついたりしたのだから嫌われててもおかしくはないと思う。

 

 

「そういえば白石さん、さっきよく有香ちゃんの突きを避けられたね!」

「えっ……ま、まぁ咄嗟に体が動いただけなんだけど」

「有香ちゃんってすっごく強いんだよ!」

「と、言いますと…?」

「有香ちゃんはスイカを素手で割ることができるんですよ♪」

「す、スイカッ!?」

 

 

 す、スイカってあの果物のやつだよね……?流石に2人なりの冗談だよね…?俺のこと揶揄ってるんだよね……?

 

 

「そ、そんな……スイカくらい誰でも割れますよ〜」テレテレ

 

 

 oh...

 

 中野さんは否定するどころか、照れた様子でそんなことを言っている。どうなってんだこの事務所のアイドルは……

 ていうかスイカをも粉砕する拳って、俺さっき避けてなかったらどうなってたんだ…?

 

 

「………」チラッ

「あっ……」バッ

 

 

 恐る恐る視線を中野さんに向けるが、またしても素早い動きで顔を逸らされてしまう。

 

 はは、女の子に避けられるってすごくダメージ入るね……

 

 

 

「ねぇ、あの部屋から何か声がしない…?」

「えっ……」

 

 

 突然、先頭を歩いていた小梅ちゃんが立ち止まりそう呟くので、俺たちは全員で立ち止まり耳を澄ます。

 すると確かに薄らとだが、小梅ちゃんが指を差す扉の中から音が聞こえてきた気がした。

 

 

「た、確かに……声がするよ…!」ボソボソ

「これは……歌声…?」

「も、もう帰りませんかぁ……!」

「あの部屋だね……」

「あっ、小梅ちゃん!」

 

 

 制止する中野さんの声に振り返ることもなく、小梅ちゃんは声がする部屋へと近づいていき扉に手をかけた。

 ここまで近づくとはっきりと聞こえてくるが、確かに部屋の中からは歌声がはっきりと聞こえてくる。

 

 

 あれ、でもこの声って……

 

 

 ガラッ

 

 

 小梅ちゃんは躊躇することなく扉を開いた。

 

 すると部屋の中には……

 

 

 

「えっ……? ど、どうしたんですか皆さん、それに白石くんまで」

「やっぱり千川さんだ」

 

 

 声でなんとなくわかっていたけど、部屋の中から聞こえてくる歌声の正体は千川さんだった。俺はどこかほっとしたような気分で胸を撫でろ下ろす。

 

 

「本当だ!ちひろさんだぁ!」

「何をしているんですか?」

「そ、それはこっちのセリフですよ…!みんな揃ってこんな遅い時間に何をしているんですか?」

「じ、実は……」

 

 

 、、、、

 

「なるほど……そんな噂になっていたとは…」

 

 

 俺たちはちひろさんに事情を全部話した。

 

 結局、噂の声の正体は千川さんの鼻歌だったということが判明した。本人に話を聞くと、確かに最近は毎晩この部屋にいたらしいが一体毎晩ここで何をしていたのだろうか?

 

 

「声の正体がちひろさんってのはわかったけどさぁ……ちひろさんは何してるの?」

「それはですね……じゃんっ♪ これを作っているからですよ」

「わぁ! 可愛い洋服だ〜!」

「ふふっ、法子ちゃんも今度着てみますか?」

「えっ!? いいの〜!?」

「はい♪」

 

 

 ちひろさんは笑顔で洋服のようなものを俺たちに見せてきた。どうやらこの部屋で何かの服を作っていたらしい。

 

 ……でもなんで千川さんが?

 

 

「夏が終われば時期にハロウィンの季節がやってきますよね。実は毎年コスプレする衣装を自分でつくっているんですよ♪ 自宅で作ってもいいんですけど、事務所の方がいい器材が揃っているので」

「なるほど、ちひろさんはコスプレがお好きですからね」

「はい♪」

 

 

 へぇ〜 千川さんにそんな趣味があったとは……知らなかったな。どんなコスプレをするんだろう。

 

 

「まぁそういうことなので……皆さんはもう帰ってくださいね? 白石くん、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「任せてください。車お借りしますね」

「はい、 今日はもう遅いので白石くんもそのまま帰っちゃってください。 車は明日返してくれれば構いませんので」

「わかりました」

「それでは皆さん、ちゃんと寄り道せずに帰ってくださいね?」

「は〜い!」

 

 

 こうして、俺たちの夜の事務所探検はあっけなく終了した。

 

 やっぱり幽霊はいなかったんだ…! なんかホッとしたよ……

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

「みんな乗ったかな?」

「全員いるよ〜!」

「よしっ、じゃあとりあえず女子寮に向かうか。 まぁ向かうってほど離れてないしすぐに着くけどね」

「よろしくお願いします」

 

 

 そうして俺たち5人を乗せた車はゆっくりと走り出した。車の中ではさっき起きた出来事についての話が繰り広げられている。

 

 

「でもまさか噂の正体がちひろさんだったなんてな〜」

「お化けじゃありませんでしたね」

「うん……ちょっと、残念……」

「わ、私的には安心しました……お化けじゃなくて」

 

 

 俺も安心した……本当にお化けとか見たら多分漏らす。

 

 とかなんとか考えていたらすぐに女子寮へと到着する。事務所から女子寮はかなり近い位置に存在しているので車で数分だ。

 

 

「みんな、もう女子寮に着くぞ〜」

 

 

「えっ! はや〜い!」

「いやだって、事務所と寮ってすごく近いから……」

「私……なんだか眠くなってきちゃいました」

「ゆかりちゃん! もう着くんだから寝ちゃダメですよ!」

「そうそう……ほら、もう着いたぞ」

 

 

 女子寮の門を車でくぐり、中にある駐車場に車を停める。そして車から元気に降りた法子ちゃんが運転席の窓に向かって頭を下げた。

 

 

「白石さんありがとう〜!」ペコリ

「ありがとうございます」

「ありがとう……また今度一緒に…遊ぼうね」

 

 

 法子ちゃんと水本さんと小梅ちゃんは車から降りて挨拶をする。 そして車の中には俺と中野さんだけになり………ん?

 

 

「あ、あれ……? もしかして皆女子寮なの…?」

「そうだよ〜! 有香ちゃん以外はみんな東京の外から来てるからね〜」

「おやすみなさい、有香ちゃん。白石さん」

「おやすみ……2人とも…」

 

 

 そして3人は手を振りながら女子寮の中へと入っていった。

 

 後ろの席へと振り向くと、中野さんが「そういえばそうだったー」みたいな感じで頭を抱えて下を向いている。

 

 

「じゃ、じゃあ……い、行きましょうか…」

「は、はい…よろしく……お願いします……」

「………」

「………」

 

 

 き、気まずい……

 

 俺の中野さんはお互いに声を発することはなく、車内には車のエンジンの音だけが響いている。

 

 

「あ、あの……中野さん…?」

「は、はいっ…!?」

「あのさ、さっきは……ごめんね。あんな風にくっついたりして嫌だったよね……」

「い、いえ…っ! 白石さんが謝ることなんてないですよ…! わ、私が急に殴りかかったりしたからいけない訳で……」

 

 

 このまま何も喋らず中野さんを送り届けてお別れするのでも別に問題はないんだけど……流石にモヤモヤするので今のうちに仲直りはしておきたい。

 

 

「い、痛くなかったかな…?」

「な、何がですか…?」

「いやその、めっちゃ強くだ、抑え込んじゃったから」

「あっ……だ、大丈夫です。確かにすごく強い力で抱きしめられていましたけど……わ、私鍛えてますから……」

「あっ……そうなんだ…」

「は、はいっ……」

 

 

 ・・・・

 

 

 ぎ、ぎこちない……会話が全然上手くいかない…!

 

 しかもその、抱きしめるとか言うたびにさっきのこと思い出して、すごく恥ずかしくなるんだよ。

 こういう時女の子に慣れてる男ならどんな態度を取るんだろう……? このままお持ち帰りしてしまうのだろうか。いや、俺にはそんなことできない…!

 

 

「あ、あの白石さん…!」

「は、はいっ…!?」

「私、気にしていませんから…! さっきのこと…!」

「な、中野さん……」

 

 

 顔めっちゃ赤いけど……?とても気にしていないようには見えない。

 

 

「じ、事故だったんです…!偶然起きてしまっただけですから! ねっ!そうですよね!?」

「えっ……」

「ねっ! ねっ!?」

「う、うんうん!中野さんがいいなら……そういうことにしようか!」

「はいっ! これでこの件はもう終了と言うことで!」

 

 

 大声を出して真っ赤な顔で捲し立てる中野さんに釣られて、俺も大きな声で返事をする。

 側から見れば今の俺たちは、2人しかいない車内で大声を出して会話をするやばい奴らに映っていることだろう。

 

 

「ふぅ……やっと落ち着いてきました、押忍」

「中野さんって格闘技とかやってるの…?さっきの突きも鋭かったし」

「あ、はい! 昔から空手をやっていますよ」

「へぇ〜 空手かぁ……」

 

 

 じゃあさっきの話も……本当なんだろうか。

 

 

「ね、ねぇ中野さん……」

「はい?」

「スイカ素手で割れるって話……本当なの?」

「はいっ! できますよ!」ニコッ

「えぇ……」

 

 

 中野さんは後部座席でニコリと笑う。あんなに小さくて可愛い女の子が素手でスイカを割れるのか……空手すごいな。

 

 

「あ、そろそろ私の家に着きます!」

「了解〜」

 

 

 そうして、到着した中野さんの家の前で車を停める。

 

 車の中から窓を開けて、外に降りた中野さんと挨拶を済ませる。

 

 

「今日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」

「いや、俺の方こそ……って、このままだとキリがないね」

「そうですね、ふふっ」

「じゃあ俺は行くよ。じゃあね、中野さん」

「はいっ! 運転ありがとうございました、白石さん!」

 

 

 笑顔で手を振る中野さんに手を振りかえして車を発車させる。色々あったけど、最終的には気まずい雰囲気も払拭できてよかった。

 

 そうして俺は、とてもすがすがしい気持ちで家路に着いたのだった。

 

    

 

 

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