346プロの雑用バイト君 作:焼肉定食
「えっ! お、俺今日シフト入ってませんか!?」
「はい、明日はシフトが入っていますけど、一応確認してみてください」
「えーっと、うわっ、本当だ……ま、間違えたぁ……」ガクッ
俺は全身から力が抜け落ちたように膝を床につく。千川さんはそんな俺を困ったように苦笑いしながら見つめている。
何故こんなことになったのかというと冒頭のやり取りの通りなのだが、ただ単に俺が明日入っていたシフトを今日だと勘違いしてしまったというだけの話だ。
大学生にもなってこんなしょうもない勘違いをするなんて、恥ずかしくて千川さんの顔を見ることができない……
「白石くん、顔が真っ赤ですよ?」
「お、お恥ずかしいです……」
「ふふっ。そうですねぇ……せっかく事務所に来てしまったのにすぐ帰るのもどうかと思いますので、共有スペースやカフェなどでゆっくりしていってはいかがです?」
うーん……どうしたもんかな。
「いや、今日は帰ろうと思います。そんな用事もないのに居ても迷惑ですので」
「こちらとしては全然そんなことはないんですけど……まぁ、白石くんにお任せします♪」
「はい、それじゃあ俺はこれで。今日は迷惑をかけてすみませんでした」
「そんなことありませんよ。私は白石くんとお話しできて嬉しいですから♪」
「えっ…!?」
「あら? 白石くん、顔が真っ赤ですよ♪」
「や、やめてくださいよ! 変なこと言って揶揄うのは…!」
「ふふっ」
くっ……社交辞令とは分かっていても嬉しくなってしまう…!
「じゃ、じゃあ俺行きますから…!」
「はい、また明日です」
くすくすと余裕の表情で笑う千川さんに背を向けて退出する。
大人のお姉さんムーブを見せつけてきた千川さんと話をしていると、俺なんて大学生にはなったけどまだまだガキなんだなと実感させられる。
って、そんな話はどうでもよくて……困ったのは今日この後の予定だ。
時刻はまだ午前の10時、今日はバイトだと思っていたから何も予定がないしすることもない。完全に暇になってしまった。
「どうしたもんか……」
「あれ、白石さん?」
「ん?」
背後から俺のことを呼ぶ可愛らしい声がする。振り返るとそこには柔らかく微笑む高森さんの姿があった。
「高森さん!」
「はい、高森です♪ 」
何それ可愛い……
「白石さんは今日お仕事ですか?」
「あぁ……いや、実は……」
「?」
キョトンとした顔で首を傾げる高森さん。
いちいち仕草が可愛らしいな……
〜〜〜〜〜
「と、いう訳で……今日は何もすることがなくなっちゃったんだよ。あはは……」
「そうなんですか、私と一緒ですね。ふふっ」
「えっ、高森さんも?」
「今日はこの後レッスンが入っていたんですけど、色々とあって中止になってしまったんです」
「へぇ〜、そういうこともあるんだね」
ということは高森さんも今日は俺と同じ暇人……って、いやいや! 現役アイドルの高森さんを俺と同じだなんて言ってはいけない! きっと自主練だとか体のメンテナンスだとか予定があるはずだ!
「あ! じゃあ白石さん、今から付き合ってもらえませんか?」
「えっ! こっ、告白!?」
「うぇっ…!? あ、あわわわ! ち、違いますよ!そういう付き合うではなくて…!」ブンブン
「そ、そうだよね! ご、ごめん、何かびっくりしちゃって……」
あ、焦った〜……だって女の子から付き合ってなんて言われたの初めてだから、いや本当にびっくりした……
高森さんは手をブンブン振って否定している。俺の気持ち悪い勘違いで不快にさせてしまっていたらすごく申し訳ないな……
「……じゃ、じゃあ付き合うっていうのは?」
「あ、はい。その……ご一緒におさんぽでもしませんか?」
「おさんぽ……?」
「はいっ♪」
〜〜〜〜〜
「いい天気ですね〜」
「うん、そうだね。暑すぎずもなくて丁度いい感じだよ」
俺は今、高森さんと一緒に街の中にある公園を歩いている。
急に散歩に誘われて少し驚いたが、どうやら高森さんは散歩をすることが好きらしく、結構こんな風に街の中なんかを歩き回ったりしているらしい。
「この都会の中でこんなに大きい公園があったなんて知らなかったなぁ」
「私は結構来るんですよ?ここには。広くて歩きやすいですし、緑もたくさんあって落ち着くんです」
「へ〜、じゃあここに来たら高森さんに会えたりするのかもね。あははっ」
「ふふっ、その時は是非声をかけてくださいね?」ニコニコ
くすくすと小さく笑いながら高森さんは笑う。
……なんかこういうのっていいな。
東京に来てからは「今日はコレをする!アレをする!」っていう目標を立てた毎日を送ってきたけれど、こんな風に何の目的もなくただただ散歩するっていうのも……すごくイイと思った。
「どうかしましたか、白石さん?」
「えっ?な、何が…?」
「いえ、なんだか楽しそうに笑っている様に見えたので……」
「えっ、俺笑ってた?」
高森さんはコクコクと首を縦に振る。
マジか……無意識にニヤけてるとか、しかもそれを見られてしまうとかめちゃくちゃ気持ち悪くないか俺?
「い、いや〜! 散歩すっごく楽しいな〜!
って思ってたからさ、自然とニヤニヤしちゃってたのかも。あはは……」
「そうなんですか? なら、お誘いしてよかったです」ニコッ
優しいなぁ……高森さん。もしかしたら天使の類なんじゃないかな? 大天使タカモリエルなのかもしれない。
「白石さん、女の子とお話しするのにも少し慣れてきたんじゃないですか?」
「え、そうかな……?」ウ-ン
「堅さがとれてきたというか……私と初めてお話しをした時に比べたら、すごく自然にお話しできてるような気がします」
確かに言われてみれば……最初の頃は女の子に話しかけられたら、やばい!何を話そうか!緊張するっ! って感情だけだったけど、最近は会話をするのが楽しいって思うようにもなってきたな。
「ははっ、ありがとう。でも、今でもアイドルの子と喋る時はドキドキしたり緊張したりするもんだよ?」
「そうなんですか?」
「うん。俺のこれまでの生活に可愛い女の子の存在なんて皆無だったからね。今も高森さんと話してて楽しいけど、それとは別にドキドキもしてるよ」
「そ、そうなん……ですか……」
・・・・
「………」
「………」
あれ?何か空気が悪くなったぞ。
お、おかしい……さっきまで楽しい雰囲気だったのに急に静かになっちゃったぞ…!?
何か……何か話題を振らないと…!
「こ、こういう散歩ってよくするの?」
「あ……は、はいっ…! そうですね、結構してますね」
「普通に歩くだけ?」
「いえ、良さそうなカフェを見つけたら入ったり……あとはコレで写真を撮ったり」
そう言って高森さんは、カバンの中から小さくてピンク色のカメラを取り出した。
「トイカメラって言うんですけど、知ってますか?」
「いや……初めて聞いたなぁ。普通のデジカメとは何か違うの?」
「カメラという点では機能的にそこまでの違いはありませんけど、お値段は基本的にこっちの方が安いんですよね」
「あぁ、なるほど……それは大事な点だね」
「ふふっ、そうですね。あっ! そうだ。
折角ですから、そこのお花畑をバックに白石さんのことも撮っちゃいましょうか!」
「お、俺!?」
そう言うやいなや、高森さんは俺との距離を取ってカメラを構える。
ふわふわした雰囲気だけど意外と押しが強いようで、俺が何も発言する隙は無かった。
「じゃあポーズとってくださ〜い!」
「ぽ、ポーズ…? ピースとかでいいかな…?」
「ダメですっ♪」ニコニコ
「だ、ダメなのっ!?」
「もっと工夫したポーズで……白石さんなりのカッコいいポーズなんかどうでしょうか?
ふふっ」
高森さん……完全にカメラマンになりきって楽しんでるな。すごくニコニコしてらっしゃる。
ていうかカッコいいポーズなんて俺知らないぞ……?
モデルじゃあるまいし、人生で写真に写る時のポーズなんてピースくらいしかやったことないのに…!
「じゃあ、3・2・1で撮りますよ〜♪」
「えっ、ちょ、ちょっと待って……!」
「さ〜ん♪」ニコニコ
か、カッコいいポーズ…!カッコいいポーズ…! ダメだ思いつかない〜!
「に〜い♪ い〜ち♪」
「あぁもう…!」
パシャッ…
〜〜〜〜〜
「ふふっ…よく撮れてますよ、白石さん」クスッ
「……笑ったね?」
「い、いえいえ……ふふっ」
高森さんと2人で見る写真の中には、咄嗟に取った訳の分からないポーズをした俺が写っていた。
真顔のまま直立不動で立つ俺、そして人差し指と親指の間の部分を顎に添えるという謎ポーズ……
「これがっ……白石さんなりの…カッコいいポーズなんですね……くすくす」
「だ、だってさぁ…! そんな急にカッコいいポーズって言われても出ないって…!」
「そ、そうですよね……ふふっ…」
高森さん的には俺の写真がツボにハマったようで、さっきから笑いを堪えきれずにくすくすと笑っている。
撮影をする時に咄嗟にポーズを取れるモデルさんとかの凄さを実感させられたよ……
「で、でも白石さん背が高くてスラッとしてるので……この写真もい、いい感じですよ…!」
「本当にそう思ってる……?」
「……はいっ!」
ちょっと返事まで間が空いた気がするけど、勘違いということにしとこう。せっかく高森さんが精一杯のフォローをしてくれたんだし。
「高森さんそれ貸してくれる?」
「カメラをですか?いいですよ?」
「ありがとう。……はいっ!高森さん可愛いポーズして!」
「えっ、えぇ…!?」
「3!2!1!はいっ!」
「あっ……あわわわっ…!」
パシャッ…
高森さんからカメラを受け取ってすぐにソレを構え、わざとらしく大きな声を出して高森さんを急かして写真を撮る。
高森さんにやり返してみたけど……
さてさて……写真の方はどうなってるかな?
「……」ジ-
「急に言われるからびっくりしちゃいましまよ〜。もぅ……」
頬を膨らませながら俺の方へと寄ってくる高森さんに反応することもなく写真を見つめる。
その写真には咄嗟にポーズが思い浮かばなかったのか、俺にダメだと言ったピースをしながら困ったように笑う高森さんが映っている。
「あはは……いざやられると難しいですね。
白石さんにあんなこと言っておきながらピースしちゃいました。お恥ずかしいです……」
「い、いやいや……そんなことは…」
高森さん本人は納得行ってないような様子で写真を見ているが………
いや全然普通に可愛いんだよなぁ……!
確かにポーズは普通のピースだけど、すっごく絵になってて可愛い。流石アイドル……もう俺なんかとは素材が違う…!
さっきの俺のカッコいい(笑)ポーズの写真と比べると恥ずかしくてたまらない。俺のはカッコよくないけど、高森さんのはちゃんと可愛くなってるもん……
「どうかしましたか?」
「いや……ちょっと格の違いを思い知らされたというかなんというか……」
「……?」
まぁ……アイドルなんだから顔が良いのは分かりきってたことなんだけどね。
「あ、そうだ、白石さんお腹空いてませんか?」
「えっ?そうだなぁ…ちょっと空いてるかも」
「でしたら、近くに私がよく行くカフェがあるので一緒に行きませんか?」
〜〜〜〜〜
カランカラ-ン
「お好きな席へどうぞ」
高森さんに連れられてカフェの扉を開くと、綺麗なベルの音と渋いイケオジ風のマスターがお出迎えしてくれた。
「俺あんまり詳しくはないんだけど……何かいい雰囲気の場所だね。落ち着くっていうか」
「ふふっ、私もお気に入りなんですよ」
席に着いて店内を見回す。店内には年季の入ってそうな木のイスに木のテーブルやインテリアが設置されている。
こじんまりとしていてどこかノスタルジックで温かみのある内装だ。
「ここのマフィンやスコーンは、毎日店主さんが手作りしているらしいんですよ」
「へ〜、それはすごいね……」
……す、スコーンって何だろ?
普通に「へ〜」とか言っちゃったけど俺スコーンが何なのか知らないぞ……コーンだからとうもろこしが関係してるのかな? 地元ではそんな食べ物見たことないぞ…!
高森さんにスコーンが何か聞くというのもアリだが……一応俺の方が年上なのに、それは何かダサい気がする…!
「白石さん、注文は決まりましたか?」
「えっ!?あ、あぁいや……高森さんは?」
「私は紅茶と……スコーンにしようかなって」
出たなスコーン! 俺はさっきからスコーンについてどんな料理なのか考えてはいるが、皆目検討がつかない。
気にはなる……気にはなるけど注文して好きじゃなかったら困る。
まぁでも、店でメニューとして出されている物ならきっと美味しいんだろう。それなら……
「俺もその……スコーンにしようかな。あとはアイスコーヒーで」
俺はこれまでの人生で見たことも聞いたこともない料理を注文する。
基本的に俺は外食する時は冒険をせずに気に入った物を毎回食べるタイプなのだが、今日は自分の冒険心に素直に従ってみることにした。
注文をしてからはしばらくの間、高森さんと何てことのない雑談を交わして料理を待つ。
最近の仕事の話やら学校の話なんかをしているとあっという間に時間は過ぎ去った。
「お待たせいたしました」
「わぁ♪」
「こ、これがスコーンか……」
運ばれてきたソレは……見た感じ普通の焼き菓子のようだ。分厚いクッキーみたいな感じ。同じ皿の上にはジャムやクリームが乗っているので、アレをつけながら食べるのだろうか。
「じゃあ、いただきます」
俺は恐る恐るソレを口に運ぶ。まずは何もつけないで……
「……」モグモグ
こ、これはっ……!
……これだけだとあんまり味しないな。モサモサとした食感に小麦の風味……やっぱり一緒についてきた物を乗っけて食べるんだろうな。
とりあえずジャムを乗っけてもう一口……
「おぉ……」
やっぱり……これだとちゃんと味がしてすっごく美味しいぞ。
じゃあ次はこっちのクリームを……
「……」ジ-
「えっ……ど、どうかした?」
「あ、すみません。美味しそうに食べるな〜って思って……ふふっ」
「そ、そうかな?」
が、がっつきすぎたか…?ちょっとみっともなかっただろうか……なんか恥ずかしいな。
「どうですか白石さん、初めてのスコーンは?」
「あぁうん、優しい味がしてすっごく食べやすい……ん?今、初めてって……」
「えっ?初めてなんですよね? スコーンを食べるの」
な、何で俺が初めて食べるって……!?
はっ…! ま、まさか……普通ではあり得ない変な食べ方とかしてたんだろうか!? やっぱりジャムとスコーンは別々に食べる物だったりとか……
「お、俺何か食べ方間違ってたかな…?」
「そんなことないですよ? さっき白石さん言ってたじゃないですか。これがスコーンか……って」
「え?」
「だから初めてなのかな〜って思ったんですよ」
ま、マジかぁ……そんなことを口走っていたのか俺は……
「白石さん、顔が真っ赤ですよ?」
「えっ……あ、あはは……そ、そうかな〜?」
「ふふっ」
はぁ……何かめっちゃ恥ずかしい。
〜〜〜〜〜
「「ごちそうさまでした」」
色々あったが、スコーンは美味しく完食させてもらった。その後は飲み物を飲みながら、高森さんと雑談を交わした。
スコーンも美味しかったけどアイスコーヒーも美味い。いいお店だ。
「じゃあそろそろ行きましょうか」
「そうだね」
お腹も膨れたところで、俺たちは満足感を抱きながら店を後にした。
「すみません、ご馳走になっちゃって」
「いやいや、高森さんのおかげで美味しいスコーンを食べることができたんだからさ。気にしないでよ」
こういう時にスッと女の子の分も、お会計をするのがデキる男だとどこかで聞いたことがある。
流石に毎度毎度女の子とご飯を食べに行ってこれじゃあお金に困るけど、まぁこんな機会俺にとってそうそう無いだろうし全然構わない。
「じゃあそろそろ帰りましょうか」
「そうだね。今日はありがとう高森さん」
「い、いえいえっ…! お礼をされるようなことなんて」
「そんなことないよ。今日本当に予定なかったからさ、高森さんが誘ってくれたおかげで楽しい時間を過ごせたよ。だからありがとう」
「そ、そうですか…? なら……よかったです。ふふっ」
最近はちょっと忙しかったけど……偶にはこういうゆっくりする時間も大切だよな。すごくいいリフレッシュになった気がする。
「よっしゃ、明日からまたバイトと大学頑張るぞ〜!」
「大学……?」
「ん?」
「あ、あぁっ……!白石さん大学生ですもんね! 18歳ですもんね!」
「……もしかして俺が年上だってこと忘れてた?」
「そ、そんなことはないですよ?あ、あはは」
「俺ってそんなに大学生っぽくないかな…?」
「あ、あの…! いい意味でですよ? いい意味であんまり年上の人って感じがしなくて……し、親しみやすいってことですから!」
「やっぱ年上っぽくないのか……」ズ-ン
「そ、そんなに落ち込まないでくださいよ〜!」
そういえば前に渋谷さんにも言われたな……あんまり年上だと思ってないとか。朝も千川さんに軽く揶揄われたし……
はぁ……大人の男になりたい。