346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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プールサイドは走るな

 

 

 

 ジリジリと鬱陶しい日差しが大地を照りつける。もう少しで10月になるというのに未だ涼しくなる気配すら感じることはできない。一体秋はどこに行ってしまったのだろう。

 

 

「……あっついな」

 

 

 駅前、俺は1人立ち尽くしながらポツリと呟いた。ジッとしているだけだというのに、額には少し汗が浮かんでいる。

 

 ただこの暑さは好都合だ。普段なら暑くて得することなんて滅多にないが、今日に限っては違う。

 

 そう、なぜならば……

 

 

 白石幸輝18歳、今日はこの後人生で初めて女の子と2人でプールに遊びに行くからです!

 

 

 そう、あれは遡ること数日前……公園での色々なハプニングの末に、渋谷さんからありがたいお誘いを受けたのがきっかけだ。

 

 何でプールに行く流れになったかって…?

正直なことを言うと俺もあまり覚えてはいない。とにかく色々とあったことは事実だけど。

 

 

「ふぅ……んんっ」

 

 

 緊張を解す目的で、息を吸って咳払いをする。女子と2人でプールに行くことになって緊張しない訳がない。

 ただそれでも、あの渋谷さんから遊びの誘い、しかもそれがプールのお誘いとあらば断る理由などこれっぽっちも存在しない。

 

 

「……楽しみだなぁ」

 

 

 っと、少し浮かれすぎてるかもしれないな。ここは一旦気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をしよう。

 

 吸って〜、吐いて……吸って〜、吐いて……

 

 

 

「おまたせ」

「えっ? わ、わっ! 渋谷さん! おはよう!」

「おはよ。それより何で深呼吸なんか……」

「な、何でもない!何でもない!あはは……」

 

 

 突然、人影からひょっこりと渋谷さんが姿を現した。1人で深呼吸をするという奇行を見られてしまったが、なんとか勢いで誤魔化すことに成功した。

 

 俺は夏らしく涼しげな服を見に纏った渋谷さんに目をやる。

 

 流石渋谷さん……アイドルだけあってやっぱりオシャレな感じだな。いや、むしろ渋谷さんくらい見た目とスタイルが良ければ何を着ても似合ってしまうんじゃないだろうか?

 

 

 

「……」ウ-ム

「どうかした?」

「えっ!? あぁうん……な、何でもないよ!」

「そう?」

「そ、そんなことよりさ! し、渋谷さん……その服とっても似合ってるね」

「ふふっ、褒め慣れてないのバレバレ」

「ぐっ……で、でも本当に思ってるから!本心だからさ!」

「ふーん……ありがと」

 

 

 お礼を言った直後に、すぐ渋谷さんはそっぽを向いてしまう。

 でもその一瞬の間に見えた渋谷さんの顔が、少しだけ嬉しそうな顔をしていた様に見えたのは、俺の勘違いじゃなければ嬉しいなと思ったら……

 

 

「じゃあ早速行こうか」

「うん」

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 目的の大きなプールは都心から離れた少し田舎の広い土地に存在している。こんな時かっこよく車で送れたら良かったんだろうけど、残念ながら俺は免許こそ持っていれど車は持っていない。なので必然的に移動手段は電車になる。

 

 都心の近くの電車には人がそれなりにいたけど、田舎の方へ行くに連れて人の数は段々と減っていった。

 俺と渋谷さんは座席に座りながら、電車に揺られて目的地へと向かう。

 

 

「プールに行くのなんて久しぶりかも。撮影で海とかなら行ったけど」

「俺もそうだなぁ、最後に行ったのは高2の時かな。高3の時は受験勉強で忙しかったし」

「誰と行ったの?」

「高校の同級生だよ。もちろん男子校だったから全員男だけどね」

 

 

 懐かしいなぁ……華なんて全く無い集まりだったけど、あれはあれで楽しいもんだよな。

 

 

「そういえばあの時は友達の1人が、ナンパをしようとか言い出してさ」

「……ふーん」

「まぁ俺は1人も声かけることできなかったんだけどね。あはは……」

「白石らしいね。光景が目に浮かんでくるよ」

 

 

 まぁ俺は声をかけられなかったけど、声をかけた奴らも1人として成功してなかったんだけどね……悲しい記憶だ。

 

 

「今日はナンパなんかしたら引っ叩くからね」

「あははっ、俺にそんな度胸はないし、第一そんなことする必要がないよ。だって今日は渋谷さんが一緒なんだから」

「……」

「あれ、渋谷さん?」

「アンタって……女子に慣れてなかった癖に、そう言うこと結構平気で言うよね……」プイッ

「え?」

「もういいよ。はぁ……こっちが恥ずかしい」

 

 

 そう言うと渋谷さんは少し赤みがかった顔を、パタパタと手で扇いでいた。

 

 電車の中は冷房が効いてるのに暑いのかな?体調には気をつけておかないとな。

 

 

 

「渋谷さん、体調が悪くなったりしたら遠慮なく言ってね? 塩飴とか色々持ってきてるから!」

「えっ……あ、ありがとう…?」

 

 

 渋谷さんとのプールを楽しむ為に準備は万端だ。今日の俺は誰も止めることはできない。

 

 そんなことを話しているうちに、俺と渋谷さんの乗る電車は目的の駅へと到着したのだった。

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 駅に降りてそこから徒歩で15分程度、俺たちの目的とする巨大プール施設の全貌が見えてきた。

 

 元々楽しみではあったけど、実際にプールそのものを見ると胸の高まりを隠しきれない。   

 

 それは渋谷さんも同じようで、笑いながらプールを眺めている。とりあえず渋谷さんが楽しそうで良かった。

 

 

 

「チケット2枚ください。大人1つと高校生1つで」

「ふーん、白石大人料金なんだ」

「まぁ大体こういうとこって大学生は大人料金だからね」

「なんか生意気。ムカつく」

「理不尽!」

 

 

 受け付けでチケットを購入して、1枚を渋谷さんに手渡す。そして更衣室の前まで歩いたところで打ち合わせをする。

 

 

「じゃあ、更衣室を出たすぐそこで集合ってことでいい?」

「うん、わかった」

「それじゃ」

「ん」

 

 

 渋谷さんと一旦別れて男子更衣室へと入る。

 

 まぁ男の俺は今着ている服を脱いで、海パンを履くだけだからすぐに準備は完了しちゃうんだけどね。

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 男子更衣室を出た俺は渋谷さんがまだ出てきていないことを確認して、女子更衣室の出口がある近くの壁にもたれかかって渋谷さんを待つ。

 

 

「ふぅ〜っ……」

 

 

 大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

 

 ヤバいな……当然のことだけど、あと少しでみ、水着を着た渋谷さんが俺の目の前に現れる訳だよな。そしてそのままプールで遊ぶ訳だけども……俺の心臓もつかな。

 

 あ、あんまりジロジロ見ない方がいいよな……? その……む、胸とか。女の子はそういう視線に敏感だって聞くし、何より渋谷さんに嫌われたくないし……

 

 て、ていうか……まだ渋谷さんが出てきた訳でもないのに今からこんな緊張しててどうする! も、もっと年上らしく余裕を持った態度でだな……

 

 

「すぅ〜、はぁ〜……よしっ」

 

 

 ……覚悟完了。後はここでクールに渋谷さんを待とう。

 

 

 

「ごめん、待った?」

「あ、渋谷さん。全然待って……ない……よ」

「どうかした?」

「い、いや………その……」ポケ-

 

 

 俺の前に現れた水着姿の渋谷さんは……その、なんていうか一言で言うと……とても綺麗だった。

 

 渋谷さんが身に纏っているのはシンプルな黒いビキニだ。スラリと伸びた手足にキュッと引き締まったウエスト。そして水着ではそれが普通なんだろうけど、俺からすればかなり刺激的に感じる胸元……

 

 ちょ、直視できない……

 

 

「なにボーッとしてんの?」

「はっ! あぁ、いやその……み、水着……とっても似合ってるよ!」

「……ありがとう。まぁ普通の水着だけどね」

「ふ、普通だなんてとんでもない!渋谷さんの水着姿はスペシャルだよ!」

「スペシャルって……褒めてんの?それ」

「め、めちゃくちゃ褒めてるよ?」

「ふふっ、じゃあ早速行こっか」

 

 

 渋谷さんと並んでプールサイドを歩く。

 

 正直言うと心臓のバクバクがまったく治まっていない。このままだと楽しむ気持ちより緊張の方が勝ってしまいそうなので、切り替えてプールを楽しむようにしないと…!

 

 

「よし!じゃあ最初はどこに行こっか?」

「どうせなら全部のコーナーとアトラクションで遊びたいよね」

「うーん、でも全部は難しいんじゃない? ここかなり広いよ?」

「ダメ。遊ぶなら全力でやるよ。中途半端は性分じゃないから」

「し、渋谷さん……?」

 

 

 渋谷さんの目の奥には、静かながらも激しく炎がメラメラと燃え盛っているように見えた。

 

 渋谷さん、基本はクールだけどこういう一面もあるよね。熱いというか意外と子どもっぽいというか……まぁそんなとこもギャップがあって可愛いと思う。

 

 

「まずはさ、この波のプールに行かない?」

「うん! じゃあ行こう!」

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 その後、俺と渋谷さんは色んなプールやアトラクションで遊びまくった。

 

 波のプールでは予想外に強い波に呑まれ無様にひっくり返る俺を見て渋谷さんが笑って……

 

 凄く深いプールでは、それを知らずに勢いよく足から浸かって一瞬で頭の先まで沈んだ俺を見て渋谷さんが笑って……

 

 水上アスレチックでは障害物に足を取られた俺が頭から水面に落ちて、それを後ろから見ていた渋谷さんが笑って……

 

 空気を入れたボールの中に入って水面を転がるアトラクションでは、ボールの中で何度も無様に転げ回る俺を見て渋谷さんが爆笑して……

 

 

 あれ……? なんか俺さっきから醜態ばかり晒してない?

 

 

 

 そんなこんなで良い時間になったので、俺と渋谷さんは昼食を取るべくパラソルの刺さったテーブルの下で椅子に座り、フランクフルトと焼きそばを頬張っていた。

 

 

 

 

「はぁ……午前中だけですごい災難に見舞われた気がするよ」

「ふふっ、あんな行く先々で面白いこと起きるなんて……もはや才能だよ」

「褒めてる…?」

「どっちだと思う?」

「……バカにされてる」

「正解」

 

 

 渋谷さんはニコニコしながらストローに口をつけてドリンクを飲んでいる。

 

 ……まぁ、渋谷さんが楽しそうなので良しとしよう。

 

 

 

 

「ふぅ……ん?……はっっっっ!?!?」ガタッ

「えっ、どうかした?」

 

 

 な、なんということだ……と、ととととんでもないことに気がついてしまったぞ……

 

 俺の正面に座っている渋谷さん。そしてその渋谷さんの……渋谷さんの……

 

 

 む、胸の谷間の部分に……食べカスが落っこちている……っ!

 

 

 

「………」

「大丈夫? お腹でも痛いの?」

 

 

 こ、これは教えてあげるべきだよな……?ただの親切だし何も問題はないよな…!?

 

 いや待てよ、そんなことをしたら……俺がまるで渋谷さんの谷間を見ていたみたいじゃないか!? いやまぁ、実際に見たから気づいたという話ではあるんだけど……

 

 いや大丈夫だ。決してスケベな気持ちで見た訳じゃないんだ……何か付いていたから気になって視線を移しただけなんだから。そうだよ、だから指摘をしても何も問題はないっ!

 

 

「……渋谷さん」

「な、なに……?」

 

 

 俺は顔の前で手を重ねる碇ゲ◯ンドウみたいなポーズを取りながら、渋谷さんへと語りかける。

 

 

「……食べカスが落ちてるよ」

「えっ、どこ?」

「いや、だからさ……その」

「あ、本当だ……ありがと」

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 

 

「え、まさかそれを伝えるかどうか迷ってたの?」

「……うん」

「べ、別に気にしなくていいのに……ていうかあんま気にされるとそっちの方が恥ずかしいしさ……」

「だ、だってさ……何かめっちゃ胸見てたみたいになるじゃん…?」

「女の子はそういう視線には敏感だから。ずっと見られてたら気づいてるよ」

「……そ、そうなんだ」

 

 

 何ソレ、女の子すごいな。 そんな能力を持ってるの?ニュータイプなのかな?

 

 

「アンタは基本的に話す時は顔を見てるタイプだから、ずっと体を見られてたら気づいて言ってるよ」

「へぇ〜……ん? 基本的にってことは……」

「まぁ、偶にチラッと……体に視線感じることは……あるけどさ」

「す、すんませんしたぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 ま、まさか……最初に渋谷さんの水着姿を見た時に、ちょっとだけ胸元とかを見てしまったのが気づかれていたのか……?

 

 

「別にいいよ。水着なんだからさ、そういうこともあるって分かってるし」

「そ、そっか。ふぅ……よかった、俺が胸ばっか見てるスケベだと思われてるんじゃないかと思ったよ」

「いや、アンタがスケベなのは事実でしょ。

むっつりだし」

「えっ?」

 

 

「よし、じゃあそろそろ行こっか。次はあっちのスライダーゾーンにさ」

「あ、ちょっと待ってよ渋谷さん!」

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 今日来ているこのプールには、所謂ウォータースライダーが3つある。どれも巨大で見た目のインパクトは抜群だ。

 

 俺と渋谷さんはその内2つを滑り終えて、最後の3つ目になるスライダーの列に並んでいた。

 

 ちなみに渋谷さんは今サングラスをかけている。人混みの中ではこうして少しだけ変装をすれば案外バレることはないらしい。

 

 

 

「さっきのやつすごかったね〜」

「うん、すごいスピードでちょっとびっくりした」

「でも今並んでるこれが1番大きいね。ちょっと怖いくらいだよ」

「あれ?白石ビビってるの?」

「び、ビビってる訳ではないよ! ちょっと怖そうだなって思っただけだ!」

「それをビビってるって言うんだよ。ふふっ」

 

 

 渋谷さんと楽しく雑談を交わしているとあっという間に列は進み、すぐに1番上のスタート地点まで辿り着く。

 

 そしてスタート地点にいる係員のお姉さんが笑顔で話しかけてきた。

 

 

「はーい! お二人様ですね〜! あら、可愛い彼女さんと優しそうな彼氏さんですね〜!」

 

 

 いや彼氏じゃないですし、そこは俺もカッコいいとか言ってくれても良くないですか?

 

 

「では今からこのらぶらぶすらいだ〜♡の説明を致しますね〜」

 

「「はぁっ!?」」

 

 

 え……い、今なんて? 何か変な名前が聞こえた気がするんだけど……

 

 

「こちらのアトラクションは、男女ペアでのみのご参加となっております! 遊び方は簡単で2人でこちらのボートに乗って頂き、彼女さんは前に、そして彼氏さんは後ろから彼女さんを抱き抱える様にして滑っていただきま〜す!」

 

「「ちょ、ちょっと待ってください!」」

 

「どうかいたしましたか?」

 

 

 俺と渋谷さんの慌てた様な声が重なった。俺たちは必死に係員のお姉さんに向かって弁明をする。

 

 

「お、俺たち別に付き合ってるとかじゃないんで!」

「そ、そうです…!」

「だから抱きつくとかそういうのはナシで……ふ、普通でいいんで! 」

「う、うん…!」

 

 

「あ〜、なるほど……」

「わかってくれましたか!?」

 

 

「お互い素直になれない時期なんですね〜!大丈夫ですよ!そういう方たちはたくさんいますけど、このらぶらぶすらいだ〜♡に乗れば仲も急接近しますから!」

「話を聞かないな!このお姉さん!」

 

 

 い、いや流石にまずいって!こんな水着で密着とか……

 

 水着なんて実は8割裸だからね!? 俺なんか上半身に至っては普通に裸だからね!?

 

 

 

「はいは〜い、後が支えてますからね〜」グイグイ

「ちょ、ちょっと……」

「彼女さんは前に座って、ここを掴んでいてくださいね〜」

 

 

「それで彼氏くんは彼女さんの体に掴まって……落ちると危ないのでちゃんと掴まってくださいね〜」グググッ

「ちょ、ちょっと! って、力強いですねお姉さん!」

 

 

 俺と渋谷さんは背中を押されてボートの上に乗せられる。そしてお姉さんは俺の腕を掴み力づくで渋谷さんの腰を掴ませた。

 

 

 ガシッ!

 

 

「ひゃっ…!」

「あっ、ご、ごめん…!」

 

 

 ってか、渋谷さん腰ほっっっそ……!これ本当に同じ人間かよ!いやでも、ちゃんと柔らかくて……って! そんなこと考えてる場合じゃない!

 

 

「ちょっと白石っ……どこ触って…っ!」

「ま、マジですいませんっ…!!」

「んっ…! へ、変なとこ触ったら引っ叩くからね!」

「触らないから!」

 

 

「イチャイチャするのもほどほどに、それでは行ってらっしゃ〜い!」

 

 

 ドンッ!

 

 

 

「うぉぉぉぁぉぉぉ!!!」

「わっ……!」

 

 

 

 お姉さんは問答無用で俺たちの乗るボートを後ろからスライダーへと突き落とした。

 とんでもない角度で俺たちは急降下していき、恐怖と驚きからただただ大きな声を出す。

 

 

「ちょっ…! こ、これっ!スピード出すぎじゃ!? さっきまでのと全然ちがっ…!」

「ひゃっ…! ちょっ、も、揉ないでっ!」

「えっ!? あ、ごめっ……ぶはっ…!」

 

 

 水が凄い勢いで顔にぶつかって……! め、目に水がぁ…っ!

 

 

 

「って! 渋谷さん前!前!」

「えっ……うわっ…!」

 

 

 とてつもない角度で曲がる急カーブにボートと俺たちの体はぐわんぐわん激しく揺れる。

 

 め、めちゃくちゃだこのスライダー……!

 

 

「あっ……ご、ゴール…!」

「い、いやいや…! こんなスピードで突っ込んだら…!」

 

 

 やっとスライダーの終わりが見えた。激しい衝撃に備えて俺は咄嗟に渋谷さんの体を後ろから抱きしめる。

 

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」

 

 

 ジャッッバァァァン!!と激しい音を立てながら、俺と渋谷さんとボートは勢いよく水面に放り出された。

 

 

 

 

 

「げほ……っ! し、死ぬかと思った……」

「はぁ……はぁ……」

 

 

 俺と渋谷さんはゾンビの様に重々しく水中から姿を現す。ぜーぜーと息を切らしながらお互いの姿を確認すると、髪がぐちゃぐちゃに乱れている。

 

 

「……は、はははっ」

「……ふっ、あははっ!」

 

 

 お互いに顔を合わせてると自然に笑い声が湧き出す。もう笑うしかないというやつだ。

 

 

「はぁ……すごかったね、これは……」

「うん、ちょっと想像以上だった」

 

 

 2人でゆっくりとプールサイドに上がる。

 すると俺たちの後ろに並んでいた人たちも凄い叫び声を上げながら落ちてきて、それを見て苦笑いを浮かべる。

 

 あー、めっちゃ耳に水入った。

 

 

 

「アンタ、私に言わなきゃいけないことがあるんじゃないの?」

「えっ?……あ、あぁっ! いや、さっきのは……と、とにかく体触っちゃってごめんなさい! でも一つだけ弁明させて頂くと、あれはお姉さんが……」

「ま、別に……いいけどさ」

 

 

 ゆ、許してくれた……渋谷さんの寛大な心に感謝だな。

 

 ていうかさっきまでは勢いがありすぎて冷静じゃなかったけど……冷静になって振り返ると凄いアトラクションだったな。

 

 な、なんか……今さらになってドキドキしてきたような……

 

 

 ピトッ…

 

 

「ひょわっ!? し、渋谷さんっ!?」

「アンタも触ったんだし、これでお相子でしょ」

「え、えぇ……」

「ていうか、変な声出さないでよ。ひょわ〜ってさ……ふふっ」

「そ、そんなに間抜けだった…?」

 

 

 渋谷さんは俺の体に手を伸ばして、お腹や胸板なんかをペタペタと触っている。

 

 ……な、なんだこの状況は。渋谷さんがめっちゃ俺の体触って……い、いかんいかん!心を無にしろ。こういう時は母さんを思い出せ……

 

 

「……硬いね」

 

 

 体の話です。

 

 

 

「……全然違うね、私と」

「そ、そうかな? 俺なんて特別ムキムキな方とかじゃないと思うけど……あっほら、向こうの人見てよ。めちゃくちゃムキムキだよ」

「ふふっ、もういいよ。ありがと」

「えっ……あ、そう?」

 

 

 渋谷さんの手が体から離れる。なんだかちょっと名残惜しい様な気もするけど……そんなことは言いっこなしだ。

 

 

「さて、じゃあ次はどこいこっか。まだまだ行ってないとこはあるからね」

「そうだなぁ……じゃあ次は……」

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 あれから数時間が経った。あの後も俺と渋谷さんは色んな場所を回ってたくさん泳ぎ遊んだ。

 こんなことを自分で言うのもなんだけど、渋谷さんもとても楽しんでくれたと思う。もちろん俺もめちゃくちゃ楽しかった。

 

 

 時刻は夕方の17:30頃、あんなに元気だった太陽も沈みかけて、世界はオレンジ色の綺麗な光で照らされている。

 

 俺は更衣室で水着から普段着への着替えを済ませて、渋谷さんが出てくるのを待っていた。

 

 

 

「お、ちょっと焼けたかな……」

「そんな変わってないよ」

「あ、渋谷さん」

「おまたせ」

 

 

 腕を見ながら独り言を呟くと、着替えを済ませた渋谷さんが更衣室から出てきて俺に声をかけた。

 

 

「じゃあ暗くなる前に帰ろうか」

「そうだね」

 

 

 俺と渋谷さんは駅に向かって歩き出す。楽しかった時間が終わりを告げるのはとても寂しいけど仕方がない。

 

 電車の中でも他愛のない雑談を交わした。プールで泳いだ後って異常に体が疲れるよね〜、とかそんな話だったと思う。

 

 電車の心地よい揺れに体を預けて、お互いにこくりこくりとウトウトしつつも、朝に待ち合わせをした駅へと辿り着く。

 

 

 

「到着〜!」

「お疲れ」

「うん、渋谷さんもお疲れ様」

 

 

 まぁ俺は肉体的には疲れてるけど、精神的な面ではすごく楽しかったしまだまだ元気だけど……

 

 

「渋谷さん、今日は誘ってくれてありがとう。すごい楽しかったよ!」

「うん、私も楽しかった」

「実を言うとさ、ちょっとだけ不安だったんだ。俺女の子と2人で遊びに行ったこととかないから大丈夫かなって……でもそんなこと全然気にならなかったよ」

 

 

 そう言うと渋谷さんはニコリと笑顔を浮かべてくれる。

 本当に楽しかった、渋谷さんと今日こうして出かけることができてよかった。

 

 

 

「じゃあ今日はここで解散にしよっか」

「え? 渋谷さんの家まで送るよ。そんなに遠くないし」

「いいよ。疲れてるでしょ? 本当に大丈夫だからさ」

「そ、そう…? 渋谷さんがそう言うなら……」

 

 

 本人がいいって言ってるのにあんまりしつこくしても鬱陶しいだろうしな。今日は本当にここで解散みたいだ。

 

 

「じゃあ行くね。また今度」

「あ、うん。またね渋谷さん」

「ん」

 

 

 そう言って微笑むと渋谷さんは俺に背を向けて歩き出した。俺はそんな渋谷さんの背中を見つめて今日1日を振り返る。

 

 

 本当に今日は楽しかったなぁ。まさか女の子と2人で遊びに行くなんて、数ヶ月前の俺に言っても信じてもらえないだろうな。

 

 今日の思い出は大事にしよう。こんな風に渋谷さんと一緒に出かけられる機会なんて多分もう無いだろうし……

 

 

 

「もう、無い……か」

 

 

 

 

 あれ、それは嫌だな……

 

 俺は漠然とそんな風に思った。渋谷さんと遊びにに出かけるのが今回限りになることが嫌だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

「し、渋谷さん!」

「うわっ、ビックリした……どうしたの?」

「あ、あのさ」

 

 

 俺は渋谷さんを追いかけて行き、後ろから声をかけるとビックリした様子で目を見開いていた。

 

 

 

「ま、また今度……今日みたいに出かけることってできるかな?」

「え?」

「えーっと……その、俺今日は渋谷さんと一緒で本当に楽しくてさ! それなのに今回限りなのは嫌で……え、えっと……つまり……!」

 

 

 ダメだ……自分でも何を言いたいのか上手く頭の中でまとまらない。

 

 

 

「お、俺! また渋谷さんと今日みたいに出かけたいんだ!………だ、だめかな…?」

「………」

 

 

 い、勢いに任せて言ってしまったけど……これで嫌だとか言われたら俺立ち直れないかもしれないぞ。

 

 

「ふふっ」

「し、渋谷さん……?」

 

 

 

「次はアンタの方から誘ってね」

「えっ?」

「じゃあね。それとさ、今日楽しかったのは私も同じだから……」

「あ……うん、またね」

 

 

 

 渋谷さんはそう言ってまた俺に背を向けて歩き出した。

 

 い、今のは……オッケーってことだよね…?

 

 

 

「……あれ、何だこれ…?」

 

 

 うるさいほど胸がバクバクしている。胸の奥からジーンとした熱が溢れて体全体が熱くなる。

 

 今の俺の気持ちを表現するなら……めちゃくちゃ嬉しいって感じだ。

 

 

 

「……俺も帰るか」

 

 

 

 こうして俺と渋谷さんのお出かけは幕を閉じたのだった。

 

 

 

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