346プロの雑用バイト君 作:焼肉定食
11月、すっかり夏のような暑さは消え去り、冷えた風が紅葉した落ち葉を揺らす。
俺はそんな冷えた風を体に浴びながら事務所の敷地内で1人立ち尽くす。
今日はどちらかと言えば寒い寄りではあるけど、暑すぎもなく寒すぎることもない。高森さん的に言えば散歩日和になるだろう。
しかし、そんな気持ちのいい天候とは裏腹に俺はモヤモヤとした思いを抱えていた。
その理由は1つ。最近、渋谷さんに彼氏のように仲の良い男がいるらしい……という話を本田さんに聞かされたからだ。
〜〜〜〜
〜遡ること1時間程前〜
「なんか最近さぁ、しぶりんに男の影を感じるんだよね〜」
「えっ……ま、マジで…?」
「マジマジ。未央ちゃんの女の勘によると好きな男でもできたのか、もう既に彼氏がいるのか……どっちかって感じ!」
渋谷さんに……男の影…!?
それはバイトを終えて事務所の敷地内を歩いてた時に、偶然にも遭遇した本田さんから落とされた特大級の爆弾だった。
俺は思わず手に持っていたスマホを地面に落とす。
「ち、ちなみに、何でそう思ったのかな…?」
「んー? だって最近スマホ眺めてる時に乙女の顔してる時あるし」
「お、乙女の顔…?」
「それに、しぶりんが今度出かけるって言ってたからさ? 誰と行くの〜? って聞いたら、顔を赤くして内緒だって言ってたし」
「……ま、マジか」
「これって絶対に相手は男の人だと思うんだよね〜」
ぐっ…! まさか渋谷さんにそこまで親しい男性がいたなんて……
どんな人だろう。同級生のイケメン男子…?それとも年上の包容力溢れる男…?
うぅ……何だろう。渋谷さんがそんな奴らと仲良くしている姿を想像すると、形容し難い感情が胸の奥から溢れ出てきた気がする。
「しらしーどうしたの? そんな、真夏に間違えてあったか〜い飲み物を買っちゃった時の絶望感……みたいな顔して」
「最悪じゃんそれ……ていうか俺そんな絶望的な顔してた?」
「うん。魂が抜けたみたいな顔してたよ」
俺、そんなわかりやすくガッカリしてる顔になってたのかな…?
本田さんはそんな俺に対して、心配そうな眼差しを向けてくれている。優しいなぁ……
「ねぇ、しらしーってもしかして、しぶりんのこと……」
「ん?」
「……いや、やっぱ何でもない!」
本田さんが何かを言いかけたけど、口に出す寸前の所でそれを飲み込んだ。
「よしっ! それじゃあしらしーの為に、未央ちゃんが調査してきてあげるよ!」
「え、調査?」
「私がしぶりんの周りに潜む男の影を明かしてみせるよ!」ドンッ
「お、おぉっ…!」
本田さんは、私に任せろと言わんばかりの勢いで強く自分の胸を叩いた。
その瞬間、俺には本田さんが女神に見えた。慈愛に満ちた心優しき女神様だ。
「じゃあ、ちょっとしぶりんのとこ行ってくるから待ってて!」
「よ、よろしくお願いしますっ…!」
勢いよく走り出した本田さんに向かって、俺も勢いよく一礼をして見送った。
〜〜〜〜〜
と、そんな訳で冒頭の状態に至る。
俺はそわそわと落ち着かない様子で、緊張しながら本田さんの帰りを待っている。具体的にどのくらい緊張しているかと言うと、受験の合格発表10分前くらいだ。
「本田さん……早く帰ってこないかな」
俺は誰にも聞こえないような声でポツリと呟いた。
早く帰ってきてくれないと……緊張と不安でどうにかなりそうだ。具体的に言うと、口から心臓が飛び出してきそうだ……
〜〜〜〜
「やっほ〜! しぶりん!」
「あ、未央。おはよう」
しらしーと別れてから数十分後、ようやくベンチに座って休憩しているしぶりんを発見!
丁度いいから私も横に座って事情聴取させてもらうとしますか〜
「しぶりんはこれからレッスン?」
「うん。未央は?」
「私はもう終わったよ〜! 今日はもう何もないんだ〜」
「そっか」
さてさて、どう切り込んでいこうか。まさかいきなり「彼氏いる?」なんて聞く訳にもいかないし……
「ね、ねぇしぶりん! 最近何か良いことあった?」
「えっ? 急にどうしたの?」
「へっ!?あ、あーいや……さ、最近しぶりん何だか楽しそうだな〜って思ってさ!」
「そうかな? いつも通りだと思うけど」
しぶりんは首を傾げて不思議そうに私を見つめてくる。
ち、違う……こうじゃない。 こんな聞き方しても肝心なことは何も聞き出せない!
「わ、私の学校の友達がさ〜? 最近彼氏が出来たとかでいっつも幸せそうなんだよね〜!」
「それはおめでたいね」
「で、でしょ〜? そ、それでさ! やっぱり私も1人の女子高生としては、そういう青春が少し羨ましかったりする訳でさ〜! し、しぶりんはどう? そういうのに憧れたりする!?」
……ちょ、ちょっと話の持っていき方が無理やりだったかな?
しぶりん黙っちゃったし、怪しまれてたりしなければいいけど……
「私は……よく分かんないかな。ていうかアイドルやってるし」
「で、でも恋愛が禁止されてる訳じゃないじゃん!?」
「それはそうだけど……ていうか未央、さっきから何か変じゃない?」ジト-
「ふぁっ!?」
し、しぶりんめっちゃ睨んでる! やばいよやばいよ! 流石にいきなり恋愛方面の話をするのはまずかったかも……だって普段はそんな話しないもんなぁ。
「あ、あはは〜! な、何でもない!何でもないよ〜!」
「ふーん……」
「うっ……」
だ、ダメだ…めちゃくちゃ怪しまれてるよ!
これはもうこれ以上話を聞くのは難しいかも……あれ?
「未央? どうかしたの?」
「あ、ごめんしぶりん。ちょっとメールが来て……」
ポケットからスマホを取り出して画面を覗く。するとそこには「しらしー」と登録された名前からの通知が……
しらしー: 『本田さん、まだでしか?』
「ぶふっ!」
「え、み、未央……? どうしたの?」
「ご、ごめん……何でもないから……」
し、しらしー焦って誤字ってるよ! 思わず笑っちゃったじゃん!
文面はそっけないけどしらしーの焦りはかなり伝わってくる内容だったから、なるべく早く戻ってあげないと……
「誰から?」
「あ、うん……ちょっとしらしーからね」
「……ふーん」
「ん? どうかした?」
「アイツとこんな風によくやり取りしてるの?」
「えっ?」
あれ? なんだろう、しぶりんの雰囲気がちょっと変わったような……心なしか冷ややかな空気感になったような気がするんだけど……
「い、いやいや……別に普段からそんなやり取りしてる訳じゃないんだけど、今はちょっとね?」
「ふーん」
「あ、実はさっきまで2人で会っててさ!その時の話の続きというかなんというか……」
「2人で?……ふーん」
あ、あわわわ……! 何かしぶりんが怖いよぉ〜! 声は小さいけどすっごい圧を感じる……
ピコン! ピコン! ピコン!
「あっ……」
「スマホ、鳴ってるけど?」
「そ、そうだね〜……」
しぶりんに促されて恐る恐るスマホの画面を確認すると、そこにはしらしーからの怒涛のメールが……
しらしー:『本田さん、早く戻ってきてほしい』
しらしー:『すごいドキドキしてる』
しらしー:『心臓が爆発しそう、口から心臓飛び出しそう』
んもぉぉぉぉぉぉ!! 今はそんな場合じゃないってのに〜!
というかしらしーメンタル弱いなぁ! もうちょっと待っててよ!
「なにこれ? どういうこと?」
「はっ…!」
「ドキドキしてる、早く戻って来て欲しい……2人で何してたの?」
「も、もう〜っ! 人のスマホの画面覗き見するなんて、しぶりんも悪ですな〜!」
「今はそういうのいいから」
ひ、ひぃぃぃぃ〜〜!! しぶりん怖いよ!
絶対零度だよ! 何だかよく分かんないけど敵意剥き出しだよ!
も、もうこれ以上ここには居られない! 撤退しよう!
「あ、あ〜! 私ちょっと用事を思い出したから〜! そろそろ行くねー!」
「あ、ちょっと未央!」
「ばいばい!しぶり〜ん! また明日〜!」
しぶりんの言葉を待たずにその場から退散する。まさに一目散ってやつだ。
とりあえずしらしーの待ってるとこに戻ることにしよう。
〜〜〜〜
「あ、本田さんおかえり! って……何か疲れてそうだけど、どうかしたの?」
「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと走ってきたから……」ゼェゼェ
しらしーの元に戻ると、私の姿を見つけたしらしーは目を輝かせて声をかけてきた。まさに待ってました!って感じだ。
「そ、それよりしらしー! 変なメール送ってこないでよ! あれのせいでしぶりんに怪しまれたんだからね!」
「え? あ、あぁ……ごめん。ちょっと俺も焦ってたみたいでさ」
しらしーは綺麗に頭を下げて謝罪をしてきた。そこまで真剣に謝られちゃ怒る気も無くなるというものだ。
「ま、まぁ……もういいけどさ」
「ありがとう。それで、渋谷さんに男の影がどうこうって話は……どうだった?」
「あ、それなんだけどさ……ごめんね。大した情報は聞けなかったよ」
「あ、謝らないでよ本田さん! 俺は全然気にしてないからさ!」
「そ、そう?」
しらしーはそう言ってくれてるけど……あんなに自信満々に飛び出して行った手前、何だか申し訳ないなぁ。
「それより本田さん、随分と息が切れてたけど大丈夫?」
「う、うん! これでも結構鍛えてるから全然平気……って、わっ!」
「あ、危ない!」
ガシッ
その場から動こうとしたその瞬間、足がもつれて体が前に倒れそうになってしまう。
だけど私の体が倒れることはなかった。前にいたしらしーが咄嗟に私の体を受け止めてくれたからだ。
「大丈夫? 本田さん」
「あ、ありがとう……」
「やっぱりまだ疲れてるんじゃない?」
「そ、そうかな……?あはは、助けられちゃったね」
意図した訳じゃないけど、しらしーと体が密着してしまっている。私の体を受け止めたその体は、女の子の体とは違って硬かった。
……ふむふむ、こういうのも悪くはありませんなぁ。なんだか落ち着くし、私もいつか恋人が出来たりしたらこんな風に……
なーんちゃって!あはは!
私はしらしーから離れようと後ろを振り返ると、その次の瞬間、私の心臓はビクッと跳ね上がった。
「……何してんの? 2人とも」ゴゴゴ
そこには私としらしーを鋭い眼光で睨みつける
「し、しぶりんっ!?」
「あ、渋谷さん。おはよう」
「おはよう。それで、アンタたち一体何してんの?」ゴゴゴ
ひ、ひぇぇ〜っ!! しぶりんから何か蒼いオーラが出てるよ〜!
ていうかしらしーは普通に挨拶してるけど、しぶりんが怒ってるのに気づいてないの!?
「何をしてるって……別に何も?」
「そんなにお互いくっついて何もしてないってことは無いでしょ」
「えっ? うわぁ!? ほ、本当だ……ご、ごめん本田さん! 咄嗟だったから!」
しらしーは私の体からパッと手を退けて離れていく。
「だ、大丈夫? 俺変なとこ触ってなかった…?」
「う、ううん! そんなことないよ! 助けてくれて感謝してるよ」
「そ、そう?」
「うんうん!」
「イチャつくならどっか別の場所でやってくれる?」ゴゴゴ
「ひぃっ!?」
そ、そうだ……そんなことより今はしぶりんをどうにかしなきゃ。
ていうかしぶりんは何であんなに怒ってるんだろう……?
もしかして私としらしーがくっついてるのを見たから?そういえばさっきも私としらしーがメールしてるって知って不機嫌になってたような……
え、まさかしぶりん……?
「……」ピトッ
「え、ほ、本田さんっ!?」
「……何でもう一回くっついたの?」ゴゴゴゴ
やっぱり……
え、ということはしぶりんって……!
ん?待てよ、しらしーもしぶりんのこと……え、じゃあこの2人って…!
「う、うっそぉぉぉ〜っ!?」
「うぉっ……ど、どうしたの本田さん?」
「いいからとりあえず離れなよ」
わ、わわわっ…! ど、どうしよう……まさかそんな、この2人が……
「しらしーはちょっとここで待ってて!」
「えっ? ほ、本田さん!」
「そんでしぶりんはこっち来て!」
「は? ちょ、ちょっと未央!」
しぶりんを物陰に連れて行きしらしーから離す。そしてド直球の質問を投げかける。
「しぶりんって、しらしーのこと好きなの?」
「……は、はぁっ!?」
「うわ、顔真っ赤だよ〜!」
しぶりんの顔は一瞬でゆでダコのように赤く染まり私を睨みつける。
これはこれは……さっきまでの鋭い眼光も、もう全然怖くないですぞ〜?
「べ、別に好きとかじゃ…!」
「うんうん、いいんだよしぶりん」ポンポン
「全部分かってますよ風に肩叩かないで!」
「私はしぶりんの味方だよ!」
「だ、だからぁ!」
あはは〜! しぶりんったら分かりやすくて可愛いなぁ。
「あ、そういえばしぶりんさ……この前出かけるって言ってて、誰と行くのか聞いたら内緒って言ってたよね?」
「……そ、それが?」
「あれもしらしーなんでしょ」
「……」
その沈黙は肯定という意味かな?なるほどねぇ……しぶりんに最近潜んでいた男の影はしらしーだったのかぁ。
「あ、私そろそろレッスンに行かなきゃ……」
「そうなの? 頑張ってね!」
「……」ジ-
「ん?」
「わ、私がどっか行った途端に……さっきみたいなことしないでよね……」
「しぶりん〜!」
「わぶっ……」
顔を赤くしながら小さな声で喋るしぶりんがあまりにも可愛くてついつい抱きしめてしまう。
あ〜もう! しぶりん可愛いすぎるよ! 完全に恋する乙女だよ〜!
「安心してしぶりん! 私は2人のこと応援するよ!」
「……べ、別に応援とかそういうんじゃ」
「じゃあ私も行くね! ばいばい〜!」
私はしぶりんから離れて置いてけぼりになっているしらしーの元へと向かう。
早くしらしーの不安も取り除いてあげないとね!
〜〜〜〜
「本田さんと渋谷さん、何を話してるんだろう……」
2人が向こうの物陰に行って10分くらいが経った。けれどまだ姿を見せることはない。
自分から行こうかとも思ったけど、わざわざ俺から離れたってことは聞かれたくない内容を話してるんだろうし……待つしかないよなぁ。
「しらしー!」
「あ、本田さんおかえり。渋谷さんは?」
「しぶりんはレッスンに行ったよ! それより、それより〜!」
「……な、何かテンション高いね、本田さん」
本田さんは俺の周りをピョンピョンと跳ね回って楽しそうにしている。
何か元気な小動物みたいで微笑ましいけど、何でこんなにテンション高いんだろう…?
「さっきのしぶりんに男の影がするって話だけどさ!」
「え?あ、あぁ……うん」
「私の勘違いだったみたい! だから安心していいよ!」
「えっ……あ、そうなんだ」
そっか……勘違いだったんだ。何かホッとしたかも。
ていうか本田さん何でこんなに楽しそうなんだろう?
「だからしらしーは遠慮なくしぶりんにアタックして良いんだよ!」
「ん?」
「えっ? 好きなんでしょ? しぶりんのこと」
「……ふぁっ!?」
本田さんはキョトンとした表情で爆弾発言をする。あまりにも軽いノリで言うものだから、俺は度肝を抜かれて大声を出す。
「ほ、本田さん!? な、ななな何をおっしゃっているのやら!」
「いやいや、よく考えてごらんよ。しぶりんに男の影があるかもって知って不安になるのは、どう考えてもしぶりんのこと好きだからでしょ?」
「そ、それは……」
うっ……確かに渋谷さんに彼氏がいるのかもって聞いた時は不安だったし、渋谷さんといると楽しかったりもするけど……
ま、マジか……俺って渋谷さんのこと……
「私はしらしーのこと応援してるよ! 頑張ってね!」
「ほ、本田さん……」
本田さんは笑顔を浮かべながらバシバシと俺の背中を叩いている。
そっか……俺、渋谷さんのこと好きなのか。
ヤバいな……自覚した途端に顔が熱くなってきて心臓がバクバクうるさくなってきた。今度渋谷さんに会った時、平常心を保っていられるだろうか……
「それで、しぶりんのどんなとこが好きになったの!?」
「えっ!?」
「いいじゃんそのくらい教えてよ〜!」
「ど、どこがって言われても……」
やっぱり一緒にいて楽しいし、落ち着くから性格とか中身が好きなのか…? いやでも正直に言うと顔もすごい可愛いと思うし……
「容姿が好みだったの? それとも性格? しぶりんってクールな見た目してるけどすごく優しいしなぁ〜!」
「いや、今本田さんが上げたやつは全部好きだと思うけど……あっ」
「ひゅ〜! ひゅ〜! ベタ惚れじゃんかよ〜!」
「や、やめてくれ〜!」
本田さんはめちゃくちゃニヤニヤしながら肘で腹を突いてくる。何か言おうとしても頭が真っ白になって言葉が出てこない。
こんな調子で大丈夫なのか……? 俺よ。