346プロの雑用バイト君 作:焼肉定食
渋谷さんのことが好きだと自覚してから一ヶ月が経ち……季節は12月の頭。
好きだという気持ちを自覚した俺はそこから渋谷さんと急激な接近を果たして……
なんて都合のいい話は存在していない。
「ちょっとしらしー! 何で最近しぶりんのこと避けてるの!?」
「うっ、別に避けてる訳じゃあ……」
「あれから一ヶ月も経ったのに何も進展してないじゃん!」
「め、面目ないです……本当に」
俺は事務所の中にある一室で正座をしながら本田さんからのお説教を浴びていた。
女子高生に説教をされる男子大学生という絵面は実に情けない物だろう。でも事実として俺は情けない男だから何も言い返すことはできない。
「何で好きだって気づいたのにアタックしないのさ!」
「す、好きだって気づいたからと言いますか……何と言うか」
「かぁ〜! これだから草食系は!」
「ま、まぁまぁ……未央ちゃん落ち着いて?」
島村さんが隣で激昂する本田さんをやんわりと嗜める。
……何故島村さんもいるかって? それは俺がたまたま島村さんと話をしていた時に、激昂した本田さんがやってきて2人まとめてこの部屋に拉致されたからだ。
そして流れで俺が渋谷さんのことを好きだということまでバレてしまったのだ……
「そ、それにしても驚きました……白石さんが凛ちゃんのこと……す、好きだったなんて」
「うっ……そ、そうだよね」
「で、でも私応援しますよ! 頑張ってください!」ニコッ
「し、島村さん……!」
久しぶりに見た島村さんの笑顔……癒されるなぁ。
これはマジで人体にいい影響を与えると思うんだけど、どっかの学会とかが正式に調べてみてくれないだろうか。
「何を和んでるのさ!」
「ほ、本田さん……近い近い」
「そんなことより! 何で最近しぶりんのこと避けてるの!?」
「うっ……」
実を言うと、俺は渋谷さんのことが好きだと自覚したあの日からまともに会話をすることができていない。
理由は単純で情けない物だ。単に渋谷さんの姿を見た途端に、頭が沸騰して何を話していいのか分からなくなってしまう。
まるで渋谷さんと最初出会った頃に逆戻りしてしまったみたいだ……
「実は……いざ話しかけようとすると、頭の中が真っ白になって何を話せばよいのやら……」
「だからってそのままじゃ何も始まらないよ!」
「……仰る通りでございます」
「ちゃんと話さないと仲は進展しませんよ?」
「本当にその通りです……はい」
これは100%本田さんと島村さんの言う通りだ。むしろ好きだと気づいてからの方がよそよそしくなってしまっている気がする。
「で、でもさぁ、渋谷さんが可愛すぎるのも原因だと思うんだよね……」
「えっ?」
「あんなに可愛い顔で話しかけられたら頭も真っ白になるよね。うんうん」
「……わ、わぁ〜」
「しまむー、引いちゃダメだよ。しらしー今、しぶりん好き好き病になってておかしくなってるんだよ」
そう、好きだと気づいて以降俺の視界に映る渋谷さんは、以前より格段に素敵に見えてしまって仕方ないのだ。
もちろん好きになる前から可愛いとは思ってたけど……
だからこそ渋谷さんを前にすると、バイトを始める前の女性耐性0だった俺に戻ってしまっうんだよね。
「はぁ……好き同士なんだからちょっと歩み寄ればすぐにくっつけるのになぁ」ボソッ
「え、未央ちゃん今何か言いましたか?」
「いや、何でもないよしまむー。これは私から言うべきじゃないしね」
「……?」
「それよりしらしー!」
「は、はいっ!」
本田さんは大きな声を出しながら、俺の方へとビシッと指を向ける。
「もうしぶりんの前でキョドキョドするの禁止だからね!」
「……ぜ、善処します」
「よし、じゃあ早速しぶりんのとこ行ってこい!」
「い、今からぁ!?」
「当たり前でしょ! そんでデートにでも誘ってきなよ!」グイグイ
「ちょ、で、デートなんて……そんなこと言われてもなぁ」
本田さんは俺の背中をグイグイと押して部屋から追い出す。
い、いきなりデートに誘えとか言われても……俺そんな経験ないから誘い方なんて分からないぞ。
「今凛ちゃんに連絡してみたら、中庭にいるらしいです!」
「でかしたしまむー! さぁ行ってこい!」
「ま、マジかぁ……」
……ど、どうしよう。何て声を掛けたらいいんだろうなぁ。
〜〜〜〜
あの後、トボトボと1人歩きながら中庭の方へと向かうと渋谷さんの姿を確認することができた。
その後ろ姿を見ただけでも体が熱くなるのを感じる。胸の鼓動が速くなり、緊張感が体中を駆け巡る。
俺は勇気を振り絞って、震える声で渋谷さんにも声を掛けた。
「し、渋谷さん……お、おはよう!」
「あ、おはよ」
「……」
「……?」
あっ……ヤバい。何も言葉が出てこない。
ていうか渋谷さんのキョトンとした表情可愛いなぁ……。ていうか渋谷さんめちゃくちゃ可愛くない? やっば……めっちゃ可愛いじゃん。
「ちょっと、大丈夫?」
「うぉっ!? だ、大丈夫!大丈夫!あ、あはは……」
だ、ダメだ!ダメだ! このままじゃ何も変わらない。しっかりしないと……
ブ-! ブ-! ブ-!
「ん?」
「あれ、連絡来てるよ。確認したら?」
「え、あ、あぁ……うん」
俺はポケットからスマホを取り出すと、本田さんからのメールが届いていた。
本田さん:『押せ押せでいこう!』
え、えぇ……
俺はチラリと視線を横にズラすと、草陰から本田さんと島村さんが顔を覗かせて真剣な表情でこっちを見つめている。
つ、着いてきてたのか……というか押せ押せでいけって言われてもなぁ。俺にそんなチャラ男みたいなムーブはできないぞ。
「あ、あのさぁ! 渋谷さん!」
「え、どうしたの?」
「………」
「………」
「せ、制服……に、似合ってるね…!」
「え、ありがとう…? でも初めて見た訳でもないのに、急にどうしたの?」
だ、ダメだぁ〜っ! 渋谷さん可愛いすぎて目が合うだけで頭が真っ白になっちゃうんだが!?
ブ-! ブ-! ブ-!
本田さん:『ちょっと! 何やってるのさ! 早くデートに誘って!』
む、無理だよ本田さん……俺にはそんなことできっこ無かったんだ……。
「ねぇ、さっきから顔赤いけど大丈夫?」
「わっ……し、渋谷さん!?」
渋谷さんは俺に一歩近づくと、その綺麗な手のひらを俺の頬にぴたっとくっつけてきた。
「うわ、すっごい熱いけど……これ熱あるんじゃないの?」
「あ、え、えっと……その……」
か、顔っ……顔が近いっ…! だ、ダメだこれは……こんなの俺の心臓が持たない…!
「あ〜!もう! 見てらんないなぁ〜! 行くよしまむー!」
「えっ、えぇっ!? ちょっと未央ちゃん!」
俺の情けなさに見兼ねたのか、茂みの中から本田さんと島村さんが飛び出してきた。
「や、やっほ〜! しぶりん、しらしー!」
「あ、未央に卯月……どうしたの?」
「いや〜? 私はちょっとしまむーとお散歩してた的な感じ? それよりお2人さんこそ何してるのさ! 随分と仲がよろしいようで……ね、しまむー!」
「は、はい! とっても……その〜、いい感じに見えます!」
「ちょ、ちょっと……別にそんなんじゃないってば……」
本田さんと島村さんの言葉に反応した渋谷さんが俺の顔から手を離して距離を取る。
良かった……あと10秒遅ければ頭がオーバーヒートを起こしてぶっ倒れてたかもしれない。
すると島村さんが渋谷さんとお話しをしている間に、本田さんは小さな声で俺に耳打ちをしてきた。
「もう……見兼ねて出てきちゃったよ」ボソボソ
「め、面目ないです……はい」ボソボソ
「こうなったら強硬策でいくよ。ちょっとキラーパス出すけど、ちゃんとデートに誘ってね!」
「えっ…!?」
き、キラーパスって……一体何をするつもりなんだ? 嫌な予感がするんだけど……!?
「あれ〜? そう言えばしらしーさっきは、何かしぶりんに大事な話をしに行くって言ってなかったっけ?」
「えっ!?」
「大事な話?何それ……?」
本田さんの発言に俺は驚いたように大声を出して、渋谷さんは不思議そうに俺のことを見つめてくる。
ちょっ…! マジでとんでもないキラーパスを出されたんだけど!? この流れはもう何か話さないといけないやつだよ!
「じゃあ私たちは行こっか、しまむー!」
「うぇっ……あ、はい! それじゃあ失礼しますね!」
「あ、ちょっと2人とも!」
本田さんと島村さんは一仕事を終えたと言わんばかりに、いそいそとこの場から立ち去って行ってしまった。
そしてこの場には俺と渋谷さんだけが残された。渋谷さんは俺の方へと向き直って質問を投げかける。
「で、大事な話って何?」
「あ、い、いや……それは……」
うっ……ど、どうする!? ここまで来たらもう言うしかないよな…!?
それに本田さんと島村さんも協力してくれたんだ……ここで誤魔化したり逃げたりしたら2人にも失礼になってしまう…!
それに何より……俺は本気で渋谷さんともっと親密になりたいと思っている。ここで本気を見せなきゃ男じゃない……!
「し、渋谷さん!」
「……なに?」
「に、24日……24日って空いてるかな!?」
〜〜〜〜
「いや〜、まさかいきなりクリスマスイブデートに誘うなんてねぇ……流石の未央ちゃんもビックリしちゃったよ」
「わ、私も驚いちゃいました……」
「や、やってしまった……俺は何てことを…」
あれからしばらく経った後、俺は再び事務所の一室で本田さんと島村さんと集合していた。
顔を赤らめて驚いた様子の2人に対して、俺は魂が抜けきった様に膝をついて四つん這いの態勢を取っている。
「大胆だったね……しらしー。見てる私もちょっとドキッとしちゃったよ」
「わ、私もです! まさかあんなに堂々とクリスマスデートに誘うなんて……」
「も、もうやめてくれ〜! 思い出して恥ずかしくなる…!」
我ながら何て大胆な行動をしてしまったんだろうと思う。デートに誘うだけならまだしも、クリスマスイブみたいな大事に日に誘うなんて、これはもう渋谷さんに気が有ると白状したようなもんじゃないか……
「いやでも良くぞ言ったよしらしー! 漢らしかったよ!」
「そ、そうですよ! そんなに恥ずかしがることないです!」
「ほ、本田さん……島村さん……」
「それで、しぶりんは何て返事したの? 流石にしぶりんの声までは聞こえなかったんだけど……」
「白石さんの声は大きかったから良く聞こえたんですけどね」
「お、俺そんなに声デカかった……?」
そ、そんなに声デカかったのか……まさか本田さんと島村さん以外の人に聞かれたりしてないよな…?
因みに渋谷さんの返事は……
『ご、ごめん……今すぐには返事できない。
仕事とかレッスンのスケジュールも確認しないといけないし……だから、後で返事するよ…』
とのことだった。
「ふーん、まぁそりゃ確かにスケジュールは確認しないとだよね」
「予定が入ってないといいですね!」
「でもさ……行くの嫌だから、予定がないけど予定があるって事にしたりして断られたりしないかなぁ…?」
「ね、ネガティヴだなぁ……大丈夫だよ! しぶりんはそんなことしないって!」
本田さんと島村さんは俺を元気付けようとしてくれているが、俺は不安で不安で仕方がない。
もし断られたらどうしよう。そうなったら今後は今までみたいに仲良くできるのだろうか?ギクシャクした関係にならないだろうか?なんてネガティヴな考えが溢れて止まらない。
「そんなことよりさ! デートに行ける事になった場合の事を考えようよ!」
「そ、そうですよ!」
「……そうだね。ここでそんなネガティヴになってても何の意味もないか……」
「うんうん!」
本田さんと島村さんは優しいなぁ……こんなに情けない姿を見せている俺のことを励ましてくれるなんて。
2人の前では情けない姿を見せないことが、2人への礼儀だよな。
「じゃあさ、もしデートに行けるってなったらどうするの?」
「どうする……と言うと?」
「いや、どんなデートプランなのかなって」
「……何も考えてないな。2人だったらどんなデートが嬉しい?」
すると2人は目を瞑って考え始める。こういう渋谷さんと同年代の女の子から意見が貰えるなんて本当に助かるなぁ。
「私は……好きな人と一緒だったら何でもいいかも」
「わ、私も……同じです」
「あ、そう……?」
、、、、、
「って、いやいやいや! それじゃ何の参考にもならないよ!?」
「い、いや〜……だってさぁ! 私もデートとかしたことないし……はい!しまむー何か具体的な案をどうぞ!」
「わ、私ですかぁ!? え、えーっと……その、手を繋いで……楽しくお話ができればそれでいいような気がします……えへへ」
な、なんてこった! まさか現役女子高生の2人から有益な情報を聞き出せないなんて…!
だけど2人にこれ以上文句は言えない……むしろここまで協力してくれた分感謝するべきだ。デートのプランくらい俺が考えるべきなんだ…!
「2人ともありがとう。やっぱり俺が自分で考えるよ…!」
「うぅ……力になれなくてごめんよ〜」
「そんなことないよ! 本当に2人には感謝してるよ」
まぁ……とりあえずは渋谷さんからの返事待ちなんだけど、どうなることやら……
ブ-! ブ-! ブ-!
「し、しぶりんからっ!?」
「う、うん……」
「返事はどうなんですか!?」
俺は口から何か吐き出しそうなほど、ドキドキしながらスマホのロックを解除して渋谷さんからのメッセージを見る。
「話がしたいから、ちょっと来て欲しい……
だってさ」
「そ、そっか……じゃあそこで返事が貰えるってことかな」
「き、気になります〜!」
「しまむー、ここから先は2人だけにしてあげるべきだよ」
「そ、そうですよね…! 確かに未央ちゃんの言う通りです……!」
「じゃあしらしー! 行ってらっしゃい!」
「私たちはここで白石さんの幸運を祈ってます!」
「本田さん……島村さん……」
本田さんは親指を立てて、島村さんは両手を胸の前でギュッと握り締めて俺にエールを送ってくれる。
「ありがとう! じゃあ行ってくるよ!」
俺は2人にお礼をして、勢いよく部屋から飛び出して渋谷さんの待つ場所へと向かった。
〜〜〜〜
「し、渋谷さん!」
「あ、ごめんね……こんなとこ呼び出すようなことして」
「全然構わないよ。なんならもっと遠くに呼び出されても飛んでいくよ」
「ふふっ、そっか」
呼び出された場所に走っていくと、既に先に来ていて待っていた渋谷さんが俺を迎えてくれた。
……あ、ヤバい。めっちゃ心臓バクバク鳴ってる。断られたらどうしよう……
「そ、それでさ……さっきの話なんだけど」
「う、うん!」
「返事……する前に1つだけ聞いてもいい?」
「え? あ、あぁ……うん。ど、どうぞ」
聞きたいことってなんだろう……?
渋谷さんはモジモジしていたかと思えば、急に真剣な顔になって俺の目を見つめる。
「その……さ、アンタが誘ってくれた日……ってクリスマスイブじゃん……」
「う、うん」
「そ、それでさ……」
「うん?」
渋谷さんはハッキリと喋らず、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。中々本題に入らないので、俺もどんなことを聞かれるのか気になってドキドキしてくる。
「い、意味……わかってんの…?」
「え? い、意味……?」
「っ……! だ、だから! そ、そんな日に誘ってくるって意味わかってんのかって聞いてるの!」
「え、えぇ……?」
渋谷さんは溜まった感情を爆発させるように、大きな声で叫び俺を睨みつける。
それにしても、意味……か。
多分渋谷さんが聞きたいのは、クリスマスイブみたいな大事な日に異性を誘う意味が分かっているのか……ってことだろう。
確かに普通にお出かけするのとは意味が違う。クリスマスに異性を誘うというのは……もうそういうことだろう。
だけど俺はもちろんそのつもりだ。そういうつもりで渋谷さんをデートに誘っているのだ。
覚悟は決まっている。
「わ、わかってるよ」
「……」
「そんな大事な日を俺にくださいって言ってるんだから、ちゃんと……わかって誘ってるよ」
「……そっか」
渋谷さんは顔が真っ赤だ。でもそれは多分俺も同じだろう……
しばらくの間静寂が続き、異様な空気感が俺と渋谷さんの間に流れる。
そして数十秒が経った頃、渋谷さんはゆっくりと言葉を発した。
「じゃあ……楽しみにしてるから」
「えっ?」
「じゃ、じゃあ私は行くから……」
「あ、ちょっと待ってよ渋谷さん!」
楽しみにしている、一言そう言い残して立ち去ろうとする渋谷さんに声をかける。すると渋谷さんはピタリと動きを止めた。
「い、今のって……オッケーってこと?」
「……うん、そういうこと」
「よ、よっしゃぁぁ〜っ!」
ま、マジか! マジでクリスマスイブに渋谷さんと過ごせるのか! う、嬉しすぎるっ…!
「もぅ……そんなに喜ぶこと…?」
「も、もちろんだよ! こんなに喜ばしいことは他に無いよ!」
「ふふっ」
ダメだ……興奮が収まらない。周りに人の目が無ければ飛び跳ねて喜びたいくらいだ。
あ、本田さんと島村さんにも報告して改めてお礼をしないと……!
「じゃあ私もう行くから」
「あ、うん! 渋谷さんありがとう!」
「……私も、楽しみだからさ……ちゃんとエスコートしてよね?」
「が、頑張ります…!」
「ふふっ、じゃあね」
そう言って微笑むと、渋谷さんは俺に背を向けてスタスタと歩いて行ってしまった。
……渋谷さんとクリスマスイブを一緒に過ごせるなんてなぁ。まさか数ヶ月前までは想像もしていなかったぞ。
今からプランとか色々考えて、しっかりと対策をしておかないとなぁ……