346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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クリスマスイブ

 

 12月24日、クリスマスイブ。

 

 これは自論だけど一年の中で最も世間が浮つく日だと思っている。

 他にもハロウィンとか正月とかバレンタインとか色々と季節柄のイベントは存在するが、やっぱりクリスマスが1番特別感があると思っている。

 

 24日の夜に一歩人気のスポットへと繰り出そうものなら、一瞬で幸せオーラ満開のカップルに周りを囲まれてしまう。その光景は独り身の者たちからすれば眩く妬ましいモノだ。

 

 俺も去年までは専らそっちの立場の人間だった。仲睦まじく手を繋ぎ腕を絡める男女を見て嫉妬の念を送るモンスター。

 そんな自分が嫌でクリスマスイブとクリスマスの日の夜は大体、1人寂しく自分の部屋の中で過ごしていた。

 

 

 だけど今年は……今年は女の子と過ごせることになった。

 

 少し前の俺に言っても信じはしないだろう。クリスマスイブの夜に女の子とデートをすることになる、それも自分の好きな女の子と一緒にだなんて……

 

 

 今日は絶対に成功させてみせる。絶対に失敗はしてはいけない……

 

 俺は胸の中で呪文のように決意を唱えながら渋谷さんのことを待っていた。

 

 

 

「おまたせ」

「あ、渋谷さん」

「待った?」

「いや全然、今来たとこだから」

「ふふっ、テンプレの回答だね」

「……えっ?あ、あぁ……うん」

「……」

 

 

 えーっとまずは何をするんだっけ……あ、そうだ。最初はイルミネーションの綺麗な通りを歩いて……そしてその次は……あれ、何だったっけ?

 

 落ち着け俺、この一週間しっかりと計画とプランを立ててきたじゃないか。あのプラン通りにやれば完璧なはずだ……しっかりと、プランの通りに……!

 

 

 ムギュッ

 

 

「ほげっ」

「顔、怖いって」

 

 

 ムニムニ ムギュ-

 

 

「ちょ、ちょっ……ひ、ひぶやふぁん!?」

「ふふっ、変な顔」

 

 

 突然、渋谷さんは俺の頬へと両手を伸ばして乱雑に揉み始めた。

 ドキドキするけど周りの人に見られているような気がして恥ずかしくなってきた。

 

 とか思っていたら渋谷さんは急に手を離し、少しだけ微笑みながら俺の目を見つめて話しかけてくる。

 

 

「緊張しすぎ、気負いすぎ、意気込みすぎ、肩に力入りすぎ、顔が怖い、顔が変」

「顔が変!?」

「ふふっ、今のその慌てた情けない顔の方がずっとマシだよ」

「うっ……」

 

 

 な、情けないか……

 

 今日一日は頼れる年上の男をイメージしてきたんだけど、一瞬にしてそれは崩れてしまったみたいだ。

 

 

「……俺、そんなに怖い顔してた?」

「うん。もう目がギンギンで近寄り難い感じ」

「えぇ……」

「周りの女の子たちも引いてたかもね。近づいたらナンパとかされるかもって」

「ま、マジですか……」

 

 

 今度は自分の手で顔を掴んで、表情筋をほぐすようにグニグニと揉みしだく。

 

 

「気合入れてくれるのは嬉しいけどさ、そんなガチガチの人といてもこっちが疲れちゃうよ」

「……もっともでございます」

「だからアンタはいつも通りでいいの。わかった?」

「……承知致しました」

「わかればよろしい。じゃ、行こっか」

「う、うん!」

「あっ、気負いすぎるなとは言ったけどさ?

ちゃんとエスコートはしてよね…?」

「も、もちろんだよ!」

 

 

 ……確かにちょっと気負いすぎてたかもな。

絶対に成功させよう、失敗はしちゃいけないっていう思いが出過ぎていたかもしれない。

 

 初っ端から渋谷さんには情けないとこを見せてしまったけど、ここからは頑張らなきゃな。

 

 

 ……もちろん、気負いすぎないようにね。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 待ち合わせ場所から歩き出して数分が経つと、辺り一面がキラキラと輝くイルミネーションに包まれた道が広がる。

 

 何となくこういうのは女子の方が好きな物というイメージがあったけどそんなことはなかった。こんな盛大なイルミネーションを見せられて俺の心もウキウキと跳ね上がっている。

 

 もちろんそれはイルミネーションの効果だけではなく、隣にいる渋谷さんの存在が大きいということでもあるけど。

 

 

 

「……すごい綺麗だね」

「うん、やっぱりこういうの見てるとテンションが上がってくるよね」

「何か既にこういうのは経験済みです。みたいな言い方だね」

「まさか、こんな風に女の子とイルミネーションを見るのなんて初めてだよ」

「そっか」

 

 

 周りを見渡すとカップルや夫婦の様な男女ペアだらけだ。それに漏れなくほぼ全員手を繋いだり腕を組んでいる。

 俺と渋谷さんは流石に手を繋いだりはしていないけど、しっかりこの風景に馴染んでいるのだろうか?

 

 浮いたりしていなきゃ嬉しいんだけどな。

 

 

 

「この後はどこに行くの?」

「このままもう少しイルミネーションを見て、そしたら夕食にしようかなって」

「ふふっ、何かお腹空いてきたから丁度良かったかも」

「俺もお腹ペコペコだよ……何度街に漂うケーキやチキンの香りに誘惑されたことか……」

「うっ……何かそれ聞いたら確かに美味しそうな匂いがしてきたような」

「あははっ」

 

 

 色気より食い気とかいう言葉があるけど、正に今の俺たちの様な状態の人を指すのかもしれない。

 ロマンチックだったりムードのある会話内容ではないけど、変にそういうセリフを口から吐くよりは、こういういつも通りの方が楽しめる。

 

 さっき渋谷さんに言われたことを改めて実感した。気負いすぎて背伸びしても良いことなんて何も無いんだなって……

 

 

「アンタのせいで尚更お腹が空いてきちゃったじゃん」

「えぇ……理不尽だ」

「ふふっ」

 

 

 隣で渋谷さんが楽しそうに笑う。その姿を見ているだけで胸の中が温かい感情に包まれる。

 

 俺って本当に渋谷さんのこと好きなんだな。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 あれから数十分が経った後に、俺と渋谷さんは既に予約済みのレストランに入って行く。

 

 そのレストランは普段は洋食料理を提供している店だけど、クリスマスの期間はクリスマス限定のディナーも提供しているとのことだ。

 

 

 

「いい雰囲気だね」

「そ、そう? いや〜……そう言ってくれて良かったよ。実は夕食を何処で食べるかが1番悩んだんだ」

「そうなの?」

「だ、だってこういうのってセンスが問われるでしょ? 俺って普段こういうお店とは縁がないタイプの人間だからさ」

「私はそういうの気にしないよ。まぁ流石にクリスマスの日に家系の大盛ラーメン屋とかじゃなければ……」

「さ、流石の俺も今日みたいな日にそういう店には連れて行こうなんて考えないよ……」

 

 

 そんなことを話していると、次々に料理が運ばれてきた。

 流石にクリスマスディナーと言うだけあって、お洒落な盛り付けをされた皿がどんどんテーブルの上に置かれていく。

 

 サラダにミネストローネに……か、カルパッチョ…? お、俺が初めて食べる料理も沢山やってきた。

 

 知らないとバレたら格好悪いと思い、何食わぬ顔で「あー、このカルパッチョ美味しいねー」とか言ってみたら、「食べるの初めてでしょ」と見抜かれてしまった。

 

 俺ってそんなに分かりやすいのかな……?

 

 

 とまぁそんな感じで食事は進んでいき、2人してメインのローストビーフに目を輝かせて、最後に食後のデザートを頂いたところでディナーは終了した。

 

 

 

「はぁ……美味しかった」

「うん、特にあのローストビーフは凄かった」

「うんうん! あれなら俺、何枚でも食べられるような気がするなぁ」

「じゃあおかわりする?」

「……前言撤回で、やっぱり腹八分が1番だよ」

「ふふっ」

 

 

 相も変わらず渋谷さんは少し意地悪だ。まぁ俺もこんなやり取りが嫌いな訳じゃない……というかむしろ楽しいんだけれど。

 

 

 ……別にMではないけどね! あ、でも渋谷さんの方は確実にSだね。いや、ちょいSってところかな…?

 

 

 

「今何か変なこと考えてたでしょ?」

「うぇっ!? そ、ソンナコトナイヨー」

「顔で分かるよ」

「……渋谷さんってエスパーなの?」

「アンタが分かりやすいだけでしょ。もぅ」

 

 

 い、いやいや……いくら俺が態度に出やすい人間だったとしても、流石に渋谷さんは鋭すぎる気がするけどなぁ。

 

 ちょっと悔しいから俺も渋谷さんが今何を考えてるか当ててみようと思う。

 

 

「……」ジ-

「ん、なに?」

「渋谷さんに俺の考えてることが分かるように、俺にも渋谷さんの考えてることが分かるんじゃないかと思って……」

「ふーん、なら当ててみなよ」ニヤリ

「……お腹いっぱいで幸せだなぁ……とか?」

「私そんな食いしん坊キャラじゃないけど」

「うん……何かごめん」

 

 

 ダメだ。やっぱり分かるわけがないよ。

 

 

「さてと、じゃあそろそろ出よっか?」

「え?あ、うん……そうだね」

「ふふっ、そんなにガッカリすることないじゃん。人の考えてることなんて分からなくて普通だよ」

「はぁ……ま、そうだよね」

 

 

「でも……もっと一緒にいる時間が増えれば、私の考えてることも分かるようになるかもね」

「えっ……?」

「何でもない。じゃあ行こっか」

「あ、あぁ……うん」

 

 

 渋谷さんは無理やり会話を終わらせて席から立つ。俺はその後に続いて席を立ち会計を済ませて店を出た。

 

 

 もっと一緒にいる時間が増えれば……か。

 

 もしそうなれたら……嬉しいな。

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

「この後は何か予定決まってるの?」

「うん。この近くでクリスマスマーケットっていうのが開催してるらしくて、そこを見に行こうかなって」

「へぇ……面白そうだね」

「ははっ、そう言ってくれて良かったよ」

 

 

 店を出て俺と渋谷さんは再びイルミネーションの下を歩き始めた。

 

 ここまでは順調。それもこれも渋谷さんが最初に緊張をほぐしてくれたからだろう。

 あんな風にガチガチのままだったら、きっとここまで楽しい時間を過ごせてはいなかったと思う。

 

 

 

「あっ……ねぇ、あれってさ」

「ん? あー、スケートリンクか」

「うん……綺麗だね」

「確かに」

 

 

 渋谷さんが発見したのは、よく冬季限定で現れる仮設のスケートリンクだった。

 

 それも普通のスケートリンクではなく、氷の表面や周りの柵に、淡く綺麗な色のイルミネーションやライトアップが照らされており、幻想的な空間を生み出している。

 

 

 

「ねぇ、ちょっと行ってみない?」

「えっ!? でも俺アイススケートなんてしたことないから……」

「私だってそうだよ。でもさ、やってみようよ。……いいでしょ?」

「……そうだね。よしっ! じゃあやってみようか!」

 

 

 俺と渋谷さんは行く先を変更してスケートリンク場へと向かう。

 

 「……いいでしょ?」って言った時の、渋谷さんの上目遣いがめちゃくちゃ可愛いくて心臓が止まりそうになったのはナイショの話。

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 俺たちは料金を支払いスケート用の靴をレンタルする。そして少し怖いけど、恐る恐る氷の上へと一歩を踏み出した。

 

 

「うぉっ…!?」

 

 

 くっ……! こ、これっ……! 結構難しいな!

 

 いや難しいことなんて分かりきってはいたけど、想像よりもバランスをとるのが難しい……少しでも気を抜いたら氷の上に尻もちをついてしまいそうだ。

 

 っと、そういえば渋谷さんは大丈夫だろうか?

 

 でもまぁ……渋谷さんって何でも卒なくこなしそうなイメージがあるし、もう既に何食わぬ顔でスイスイ滑ってたりして……

 

 

 

「渋谷さんはどう? だいじょう………ぶ?」

「きゃっ…!」

「えっ」

 

 

 後ろに振り向いて渋谷さんへと声をかけると、そこには氷の上に尻もちをついて、ぺたんと可愛く女の子座りをしている渋谷さんの姿があった。

 

 

「……」

「……な、何その顔はっ…! そんなジロジロと見ないでよっ…!」

 

 

 渋谷さんは羞恥からか頬を赤く染めて、下から俺のことをジロリと睨みつけていた。

 

 

「こ、こんくらいっ……すぐに滑れるようにっ……ひゃんっ…!」

「あっ」

「……な、なに!? 言いたいことがあるならハッキリと言いなよ!」

「いや、正直ちょっと意外で……」

 

 

「なんか渋谷さん可愛いね」

「んなっ…!? ば、バカにして……っ!」

「いや別にバカにはしてないよ」

「くっ……こ、この……くらいっ…!」プルプル

 

 

 

 うん、可愛い。

 

 渋谷さんは顔を赤くしながらその場で何とか立ちあがろうとしているが、中々上手くはいかないようで手こずっている。

 

 普段は大抵のことをスマートにこなしているイメージのある渋谷さんが、ムキになって時々可愛らしい声を出しつつも、何とかして氷の上で立ちあがろうとしているその姿はとても可愛らしかった。

 

 

「ほ、ほらっ…! 見なよ! こ、こんくらいっ…! すぐにできるようになったけど…!」

「渋谷さん、足がめちゃくちゃ震えてるよ。

産まれたての子鹿みたいに」

「べ、別にっ…! 震えくらいいつでも止められるけどっ!?」

「……ふふっ」

「わ、笑わないでよ…!」

 

 

 あーダメだ。渋谷さん可愛すぎるよ。

 

 クリスマスマーケットじゃなくてスケートリンクに来てよかった……。

 

 

 

「渋谷さん、ほら」スッ

「……何さ、その手は」

「俺が支えるから一緒に滑ろうよ。ね?」

「……じゃあ……お願い」プイッ

 

 

 ギュッ…

 

 

 渋谷さんは赤くなった顔を逸らして、片方の手で俺の手を強い力で握る。

 

 その様子は何だかとても悔しそうで、やっぱり渋谷さんは負けず嫌いだなぁ……って思った。

 

 

「ほら渋谷さん、そっちの手も離さないと」

「ま、ままま待って! い、今離すから……」

 

 

 渋谷さんは手すりを掴んでいたもう片方の手をゆっくりと離して、ものすごいスピードで俺のもう片方の手を握った。

 

 

「ははっ、大丈夫でしょ?」

「う、うん……ぜ、絶対手離さないでよ…?」

「離さないよ、絶対に」

「よ、よろしく……」

 

 

「じゃあちょっと滑ってみようか」

「……ゆ、ゆっくりね? ゆっくりだからね!」

「わかってるって。じゃあ行こっか」

 

 

 そうして俺は、内股状態で足をビクビクと震わせる渋谷さんの手を引いて氷の上を滑り始めた。

 

 

「ちょ、ちょっと速くない……?」

「全然速くないよ。大丈夫、大丈夫」

「て、手離したら本気で怒るからね…!」

「離さないから大丈夫だって……ふふっ」

 

 

 何だか氷の上での渋谷さんは子どもっぽくて……新しい一面を見れたって感じだな。

 

 

「ムカつく……」

「え?」

「その余裕そうな表情……ムカつく」

「そんなこと言われてもなぁ……でも確かに、余裕の無い渋谷さんって珍しくて、ちょっと得した気分かも」

「べ、別に……本当はアンタの手を借りないでも、本気を出せば滑れるし……」

「ん? そんなことを言ってもいいのかな?」

「えっ……」

 

 

 俺は少しだけ渋谷さんの手を握る力を緩めてみせる。

 

 

「わっ…! ばかばかばかっ…! 離さないでよ!」

「なんちゃって〜。本当に離したりなんかしないよ」

「ッッ〜〜!!」

 

 

 俺が再び手に力を込めると、体の揺れが収まった渋谷さんがキッと睨みつけてくる。

 

 

「あ、アンタ……氷の上から出たら覚えときなよ……?」

「あはは……ごめんごめん」

「イジワル……」

「えっ?」

「女の子が怖がる姿を見てニヤニヤしてるなんて……悪趣味だよ」

「し、渋谷さん…?」

 

 

「悪趣味、性悪、意地悪、サディスト、変態、バカ、ムカつく、変な顔」ジト-

「ご、ごめんってば……悪かったよ。ていうかまた変な顔って! 今は別に変な顔してなかったでしょ!?」

「いーや、女子の苦しむ姿を見てニヤける変態の顔をしてたよ」

「うっ……」

 

 

 

 渋谷さんはジト目で俺のことを睨みながら、ボソボソと俺の精神に口撃を仕掛けてくる。

 

 ……ちょっとやりすぎたかな。渋谷さん完全に拗ねちゃってるよ。

 

 

 

「渋谷さん、ごめん。確かにちょっと意地悪だったよ」

「……」

「だからさ、許してくれないかな……なんて」

「別に……いいけど」

「ははっ……ありがとう」

「でもその代わり」

「ん?」

 

 

「滑り方、ちゃんと教えてよね」

「……もちろん。喜んで」

 

 

 何だかやっぱり、氷の上の渋谷さんは子どもっぽい……

 

 でもそんなところも可愛いなと思う俺は、もう渋谷さんが何をしてても可愛いと思ってしまうんじゃないかと思う。

 

 自分でも思うほどに、渋谷さんにベタ惚れだ。

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 あの後しばらくの間氷の上で時間を過ごした俺たちは、ゆっくりとなら問題はない程度に滑れるようになった。

 

 最初こそ足をプルプルさせていた渋谷さんだったが、やはりスペックや運動神経は高いようで、ある程度練習を積んだ後は余裕そうに滑っていた。

 

 ……もしかしたら最後の方は俺より上手くなっていたかもしれない。

 

 

 

 

「ふぅ……楽しかった」

「そうだね。ていうか渋谷さん最後の方めちゃくちゃ上手だったじゃん」

「ふふっ、バカにされっぱなしは性に合わないからね」

 

 

 スケートリンクから出た俺たちは、これまた再びイルミネーションの下を歩きながら雑談を交わしていた。

 

 

「でも、俺は子鹿みたいな渋谷さんもっと見たかったけどなぁ」

「それは残念でした。もう2度と見ることはないよ」

「まぁ俺の心のフォルダには残ってるから別にいいけどね」

「……頭思いっきり殴ったら忘れるかな?」

「い、いきなり物騒だね!?」

 

 

 そんな様子の俺を見て渋谷さんはクスクスと笑っている。

 

 さっきの渋谷さんもギャップがあって可愛かったけど、やっぱりこっちの渋谷さんがいつも通りって感じで落ち着くかもな。

 

 

「さて、こっからどうしようかな」

「さっき言ってたクリスマスマーケットとかいうやつは?」

「いや、マーケットはもうそろそろ閉まっちゃうからね。それに渋谷さんをそんなに遅くまで連れ歩く訳にもいかないし……」

 

 

 とは言っても今から何か出来ることはあるだろうか……? 飯も食ったし、レジャー的な物もそろそろ終了する時間帯だし……

 

 

 

「じゃあさ……ちょっと休憩しない?」

「えっ?」

「……着いてきてよ」

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

「ここって……」

「前にここで話したよね。丁度夏の終わり頃だっけ?」

「……うん、懐かしいなぁ」

 

 

 渋谷さんに連れられてやってきたのは、昔俺が股間にサッカーボールを受けるという事件が発生したあの大きな公園だった。

 

 ……ちょっと休憩しようって言われて一瞬だけ、イケナイ妄想をしたのはこれまたナイショの話だ。

 

 

 渋谷さんがベンチに座ったので、俺もその横に腰を掛ける。

 

 

 

「……ねぇ」

「ん?」

「今日は楽しかった……本当に。ありがとね」

「そっか……良かったよ」

「アンタは……白石も楽しかった?」

「も、もちろん! めちゃくちゃ楽しかったよ!」

「ふふっ、そんな大きな声出さなくても聞こえるって」

 

 

 そっか……渋谷さん楽しんでくれたか。

 

 その言葉を聞いた途端、安心からか肩から力が抜けるのを感じた。

 

 渋谷さんに気負いすぎるなとは言われていたが、やはり多少は気になってしまうのが人間の……いや、男の性なのだ。

 

 ちゃんと相手の子は楽しんでくれているだろうか、つまらないと思われていないだろうか?とか色々と考えてしまうのだ。

 

 

 だからまぁ……ちょっと心配はしていたけど、渋谷さんは楽しんでくれたみたいで良かった……

 1週間もかけてデートのプランを考えまくった甲斐があったというものだ。

 

 

 

「ねぇ、最初に会った時のこと覚えてる?」

「……覚えてるけど、それ言っていいの?」

「まぁ……別にいいよ。アンタは忘れろって言っても忘れられないみたいだしね」

「あ、あはは……」

 

 

 この話をするとどうしても思い出す。あの夕暮れの下で渋谷さんと出会った時のことを、渋谷さんのスカートの中身を見てしまったことを……

 

 

「私さ、まさかあの時から……アンタとここまで仲良くなるとは思ってなかったよ」

「……まぁ、そりゃそうだよね」

「ぶっちゃけ出会いとしては最悪」

「あ、あはは……仰る通りで……」

 

 

 いや俺だって思ってもなかったよ……あの時の女の子、渋谷さんとここまで仲良くなって……しかも好きになるなんて。

 

 だって一歩間違えば通報案件だったからね?

 

 

 

「それから一緒に帰ったり、カフェでお茶したり、プールに遊びに行ったり……あ、あとウチに来たこともあったっけ」

「あったね。渋谷さんのお母さんのカレー美味しかったなぁ」

 

 

 本当に……よくあそこから仲良くなれたよ。思い返す思い出はどれもこれもキラキラとした素敵な物ばかりだ。

 

 

「最初に会ったのは春だったよね」

「そうだね」

「それで今はもうクリスマス。何か……あっという間だね」

「そう……だね」

 

 

「……」

「……」

 

 

 

 その言葉を最後に少しの間、俺と渋谷さんの間には静寂が訪れる。

 でも決して居心地が悪かったり、気まずさを感じるようなモノではない。

 

 以前の俺だったらこの静寂に耐えきれずに、逃げ出すか何か変な話題を無理やり振るとかしていただろうな。

 

 

 346プロにアルバイトとして入って、渋谷さんと出会って、そこからさらに渋谷さんと仲良くなって……これまでの全てが今ここにいる俺を作り出している。

 

 

 渋谷凛さん。普段はクールな雰囲気を醸し出しているけど、実はとっても優しくて……意外と熱い部分もあって……それでいて年相応の子どもっぽい一面もあって……

 

 俺は多分、渋谷さんのいい所とかなら無限に言い続けることができるんじゃないかと思う。

 

 そしてこれからも、新しい渋谷さんの良いところや……偶には悪いところなんかも、見つけていけたら幸せだ。

 

 

 ……あぁ、やっぱり俺って渋谷さんが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、渋谷さんのこと好きだよ」

 

「……えっ」

 

 

 

 

 

 あっ……言っちゃった。

 

 

 

 





 次回、渋谷凛ちゃん編最終回です。
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