346プロの雑用バイト君 作:焼肉定食
そびえ立つ大きなビルや都会の喧騒に包まれた、通称コンクリートジャングル……東京。
今日も今日とて国内外から様々な来訪者が訪れる賑やかな街にも、当然ではあるがビルではない普通の家屋が沢山並んでいる住宅街は存在している。
そんな閑静な住宅街の中で営業している、大きくも小さくもない普通の花屋があった。
その花屋は優しくて落ち着く雰囲気の店内や接客……そして丁寧なその仕事内容から、近隣の住民などからは絶大な信頼を得ている。
そしてなにより、店主の妻がとてつもない美人だということで、彼女目当てで花を買いに来る客もしばしばいるようだ。
〜〜〜〜
ガチャ…
「いらっしゃいませ」
「こんにちは〜」
「あ、何度かいらっしゃってる……」
「…! お、覚えててくれたんですか!?」
「もちろんですよ。本日はどのようなご用件で?」
「以前ここでお花を購入して育て始めてから、お花に興味が湧いてしまって……今日も少し見ていってもいいですか?」
「是非、ごゆっくりどうぞ」ニコッ
店内を訪れた若い女性の客に、優しげな雰囲気を身に纏う店主の男が対応をする。
「うーん……どれにしようかしら」
「何か困ったことがありましたら、私に声をお掛けくださいね」
「あ、ありがとうございます…!」
「いえいえ」
ドタドタドタ…!
「パパ〜! 私もおみせのおてつだいするー!」
「あ、あら?」
「あ、こらっ…! 今はお客様の前だから大人しく部屋で遊んでなさい!」
「え〜! やだやだ〜! パパとお仕事する〜!」ジタバタ
店の奥である店主たちの住まいから、小さくて元気な女の子が飛び出してくる。そして大きな声で我儘を言いながら地団駄を踏む。
「我儘を言うんじゃありません。って……す、すみませんお客様の前で…!」
「い、いえいえ……元気な娘さんですね」
「あ、あはは……少し元気が過ぎるんですけどね。ほら、奥でママがご飯の準備をしてるからそっちを手伝っておいで?」
「ぶ〜っ!! パパのいじわる〜!」
店主の男が優しく頭を撫でるが、娘の方は全く納得はしていない様子で頬を膨らませる。
「すみません店員さん、どれか育て甲斐のあるお花とかってありますか? 中々決まらなくって……」
「そうですね……ではこちらなどはいかがでしょうか?」
「あっ……可愛いお花ですね」
「お客様にもお似合いですよ」
「えっ…!? そ、そうでしょうか……」
「はい」
「……」ジ-
「お買い上げありがとうございます」
「は、はいっ…! ま、また今度来ます…!」
「お待ちしております」ニコッ
店主の男が微笑むと、若い女性の客は満足そうに帰っていく。
「ふぅ……常連さんになってくれるかもな」
そんなことを考えながら店主の男が額の汗を拭ったその瞬間、側で大人しく客とのやり取りを眺めていた娘が大きな声を出した。
「ママ〜!パパが綺麗なお客さんにデレデレしてる〜!」
「んなっ!? な、何を言って…!」
「わーっ! パパが怒った〜!」キャッキャッ
「あ、こら! 待ちなさい…!」
娘は構ってもらえることが楽しいのか、キャッキャと騒ぎながら家の中へと戻っていく。
「ほら、何騒いでるの?」ギュッ
「ふぎゃっ……! あ、ママ!」
しかし店の奥から姿を現した店主の妻である女性に捕らえられる。
「パパがね〜? 綺麗なお客さんと楽しそうにお話してたよ〜」
「あ、こらっ!」
「はぁ……パパがお客様に愛想良くするのは店員として当たり前なの。あとパパはママのこと大好きだからそういう心配もいらないの」
「ぶ〜っ!」
「それにね…? ママはパパのこと信じてるから、心配することなんてないの。ほら、お昼ご飯にするから手洗っておいで?」ナデナデ
「ご飯! はぁ〜いっ!」
娘は表情を一変させ、キラキラとした目のまま家の中へと走っていった。
「はぁ……もうちょっと大人しくなってくれるといいんだけどね」
「まぁ子どもは元気が1番だから……っと、そんなことより助かったよ……」
「凛」
店主の男が妻の名前を呼んだ。
〜〜〜〜
い、いや〜っ! 結構焦ったぞ……。
あんな言い方、俺がまるでお客様に色目使ってるみたいじゃないか!
凛が出てきた時は肝を冷やしたけど、流石の凛もその辺はわかってくれてるみたいで安心したよ……
それにしても信頼している……か。
凛と俺が信頼し合っていることなんて分かりきっていることではあるけど、やっぱり言葉にされると嬉しいなぁ……
っと、いかんいかん。ニヤニヤするな俺よ。
「じゃあ俺たちも昼飯を食べに……」
「待ちなよ」
「ん?」
「さっきの話、詳しく聞かせてもらうよ」
「え、さっきの話って……?」
「アンタが若い女の子口説いてたって話」
「ぶーっ!」
ちょ、ちょっと凛さん!?さっき、「ママはパパのこと信じてるから……」とか言ってませんでしたっけ!?
1ミリも信用してないよ! めちゃくちゃ疑ってるじゃん!
「い、いやさっきのは子どものついた適当な嘘だから!」
「ふーん」
「ほ、本当だって! 俺は普通に接客していただけだから!」
「……」ジト-
うっ……! り、凛のやつ……めちゃくちゃ疑ってるぞ。
凛は結構嫉妬深いからなぁ……まぁ俺も大概人のことは言えないんだけど。
凛と付き合い出したのが、12年前の俺が18歳で凛が15歳の時。
そんで結婚したのが……5年前だったかな。
とまぁ……そんな感じで凛との付き合いもかなり長いから、凛のことは大体理解している。
例えば、意外とスキンシップが好きとか……犬の前では普段見せないような満面の笑みを浮かべてニヤニヤしたりするとか……
あ、あと今の状況を見ればわかるようにすごく嫉妬深いとことかね。
昔、凛の誕生日プレゼントを選ぶのを本田さんや神谷さんに相談したり、プレゼントを買うのについて来てもらった所を見られた時はヤバかったなぁ……
って、今はそんな昔の話はどうでもよくて!
「そ、それにあのお客さん結構若い子だったぞ? 俺なんて今年30のおじさんに興味ある訳ないだろ?」
「いーや、あの女は危ない匂いがする。私の女の感がそう告げてる。毎回アンタが店番してる時に来店するもん」
「どんな感だよ……ていうか、あの女とか言わない。常連さんになるかもしれないんだぞ?」
「……人の男に手を出そうとするんだったら、その瞬間から客と店員じゃなくて、1人の女と女の関係に変わるんだよ」
「……何を言ってるんだ……凛?」
あはは……凛、最近ちょっとお義母さんに似てきたかな?
エプロンをして長い髪を一つにまとめている姿もお義母さんっぽい。
「凛」
「なに?」
「おいで」
俺は両手を広げて受け入れ態勢に入る。
すると凛は数秒悩んだ末に、俺の胸の中にしゅるりと滑り込んできた。
ギュッ…
「俺が愛してるのは凛だけだよ。だから安心してほしい」
「んっ……」
「でも、不安にさせちゃったならごめんな?」
「……いや、私の方こそ……ちょっと熱くなりすぎた、ごめん。アンタがそんなことするはずないのにね」
「じゃあ仲直りだな」
「うん……」
すると凛が俺の背中を指でくるくると撫で始めた。これは凛がキスして欲しい時によく出る仕草の一つだ。
「凛」
「んっ」
俺は凛の肩を抱いて唇を合わせる。
……この瞬間に勝る幸福は中々存在しない。家族で団欒してる時とかなら対抗できるかな?
あ、後は夜の……って、俺は昼間から何を考えてるんだ!
唇を離して凛の顔を見つめると、凛は満足気に少しだけ微笑む。
「よくわかったね……私のして欲しいこと」
「凛の考えてることならもう何でもわかるさ。ずっと一緒にいるんだから」
「……生意気」ツン
「あはは……」
凛はそう言うと俺の額を軽く指で押した。
こういう照れ隠しでする仕草も一つ一つが可愛い。
「凛」
「またなの?もぅ……」
そして俺は再び凛の肩を抱いて、もう一度唇を合わせようとする。凛もそれに応じてゆっくりと顔を近づけて……
「わぁ〜」
「ん?……あっ…!」ドンッ
「ほげっ!」
突然、凛に体を突き飛ばされてぶっ飛ばされる。
何事かと思い、頭を摩りながら体を起こしてみると……そこにはキラキラとした目で俺たちを見つめる最愛の娘がいた。
「わぁ〜っ! パパとママ……仲良しさんだぁ〜……」
「ちょ、ちょっと……い、いつから見てたの……?」
「最初にチューしてる時から!」
「〜〜ッッ! の、覗き見するなんてダメでしょ!」
「きゃ〜! ママも怒った〜!」キャッキャッ
我が娘が家の奥に一目散に逃げていくのに対して、凛もそれを追いかけるように家の中へと戻っていく。
……ちょっと残念。続きはお預けかぁ〜
「ちょっと」
「ん?」
とか思ってたら凛が戻ってきて、そっぽを向きながら小さな声を出す。
「つ、続きは……また後で……」
「……!」
「わ、わかったらアンタも早く手を洗ってくる! 駆け足!」
「はいっ!」
俺は綺麗な敬礼をして走り出す。これで今日一日を頑張る気力が湧いてくるってもんだ。
「ふふっ、子どもみたいにはしゃがないでよ」
「あははっ! 悪い悪い」
「パパ〜! ママ〜! 早くご飯食べようよ〜!」
「あ、うん。今行くよ!」
「手を洗ったらパパも行くからな〜」
あの日、あの場所で凛と出会えてよかった。凛を好きになってよかった。凛と付き合って結婚してよかった。
俺はそんな幸せを噛み締めながら手を洗い、妻と娘2人の待つ部屋の扉を開いた……
俺は今、幸せだ。
これにて渋谷凛編は完結です。
今後の予定は完全に未定です。