346プロの雑用バイト君   作:大盛焼肉定食

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ハプニング

 

 相葉さんが俺の恋愛師匠になってから数日後のある日、大学で友達と何をするでもなく適当に駄弁っていた時に突然携帯が震えた。

 

 

相葉さん『白石くん今大学にいる? もしいるなら近くのカフェでちょっと会えないかな?』

 

 

 噂をすれば相葉さんからのメッセージだ。

 

 

「ん? 誰からだ?」

「えーっと……し、師匠?」

「はぁ? なんだそりゃ」

 

 

 俺がジッとスマホを眺めていると、横にいる友人が相手は誰だと聞いてきたので適当に誤魔化しておく。

 しかし俺の適当な解答に納得がいかなかったのか、友人は俺への質問攻めを続ける。

 

 

「……女だろ」

「えっ? あ、いや…違う違う! 確かに性別はそうだけど、そういうアレではないから!」

「は? マジで女かよ! 白石お前、女の子の連絡先とか知ってたんだな」

「あ、当たり前だろ! 俺だってそのくらいはだなぁ!」

 

 

 ……まぁ、大学入るまではマジで連絡先に親とむさくるしい男友達の名前しか無かったんだけどね。それは黙っておこう。

 

 

「じゃあ俺ちょっと行ってくるから」

「なんだよ〜、俺との時間より女をとるのか〜?」

「当たり前だろ」

「ははっ、まーな。俺でもそーする」

 

 

 ケラケラと笑う友人を他所に、俺はスマホで相葉さんに『今向かうよ』といったメッセージを返信する。

 

 

「なぁなぁ、その子可愛い?」

「何だよその質問」

「いーから聞かせろって」

「……めちゃくちゃ可愛いぞ」

「か〜っ! 羨ましい! 何でお前がそんな出会いに恵まれたんだ!」

「色々あるんだよ、色々。 とにかく俺行くからな」

「はいよ〜」

 

 

 ヒラヒラと適当に手を振る友人に背を向けて、俺は小走りで相葉さんがいるという大学近くのカフェへと向かった。

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

「あ、白石くん。ここだよ〜」

「ごめん、待たせちゃったかな?」

「そんなの全然いいよ、急に呼んだのは私の方なんだからさ」

 

 

 指定されてたカフェの中に入って席をキョロキョロと見渡していると、俺の名前を呼ぶ相葉さんがヒラヒラと手を振っているのが視界に入った。

 

 ……なんかデートの待ち合わせみたいでちょっとドキドキするなぁ。まぁそんなこと口に出さないけど。

 

 

「なんだかデートの待ち合わせみたいだねっ」

「ぶーっ!」

「わっ! 大丈夫?」

 

 

 あ、危ない危ない、まだ口に何も入れてなくて良かった…。

 

 

「だ、大丈夫だよ」

「急に吹き出すからビックリしちゃったよ〜」

「は、ははは……」

 

 

 口元に手を当ててクスクスと笑う相葉さんに対して俺は苦笑いを浮かべる。

 

 ビックリしたのはこっちもなんだけどね……

 

 

「何か飲む?」

「じゃあ……コーヒーにしようかな」

「はーい! 注文お願いしま〜す!」

 

 

 相葉さんは元気な声で店員さんを呼ぶ。大きな声を出して周りに気づかれないのか心配だが、見たところあまり客もいないので大丈夫だろう。

 

 

「あ、そんな大きな声出して大丈夫なのか?

って顔してるね」

「え、俺そんな顔してた?」

「うん! でも安心して? ここの店長さんとは知り合いだから大丈夫なんだ〜」

「へぇ〜」

 

 

 そう言って相葉さんはドヤ顔をキメる。確かに知り合いなら元々バレてる訳だし、今さらコソコソとする必要もないな。

 

 そしてやって来た女性……この人が店長さんかな? とにかくその人に相葉さんが注文をして、店長さんが遠くへ行ったのを確認した相葉さんは語り出す。

 

 

「それでね?今日白石くんを呼んだ理由なんだけど、この前のお話の続きをしようかなって」

「この前のって?」

「とぼけちゃって〜 ほら、白石くんに恋人ができるように私がアドバイスするって話っ!」

「あ、あ〜 その話ね」

 

 

 相葉さん、拳を胸の前で握りしめてニコニコと笑ってるけど……やっぱりこの状況を楽しんでるよね。 まぁ女の子は恋の話とかそういうの大好物っていうからなぁ。

 

 

「それでね、白石くんがどうやったらモテモテになるか私なりに色々と考えてきたんだ!」

「お〜!」

「これが白石くん大改造計画の全貌だよ!」

 

 

 すると相葉さんは大きな白い画用紙を取り出した。ソレには俺がモテ男になるためにするべき事が箇条書きで記載されている。

 

 め、めちゃくちゃ気合い入ってるな……。

 

 

「えーっと……お洒落なファッションを身につける、髪型をかっこよくセットする……それ以外にもたくさんあるね」

「あーうん、でもその辺はよく考えたら別に必要ないかな〜って。 だって白石くん別に見た目はそこまで悪くないし」

「えっ、ま、まさか俺って自分が気づいてないだけで実は結構イケメ……」

「あ、それは違うから♪」ニコッ

「あっ、はい」

 

 

 軽い冗談のつもりだったのに……めちゃくちゃいい笑顔で現実を突きつけられた。

 

 

「だから一旦外見のことは置いておいて、白石くんの場合は中身を変えるべきだと思うの」

「中身……性格ってこと?」

「うーん……性格っていうよりは態度かな?

ほら、白石くんって初対面の女の子と話す時にすっごくぎこちないでしょ?」

「う゛っ……た、確かに」

 

 

 自分でも自覚している欠点を突かれて、喉の奥から小さな唸り声を出す。

 

 今となっては少しずつマシになってるとは思うけど、やっぱりあまり話したことなかったり初めて話す女の子の前ではガチガチになっちゃうんだよなぁ……

 

 

「だからまずは女の子を知るところからじゃないかなって!」

「女の子を……知る?」

「うんうん! 女の子が何をされたら嬉しいのかとかそんな感じの……つまりは乙女心ってやつだよっ!」

「お、乙女心…!」

 

 

 なるほど……確かに乙女心なんて俺は全く分からない。それを知ることができれば俺みたいな奴でも女の子にモテるかもしれないのか…?

 

 

「女の子はね? ちょっとした気遣いとかをされるとキュンってするんだよっ!」

「気遣い……例えばどんな?」

 

 

 俺の質問に対して相葉さんは待ってましたと言わんばかりの勢いで、楽しそうに少し早口で語り出す。

 

 

「例えば重い荷物を持ってる時に、そっと優しく手を添えてくれたり……」

「うわっ、急に触んないでよ……きもっ。とか思われないかな……」

「……さ、寒いなぁ〜って時に黙って着ているジャケットを肩にかけてくれたり……」

「うわっ、なんかコレ変な匂いするんだけど。とか思われたりしないかな……」

 

 

「も、もう〜っ! ネガティブ禁止!」ビシッ

「ご、ごめんごめん……つい」

 

 

 次々に口からネガティブな考えを吐き出す俺に対して、相葉さんはテーブルに身を乗り出し俺の顔の前で人差し指をビシッと立てた。

 

 

「そんな悪いことばっかり考えて怖がってたら何にも始まらないよ!」

「た、確かに……その通りです」

「じゃあ話続けるよ? あとは……ささいな事でもいいから女の子の良いところを褒めてあげたりするのもいいんじゃないかな?」

「なるほど……」

「変に遠回しな言い方じゃなくてストレートに褒めてあげるの! 褒められて嬉しくないことなんてないんだからっ!」

「べ、勉強になりますっ…!」

 

 

 相葉さんの言葉をメモ帳にメモしていく。どんな理由であれせっかくここまで熱心に付き合ってくれているんだからこっちも真剣に取り組まないとな。

 

 

「じゃあ実践してみよっか!」

「うん!……えっ?」

「今から飲み物を運んでくる店長さんのことをさりげなく褒めてみるの!」

「ちょっ! そ、そんないきなり!?」

「大丈夫、大丈夫! 変な空気になっても私が仲裁してあげるから♪ ほら、ここの店長さん私の知り合いだし」

「む、無理だってば!」

「ほら来るよ!」

 

 

 な、なんというスパルタ教育っ…! 相葉夕美恋愛相談教室恐るべし……っ!

 

 そんなことを考えていると、相葉さんの知り合いだという女性の店長さんが俺たちの座るテーブルにやって来た。

 

 

「お待たせ致しました。はい夕美ちゃん」

「わー♪ ありがとうございまーす!」

「お客様、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ」

 

 

 テーブルにコーヒーと紅茶を置いて小さく微笑む店長さんを観察する。キリッとした印象を与える凛々しいつり目に、腰の辺りまで伸びた綺麗な黒い髪を一つに纏めている。

 

 

 ど、どうするっ…! 何を褒めればいいんだ!? 見た目か、やっぱり見た目か…!?

 ていうかそんないきなり初対面の人を褒めろとか無茶振りにも程があるでしょ相葉さん!

 

 眉間に皺を寄せて腕を組み考え込む俺に対して、相葉さんは早くしろとその綺麗な瞳で訴えてくる。追い込まれた俺はとにかく何かを言おうと店長さんへ声をかけた。

 

 

「あ、あのっ!」

「はい? どうか致しましたか?」

「……こ、コーヒー、美味しそうですね……」

「ふふっ、当店自慢のコーヒーですから」

「あ、そうっスか……」

「はい。それではごゆっくり」

 

 

 そう言って店長さんは去っていった。俺はゆっくりと顔を相葉さんの方へ向けると、少しだけ不満そうな顔を浮かべてこっちを見ていた。

 

 

「白石く〜ん、褒めろってそういう事じゃないんだけどな〜?」

「い、いやいやいや! 今のは俺結構頑張った方だよ! ていうか相葉さん無茶振りが過ぎるって!」

「え〜、そうかな〜?」

「絶対そうだよ!」

 

 

 多分相葉さんや事務所にいるアイドルの子たちは、コミュ力がカンストしてる子が多いから基準がおかしくなっているんだ。 普通は初対面の人に話しかけるのも難しいと思う。

 

 

「まぁ、これから徐々に慣れていけばいっか!」

「は、ははは……」

 

 

 本来可愛らしいはずの相葉さんの笑顔が今は恐ろしく感じる。もしかしたら今後はもっとスパルタな教育をされるんじゃないだろうかと考えると、自然に口から小さなため息が出た。

 

 

「はぁ……あれ? 相葉さん、その髪飾りどうしたの?」

「えっ? あ、これ?」

「うん。この前会った時は付けてなかったよね?」

「えへへっ♪ 実はこの前自分で作ってみたんだ〜」

「え、自分で!? すごいね……花の髪飾りっていうのが相葉さんらしくて似合ってるよ」

「ありがとっ♪」

 

 

 嬉しそうに笑う相葉さんを見て俺は、一度会話を中断してコーヒーを口に運ぶ。香ばしい香りが鼻をかけ抜けて、舌では心地よい苦味を味わう。

 

 

 

「って!白石くん今のだよ!」

「んぐっ!…き、急にどうしたの相葉さん?」

「今私のこと褒めてたでしょ!」

「……あっ」

 

 

 あ……言われてみれば確かに。

 

 

「で、でも今のは実践しようと思ってやったんじゃなくて、自然と思ったことが口から出たっていうか……」

「し、自然とって……も、もうっ! 私のこと褒めたって仕方ないでしょ! そういうのは気になる女の子にしないと!」

「ご、ごめん」

「もうっ、白石くんって意外と人たらしなんだね……」

 

 

 そう言って少しだけ頬を赤くした相葉さんは紅茶へと口をつける。なんとなく気まずさを感じた俺は、相葉さんの真似をするようにコーヒーを飲み始めた。

 

 

「ふぅ……と、とにかく、これからは女の子への気遣いを大事にする! 女の子の良いところを褒めてあげる! 女の子の前でオドオドしない! これを守ることっ!」

「りょ、了解しました!」

 

 

 相葉さんの気迫に押されて俺はビシッと敬礼を決めて返事をする。

 

 

「分かればよしっ!じゃあそろそろ出よっか」

「うん、そうだね」

 

 

 そして俺たちはカフェを出た。外は涼しかった店内とは違い鬱陶しい日差しが地上波を照らしている。

 

 

「白石くんこの後講義は?」

「俺はもう無いよ」

「私もっ! じゃあ一緒に駅まで行こっか♪」

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 静かな道を俺と相葉さんが並んで歩く。ニコニコと楽しそうな相葉さんの笑顔は見ているだけで元気が貰えるので、こんな暑さも何処かへ吹っ飛んでしまう。

 

 

 

「白石くんさ、私に歩くスピード合わせてくれてるでしょ?」

「えっ? 全然意識してなかったけど」

「女の子って背の高い男の人と歩いてるとね?歩幅が合わなくて置いていかれちゃったりすること結構あるんだよ?」

「へぇ〜」

 

 

 女の子と歩幅を合わせる……か。今まで人生で一度も意識したことは無かったな。何故なら悲しいことに、女の子と一緒に歩くなんてことが殆ど無かった人生だからね……ははは。

 

 

「そういうちょっとした優しさとか気遣いって、結構ポイント高いと思うよっ♪」

「おぉ……参考になります」

「うむ。 参考にしたまえ〜」ニコニコ

 

 

 それにしても……相葉さんはこういう類の話に詳しいみたいだけど、やっぱり可愛いし結構そういう恋愛の経験があるんだろうな。

 

 

「ねぇ相葉さん」

「ん? どうしたの?」

「相葉さんさっきから色々とアドバイスしてくれて、凄く参考になってるんだけどさ」

「うんうん!」

「あんまりアイドルの子に聞くのもどうかと思うんだけど……やっぱり相葉さんって恋愛経験が結構豊富だったりするの?」

「えっ……」

 

 

 ピタリと相葉さんの動きが止まる。やっぱりそういうことは聞かないほうが良かったのだろうかと頭の中に不安が過る。

 

 

「あ、あはは……えーっと、それは……」

「……別に答えづらいんだったら大丈夫だよ。ただこの前も相葉さん自分で恋愛マスターって言ってから、ちょっと気になっただけだからさ」

「うっ……そういえばそんなこと言っちゃったね」

 

 

 モジモジと人差し指同士を合わせる相葉さんの返事はどこか煮え切らない様子だ。

 

 やっぱり聞かれたくなかったのかな……?

他人の過去を詮索するなんてやめておけばよかったかもしれない。

 

 

「あーごめん。やっぱり気にしないで」

「う、ううん! 別に大丈夫だよ」

「そう?」

「じ、実はね? この前は私、自分のこと恋愛マスターとか言っちゃったけど本当はね……」

「うん」

「白石くんと同じで、今まで一回も恋人とかいたことなんて無いん……」

 

 

 

「危ないっ!」

「えっ? きゃっ…!」

 

 

 何かを言おうとしている相葉さんの言葉に耳を傾けていると、急に後ろから猛スピードで向かってくるチャリが視界の端に映った。

 向こうのチャリはイヤホンを耳につけてスマホを弄りながら運転をしているので、全く自分の進路を見ていない。それに相葉さんもモジモジとしていて全く後ろからチャリが迫っていることに気がついていない。

 

 このままだと相葉さんが大怪我をしてしまうと思った俺は、咄嗟に相葉さんの肩を掴んで自分の方へと引き寄せた。

 

 

「い゛っ……!」

 

 

 思いきり相葉さんを自分の方へと引き寄せたので、俺はそのまま後ろに倒れて相葉さんの全体重を支えたままコンクリートの床に背中を打ちつける。

 

 

「い゛ってぇ………」

 

 

 せ、背中めちゃくちゃ痛い……これ骨折れてない? というか背中から血出てないよね?

 

 

「ったく、何だよあの自転車……って、相葉さん大丈夫!? 怪我とかしてない!?」

「……だ、大丈夫……じゃ、ない……よ」プルプル

「えっ!」

「し、白石くんの……手が……大丈夫じゃ、ない………よっ」プルプル

「俺の手?」

 

 

 震えた声を出す相葉さんにそう言われて俺は自分の右手を見る。

 

 俺の右手は相葉さんの体をガッチリと掴んでいる。ここまでならただのファインプレーだが……その掴んでいる位置が問題だった。

 

 指に感じる異常な程の柔らかさ。まるで指がそのまま肉の塊に沈みこんでいるような、人生で一度も経験したことのないような感覚……

 

 

 ハッキリと言うと、俺の右手は相葉さんのお山を……完全に揉んでいた。

 

 

 

 

「……あっ! ご、ごごごごごめんっ…!」パッ

「ち、違うのっ! そ、その……確かにそっちも大丈夫じゃないけど……も、もう片方が……」

「えっ?」

 

 

 慌てて相葉さんの……お、お山から手を離して謝罪をするが、相葉さんは何やら悲痛な表情を浮かべて俺の左手を見ている。

 

 いや、左手の方は相葉さんの体に触れてすらないから全然大丈夫だと思うんだ……けど……

 

 

 

「……ん?」

 

 

 あ、あれ……? 何か……おかしくなぁい?

 

 

 転んだ拍子に思いきり地面に突いた俺の左手は、通常なら確実に有り得ないような角度に曲がっている。そんな左手を見た瞬間、俺は全身からサーッと血の気が引いていくのを感じた。

 

 

「え……ちょ、ま、マジ……?」

 

 

 俺は恐る恐る左手を上げてみる。するとそれまでは全然痛みを感じていなかったのに、急にズキンとした鋭い痛みを覚える。そして空中に上がった左手の手首は、ぶらーんと力無く下に向いている。

 

 

 うわー、何これすごーい。俺の手首ってこんなに柔らかかったんだ〜。

 

 

 

 、、、、、、

 

 

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「し、白石くん落ち着いて!!」

 

 

 

 右手は完全に揉んでたけど、左手は完全に折れている……つまりは右手天国、左手地獄。

 

 

 あー、これは確かに……全然"大丈夫"じゃないな。

 

 

 


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