346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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お見舞い

 

 

「じゃあ手術しよっか」

「えっ?」

 

 

 目の前にいる初老のおじさん医者が俺にそう告げた。"手術"という単語を聞いた俺は少しだけ間抜けな声を出してしまう。

 

……しゅ、手術ってこれマジ?

 

 

 

「え、手術ってマジですか? 何かこういうのって自然と治すっていうイメージがあったんですけど……」

「うーんっとね、さっきも言ったけど今回の君の症状は橈骨遠位端骨折って言ってね? 主に転んで手を突いた時に起こる骨折なのよ」

「は、はぁ……」

 

 

 先生は淡々と冷静に言葉を並べていく。

 

 

「んで、君の場合今回はそこまで症状が重くないから手術すれば入院期間は2〜3日で済むわけ。その後はギプスをつけて日常生活でリハビリって感じ」

「な、なるほど……」

「なるべく早く治したいって要望だからさ、それなら手術した方が絶対に早いのよ」

 

 

 まぁ……手術ってしたことないから若干ビビってるけど、早く治るならそれに越したことはないよなぁ。

 

 

「まぁ今君が決める訳にもいかんよね。とりあえず親御さんと相談しておいで」

「わかりました」

 

 

 

 

 軽くこれまでの状況を説明しよう。

 

 相葉さんを庇って名誉の負傷を負い、その場でぎゃあぎゃあと喚く俺は相葉さんが呼んだ救急車に乗せられて病院へと直行させられた。

 救急車の中で軽い応急処置を受け、ギプスで腕をガッチガチに固定されたまま病院に到着して診察を受けているのが冒頭の場面だ。

 

 

 

 

 そして俺は診察室を出て親に電話をしようと廊下を歩いていると、俺の姿を見つけた相葉さんが正面から駆け寄ってきた。

 

 

「し、白石くんっ! どうだった!?」

「あーうん、何か手術することになるかもしれないっぽい」

「しゅ、手術っ…!? そんな……」ジワッ

「えっ!? あ、相葉さん!?」

 

 

 相葉さんは自分の口に両手を当てて震えた声を出す。そして目尻からはじんわりと涙が浮かび上がってきた。

 

 

「ご、ごめんねっ……わ、私がっ……私のこと庇って怪我しちゃったのに……っ」グスグス

「ちょっ! お、落ち着いて相葉さん!」

「うっ……うぅ…っ」

「手術はするけど別に重たい怪我とかじゃないから! むしろ早く治すための手術で、数ヶ月もすれば元通りになるらしいから!」

「ふぇ……そ、そうなの…?」

「うんうん!」

 

 

 俺は目の前で泣き出した相葉さんを励まそうと、手をブンブンと振り回しながら大きな声を出す。すると相葉さんは段々と冷静さを取り戻していき、潤んだ瞳で俺のことを上目遣いで見る。

 

 あ、焦ったぁぁ〜! 目の前で女の子があんなに泣き出すなんて。 でもとりあえず相葉さんが泣き止んでくれてよかった……

 

 

「……本当に大きな怪我じゃないの?」

「そ、そうそう! 骨は折れてるけど軽傷だったらしいんだ」

「そうなんだ……よ、良かったぁ……ぐすん」

「あ、相葉さん。泣かないで……大丈夫だからさ」

「うんっ……ごめんねっ、安心したら……何だか涙が……」

 

 

 その後はしばらくの間、ぐすぐすと涙を流す相葉さんの背中を摩り続けた。こんな時、気の利いた言葉の一つも言えない自分に腹が立つ。

 

 とにかく俺は相葉さんに寄り添い、ずっとずっと背中を摩り続けた。

 

 

 、、、、

 

 

「ふぅ……ご、ごめんね? ちょっと取り乱しちゃって」

「ううん、心配してくれたんだよね。

ありがとう、相葉さん」

「そ、そんなお礼なんて……そ、それより白石くん! 手術の後は少しだけ入院するんだよね?」

「うん、一応そんな予定らしいけど」

 

 

 まぁ先生の話通りなら2〜3日だけの入院って言ってたから、すぐに家には帰れると思うけど。

 

 

「私絶対にお見舞いに来るからね!」ズイッ

「えぇっ!? べ、別に大丈夫だよ? 2.3日だけだからさ。あ、あと近いよ……」

「そういう訳にはいかないよ! 私を守って怪我しちゃったんだから!」ズイズイッ

「わ、わかった! わかったから一回落ち着こうか!」

 

 

 相葉さんは握り拳を作って若干興奮気味に顔を近づけてくる。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、綺麗で整った顔が間近に来て俺は思わず顔を横に逸らしてしまった。

 

 

「お、俺!家族に電話とかしなきゃだからもう行くね!」

「あ、うんっ! 引き止めちゃってゴメンね」

「あはは……全然平気だよ」

 

 

 元気に手を振る相葉さんに手を振りかえしてその場から離れる。心配をかけておいて不謹慎だとは自分でも思うけど、相葉さんがあんなに心配をしてくれていたのいうのが何だか少し嬉しかった。

 

 とりあえず家族に電話して……あ、あと千川さんにも連絡はしないとな。大学も何日か休むことになるだろうし、友達にも連絡を入れておかないと……やる事がたくさんあるなぁ。

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 とりあえず手術を受けることは確定した。親に電話して骨折をしたと伝えたら驚いてはいたが、それで早く治るならということで手術を受けることも費用を出してくれることも快く了承してくれた。

 

 千川さんにはしばらくバイトは休むように言われた。とにかく治療に専念して、腕が治ってきたら出来ることから段々と仕事に復帰するようにとのことだ。でもまぁ車の運転なんかは完治するまではできないだろうな。

 

 

「じゃあ白石くん、今から治療室に行くからね」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 

 そして早速だが、骨折した翌日にも俺の手術は行われることになった。手術は全身麻酔で行う1時間程度のものらしく、次に俺が目を覚ました時はもう終了しているらしい。

 そしてその後2〜3日の入院を経て、その後は退院して自然治癒で治していくとのことだ。

 

 

 あ〜、手術って初めて受けるからちょっとドキドキするなぁ。もしメスを入れられてる時に目が覚めたりしちゃったらどうしよう……。って、ダメだダメだ。そんな事を考えるな。

 

 

 とまぁ、そんな感じで俺は若干の不安とドキドキを胸に秘めながら手術を受けたのだった。

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

「じゃあ白石くん、どうか安静にしていてくださいね」

「はい」

 

 

 手術は驚くほどあっという間に終了したらしい。俺はずっと寝ていただけだから分からないけど、朝に手術を始めて昼に目が覚めたっていうことは何の問題もなく終了した証拠だろう。

 

 

「はぁ……」

 

 

 包帯でぐるぐる巻きにされてギプスで固定された左手をボーッと見つめる。しばらくの間何をするでもなくそうしていると、俺のいる部屋に来客が訪れた。

 

 

「おーい、調子はどうなのさ?」

「あっ、母さん。来てくれたんだ」

「そりゃあ来るわよ。はい、暇潰し用に本とか持ってきたよ」

 

 

 母さんはドンっと重そうな紙袋を置く。その中には実家に置いてきた漫画に小説や雑誌などが沢山入っていた。

 

 2、3日の入院だからこんなに沢山はいらないんだけど……それでもやっぱり嬉しいし有難いな。

 

 

「腕、どうなの?」

「ちょっと動かしづらいけど、特に痛みがあったりする訳じゃないよ」

「そう、ならよかった」

 

 

 母さんは静かに微笑むと、ベッドの横に置いてある椅子に腰をかける。

 

 

「この部屋にいるのはあんただけなんだね」

「そうみたい。まぁ静かでいいけどね。気を使うこともないし」

「それもそうね」

 

 

 お隣さんがいたらいたで話し相手にはなるかもしれないけど、いなかったらいないで全然構わないよね。むしろ変な人だったら困るし居なくて助かるかも。

 

 

「……女の子助けてそうなったんだって?」

「え? あ、あぁ……うん、そうだけど。

え、急にどうしたの?」

「いやね、あんたが骨折したって聞いて最初は驚いたんだけどさ、怪我した理由を聞いた時はお母さんなんだか誇らしい気持ちになったよ」

「ちょっ! ま、マジで何なの!? そんな風に言われると恥ずかしいんだけど……」

 

 

 い、いきなり何なんだ。 こんな風に褒められると背中がゾワゾワ〜ってするんだけど…!

 

 

「あんたは昔っからヘタレで奥手だったけど、優しい子だったからね」

「……それ褒められてる?」

「もちろん褒めてるよ」

 

 

 や、やっば〜……久しぶりに親に会ったと思ったらこんなに褒められるとか、嬉しいけどなんか照れるなぁ。

 

 

「で、あんたちゃんと一人暮らしできてんの?」

「まぁ……それなりに」

「ふーん、大学は?」

「今のところは特に問題もなく」

「彼女できた?」

「いると思う?」

「それもそっか。あんたがちょっと東京に来て一人暮らし始めたからって、すぐ彼女なんて出来るわけないわよね」

 

 

 そう言って母さんはクスクスと笑った。

 

 えっ?何かさっきまですごい褒められてたのに、急に小馬鹿にされ始めたんだけど? 落差が激しすぎやしませんかねぇ……

 

 

「はぁ〜、息子がこんなんであたしは生きてる間に孫の顔が見れるのかねぇ……」

「う、うるさいな……」

「流石に大学を卒業するまでには、彼女の1人くらい作っておいてもらわないと心配だわ〜」

「ちょっと、 怪我人に嫌味言いに来たんだったらお帰り頂いてもいいですかね?」

「なにぃ〜? 親がせっかく見舞いに来てあげたのにその言い方は何なのさ?」

 

 

 先ほどまでの感動的な雰囲気は何処へやら、母さんと俺がギャアギャアと親子間での口喧嘩を始めると、部屋の中にもう1人の来客がやってきた。

 

 

「白石く〜ん! お見舞いに来た……よ?」

「あっ、相葉さん!?」

 

 

 元気に部屋の中に入ってきた相葉さんは母さんの姿を視界に入れると、パチパチと大きな目を瞬きさせて硬直する。対して母さんの方も相葉さんの姿を確認して体を硬直させている。

 

 

「……あっ! も、もしかして白石くんのお母さんですか?」

「……あっ!はい! 白石幸輝の母です」

「は、初めまして、私は相葉夕美です!

白石くんとは同じ大学に通ってて……」

「あ〜、そ、そうなんですか〜!」

 

 

 母さんはさっきまでの俺と話している時とは違う余所行きの高い声で相葉さんとやり取りをする。すると素早い動きで俺の肩に手を回してヒソヒソと小さな声で語りかけてきた。

 

 

「ちょ、ちょっと…! 何よあの子…!

ウルトラ級の美少女じゃない……!」ヒソヒソ

「え? あ、あぁ……うん」

「あんな可愛い子があんたのお見舞いに来てくれるとか……ど、どういう関係なの?」

「相葉さんも言ってたでしょ、大学の同級生だって。あと俺が骨折した時一緒にいた子だよ」

「えっ、あの子なの?……ふーん、へぇ〜」

 

 

 母さんは俺と相葉さんの顔を交互に見て何やら怪しげな笑みを浮かべる。

 

 な、なんなんだ一体? ていうか相葉さん完全に困っちゃってるし……

 

 

「あ、あの〜?」

「あっ! ご、ごめんなさいね〜! えーっと……夕美ちゃんでいいかしら? わざわざ息子のお見舞いに来てくれてありがとうねぇ〜」

「い、いえいえ! 元はと言えば白石く……あっ……こ、幸輝くんが怪我しちゃったのは私が関係しているので」

 

 

 えっ!? な、何で急に名前呼び!?

 

 あ、あぁ……親の前だからか。母さんも白石だしそりゃそうなるか……心臓に悪い。

 

 名前で呼ばれただけで動揺するとかいう童貞丸出しムーブしてるから母さんにあんなこと言われるんだよな。もっと堂々としていないと。

 

 

「じゃあおばさんはそろそろ退散しようかね」

「えっ?」

「後は若いお二人で〜!」

 

 

 母さんは椅子から立ち上がると、自分の服を何度か叩いて皺を伸ばす。そして俺たちに手を振りながらベッドから離れていく。

 

 

「夕美ちゃん、息子と仲良くしてあげてね〜」

「あっ、はい!」

「それじゃ、あんたは安静にしてるんだよ」

「わかってるって」

「それじゃあね〜!」

 

 

 母さんは何やらウキウキとした様子で部屋から出ていった。そして母さんと入れ替わる形で相葉さんがゆっくりと椅子に座った。

 

 

「元気そうで楽しいお母さんだね」

「まぁ……元気なのは確かだよ」

「ふふっ」

 

 

 ブ-! ブ-!

 

 

「あれ、スマホ震えてるよ?」

「ごめん、誰かからメールかも」

 

 

 突然、ベッドの横の棚に置いてあったスマホがブルブルと震えた。相葉さんに一言断りを入れてスマホの解除をロックすると、そこには母さんからのメールが届いているという通知が入っていた。

 

 どうしたんだろ…? まだ近くにいるだろうし直接言えばいいのに……。

 

 

母さん『シチュエーションは作ったよ!あとは上手くやんな!』

 

 

「はぁ?」

「どうしたの?」

「あ、いや何でもないよ。あはは」チラッ

 

 

「……!」グッ!

 

 

 何やら視線を感じたので部屋の入り口の方をチラリと見ると、さっき出ていった母さんが扉を小さく開けてその隙間から力強く立てた親指を覗かせていた。

 

 な、何やってんだあの人……

 

 

 ブ-! ブ-!

 

 

 こ、今度は何だぁ!?

 

 

母さん『そんな可愛い子そうそういないよ!

絶対に逃すんじゃないよ!』

 

 

「ちょっ!」

「白石くん? 大丈夫…?」

「えっ? あ、ごめんごめん! 大丈夫だよ!」

 

 

 か、母さん……完全に俺と相葉さんの関係を勘違いしてるぞ。別に俺たちはそういうのじゃないのに……

 

 

「あ、そうだ白石くん。私いい物を持ってきたんだよ!」

「えっ? いい物?」

「じゃーんっ!」

「おぉ〜、りんごだ」

 

 

 相葉さんは真っ赤なりんごを取り出して俺に見せつける。色づきがよく、どっしとしているうえに張りとツヤがあって美味しそうだ。

 

 

「お見舞いっていったらりんごかな〜って」

「相葉さんが買ってきてくれたの?」

「そうだよっ! 今剥くからちょっと待っててね〜」

 

 

 そう言うと相葉さんは鼻唄交じりに、小さな包丁かナイフのような物でシュルシュルとりんごの皮を剥き始めた。

 

 ……こういうのって映画とかドラマでよく見るシーンだけど、まさか自分が体験する側になるなんてなぁ。

 

 でも……何かいいな。こういうの。

 

 

「手は大丈夫?」

「うん、平気だよ。特に問題もなく手術も終わったみたいだしね」

「そっかぁ……よかったぁ〜」

 

 

 相葉さんは俺と会話をしながらもテキパキとりんごの皮を剥いて、じゃくじゃくと美味しそうな音を鳴らしながらソレを切っていく。そしてあっという間に、くし形に切られたりんごが完成した。

 

 

「はいっ、完成だよっ!」

「おぉ〜! すごく美味しそうだよ」

「ふふっ、いっぱい食べてね♪」

 

 

 普通にりんごだけでもかなり美味しそうだけど、相葉さんがわざわざ俺のために剥いてくれたとなれば美味さは通常の倍近くあるだろう。

 

 

「えーっと……何かフォークとかつまようじみたいなのはあるかな?」キョロキョロ

「……フォークならここにあるよ」

「あっ、本当だ。流石相葉さんは準備がいいな〜。 じゃあソレ貸してもらってもいいかな?」

 

 

 俺が動かせる方の右手を差し出すと、相葉さんはその手に持っている小さなフォークにりんごを刺して俺の方へと向けてきた。

 

 

「は、はいっ! あ、あーんっ……」

「えぇっ!?」

 

 

 あ、あーん……だと…っ!?

 

 

 相葉さんは顔を少しだけ赤くしながらフォークに刺さったりんごを俺の顔に向けている。そして驚くことにあーんと声を出す。それはつまり俺にりんごを食べさせてくれるということだろう。

 

 

「あ、相葉さんっ! 俺別に右手なら普通に使えるかさ、全然自分で食べられるから!」

「でも……片手じゃ食べづらいでしょ…?」

「い、いやそんなことは……!」

「それとも……い、嫌かな……?」

「うっ」

 

 

 相葉さんは不安そうな表情を浮かべて俯く。

 

 

 ……そ、そういえば相葉さんは昨日俺が手術するって聞いた時にすごく泣いてたし、俺の怪我の原因が自分にあるって何回か言ってたな。きっとかなり責任を感じているに違いない。

 

 そんな相葉さんが厚意で俺の世話をしてくれると言っているのに、それを断るのは良くないよな……

 

 

「……じゃ、じゃあお願いしようかな」

「ほ、本当っ?」

「うん、相葉さんが嫌じゃなければだけど」

「全然嫌じゃないよ! むしろ私から提案してることだし!」

 

 

 相葉さんは仕切り直しと言わんばかりに、りんごの刺さったフォークを俺の顔に向ける。

俺はソレを受け入れるようにして大きく口を開いた。

 

 め、めちゃくちゃ恥ずいけどこれで良いんだよな…?

 

 

 

「はい、そのままお口開けててね?」

 

 

 相葉さんが口の中に運んできたりんごを半分だけ齧り取って口の中で咀嚼する。そんな俺の様子を相葉さんはニコニコと笑いながら眺めているが、正直言って今にも顔が爆発してしまうのではないかというほど恥ずかしい。当然、味なんて全く分からない。 

 

 

「どう?美味しいかな?」

「……お、美味しいよ」モグモグ

「よかった〜! まだまだあるから沢山食べてねっ!」

 

 

 その後も相葉さんは嬉しそうに俺の口へとりんごを投入していく。俺は無心でただひたすら口の中に入るソレを噛み砕いて喉の奥へと流し込む。

 

 

「すご〜い! もうこれで最後だよっ!」

「あはは……ありがとう」

「はい、あーんっ♪」

「あー……」

 

 

 最後の一欠片を咀嚼して飲み込む。まるまる一個もあったりんごが気づいた時には無くなっていた。俺は一体どれだけ無心で食べ続けていたんたろうか……

 

 

「美味しかった?」

「うん、すごく美味しかったよ」

「よかった〜」ニコッ

 

 

 かなり心臓には悪かったけど、相葉さんが嬉しそうに笑ってるからまぁいいか。

 

 相葉さんは手に持っていたフォークやら何やらを片付けると、ニコニコとした表情から一転して真剣な顔で俺を見つめる。

 

 

 

「ねぇ白石くん……改めて言うけど本当にありがとうね」

「……どういたしまして。でもお礼ならもう聞いたから大丈夫だよ?」

「ううん、何回お礼をしても足りないくらいだよ。白石くんが守ってくれなかったら私、どうなっていたか分からないもん」

「あははっ、でも俺は本当に必死で……気づいたら体が動いてただけだからさ」

 

 

 俺が自分の後頭部に手を置いて困ったように苦笑いをしていたら、突然に相葉さんは驚きの発言をしてきた。

 

 

「でもあの時の白石くん、ちょっとだけカッコよかったよ?」

「……えっ!? ま、マジ!?」

「ふふっ、マジだよ。男らしかった」ニコッ

 

 

 や、やったぁぁぁぁ!! 女子に、それも相葉さんに褒められちゃったぞ! しかも格好よかったって……う、嬉しいなぁ……!

 

 

「な、泣きそう……」プルプル

「えっ!? ど、どうして!?」

「女の子に格好いいなんて言われたこと無かったから……か、感激で……」

「な、な〜んだ……そういうことかぁ。 てっきり何か悲しませちゃったのかと思ったよ?」

「ご、ごめん」

 

 

 それにしても相葉さんにこうやってお見舞いに来てもらえて、それにりんごまで食べさせてもらって、挙げ句の果てに格好いいって言われちゃうなんて……左手を犠牲にしてでも相葉さんを守った甲斐があったよ。

 

 

「……でも本当、かっこよかったよ」フフッ

「…!!」

 

 

 相葉さんはいつものニコニコとした可愛らしい笑顔ではなく、目を細めて小さく笑う大人っぽい表情を浮かべて呟いた。そんな一面に思わずドキッとしてしまう。

 

 い、いかんいかん……落ち着け俺。

 

 

「あの時……突然の出来事すぎて何がなんだか分からなくってさぁ」

「あ、あぁ〜うん。俺もあの時は頭の中ぐっちゃぐちゃだったよ」

「だよね〜」

「相葉さんに手が大丈夫じゃないって言われてさ、てっきり胸を掴んじゃったことだと思ってたら、まさか骨折してるなんて……本当に参ったよ。あははっ」

「………そ、そう……だね…」

「ん?」

 

 

 相葉さんは突然、顔をタコのように真っ赤にして俺から視線を逸らしてしまう。

 

 あれ、どうしたんだろう? 今、俺何か変なこと言っちゃったかな……

 

 

 

『相葉さんに手が大丈夫じゃないって言われてさ、てっきり胸を掴んじゃったことだと思ってたら、まさか骨折してるなんて……本当に参ったよ。あははっ』

 

『てっきり胸を掴んじゃったことだと思ってたら、まさか骨折してるなんて……本当に参ったよ。あははっ』

 

『てっきり胸を掴んじゃったことだと思ってたら』

 

 

 

「………あっ」

「そ、その……し、白石……くん」チラッ

 

 

 や、やっちまったぁぁぁ!!! 何を俺は蒸し返してんだよ!! あははじゃねーわ!あははじゃ!

 

 そうだ、骨折のインパクトが強すぎてすっかり忘れていたけど、俺は不可抗力とはいえガッツリ相葉さんのお山を揉んでしまったんだった……

 

 その事実と感触を思い出してしまった瞬間、俺の顔も相葉さんと同じくらい真っ赤に染まりダラダラと汗が噴き出してくる。

 

 

「………」

「………」

 

 

 き、気まずい……

 

 さっきまで楽しげな雰囲気だった病室には静寂が訪れる。とはいえその雰囲気をぶち壊したのは俺なので何も文句を言う資格はない。

 

 

「わ、私ちょっとお手洗いに……! きゃっ!」

「……! あ、危なっ…!」

 

 

 ボスッ

 

 

 シビレを切らした相葉さんがお手洗いに行こうと、ベッドの縁に勢いよく手を突いて立ちあがろうとする。しかし勢い余り突いた手を滑らせて俺のいるベッドへと倒れ込んできた。

 

 俺は咄嗟に右手だけを出して、右手と体を使って正面から相葉さんを受け止める。とりあえず左手は無事だ。

 

 

「………」

「………」

 

 

 俺と相葉さんは鼻と鼻が触れ合うのではないかという程近い距離で見つめ合う。顔はくっ付いていないが体は完全に密着しており、俺の硬い胸部にくっ付いた相葉さんの柔らかい胸部は形を変えて潰れている。

 

 しかし、そんな直に伝わる相葉さんのお山の感触や鼻をくすぐる甘い香りも、今の俺は全く気にしていなかった。

 ただひたすらに、至近距離から俺の目を見つめてくる相葉さんの綺麗な瞳を見つめ返すことしかできない。

 

 まるで時間がここだけ止まっているように俺も相葉さんも体が動かない。

 

 

 

「……左手、大丈夫…?」

「あ、うん。全然……平気だよ」

 

 

 相葉さんが沈黙を破るように小さな声で俺に語りかけてくる。うるうると潤いを持つ綺麗な瞳でジッと俺を見つめてくる。

 

 

 

「……また、助けられちゃったね」ニコッ

「……!」

 

 

 相葉さんは顔は赤いまま、困ったように小さく微笑んだ。

 

 その顔を見た瞬間、俺の心臓が体から飛び出してしまうのではないかという程に大きく跳ね上がった。

 

 どくん、どくんと大きく鼓動が鳴り響く。

 

 きっとこの音は相葉さんにも気づかれているだろう。何故なら、俺も相葉さんの胸から伝わる激しい鼓動に気づいているからだ。

 

 

 

 やばい……

 

 

 

「……白石くん」

 

 

 

 やばい、やばい……

 

 

 

 

 

 この雰囲気は……やばい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラッ!

 

 

「失礼しま〜す、ごめんね〜? ちょっと忘れ物をしたみたいで……あれ?」

 

 

「「あっ」」

 

 

 何というタイミングだろう。ノックも無しに突然部屋に入ってきたのは、先ほどまでこの部屋の中にいた俺の母さんだった。

 

 部屋の中にいる俺たちは扉の前に立つ母さんを見つめ、その逆に母さんも俺たちのことを見つめて体を硬直させる。

 だがそれも無理のないことだ。向こうからすれば男女二人が二人きりの空間で、何故かベッドの上で体を密着させ至近距離で顔を見つめ合っていたのだから。この状況に急に出くわして驚くなという方が無理な話だ。

 

 

「あー……おばさんお邪魔だったかしら?」

「ちょっ! いやっ、これは!」

「で、でもね? 一応骨折してるんだから程々にしないとダメよ……? それじゃあねっ」

「あっ! 母さん! ちょっと、話を聞いて!」

 

 

 俺の言葉に耳を全く貸さずに、母さんは逃げるように部屋の前から走り去っていった。

 

 そして相葉さんの方へと視線を戻すと、さっきまで母さんの立っていた場所を、目を見開いて顔を真っ赤にしながら見つめていた相葉さんがゆっくりと俺の方を見る。

 

 さっきまでの異様な空気感は完全に消え去っていて、冷静になった俺と相葉さんは顔から滝の様な汗をダラダラと垂らす。

 

 

 

「あ、あの〜……あ、相葉さん……?」

「〜〜ッッ!!! わ、私今日は帰るね…!」

「あっ! ちょっ! 相葉さん!?」

「じゃ、じゃあね白石くん! また今度っ!」

 

 

 そう言い残すと相葉さんまで逃げるようにして部屋から去っていってしまった。誰もいない大きな病室の中にポツンと俺一人だけが残される。

 

 

「……な、何がなんだか」ドキドキ

 

 

 あまりにも嵐のような展開に俺の頭は骨折した時と同じように真っ白になる。

 

 ただ一つ、自分の胸の鼓動がいつもより激しく鳴っていることだけは、はっきりと自覚していた……

 

 

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