346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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乙女心は超難解

 

 季節は10月の下旬、俺が病院を退院してから1ヶ月近くが経った。

 まだ完治はしていないし手首の中にあるプレートの抜去も済んではいないが、リハビリの一環としてある程度の軽作業ならこなせるようにはなってきた。

 

 と、まぁそんなこんなで今日は久しぶりのバイトにやってきたわけですよ。

 車の運転とかはまだまだできないけど、掃除したりコピーを取ったり文字の入力をしたりとかくらいならできるからね。

 

 

「あれ? 白石さんじゃん。久しぶりだな」

「あ、神谷さん。確かに久しぶりだね」

 

 

 事務所の廊下を歩いていると向かい側からフリフリと小さく手を振る神谷さんが声をかけてきてくれた。

 最近は全然バイトに顔出してなかったから相葉さん以外の人たちからすれば久しぶりと思われるのも仕方ないだろう。

 

 

「怪我したんだって? 大変だったな〜」

「え? 神谷さん知ってたんだ」

「あはは……女子の間では噂とかそういうのはすぐに出回るからな。白石さんも何か悪さとかしたらすぐに事務所内に広がったりするから気をつけた方がいいぞ?」

「ひぇっ……女子怖い」

 

 

 俺が何かやらかしたらあっという間にその話がアイドル間で広がっていくのか……マジで気をつけよう。

 

 

「それにしても……手が包帯でグルグル巻きだなぁ。痛みとかは無いのか?」

「指は出てるからそこまで不便って訳でもないけどね。痛みに関しては普通にしてる分には何も無いよ。流石にここを神谷さんにぶん殴られたりしたら痛いと思うけど」

「あ、あたしがそんな事する訳ないだろぉ!」

「あははっ、冗談だよ」

 

 

 俺が手首を指差しながら冗談を言うと、神谷さんはプリプリと怒りながら抗議の視線をぶつけてくる。前に北条さんや渋谷さんが神谷さんはイジり甲斐があるって言ってたけど、その理由がわかった気がした。

 

 

「っていうか怪我したのは聞いてたけど、何で怪我したんだ?」

「うーん……まぁ色々とあったんだよね。名誉の負傷とかそういう感じ? 怪我してすぐは痛くて痛くて泣きそうだったけどさ。あはは…」

「へぇ〜、名誉の負傷ってなんかカッコいいな。

あっ、ごめん! 白石さん怪我してるのに無神経だったよな……」

「い、いいよいいよ別に! 全然気にしてないからさ」

 

 

 神谷さんは申し訳なさそうな表情を浮かべながら顔の前で両手を合わせる。

 

 ……まぁでもぶっちゃけて言うと神谷さんの言ってた事は普通に分かるんだよなぁ。

 

 

「というか俺も神谷さんと同じ事考えてたよ」

「えっ?」

「いやほら、名誉の負傷って何かカッコいいなぁ〜って。実際入院してる時に包帯でグルグル巻きの腕を見てアニメのキャラみたいだな〜とか思ってたし。格好いいよね、こういうの」

「そ、そっか……白石さんもそうなのか。

へへっ、何か嬉しいな」

 

 

 神谷さんはそう言うと頬をポリポリと掻きながら静かに笑った。

 

 

「こういう包帯を解いたらめちゃくちゃ強い能力が出たりするのはあるあるだよね」

「あー、わかるわかる! そういうの格好いいよな! あとは眼帯とかもよくあるよな!」

「眼帯なぁ……厨二心をくすぐるよねぇ。中学生の頃に目の上にできものができてさ、その日は学校に眼帯をしていったんだけどちょっと格好いいとか思ってたもん」

 

 

 所謂、独眼竜ってやつだね。まぁその日も最初のうちはウキウキだったけど、視界が悪いしすぐに鬱陶しくなったんだけどさ。

 

 

「いやー、でも気持ちは分かるぞ? 眼帯を取ったら特殊な眼をしてたり、でっかい古傷が残ってたりとかもアニメや漫画じゃよくあるからな!」

「まぁ実際は眼帯を取ったら出てくるのはでっかいできものなんだけどね」

「あははっ! それは確かに格好がつかないかもな!」

 

 

 神谷さんと2人して声を上げて笑う。

 

 いやー、それにしてもアニメとかそっち系の話をしてる時の神谷さんは本当に楽しそうだ。

本当に好きなのが伝わってくるし、こっちまでなんだか楽しくなってくる。

 

 

「眼帯と言えば、俺が昔見てたアニメでさ〜」

「うんうん!」

 

 

 と、その後も神谷さんと楽しくアニメトークを続けていると、突然気配も無く近寄ってきた人物に後ろから声をかけられる。

 

 

 

「なんだか楽しそうだね〜。2人で何の話をしているの?」ニコニコ

 

 

「えっ? うおっ…! 相葉さん、全然気づかなかったよ」

「あ、あたしも全然気づかなかった……めちゃくちゃビックリしたぞ」

「ふふっ、驚かせてゴメンね。白石くん、奈緒ちゃん」ニコニコ

 

 

 後ろから声をかけてきたのは相葉さんだった。相葉さんはニコニコといつも通りの朗らかな印象を与える笑顔を浮かべている。

 

 

「それで? 2人で何を話してたの?」ニコニコ

「ん? あぁいや、別に大した話じゃないよね。神谷さん」

「そうだな。白石さんの言う通り大した話じゃないぞ? 夕美さん」

 

 まぁちょっとした俺たちのオタク心に火がついたとかそういう感じだけど、相葉さんはあんまりそういうのには興味無さそうだしな。

 

 

「へぇ〜、そうなんだ。なんだか2人がとっても楽しそうに話してたから気になっちゃった!」ニコニコ

「えっ!? あ、あたしたちそんなに声大きかったかな……?」

「距離感もすごく近かったし、と〜ってもいい雰囲気に見えたよ〜?」ニコニコ

「うっ……な、なんか恥ずかしいな…」

 

 

 ……なんだろう、相葉さんの笑顔に圧を感じるような……例えるなら千川さんがニコニコしながらも圧をかけてくるあの感じに似ている。

 

 

「あっ、白石くん。どうしたんですか? こんな所で」

「おぉ……噂をすれば」

「はい?」

「いや、なんでもないです。あっ、それゴミ捨て場に持ってくんですよね? 俺が行きます」

 

 

 そこに突然現れた千川さんから紙くずが沢山入っているゴミ袋を受け取る。俺はそれを右手で受け取って肩に担いだ。

 

 

「そこまで重くはないですけど……手の方は大丈夫ですか?」

「全然平気ですよ。任せてください!」

「でもちょっと心配ですね……」

「あ、それならあたしが一緒についてくよ」

「本当ですか? じゃあお願いしますね、奈緒ちゃん」

 

 

 笑顔の千川さんに対して神谷さんも笑顔を浮かべる。

 

 ……俺は別に1人でも平気なんだけどなぁ。

 

 

「流石にゴミ袋持ってくだけなら大丈夫だよ? もう骨折してから一か月以上経ってるし」

「いーからいーから! まださっきの話も途中だったしな!」

「まぁ……神谷さんがいいなら」

「あっ! それなら私が行くよ!」

 

 

 俺と神谷さんがゴミ捨て場に向かおうとしたその時、相葉さんが大きな声を出してビシッと手を上げた。

 

 

「ん? 大丈夫だよ夕美さん。あたし今暇だからさ」

「そうですね。それに夕美ちゃんはレッスン終わりで今から帰るとこですよね? 体も疲れているでしょうし、遠慮せずに帰って大丈夫ですよ?」

「つ、疲れてません! 平気です! それに今無性にゴミを捨てに行きたい気分なんです!」

「ど、どんな気分だよ!!」

 

 

 神谷さんと千川さんの気遣いが感じ取れる発言に対して、相葉さんは必死の形相で食い下がる。

 

 どうしたんだろう相葉さん。マジでそんなにゴミ捨てに行きたいんだろうか?

 

 

「と、とにかく私が一緒についてくから奈緒ちゃんは休んでていいよっ! 」ニコニコ

「そ、そうか……? まぁ、そこまで言うんだったら……」

「うんうん!」

 

 

「……あっ、はは〜ん。なるほど……さては夕美ちゃん」 ニヤニヤ

「っ…! ち、違うからねちひろさん! 別にそういうんじゃないよっ!」

「乙女心ですよね〜。 そうですよね〜、他の女の子と一緒だと複雑ですよね〜? 」ニヤニヤ

「だ、だから違うのっ!」

 

 

 何かを感じ取った様子の千川さんがニヤニヤと笑いながら相葉さんを揶揄う。それに対して相葉さんは顔を真っ赤に染めながら必死に手を振り回して反論をしている。

 

 俺と神谷さんはそんな2人の様子を少し離れた場所からボーッと眺める。

 

 

「なぁ白石さん、ちひろさんと夕美さんは何の話をしてるんだ?」

「うーん……わからん。でもわからんなら聞くしかないよね」

 

 

 俺は2人の元へと近寄っていき、楽しそうに笑う千川さんへと声をかける。

 

 

「千川さん、さっきから何の話をしてるんですか? 乙女心がどうとか」

「え〜? 何の話でしょうかね〜? ねぇ、夕美ちゃん♪」チラッ

「も、も〜っ! ちひろさん!!」

「ふふっ、すみません白石くん。こればっかりは教えられませんね」

「そ、そうっすか」

 

 

 な、なんか千川さんすげぇ楽しそうだな。ちょっと不気味なくらいだ。

 

 まぁ、とりあえず神谷さんの元へと戻ろう。

 

 

「何の話だったんだ?」

「いや……教えてくれなかった」

「なんだそれ」

「でも異様に千川さんがキャピキャピしてて楽しそうだった」

「……ますます気になるな」

 

 

 神谷さんと2人で腕を組んで目を瞑り考えてみるが、いくら脳みそを回して考えても答えが出てくることはない。

 

 

「あ、そういえばさっき言おうとしてた話なんだけどさ」

「ん? あぁ……白石さんが昔見てたアニメがどうとかいうやつ?」

「そうそう。そのアニメにさ、神谷さんに似てるキャラが出てくるんだよね」

「へぇ〜? どんなとこが?」

「髪がもふもふで」

「そ、そこかよぉ!」

「あとツンデレ」

「あ、あたしはツンデレじゃねーよ!」ウガ-

 

 

 神谷さんは顔を赤くして手を振り上げながら怒っている。

 

 あぁ〜、なんか神谷さん見てると和むなぁ。

 

 

「な、なんだよそのニヤケ顔は! なんか馬鹿にされてるみたいでムカつくぞっ!」

「いや〜……なんか和むなぁって」

「和むな! あたしは怒ってるんだぞ! 本当だぞ!」

「はっはっはっ」

「く、くそ〜!!」

 

 

 ガシッ

 

 

「ん?」

「ふふっ、まーた2人だけの世界に入ってる。そんなに奈緒ちゃんと話すのが楽しいのかなぁ?」ニコニコ

「あ、相葉……さん…?」

 

 

 振り向くとニコニコと笑う相葉さんが真後ろに立っていた。可愛らしい笑顔のはずなのに、体の後ろからはドス黒いオーラがはっきりと出ている。

 そんな相葉さんの様子を見て俺の顔はひくひくと引き攣ってしまう。

 

 

「あ、相葉さん……なんか怒ってる?」

「怒ってないよ?」ニコニコ

「い、いや……やっぱ怒ってない?」

 

 

 か、体が動かない。まるで蛇に睨まれた蛙ってやつだ。

 

 

「今のは減点ですよ白石くん。本人がいる目の前で他の女の子と楽しそうにお喋りしてるなんて……

ふふっ」

「何の話ですか!? ていうかさっきから何でそんな楽しそうなんですか!」

「女の子はいくつになってもそういうお話が大好きなんですよ♪」

「女の子って千川さん今25さ……」

「はい?」ニコニコ

「っス……なんでもないッス」

 

 

 くっ……もう何がなんだか訳がわからんぞ!

 

 相葉さん怒ってるし、千川さんキャピキャピしてるし、神谷さんも困惑してオロオロだし!

 

 なんだこれ……カオスか?

 

 

「もうっ! とにかくゴミ捨てに行くよ!」

「あ、ちょっ……相葉さん!」

 

 

 相葉さんは俺からゴミ袋を奪い取ると、俺の骨折していない方の手を握って引っ張っていく。

 ニヤニヤと笑う千川さんと、ぽかーんとした表情を浮かべる神谷さんたちの姿がどんどん小さくなっていった。

 

 

「夕美ちゃ〜ん、頑張ってくださいね〜♪」

 

「そういうんじゃないです〜!!」

 

 

 千川さんの言葉に相葉さんが大きな声で返事をする。それを最後に俺たちは2人の前から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対にそういうやつだと思うんですけどね〜

はぁ……青春ですね〜 」ニコニコ

「い、一体何だったんだ? 」

「ふふっ、奈緒ちゃんにもいつか分かりますよ」

「……?」

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 相葉さんに手を引かれて走り続け、気づけば事務所の外へと出てきていた。何度か相葉さんに声をかけて呼びかけたが返事は無く、その代わりに俺の腕を握る力が強くなるだけだ。

 

 

「あ、相葉さん! ストップストップ!

ゴミ捨て場こっちじゃないから!」ギュッ

「あっ」

 

 

 割と強めに相葉さんの手を握り引き留めると、小さな声を出した彼女は今度こそ足を止めてくれた。

 

 

「あ、相葉さん。俺、何かしちゃったかな?」

「……そんなことないよ」

「でも今日の相葉さんいつもと様子が違うからさ。俺が何かしちゃったなら謝らないといけないと思うし」

「本当に違うの。白石くんは何もしてないよ」

 

 

 相葉さんはくるりと振り返って俺の方へと向き直るが、その顔は下を見ていて俺には表情が見えない。そしてしっかりと握られた腕にキュッと力が込められた。

 

 ……や、やべぇ。よく考えたら俺普通に相葉さんと手繋いでるじゃんか。手汗とか大丈夫かな?

 

 手のことを意識し出すと心臓がバクバクと激しく動いて、顔が少しだけ熱くなる。

 

 

 

「ごめんね、白石くんの言う通りだよ。今日の私ちょっと変だよね」

「いや、変……っていうか、その……」

「ふふっ、気遣わなくて大丈夫だよ。自分がちょっと変なのは自覚してるから」クスッ

「相葉さん……」

 

 

 そう言うと相葉さんは小さく笑った。けれどその笑顔はいつもの花が咲くような印象の笑顔とは違い、なんだか元気の無い弱々しい笑顔に見えた。

 

 

「ほんと、何で私こんなにイライラしてたんだろうね」

「相葉さん、大丈夫……?」

 

 

 目線を下に向けて弱々しく微笑む彼女が何だか無性に心配になった。

 そして俺が相葉さんの方へと近づいて肩に手をやろうとしたその瞬間、パッと顔を上げた相葉さんは俺の眼をしっかりと見つめながら言葉を発した。

 

 

 

「ごめんね白石くん。私、ちょっと自分の気持ちに整理つけてこないと!」

「えっ!? ちょ…! 相葉さん!」

「また明日ね!」

「ちょっ! 相葉さんゴミ袋持ったままだよ!」

「あっ……」

 

 

 俺は相葉さんが持っているゴミ袋を受け取る。すると相葉さんは申し訳なさそうに頭を掻きながら笑った。

 

 

「あはは……ご、ごめんね。つい忘れちゃってて」

「いや、元々は俺が持たなきゃいけないやつだから」

「じゃあ今度こそ行くね! またね、白石くん!」

 

 

 そう言って相葉さんはものすごいスピードでその場から走り去って行ってしまった。

 

 

「……なんだったんだろう?」

 

 

 その場に1人残された俺はポツリと呟いた。

 

 

 

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