346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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epilogue

 

 

 季節は三月、出会いと別れの季節。

 

 俺と相葉さ……いや、夕美が付き合い始めてから3年近くが経過していた。

 

 そして大学四年生の春、俺と夕美は晴れて大学を卒業することができた。

 

 

 夕美はアイドルをやるのは学生の間だけと決めていたらしく、4月からは都内にある巨大なホームセンターの中にある園芸コーナーで働くらしい。そしてゆくゆくは自分の店を持つのが夢だとかなんとか……ちなみに俺は普通の商社に内定が決まってる。

 

 俺は新しい生活の始まりに期待と不安を抱いているが、就職以外にもう一つ、大きく生活スタイルが変わるイベントを控えている。

 

 それは……

 

 

 

「ここなんかいいんじゃないかな?」

「そうだなぁ……でもちょっと駅から遠くないか? 夕美はそれでもいいの?」

「うーん……他のも見てみよっか!」

 

 

 俺と夕美は物件のインターネットサイトや広告に目を通している。

 そう、生活スタイルが大きく変わるイベントっていうのはこのことだ。

 

 俺たちは今、4月から同棲をするために2人で住む部屋を探しているところなのだ。

 

 

 大学生になる時に自分が一人暮らしをする部屋はすぐ決まったんだけど、今回は2人で住むための部屋だからそんな簡単には決まらない。

 

 しっかり話し合って納得のいく部屋を探さないとな……

 

 

 

「幸輝くん、ここは?」

「いい感じだけど……風呂が小さくない?」

「んー、確かにそうかも」

「あんまり狭いと2人で入りにくいし……あっ」

「……」ジト-

 

 

 俺の発言に対して、夕美はジト目を浮かべて冷たい視線を送ってくる。

 

 

 

「幸輝く〜ん?」ジト-

「ち、違う違う! 今のはちょっと口が滑っただけっていうか…!」

「あ、あのね? 確かに2人で入ったこととかもあるけど、別にそんな頻繁に入るわけじゃないんだからね!」

「わ、わかってるわかってる! あはは……」

 

 

 

 はぁ……俺は毎日一緒に入りたいくらいなんだけどなぁ。

 

 

 と、まぁそんな感じで俺たちは物件の情報を見漁りまくって、候補を5つにまで絞ったところで休憩を入れることにした。

 

 

 

「はぁ〜! 疲れた〜」

「ふふっ、お疲れ様。 お茶淹れようか」

「ありがと〜」

 

 

 俺はボフンと音を立ててベッドに寝転ぶ。そして夕美はキッチンの方へと向かい、お茶を淹れる準備をする。

 

 どこに何があるかを把握しているようにテキパキと動く夕美の姿が、彼女が何度も俺の家に来ていることを証明している。

 

 

 

 って、なんかベッドの上に寝転んでたら眠くなってきたな……

 

 

 

「はい、ここに置いておくね?」

「うーん……ありがとー」

「こーらっ! まだ決まってないのに寝ちゃダメだよ?」

「寝ないよ……寝ない……から」

 

 

 

 あーダメだ。本気で眠くなってきた。もうこのまま目を閉じて楽になりたい……

 

 

「もぅ……」

 

 

 夕美は呆れたように声を出しながらベッドに腰をかける。 2人分の体重がかけられたベッドから軋むような音が聞こえた。

 

 

「おーい、起きないとくすぐっちゃうぞ〜?」

「んー……」

「幸輝くん一回寝ると中々起きないんだからさ……寝ちゃダメだよ〜」

「んー、寝ない……寝ない……よ」

 

 

 はぁ……とため息を吐いた夕美は四つん這いになり、寝転んでいる俺の耳にゆっくりと顔を近づけてきた。そして小さな声で優しく囁く。

 

 

 

 

 

「……起きてくれたら、キスしてあげるよ…?」ボソッ

「……もう一声」

「なっ……こ、幸輝くん絶対起きてるでしょ!」

「んー……もう一声」

「も、もうっ!」

 

 

 

 夕美は顔を赤くしながら、再び俺の耳元で囁く。

 

 

 

「……お風呂、一緒に入ってあげる……」ボソッ

「よしっ! じゃあ続きをしようか!」

 

 

 

 よっしゃ、言質取ったぜ。

 

 

 

「あ〜っ! ほら! 絶対起きてたでしょ! 今パッと目開いたもん!」

「なんのことやら〜」

「と、取り消し! 今の約束やっぱり取り消し〜!」

「無理で〜す、取り消しはできませ〜ん!」

 

 

 夕美は俺の背中に張り付いて、体をぐわんぐわんと揺らしてきた。 そしてそのままベッドの上で軽い揉み合いになる。

 

 側からすればバカップルの鬱陶しいイチャイチャだと思われるだろうけど、俺からすればこんな風にイチャイチャしてる時が1番幸せで楽しい。

 

 

 

「もうっ! くすぐっちゃうんだからっ!」

「おわっ! ちょっ、脇腹やめっ…!」

「ふふ〜んっ!さっきの取り消しにしてくれたら止めてあげるけど?」

「いやだね! 今度はこっちの番……だっ!」

 

 

 俺は夕美をベッドに押し倒して脇腹を中心にくすぐり返す。 俺の指が夕美の肌の上をなぞる度に、夕美は体を激しく揺らし、大きな声を上げながら笑う。

 

 

「あはははっ!! だ、だめっ…! お、お腹くすぐっちゃだめぇ……っ!くふっ!」

「ほーれほれほれ〜、ギブアップする?」

「くふっ……ふふっ…! し、しない……もんっ!」

「強情な奴め〜、ならココはどうかな〜?」

「あはははっ! く、首はダメっ! ほ、本当にダメだから〜っ! あははっ!」

 

 

 夕美の細い首を、上から下へ、上から下へとゆっくりと撫で下ろす。 攻撃を受け続ける夕美は自分の口を手で塞いで声を我慢しようとするが、それでも笑い声は漏れていて全然我慢できていない。

 

 いつもならもうそろそろギブアップするんだけど……今日は中々粘るなぁ。

 

 

 そんなことを考えて、そろそろくすぐり攻撃を止めようかと思ったその瞬間……

 

 

 

 ぴとっ……

 

 

 

「ひゃっ……!」

「あっ! ご、ごめん」

「う、うぅん……だ、大丈夫」

 

 

 俺の指が夕美の耳に触れた途端、夕美は甲高い声を上げて体をビクンと跳ね上がらせる。

 

 さっきまで喧しかった部屋の中は急に静まり返り、互いが互いの顔を見つめ合うだけの妙な時間が訪れる。

 

 

「………」

「……こ、幸輝くん…」

 

 

 すりっ……

 

 

「んっ……」

 

 

 

 親指で耳をゆっくり撫でると、夕美は小さく声を漏らす。

 するとみるみるうちに夕美の耳は赤く染まり、その赤さは耳から頬へと伝わっていき、やがて顔全体がほんのりと赤く染まった。

 

 これは俺と夕美しか知らない秘密の情報だけど、夕美は耳が弱い。

 俺は自分の下にいる夕美の耳をすりすりと撫で続ける。

 

 

 

「んっ……だ、だめ……だよ」

「ごめん。でも、俺……」

 

 

 俺は指で耳を撫で回しながら、潤んだ夕美の瞳を見つめる。そして夕美は俺の方へと手を伸ばし頬を撫でた。

 

 

 

「……まだ、お昼だよ…?」

「ダメ……かな?」

「……もぅ、しょうがないなぁ」

 

 

 

 夕美は小さく微笑んだ。 俺は下にいる夕美の顔に向かって自分の顔を近づけていく。

 

 そして2つの唇が重な……

 

 

 

 

 

 

 ピンポ-ン

 

 

 

 

「………」

「………」

 

 

 

 

 

 夕美は小さく微笑んだ。 俺は下にいる夕美の顔に向かって自分の顔を近づけていく。

 

 そして2つの唇が重な……

 

 

 

「こらっ、何を普通に続けようとしてるのかな? インターホン鳴ってるんだから出てきなさい」

「……いい所だったのに」

「ほらっ、早く早く!」

「はーい」

 

 

 

 くそ〜! よりによってこんなタイミングで来ることないじゃないか……

 

 俺はガックリと肩を落としながら玄関のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

「はぁ……何か変なセールスだったよ〜」

「あっ、お帰り〜」

 

 

 俺がぐったりとしながら部屋の中に戻ると、夕美はテーブルの上に置いた物件情報の書かれたチラシを見つめていた。

 

 

「……」ジ-

「ん? どうかしたの?」

「さ、さっきの続きとかは……無いのかなぁ〜って」

「……ふふっ、また後でね♪」

「そ、そんなぁ〜……」

 

 

 俺はガックリとその場で項垂れる。

 

 

 ゆ、許さんぞ……! あのセールスマンめ! 俺と夕美のイチャイチャタイムを妨害した罪は重いぞ…!

 

 

「ほらほらっ! そんな所で下向いてないで早くお部屋選び再開しよ? 2人で暮らす部屋なんだからちゃんと選ばないとだからねっ!」

「へ〜い」

 

 

 俺は夕美の隣に座り、一緒になって物件情報の書かれたチラシを覗き込む。

 

 ……まぁいいか。 お楽しみは後に取っておくっていうことで。 あっ、その前に一緒に風呂にも入れるしな!

 

 

 

「……幸輝くん、変なコト考えてるでしょ?」

「はっ……! そ、そんなことないよ!?」

「本当かなぁ……何だか身の危険を感じるなぁ〜、同棲やめよっかなぁ〜?」

「んなっ! ち、ちょっと待った! それだけは勘弁して!」

「ふふっ、冗談だよ〜♪」

 

 

 夕美は楽しそうにニコニコと笑う。 そんな楽しそうな夕美とは正反対に俺の心臓は一瞬止まりかけた。

 

 あ、焦ったぁ……冗談でよかった。

 

 

 

「えへへ」ニコニコ

「何でそんなに笑ってるのさ?」

「ん〜? だって……幸輝くんがそんなに私と一緒に暮らしたいんだ〜って思って。 何か嬉しくなっちゃった」

 

 

 夕美はテーブルに頬杖をつきながら、満足気な笑みを浮かべて俺を見つめてくる。

 

 俺はソレがなんだか気恥ずかしくて、夕美から視線を逸らして頬をポリポリと掻いた。

 

 

 

 

「……あ、当たり前だろ。 好きなんだから」

「ふふっ、私も大好きだよ。幸輝くん」

「っ……」

「あれあれ〜? 顔が真っ赤ですぞ〜?」ニヤニヤ

「ち、ちがっ! こ、これは……そう! 部屋が暑くて!」

「え〜? 今日涼しいと思うけどな〜? このこの〜」

 

 

 夕美はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、俺の頬をツンツンと突いてくる。

 

 

「あ〜もうっ! 突くのやめい!」

「ふふっ、ごめんなさ〜い♪」

 

 

 な、なんて心のこもってないごめんなさいなんだ……絶対悪いと思ってないぞ。

 

 

 

「あ〜楽しいっ♪ 幸輝くんのせいで全然お部屋探しが進まないよ〜」

「え〜、俺のせいなの?」

「あははっ♪ そ〜ですよ〜」

「……ふふっ、すごい理不尽だ」

 

 

 俺たちは互いの顔を見て笑い合う。

 

 こんなふうに夕美と笑い合える時間がずっと続けばいいのにと思う。ずっと幸せな生活を送っていきたい。

 

 

 

 

「幸輝くん、これからもよろしくね!」

「こっちこそよろしく、夕美」

 

 

 

 でも多分、夕美となら大丈夫だと思う。 夕美がそばにいてくれるなら……俺は頑張れる。

 

 

 

 よしっ! 夕美との幸せな生活のためにも、まずは部屋探しを頑張りますか!

 

 

 

 そうして、俺たちは再び物件のチラシを覗き込んだ。

 

 

 

 





 これにて相葉夕美編、完結です。
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