346プロの雑用バイト君 作:焼肉定食
俺のおせっかい心から始まったありすちゃんとの夕飯ご一緒生活は、今日を含めて既に2週間が経過していた。
その2週間の間に劇的な何かが起きたかといえばそんな事は無く、毎日ただただ2人で夕飯を作って、それを食べながら雑談をする平和な時間を過ごしている。
ただそんな何気ない時間でも、ありすちゃんが楽しそうに笑って過ごしてくれているのが俺にとっては何よりも嬉しい。ほんの少しでもありすちゃんの元気を取り戻す手伝いが出来たのなら俺はそれで満足だ。
と……そんなありすちゃんとの夕飯ご一緒生活だが、残念ながら次で最終日だ。
いや、残念ながらっていうのは変か。むしろありすちゃんのご両親の忙しい期間が終わるんだから、めでたくって言った方が正しいかもしれない。
まぁそれは置いておいて、とにかく俺のありすちゃんと夕飯ご一緒生活はあと1日で終わりを迎える。だから最終日に相応しい料理をありすちゃんにご馳走してあげたいんだけど……それ以外にも折角だから、何かサプライズをしてあげたいよな。
そして無い頭を必死に使って考えた俺の作戦はコレだ。
「……一緒に、夕食をですか…?」
「そう! 鷺沢さんが来てくれたらありすちゃん絶対喜ぶと思うんです!」
俺の考えた案とは、もうシンプルにありすちゃんと仲の良いアイドルの人を呼んで夕食を共にしようというモノだ。
やっぱり人数が多い方が楽しいと思うし、何よりありすちゃんは鷺沢さんが大好きだから来てくれたら絶対に喜ぶと思う。
まぁアレだ、最終日くらい2人だけじゃなくそれ以外にも人を呼んでパーっと楽しく盛り上がろうという魂胆だ。
「どう、ですかね?」
「……それは構いませんが……初耳でした。 白石さんとありすちゃんが……夕食を共にしていたとは…」
「あーはい、ちょっと色々とありまして」
「いえ……大方の予想はつきます……ありすちゃんのためを思ってのこと……ですよね」フフッ
そう言って鷺沢さんは柔らかく微笑み、手に持っていた本を静かに閉じた。
「……わかりました。是非……ご一緒させてください」
「あ、ありがとう! 鷺沢さん!」
よしっ、とりあえず1番来てほしかった鷺沢さんと約束を取り付けることに成功した。これはありすちゃん絶対に喜ぶぞ…!
「……白石さん」
「ん? なんですか?」
「……私意外にも……どなたかありすちゃんと親交ある人を……呼ぶんですよね?」
「その予定です」
とは言ったものの一つだけ懸念点がある。それはありすちゃんが仲の良いアイドルが鷺沢さん以外に誰がいるのかよく分かってないことだ。
一応何人か頭の中に候補は浮かんでるけど……うーん誰に声をかけるべきか。
「……私の他に、どなたを呼ぶべきか悩んでいらっしゃるのですか…?」
「えっ!? よ、よくわかりましたね」
「ふふっ……お顔にそう……書いてありましたので」
そう言って鷺沢さんは口元に手を当ててクスクスと笑った。心の中を見透かされたのが恥ずかしくて、顔の表面が熱くなるのを俺は感じる。
「あの……私に任せていただけませんか…?」
「えっ?」
「今晩の夕食会に呼ぶ方々を……私が声をかけて集めようと思ったのですが……いかがでしょうか…?」
「い、いいんですか?」
「はい……もちろんです」
お、おぉ……これは助かるぞ。俺よりずっとありすちゃんと仲の良い鷺沢さんなら、俺よりもずっとありすちゃんが喜ぶ人選をしてくれるはずだ。
「じゃあ……お願いしてもいいですか? 正直鷺沢さんが声掛けをしてくれるならすごく助かります」
「……はい、お任せください」フンス
気合を入れるように鷺沢さんは胸の前で小さく握り拳を握った。
何ソレ可愛いんですけど。
「それじゃあよろしくお願いします、鷺沢さん」
俺の言葉に、鷺沢さんは声を出す代わりに頷くことで返事をすると、俺たちはそれぞれの役割を果たすために歩き出した。
さてと……人集めは鷺沢さんがやってくれるから、俺はありすちゃんのためにご馳走を用意しないとな!
〜〜〜〜
鷺沢さんと分かれて数時間後、時刻は夕方の6時、そろそろありすちゃんがこの部屋に来る時間が近づいている。
それまでに俺は何とかテーブルの上にご馳走を並べておかなくちゃいけないんだけど……
コンコン
「ん? どうぞー」
部屋の扉がノックされ、それに対して俺が返事をすると、扉の外から部屋の中に見覚えのある人たちがゾロゾロと入ってくる。
「やっほ〜、お呼ばれしたから来たよ〜ん」
「お邪魔するわね」
「ふっ、事務所の中にこんな部屋があったとはね……さしずめ、キミとありすの秘密基地といったところかな?」
「……連れて……きました…」
部屋の中に入ってきたのは、塩見さん、速水さん、そして飛鳥ちゃ……あぁいや、前にあった時にちゃん付けはやめてくれって言われたな。
そして最後に部屋に入ってきたのは、一仕事終えてやり遂げた感満載の表情を浮かべている鷺沢さんだ。
これは以前にありすちゃんと一緒にイチゴのスイーツを食べに行った時のメンツだな。確か5人は一緒にユニットも組んでるとかなんとか……
「おーい、白石くーん?」
「ん? どわぁっ!?」
「うわビックリした。急に大きな声出さないでよー」
ボーッとしていた意識が誰かに名前を呼ばれたことで引き戻される。すると目の前には手をヒラヒラと振る塩見さんの顔があった。
びっくりしたのはこっちだよ……気づいたら目の前に美少女とか驚かない人間はこの世にいないと思う。
「どしたん? ボーッとしちゃってさ」
「い、いや……何でもないよ」
「そう?」
あー焦った。とりあえず深呼吸でもして心を落ち着けなければ……
「すーはー……すーはー……」
「彼は一体何をしているんだい? 周子さん」
「さぁ?」
「多分あなたのせいよ、周子」
「えっ、あたし?」
深呼吸をする俺を怪訝な表情で見ている飛鳥と塩見さん。そして速水さんは全てを見透かしたように微笑んでいる。
「ふぅ……よしっ。皆さん、今日は集まってくれてありがとうございます」
「あら、そんなに畏まらなくていいのよ?」
「そーだよー、ありすちゃんのためと言われたらあたしたちも喜んで協力するよーん」
俺の言葉に速水さんと塩見さんが返事をした。後ろで見ている残り2人も意見は同じなようで、言葉は発していないがコクコクと小さく頭を上下に動かしている。
4人とも快く承諾してくれたようで本当にありがたい限りだ。
「で? 肝心のありすちゃんは?」
「多分、もう少しで来ると思う。今日はボイスレッスンが夕方からあるって言ってたから」
「ふーん、じゃあそれまでに料理を完成させとくってことなんだね〜」
「あっ、料理ならもうあっちに……」
実は今日は料理を買ってきたのだ。デパートまで行って、普段は買わないような美味しそうでそこそこ値段のする物を……
えっ、そんなの買って金は大丈夫なのかって? ま、まぁ最終日だしありすちゃんには美味しいものを食べさせてあげたかったから……セーフセーフ。
「あら、聞いた話だといつもはありすと2人で自炊をしていたらしいけど…?」
「い、いやぁ〜 実はもうレパートリーがね……料理素人なもんで。それに最終日だし豪勢にいこうと思って」
「ふふっ、なるほどね」
「……それでは、テーブルの上に並べましょうか……」
鷺沢さんの言葉に頷いた俺たちは、袋から料理を取り出して並べたりして準備を進める。
「うお〜! 美味しそうなローストビーフ〜! 白石くん奮発したねぇ〜」ジュルリ
「周子さん、それはありすが来てからだ。間違っても食べないでくれよ」
「わかってるって〜 飛鳥ちゃんってばそんなにあたしのこと信用してないの〜?」
「……普段の自分の行動を思い返してみるんだね」
塩見さんと飛鳥がじゃれ合っていたり……
「あら、美味しそうないちごね」
「……えぇ、ありすちゃんが……喜びます」
「こっちにはいちごのショートケーキに、いちごのフルーツサンド」
「……いちごゼリーに、いちごのタルト……いちご饅頭もありますね……」
「……流石にいちごが多すぎないかしら…?」
鷺沢さんと速水さんに呆れたような目で見られたりしながらも、パーティーの準備は進んでいく。
「ふぅ……あとはありすちゃんを待つだけかな?」
「白石く〜ん」ガバッ
「ふおぉっ!?」
一瞬の出来事に俺の体は跳ね上がる。突然、俺の背中に塩見さんがぐったりとしなだれかかってきたのだ。
ち、近いッ…! 近いし、柔らかいし、いい匂いだしでもう訳がわからない…!
「な、なにしてんの塩見さん…ッ!」
「だって〜 さっきから飛鳥ちゃんが意地悪なことばっかり言うんやもーん」
「はぁ……周子さんがさっきから作業をサボっているからじゃないか。何とか言ってやってくれ、白石さん」
呆れたように息を吐きながら飛鳥がこっちに近づいてくる。
い、いやぁ……俺的にはむしろこの状況に対して飛鳥が塩見さんに何とか言ってやってほしいんだけど……というか助けてください。
「その辺にしときなさい周子。 白石さんの顔が真っ赤よ?」
「うわっ本当だ、いちごみたいや〜ん」
「あ、赤くなんてなってないが!?」
「いやどう見ても真っ赤やん。 なんでそんな分かりきった嘘つくんよ」
必死の強がりも塩見さんに一蹴される。というかそろそろ本当に離れてくれませんかねぇ……? 心臓爆発するんじゃないかってくらいバクバクなんですが。
そして俺が、背中に張り付いた塩見さんを剥がすために立ち上がろうとしたその瞬間……
ガチャ
「ふぅ、すみません白石さん。少しだけ遅くなってしまいました……って、何をしているんですか…?」ジト-
「あ、ありすちゃん!? これは……その〜」
「やっほ〜、ありすちゃ〜ん」
給湯室の扉が開かれてありすちゃんがやって来た。そしてその視線はすぐに部屋の中でくっ付いている俺と塩見さんに向けられ、怪訝な表情を浮かべた。
「な、何をしているんですか白石さん……それにそもそもどうして周子さんや文香さんたちがここに…?」
「あーっ! それについては俺がちゃんと事情を説明するからさ! ほら塩見さんそろそろ離れて」
「ひ、酷い……他の女が来たらもうしゅーこちゃんは用済みってこと…? およよ……」
「何言ってんの塩見さん!?」
「あの……お邪魔なようなので私は失礼しますね」
「ちょっ! ありすちゃん!? カムバーック!!」
俺を軽蔑するような目で見るありすちゃんが部屋から出て行こうとしたので、塩見さんが背中には張り付いたままの状態でありすちゃんを止める。
「ちょっと待った! 今日はありすちゃんに帰られたら困るよ! それにちゃんと事情を説明するからさ!」
「はぁ……事情、ですか」
「そうだよ〜 しゅーこちゃんとありすちゃんどっちを選ぶのかちゃんと説明して〜ん」
「塩見さんはそろそろ黙ろうか!」
「……やれやれ、随分と愉快な宴になりそうだ」
「えぇ、そうね」フフッ
「……それより皆さん、早く料理を並べ終えてしまいましょう……」
〜〜〜〜
「と、いう理由で俺が鷺沢さんたちを呼んだんだ」
「……なるほど、そういう事だったんですね」
俺はありすちゃんに一から事情を細かく説明する……背中に塩見さんが張り付いたままの状態で。
心臓が爆発しそうな勢いでバックンバックン鳴ってるから早く離れてほしい……
「事情は把握しました。その……白石さんが私のために皆さんを呼んできてくれたことも」
「そ、そうそう! だから決して変な事をしてたとかじゃないんだよ」
「それは……はい、白石さんがそこまで言うのなら信じますけど……周子さんはいつまでくっ付いているんですか…?」
ありすちゃんは俺の背中にべったりと張り付いている塩見さんを指差す。それに対して塩見さんは、俺の背後からひょっこりと顔を出してありすちゃんに言い返す。
「いやぁ〜、白石くんの背中あったかくってさぁ〜? なんか離れたくないんだよね〜」
「いや……俺的にはそろそろマジで離れてほしいんだけどね」
「それにさ、男の人の背中って広くてなんか素敵やーん?」ギュッ
「ふぉぉぉっ!?!?」
ふざけた口調でそんな事を言ってのけた塩見さんが俺の背中へとさらに密着してきた。
そうなると塩見さんの均整が取れたいい形のお山の感触が嫌でも伝わってしまう訳で……
「………」シラ-
「うぉっ!? ありすちゃんがめっちゃ冷めた目で見てる……!?」
「それにここでこうしていればパーティの準備手伝わなくて済むしねーん」
「オイ! そっちが本音だろ塩見さん!!」
結局サボりたいだけだろこの人は…!!
「まぁまぁありすちゃん。別に取ったりしないから安心しなって」
「べ、別に白石さんのは私の物ではありませんけど!?」
「えー? じゃあしゅーこちゃんの物になってもいいのー?」
「そっ…! それは……っ」
「んー?」ニヤニヤ
「ッッ〜〜!! そ、その顔やめてください! 大体どうして周子さんはいつも私を揶揄って……!」
「というかお二人さん、さっきから俺のこと物みたいに言うのやめてもらっていいかな!? あと塩見さんそろそろマジで離れようか!」
3人揃ってギャーギャーと喧しく騒いでいると、向こうで準備を終えた速水さんが呆れた表情を浮かべながらこっちに歩いてくる。
「ほら貴方たち、もう料理は並べ終わったんだからそろそろ終わりにして頂戴」
「はーい。あーあ、白石くんのせいで怒られちゃった〜ん」
「どう考えても塩見さんのせいだと思うけど」
「そ、そうです! 周子さんが私を揶揄うからです…!」
「えー? そんな事ないよね〜? 飛鳥ちゃーん!」
「悪いが、ボクから見ても周子さんがトラブルの原因だとしか思えないね」ジト-
「えー! 文香ちゃんはどう思う〜?」
「………」
「って本読んどるし……興味無しかーい」
自分の周りに味方がいない事に気づいた塩見さんは、既にテーブルの前に座っている飛鳥と鷺沢さんに応援を求めたが、その目論見は呆気なく失敗に終わった。
「はいはい、それじゃあそろそろ始めましょう?」
速水さんが2回掌を叩くと部屋の中に乾いた音が響く。それを合図に俺とありすちゃんと塩見さんもテーブルの前にスタンバイする。
やっぱりどう見ても速水さんが1番歳上だとしか思えないんだよなぁ……このメンツだと。
そうして、俺を含めて6人による細やかなパーティーが始まった。
〜〜〜〜
「い、いちごのスイーツがこんなに沢山……」
「好きなだけ食べてね、ありすちゃん」
「は、はいっ! ありがとうございます白石さん!」
パーティーが始まってすぐ、ありすちゃんは机の上に広がるいちごのスイーツ軍団にキラキラと目を輝かせる。
「お、美味しいです…!」
「ははっ、そっかそっか。 ありすちゃんのために買ってきたからね、いっぱい食べてね」
「私のためですか……?」
「もちろん」
「……あ、ありがとうございます」
そう言ってありすちゃんは黙々といちごスイーツを口に運んでいく。小さな口の中にスイーツを頬張る姿は、なんだか小動物のようで可愛らしい。
あぁ……我が子を見る父の気持ちってこんな感じなのかな。それとも可愛い妹を見る兄の気持ちか…?
「………」ジ-
「ん? どうかしましたか、鷺沢さん」
「……あ、いえ……ありすちゃんと白石さんが、以前よりも随分と仲睦まじくなったように見えたので……」
「ふ、文香さん!?」
「えっ、そうですか?」
俺の中に目覚めた父性に浸っていると、鷺沢さんが何やらこっちを眺めていたので話しかけるとそんな事を言われた。
まぁ確かに最初会った時に比べたら仲良くはなれたけど、その後からはずっとこんな感じだと思うけどなぁ……
「確かに仲良いよねぇ〜ん。2週間くらいこの部屋で一緒に夜ご飯食べてきたんだっけ? その2週間の間に何かあったの?」
「……いや、別に何もなかったよね?」
「は、はい。夕飯をご一緒させていただいてただけですから至って普通です」
「そうなん?」
塩見さんからの問いに対して俺とありすちゃんは顔を見合わせて意思の疎通を図る。
この2週間、毎日ただただ2人で夕飯を作って、それを食べながら雑談してただけだからなぁ本当に。
「ふっ……まぁ2週間も寝食を共にしていれば仲が深まるのは自然なことさ」
「いやいや、食は共にしてたけど寝は共にしてないからね? それ割とシャレにならないから」
「おっと、それは済まなかったね」
飛鳥は静かに笑いながら謝罪をすると、自分の前に置かれたローストビーフへと意識を傾ける。
「飛鳥、さっきからめっちゃ食ってるけどそれ気に入った?」
「ッ…!? ま、まるでボクが大食らいかのような言い草はよしてくれないか」
「いや〜でも飛鳥ちゃん、あたしよりお肉食べてるよ?」
「〜〜ッ!!」
塩見さんに指摘された飛鳥は顔を赤くしてフォークを机に置いてしまった。別に咎めた訳ではなかったけど、余計なことを言ってしまったかもしれない。
「隣、いいかしら?」
「えっ? あっはい……ど、どうぞ」
俺も何か料理に手をつけようと思って机の上を見渡していると、急に速水さんが隣に座ってきた。
なんか速水さんと2人で話す時って未だにすごい緊張するんだよなぁ。
同年代とは思えない色気にドキドキするし、なんか仕草とかも一々艶かしくて童貞には刺激が……
「ありがとうね」
「……えっ?」
邪な事を考えていた時に突然、思ってもいなかった言葉を投げかけられて、俺はアホみたいな表情を浮かべながらアホみたいな声を出す。
「だから、ありすの事よ」
「……ありすちゃんの事…?」
「本当に覚えてないの? 少し前に私と話したじゃない」
「……あっ」
そういえばそうだったなぁ。 速水さんからありすちゃんの元気が無い原因について探りを入れてほしいとか言われてたんだっけ……
このありすちゃんと夕飯ご一緒生活を送ることになった原因でもあるのに、すっかりとそんな事は忘れていたぞ。
「ありす……ちゃんと元気になったわ」
「い、いやそれは……明日からまたご両親が普通の時間に帰ってきてくれるからじゃない?」
「ふふっ、謙遜もほどほどに……ね? この2週間ありすが普段通りに過ごせたのは、貴方が一緒にいて寂しさを埋めてあげたからよ」
「……そうかな」
ふとありすちゃんの方へと視線を向けると、塩見さんに頭を撫でられる事に文句をいいつつも、どこか楽しそうな顔でスイーツを食べ続けている姿が映った。
その姿には……確かに2週間前に速水さんと話をした時に見かけた、寂しさを感じさせる面影は無い。
「まぁ……なにはともあれ、ありすちゃんが元気になってくれたなら俺はそれでいいや」
「ふふっ、そうね……」
この2週間の間にありすちゃんが感じることになったはずの寂しさや孤独感を、少しでも埋めたり紛らわせる事ができたのなら、俺はそれだけで満足だ。
これで明日からはありすちゃんも家族と一緒に過ごせるし一件落着だな。
……あっ、でも俺は相変わらず1人の家に帰る羽目になるしちょっとだけ寂しい……かも。
「どうかしたの?」
「えっ、なにが?」
「いえ……貴方今、少しだけ寂しそうな顔をしていたから」
「……そ、そんな事はないよ!」
……やっば、顔に出てたか。 いかんいかん、折角のパーティー中にそんな顔をしていたら場を白けさせてしまう。
「もしかして……今日でこの生活も終わりだから寂しくなってしまったのかしら?」クスッ
「んなッ!? そ、そんな事ないよ!? というか俺は大学生なんだし、そんな1人の家が寂しいとかそんな事は……!」
心の中を見透かされた事が恥ずかしくて、俺はいつもより大きな声を出して速水さんの言葉を否定する。
すると、それを見た速水さんが面白いモノを見つけたとでも言いたげに目を細めて、ゆっくりと自然に俺の肩へとしなだれかかってきて小さな声で囁く。
「寂しいのなら……次は私が貴方の寂しさを埋めてあげましょうか…?」ボソッ
「は、はぁっ!? 速水さん、何を…ッ!?」
「ふふっ……ほら、思い出して…? 貴方がありすの元気を取り戻してくれたら、感謝の印としてご褒美をあげるって話をしたでしょ…?」
「……あっ!」
そ、そういえばそんな話をしたっけか……ということは俺は速水さんからご褒美を貰えるっていうことか…!?
ご、ご褒美って……な、何なんだ一体…ッ!?
「ねぇ……貴方は私に何をしてほしいのかしら…? 教えてくれる…?」
「ちょっ…! は、はやみさん…っ!?」
「ほら早く……教えて?」
速水さんは息を含んだ艶のある声色で、俺を誘うように耳元で声を出す。
耳に息が当たる度に自然と体が小さく跳ねて、その甘い香りに思考が刈り取られる。
「ご、ご褒美って……い、いやっ! でもまさかそんな事は……!」
「あら、言うのが恥ずかしいようなお願いをするつもりなの…? 白石さんはイケナイ人なのね……」
「そ、それ……はっ…!」
頭の中がオーバーヒートを起こしたように熱い。考えがまとまらない、今俺は何をしているのかよくわらなくなってくる。
人気アイドルの速水奏が醸し出す色香に、彼女いない歴=年齢のクソ童貞である俺が抵抗できるはずもなく……俺の思考回路はショート寸前というか、既にショートしてイカれてしまった。
「……あの、お二人とも……」
「は、はいっ!?」ビクッ
突然、どこからともなく現れた鷺沢さんが俺と速水さんの間に入るように、にゅっと顔を出して小さな声を上げる。
「あちらを……ご覧ください……」
「あっち? 一体何を……うぉっ!?」
「………」ジト-
鷺沢さんが指を刺す方へと視線を向けると、さっきまであんなに目をキラキラさせてスイーツを頬張っていたありすちゃんが、今はフォークを机の上に置いて、俺のことを虫けらでも見るような冷たい視線で睨みつけていた。
「白石さん……奏さんと何をしているんですか…?」
「い、いや〜! こ、これは速水さんが…!」
「あら、私のせいなの?」
「実際そうでしょ!? また俺のこと揶揄って遊んでたくせに…!」
「ふふっ、本当に揶揄いかしら…? もしかしたら本気かもしれないわよ?」
「んなッ!?」ドキッ
「白石さんっ…!!!」
ありすちゃんは勢いよく立ち上がると、真っ赤な顔をして俺へと指を差しながらズンズンとこっちに向かってきた。
「ふ、ふしだらですっ! そんなに男女がくっついて…!」
「ちょっ……あ、ありすちゃん落ち着いて…!」
「大体っ! 前から思っていましたけど白石さんは女性に対して弱すぎると思います…! 私の前で文香さんと話す時もいっつも鼻の下を伸ばして…!」
「は、鼻の下なんて伸ばしてないが!?」
「いいえ伸ばしてます! それ以外にも一々女性に近づかれたくらいでアワアワと狼狽えたり!」
「私に対してはそんな素振り見せた事ないのに…!!」
「お、落ち着こうありすちゃん! 怒りを鎮めたまえ!」
「誰のせいでイライラしてると思ってるんですか!誰のせいで!」ガミガミ
う、うぉぉ……ここまで怒ったありすちゃんら初めて見たぞ。 流石にあんなに情けない姿を見せたら呆れられもするだろうけど、まさかここまで激怒するなんて…!
「ねぇ奏ちゃん」
「なによ周子」
「今ありすちゃん結構とんでもない事言わなかった?」
「ふふっ、そうかしら。私は至って普通の感情だと思うけど?」
「ほーん、というと?」
「だって、自分の気に入っている男性が自分の前で他の女とイチャイチャしてたら、イライラするのは当然の事でしょ?」
「あぁ〜、なるほどねぇ〜ん。 って、その他の女って今のシチュなら奏ちゃんのことやん」
「ふふっ、そうなるわね」ニコッ
「うわ〜楽しそうな顔〜。 悪いお姉さんやで〜」
「いいですか白石さん! この際ですからもう女性に対してオドオドしたりするその態度を改めてください!」
「そ、そんなすぐには無理だって…!」
「何を情けない事を大きな声で言ってるんですか〜っ!!」ガミガミ
う、うぅ……最後の最後にこんな怒られる羽目になるなんて…! 一体なんでこんな事に〜!
「聞いているんですか白石さん! それとも私なんて眼中に無いということですか!?」
「そ、そんな事ないって!」
「やはり胸ですか!? ちんちんくりんの私には興味すら持てないと!?」
「な、何を言ってんのありすちゃん!?」
「今日でこの生活も最後ですからね! 最後に言いたいこと全部言わせてもらいますから!」
「も、もう勘弁してくれ〜っ!!!」
この後、ありすちゃんの怒りが完全に鎮まるまでに1時間かかったとさ……あぁ、疲れた。
こうして、俺とありすちゃんの奇妙な夕飯ご一緒生活は終わりを迎えるのだった。