346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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バトル・オブ・バレンタイン

 

 

 今年もこの日がやってきた。いや、やってきてしまったと言う方が俺的には正しい。

 

 学校、街中、あるいは職場までもが異様な緊張感や甘い空気感に染まる。この日、例のブツを彷徨いを求める男連中は、チョコが貰えるのか、貰えるとしたらいつどこで渡されるのかと一日中ソワソワとした生活を送ることになる。

 

 今日一日においてだけは、男のステータスは能力や収入ではなく、チョコを貰えたのかどうかに判断基準が変わる。(家族は除く)

 チョコを貰えれば勝者、チョコを貰えなければ敗者、これがバレンタインの非情なルールなのだ。

 

 

 そして俺はそのどちらなのかと言えば……

 

 

 

「はぁ……まぁ、期待はしてなかったけどさ」

 

 

 

 もちろん敗者である。

 

 いつも通り大学へと行くと、構内では既にチョコのやり取りが様々な場所で多発していた。 

 カップルを始め、仲のいい男女、サークルの先輩後輩など様々な人たちがチョコの受け渡しに精を出す。

 

 俺はと言えば、そんな甘いやり取りを血の涙を流しながら睨みつけ……眺めていただけだ。大学には相葉さんや新田先輩など女子の知り合いが2人だけいて、もしかしたら義理チョコくらいは……なんて淡い期待をしたが、俺を待っていたのは甘いチョコではなくそもそもその2人には会わなかったという残酷な現実だった。

 

 

「まぁ……こんなモンよな」

 

 

 捨て台詞を吐きながら俺は事務所への道を歩いている。俺は恋愛にうつつを抜かさない、真面目に仕事をするんだ! と言い訳をしながらただひたすらに歩く。

 チョコレート効果からか、普段よりも割り増しで甘い雰囲気を放っているカップルを視界の隅に捉えながらもそのまま歩き続ける事数十分、ようやく事務所が見えてきたので俺は逃げるように中に入っていった。

 

 とりあえず千川さんに今日の仕事について何か聞こうと思い、いつも通り千川さんのいる部屋を目指すが……

 

 

「ん?」

 

 

 突然、誰かに見られているかのような感覚を覚えた。しかし後ろを振り返っても廊下が続いてるだけで誰もいない。

 

 

「……気のせいか」

 

 

 バレンタインのせいで変に意識が過敏になっているのかもしれないなと、特に気にすることもなく俺は前を向いて再び歩き出した。

 

 部屋について扉を開けると、いつも通り派手な蛍光色のスーツを着ている千川さんはすぐに見つかった。俺はその背中へと声をかける。

 

 

「千川さん」

「はい? あっ、こんにちは白石くん」

 

 

 俺の顔を確認した千川さんは、いつも通りの可愛らしい笑顔を浮かべた。

 時にこの笑顔、プロデューサーさんの中には恐ろしく見える人もいるらしいのだが、俺には天使のような笑みにしか見えない。一体何があればこの笑顔が恐ろしいモノに見えるのだろうか……?

 

 

「今日は寒いですねぇ」

「ふふっ、まだ2月ですからね。あっ! 2月と言えば今日はバレンタインですけど……」

「うぐっ……!」

「あ、あら…? その反応はもしかして……」 

 

 

 バレンタインという単語を聞いてダメージを受けた俺のリアクションを見た千川さんは、触れない方がよかっただろうかと言った様子で苦笑いを浮かべた。

 

 

「べ、別にいいんですよ! なんなら毎年のことですし、仕事でもしてればすぐ今日も終わりますから!」

「あら、殊勝な心がけですね。そんな真面目でいい子の白石くんには私から……」ゴソゴソ

「えっ!? せ、千川さん……まさか!」

 

 

 ニコニコと、悪戯っぽく笑いながら千川さんは机の引き出しをゴソゴソと漁る。この話の流れからしてアレを期待するのは男として当然のことだろう。

 

 せ、千川さんまさか……俺に義理のチョコをくれるんじゃ…!?

 い、いかんめっちゃドキドキしてきた。家族以外から貰う人生初のバレンタインチョコレートが、年上美人OLからなんて本当にいいのかーーー

 

 

「じゃんっ♪」

「ありがとうございます千川さ……ん?」

 

 

 自分でも引くほどの勢いで、腰を90度曲げてお辞儀をする。しかし俺に差し出された物は想像していた甘いブツではなく、大量の白い紙のような物だった。

 恐る恐る千川さんの顔を見ると、先ほどと変わらずにニコニコと微笑みながら紙を突き出すだけだ。

 

 

「白石くんの言う通りです! そういう寂しさは仕事で埋めちゃいましょう!」ニコニコ

「せ、千川さん…? これは一体……?」

「なにって、会議に使う資料ですよ? 白石くんにはまずこれをコピーしてきてもらおうかと」ニコニコ

「い、いや〜 そういうことじゃなくて……」

 

 

 あ、あれ……これってもしかして……?

 

 

「どうかしましたか、白石くん?」ニコニコ

「い、いや……その、今の流れ的にですね……チョコ、とか貰えたりするのかな〜なんて。は、はははっ……」

 

 

「私が白石くんに渡せる物なんて仕事くらいですよ?」ニコニコ

「す、すんませんしたぁぁ!! 自分調子こいてました! すぐ仕事してきますっ!!」

 

 

 ま、マズったぁぁぁ〜!!!完全に早とちりしちまったよぉぉぉぉっっっ!!!!!

 うぉぉぉぉぉ!! どうしよう、めっちゃ恥ずかしいんだが!?!?

 

 だ、だってあの会話の流れだとチョコくれるのかと思うじゃん!! あの流れで引き出しゴソゴソし始めたらチョコ出すのかと思うじゃん!?!?

 

 

 羞恥から顔を真っ赤に染める俺は千川さんに大きく一礼をしてから、紙の資料を受け取って逃げるように背中を向けて走り出す。

 

 

「白石くーん! コピーが終わったら外の掃き掃除もお願いしまーす! しばらくやったら自分のタイミングで休憩も取ってくださいねー!」

「仰せのままに!」

 

 

 後ろから声をかけてきた千川さんに挨拶をして、今度こそ逃げ去るようにコピー機を目指して走り出した。

 

 くっそ〜! 次話す時なんか恥ずかしいじゃんかよ! チョコ貰えると勘違いしたイタい奴とか思われてたらどうしよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと意地悪しすぎましたかね」  

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 コピーを終え事務所敷地内の中庭に出た俺は、火照った体を冷えた風で冷ましつつ掃き掃除を続ける。

 俺はさっきの恥ずかしい出来事を忘れようと、いつもよりも集中して掃除に力を入れた。

 

 

「ふぅ……ちょっとやりすぎたか?」

 

 

 ようやく一息ついて当たりを見渡すと、中庭にはゴミはもちろん落ち葉の類も一切見当たらなくなっていた。自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃキレイになったと思う。

 

 そういえば千川さんがしばらくしたら休憩を取っていいって言ってたな。ちょっとだけ休んで千川さんの所に戻ることにしよう。

 

 

「……ん?」

「……!」サッ

 

 

 その時だった。先ほど感じたのと同じ、誰かに見られているかのような感覚を体に覚える。咄嗟に視線を感じた方に顔を向けると、今度はハッキリと、何かが俺から隠れるように柱の裏に回ったのが見えた。

 

 俺は一度だけゴクリと喉を鳴らし、意を決して何かが隠れた柱目がけて近づいていく。そして柱の前に到着すると、勢いよくその裏側を覗き込んだ。

 

 

「誰だッ…!」

「ひゃい!」

「えっ……」

 

 

 覗き込んだその先では、小さな何かが小動物のような悲鳴をあげる。しかしその何かはよく見ると俺のよく知る人物だった。

 

 

「ありすちゃん?」

「……こ、こんにちは。白石さん……」

 

 

 俺がその人物の名前を呼ぶと、彼女は俺から顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。そんなありすちゃんを追尾するように俺は顔を覗き込むが、またしてもそっぽを向いてしまい目を合わせてくれない。

 

 

「どうかしたの? こんな所で」

「べっ、別になんでもありません」

「……ねぇありすちゃん、もしかしてさっきもーーー」

「…! べ、別に白石さんの後なんて着けてませんけど!?」

「俺まだ何も言ってないんだけど……あはは」

「はっ…!」

 

 

 はっとした表情を浮かべたありすちゃんは、真っ赤な顔で俺のことを睨みつける。まるで俺が巧みな話術でハメたみたいになったるけど、今のはありすちゃんが自爆しただけだと思う。

 

 だけどこれでさっきから感じていた視線の正体がありすちゃんだということが分かった。

 わざわざそんな事をするくらいだし何か俺に用があるはずだ。俺は膝を曲げて屈み、ありすちゃんに視線を合わせてなるべく刺激しないように優しく問いかける。

 

 

「ありすちゃん、何かあるなら言っていいんだよ? 別に怒ったり笑ったりなんかしないからさ」

「……そ、その」

「ん?」

「……っ こ、こ……れ…どう、ぞ」プルプル

「え? コレを俺にくれるの?」

 

 

 彼女の震える途切れ途切れの声は、何を言っているのかハッキリとは俺に伝わらなかったが、俺に向けて何かを差し出したことだけは分かった。

 声と同じくぷるぷると震える小さな手には、情熱的な印象を与える赤い色の包装紙に包まれ、その上からブラウン色のリボンで括られた正方形の箱が握られていた。

 

 

 なんだコレは……プレゼント? いや違う。俺は今日誕生日じゃないし、そもそもありすちゃんは俺の誕生日なんか知らない。

 じゃあ一体コレは……? 今日は何かあっただろうか? いや、今日はバレンタインだけど……

 

 

 ん? バレンタイン……バレンタインって、まさかコレって…!

 

 

 

「あ、ありすちゃん! まさか、コレって……!」

「女の子に、貰ったら……嬉しいと、白石さんが……言っていたので。それと日頃からお世話になっていますし……」

「じゃ、じゃあ本当に……!?」

 

 

 目を合わせないまま言葉を紡ぐありすちゃんから箱を受け取る。恐る恐るリボンを解いて中身を覗くと、箱の中には綺麗な形の丸いチョコがいくつか入っていた。

 

 この瞬間、俺の推測が確信に変わる。これはありすちゃんからのバレンタインチョコのプレゼントであると。

 

 

「あ、ありがとう! ありすちゃん!!」

「……! よ、喜んでもらえて何よりです」

「いや本当に嬉しいよ…! まさかありすちゃんからチョコが貰えるなんて……かなりビックリしたけどね、ははっ」

「お、お母さんと一緒に作りました……お口に合うか分かりませんけど……」

「えっ!? じゃあコレ手作りなの!?」

 

 

 う、うぉぉぉぉ!!! なんという事だ! 女の子からチョコを貰うどころか、まさかの手作りチョコレートを貰ってしまったぞ!?!?

 

 それもありすちゃんが、俺がチョコ欲しいって言ったのを覚えていてわざわざ作ってきてくれるとは、なんていい子なんだ……

 

 

「し、白石さん……泣いているんですか…?」

「ゴメン、ちょっとジーンときちゃって。 そ、それよりコレ食べてみていいかな!?」

「今ですか!? 白石さん仕事中なのでは……」

「休憩中だから大丈夫だよ。それに一つだけにしとくからさ」

「……そ、そういうことでしたら……どうぞ」

 

 

 俺はさっそくチョコレートの一つを指で摘み、じっくりと眺めた後に口の中へと放り込んだ。穴が空きそうなほどにありすちゃんに見られているのが少しだけ食べづらいが、今はそんな事は気にせずにソレを噛み締める。

 

 思い切り口の中のチョコを噛み砕くと、頬が溶けるようなチョコの甘さと香ばしいカカオの風味が広がる。しかし次の瞬間には、甘さとは別に爽やかな酸味も感じられた。

 

 

「ん! イチゴだ! イチゴ味のチョコか!」

「……ふふっ、子どもみたいですよ。白石さん」

 

 

 俺のリアクションがおかしかったのか、ありすちゃんは口に手を当ててクスクスと笑った。

 

 そして俺はそのままチョコレートを何度も噛み締めると、いつの間にかソレは口の中で溶けて消え去ってしまっていた。

 数秒間だけチョコレートの余韻を楽しんだ後に、一息ついてありすちゃんに話しかける。

 

 

「ふぅ……美味しかった! 本当にありがとう、ありすちゃん!」ニコッ

「……あっ」

「今すぐもう一個食べたいけど、一気に食べちゃうと勿体ないから残りはまた後で……あれ、ありすちゃんどうかした?」

「い、いえ……なんでも、ない……です」

 

 

 俺は自然と浮かんだ満面の笑みでありすちゃんに礼を告げた。

 しかしありすちゃんの様子が少しおかしい。さっきからずっと赤い頬はより一層強い赤に染まり、ポーッとしていてどこか心ここに在らずといった様子だ。もしかして風邪だろうか…?

 

 

「ありすちゃん、ボーっとしてるけど大丈夫?」

「……だ、大丈夫です。 あのっ、それじゃあ私はそろそろ失礼します……」

「えっ、あぁ……うん」

 

 

 ペコリと綺麗なお辞儀をしたありすちゃんは、放心状態のままで俺に背中を向けて歩き出した。

 

 

「ありすちゃん! チョコありがとうねー! すごく嬉しかったよ!!」

 

 

 数メートル離れた辺りで俺が後ろから叫ぶと、ゆっくりと振り向いたありすちゃんはもう一度綺麗なお辞儀を披露した。

 

 どこかふわふわとした様子のありすちゃんが少しだけ心配だったが、彼女の背中が見えなくなった辺りで俺も休憩を終えて千川さんのいる部屋へと戻ることにした。

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

「千川さん、中庭の掃除終わりました。 次は何をすればいいですか?」

「あら白石くん、おかえりなさい♪」

 

 

 次の仕事は何か、千川さんの指示を仰ごうと事務所の一室を訪れると、デスクの前に座る千川さんが笑顔で出迎えてくれた。

 

 

「お疲れ様です、白石くん」

「いえいえ、それで次の仕事なんですけど」

「あー、その前になんですけどね? さっきは少し意地悪をしすぎたかな〜と思いまして」

「え? 意地悪……ですか?」

「はい、ですから先ほどコンビニでチョコを……あら?」

 

 

 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる千川さんは再びデスクの中をゴソゴソと漁り始めたが、俺が手に持ったままの箱を見つけると動きをピタリ止めた。

 

 あっ、ヤベ……ありすちゃんにチョコ手に持ったまんまだった。カバンにしまっといた方がよかったな。

 

 

「白石くん、それはもしかして……」

「あー、はい。 実はさっき貰えたんですよ。 自分でも驚いたんですけど」

「おめでとうございます! よかったですね〜!」

「ははっ、ありがとうございます」

 

 

 なんかここまで祝福されると照れくさいな…… まぁありがたいんだけど。

 

 

「……じゃあコレは必要ありませんね」

「何の話ですか?」

「ふふっ、何でもありませんよ? それより〜、そのチョコは誰から貰ったんですか〜?」ニヤニヤ

 

 

 引き出しの中から手を出した千川さんは、椅子に座ったまま肘で俺の横腹を小突く。

 

 

 どうしよう……一応内緒にしておくか。

 

 

「内緒です」

「え〜、教えてくれてもいいじゃないですか〜?」

「ダメです」

「仕方ないですねぇ……でも折角素敵な贈り物をしてもらったんですから、お返しはしっかりしないとダメですよ?」

 

 

 千川さんはそう言って、人差し指をピンと直角に立てた。

 

 お返しか……つまりホワイトデーの贈り物ってことだよな。 母さん以外には返した事なんてないから一体どんな物を送ればいいのか……

 

 

「……まぁ、ちゃんとお返しはしますよ。今はまだ思い浮かばないですけど」

「そうですか、ふふっ。 まぁ白石くんなら心配は無いですね」

「どういう意味ですかそれ……?」

「白石くんみたいな真面目な人なら、その辺はちゃんとやるだろうって話ですよ。さぁ! それじゃあそろそろお仕事の続きしましょうか!」

「そうですね、それじゃあ次の仕事を教えてください!」

 

 

 とりあえずは仕事に戻るかことにしよう。チョコレートを貰えて少しだけ気持ちは浮ついているけど、しっかりと切り替えて仕事に取り掛からないとな。

 

 ホワイトデーのお返しのことは、また今度考えることにしよう。

 

 





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