346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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side arisu

 

 

「はい、これで完成よ」

「ありがとうお母さん」

 

 

 お母さんに手伝ってもらいながら作ったチョコレートを箱にしまい、事前に選んでおいた包装紙とリボンで包む。

 完成した贈り物を手で掴み、どこか破けていたりなどの不備がないかを確かめる。

 

 

「そんなに睨まなくても大丈夫よ」

「い、一応確認してるだけだから……」

「まったく、いきなりチョコ作りを手伝って欲しいとか言い出すかと思ったら……そんなに大事そうな贈り物誰に渡すのかしら?」

「べ、別にっ……! お世話になってる人に渡すだけだから…!」

 

 

 エプロンを付けたお母さんが好奇心を含んだ視線を私に向ける。

 そんなお母さんの問いかけに対して反射的に私は強い語気で言い返してしまうが、向こうは全く気にもとめていない様子で優しく微笑むだけだ。

 

 

「まぁ、今はいいか。いつかちゃんと教えてね?」

「……うん」

「さてと、それじゃあ折角だし続けてお父さんのも作っちゃいましょうか」

「お父さんの? あっ……忘れてた」

「ふふっ、お父さん泣いちゃうわよ?」

 

 

 すっかりお父さんの分を失念していた私を見て、お母さんは少しだけ面白そうに声を出して笑った。

 

 

(白石さん、喜んでくれるかな……)

 

 

 ただそんなお母さんの笑い声も今の私にはあまり届いていない。完成された贈り物をジッと見つめて、これを渡した時の白石さんの反応はどんなだろうかと頭の中で想像を膨らませていた。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

「すぅ……はぁ……お、落ち着いて。普通に渡すだけでいいんだから」

 

 

 2月14日、いよいよバレンタインデー当日がやってきた。

 私はカバンにしっかりとチョコを入れたことを確認して、いつもより異様に長く感じる事務所までの道のりを歩く。

 

 街の中を見渡せばいつもよりもカップルの人たちから出る甘い雰囲気が強くて、それが余計に私の緊張を加速させる。

 

 

「あれ……? あれってもしかして……」

 

 

 もう少しで事務所に到着しようかというその時、見覚えのある人物が数メートル先を歩いているのに気がついた。

 

 

「し、白石さん……」

 

 

 本人を見つけた途端に全身から汗がぶわっと噴き出す。チョコを渡す覚悟はしっかりと決めてきたハズなのに、いざ本人を見つけると心臓がバクバクと騒ぎ出した。

 

 しかしジーッと白石さんを見ていると、ある事に気がついた。1人で街を歩く白石さんはすれ違うカップルを羨むような視線で見つめ、その度にガックリと項垂れている。

 恐らく、いやきっと……ただの推測でしかないけど白石さんはチョコを貰っていないのだと何となく分かった。それだけで私は心の奥底に安堵の感情が湧き出る。

 

 ……別に深い意味はないけど、どうせなら私が初めてを渡したい。深い意味はないけど……

 

 

 

「大丈夫……大丈夫……よしっ」

 

 

 震える体を奮い立たせ、事務所の中に入っていく白石さんの後に続いた。

 

 しかしその時……

 

 

「ん?」

「……っ!」バッ

 

 

 何かを感じ取ったのか突然、白石さんが後ろに振り向いた。私は慌てて側にあった柱の裏に隠れる。

 バクバクとうるさい心臓を必死で抑えつけて息を殺していると、どうやらバレてはいなかったようで白石さんは再び前を向いて歩き出した。

 

 

「はぁ……」

 

 

 ホッとしたのも束の間、また歩き出した白石さんを見失わないように尾行を再開する。 何度も声をかけようかと思ったが、あと少しの勇気が湧いてこない。

 

 そんなふうに私が1人で葛藤をしていると、白石さんはいつもちひろさんがいる部屋の中へと入っていってしまった。

 私は部屋の入り口から中を覗き込み、ひっそりと聞き耳を立てて会話を盗み聞きする。

 

 

「2月と言えば今日はバレンタインですけど」

「うぐっ……!」

「あ、あら…? その反応はもしかして……」

 

 

 挨拶を交わした2人は自然な流れでバレンタインに関する話を始めた。あのリアクション的に白石さんがチョコをまだ貰えてないという推理は適中していたようだ。

 

 しかしその時、いきなりちひろさんが引き出しの中に手を入れてガサガサと何かを漁り始めた。そしてそれを見た白石さんは何かを期待するかのような表情を浮かべる。

 

 

 ま、まさかチョコを……!

 

 

 それはマズい、私が1番先に渡したかったのに先を越されることになってしまう。

 こんな事になるならさっき勇気を出して渡しておくべきだったと、今更遅い後悔をしながら私は2人のことを見つめる。

 

 

「じゃんっ♪」

「ありがとうございます千川さ……ん?」

 

「……ん?」

 

 

 ちひろさんの手に握られた白い紙を見て、私は白石さんと全く同じリアクションをする。

 でもどうやら、ちひろさんは白石さんにチョコを渡す訳じゃないらしい。張り詰めていた緊張が一瞬で解けて、全身から力が抜けるのを感じる。

 

 そして意気消沈といった様子の白石さんは、ちひろさんから紙を受け取って逃げ去るようにその場から立ち去る。それを見て私も慌てて白石さんの後について行った。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 あれから小一時間が経過していた。私は今、何かに取り憑かれたような集中力で中庭の掃除をする白石さんを、またしても柱の裏から監視している。

 何度も白石さんのもとへと駆け寄ってチョコを渡そうとしたが、その度に体が固まって動かなくなってしまうというのを何度も繰り返していた。

 

 

 どうしよう……こんな事してないで早く渡すべきなのは分かってる。 それなのにあと一歩足が踏み出せない。

 チョコを渡すこと自体に対する緊張もあるが、もしも喜んでくれなかったらどうしようという不安も私の足を重くしている要因だ。

 

 

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ。 お、落ち着かないと……」

 

 

 このままこうしていても埒があかない。とりあえずバッグからチョコを出して、いい加減声をかけよう。

 あと10秒したら、いやあと15秒したら声をかけーーー

 

 

「ん?」

「……へっ?」

 

 

 頭の中でカウントダウンを開始したその時、先程と同じようにいきなり白石さんがこっちに振り向いた。私はすかさず体を柱の裏に隠すが、今度は完全に勘付かれたようで白石さんはこっち目がけて歩いてくる。

 

 

 ど、どうしようどうしようどうしよう……こ、こっちに来る…!? は、早く逃げなきゃ……いや逃げる必要はないか…!?

 

 

 突然の事態にパニックを起こしていると、気がつけばすぐ後ろにまで接近していた白石さんが、大きな声を出しながら柱の裏を覗き込んできた。

 

 

「誰だ…ッ!」

「ひゃいっ!」

「えっ……」

 

 

 見つかってしまった。私のことを見つけた白石さんは、驚いたようにも安心したかのようにも見れる表情を浮かべていた。

 私は咄嗟に手に持ったチョコを自分の体の後ろに隠し、赤くなった顔も白石さんから隠すように逸らす。

 

 

「ありすちゃん、どうかしたの? こんな所で」

「べっ、別になんでもありません」

「……ねぇありすちゃん、もしかしてさっきもーーー」

「…! べ、別に白石さんの後なんて着けてませんけど!?」

「俺まだ何も言ってないんだけど……あはは」

「はっ…!」

 

 

 し、しまった……つい焦って自白してしまった。

 余計に顔が熱くなる。頭の中が真っ白になって何も考えられない……すると白石さんはそんな私を見かねたのか、その場に屈んで私に視線を合わせた。

 

 私を落ち着かせるために……優しく、ゆっくりと、微笑みながら声をかけてくれる。そんな白石さんの優しさに、胸の奥底に小さく火が灯るような暖かさを覚えた。

 

 

 ……渡さなくちゃ。 ここで、今。

 

 

 震える腕にムチを打って無理やり動かす。私は手に握った赤い箱を白石さんの方に向けて差し出した。

 

 

「……っ こ、こ……れ…どう、ぞ」プルプル

「え? コレを俺にくれるの?」

 

 

 ついに渡した。手作りのチョコレートを。

 

 本当に自分の声かと思うほど掠れた声が出る。心臓がバクバクとうるさい。白石さんがどんな顔をしているのか、怖くて見れない。

 

 

「あ、ありすちゃん! まさか、コレって……!」

 

 

 そう言って白石さんは私の手から箱を受け取った。シュルシュルとリボンを解く音がして、箱の中身を見た白石さんは目を丸くする。

 

 

 ……喜んで、くれただろうか…?

 

 

「あ、ありがとう! ありすちゃん!!」

 

 

 白石さんのその言葉を聞いた途端、私の心を締め付けていた不安や緊張が弾け飛んだような気がした。

 

 あぁ……よかった。 喜んでくれた……!

 

 

「お、お母さんと一緒に作りました……お口に合うか分かりませんけど……」

「えっ!? じゃあコレ手作りなの!?」

 

 

 さらに驚愕の声をあげる白石さん。そして箱の中身をジーッと見つめた後、感極まった様に上を向いたまま両手で握り拳を作って小刻みに震えている。しかもよく見ると目尻には薄らと涙が浮かんでいた。

 

 

「し、白石さん……泣いているんですか…?」

「ゴメン、ちょっとジーンときちゃって。 そ、それよりコレ食べてみていいかな!?」

「い、今ですか!?」

 

 

 目の前で食べられるのは、また違った緊張がある。 何度も味見はしたし平気だと思うが、もしも口に合わなかったらどうしようかと……

 

 しかし気がつくと白石さんは既にチョコの一つを指で摘んでいた。そしてそのまま口を開いて中に放り込むと、モグモグと咀嚼を始める。

 

 

 美味しい……かな? ちゃんと出来たかな…?

 

 

「ん! イチゴだ! イチゴ味のチョコか!」

 

 

 チョコを口の中に入れた白石さんは、まるで子どものように無邪気に笑った。そんな様子がどこかおかしくて、ついつい私も釣られて笑う。

 そしてそのままチョコレートを噛み続けた白石さんは、口の中身を空にして輝くような満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「ふぅ……美味しかった! 本当にありがとう、ありすちゃん!」ニコッ

「あっ……」

 

 

 ドキッ……て、何だろうコレ。

 

 その白石さんの笑みを見た瞬間、私の心がきゅうと締め付けられた。

 鼓動が早まる。でもさっきまでの緊張から来るモノとはまるで違う。

 

 苦しい、切ない、嬉しい。 私は形容し難いその初めての感情を噛み締める。

 体が熱い、白石さんの顔を見ると、喜んでくれているその顔を見ると胸のドキドキが止まらない。

 

 

「ありすちゃん、ボーっとしてるけど大丈夫?」

「……だ、大丈夫です。 あのっ、それじゃあ私はそろそろ失礼します……」

 

 

 もう無理だ。これ以上ココに、彼の前にいたら心臓が爆発してしまう。

 

 私は文字通り逃げ去るようにその場から歩き出したが、後ろから白石さんが声をかけてくるのでお辞儀で返事をする。

 そして白石さんから離れた場所で、心を落ち着かせるために大きく息を吸って吐く。

 

 

「……これって、やっぱり」

 

 

 激しい心臓の音はまだ治まらない。

 

 私は気づいてしまった。いや、彼に気づかされてしまった。このドキドキの正体を。

 

 

「私、私は……」

 

 

 白石さんのことが、好きなんだ……と。

 

 

 これまでは必死に否定していたその事実も、一度気づいてしまえば驚くほど胸にストンと入ってきた。

 もしかしたらもう、しばらく前から私はこの思いに本当は気づいていたのかもしれない。ただ気づかないフリをしていただけなのかもしれない。

 

 

「好き、好き……か」

 

 

 あぁ……次会った時から、私はどう接すればいいんだろう?

 

 

 





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