ありすちゃんからチョコを貰った翌日、俺は事務所の中で鷺沢さんとその事について会話をしていた。
「そうですか。 ありすちゃんがチョコを……」
「そうなんですよ! 俺もうめちゃくちゃ嬉しくって……!」
興奮気味に話す俺を見た鷺沢さんは、小さく息を吐いてクスリと笑った。そんな彼女の反応を見た俺は何だか無性に恥ずかしくなってきて咳払いをする。
い、いかんいかん……確かにチョコを貰ったのは嬉しかったけど、これじゃあ普段からチョコを貰えない奴ってことがバレバレじゃないか。
「それで……白石さん。 お返しは既にお決まりなのでしょうか…?」
「あー、それなんですよね。 俺お返しなんてこれまで親にしかしたことないんで、女の子ってどういうのを貰ったら嬉しいのかなって」
「そうですね……私もそういった経験がある訳では無いので、参考になる様な意見を言えるのかは分かりませんが……」
そう言って口元に手を当てて考える人のようなポーズを取る鷺沢さん。そんな彼女に釣られて俺も腕を組み目を瞑って考え事を始めるが、中々いい案はポンと出てこない。
バレンタインはチョコを贈るって大体決まってるけど、ホワイトデーの方は割と自由だからこそ迷うんだよなぁ。 うーん……どうしよう。
「…ホワイトデーのお返しにも、お菓子ごとに意味があると言われていますね……」
「えっ! そうなんですか? お返しのお菓子にそんな花言葉みたいなのあったんですね」
「…ほんの一例ですがキャンディーには『あなたが好き』ですとか……それとは逆にマシュマロには『あなたが嫌い』という意味があるらしいですね」
「怖っ! あの柔らかいマシュマロにそんな意味が込められてるんですか!?」
あ、あぶねぇ〜。 一応聞いておいて良かったな……
もしもありすちゃんにマシュマロを送ったとして、そのお返しの意味をありすちゃんが知ってたら傷つけちゃうとこだったぞ。
「うーん……でもそうなると余計決めるのが難しくなったような」
「…どうかしたのですか?」
「いや〜なんかお返しに意味があるって知っちゃったから、逆に考えすぎちゃうなって」
「…なるほど」
意味があるってことは変な物は贈れない。例えばさっきのマシュマロもそうだし、キャンディーも『あなたが好きです』って意味があるなら告白みたいになっちゃうしなぁ。
「うーん、悩ましい」
「…まだ期間はあるので、ごゆっくり考えればよろしいかと……」
「そうなんですけどね……ん? あれってありすちゃんじゃないですか?」
「…そうですね」
考えが纏まらずに一旦保留を決めたその時、視界の隅にありすちゃんが映った。
……でもちょっと様子が変だな。口を小さく開いてボーッとした表情を浮かべるありすちゃん。それはいつもキリッとしてる印象の彼女とは違い、どこか心ここに在らずって感じだ。
「おーい! ありすちゃーん!」
「っ……!」ビクッ
「うぉっ、なんかめちゃくちゃビックリしてたけど……怖がらせちゃったかな」
「…どこか様子が変ですね……」
俺が遠くから声をかけると、ありすちゃんは体を大きく跳ねさせた。そしてその場で10秒くらい立ち止まった後に、いつもと変わらぬキリッとした表情でこっちに向かってきたのだが、よく見ると同じ側の手足が同時に前に出ていたりとやっぱり様子がおかしい。
「お、おはようございます。白石さん、文香さん」
「おはよう、ありすちゃん」
「…おはようございます……」
ガチガチのロボットみたいな歩き方で俺たちの前までやってきたありすちゃんは、ぶっ壊れた機械みたいにぎこちない動きでお辞儀をした。
そんな様子を見て俺はもちろん、鷺沢さんも心配そうな表情を浮かべている。
「今ちょうどありすちゃんの話をしてたんだよ。ほら、チョコをくれたって話」
「そ、そうでしたか……それは、なんと言いますか……グッドタイミングと言いますか、噂をすれば影と言いますか」
「……ありすちゃん?」
「は、はい! なんでしょうか!」
「い、いや〜。なんでずっと鷺沢さんの方向いてるのかな〜って」アハハ
「べ、別にそんなことありませんが!?」
俺と会話をしているはずのありすちゃんは、此方へと全く顔を向けることなくずっと鷺沢さんの方を向いている。まるで俺と顔を合わせたくないみたいだ。
しかもその事について指摘をすると、めちゃくちゃ大きな声で反論をしてきた。
「…ありすちゃん、お顔が赤いようですけど……体調は平気なのでしょうか?」
「へ、平気ですよ文香さん。ご心配なさらず」
「…ですが、尋常じゃない赤さなので……」
「えっ、マジ? そんなに赤いの?」チラッ
「……っ」フイッ
・・・・・
「ちょっ!やっぱ俺のこと避けてるよね!?」
「さ、避けてませんが!? 自意識過剰なのでは!?」
俺がありすちゃんの顔を覗き込もうとすると、それを避けるかの様に彼女はそっぽを向いてしまう。
俺のことを避けてるのかと思ったけど、ありすちゃんがそれは自意識過剰だと言う。それが本当なのか確かめるためにもう一回ありすちゃんの顔を覗き込もうとするが……
「………」チラッ
「……っ」フイッ
「やっぱり避けてるよね!?」
「だ、だから避けてなんていません!」
いやいや、どう考えても避けてるよね! 俺が目を合わせようとする度に顔逸らすもん! 俺と顔を合わせたくないとしか考えられないんだけど!?
「……ふっ!」チラッ
「……っ!」フイッ
「はっ…!」チラッ
「……っ!」フイッ
だ、ダメだ……何度やってもそっぽ向かれてしまう。何か理由があるんだろうけど、避けられてるみたいで結構ショックだなぁ。
「な、何故だありすちゃん……俺、何か怒らせるようなことしたかな…?」ハァハァ
「そんなことないですけど……い、今はダメなんです……」
「ぐぅ……っ」
鷺沢さんはよくて何故俺はダメなんだ……?ま、まぁショックだけど、ありすちゃんがダメだって言うんなら大人しく引き下がるしか……
「わ、わかった。ありすちゃんがダメって言うんなら諦めるよ」
「す、すみません……でも、決して白石さんに怒っているとかそういう訳ではないですから」
そう言いながらもありすちゃんは俺に背を向けたままだ。
……ダメだ、どうしても気になる。 昨日までは普通だったのになんでいきなり顔も合わせてくれなくなったんだ?
「……ありすちゃん。そういえばさっきすごく美味しそうないちごのスイーツ店を見つけたんだよね。 ほら、これ写真なんだけど」
「えっ、どれですかーーー」
かかった!
「はっ…!」ガシッ
「んなっ!? な、何をするんですか!」
いちごのスイーツに釣られて、ようやく俺の方を向いたありすちゃんの肩を優しく掴む。そしてもう逃がさないとばかりにしっかりと目を見て会話を試みる。
「はっはっは! かかったねありすちゃん!」
「だ、騙したんですか!? 卑怯です!」
「何とでも言うがいいさ! さぁ、何で俺を避けるのか理由を説明してもらおうじゃないか!」
「ひゃっ…! ちょっ……ち、ちかっ、近いです!」
「あ、あの……お二人とも、あまり大きな声は……」アワアワ
それでも尚、ありすちゃんは俺と全く目を合わせようとしない。それどころかどんどん顔が赤くなっていき伏し目になってしまう。
ぐぅ…! なんで頑なに俺と目を合わせようとしないんだありすちゃん!
「ありすちゃん! 俺が何かしたなら言ってくれ!」
「あ、あの……本当に、そういうことじゃなくって……あ、あぅ」
「ありすちゃん!」ズイッ
「も、もう……む、無理です…っ」
次の瞬間、ありすちゃんの体の辺りから耳をつんざくような音が鳴り響いた。ギョッとした俺が音の発生地へと視線を向けると、ありすちゃんの手には小さな防犯ブザーが握られていた。
「ぼ、防犯ブザー!?」
「あぅ……ち、近い、近い……です」プシュ-
「ありすちゃん!?」
小さく何かを呟きながら、全身から力が抜け落ちたかの様にバランスを崩すありすちゃんの体を受け止める。顔は真っ赤に染まっていてまるでオーバーヒートを起こしたみたいだ。
「…あの、白石さん。 とりあえずこの音を止めた方がよろしいかと……」
「そ、そうですよね」
鷺沢さんに言われた通り、防犯ブザーへと手を伸ばしてピンを再び穴に差し込んだその瞬間……
「音の発生源はここね! 助けに来たわよ!」
「サイキックテレポートで飛んできました!」
「セクシーギルティー参上です〜」
「なんだコイツら!?」
物陰から駆けつけてきた3人が俺とありすちゃんの周りを囲む。
1人はお馴染みのエスパーユッコ、そしてもう1人はいつの日か一回だけ会ったことがある片桐早苗さん。そして最後の子は知らない子だけど……うん、デカいな。
「ブザーの音が鳴り響く犯行現場には、気を失った幼女とその体を抱く1人の青年……これはギルティね」
「ちょっ! ご、誤解ですよ!?」
「見損ないましたよ白石さん! まさか幼女に手を出すなんて!」
「出してねーわ!」
ありすちゃんから引き剥がされた俺は、片桐さんがどこからともなく取り出したおもちゃの手錠のような物で手を拘束される。そしてユッコの取り出した布のような物を頭の上から被せられて何処かへと連行されていく。
「現行犯で確保ね。話は署で聞くわ」
「ちょ、まっ…! マジで違いますからね!」
「白石さん……いくらモテないからってこんな小さな女の子を狙うだなんて……くふっ」
「おまっ! ふ、ふざけんなよユッコ! ちょっと笑ってんじゃねーか!」
「文香さ〜ん、失礼しまーす」
「あ、はい……」
突如現れたポンコツ刑事3人に囲まれながら俺は事務所の中へと連行されていく。こんなとこ誰かに見られたら、本当に俺が何か悪さをしたんだと勘違いされてしまいそうだ。
「お、俺は無実だーーーッ!!!」
結局ありすちゃんから避けられる理由も分からず終い、しかも無実の罪で現行犯逮捕されて連行されるなんて……今日はツいてない日だ。
〜〜〜〜
「ん……あ、れ…? わたし……どうして」
「…お目覚めですか、ありすちゃん」
「ふみ、かさ………文香さんっ!?」ガバッ
「…まだ、横になっていた方がよろしいかと」
目が覚めると、何やら心地良い感覚に包まれていた。脳の活性と共にモヤがかかったような視界が晴れていき、そこには慈愛に満ちた美しい表情で私のことを見つめる文香さんの顔。
私はビックリして飛び跳ねるように体を起こそうとしたが、それを文香さんに制止される。
「私……どうして」
「…気を失っていたようですね。まるで機械が熱暴走したかの様でした……」
「そ、そうですか」
「…そして寝言で、ずっと白石さんのことを呼んでいました……」
「んなっ!?」
ま、まさかそんな事が……ダメだ、また全身が熱くなってきました。しかもよりによって文香さんにそんな情け無い所を見られるなんて……
「も、もう大丈夫ですので。ありがとうございました、文香さん」
「…はい。ありすちゃんが元気になって良かったです」
そう言って笑う文香さんはまるで女神様のようで……やはり文香さんは私の理想とするべき知的で美しい完璧な女性です。
「…それで、白石さんを避けていた理由なのですが……」
「うっ」
「…どういった、事情なのでしょうか……?」
文香さんの青くて美しい瞳が私の体を捉えて離さない。まぁ確かに、あそこまで露骨に白石さんを避けていれば理由も気になるだろう。
で、でも……まさか好きだから恥ずかしくて顔が見れなかったなんて言える訳がありません!
ですが、私を心配してくれる文香さんに嘘をついたり誤魔化したりするのは気が引けます。信頼できる文香さんだけになら……私の気持ちを打ち明けてもいいのかもしれない。
「…ありすちゃん?」
「そ、それはっ……ですね、その……り、理由は……っ」
「…理由は?」
「……す、すっ……す……っ」
「いや〜ん♡ 大好きなカレの顔が恥ずかしくて見れないよ〜ん♡」
「んなッ!?」
「…周子さん、おはようございます」
突如後ろからやってきた周子さんが、私の肩に顔を乗せながら揶揄うようにそう言った。
「いや〜自覚するのも時間の問題だと思ってたけどさぁ。 これでありすちゃんも立派な恋する乙女だねぇ〜」
「し、周子さんっ!」
私は咄嗟に周子さんの口を塞ごうとしたが、軽い身のこなしでひょいと躱されてしまう。
私の身体能力では周子さんを捕らえることはできないので一旦置いておいて、文香さんへと視線を戻すと彼女は珍しく驚いた表情を浮かべて目を見開いていた。
「…こ、恋する乙女……ということは、ありすちゃんはまさか……白石さんのことが…?」
「〜〜〜ッッ!!!」
「ほらほら〜、素直に白状しちゃいなってありすちゃ〜ん」
「い、今文香さんには打ち明けようとしてたんです! それを周子さんが掻き乱すから…!」
全身が熱い。私の気持ちが文香さんと周子さんに知られてしまった。
というか何で周子さんは私の気持ちに気づいて……そんなにバレバレだったんでしょうか?
「…では、本当に白石さんのことが……好き、なんですね」
「……っ」コクリ
文香さんの問いに対して私は小さく首を縦に振る。もう頭の中が沸騰しそうで、白石さんだけじゃなく文香さんの顔もまともに見れなくなってきた。
「…そうですか、先ほどの白石さんに対する態度にはそのような理由が……」
「す、好きだって気づいてから……どうやって白石さんに接すればいいのか、昨日の夜からずっと考えてたんです。でも、実際に白石さんを前にしたら頭の中真っ白になっちゃって……あぅ」
「こりゃガチ惚れだね」
「…そう、ですね」
「〜〜〜ッッ!!!」
そ、そんな事……言われなくても自分が1番分かっていますよ。だから困っているのに。
「でもさ〜、いつまでも避ける訳にはいかやいよねぇ〜ん。 それじゃあ進展もしないし」
「うぐ……っ、それはそう……ですけど」
「ん〜、これは荒治療が必要だね。ありすちゃん来週の土曜は予定ある?」
「別にありませんけど……しゅ、周子さん一体何を……?」
そう言って周子さんはニヤリと笑った。全身に嫌な予感がピリピリと伝わってくる。
すると周子さんはスマートホンを取り出して誰かへと電話をかけた。
「……あ、もしもし白石くん? 今って時間大丈夫〜?」
「し、白石さん…!?」
周子さんが電話をかけたのは、つい先ほどまでここに居たハズの白石さんだった。驚く私をよそに周子さんは画面の向こうにいる白石さんとの会話を開始する。
「えっ? 今取り調べ中? そんなんどうでもいいから……はぁ、今から皆でカツ丼食べる? 何ソレあたしも行きた〜い!」
「…周子さん……」
「はっ! か、カツ丼の話は置いておいて、白石くん来週の土曜日って空いてる?」
一瞬だけカツ丼に釣られそうになった周子さんは白石さんに予定の有無を確認する。というか取り調べにカツ丼って……今白石さんはどんな状況下にあるんだろう。
「空いてる? そっか、それなら◯◯駅の前に集合ね〜。 え、何するのかって? それは来てからのお楽しみってことで〜」
そして電話を切った周子さんは、私に向けて親指をグッと立てた。
「デートの約束取り付けておいたよ〜ん」グッ
「デッッ!?」
「…なるほど、今のは周子さんとの約束ではなく……ありすちゃんとの約束だったのですね」
「そうそう、てかあたし土曜は仕事だし」
あっけらかんとした態度で周子さんは答えた。
そ、そそそそそんないきなりデートだなんて! い、いきなりすぎますよ…!
「ちゃんとおめかしして行くんだよ〜」
「…ファイトです、ありすちゃん……」
「そ、そんないきなり……」
こうして勝手に取り付けられた約束のデートへと私は赴くことになってしまった。
ま、まだ緊張して顔も見れないのに……いきなりデートだなんて、私はいったいどうすればいいんでしょうか…?
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