346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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最終話 宣戦布告

 

 

 

「………はぁ」

 

 

 いつもと変わらない平和で賑やかな事務所。だけど俺の心は平穏とは程遠く、ザワついた妙な感覚に苛まれている。

 今日のバイト中もそのモヤモヤはずっと付いてきて、仕事にあまり集中できなかった。

 

 

 ……まぁ、何でそうなってるかと言えば原因は明白なんだけど。

 

 

 

『好きです』

 

 

 頭の中で思い返されるのは、先日のありすちゃんの発言。

 赤く染まった頬、俺のことを一心に見つめてくる瞳、絞り出したような震える声、あの時の光景は全部はっきりと俺の瞳に焼き付いている。

 

 

 冗談……じゃあないよなぁ。

 

 

 そういった経験に疎い俺でも分かる。アレが揶揄いや冗談の類ではなかったということを。そもそもありすちゃんがそんな冗談を言う訳がないんだ。

 

 つまり、ありすちゃんは俺のことが本当に好きだっていう事になる。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 事務所の敷地内にあるベンチに座りながら、今日何度目になるか分からないため息を吐く。

 

 きっと、勇気を振り絞って言ってくれたんだろう。その証拠に、あの小さな体が壊れてしまうのではないかという程に震えていた。

 だと言うのに、俺はそんなありすちゃんの言葉に何も反応できなかった。 情けないことに、頭の中が真っ白になってフリーズしてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

『好き、好きなんです…! 自分じゃもうどうしようもないくらい……好きなんです!』

 

 

 そんな彼女の言葉に、俺は機械のように名前を呼びかけることしかできなかった。

 

 

『あ、ありす……ちゃん?』

『……っ』

 

 

 ありすちゃんは一瞬だけハッとした表情を浮かべて口を塞いだが、すぐにまた俺の方を見て真剣な表情に戻った。

 

 

『……本気、ですから』

『えっ』

『し、失礼します!』

『ちょっ、ありすちゃん!』

 

 

 俺に背を向けて全力で走り出すありすちゃん。 俺はそんな彼女の背に声をかけると、一度だけその場に止まってこっちを振り返った。

 

 

『来ないでください…! 今は、1人にしてください』

『そ、そういう訳には……』

『……ふふっ、白石さん。 やっぱりデリカシーが足りてないですよ』

 

 

 振り返ったありすちゃんの顔は、泣きそうな顔で小さく微笑んでいた。

 

 そして俺から逃げるように歩き去っていくありすちゃん。 俺はそんな彼女の後を追いかけることができずに、その場でただただ立ち尽くしていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 あれから3日が経ったが、あの日以降、俺はありすちゃんに会っていない。情けないことに会ってどうすればいいのか全然分からない。

 

 いつまでもこうしてる訳にもいかないって事だけは分かっている。でも、どうすればいいのかはまるで分からない。

 

 

「……はぁ」

 

 

「何回もため息吐いてどうしたの?」

「えっ、渋谷さん?」

 

 

 声をかけられて顔を上げると、そこにはいつも通りの凛とした態度で俺のことを見下ろす渋谷さんが立っていた。

 

 

「隣、いい?」

「あっ、うん」

 

 

 渋谷さんは一声だけ確認を取ると、俺の横スッとに腰を掛けた。 そのまま数秒間だけ沈黙が続いた後、渋谷さんが口を開いて静かに語り出した。

 

 

「何かあったの?」

「……うーん、まぁ、ね」

「話してみなよ。嫌ならいいけどさ」

「渋谷さん……ありがとう」

 

 

 表情を変えず、そっぽを向いたまま渋谷さんはそう言った。一見怖い人だっていう印象を持たれることもあるらしいが、やっぱり渋谷さんは優しい人だ。

 俺は渋谷さんの折角の厚意に甘えて、今悩んでいるという事を話した。もちろんありすちゃんの名前は伏せて。

 

 

「と、いう訳なんだけど」

「ふーん、アンタにもそういう浮いた話あるんだね。私と初めて会った時なんか会話するだけでアタフタしてたのに」

「し、渋谷さん!」

「ごめん、冗談。真面目な話なんだよね」

 

 

 一言謝った渋谷さんは小さく笑う。 そして一息置いてまたゆっくりと語り出した。

 

 

「そんなに悩むことないんじゃない?」

「えっ?」

「アンタの素直な気持ちに従えばいいと思う。 好きなら付き合えばいいし、そうじゃないなら断る。 そんなつもりないのにお情けで付き合ったりするのは良くないと思うし」

「……まぁ、それはそうだよね」

 

 

 俺の素直な気持ちか……俺はありすちゃんのことをどう思っているんだろう。

 

 

「ごめん、私そろそろレッスンだから」

「うん、ありがとう渋谷さん」

「別にいいよ。じゃあまたね」

 

 

 ベンチから立ち上がった渋谷さんは、小さく手を振ってその場を後にした。1人残された俺は、渋谷さんからのアドバイスを思い出しながらありすちゃんのことを思い浮かべる。

 

 

 橘ありすちゃん。 初めて出会った時はあまり打ち解けてなかったけど、ありすちゃんが迷子になったあの事件から少しずつ打ち解けてきた。それからは凄く仲良くなって、俺の前でも良く笑顔を見せてくれるようになった。

 

 素直じゃない態度を出す部分もあるけど、本当は凄く優しくて頑張り屋で、少しだけ寂しがりな女の子。そんなありすちゃんがどこか放っておけなくて、一緒に夕飯を食べる生活を送っていたこともあった。

 後は……俺に初めて手作りのチョコをくれた女の子でもある。2人で遊びに出かけたこともあった。

 

 好きか嫌いかは置いておいても、俺にとってありすちゃんが他の子よりも特別な存在なのは確かだ。

 そんなありすちゃんが俺のことを好きだと言ってくれた。それに対して俺は真剣に考え抜いて返事をする責任がある。

 

 

 

 俺は、ありすちゃんのことを……

 

 

 

「……よし」

 

 

 俺はスマホをポケットから取り出し、ありすちゃんと会うために、彼女へとメッセージを送った。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 場所は変わって、今俺がいるのは事務所から少し離れた所にある小さな丘の上の公園だ。寒々しい空の下吹く風は冷たくて、地面に落ちている落ち葉がカラカラと転がっている。

 

 そして数十分程待っていると、向こうの坂道からありすちゃんがこっちに向かって登ってくるのが見えた。

 

 

「なんか久しぶりな気がするね、ありすちゃん」

「……はい、そうですね」

 

 

 俺たちは少しだけ距離を空けて対面する。そして互いの顔を見て静かに笑ったが、ありすちゃんの表情からは緊張が見て取れる。だけどそれはきっと俺も同じだ。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 一度だけ息を吐いて早速本題に入る。

 

 

「その、さ。 今日ありすちゃんを呼んだ理由なんだけど……」

「は、はい」

「最後に会った時、言ってくれたことなんだけどさ」

 

 

 途切れ途切れに言葉を紡いでいく。俺の言葉を聞いているありすちゃんは、ギュッと拳を握って震えている。

 

 

「あの時は、返事できなくてごめん。情けないけど俺、すごいビックリしてさ」

「い、いえ、いきなり……あんな事言った私も悪いですから」

「でも、嬉しかったよ。俺、女の子に告白とかされたの初めてだったから」

「それは……そうでしょうね」クスッ

「ちょっ、そんなに笑わないでよ」

 

 

 俺の言葉が余程可笑しかったのか、さっきまで張り詰めていた様な表情だったありすちゃんは口に手を当ててクスクスと笑い出した。

 

 ひとしきり笑った後に、話を本題に戻す。

 

 

「ふぅ……それで、返事なんだけど」

「……はい」

 

 

 

 そこまで言って体が固まる。緊張で少しだけカサついた唇が震えて、すぐそこまで出かかった言葉が喉に引っかかって出てこない。

 

 でも言わなきゃいけない。 想いを伝えてくれたありすちゃんのためにも、俺は真剣に答えなくちゃいけない。

 

 誤魔化したりせず、今の、俺の素直な気持ちを……

 

 

 

 

「……ごめん、ありすちゃんの気持ちは嬉しいけど、応えることはできない」

 

 

「……はい」

 

 

 俺の言葉にありすちゃんは、何故か少し微笑みながら一言だけそう答えた。

 

 

 

「ありすちゃんの気持ちは嬉しい、それは本当だよ。でも……」

 

 

「私のこと、そういう対象としては見れないってことですよね」

「……っ! ごめん」

 

 

 言葉が出ない俺を見かねてか、ありすちゃんがそう言った。

 本当なら俺がしっかり伝えなければいけないのに、それをありすちゃんに言わせてしまうなんて我ながら本当に情けない話だ。

 

 

 ……ありすちゃんのことは好きだ。でもそれはきっと親しみに近い感情で、恋愛的な意味のそれではない。

 

 俺はありすちゃんをそういう対象ではなく、小さな子どもとして見ている。それなのに、そんな気持ちで付き合う事はできない。

 

 

「なんとなく気付いてました」

「えっ」

「白石さんが、私のことを子どもとしてしか見ていないことを」

 

 

 ありすちゃんはそう言って笑った。そして自分の腰に手を当てて、得意気な顔でつらつらと早口で語り出す。

 

 

「大体、白石さんは分かりやすすぎるんですから、私が気付かない訳ないじゃないですか」

「……うん、そうだね」

「私にかかれば、全てお見通しですよ。白石さんの、気持ちなんて、最初から分かっていましたよ……そう、最初から……言われなくても、自分で……気付いて……っ」

「ごめん、ありすちゃん」

 

 

 ありすちゃんの言葉が尻すぼみに小さくなっていき、震えたモノに変化していく。

 そんな彼女を見て俺は、ただ機械のように謝罪の言葉を呟くことしかできない。

 

 

「わ、わかって……たんですよ…っ、全部、わかって……だから、悲しくなんて……っ」

「……ありすちゃん」

「お、おかしい、ですね……悲しくないのに、目から、涙が出てきて……変ですよね…っ」

 

 

 ありすちゃんの目尻からじんわりと涙が滲み出てくる。そしてポツポツと頬を伝っていき、やがて大粒になったソレは彼女の顔ぐしゃぐしゃに濡らす。

 涙を流すありすちゃんはゆっくりと俺の方へと近づいてきて、ポカポカと優しく俺の腹の辺りを叩き始める。

 

 

「あ、あんまり……見ないで、ください…っ、白石さんの、せい……ですからね…っ 私が泣いてるのは…っ」

「……うん」

「ぐすっ、なんで、ですかぁ……っ、好きって言ってくださいよっ、私のこと……好きって……言って、くださいよぉ…っ」

「ごめん、ごめんね」

 

 

 ポカポカと力無く拳を振り続けるありすちゃんの涙で、俺の服もぐしょぐしょだ。俺はそんなふうに悲痛な叫びを上げるありすちゃんの背中に手を回してやることしかできない。

 

 俺はありすちゃんが泣き止むまでしばらくの間、そのまま彼女の言葉に返事をしながら背中を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

 あれからどれくらいの時間が経っただろうか。ありすちゃんが泣き止む頃にはすっかり空を薄暗い雲が覆い尽くしていた。

 

 涙が止まった、というよりは枯れ果てた様なありすちゃんの目元は赤く腫れているが、どこかスッキリした表情にも見える。

 

 

「ふぅ……すみませんでした。 お見苦しいところを」

「そんなことないよ。見苦しくなんか、全然ない」

「……ふふっ、そうですか。でも、久しぶりにこんなに泣きましたけどスッキリしました」

 

 

 ありすちゃんは一度だけ大きく息を吐くと、空を見上げながらポツリと呟く。

 

 

「私、フラれてしまったんですね」

「……ごめん」

「謝らないでくださいよ。言ったでしょう、なんとなく気付いていたって」

 

 

 自嘲気味に笑ったありすちゃんは、俺の方へと向き直って下から見上げてくる。

 

 

「でも、私諦めてませんから」

「えっ?」

 

 

 予想外のありすちゃんの言葉に、俺は間抜けな声を出してしまった。そんな俺を見て小さく微笑んだありすちゃんは言葉を続ける。

 

 

「白石さんは私のこと嫌いじゃないんですよね?」

「も、もちろん」

「私をフッた理由が、私が子どもだからなんだとしたら可能性が潰えた訳じゃないですから」

「えーっと、それってどういう」

「はぁ……鈍い人ですね」

 

 

 その時、黒い雲で覆われていた薄暗い空から一瞬だけ夕焼けがはみ出した。淡いオレンジ色の光は、まるでスポットライトの様にありすちゃんが立つ場所を照らす。

 

 

「私、絶対に綺麗な大人に成長します」

「えっ? あーうん、ありすちゃんならそうなるよ絶対に」

「そんな私からの告白なら、きっと白石さんも受けてくれますよね?」

「……あっ」

 

 

 ようやく、ありすちゃんの言いたいことが分かった。

 ハッとした表情を浮かべた俺を見て、ありすちゃんは自信満々に笑った。

 

 

「大人になるまで時間はたっぷりとあります。それまでに……」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

「絶対に、私のこと好きにさせてみせますから!」

 

 

 

 

 

 その時の、頬を少しだけ赤らめ、歯を見せてニッと笑ったありすちゃんの顔は今まで見てきた中で1番綺麗な表情だった。

 

 どストレートに好意をぶつけてくるのが少しだけ照れくさくて、俺はありすちゃんから顔を逸らす。

 

 

「だから白石さん」

「な、何かな?」

「私が大人になるまで、彼女とか作らないでくださいよ?」

「えっ!? そ、それは……」

「まぁ私がわざわざ言わなくても、彼女なんてできないかもしれないですけど」

「酷い!」

 

 

「ふふっ、白石さんを好きになるのは私だけで充分です」ニコッ

「……!」

 

 

 そんなありすちゃんの言葉を聞いて胸がドクンと大きく跳ねる。

 

 い、いやいや何を照れてるんだ俺は! ていうか、素直になったありすちゃん強いな……

 

 

「もしかして今、ドキッとしましたか?」ニヤリ

「うぇっ!? そ、そんなことないけど!?」

「嘘ですね、挙動が不審です」

「い、いや……それは」

 

 

「ふふっ、これなら……思ったより簡単に白石さんを攻略できてしまうかもしれませんね」

 

 

 ……つ、強い。 一瞬で主導権を握られてしまったぞ。

 

 でも、ありすちゃんが元気になってよかった。 やっぱりああやって自信満々にしている方が彼女らしい。

 

 

「白石さん、少し屈んでください」

「え、こう?」

「ふふっ、そのままジっとしていてくださいね…?」

 

 

 ゆっくりと歩み寄ってくるありすちゃん。そして彼女は俺の肩を掴み、目を瞑って顔を近づけてくる。

 そのあまりにもスムーズで一瞬の出来事に、俺は反応することができなかった。

 

 

 そして、俺の頬に柔らかい感触が一瞬だけ伝わった。

 

 

 

「あ、ありすちゃん…!?」

「……これは、宣戦布告です」

「えっ」

 

 

 

「覚悟しておいてくださいね、白石さん」

 

 

 

 そう言って笑うありすちゃんを見て、俺も思わず笑ってしまった。

 

 覚悟しておけと言うのは、まぁそういうことなんだろう。でも、ありすちゃんはまだ12歳だ。今抱いてる気持ちが薄れて、今後の人生で俺より好きな人が現れるかもしれない。

 

 でも、そん時はそん時だ。むしろ俺は祝ってあげるべきなんだろう。 俺がその時にありすちゃんの事を好きになっていなければの話だけど……

 

 ま、まぁ今はとりあえずそんな先の話ではなく、今後どうやって覚醒ありすちゃんからのアプローチに対応していくのかが問題だ。 正直これから成長していくありすちゃんにさっきみたいな事を言われ続けたら、あっという間にオとされる気しかしない。

 

 そうなったらそうなったで別に構わないんだけど……流石にありすちゃんが子どもの内にそうなったら問題だからな。

 

 

「白石さん、早速ですが女性の好みを教えてください。髪の長さ、スタイル、服装など」

「は、ははは……」

 

 

 俺、耐えられるかな…?

 

 

 

 グイグイと来るありすちゃんから顔を逸らす様に空を見上げると、空を覆っていた雲はいつの間にか消え失せていた……

 

 

 

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