346プロの雑用バイト君 作:焼肉定食
俺が346プロでアルバイトしていたあの時から10年が経過していた。
大学進学と共に上京してきた俺も、すっかり立派なシティーボーイ……いや、ボーイって年齢でもないからシティーマンか? まぁ、何でもいいかそんなの。
大学を卒業した俺はそのまま346プロに就職……なんて事はなく、全く無関係の企業に就職して働いている。 忙しい日々を送っているが、それなりに元気にやっている。
「じゃあ俺、今日はもう帰るよ」
「えっ? 白石さんもうあがりですか? 何か予定でも……あっ! もしかして女ですか!?」
「女って……まぁ、確かに会うのは女性だけど」
「羨ましいっすね〜!」
「はいはい」
ひゅーひゅーと冷やかしてくる後輩を適当にあしらいつつ、コートを羽織って足速に職場を後にした。
今日は……大事な約束があるからな。
「いや〜、白石さんが会うっていう女の人ってどんな人かな〜?」
「私、前に白石さんが女性と歩いているところを見かけましたけど、凄く綺麗な人でしたよ」
「マジで!?」
「はい。でもなんというか、女性の方が白石さんにグイグイとアタックしてる感じでしたね。 白石さんはもうたじたじでしたよ」
「あーあー! やっぱ聞きたくない! くそ羨ましいなー!」
〜〜〜〜
会社を出て電車に乗ること数十分。目的地を目指して街を歩いていると、広告や街頭ビジョンに見知ったアイドルの子たちが映っているのが視界に入った。
俺がアルバイトしてた時に比べたら、皆かなり成長していて綺麗になったなぁ……俺、あの子と話したことありますよ。なんて言ったら驚かれるだろうか? まぁ言わないけどね。
と、そんなくだらないことを考えながら歩き続けていると、目的地である丘の上にある公園へと辿り着いた。坂道を登って行くと、その先には既に1人の女性が待っていた。
……10年前の、あの日とは逆だな。
背を向けている女性に声をかけると、女性は腰の辺りまで伸びた綺麗な黒い髪を靡かせて俺の方へと振り向き微笑んだ。
「こんばんわ、ありすちゃん」
「ちゃん付けされるような歳じゃないと前々から言ってるじゃないですか、白石さん。呼び捨てで、ありすと呼んでくれていいんですよ?」
「いや〜、それは……あはは」
少しだけ拗ねたような表情を見せたかと思えば、すぐに微笑みを浮かべ直したこの女性は、紛れもなくあの橘ありすちゃん本人だ。
あの日から10年、22歳になったありすちゃんは宣言通り綺麗な女性に成長していた。いや、もはや綺麗という言葉が陳腐になってしまう程だ。 それくらいの美人さんに育ってしまわれましたよこの子は。
目鼻立ちがくっきりとしていて、幼かった顔立ちはすっかりと大人の女性へと変貌を遂げた。
小さかった体はすくすくと成長し、今や身長は160台後半はあるらしい。あとあまりジロジロと見るのは失礼だけど、身体つきも女性らしくなった。本人はスレンダーだと気にしているようだが、参考にしている鷺沢さんや速水さんがおかしいだけだと俺は思う。
「この前の歌番組見たよ。 すごい良かった」
「ふふっ、ありがとうございます」
アイドルを数年前に引退したありすちゃんは今、昔から目指していた歌手業を本格的に取り組んでいる。アイドルの頃からの知名度が高いのもあり、世間での人気も結構高い。
「録画、もう5回くらい見返してるよ」
「嬉しいです、ありがとうございます」
俺が褒めるとありすちゃんは誇らし気に、それでいて柔らかい笑みを浮かべた。その表情にはどこか大人の余裕を感じられる。
昔だったら、ストレートに褒めたりしたら顔を赤くして「そ、そんなことないです!」とか言ってたのに……大人になったなぁ。
「何回も見返してるのなら既にお分かりかと思いますが、今回の曲はラブソングです」
「えっ? あーうん、そうだね」
「誰に向けて詞を書いたのかは……お分かりですよね?」ニヤリ
「うっ……」
あと、少し意地悪になった……
こんな感じで、ありすちゃんからの熱烈なアプローチは今も続いている。
中学生になってからありすちゃんは積極的になった。ふんすふんすと気合を入れながらアプローチを仕掛けてくる姿はまだ可愛らしかった。
少しヤバくなってきたのはありすちゃんが高校生になってからだ。高校生になってからの彼女はアプローチの仕方に変化を付けてきた。具体的に言うと、ボディータッチの様なスキンシップがかなり増えた。成長期でスクスクと成長していく彼女からのスキンシップに、ドキっとしたことが無いと言えば嘘になる。
とはいえその時既に俺は成人済、そこで手を出す訳にはいかない。『ありすちゃんは未成年、ありすちゃんは未成年』と、何回心の中で唱えて自分を律したかは覚えていない。
でも、1番ヤバかったのはアレだな。アレは確かありすちゃんが大学生になった頃、いつか遊んだメンバーで久しぶりに遊びに行きたいので、海へ行くための車を出してほしいとの事だったから快く快諾したのだが……当日やって来たのはありすちゃんだけだった。聞けば鷺沢さんや塩見さんたちもグルだったらしく、俺はまんまとハめられたらしい。
結局俺とありすちゃんは2人で海へ行くことになったのだが、水着になったありすちゃんが成長した体をグイグイと密着させてくるもんだから……もう、その、とにかくヤバかった。
アレはもう、本当にヤバかった。マジで手を出しそうになった。 いや、アレは本当にヤバかったよ……今思い出してもヤバいね(語彙力)
「どうかしましたか? 白石さん」
「へっ!? あ、あーいや何でもないよ!」
「そうですか」
そう言うとありすちゃんは微笑みを浮かべていた顔から一変、キリッとした真面目な顔つきになった。テレビの向こうでよく見る表情だ。
「それで、白石さん。今日お呼びした理由ですが……」
「うん」
「この場所、覚えていますか…?」
「あぁ……忘れる訳ないじゃないか」
この場所に来る度に思い出す。10年前のあの日のことを。
「リベンジに来ました。私の気持ち、改めて聞いてもらえますか?」
「もちろん」
「ふふっ、そうですか」
ありすちゃんは一度だけ心を落ち着かせる様に呼吸をする。そして俺の目を一心に見つめながら、頬を薄く桃色に染めて声を発した。
「好きです、白石さん。 10年前から……ずっと、ずっと大好きです」
言い終えたありすちゃんは小さく体を震わせる。俺はそんな彼女の震える手を取り、不安に揺れる大きな瞳を見つめ返す。
さてと、俺も返事をしないとな。
「ありすちゃん」
「は、はい」
「今年も、バレンタインのチョコくれたよね。ありがとう」
「……は、はい!? な、何の話を……?」
「そのお返しを、しようと思ってね」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今はそれより告白の返事を…!」
抗議をするありすちゃんを他所に、俺はカバンから青い包装紙に包まれた箱を取り出す。彼女の身につけているリボンと同じ、青色だ。
「はい、どうぞ」
「……もぅ、強引ですね」
納得していない様子ではあるが、渋々ありすちゃんは俺からのホワイトデーのお返しを手に受け取る。そしてゆっくりとリボンを解いていく。
「……これって」
箱の中身は、これでもかと敷き詰められたイチゴ味のキャンディーだ。
「ホワイトデーのお返しってさ、物によって意味があるらしいんだけど……知ってる?」
「……は、はい、……っ、もち、ろんっ……」
涙を流すありすちゃんの手を再び取り、俺は口を開く。
「ありすちゃん、俺も君のことがーーー」
公園に設置された街灯の光によって映し出される俺たち2人の影が、一つに重なった。
暗い公園の中を照らす淡い街灯の光は、細やかながら俺たち2人のことを祝福してくれている様だった。
俺たちはその後、時間の許す限りお互いの体を強く抱きしめ合い続けた……
これにて、橘ありす編終了です。