346プロの雑用バイト君 作:焼肉定食
今回の話は番外編です。
番外編は前回までの凛ちゃん編のような話とは違い、白石くんは誰とのルートにも入っていない、本作30話までのお話の延長線みたいな感じです。
海合宿に行こう! 1
「海合宿ですか?」
「はい♪」
とある夏真っ盛りのある日、俺はいつも通りバイトを終えて千川さんへと業務内容の報告をしていた時に、突然海合宿なる物の存在を聞かされた。
「予定の合うアイドルの皆さんを連れて、2泊3日で合宿を行うんです」
「合宿ですか……それはもう厳しい練習漬けな感じなんですか?」
「いえいえ、もちろんレッスンもしますけど、しっかりと自由時間も取りますよ? レッスンとリフレッシュを兼ねた合宿ですね」
「へぇ〜、なんかサークルの合宿とかみたいで楽しそうですね」
要はつまり、ドキッ☆ 水着のアイドルだらけの海合宿〜! ってことだよな。
うーん……素晴らしい。
「千川さんも行くんですか?」
「いえ、私はこっちでやることがありますから」
「そうですか……じゃあお留守番ってことですね」
「そうなりますね」
そう言って千川さんは少しだけ残念そうな表情を浮かべた。
もしかしたら千川さんも海に行きたかったのだろうか…?とか考えていたらその考えは正しかったようで、千川さんは頬に手を置いて語り始める。
「はぁ……本音を言うと、ちょっとだけ海に行きたかったんですけどねぇ」
「ははは……まぁでもしょうがないですよ」
「そうですよねぇ……いっそのこと海気分を味わうために、事務所に水着でも着て来ちゃいましょうか」
「えぇっ!?」
そ、それって…! 水着の千川さんが一日中オフィスで仕事するってことだよな…?
そ、それは……仕事に集中できるのか…?主に男性社員さんたちが。答えは否、できるわけがない。
「せ、千川さん! それはマズいですよ! そんな水着でうろちょろされたら、男性陣は集中できずに仕事の効率落ちちゃいますよ!」
「いや、冗談ですよ?」
「えっ?あ……じょ、冗談…?」
「流石に水着を着て仕事なんてする訳ないじゃないですか」
「……まぁ、そりゃあそうですよね」
何だ冗談だったのか。
……べ、別にガッカリなんてしてないけどね!?
「ガッカリしました?」
「うぇっ!?」
「どうなんです?」ジ-
「……ちょ、ちょっとだけ」
「ふふっ、白石くんは素直ですねぇ」
い、いやだって! そりゃあ……ねぇ?
千川さんの水着見たくない男とかいないよなぁ? この人普通にアイドル並に可愛いし。
「というか、もし私が水着で出勤してきても白石くんは見ることができませんよ?」
「えっ?何でですか?」
「だって白石くんも合宿に行ってきてもらうんですから」ニッコリ
「……は?」
……今何て言ったんだこの人?
俺が合宿に行く?海合宿に…? アイドルだらけの海合宿に…?俺が行く?
「えぇぇ〜〜〜っっっ!!!」
「白石くん、ちょっとボリューム下げてくださいね?」
「あっ……す、すみません。 って! そんなこと言ってる場合じゃないですよ! 何で俺がアイドルたちの合宿に行くんですか!?」
「合宿先でも白石くんのお力を借りようと思ってのことですよ? 練習器材の用意に、食事の際の配膳や片付け……それと洗濯とかやることは沢山です」
よ、要は合宿先での雑務全部やれってことか? いやまぁ確かに、その程度の雑用にわざわざ社員さんを当てがう必要なんてないけどさぁ……
「そ、そういうのって合宿所にいるスタッフさんとかがやってくれるんじゃ…?」
「今回の合宿先は場所を提供してくれているだけで、食事の用意以外はほとんどセルフサービスみたいなもんなんですよ」
「え、えぇ……」
「その分お値段はとってもお安いんですよ♪」
う、うーん……それなら確かに雑用係は必要、というか便利かもしれないけど……
「や、やっぱ無理ですよ。だって女性しかいない場所で二泊三日とか気まずいですし……」
「それなら安心してください。ちゃんと数名のプロデューサーさんもついて行くので、男性が白石くんだけなんてことは無いですから♪」
「い、いやぁ……だとしても」
「バイト代、弾みますよ?」ニヤリ
「……!」ピクッ
な、なん……だと…?
「いつもとは違う場所で、それもわざわざ遠出してもらっての業務ですから。特別手当としてバイト代が上乗せされたり……」
「くっ……!」
そ、それはちょっと……いや、かなり魅力的な話だ。
「ち、因みにどのくらい……」
「耳を貸してください」
「……」
「……」ボソボソ
「行きます!」
「ふふっ、よろしくお願いしますね♪」
こうして俺の海合宿参加が決定した。
〜〜〜〜〜
海合宿当日、俺は事前に受け取った合宿へと参加するアイドルの名簿を持って、バスの前で点呼を行なっていた。
名簿を見る限りかなりの数のアイドルたちが、この合宿に参加するようだ。
「アー、おはようございます。コウキ」
「あ、おはよう。アーニャさん」
「さん……はいりませんよ?」
「い、いや〜、あはは……」
ニッコリと笑って挨拶をしてきてくれたアーニャさんに、『最終奥義:とりあえず笑って誤魔化す』で対応する。
アーニャさんは会うたびにさん付けをやめろって言ってくれるんだけど、アーニャって呼ぶ勇気が俺にはまだないんだよね。
「アーニャちゃん。白石くん、おはよう」
「ミナミィ! おはようございます」
「おはようございます!新田先輩!」
「えっ……? ちょ、ちょっと白石くん?」
「ミナミはコウキのセンパイですか?」
「そ、そうだけど……そんな先輩なんて……」
急に先輩呼びされた新田先輩は困ったように苦笑いを浮かべている。
でも俺と同じ大学で一個上なんだから、それは紛うことなき俺の先輩ってことだよな?だから新田先輩呼びが正しいと思ったんだけど……
「別に先輩じゃなくても、普通にさん付けとかでいいんだよ?」
「いやでも……やっぱり先輩にはちゃんとした敬意を払わないといけませんし」
「アー、ミナミはコウキのセンパイで、コウキはミナミの……コウハイですか?」
「うん、そうだよ。アーニャさん」
「じゃあ……コウキはミナミの言うことは全て聞くということですか…?」
「あ、アーニャちゃん!?」
「……そうだよ?」
「えっ! し、白石くん!?」
アーニャさんが唐突に何やら訳のわからないことを言い始めたけど、面白そうだから少しだけ乗ってみることにする。
「ちょ、ちょっとアーニャちゃん何を……!」
「アー、コウハイはセンパイには逆らえないってよく聞きますね…? だからコウキもミナミには逆らえませんね…?」
「……その通りだよ。アーニャさん」
「こ、こら白石くん! アーニャちゃんに変なこと吹き込んじゃダメ! アーニャちゃん純粋で教えられたこと何でも信じちゃうんだから…!」
え、何それ可愛い。めっちゃ純粋じゃん。
「ミナミに……お金を貸してくれって言われたら……貸しますか!?」
「貸すよ。先輩だからね」
「白石くん!」
「じゃ、じゃあ……!ミナミにヤキソバパンを買ってこいって……命令されたら!?」
「ダッシュで買ってくるよ。先輩だからね」
「ちょ、ちょっと! アーニャちゃんこれ嘘だからね!」
「じゃあこの場で脱げって言われたら?」
「脱ぐよ。先輩だからね」
「へ〜? じゃあ私の足を舐めなさい!とか言われたら?」
「舐めるよ。先輩だから……って」
ん?途中から何か変な話になってるような……ていうか明らかにアーニャさんの声じゃないような……
「ひゃ〜、すごいね白石くん。まさに忠実なる僕ってやつだ」
「し、塩見さん!?」
「や〜、何か面白そうな話してたからつい」
いつの間にか俺の横にはニヤニヤと楽しそうに笑う塩見さんがいた。
「いや〜すごいね白石くん。先輩の命令なら何でも聞いちゃうんだ」
「い、いや今のはちょっとした悪ノリで……」
「でも流石に足を舐めるのはちょっとどうかと思うな〜? 特殊すぎない?」
「うん、まぁ……流石に足を舐めるってのは言い過ぎたかもしれない。でも世の中にはそれが好きだって言う人がいるもんだよ」
「へ〜……世の中は広いねぇ」
「その通りだね」
「まぁでも……確かに美波ちゃんの足なら舐めたいって人くらいいてもおかしくないかぁ」
「そうだね……」
「ちょっと2人とも?」
「「ん?あっ……」」
少しだけ低い声で呼ばれたので、俺と塩見さんがそっちの方へと顔を向けると……
「そろそろいい加減にしよっか……ね?」ゴゴゴゴゴゴ
ニコニコと爽やかに笑いながらも、背中から目に見えるほどの怒気を放っている新田先輩の姿があった。
「ミナミィ?どうして耳を塞ぐんですか…?」
「アーニャちゃんは聞かなくていいようなお話だからだよ?」ニコニコ
「……? 聞こえないです……」
新田先輩はアーニャさんの後ろに回り込んで耳に手を当てている。
や、やばい……めっちゃ笑ってるのに……なんかすごい怖いぞ。
「ちょ、ちょっと白石くん……早く謝ってきなよ?」
「お、俺っ!?」
「だって白石くんが変な悪ノリしたからこうなってるんでしょ…?」
「そ、それはまぁ……確かにそうだけど。でも塩見さんが途中から変な流れにしたから……」
「あ、あたしは後から来て便乗しただけだし」
「じゃ、じゃあ2人で謝れば…!」
「何をコソコソと話しているの?」ニコニコ
「「ひっ……」」
こ、怖っ…! 新田先輩怖いよ! 女神の見てはいけない一面を見ているような気がするよ!
ていうかこの笑顔の圧力どっかで経験したような……あっ、笑顔の時の千川さんの圧力に似てるような……
「とりあえず2人は後でお説教をしないといけないね?」ニコッ
「い、いや〜……美波ちゃん。怒るなら白石くんだけにしといてくれないかな〜って」
「ちょ、塩見さんそれは酷いって!」
「大丈夫よ、白石くん。ちゃんと2人ともお説教するからね?」ニコニコ
……それは大丈夫って言うんですかね…?
「じゃあ……今夜覚悟しておいてね♪ 行こっかアーニャちゃん」
「ミナミィ〜、手を離してください〜」
そうして新田先輩は、俺たちに死刑宣告を言い残してバスの中へと乗車していった。
「……白石くん」
「……なに?」
「今夜覚悟しておいてね……ってここだけ見たらちょっとドキッとするセリフだね」
「別の意味でドッキドキだけどね……」
「あははっ、上手いこと言うね〜。……今夜どこに逃げようかな」
「逃げたらそれこそ何をされるか……」
「「はぁ……」」
俺と塩見さんは深い深いため息を吐いた。
悪ノリ……良くない。反省しよう……
〜〜〜〜
その後全員が揃ったことを確認してバスが数台出発した。
合宿所までは高速道路を使っても車で4時間以上かかるとのことなので、途中でサービスエリアとかに寄ったりして休憩を取るらしい。
あ、ちなみに俺はみんなと同じバスじゃなくて、会社から借りた車を運転して1人寂しく合宿所まで向かっている。
乗っている人間は俺1人だけど、後ろの座席なんかにはこんもりと荷物が積められている。
「……お、休憩か?」
ちょうど良かった……何かトイレに行きたくなってきたとこだったんだよね。流石に漏らしたりしたら洒落にならないし。
俺の前を走るバスがサービスエリアに入っていくのを確認して、俺も同じサービスエリアの中に入っていく。
〜〜〜〜〜
「ふぅ〜……スッキリした」
トイレを済ませて駐車場に戻ると、アイドルの子たちは俺と同じようにトイレを済ませたり、サービスエリアの中にあるお店を見て回ったりしていた。
こういうとこにあるお店って地域限定のポテチとかあって面白いよね。俺そういうの見るとついつい欲しくなっちゃうんだよなぁ……
「あ! 白石さんだ〜! やっほ〜」
「おはようございます」
「あ、おはよう。法子ちゃんに水本さん」
体をほぐす目的で軽いストレッチをしていると、元気に手をブンブンと振る法子ちゃんと上品に微笑む水本さんが声をかけてくれた。
「白石さん……腰が痛いんですか?」
「え?あぁ……別に痛い訳じゃないけど、ちょっとした運動をね。体が凝っちゃうからさ」
その証拠に、話しながらも腰を少し動かすとバキバキ音が鳴ってる気がする。
「わかる〜! あたしもずっと座りっぱなしでお尻痛くなっちゃってさ〜!……ってあれ?
白石さんってあたしたちのバスにはいなかったけど、どのバスに乗ってるの?」
「ん? いや俺は1人で車を運転してるからバスには乗ってないよ」
「え〜っ!? そうだったの〜!? 1人で寂しくない?」
「うーん……まぁ寂しくない訳でもないけど、別に1人でも全然平気だよ」
人が大勢いる方が楽しい場面もあるけど、それとは別に1人の時間も大切だよね。だから俺は別に1人が苦になるタイプではない。
「お一人での運転ですし……疲れていませんか?」
「うん。こうやって休憩を取れば全然平気だよ」
「でもやっぱり1人じゃ寂しいよね〜? あ、そうだ! あたしとゆかりちゃんが白石さんの車に乗って一緒に行くってのはどう?」
「嬉しい提案だけど俺の車は荷物がパンパンだからさ、2人が乗るスペースは無いかな?」
俺以外にもう1人だけなら何とか乗ることが出来るかもしれないけど、流石に2人を乗せていくのは無理だな。
でもこの2人が真剣に俺のことを案じてくれてるのはすごい伝わるし、その事実がめちゃくちゃ嬉しい。それだけで元気出るよ。
「そんなに荷物が多いんですか?」
「まぁね。合宿で使うんだろう道具がたくさんあるよ」
「それなら私と法子ちゃんが乗るのは難しいですね……」
「うん。あ、でも水本さんが俺の膝の上にでも座れば何とか2人とも乗れるかも。 なんて、流石に冗談だけどね。あはは」
「ですがそれだと邪魔になって、白石さんの運転に支障をきたしてしまうかもしれません……」
「えっ、ツッコむトコそこなの?」
「ゆかりちゃんってば天然さんだからね〜」
「……?」
声を出して笑う法子ちゃんを見て、水本さんは何故笑われているのかわからないといった様子で首をかしげている。
水本さんマジの天然なのか……言葉遣いも丁寧でしっかりしたお嬢様っぽいのに、実は天然ですとかめちゃくちゃ可愛いな。
「じゃあ、あたしたちはそろそろ行くね?」
「白石さん。くれぐれもご運転にはお気をつけください」
「うんうん! じゃ、また後でね〜!」
「失礼します」
「うん。ありがとう2人とも」
俺たちは簡単な挨拶を終えると、法子ちゃんは再び手をブンブンと振りながら……そして水本さんは深く綺麗なお辞儀をしてバスの方へと戻っていった。
そして数分後、2人を乗せたバスとそのほかのバスも動き始めた。
「よしっ! じゃあ俺も行きますかね」
バスがサービスエリアから出ていくのを確認して、俺も出発しようと車のドアを開けた。
「サイキック〜! ギリギリセーフ!」
「ん?」
車に乗ろうとしたその瞬間、俺は遠くの方から聞き覚えのある元気そうな声が近づいてくるのを感じた。
「おや? 私の乗っていたバスが見当たりませんね……広い駐車場はこれだから困ります!」
「……何してんの?ユッコ」
「ん? あ、白石さんじゃないですか!
おはようございます!」
「おはよう。それで……今何をしてるの?」
「休憩を終えたのでバスに乗ろうとしてるんですけど、バスが見当たらなくって……」
「いや、バスならもう行っちゃったけど…?」
「…………えぇっ!?」
俺の言葉に対してユッコは、目をひん剥いて驚愕の声を上げた。
な、なんでまだここにいるんだ……?
海合宿の話は何話か続きます。