346プロの雑用バイト君   作:焼肉定食

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海合宿へ行こう! 3

 

 

 綺麗な女性に叱られると嬉しいとかご褒美ですとか言われることがあるけど、実際はそんなことはなく普通に辛いし悲しくなるだけだ。

 

 まぁ確かに「めっ!」とかされるくらいなら嬉しいもんだったりするかもしれないけど、少なくとも今目の前で怒気を放っている女神様は「めっ!」とか言う雰囲気ではない。

 

 

「ふふっ、2人ともそんなに畏まってどうしちゃったの?」ゴゴゴゴ

 

「「ヒェッ……」」ブルブル

 

 

 ニコニコと綺麗なお顔で笑う新田先輩の目の前で、俺と塩見さんは正座をして顔を下に向けながらガクガクと震えている。

 

 さっきから冷や汗が止まらない……どうやらそれは隣の塩見さんも同じようだ。

 

 

 

「白石くん、こうなったらあたしたちに出来ることはもう一つしかないよ……」ボソボソ

「何をするの…?」ボソボソ

 

 

「土下座しよう」キリッ

「うっ…! ど、土下座か……」

 

 

 塩見さんがキメ顔で情けない提案をする。いやでも確かにこの新田先輩の怒りを鎮めるにはもう土下座しかない気がするのは事実だ。

 

 

「じゃあ……3.2.1でいくよ……」

「う、うん」

「3……2……1……」

 

 

「「すみませんでしたぁぁぁぁ!!」」

 

 

 俺と塩見さんは大きな声で謝罪をしながら、手のひらと額を地に付ける完璧なフォームの土下座を披露した。

 

 

「………」

「………」

 

 

「………はぁ、2人とも顔を上げて?」

 

 

 新田先輩は小さく息を吐くと、俺と塩見さんに声をかける。

 

 

「もういいよ。本当のことを言うとそこまで怒ってもないから」

「「えっ?」」

 

 

 お、怒ってなかったの…?アレで……?

 

 

「ちょっとお灸を据えようと思って、怒った演技をしてみただけだから。でも2人ともちゃんと反省したみたいだし、もういいかなって……ふふっ♪」

 

 

「う、嘘やん……絶対怒ってたよ……」

「あれが演技って信じられない……だって何かオーラ出てたよ。怒りのオーラが」

 

 

「何か言った?」ニコッ

 

 

「「な、何でもないです!!」」ビクッ

 

 

 ……やっぱり本当は怒ってないですかね…?

 

 で、でもまぁ……とりあえず俺と塩見さんはこれで許されたってことになるのかな…?

 

 

 

 

「じゃあ、あたしはもう部屋帰っていい?

白石くんの部屋おったら何か襲われそうやし」

「俺を獣みたいに言わないでくれ」

 

「待って周子ちゃん。実は2人には頼みたいことがあるの」

「え、なになに?」

「これなんだけど」

 

 

 新田先輩の呼びかけに塩見さんはピタリと動きを止めて首を傾げる。すると新田先輩は何処から取り出したのか分からないがトランプを俺たちの前に置いた。

 

 

「トランプ?」

「うん!」

「あたしと白石くんと美波ちゃんで、トランプをしようってこと?」

「そういうことよ!」

 

 

 どういうことだろう? トランプを一緒にしてくれってことが俺たちに頼みたいことなのかな…? それなら全然構わないんだけど……

 

 

 

「実は同じ部屋の皆が何故かトランプは勘弁してくれって言い出してね?」

「へぇ〜……何でだろね?」

「それが私も分からないの……それでね? 今の話には関係ないけど私ってトランプやるとすぐ負けちゃうの。だから2人に練習相手になってもらおうかなって……」

 

 

 新田先輩は不安そうな目をしてチラリと俺たちの顔を覗いている。そこに先ほどまでの怒気を感じない。

 

 俺と塩見さんは顔を見合わせて軽く微笑み合う。どうやら答えは同じのようだ。

 

 

 

「別にいいよ〜」

「俺でいいなら全然大丈夫ですよ」

 

「本当!? ありがとう2人とも!」

 

 

 新田先輩がキラキラと目を輝かせる。そんなにトランプやりたかったんだろうか……?

 

 

「じゃ、じゃあババ抜きでいいかな!」

「ええよええよ〜」

「はい」

 

 

 新田先輩はケースからトランプを取り出すと、軽くカードを切って俺たち3人の前に配布する。

 

 

「それにしても美波ちゃんから頼み事って言われて何かと思えば、まさかトランプを一緒にやろうだなんてね〜ん」

「俺も予想外でした。新田先輩はトランプ好きなんですか?」

「ふふっ、結構好きだよ? トランプに限らずこういう勝負事が好きなの。だから少しでも上手くなりたくて」

「でもババ抜きに上手い下手ってあるかな?」

「ほぼほぼ運だよね」

 

 

 まぁ多少のポーカーフェイスとかが展開を左右するかもしれないけど大体は運ゲーだよな。

 

 そんなことを考えていると新田先輩がカードを配り終える。俺たちはそれぞれの前に置かれたソレを手に取り三角形の形に座った。

 

 

「じゃあジャンケンで勝った人から時計周りでいいよね〜?」

「うん、それでいいと思うよ」

「ふふっ、何だか興奮してきちゃった♪」

 

 

 そんな訳で俺たち3人だけのババ抜きが開始された。

 

 

 まぁもう時間も遅いしそんなには長引かないだろう……と、俺はその時まで思っていた。

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 

「………っ」ゴクリ

「……こ、こっちですかね……」ヒョイッ

 

 

 

 俺が新田先輩の手札からカードを引く様子を、新田先輩と既に1位で抜けた塩見さんは固唾を飲んで見守っている。

 

 この瞬間、部屋の中にはおよそトランプをしているだけではあり得ないような緊張感が張り詰めていた。

 

 

 

「……あ、揃った」

「ま、また負けちゃった…! くやしいっ…!」

「……これで美波ちゃん10連続最下位だね」

 

 

 俺が揃ったカードを捨ててゲームは終了する。これで10試合中、塩見さんが1位の回が7回で俺が1位の回が3回という結果になった。

 

 そして新田先輩は10回やって10回全て最下位……いや、3位という結果に終わっている。

 

 

 

「く、くやしいっ…! どうしていつも勝てないの!」

「ま、まぁ運としか言いようがないですよ。こればっかりは」

「で、でも! 私これまでトランプで勝ったことほとんど無いんだよ!?」

「えぇ……」

 

 

 こらこら塩見さん。そんな露骨に引いた顔をするんじゃないよ。

 

 

 ……でも確かに妙だな。何で新田先輩はここまでトランプに弱いんだろう。

 

 別に物凄い顔に出たりしている訳でもないんだよな……

 そりゃ確かに先輩はポーカーフェイスでは無いし、多少人よりゲーム中に表情に出やすい感じではあるけど、だからといってここまで負ける要因になるほどではない。

 

 ただそれでも……何故か新田先輩が勝つことはない。いや、本当に何でだ?

 

 

 

「2人から見て私何か悪いところある!?」

「いや……別に」

「はい、遠慮してるとかじゃなくて本当に無いですよ」

「でも何故か美波ちゃんが負けるんだよね。

あたしも何故か美波ちゃんに負ける気がしないし……」

「うぅ…っ!」

 

 

 新田先輩はトランプに負ける呪いにかかってるのかな。

 

 

 

「も、もう一回! もう一回やりましょ!」

「でも美波ちゃん、もう11時だよ?」

「お願い! 一回だけ! 私が一回勝ったら終わりでいいから!」

「まぁそれなら……白石くんもいい? 部屋に居座っちゃってるけど」

「あ、うん。俺は全然構わないけど」

 

 

 まぁ……流石にそろそろ勝つだろ…?

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「ま、また負けたっ…! 何で勝てないの!?」

「……これで美波ちゃんの」

「……25連敗です」

 

 

 

 いや、何で? 本当に何で? 何でこんなに勝てないんだこの人……?

 

 おかしいよ。流石におかしい。25回もやって25回最下位とか本気でおかしいぞ。

 

 しつこいようだけど新田先輩はそこまで顔に出ている訳でもない。だから俺と塩見さんは何も考えず適当にカードを引いていくんだけど、何故か最終的には新田先輩が負けるという未来が待っている。

 

 

 

「も、もう一回! このままじゃ終われないっ…!」

「み、美波ちゃん……流石にそろそろ……もう日付跨いじゃってるしさ」

「そうですよ……ほら、明日も午後からレッスンありますよね」

「うっ……そ、それはそうだけどっ…!

お願い!もう一回だけ! 次こそは勝てる気がするの…!」

 

 

 俺と塩見さんは顔を見合わせる。塩見さんの目はしょぼしょぼとしていて明らかに眠そうだ。多分俺の目もそんな感じになっている。

 

 今元気なのは目の前で意気込みながらカードを切っている新田先輩だけだ。

 

 

「し、白石くん……どうしよ」

「俺たちにできるのは、次こそ新田先輩が勝ってくれるようにと祈ることだけだよ……」

 

 

 めちゃくちゃ顔に出る! とかいうタイプならわざと負けてあげることも可能だ。たださっき言った通り先輩はそこまで顔に出ている訳でもないので、負けようと思ってわざと負けることも難しい。

 そして究極の負けず嫌いである新田先輩は、勝つまでトランプを止めるつもりはないのだろう。

 

 

 まさに地獄のエンドレストランプだ。

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 AM 1:15

 

 

「ま、また負けたっ…! 何でなのっ!?」

「新田先輩……さ、流石にそろそろ」

「もう一回だけ!もう一回だけやりましょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 AM 2:30

 

 

「お願い!最後のもう一回! 最後だから!」

 

「アカン……白石くん、あたしもう……」

「ちょ! 塩見さん俺を1人にしないでよ!」

「ほんまにごめん……あとは……よろしく……」

 

 

 バタッ

 

 

「え?周子ちゃん寝ちゃったの?」

「は、はい……だからそろそろお開きに……」

「じゃあここからは一対一だね!」ニコッ

「ヒェッ…」

 

 

 

 

 

 

 

 AM 4:30

 

 

「………か、勝った……勝ったよ!」

「……はい、先輩の……勝ち……です」

「やった! うふふっ、やっぱり勝つと嬉しいね!」

 

 

 

 一体俺たちは何回ババ抜きをしたんだろう。もう途中からほとんど記憶がない。何なら自分が今負けたのか勝ったのかもよく分からないけど、目の前の新田先輩の喜びようからして俺が負けて向こうが勝ったんだろう……

 

 

「ふぅ……あ、もうこんな時間! ちょっと熱中しすぎちゃったみたいね」

「ちょ、ちょっと……ですか。はははっ……」

「付き合ってくれてありがとうね、白石くん。じゃあ私はそろそろ部屋に戻ろうかな」

 

 

 そう言うと先輩は、既に爆睡している塩見さんの半肩を担いで立ち上がる。

 

 

「今日は本当にありがとうね? 白石くんと周子ちゃんのお陰でちょっとだけトランプが上達した気がするよ!」

「……そ、そうっスか……」

 

 

 先輩多分それ勘違いです……とは流石に言えなかった。

 

 

 

「じゃあまた今度一緒にトランプしようね! おやすみなさい〜」

「お、おやすみなさい……ん?」

 

 

 先輩はニッコリ笑って部屋から出ていった。

 

 今なんか最後に不穏な言葉が聞こえたような……また今度一緒にとか何とか……うん、気のせいってことにしておこう。

 

 

 

「……だ、ダメだ……俺もう……限界……」

 

 

 先輩と塩見さんが部屋から出て行った瞬間、ギリギリのところで保っていた意識がゆっくりと途絶え始める。

 

 そういえば先輩最初に部屋の皆にトランプするの断られたとか言ってたな。今になってようやく、何で先輩と同室の人が断ったのかがわかったぞ……

 

 俺ももう先輩と夜通しトランプ地獄は御免だ。

 

 

「あっ……もう……ダメ……だ」

 

 

 バタッ

 

 

 俺は気絶するように目を閉じて布団の上に倒れた。

 明日は午前が自由時間で午後からまた仕事だけど、午前中は全部睡眠時間になりそうだ……

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 

 時刻は夕方の5時、予想通り午前中の自由時間を全て睡眠に費やした俺は、管理人の山田さんと一緒に夕食の用意をしていた。

 

 因みに新田先輩は今日の自由時間、ビーチで他のアイドルと一緒になってビーチバレーを楽しんでいたらしい……と、俺と同じで午前中はずっと寝ていた塩見さんから聞いた。

 

 どんな体力をしているんだよあの人……

 

 

 

「よっしゃ! じゃあこれで仕込みも終わりだね。後はお腹空かせた皆が来るのを待つだけだよ!」

「お疲れ様です、山田さん」

「白石くんもお疲れさん! ほら、お茶でも飲もうか!」

 

 

 夕食の仕込みが完了したので、俺と山田さんは休憩がてらお茶を飲んで雑談を交わす。

 

 

「白石くんは今日の午前中何をしてたんだい?」

「俺はずっと寝てました」

「こらこら、若いモンがそんなんでどうするんだい」

「あはは……昨日はちょっと色々ありまして、疲れてたもんですから」

 

 

 正直今でもまだ少し眠いくらいだ。

 

 

 

「ふぅ……」

「本当に疲れてそうだねぇ……あ、そうだ! なら東京帰る前にちょっとリフレッシュしていきなよ!」

「え? リフレッシュですか?」

 

 

 リフレッシュって何だろう。マッサージチェアとかかな?

 

 

 

「この近くにすっごく綺麗な日の出が見れる丘の上の公園があるんだよ」

「へぇ〜」

「地元民しか知らない通なスポットでねぇ、ウチの宿舎を利用した人が偶に見に行ったりしてるんだよ」

「なるほど」

「どうだい白石くん、明日帰る前にちょっと見てきたら? 見て損はしないよ」

 

 

 山田さんは自信満々と言った様子でニコニコと笑っている。そこまで言うんだから綺麗な景色なんだろうなと内心期待してしまう。

 

 

「後で宿舎のスペアキー貸したげるからさ、行っておいで」

「えぇっ!? そんなの俺が借りちゃっていいんですか……?」

「いいのいいの! プロデューサーさんたちにも貸してるし、白石くんは悪さとかしなさそうだしね!」

 

 

 山田さんはバシバシと俺の背中を叩いて笑う。ここまで言ってくれているんだから、いらないと突っぱねるのは失礼だろう。

 

 ここは素直にご厚意に甘えることにしよう。

 

 

 

「じゃあ……行ってみます」

「よし! じゃあ後でスペアキーを渡すついでに地図も渡すからね」

「ありがとうございます」

「うんうん! 朝方の4時前くらいに出れば多分間に合うからさ、誰にも見つからないようにそーっと行くんだよ?」

「わ、わかりました!」

 

 

 誰にも見つからないようにまだ空が暗い内に抜け出すのか……何か漫画とかゲームの脱出シーンみたいでドキドキワクワクしてきたな。

 

 

 

「っと、話してたらいい時間だね。じゃあ配膳しちゃおうか!」

「はい!」

 

 

 先の楽しみが出来たのはいいけど、とりあえず今は目の前の仕事に力を入れよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

「……そろそろかな」

 

 

 宿舎にいる人全員が寝静まった頃、暗い部屋の中でスマホの時間を確認すると丁度いい時間だった。

 

 山田さんから借りた鍵と地図を握りしめて、俺は浴衣から私服に着替える。

 

 

 やばい……何かドキドキしてきたな。

 

 

 ゆっくりと自分の部屋の扉を開けて廊下に出る。誰もいないことを確認して、今度はゆっくりと部屋の扉を閉めた。

 そして物音一つ立てないように抜き足忍び足で廊下を進んでいくと、あっという間に宿舎の玄関が視界に入ってきた。

 

 よしよし、もしかして俺は隠密行動の才能があるのかもしれない……このままササっと宿舎から出てしまおう。

 

 最後の最後まで気を抜かず慎重に歩みを進める。そしてとうとう宿舎の玄関のドアノブに手をかけたその瞬間……

 

 

 

 

 

「あら、こんな時間に何処へ行くのかしら?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 突然声がして体が大きく跳ねる。全身から冷や汗を垂らしながら機械のようにゆっくりと後ろを振り向くと……

 

 

 

 

「は、速水……さん……」

 

 

 

 そこでは浴衣姿の速水さんが、俺の姿をしっかりと視界に捉えて小さく笑っていた。

 

 

 

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