香霖堂と私   作:ノノクジラ

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今回はお正月(2015)の話。


<第三話> 数字の意味と私

 しんしんと雪が舞い落ちる。まだ朝は始まったばかりだというのに、魔法の森には粉雪が降り続いていた。

 

 幻想郷もついに新年を迎えたが、未だに毎日が雪模様。香霖堂で働いている私にとっては雪かきをする事が日課になっていた。しかし、今日の雪なら外に出る必要は無いだろう。雪かきが無いのは良い事だ。暇を持て余した外の妖精達に悪戯されないで済むのだから。

 

 店の主、森近さんは寝室でまだ眠っている。遅くまで彼が日記を書いていたのが原因だ。店主が休んでいる間に店の準備をしておくのも従業員の役目。さて、彼が起きる前に部屋を暖め、食事の準備をしておこうか。外套を室内で羽織り、異国情緒溢れる店内を歩きまわる。店の準備をするために私が触れた物体は、店内に置かれたとある暖房器具だった。

 

 石油ストーブ。貴重な化石燃料を使ったこの機械は森近さんが拾ってきたものだ。珍しく壊れていなかったために非売品となり、今日まで冬の寒さをものともせずに香霖堂を暖め続けている。人里の暖房がいまだに薪ストーブである事を考えると、ここが今の幻想郷で最も暖かい場所なのかもしれない。

 

 寒さで震える指がストーブに触れ、静かな店内に機械の点火音が鳴り響く。

 

 森近さんが起きてきたのは少し経った後。部屋がほんのりと温まった頃の事だった。

 

 

 ――カラン、カラ、カララ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 昼過ぎ。相も変わらず外は寒いが店内は暖かい。そんな中、私が不思議な事に遭遇したのは森近さんの代わりに店番をしていた時だった。店の扉から聞こえたのは鈴が大きく鳴る音。どうやら、誰かがやってきたようだ。そう、そのはずなのだ。

 

「あれ、誰もいない?」

 

 しかし、入り口には雪が少し吹き込んできただけ。偶然扉が開いたにして音が大きかったが……。目を皿のようにして上下左右に見回したが、残念ながら私の目は誰の姿も捉える事ができなかった。お客様は神様というが、見えない神様の相手はどうするのだろうか。倉庫整理をしている森近さんに後で聞いてみよう。

 

「とりあえず、外を覗いてみますか」

 

 もしかしたら扉の外にいるのかもしれない。そう考え、私はゆっくりと扉の前へと歩み出した。一歩、二歩と近づき、ドアノブに手を伸ばそうとした瞬間。

 

 ポフッとした音。あたっ、と聞こえた幼い声。柔らかな感触を感じながら、私は何かにぶつかった。

 

 これは、もしかして。確信を持った私は周囲に手を伸ばしてみる。闇雲に伸ばした手は誰かを掴み、小さな姿の彼女達はついに姿を現した。

 

 見た目は子供。透き通るような綺麗な羽に謎の素材で出来た服。幻想郷に住む妖精の姿だ。目の前にいる赤色の太陽の光・青色の星の光・黄色の月の光の三妖精は、たまに店へ拾い物を持ってくる見慣れたお客達だった。

 

「やはり貴女達の仕業ですか。妖精さん」

 

 幻想郷に住む妖精の特徴とは、忘れっぽい・悪戯好き・不死身の三拍子である。彼らは自然の具現なので何度でも蘇り、そのせいなのか楽天的で一人で行動する者ばかりだ。けれど、彼女達は例外。彼女らは珍しく『人間ごっこ』として、三人一緒に活動しているのだ。ただ、『人間ごっこ』で三妖精が寝食を共にしている様子は、むしろ家族のようだと私は思う。

 

「あー、もう。どうしてバレたのかなぁ? 姿も音も消えたはずだったのに」

 

 赤いリボンをつけた妖精は見つかった事にご不満のようだ。唇を尖らせている彼女の名はサニーミルク。姿を消す能力を持つ妖精である。一方、サニーを窘めている青い服の妖精はスターサファイアという。

 

「まぁ、こんな時もあるわよサニー。ただ、扉の鈴が鳴ったのはダメだったわね。ねぇ、ルナ?」

 

 スターサファイアが振り向いた先には視線が泳いでいる月の光の妖精、ルナチャイルドがいた。スターサファイアが生き物の位置を知る能力を持っているのに対し、ルナチャイルドは音を消し去る能力を持つ。そのルナは視線に気づき、能力が使えなかった事の弁明を始めた。

 

「いや、だって…………その。まさか、扉をいきなり開けるなんて思わないもの」

 

「甘いわよルナ。これからの時代はジョーザイセンジョーよ。すぐに能力を使えたサニーを見習いなさい」

 

 ビシッと指を指されたサニーは、当店の傘型仕込み銃を眺めている最中だった。彼女は呼ばれた事に気付き、誤魔化すように質問する。

 

「え? うーん、ところでルナの言った錠剤洗浄って何だったかな?」

 

 尋ねるサニーの声を聞き、スターは「まだまだね」と皮肉げに笑って話を続けた。

 

「錠剤型の洗剤で洗うのよ。手軽に洗剤を用意できて、服が綺麗にシャッキリポンって事だと思うわ」

 

「なるほどねぇ。……ところで、私達は何をしに此処に来たんだっけ? 悪戯?」

 

 妖精らしくすっかり来た目的を忘れたようで、サニーは首を傾げながら二人に尋ねた。

 

「たしか体を温めに来たんじゃなかったかしら。凍死するのも面倒だから、あっちこっちで温まらないと。でしょうルナ?」

 

「いや、二人とも全く違うわよ。この拾い物を見せようって話を一緒にしたじゃない」

 

 自信満々にルナに語りかけるスター。しかし、ルナは二人を見て呆れたように溜め息を吐き、彼女が手に持っていた白い紙を見せた。

 

「あれ?そうだったかな?」「あら?そうだったかしら?」

 

「そうよ。まったくもう……。そういう訳で、この謎の白い紙の正体を教えて欲しいのよ」

 

 ルナは諦めたのか、やりとりを眺めていた私を見上げて用件を伝えてきた。外から紛れ込んできた物を鑑定して欲しいと。さて、今回は何を見つけてきたのだろうか。

 

 背伸びをした彼女から紙を渡してもらい、丁重に布で包んで調べてみる。鑑定が待ちきれないのか、そわそわと落ち着かない様子でルナは私の手元を見ていた。できれば、ルナの後ろで彼女達が店内を走り回っているのを止めてもらえないだろうか。そんな事をこっそりと願いながら私は紙をじっくりと眺め、勿体ぶるように鑑定結果を伝えた。

 

「ふむふむ。紙の形は長方形で、手触りはさらさら。片面には文字が長々と書いてあって、もう片面には羊の絵が描かれている。さてさて。これはたぶん、年賀状ですね」

 

 年賀状である。間違いなく紛うことなく年賀状だった。実は彼女から受け取った時点で気づいていたため、今のやりとりに意味が無いのは秘密だ。

 

「へー、年賀状なのね。って、その年賀状ってのは何なのよ?」

 

「これはね。外の世界で年始の挨拶を伝える紙で、あれ? 後ろの二人がいない」

 

 私の声を聞いたルナは小さな体でクルッと後ろを振り向いた。鈴鳴りと共に二人が消え去って扉が閉まる。さよならと言って、彼女達は立ち去っていった。目の前の妖精を残して。

 

「あぁ、もう。飽きて帰ったんじゃないかしら。いつも通りの事よ。私が最後なのは」

 

「ふうん、それじゃ君にだけ説明するとしよう」

 

 いないならしょうがない。諦めて彼女だけに年賀状を説明する事に決めた矢先、口をぽっかりと開けたルナが私の横を指さした。どうしたのだろうかと指先を辿って見ると、そこに彼はいた。半人半妖の店主。香霖堂の主。森近さんが、いつの間にか道具片手に佇んでいたのだった。

 

「僕を忘れてもらっては困るな。僕にも名無しの話を聞かせてもらおうか」

 

「ずいぶん早いですね。仕事はもう終わったのですか?」

 

「まだだけど、ちょっとばかり休むのもありだろう。そこの妖精もこっちに来て座るといい」

 

 森近さんが奥の椅子へ歩き出し、私達を手招きする。妖精を招く光景を見るのは奇妙な気分だ。人間の里だったら妖精から悪戯される前に追い払うのが普通だが、ここでは妖精が客として訪れているのだから。もちろん、その奇妙な部分が香霖堂の良い所でもある。

 

 私とルナが椅子に座った後、森近さんはお茶を淹れに立ち去った。その間に私もお菓子の準備を整える。子供っぽいからクッキーでもあげたら喜ぶかな。数分後。お菓子を嬉しそうに頬張るルナの姿で和みながら、私は年賀状の説明を続けた。

 

「まず年賀状についてですが、妖精さんは知らないとして、森近さんはどこまで知っています?」

 

「ある程度なら知っているよ。新年を祝って旧知の仲に送る紙だったと思うが」

 

「その認識で合っています。片面に送り主と宛先の情報を書き、もう片方に新年を祝う言葉や干支の絵などを書いて挨拶とするのが慣例ですね。幻想郷には無いのでしょうか?」

 

「僕の知る限りでは無いね。挨拶に使うには紙は高価すぎる。幻想郷で紙の価値が下がったのはここ数年の事で、外の世界から多くの紙が迷いこんできたからだ。そうでもなければ、僕が幻想郷の歴史を記した日記を書く事も無かっただろう。それに」

 

 そこで森近さんは区切った。続きが気になった私とルナが催促すると森近さんは咳払いをし、「推測や真偽不明な所も混じるが」と前置きをしてから話を続けた。

 

「干支は間違った考え方だから広まる事は無いだろう。12種類の動物を1年に当てはめて12年で世界が1周するとなっているが、それは間違いだ。世界が生まれ変わるのは12年周期ではなく60年周期。つまり、世界には60種類の1年が存在しているんだ。そして、その周期を構成する要素として三精・四季・五行がある。3つの要素を組み合わせると、3×4×5=60通りになるわけだ。けど、これらの要素を足すと3+4+5=12通りになるわけだから、外の世界の人間も世界の生まれ変わりを惜しい所で勘違いしたんだろう」

 

「四季は春・夏・秋・冬、五行は木・火・土・金・水でしょうけど、三精は何ですか?」

 

「三精については妖精が詳しいはずだ」

 

 森近さんはそう言って、ルナを指さした。ルナは少し考え込み、思いだしたのかポンッと手を叩いた。

 

「三精はお日様・お星様・お月様よ。私とスターとサニーはその三精の妖精なの」

 

「となると、春告精の場合は四季の妖精に分類されるのでしょうか?」

 

「それはわからないわ。他の妖精が何の妖精なのかは誰も、もしかしたら本人さえも気にしないから」

 

「ふむふむ。しかし、五行を見ていると一週間の曜日を思い出しますね」

 

「そうね。そういえば、どうして一週間は七日間なのかしら?」

 

「その疑問には僕が答えよう。君達は数字の意味を知っているか?」

 

 お茶を飲んでいた森近さんが話に割り込んできた。数字の意味。うん、聞き覚えがない言葉だ。

 

「いえ、私は知らないですね。妖精さんは知っています?」

 

 ルナに目を向けるが、彼女は首を振っていた。彼女も数字の意味を知らないらしい。森近さんは呆れとも喜びともとれる複雑な表情をしていた。

 

「やれやれ、君達は勉強が足りないな。今回だけは特別に僕が教えてあげよう。ただ長い話になるから話をするのは少しだけだ。例えば『八』という数字。この数字の意味は『完全』や『幻想』、『二つに分ける』だ」

 

「どうしてそんな意味があるとわかるのですか?」

 

「世界のルールだからとしか言えない。が、意味が使われている例なら挙げられる。まずは『完全』。霊夢のスペルカードにも使われている『八方』が由来だ。これは四方四隅をもって『全て』の方向とする事からわかる。次に『幻想』。これは幻想の象徴となっているものを並べればわかるだろう。幻想の鳥『八咫烏』、怪物『八岐大蛇』、神器『八尺瓊勾玉』。他にも多くの幻想に『八』が使われている。そして、最後の『二つに分ける』。これは漢字を見るといい。『分』にも結界の『界』にも『八』が含まれている。文字の形がそのまま意味を持っているんだ」

 

「むむっ、店主さんって凄いのね。数字の意味なんて全然考えた事はなかったわ」

 

 感心するルナ。私も知らなかったので、驚きの表情を隠せない。森近さんはその様子に気をよくしたのか更に話し始めた。

 

「数字の意味を知ると物事をより深く考えられる。最近だと外の式神の取扱書に書いてあった『繰り返しのfor』が、『four(四)』との語呂合わせを使い、輪廻転生における『四(死)の繰り返し』の概念を利用しているのではと睨んでいるのだが。まぁ、それはさておき。ここまで話をしたら、一週間が何故七日間になっているのかわかるか?」

 

 森近さんの突然の質問が私の元にやってきた。これまでの八の意味を考えると……。

 

「えっと、完全であり、幻想であり、二つに分ける事もあるのだから。もしかして『八』が存在できないという事ですか?」

 

「その通り。正確には『八』の概念は一部の存在しか扱えない。『八』は不完全な人間を、『完全』や『幻想』から『分ける』数字なのさ。だから、七までが人間が扱える数字で一週間は七日なんだ。四季を除いた五行と三精が一週間の要素となるはずが、星の概念が抜けてしまったのがその証拠だよ。外の世界では月の概念を排除して『六こそが完全な数』なんて言っているけど、月を蔑ろにした人間が完全だなんて間違いだ。他にも質問はあるか?」

 

「いや、無いですね。妖精さんは?」

 

「私も無いわよ。忘れないうちにスターとサニーへ今日のお話を土産にするわ」

 

「なら、僕の話はここまでにする。二人の参考になったら幸いだ」

 

 そう言って森近さんは話を終え、ルナは外へ出るための支度を始めた。

 

 

「今日はありがとう。私はもう行くね」

 

「ちょっと待って妖精さん。年賀状を忘れてますよ」

 

「あ、どうも忘れるところだったわ。……そうだ。年賀状の絵に描かれている羊?は幻想郷で見たことが無いのだけど実在するの?」

 

 私が渡した年賀状をしげしげと見て、ルナは心底不思議そうに言った。

 

「どうなんでしょう、森近さん?」

 

「羊か。書物での知識はあるが、幻想郷に現れた事は一度もないな。羊が生きるには幻想郷の気候や立地は適していないからな」

 

 森近さんは眼鏡を動かし、きっぱりと断言した。

 

「なるほど。森近さんは羊が幻想郷に現れないと考えているようですね」

 

「その言い方だと、名無しは羊が幻想郷に現れると思うのか?」

 

「えぇ、思っていますよ。妖精さん、いや、ルナチャイルドさん。私と賭けをしませんか?」

 

「随分と突然ね。一体どんな内容の賭けなの?」

 

「簡単ですよ。羊が幻想郷に現れるか否かです。期限は今年中。勝利した側が料理を一度だけご馳走になる。その程度のものです」

 

 私の提案を聞いてルナは何度か悩んだ後、忘れないようにメモに書いてから承諾した。

 

「いいわよ。面白そうだから、楽しみに待っているわ」

 

「それじゃ、賭けは成立という事で。本日はご来店ありがとうございました」

 

 私が店の入り口まで送っていくと、ありがとうと言って彼女は雪の中を飛び去って行った。雪は止むどころか、もっと勢いが強くなっている。遠くからは、ルナの「寒い!」と言う声が聞こえてきた。

 

 可愛らしいその悲鳴に私は笑った。思ったよりも声が大きかったらしい。店の奥で考え事をしていた森近さんから声をかけられた。

 

「なぁ、名無し。あんな賭けをしてよかったのか? 僕には名無しが負ける賭けに挑んでいるようにしか見えないんだが」

 

「いいんですよ、私の勝ちは揺るぎませんからね」

 

「随分と自信があるな。その理由は教えてくれないのか?」

 

「残念ながら、秘密です。ただ、そうですね。ヒントは森近さんがくれました」

 

 私の言葉を聞いて、眼鏡を拭きながら考える森近さん。何か呟いているが、すぐには思い出せないようだった。

 

 

 羊。ウシ科の哺乳類に属しており、毛は灰白色で柔らかい。性質は臆病で常に群棲。

 

 だけど、そんな事は重要じゃない。干支における羊の順番とは?

 

 

 

 私は勝利を確信していた。必ずや羊が幻想郷に訪れると。

 

 だって、今年の干支は羊。そして、羊は干支の『八』番目。『幻想』の動物なのだから。

 

 

 

 

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