香霖堂と私   作:ノノクジラ

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<第四話> 復活祭と私

 十六夜咲夜は悩んでいた。

 

 十六夜咲夜は人間である。銀髪の少女である。そして、妖精のメイド達を統括するメイド長でもあった。

 

 彼女が働いている屋敷は普通のお屋敷ではない。幻想郷の建物でも一際有名な巨大な館だ。

 

 紅色に染まっている巨大な建物。名を『紅魔館』。もしも、誰かがこの館を見かけたならば、尋常ならざる雰囲気に気付くだろう。それもそのはず。この屋敷の持ち主は吸血鬼の姉妹なのだから。

 

 姉の名はレミリア・スカーレット、妹の名はフランドール・スカーレット。

 

 咲夜は二人の主のお世話をしながら、毎日を過ごしていた。

 

 思い返せば、彼女が吸血鬼を主と仰ぐ事になったのは偶然のなりゆきであった。最初の頃は、しぶしぶと働いていた。しかし、いつからだただろうか。いつの間にか、吸血鬼との生活も悪くはないかなと思い始めていた。

 

 それは咲夜が生来、人間を好ましく思っていなかった事もあっただろう。しかし、それだけではなく、レミリアお嬢様の子供っぽい人柄や特殊能力も関係していたのかもしれない。

 

 幻想郷では、多くの妖怪が特殊能力を持っている。その能力は同じ種族でさえ異なるため、オンリーワンなのだ。だが、自らのできる事を申告する方式なので、同じ能力も存在しうるのは公然の秘密である。

 

 ともかく、妖怪は固有の能力を備えている事が多い。例にもれず、スカーレット姉妹もまた特殊能力を持っていた。レミリアは運命を操る程度の能力。フランドールはありとあらゆるものを破壊する程度の能力。

 

 程度、と書いてあるが強大な力である。能力を申告する時の慣習だと考えていた方が良いだろう。

 

 そして、咲夜も珍しく、特殊能力を持っている人間だった。時を操る程度の能力と呼ぶそれは、時間と空間を操作する事ができる能力だった。人の身には余る力を持った彼女は、どのようにこれまでを過ごしてきたのか。誰もその来歴を知る事はできない。

 

 ただ言えるのは、彼女はいつからか吸血鬼の元で働き出し、その能力を活用できる場所を幸運にも手に入れる事ができた、という事だけだ。

 

 例えば、ワインの発酵促進。屋敷の空間拡張。一瞬で調理され、運ばれてくる料理。

 

 その様子を誰が呼んだか。

 

 完全で瀟洒なメイド、あるいはタイムストッパー咲夜。

 

 

 十六夜咲夜は今日もお嬢様の期待に応えるために働く……はずだったのだが。

 

 飄々とした彼女には珍しく、自室にて険しい顔で一点を見つめていた。それほどまでに深刻な悩みであった。

 

 壁に掛けられたカレンダー。とある日付に赤色の丸印と小さく言葉が書いてあった。

 

 レミリアお嬢様の誕生日、と。

 

 

 霧の湖に佇む血のように紅い館では、役に立たない妖精メイド達が屋敷の廊下を楽しそうに歩いていた。その間を縫うように、咲夜は時間停止を活用して移動を行っていた。

 

 レミリアのお部屋と書かれたドアの前まで到着した事を確認して、すっと一呼吸。コンコンコン。控えめにノックをすると、ドアの向こうからは「入っていいわよ」と幼い声で返事が返ってきた。

 

 機嫌を損ねないように、優雅に、されど迅速に歩を進めると、レミリアお嬢様は読書中だったらしい。小さな椅子に腰かけて、ご友人の魔法使いから借りたと思われる本を読んでいるようだった。

 

 咲夜は能力を活用して一瞬で紅茶を用意する。清々しい葉の香りが部屋に充満する中、お嬢様は唐突にポイッとベッドに投げ捨てた。飽きたらしい。いつもの事である。

 

 一区切りがついた事を見計らって、咲夜はお嬢様に質問をした。

 

「そういえばお嬢様、最近は何かしたい事はありますか」

 

「いや、ないわよ。ずいぶんと突然ね、どうしたの」

 

 疑問を浮かべるお嬢様に応えるために、咲夜は続きを話す。

 

「ええと、そろそろお嬢様の誕生日が近づいているので、どうすれば良いかと考えていまして」

 

「なるほど、殊勝な考えね。それなら…………そうね。――――欲しい物があるわ!」

 

 考えている最中に表情がころころと変わるお嬢様。その様子を面白がって見てると、考えが纏まったらしい。元気よく声を上げて、レミリアお嬢様はお題を咲夜に伝えたのだった。

 

『珍しい卵』が欲しい。咲夜としてはどうにも困る、ふわっとした内容であった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 魔法の森に佇む古道具店『香霖堂』。そこに雇われているのは外来人の助手、名無し。つまり、私の事である。

 

 入念に店内の掃除をしていると、店の扉がゆっくりと開き、入店を報せるために鈴が鳴った。

 

 ――――カラン、カララ。

 

「やぁ、お疲れ様。調子はどうだい」

 

 扉から現れた人影が声を発する。年の若い男のような声だった。

 

「まずまずですね。埃があちこちに溜まってましたよ、森近さん」

 

 私が返事をすると、森近さん―――香霖堂の店主―――は「そうだろうね」と同意しながら小さく頷いた。

 

「僕はあんまり店を掃除しないからね。たまに霊夢の奴に手伝ってもらうんだが」

 

「客商売なんだから、そこはしっかりとした方がいいですよ」

 

 店に対して何となしに呟くその姿は、まるで他人事を話すような気負いの無さがあった。

 

「そうはいっても、売れなくても生活はできるからね。焦らなくても」

 

「森近さんは食事しなくても平気ですけど、私は駄目なんですってば。畑の収穫と物々交換で生活するのは流石にちょっと」

 

「まぁ、今の所は当分大丈夫そうだし、後々なんとかなるだろう」

 

「もう。気長だなぁ」

 

 人間である私からすると、森近さんは少しずれているように感じる時が多々ある。それはたぶん。森近さんが妖怪と人間の特徴を半分ずつ持っている半人半妖だからなのかもしれない。

 

 気を取り直して掃除をする前に、森近さんが見覚えのある紙を掴んでいる事に気付いた。

 

「ところで、森近さんが持ってる紙。それは新聞ですよね」

 

「ん? ああ、そうだよ。名無しにちょっと見せたい記事があってね」

 

 そう言って、森近さんは私を近くのテーブルに手招きする。その仕草に釣られて近寄ると、森近さんはテーブル全体を覆うようにバサッと新聞紙を広げて、私に見せつけるように記事を指さした。

 

「ここの記事なんだが、名無しはどう思う?」

 

「えーと、なになに」

 

『文々。新聞・号外』と書かれた新聞。彼が指差した記事には《新たな異変か!? 人間の里に流れる奇妙な噂!》との言葉が書かれてあった。

 

「足を売っている老婆、ですか。どっかで聞いた事があるような――――」

 

「おっと、間違えた。そっちの記事じゃなくて、こっちの広告を見て欲しいんだ」

 

 森近さんが軽く咳払いをして、少し右に指をずらす。そこには、《求む!珍しい卵!》と書かれてあった。

 

「珍しい卵? 広告で募集をしているのは紅魔館ですか。吸血鬼が住んでいる所でしたっけ?」

 

「そうそう。それで、僕が気になるのは珍しい卵についてだ。どうやら、館のメイドでお嬢様宛のプレゼントを探しているらしい。君は卵について、どう思う?」

 

 今日の森近さんは、卵について語りたい気分らしい。店主の望みを叶えるのも、店員のお仕事である。

 

「えっと、鳥が繁殖する時に生み出す物質というイメージですかね。食事に使う鶏の卵が一番最初に思い浮かびました」

 

「うん、それも間違っていない。他にも、生命の象徴のような役割も持っているはずだ。君の知識には心あたりがないか?」

 

「外の世界では、復活祭という名前のお祭りがあったはずです。イースターとも呼ばれていて、色を塗った卵やウサギが登場したような。うろ覚えですけど」

 

「やはりか。僕が本で読んだ通りだ」

 

 私の言葉に確信するような面持ちで、森近さんが頷いた。

 

「既に知っていたんですか? イースターの事」

 

「ああ、実は外の世界から流れ着いた本に書いてあってね。確か―――」

 

 その時だった。一陣の風が吹き、私と森近さんの目の前に、まるで最初からそこにいたかのように、メイド姿の少女が現れた。噂をすればなんとやら。紅魔館で働くメイド、十六夜咲夜がそこにいた。

 

「――――失礼。興味深い話をしているのね」

 

 突然の登場に動揺する私と対比するように、森近さんは冷静に言葉を紡ぐ。

 

「急な来訪は止めて欲しいんだけどね」

 

「あらあら。ごめんね、驚かせてしまったかしら」

 

「ああ。時を止める能力を使う時は、できる限り心臓に優しい方法で頼むよ」

 

「前向きに検討して、善処しますわ」

 

 それは反省しない人の常套句だろう、と私は思ったが、森近さんも同じ事に思い当たったらしい。苦い顔をしている。森近さんの態度が接客モードから変化しているから、相当怒っているはずだ。

 

「それで、どのような商品が欲しいんだ。また、霊夢の湯飲みを前衛芸術にでも変化させたのか」

 

「いえいえ、今回は火急の要件よ。貴方達の知恵を借りたくてね。ほら、新聞の広告を見てくれたでしょう」

 

 《珍しい卵》についてだろう。確かに卵について話をしていた所だ。彼女の言葉に反応した店主は、嬉しそうに語り出す。

 

「そうか、それならさっきの話をしよう。こほん。――――外の世界のイースターというお祭りでは、様々な色に塗った卵を用いてお祝いするらしい。どうして、白い卵に色を塗る必要があるのか。それは、赤色に塗る卵が非常に多い事がヒントになっている。名無し、わかるか?」

 

「ええと、わかりません」

 

「冷静に考えてみるんだ。卵の色は白。塗る色は赤。そう、僕らにも馴染み深い『紅白』だ。紅白餅に紅白幕、祝い事であるハレを意味する『紅白』の概念に、生命の象徴である卵を組み合わせる。これこそ最上の祝いを表すと言っても過言ではないと思うよ。その二色以外の色もあるのは、虹のような色彩にすることで、より広い範囲の意味を持たせるためだ」

 

 そんな意味は無かったような。喪失した記憶の断片が否定しろと伝えている。そこで、なんとか再考させるべく、私は別の疑問をぶつけてみる。

 

「それなら、イースターに登場する兎の意味は?」

 

「それは勿論、鳥の代用さ。兎は一羽、二羽と数えるように、昔から鳥と同様の存在として扱われてきた。その上、僕が新しく知った情報では、兎の足や尻尾は幸運のお守りになるらしい。つまり、鳥以上に素晴らしい、代用の鳥が兎なのだ。だから、イースターに兎を使うのは不思議じゃない。それにこの考えは、幻想郷の祭りにも反映されている」

 

 森近さんの熱弁を聞いている咲夜さんが胡散臭そうに質問をした。

 

「祭りを見ても、カラフルな卵も可愛らしい兎も見当たらないのですけど」

 

「いいや、姿を変えて見つけているはずさ。様々な色のヒヨコに、兎の焼肉。多少の姿形が変わっても、祝うためには支障が出ない。そして、一番の本題である、珍しい卵について、話をしよう」

 

「なるほど。お嬢様にプレゼントするために、是非ともお願いしますわ」

 

「さて、この様々な色に塗られて飾られるイースターエッグ。その中でも、最も珍しい卵の名前をインペリアル・イースター・エッグと呼ぶ。これは、卵であるが、本物の卵じゃない。黄金と宝石によって卵を模した芸術品なんだ。更にだ、これは合計で58個あるはずなんだが、外の世界では44個しか見つかっていないらしい。必死に捜索したのにもかかわらずだ。とても不思議だね、まるで『神隠し』に巻き込まれたみたいだ」

 

「・・・つまり?」

 

「もしかしたら、この幻想郷に流れ着いているのかもしれない。本当は秘密にしたかったんだが、しょうがない。かの芸術品は貴人のために作られたようだから、珍しい卵が欲しい彼女にはぴったりだろう」

 

「お嬢様へのサプライズとしては良いですね。問題は見つかるか、ですけども」

 

「可能性はある、ってだけだね。無理なら普通のイースターエッグでも良いだろう。外の世界の文化だ。間違いなく珍しいだろうさ」

 

「わかりました、できる限り探してみる事にしますわ。ありがとう。それから、店員さんにも迷惑かけたわね」

 

 礼を言った咲夜さんは、無言で聞いていた私にも声をかけた後、森近さんに情報料を渡した。彼の嬉しそうな表情をしている様子を見る限り、中々の量の金銭を貰ったらしい。

 

 その後、彼女は「また困った事ができたら、よろしくね」と言って、登場した時のように忽然と消え去った。

 

 残されたのは、嬉しそうな店主と手持無沙汰な私だけ。

 

 とりあえず、私は気になっている事を森近さんに伝える事にした。

 

「ところで、本当にインペリアル・イースター・エッグが見つかると思っています?」

 

 すると、森近さんは眼鏡を少しずらして、平坦な声で意見を述べた。

 

「さぁ、どうだろうねぇ。無理だとは思うけど、もしかしたらってのは考えているよ。自分で探したかったけど、紅魔館みたいに人海戦術は使えないからな。まぁ、浪漫を誰かに譲ったってだけだよ」

 

「そうですか。でも、実際に見つかったら、すごい悔しがりそうですね」

 

「ははっ、どうせ見つからないさ。――――見つから、ないよな?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「これが、例のインペリアル・イースター・エッグ、ですか」

 

 十六夜咲夜は震えそうになる声を抑えるように、平坦に努めて言葉を零した。

 

 長い道のりだった。すぐにサボる妖精メイド達を統括しての大捜索。死んでも蘇る妖精の特性を活用して、結界が不安定な場所へ捜索する手はずを整えるのは、今思い返しても、胃が痛くなるほどだ。

 

 それでも、それでもだ。ついに、1個だけ見つける事ができた。

 

 輝くダイヤモンドの煌き。他の色の宝石がアクセントとなりつつも、調和を崩さないデザインは、レミリアお嬢様に相応しい芸術品だろうと確信させる。

 

 ――――間違いなく、喜んでくれるだろう。

 

 プレゼント箱にかの芸術品を入れ、咲夜はついにレミリアの部屋の前までやってきた。

 

 準備は完璧。これで、後はプレゼントを間違いなく渡すだけだ。

 

 息を整えて、咲夜はノックをする。コンコンコン。

 

 ドアの先からは、いつも通りのお嬢様の声が聞こえてきた。ノブを回し、すこしずつ開いた扉に身を滑り込ませるように踏み入る。

 

 部屋にいたレミリアお嬢様は、飾りつけや料理を楽しんでいるようだった。無邪気な明るい声で、咲夜に話しかける。

 

「ねぇねぇ、咲夜。このタイミングで来たって事はプレゼントかしら? 楽しみに待ってたわ」

 

「えぇ、こちらがそのプレゼントです。間違いなく、珍しい卵だと自負しています」

 

 軽いはずのプレゼントが、やけに重々しく感じられた。中に入ってるのは、数種類のイースターエッグと本命の卵だ。

 

 

 ――――咲夜はプレゼントを渡し、勝利を確信した。

 

 

「そこまで咲夜が言うなんて、どんな珍しい卵かしら。――――あれ?」

 

 プレゼントを楽しそうに開いて、中身を見たお嬢様が疑問の声を上げる。

 

「あの、咲夜。見間違いでなければ、卵型の芸術品と色のついた鶏卵よね」

 

「ええ、お嬢様の言った通り、外の世界で使用される珍しい卵の飾りです。それが、何か?」

 

「――――ああ、そういう事ね。珍しい卵の意味をそう捉えたんだ。食べ物でいいのに」

 

 首を傾げたお嬢様の言葉に耳を疑う。――――聞き間違いかもしれない。

 

「お嬢様? 食べ物でいいとは?」

 

「やーねー、咲夜ったら。頭を捻り過ぎよ。私はガチョウの卵とかワニの卵とか、そういうものを食べてみたいって意味で言ったんだけど。理想としては、鴉天狗の卵を食べてみたかったなー。でも、これも綺麗だから大事に飾っておくわ。ありがとね」

 

つまる所、深読みしすぎたのだ。意味深な事を言うのが好きなお嬢様だが、根は子供らしいものだという事を失念していた。あるいは、ここまでを予想して、意地悪をするためにぼかしたのかもしれないが。

 

とはいえ、――――咲夜は敗北したのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 後日の事だ。香霖堂に一通の手紙が届いた。

 

 その中身を見た店主と店員は、誕生日パーティで起きた事の顛末を知り、なんとも複雑な表情になったそうな。

 

 めでたくない、めでたくない。

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