香霖堂と私   作:ノノクジラ

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※今回の話は当社比1.5倍のゴリ押しです

ちなみにゴリ押しの由来は、ゴリゴリとした擬音
ひいては学名ゴリラ・ゴリラの逞しさから――――ごめんなさい、嘘です



<第六話> 縁起と私

 外の世界では『トマティーナ』と呼ばれる、人々がトマトを建物や人間にぶつける祭りが流行っているらしい。何故、人々はトマトを投げ合うのだろうか。

 

 トマトが幻想郷の食卓に登場するようになったのは少し昔の頃だが、外の世界では江戸時代の頃に外国から運ばれてやってきた。当時の名前は『唐柿』。つまり、柿の仲間のような扱いを受けていたのだ。これは当時流行していた柿の種類が非常にトマトに似ていたためと言われている。

 

 仮にトマトではなく、柿を投げあう様子を想像してみよう。

 

 道路に柿が叩き付けられては橙色の飛沫が飛び、人々の頭に柿がぶつかってはその固さに悶絶する姿が思い浮かぶ。地獄絵図だ。その様子は戦争のような様相を呈するに違いない。

 

 こうして考えると、柿を投げつけようとするよりも、柿の代用品として『唐柿』を使う方が遥かに安全である事は言うまでもない。では、柿を使って投げ合う理由は何だろうか?

 

 最初に思いついたのは、猿蟹合戦の再現である。

 

 猿蟹合戦と言えば、猿が投げた柿に親蟹が倒され、その敵討ちを小蟹が栗などと行う話だ。ついでに言うと、芥川龍之介と名乗る作家がその後の後日談なども書いていたが、それは関係ないか。

 

 ともかく、そう考えた場合、困った事に物語の再現をする理由が特に思い浮かばない。猿は馬を守る守護獣として有名な、いわゆる善性の存在だからだ。この考えはたぶん違うだろう。

 

 では、柿を投げるのではなく、投げる物体を間違えた説で考えてみよう。建物に投げる行為で有名な行事といえば、皆が知っているだろう『節分』だ。

 

 『節分』では豆を投げるのが一般化している。それは豆が鬼を払うと信じられているのが理由だ。

 

 だが、鬼を追い払うために投げる豆が、本来はとある果物の代用品であるという事は余り知られていない。

 

 その果物が何かって? それは『桃』である。

 

 桃が鬼ならず、様々な邪気を払う事は遥か昔から知られていた。古事記にもそう書かれている。

 

 有名なのはイザナギが黄泉の国に訪れた話だ。

 

 黄泉の国でイザナギは千五百体の化け物に襲われた。彼は持ち物の全てを投げて追い払おうとしたが、何も効果が無かった。しかし、追い詰められたイザナギは、咄嗟に道端の桃の木から入手した桃を三つ投げつけた。すると、千五百体の化け物はたった三つの桃を怖がり、全て逃げ去ったというものである。

 

 他に有名な話と言えば、言わずと知れた『桃太郎』である。

 

 桃から生まれた桃太郎が鬼を退治する話だが、登場した果物が桃だった理由を考えている人は少ない。これは桃が鬼を打ち払う象徴だからだ。

 

 桃の精だから、桃太郎は軽々と鬼を退治できる。これが柿だったならば、柿太郎はあっさりと鬼に負けてしまうだろう。

 

 どんな邪気も打ち払う聖なる果物。それが桃だ。

 

 しかし、大量の桃を用意する事は中々難しい。桃栗三年柿八年。果物は貴重なのだ。

 

 そこで代用されたのが、大量に用意できる豆だ。魔を滅する。略して、マメ。言葉遊びだが存外馬鹿にはできない。縁起が良いと信じれば、実際に良くなるのが世界の法則なのだから。

 

 これらを踏まえて『トマティーナ』を考えよう。

 

 人々は何故トマトを投げるのか? その理由は桃と間違えて、トマトを投げたのだと推測できる。邪気を払うためにトマトを投げるのだ。

 

 その行為に効果があるかはわからない。それでも縁起が良いと思いこめば大丈夫のはずだ。

 

 こういう事を何と言った方が良いんだったか。ええと、そうだ。

 

 ――――『鰯の頭も信心から』だったかな。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――――カランカラ、バン!

 

「いやー、疲れた。用は無いがお邪魔するぜ」

 

 私が店内で留守番をしていた時だった。乱暴にドアを開けた魔理沙さんは店内を突き進み、御勝手まで入ってきた。彼女を注意しようと思ったら、既に急須を用意してお茶を淹れている始末である。いつも通りではあるが、やはり慣れない。

 

「魔理沙さんったら。ドアはもっと丁寧に開けてくださいよ。しかも、服に木の葉も着いてるじゃないですか」

 

「すまんすまん。これでいいか?」

 

 普段よりもボロボロな服を着た魔理沙さんは、悪びれもせずに砂や葉っぱをその場で払い落とす。

 

「店内に入ってからじゃ遅いですよ。ああ、また商品の掃除しなきゃ……。それでどうしたんです?」

 

「どうしたって?」

 

「服ですよ。何を退治しようとしたんですか?」

 

 魔理沙さんの服がボロいのは大抵、何かの妖怪を退治しようとした結果である。本来は霊夢さんが担当する予定の依頼を、何でも屋を名乗る魔理沙さんが勝手にこなしてしまうのだ。しかし、普通の人間である魔理沙さんが手に負えない依頼も勿論ある。そういう時は決まって、こんな風にボロボロな姿へ変化するのだ。

 

「んーと、今回は都市伝説の怪異だぜ。学校の怪談って奴を探っていてな。準備不足でちょっと失敗したってわけだ。ああ、香霖には秘密にしてくれよ。また説教されるのは面倒だからな」

 

「私の仕事を邪魔しなければ、それでいいですよ。今は霊夢さんからの依頼をこなしている途中なので」

 

「ん? 霊夢のやつが来たのか。あいつは何を依頼したんだ?」

 

 私がテーブルの上で淡々と紙を折っていると、好奇心旺盛な魔理沙さんが隣に座ってきた。春の匂いというか草の匂いというか。やや野性的な匂いが妙に集中するのを邪魔してくる。

 

 深々とした溜息を一つ吐いて、私は横の魔理沙さんに構ってあげることにした。頬杖をついて退屈そうな彼女の眼前に、折りたたんだ大入り袋を見せてあげる。

 

「霊夢さんが封印に使うための退魔札の作成です。霊的な付与は霊夢さん任せなので、前準備だけですけど」

 

「あぁ、霊夢が異変で投げてるポチ袋か。お年玉かと思ったら豆一粒しか入ってなくてがっかりだったぜ」

 

 豆は邪気を払うのに使い勝手の良い食べ物だ。ただし、聖なる力は桃や御餅、銭の方が強い。

 

「魔理沙さんの考えも、あながち間違いでもないんですよ」

 

「ふーん、そうなのか?」

 

「お年玉は平穏を祈る為に『歳神』へ鏡餅を捧げるのが元々の内容でしたから。神霊に捧げた食べ物は非常に縁起が良くて食べる事で悪い事を遠ざけるのです。その鏡餅に宿った力が『歳神魂』。略して、トシダマです」

 

 今では鬼として扱われているナマハゲも元は歳神の一種である。

 

「捧げた食べ物に神霊の力が宿るのか。神霊本人が宿るのは聞いた事があるんだが」

 

「あー、そこの区別はなんとも難しくてですね。私も霊夢さんに聞いたことがあるんですよ」

 

 霊夢さん曰く、神霊とは『考え方の具現化』であるらしい。つまり、人々の信仰心が本体なのだ。二つの表裏一体の性格を持つのが神霊。妖怪の一種として実体化した神霊が神様。そして、神霊の力は名前に縛られた現象に過ぎないらしい。神霊が物質に宿るだけでは何もできないのだ。

 

「お年玉の効能は『歳神様』の『歳』の力なので健やかな成長です。だから、小さな子供にあげるわけです」

 

「随分と脱線しているようだが、どうして霊夢の札に豆が入ってるんだ?」

 

 魔理沙さんの冷静な言葉に思考が引き戻される。そうだった。動揺を悟られないようにお茶を飲んで誤魔化す事にしよう。お茶の苦味が鼻腔をくすぐって心を落ち着かせる。魔理沙さんの目がじっとりとしているが気にしない気にしない。

 

「豆はアレです。節分と一緒です」

 

「ああ、魔を滅するからマメだっけ。験担ぎか。神社の桃色仙人は否定していたけどな」

 

「考え方次第ですよ。効果が無くても信仰心の力で新たな神霊を生み出せばいいのです」

 

「鶏と卵のどちらが先なのやら。ちなみに聞くが、験担ぎと縁起が良いのは何が違うんだ?」

 

「験は縁起って意味なので同じですよ。エンギが逆さでギエン。なまってゲン。逆さ言葉です」

 

「それなら有名な逆さ言葉を私も知ってるぜ。ザギンでシースー」

 

「その例を聞くと、一気に豆の有り難さが薄れますね」

 

 私の言葉を聞いた魔理沙さんは、してやったとばかりに得意げな様子で笑った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 数日後の事である。外ではパラパラと小さな雨が降っていた。香霖堂には普段以上に湿気が高まり、じっとりした空気が私にへばり付くようだった。

 

 こんな時は読書に限る。雨の中で働くのは風邪が引きやすくて危ないからだ。ところで、出かけている森近さんは大丈夫だろうか。

 

 店主を心配しつつも、新たな知識を得るという行為を行う私。その至福の時間にゆったりと浸っていると、無粋な来客があった。おっと、いけない。お客様は神様である。

 

 ――――カラン、カラン。

 

「よう、食料を持ってきたぜ。これで何か作ってみるか?」

 

 白黒の魔法使いがやってきた。これは神様じゃないな。どちらかというと身内である。

 

「何を持ってきたんですか? 毒キノコ以外なら歓迎ですけど」

 

「キノコなんて食って死ななければ大丈夫だろ。持ってきたのは違うけどな」

 

 そう言って、彼女が黒白帽子の中から取り出したのは春雨と紅白餅だった。どういう組み合わせだろうか。疑問に顔に出ていたのか、魔理沙さんが説明をする。

 

「春の雨といえば春雨。駄洒落だぜ。人里で売っていなかったから命蓮寺から少し分けて貰ったんだ」

 

「分けて貰ったというか、魔理沙さんの事だから盗んだのでは?」

 

「失礼だな。永久に借りるだけだぜ」

 

 世間の人はそれを窃盗と呼ぶんですよ、と一応言ったが、彼女は悪びれる様子もない。いつの日か痛い目に遇わなければいいが。

 

「春雨はわかりましたけど、紅白餅はどうしたんですか。こっちも借りてきちゃったり?」

 

「いや、そっちは霊夢が新築の家で餅を撒いていたから拾ってきただけだ」

 

「あぁ、上棟式ですか。『散餅銭の儀』で五柱の神に捧げた餅だから縁起が良いですよ」

 

「また、その話か。縁起が良い物を食べるより、妖怪に叩き付けた方が早いと思うが」

 

 私による説明の雰囲気を感じたのか、魔理沙さんはあきれた様子だ。説明好きめ、とか思ってるに違いない。彼女と私を挟むように、ミニ八卦炉は火を灯して紅白餅を温めていた。火力調整を間違えなければいいが。

 

「だから、霊夢さんはお札を投げてるんじゃないですかね」

 

「お札に豆を入れて投げるより、銭でも投げた方が効果があるんじゃないか。お賽銭も神に捧げるから縁起がいいんだろ?」

 

「確かに効果がありそうですけど、霊夢さんの神社はお賽銭が……」

 

 人間の里でも有名な妖怪神社である。食物の奉納が頻繁にあるから食べ物には困らないだろうが、投げ飛ばすほどの金銭を用意できるとは思えない。イメージ上の霊夢さんが渋い顔をするのが思い浮かぶようだ。

 

「ははっ。霊夢の奴は先日も賽銭箱の中身が葉っぱで埋もれていた事に怒ってたぜ。三割ぐらいは私の仕業だが」

 

「現実的には豆投げぐらいが丁度良いんでしょうね。一応、銭投げは戦闘技術として存在するんですが」

 

「へぇ、ちょっと気になるな」

 

「外の世界では銭を使った技術が色々あってですね。銭投げの技術は『羅漢銭』って呼ばれてます。投げる方法を工夫する事で相手を倒せるとかなんとか。眉唾ですけどね」

 

 銭を投げる程度で人を倒せるとは考えづらい。銭投げで倒した妖怪を人と間違えた可能性が考えられる。よほど人間にそっくりだったに違いない。

 

「銭で倒すのは信憑性がないのか。他には?」

 

「擲銭法という、銭投げによる占いですね。易者が簡易的に使ったと言われてます」

 

 魔理沙さんのミニ八卦炉を指さす。八卦の力は様々な使い方ができるのだ。ミニ八卦炉は熱を発して、紅白餅を十分に温めていた。餅の香りがテーブルに広がる。

 

「なるほどな。当たるも八卦、当たらぬも八卦か。銭って便利だな」

 

「そうですね。身近にあるからこそ色々な使い道が模索されたのでしょう。ところで」

 

「ところで?」

 

 ぐぅと小さく腹の音が鳴った。空腹の合図である。

 

「お腹が空きました。春雨の調理は時間がかかるので、餅を先に食べてしまいましょう」

 

「いいぜ。熱くなってるから火傷に注意しろよ。ほいっと」

 

 ほくほくと湯気が立つ餅を慎重に受け取って頬張る。米の甘味が舌に残って美味しい。一口ずつ味わうように食べ進めていく。魔理沙さんも美味しそうに食べているようだった。

 

「米はいいですね。米は心を潤してくれます。地獄の餓鬼が救われるのも理解できる気がします」

 

「おいおい、食事の時にも縁起の話か」

 

「縁起が良いと言えば、お米もですから。施餓鬼米を投げる事で餓鬼が救われるんですよ?」

 

「結婚式の時にも投げるもんな。外の世界の本で見たぜ」

 

「それはライスシャワー」

 

 軽口を叩きながら彼女と食事を進めていく。数個の紅白餅を食べ終わった頃には、魔理沙さんも私もすっかり満腹になってしまった。襲い来る眠気から逃れるように話を進める。

 

「あと、お米はお守りにもなるんですよ。霊夢さんに今度作ってもらおうか、頼もうと思ってて」

 

「なんだ、名無しはお守りが欲しかったのか。なら、私のお守りを分けてあげるぜ」

 

 何となく言った言葉に魔理沙さんが反応する。彼女がポケットをまさぐって渡してきたのは、外の世界で見覚えのある半導体だった。黒の容器に白色の金属部分が刺さった小型部品である。お守りの色はまさしく魔理沙さんのようであった。

 

「前に香霖から貰った奴だが少し譲ってやるよ。私だと思って大事に持っててくれよ」

 

 冗談めかして渡された半導体を大事に受け取る。式神を使役して、ありとあらゆる物事を行う力を秘めるらしい。

 

 その部品を私は知っていた。トランジスタだ。

 

 半導体の使い道を彼女に伝えるのは簡単だろう。

 

 しかし、私はこの知識を心の奥底に秘める事にした。何故なら、魔理沙さんがお守りだと信じているからである。

 

 信じる者は救われる。足元ではなく、本当に自らが救われるのだ。

 

 

 ――――だから、私にとってのトランジスタはまさしく、『鰯の頭』なのである。

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