主殺しが転生するのは間違っているだろうか   作:黒っぽい猫

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第一話

 きっかけはなんだったのか、今の自分は上手く思い出せない。仕えていた姫君が縁談を嫌がったからだっただろうか。

 

『だから主を斬ったのか?それで姫君の何かが変わると思って?』

 

 それは。あくまでそれを考える事になったきっかけに過ぎぬのだ、と首を横に振る。養父──姫君の父君が私の育ての親なわけだが──が放った一言が結局自分は悲しくやるせなかったのだろう。

 

 

──水零など。あんなもの、儂がのし上がるために手元に置いている使い捨ての駒に過ぎぬよ。その為だけにわざわざ育ててきたのだ。どこまで腕が立とうと、所詮武士の血すら持たぬ汚らわしい(成り損ない)よ。

 

 

 酒の席で笑いながらそんな事を言う声が聞こえた時に、自分の中にあった大切なモノが抜け落ちてしまった気がする。敬愛していた養父が自分を使い捨てと言った事が信じられなかった。

 

 そして様々な混ざり粘り気を持つ感情に飲み込まれ、気がついた時には自分の手は血で染まり、目の前には養父だった人と父を慕っていた人の亡骸が転がっていた。

 

『それから、お前はどうしたんだ?』

 

 逃げた。文を認め、それを信用に足る者に預けて。

 逃げた。お家にうんざりしていた姫君を連れ山を超えて。

 

『中々に乙な話じゃないか。いいねぇ、愛の逃避行』

 

 残念ながらそんなに洒落たものじゃない。何しろ姫君は自分じゃない別の男に慕情を寄せていたのだから。姫君は父君の定めた男──巷では特殊な趣味をお持ちの御仁であるとよく噂されていた──ではなく幼馴染と呼んで差し支えないその男に恋をしていた。幼い頃はよく三人で遊び、うっとりとした目でその男を見る姫君を横から眺め、男を妬ましく思っていたものだ。

 だから、この逃げるような旅路にも目的はあった。姫君をその幼馴染の男の元へ連れていくことだ。親という後ろ盾を失った姫君が万に一つもその御仁に引き取られようものなら辿る未来がどうなるかわかったものでは無い。真偽の確認はできないにせよ、自らの行いのせいでそのような危険な可能性がある場所に一人姫君を置いていく気にはなれなかった。

 

 そこで自分は姫君を保護することを申し出ようと思っていた。代わりに、主を殺した不忠な武士を捕らえさせてやるから、と。

 

『子供の頃から遊んでいたということはお前にとっても幼馴染なのだろう。そんな自己犠牲を簡単に納得するとは思えないが』

 

 いや、先方はこちらを慮って受け入れてくれた。問題は姫様さ。最後の最後まで我儘を言われてしまったよ。私を守る役割を放棄してまでどこへ行こうというのです、などと言っていた。

 

 だが今更変えられるものでもない。血縁が無くとも自分が主を、父を殺したことは都からほぼ全国まで広まってしまっていたから遅かれ早かれ自分は捕まる。その時庇ったなどと知られてしまっては幼馴染の家にも迷惑がかかる。

 

『それで、お前は死んだ』

 

 そうだ、水零と名付けられた自分は死んだ。お上の元に引っ張り出され切腹を命じられた。まさかこんな自分に武士としての尊厳を認めて頂けたことは身に余る幸運だと言えただろう。

 憎らしいほど天気の良い日だった。お天道様が天辺に来る頃、自分は腹を切った。

 

 身の内に何かが入り込む音がしたかと思えばひんやりとしたものが腸を裂いて──痛い、痛い痛い痛い焼けるように痛い突き刺すように痛い傷が熱い痛いいたいあついいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイタイタイタイタイタイタイタ──くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ず感じたのは強烈な喉の乾きと刺すような敵意だった。どこかで獣の様な声が聞こえたような気がする。いや何処か、では無い。どうやら私の真正面に何かがいるようだ。

 何かを考えることも無く、いつもの様に立ち上がり右手を柄にかける。その先についた鈴がチリン、と鳴るのを聞最後に意識を沈める。目はまだ開かないがそれ自体に大した問題は無い。突然立ち上がった私に驚いたのか、一度離れた何かは私を敵と認識したらしい。改めてこちらに向け明確な殺意と敵意を放ってくる。

 

「ふっ──!」

 

 腹から空気を吐き出すと同時に抜刀。どこでも良い、とにかく斬ることさえ出来ればあとはどうにでもなる。直後、短い断末魔の様な音と共に気配が消えた。どうやら急所を斬ることが出来たらしい。

 

「………………」

 

 余裕があると判断できたので暫くの余韻の後に納刀。周囲の音が戻ってきたので改めて目を開く。そこは薄暗い洞窟の中だった。松明の明かりも無いが何故だかかなりハッキリと周りを見渡せる。

 

 だが、何故自分はここにいるのだろうか?確かお白州で切腹し死んだはずだ……そこまで思い至ると突然怖気が体を駆け巡る。どうやら、身体にも心にもあの感触は深く根付いているらしい。あの感覚はもう思い出したくない。震える身体を抱きしゃがみこむと、何か柔らかなモノの上に腰掛けた。まさか、先程斬った獣を踏んでしまったのだろうか。

 

「なんだこれ……いててっ。引っ張ろうとすると臀の辺りが痛いな」

 

 無理に引っ張るのをやめゆっくりとその物体に手を当てると毛布のような温かさと絹のような手触りが返ってくる。そしてそれと同時に何やらくすぐったいような感覚。まさか尾でも生えてしまったのだろうか?

 

「ははは、まさかまさか。そんな化生の類でもあるまいに」

 

 だが、万が一ということもある。これが自分の尾だというななら今後の身の振り方も考えねばならぬ。恐る恐る背から腰の辺りに手を当てると、そこには今まで無かったモノ(尻尾)が確かにあった。

 どうやら自分は、人間では無いものに生まれ変わってしまったらしい。人間道から外れ畜生道にでも入ってしまったか。養父に引き取られる迄は物乞いをして生きてきた身であるし、やもすれば最期に親殺しなどという不孝の限りを尽くしたのだ、業こそあろうが徳など積めておるまい。

 

「まあ、化生の類であっても刀は使えるようであるし、それだけでも重畳だな。さて、そろそろ移動して兵糧の確保でもするかね」

 

 姫様達のことは気になるが、どうやら私が気にしてどうなる事でもないらしい。もうこんな成りでは彼女達の力になることはできまい。そもそも恐らくではあるが自分の身体も18年生きたモノとは変わってしまったらしいし、それなら新しく生きていくだけだ。

 

 それこそが命を持ったモノの責任で、唯一全うすべき事柄なのだから。

 

「早く自分の姿を見ておきたいものだ。声の高さから考えるに恐らく男子(おのこ)ではあるまい」

 

 よっこらせ、と年寄りじみた掛け声で立ち上がり歩くこと数歩、足に何か小さなものがぶつかった。拾い上げると何かの結晶のようだった。

 

「宝玉か……物々交換に使えるかもしれんな」

 

 和服の袖の奥に結晶をしまい、私は改めて小部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者、ベル・クラネルは駆け出しの冒険者だ。つい最近とある女神に見出され、その場で女神の眷属(ファミリア)となった。それからというもの、ほぼ毎日浅い階層で狩りを続けていた。

 僅かな稼ぎを日用品の買い足しと食事に回し、おおよそ余裕とは程遠い暮らし。だが、彼の中には確かな充実感が芽生えていた。自分のような人間でも神という雲の上のような存在に必要とされるのだと思うと、胸の奥が熱くなるのだった。

 

「〜〜♪」

 

 今日の狩りはいつになく順調で、多くの魔石が手に入った。ギルドで換金すればきっといつもの二倍くらいの額にはなるだろう。ダンジョンという危険地帯で鼻歌も歌い出しそうな様子のベルはどこか浮き足立っていた。

 だから、彼は気づかずにその物体に躓き転んでしまう。

 

「うわぁっ?!」

 

 ゴツン!と鈍い音がしてベルの顔が地面に突っ込む。痛みにしばらくのたうち回った彼が目にしたのは、涙目でこちらを睨む狐人(ルナール)の幼い少女だった。整った顔立ちに翡翠色の瞳、手入れがされていないボサボサの毛はそれでも非常に柔らかそうだった。

 

そんな彼女の容姿に見蕩れていると、少女が口を開く。

 

「──貴殿は、何者か」

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食い物も出口も見つからず半ば気を失うよな形で寝転んでどのくらいの時がたったか。ゴツン、と頭に何かがかなりの勢いでぶつかった衝撃で目を覚ました私はまずその衝撃に呻いた。

 続いて「うわぁっ?!」という情けない声をあげた方向に顔を向ける。そこに居たのは一人の少年だった。白髪に紅の瞳はどこか雪兎を彷彿とさせる。男であるのだろうがどこか中性的かつ人の良さそうな雰囲気を醸し出す彼に私も束の間毒気を抜かれてしまった。

 だが、見た目に絆されるわけにはいかない。どれだけ人の良さそうな顔をしたものでも腹の中が黒い事など幾らでもありうる。

 

「──貴殿は、何者か」

「へ?」

 

 惚けたような声を出す彼から距離をとり、柄に手をかけながらもう一度同じ質問を繰り返す。

 

「貴殿は何者か、と問うている。道のど真ん中で行き倒れたのは私の落ち度であるが、貴殿が何用でこの洞窟の中にいるのかを確かめぬ事には私は貴殿に近寄れぬ」

 

 今の私は化生の姿形をしている。自分が望まなかったにせよ、そういう物珍しい姿である事は世俗に疎い私でもわかる。そんな私を見世物として捕らえようとする可能性も捨てきれぬのだ。

 ここに至って、ようやく私が警戒しているものに気づいたのか、目の前の少年は慌てて手を振りながら若干裏返った声で名乗った。

 

「僕の名前はベ、ベル・クラネルです。何をしてるって言われたら、君と同じ冒険者だからダンジョンに潜っているのだけれども……」

「ぼうけんしゃ?だんじょん?一体何の話をしているのだ?」

「え?」

「え?」

 

 ここから、しばらくベルから様々な事を教えてもらった。ここがダンジョンと呼ばれる場所であるということ、そしてそこに入りモンスターと呼ばれる獣を狩り、私が拾っていた水晶のようなものを集める人間を冒険者と呼ぶこと。

 つまり冒険者というのは職業であり、彼らは猟師のようにダンジョンを狩場にして水晶を集めることを生業としているのだ。

 

「逆に聞くけど、君はどうして冒険者じゃないのにここに居るの?この場所は冒険者以外は基本立ち入れない場所の筈なのに」

「それは私にもわからぬ。気がついたらこの場所に倒れておった。仕方なしにこちらに向かってくる獣を狩っていたのだが、奴ら死ぬと塵になってしまうから食い物が無くてなぁ。しかもどこを探し回っても水すらもなかった故、ぶっ倒れていたというわけだ」

「うわあ、じゃあしばらく何も食べてないんだ?」

 

 うむ、と同意するとベルはゴソゴソとポケットから何かを取り出し、こちらに差し出してきた。

 

「今はこれくらいしかないけど、僕のお昼ご飯の余りで良ければ食べる?」

「美味そうな匂いだな……頂こう」

 

 嗅覚が若干良くなっているからか、包みの中から漂ういい匂いを敏感に感じとった。その匂いを嗅いだ途端ぐるるるるる、と腹の虫が思い出したように空腹を訴えてくる。少し吹き出すベルを無視し、受け取ったそれを開くと良い匂いがより強くなった。

 何か、と確認する前にそれにかぶりつく。冷えて少し固いがそれでも程よい塩味にイモのような素朴な味わいに感じ入る。時間の感覚が麻痺しているが数時間、いや数十時間ぶりの食事に思わず零れそうになる涙を抑えつつ咀嚼し飲み込む。

 

 数分の後、手元に残っていたそれが無くなると多少身体も落ち着いたのか少し活力が戻ってきた。手に着いた油と塩気を舐め取り改めてベルに礼を言う。

 

「ありがとう、ベル。お陰で助かった」

「ううん、この位なんてことないよ。困った時はお互い様だから」

 

 にっこりと笑うベルの純粋さに面食らいながらこれからの事をぼんやりと考えた。

 

「なあ、ベル。冒険者になるにはどうすればいいんだ?どこかで手続きを済ませれば誰でもなれるものなのか?」

「うーん、冒険者になるにはギルドって所で手続きが必要なんだけど、そもそもどこかのファミリアに所属していないと冒険者にはなれないよ」

 

 なるほど。ファミリア、というものが何なのかはよく分からないが、私の当分の目標はそこに所属することになるわけだ。外に出たらどうしようか、と考えているとベルが突然「そうだ!」と声を上げる。なんだ、と思って彼に目をやると満面の笑みで彼もこちらを見ていた。

 

「僕の神様のファミリアに入ろう!」




本当に久しぶりすぎて勝手を覚えておりませんが、とりあえず一話上がったので投稿致します。

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