主殺しが転生するのは間違っているだろうか   作:黒っぽい猫

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卒論を脱稿したので更新します


第三話

 私とエイナ殿の二人しかいない部屋は静かで、本のページを捲る音と筆を動かす音のみだ。そのような部屋で私が何をしているのかと言えば──勉強だ。

 

「エイナ殿、確認を頼みたい」

「え?もう出来たの?本当にミオさんは飲み込みが早いね」

「いいや、教えを乞う相手が良いのだ、エイナ殿は良い教師になれるだろうさ」

「そんな風におだてても何も出ないわよ……うん、問題なさそうね。読み書きができないって言われた時は驚いたけど、本当に知らなかったの?」

「うむ。屋台の文字もさっぱり分からなかったな。そもそも私が学んだ物とは言語の形態が違う」

「ふぅん。じゃあ、少し休憩してまた続きをやろっか?」

「有難い、少々首が凝ってしまっていた所だ」

 

 何故このようにエイナ殿に文字を教わっているかと言えば、話は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の夕餉の後、食後の茶(野草を煎じた物)を飲んでいると、ヘスティア殿が熱心に何かを読んでいた。

 

「ヘスティア殿、何を読んでいるのだ?」

「ん?ああ、君達のステータスさ。ほら、最近特にミオくんのステータスの伸びが著しいからね。主神としてどうして差ができるのか考えているのさ」

「そんなに差がついてるんですか?神様」

「見てみるかい?はい、ベル君」

 

 ベルが渡された紙を読み進めると、それに連れて段々ベルの顔色が悪くなり、しまいにはしょんぼりと項垂れてしまった。

 

「ベル?どうしたのだ?」

僕の方が先輩なのに……同じくらい戦ってるのに……

「だ、大丈夫さベル君、ミオ君の成長速度が異常なだけで、平凡……平均的な冒険者の成長速度なんて君と大差ないよ!」

「へい、ぼん」

「違うぞベル君!平均だ平均!!」

「いやヘスティア殿、今平凡と言いかけたろう」

「そ、そそそ、そんなことないぞぅ!余計なこと……変な言いがかりはやめてもらおうかミオ君!」

「全く、嘘をつくのであればもう少し上手くやるべきだな。見よ、ベルがしおしおになってしまった」

「むむむ!ボクだけのせいじゃないぞ!明らかにミオ君の一言もベル君の心に深い傷を残してる!!!」

 

 大丈夫だよベル君、と言って必死にベルを慰めようとするヘスティア殿だったが、しおしおとヘタレるベルは元に戻らない。やがて、ヘスティア殿から縋るような視線を向けられてしまう。暫くそれを無視するとその瞳には涙が溜まっていく。幾ら遥かに歳上(らしい)とはいえ、幼子にしか見えない姿形でそれをされると弱い。

 

「……わかった、何とかしよう。おい、ベル」

「……」

「もし必要なら、少しは私が見てやれるぞ。私にも自身の鍛錬がある故、四六時中とは行かぬがな」

「……」

「そう拗ねるな。そもそも私とお前とでは根本的に積み重ねの物量が違うのだから」

「うぐっ」

「あ、しまった。つい本音が」

「がふっ?!」

「ああっ、ベル君に言葉の刃が突き刺さってしまった!!ミオ君!」

「いや、そうは言うがなヘスティア殿!本人の問題を外野にはどうすることもできぬだろう?!」

「ええい、問答無用だ!しばらくの間君のその刀は没収だ!!!」

 

 有無も言わせぬ口調に咄嗟に頷いてしまい、かくして私は自分の命の次に大切な刀をヘスティア殿に没収されてしまったのだった。あまりにも理不尽な顛末である。

 

 

 

 

 

 

 時は今に戻るが、そういう訳でヘスティア殿からの『たまの休暇だと思って羽を伸ばしてきなよ』という有難い言葉と共に私は行くあてもなく街をさまよっていた。そうしてたまたまギルドの前を通った際に声をかけてくれたのがエイナ殿だった。

 事情を聞いたエイナ殿が初めはいくつか本を貸してくれるという話だったのだが、そういえばこの地の文字が読み書きできないと話すと、彼女は快く指導役を買って出てくれたのである。

 

「それにしても不思議だよね、読み書きは出来ないのに言葉は通じるの」

「そうか?読み書きなど、必要とせぬ身分であればなくとも生きていくことはできよう?言葉さえ話せれば何とかなるものだ」

 

 実際に糊口を凌ぐのに精一杯のその日暮らしだった頃は読み書きなど必要なかった。ただ目の前にあるものが食い物に繋がるのかどうかを考えれば生きていけた。そういうと、それはそれで何があったの、と眉間を押えた後にエイナ殿は頭を振る。

 

「そうじゃなくてね、ミオさんが生まれ、育ったのって此処(オラリオ)から遠いところで、文字の形態が全然違うんでしょう?それなのに、話し言葉がこうして通じてるのが不思議だなって話だよ」

「うん?ああ、そういう事か。それは確かに不思議な話だな。最初から伝わっていたから違和感にも感じなかったが。それが何か問題なのか?」

「ううん。問題ってわけじゃないの。ただ私が気になっちゃっただけ」

「ふむ、そうか。エイナ殿は学者気質なのかもしれぬな。知への欲求が高いのは良い事だ」

「そのせいで余計なことに首を突っ込むこともあるけどね……さて、もうひと踏ん張りしましょ。もう少し頑張ったらお昼だもの。そうしたらベル君も帰ってくるはずね」

 

 エイナ殿のその言葉に頷き返し、私は改めて目の前にある紙の束に向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ベル君、少し遅いね」

「まあ、ベルも元服は終えておるのだろう?そう目くじらを立てるものでもあるまい」

「それはそうなんだけどね。うーん、でもやっぱり心配だなぁ。危なっかしいし」

 

 ベルを見ていてヒヤッとする部分が多いのは納得だが、普段背中を預けている身としては彼の柔軟な発想力は馬鹿にならないし、非常に強力な武器だと思う。

 

「お、やっぱり相棒ともなるとベル君をよく見てるんだねぇ」

「ベルも私も研鑽中の身だがな」

「またまたぁ、神ヘスティアからベル君のためにって迷宮潜りを禁止させるレベルで差があるんでしょ?」

「私のこれはステータスというよりも技術故、差があるように見えるのだろうさ。戦闘を通じて得た『敵の弱点』などは反映されなかろう?」

「ん、それは確かに」

 

 それは俗に『経験値』と言われ、その目に見えぬ積み重ねは己の肌に戦況や、場合によっては少し先の未来も見せてくれる。

 

「対人ならともかく、対モンスターが余裕でできる経験を私は持っていない故な。ダンジョンに潜る時くらいは謙虚にいるさ」

「うん、それなら私も安心かな。ベル君のこと宜しくね?」

 

 それと、自信があっても他の冒険者と揉め事はやめてね、とエイナ殿に釘を刺されてしまった。言われずともこちらから何かをするつもりは無いのだが。その後も他愛ない会話をし、ギルドの前で暇を潰していると迷宮の方向から聞きなれた声が聞こえてきた。顔を上げ帰ってきた声の主を迎えようとした私たちは思わず凍りついた。

 

「……ーい!エイナさーん!ミオー!」

「おお、ベル。おかえ、り?」

「おかえりベル君──ってえええええええ?!!!」

 

 真っ白な髪と肌をその瞳の如く真っ赤に染めたベルが満面の笑みでこちらに走ってくるのを私達は愕然で迎えることになったのだった。

 

「アイズ・ヴァレンュタインさんのことを教えて下さーい!!」

「お主はその前にその真っ赤な身体を何とかせい!!!」

 

 

 

 

「ただいま帰りました、神様っ!」

「戻ったぞ、ヘスティア殿」

「お帰り、ベル君!それにミオ君も!あれ?ミオ君は何だかやつれてないかい?」

「いや、大丈夫だ。エイナ殿に頼んだ文字の訓練がキツかっただけだ」

 

 そう返すのが精一杯で玄関に立ち塞がるヘスティア殿を退かすと、ソファに座り込んでしまった。あの後、興奮するベルをどうにか宥めシャワーを浴びさせ、その間にギルド前の清掃を行ったのだが、予想以上に範囲が広くすっかりくたびれてしまった。

 その上聞かされた話が死にかけた上にダンジョンの中で女子に一目惚れと来たらもうなんと声を出せば良いのか分からぬ。誰も労わぬ苦労に思わずため息を零しつつ──不意に香ったあの匂いに食欲が刺激された。

 

「ヘスティア殿……この匂いは」

「おっ、鼻が効くじゃないかミオ君!今日の晩御飯はこれさっ!」

 

 そう言ってヘスティア殿が机に置いたのは──紙袋いっぱいのじゃがまるくん(紛れもないご馳走)だった。思わず生唾を飲み込む私を他所にベルが尋ねる。

 

「神様、こんなに沢山のじゃがまるくんどうしたんですか?」

「ほら僕、最近屋台でバイトを始めたろう?それでお客さんが増えたご褒美と、前に絶賛してくれたミオ君へのサービスに店長が包んでくれたのさ」

「絶賛、って。ミオもしかして感想言いに行ったの?」

「む、美味いものは作ってくれた者に感謝して頂くべきだろう。空腹を刺激する素晴らしい匂いに、揚げたての食感も良し、冷えてしっとりとした食感になるもまたよし。なんと言っても一度でも食べてしまえば繰り返し食べたくなるあの味。正しくあれこそが完全食であろう」

「こんな感じで店長に熱烈な語りをして、それにミオ君が自分でおやつとして買いにも来るから偉く気に入られたみたいでさ」

「僕、こんなに真剣に語るミオを見たの初めてかもしれない」

「それに、栄養価に偏りがあるとはいえ片手で直ぐにと食える上に腹持ちもそこそこ良い。主食と併せても邪魔をせぬが主食になりうる可能性を持つじゃがまるくんはやはり偉大であってだな」

「ミオ君、ストップ。そろそろご飯を食べようか」

 

 この後も暫く二人にじゃがまるくんの素晴らしさを説いていたのだが口の中にそれを突っ込まれる形で黙ることとなった。二人曰く『もうわかったからこれ以上語るな』と言われた。解せぬ。

 

 無論、じゃがまるくんは美味であった。


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