一瞬のような出来事だった。木々の生い茂る森林ステージ、そこで行われた一幕は確かに全てのプレイヤーは認識した。互いに武器を奪い奪われを繰り返し、ついには素手の闘いを強いられることになったとしても瞳の炎を絶やすことはなく、寧ろ根源的な戦闘に近付いたことでより苛烈さを増していた。CQC、EXCQCといったマーシャルアーツの応酬、HPバーの残量は共にほぼ同一、若干優勢なのはサトライザーと呼ばれるプレイヤーであったが相手も互角に立ち会っている。
そして互いのHPが1割を切る頃には、既にお互いが肩で息をするほど満身創痍となっていた。GGOを含めフルダイブ型のゲームにおいて身体的な疲れはそもそもない、あるのは脳の疲労だけ。サトライザーと相対するプレイヤーは顔面全てを覆うマスクの下半分だけを脱ぎ捨て、隠された瞳の奥底で相手を捉え続ける。サトライザーの方はというとHPが三割を切ってからずっと不敵な笑みを浮かべており、今も尚それを保ったまま相手プレイヤーに語りかける。
「Hahaha……
無言で拳を構える。敵として見ている相手に焦点を向けながらサトライザーの一挙手一投足全てに反応できるように研ぎ澄ませている。言葉は必要ない、同じように戦闘態勢に入り相手の隙を伺いながら一進一退を繰り返す。一般人からすれば奇妙な踊りのようにしか見えないが、戦闘者や軍人ともなればこの攻防が極度の緊張状態といった不安定な形で維持されていることに目を見張る。
最初に仕掛けたのは意外にもサトライザーからであった。両者ともに我慢強く隙を見逃さない忍耐力と判断力を兼ね備えているのならば、相手が知らぬ先手を叩き込み即座に無力化させる他ない。だがこの闘いで初めて出したフェイント混じりの打撃は完璧にいなされ反撃を貰いそうになるが、即座に避けて距離を取ったことで事なきを得た。だが隙を見せた相手に慈悲をかける訳もなく踏みつけを行うが若干届かず、かろうじて避けたサトライザーは体勢を立て直しまた睨み合いが続く。
今度は相手プレイヤーが素早い挙動で近付き下からムチのようにしならせた腕で攻撃する。普通ならば避けようのない速さとタイミングだがサトライザーはこれを回避し空いた左半身目掛けて肘打ちを仕掛けるも、急激に軌道を変えさせた右腕を使い叩き落とそうとし、逆にその右腕を利用し喉仏狙いのタックルへと変更。相手プレイヤーは寸前で上体を逸らし避けるとそのままバク転をして距離をとった。
いつまでもこのやり取りが続くとは思っていない。だがどちらかが制するまでお互い止めるつもりは毛ほども思ってない。意地の張り合い勝負の中で、確実に仕留めると思考し続ける。
しかしそんな思考とは裏腹にタイムカウントは残り15秒を切った事を示す。ゆえに最後の一撃をここで叩き込むしか無くなった。互いにせめぎ合い残り時間──2秒、最後の一撃が繰り出される。サトライザーは全身の駆動部をフルに使用し素早くも重い最大の肘打ちを心臓部へと、相手プレイヤーは同じように全身をフル活用させ肘から先を固定した拳の一撃を出す。
二者間の時間が遅く流れるように感じられる。互いに心臓部と腹部へ攻撃が入り込み、同じように吹き飛んだ。木にぶつかって漸く止まりHPバーがゆっくりと全損へと向かっていく所で、タイマーが0を示す。その直後、2人の仮想体が粒子となって消えていった。第1回BoB、Bullet of Bulletsの優勝者は異例の2人という終わり方を示した。
1週間が経ったある午後のこと。大学の食堂のカウンター席で黙々と食事をする男に、その隣に座る外国人の男が同じ空間に居た。魚料理を中心に箸を使って器用に食べている男と肉料理をナイフとフォークを使って口へと運ぶ男、単なる偶然なら特に何事もなく食事を終えていただろう。
「
飯と箸を口にくわえて動きを止める男は、隣に座った外国人を観察し始めた。そしてまたすぐに食事を再開し、口のものを胃の中へと送り込んだ。
「……
「
「
「
「
くつくつと感情を噴き出さぬよう堪えた笑い声がサトライザーから聞こえだす。当事者間のみにしか聞こえない静かなもので、しかし高揚と沈着の相反する情動があった。
「
「……
「
サトライザーが指で何かを弾く。放物線を描いて落ちるそれを危なげなく掴み取り手触りだけで何かを理解したヴェンデッタ。持ってきてきた肩掛けバッグのポケットに仕舞い、また食事を続ける。
「
「……
先に食べ終えたヴェンデッタと呼ばれた男がその場を去る。停めてあるバイクまで向かうと右ハンドルに付箋が貼られており、それがIDコードと気付くと呆れた様子でバッグにしまい公道を走らせ自宅へと帰っていく。オートロック施錠タイプのアパートの一部屋、中はいわゆる戦闘技術に関する本や練習用に使われるゴムナイフや硬質ゴムの模型銃、ギリースーツや鍛錬棒ガスマスクなど普通の内装ではない。
今日、それらが置かれた棚の一角に新たな物品が置かれる。あのサトライザーがくれた1枚のコイン、ヴェンデッタという男はよく知る代物であったため小さな巾着袋にそれを入れた。ちょうどよく男のスマホが鳴り、“特戦の師”と名前が入った相手と通話を始める。
『もしもし、
「はい、大丈夫です。今日の5時ですよね」
『そうそう。じゃあ5時にまた』
「分かりました。あ、あと個人的に話したいことが」
『ん、電話じゃマズイ?』
「実物を見てもらった方が早いので。実は今日──」
男の名は『