時は移ろい、現実世界にて。睦希は小比類巻の部屋で自身の体を丸めて所謂“ごめん寝”の状態で膝枕されている。少し苦笑しながらもその状態を甘んじて受け入れてる彼女は優しく頭を撫でており、普段の2人を知っている人間からすればこの様子を見た場合呆気に取られるのは間違いない。身体的な強さを持ち一見して堅物のような睦希にも脆い部分は確かにあり、小比類巻もその事を理解している。
「……いつもすまない」
「今度は何があったんですか?」
「イザベラに強く当たってしまった……」
「どういう風に?」
「何も聞き取れてなかったのに色々言うなと」
「うーん、前後が分からないので何とも言えないですけど。謝るのは決まってるんですよね、いつもみたいに」
無言の首肯。何度か似たようなことはあって、大体の発端が睦希自身であるため彼の中に納得と罪悪感があった場合は謝罪するというのが常となっていることを小比類巻は聞き覚えている。但し彼自身が納得しなかったことに対しては、睦希の言葉を借りるなら納得のいかない物事に対しては謝罪の意味を見いだせないようで。
とはいえ彼の中には納得と罪悪感の両者があるため順当にいけば問題が起きることは無いだろう。が、彼にはもう一つ重要な面倒事に関わっている事を忘れてはならない。彼がプレイしているGGOにて未だに挙がる“殺しの依頼”、その声はストレスとなってその身に降り注ぐ。とはいえPKを専門としたプレイヤーとして動いており、且つ有名どころになってしまったからには必然的に起こりうる事ではあった。
「このまま寝ていたい……GGOもやりたくない」
「今日は重症ですね。GGOって亮司さんがやってるゲームですよね、何かありました?」
「やりたくない事をやれと強要される……こっちだって人間なんだぞ……」
中々の具合である。彼女もゲームは親友から誘われて様々なものを体験版でプレイしたことはあるが諸事情により殆ど手をつけていない状態であり、ゲーム内事情に詳しい訳では無いがいつもの睦希がここまで意気消沈するほど厄介な事なのだろうと考えた。とはいえ何かする事が出来るのかといえば思いつかず、どうしたものかと悩んでいると睦希が顔を上げて小比類巻の方を見た。
「……なぁ、頼みがあるんだが」
「はい?」
「GGOに来てくれないか?」
ところ変わってGGOグロッケン、初期スポーン位置となる玄関口の場所にて1人のプレイヤーが新たに参加した。150cm代と小柄な身の丈に愛らしい童顔、初期装備の服を着用しそのプレイヤーは自身の今の状態を確認すると歓喜に満ち溢れ、喜びのあまり飛び跳ね始めた。
「レーン!」
「! こっちです!」
ぴょこぴょこと跳ねながら聞こえた声に答えると、彼女の視界に
「香蓮なのか?」
「はい! えっと、亮司さんのことは何て呼べば?」
「今はヴァー・ヴィーかVとでも呼んでくれれば。にしても……」
ちんまりとした姿のアバターを見ていると、彼女本来の背丈や容姿に慣れている彼からすれば違和感の塊なのだが当の彼女、小比類巻の方はこの容姿を気に入っている様子だ。それもそのはず、彼女は元々自分の身長の高さが好きではなかったため。睦希と出会ってからは多少好意的になれたものの未だにコンプレックスであったが、このGGOではその問題に悩まされずに済むのだから嬉しいことこの上ない。事前に身長による今までの問題を聞いていた彼が、この喜びように何も口を挟めなくなるのは仕方ないと言える。
「良かったな、夢?が叶ったようで」
「はぁ〜……どうしよう、ほんの付き添いと思ってたらまさかの出逢い。体験版なのが悔やまれるぅ」
「通信料ぐらいなら出せるぞ」
「うぐっ!で、でもりょん"ん"……Vさんに迷惑かかるのは」
「月4〜50万稼いでる分、負担にもならんよ。親御さんからバイト禁止されてるのなら遠慮しなくても良いんだがね」
「そういう問題じゃなくて〜!」
「カカッ、まぁその事はおいおい。一先ず付いてきてくれ、拠点に案内する」
手を差し出されたレンは何も不思議に思わず手を出したが、ここで違和感を覚えたがすぐにその理由は判明した。いつもならレンの方が少し見下ろさなければならなかったが、今はヴァー・ヴィーを見上げている視線であったから。互いにその新鮮味に気付いたのか、同時に微笑みこの世界だけで味わえるものを体験していく。
途中この2人、強いて言うなら新参を連れたヴァー・ヴィーに対し注目が集まる。なまじ顔も名前も知られているためこうなるのは当たり前なのだが、そこに彼が予想していた効果はあったらしく内心したり顔で誰にも声をかけられずプレイヤーホームへと入っていった。初めて入室する場所に驚きを隠さずに居るレンは長ソファに誘導されながら座り、その隣にヴァー・ヴィーが座った。
「ようこそ、今から此処がレンの拠点になる」
「ここ、1人で住んでるんですか?」
「イザベラも利用してる。彼女はこっちで
「はぁ……にしても凄いですね。
「金かけたからな。と、先にフレンド交換しておこうか」
メニュー画面を操作しフレンド登録を済ませていくが、ここでレンは彼の言っていた名前が違っていることに気付く。それは向こうも似たような様子で名前の綴りが予想していたものと違っていたことを知る。
「L L E N Nで『レン』か。でも確かに被りはしないな」
「Vendetta……?」
「あぁ、そっちが本当の名だ。ただこの姿の時はVかヴァー・ヴィーと呼んでくれ、GGOはこれで通してる」
「何でですか?」
「あー……ヴェンデッタはPKの、プレイヤーキルの依頼を行う際に使う名前でな。あまり表には出せんのだ。今の俺はショップオーナーと仲介屋としての名前で動いてる」
「???」
「……2つの名前を使い分けて二重生活をおくってる、と覚えてくれれば良い。まぁそれはさておき早速だが付いてきてくれ」
ソファから立ち上がり彼女を併設している射撃場へと案内し、分厚い壁に偽装された武器庫を露わにさせる。映画のワンシーンのような光景を見てポカンとしているレンを他所にハンドガンの収納スペースに向かい光学銃とグロッグ19を見繕い、それらを持って来る。
「おーい」
「……はっ! もしかして何かの撮影が」
「映画ではあるまいに。まぁ見えなくもないがな」
そこからは射撃の基本をヴァー・ヴィーから学び、幾つか試した結果サブマシンガンなどの連射性能の高い銃種が合う事が分かり、ちょうど良い武器を選んでいる最中レンはFN P-90と出逢い暫しの間この武器庫に格納されたそれとコンバットナイフを持たせ、試し打ち等を済ませたあとリビングルームで一段落する。
休憩時間になった途端にヴァー・ヴィーは手持ちの葉巻を取り出して、残り本数が少なくなっていることを確認しつつ葉巻に火を付けた。換気性能が整ったキッチンスペースで吸っている姿を見るのは、レンからすれば初めてであった。
「葉巻、吸うんですか?」
「GGOではな。本当はリアルの方でも吸いたいんだが、イザベラから“健康に悪い”と言われてな。ここでは健康被害とは無縁なのがありがたい」
一服し味わい深いとされる煙を嗜みつつ、時間を経たせてから吐く。煙は換気扇に吸い込まれ匂いだけが部屋を漂い始め、その匂いをレンもまた嗅ぐことになる。
「葉巻ってどこから仕入れてくるんですか?」
「お得意様のバイヤーからだな。そして
「造る?」
「特殊なガジェットやら武器やらを造ってるのだ。中には産廃、所謂ロマン全振りといった物まで造らされたこともあるが、それを現実換算で5600万円とかで買い取るような奴だ」
「ごせっ……!? ゲームでそんな大金払うってどんだけ金持ちなんですかその人!」
「富豪の遊びだろうなぁ多分。あの毒鳥でない分マシなんだが、どうにも掴みどころのない奴で──」
まるで狙ったかのようなタイミングでヴァー・ヴィーの視界に一通のメッセージが届いた。中身を確認し終えると一つため息をついて眉間に寄せた皺にフィットするように指で押さえ、葉巻を持ったままその場から立ち上がる。
「タイミングが良いんだか悪いんだか。話していたバイヤーが今から来るようだ」
「さっき言ってたあの?」
「あぁ、ついでに言うと俺がヴェンデッタであることを知ってるプレイヤーでもある。すまないがレン、手伝ってくれないか。キッチンに紅茶の茶葉が……シンク真後ろの保管スペースにある、そこから黒の缶に入ってるものを使ってほしい」
「わ、分かりました」
リビングルームから併設された射撃場を通り抜けていくヴァー・ヴィーと、言われた通りの保管スペースから小さな体で茶葉の入った黒い缶を取り出したレン。彼女はその銘柄を確認するとまた驚愕した。【マリアージュフレール】と称される銘柄の紅茶を揃えている時点で相手がどんなものか想像がつかなくなった。
【FN P-90】
知っている人の多いサブマシンガン。ベルギーのFNハースタル社製のPDWとして開発され人間工学に基づいた設計が行われている。5.7×28mm弾を使用することで高い運動エネルギーを狭い範囲に集中させ、150m先のボディーアーマー(NIJ規格レベルⅢA以下)を貫通する。
【グロッグ19】
オーストリアのグロック社が開発した自動拳銃。前身となるグロッグ17直系のコンパクトモデルとして生み出され日本警察のSATが採用している。19とは9mm弾を撃つ規格番号のようなもの。