翌日。12月に差し迫っているため空気は寒く外へ出るには対策をしておかなければその気力すら湧かない。睦希亮司という男もその例に漏れず、対策のために防寒着を着込んでいる……訳ではなく保温性の高い衣服は着用しているものの4着重ねの内、1番外側の衣服はアラミド繊維のもので防刃性能が高く、中には防弾板が仕組まれた防護服を着用するなど現代日本にあるまじき装備となっている。
更にネックガードも防刃性能が施している物であったり、手袋はハンドガードが取り付けられた物の下に防刃性能の物を重ねて使用するなど、現代戦でもするつもりなのかという装備。しかし彼にとってはこれが1番安心し、これでなくてはならないといった強い拘りを持つ。同居人のイザベラは個人の自由として達観している。
そして下半身、ズボンの方は知り合いからの貰い物らしく他にも幾つか迷彩柄を所有しているが今回は灰色のものを着用。ちなみに、これも同じく防刃性能が高いほか難燃性や不溶性といった一般人が持つことの無い代物である。そんなガチガチな装備とは違いイザベラの外出用の衣服は至って一般的なものの範疇に収まっている。
護身用具であるタクティカルペンを上着ポケットに入れて、財布とスマホだけが入ったショルダーバッグを持って睦希の準備は終了。あとはイザベラの準備が終わるまで暇を潰すだけ。自前の樹脂製安全靴を履いて玄関口で待つ、寒いのでは無いのかと思われるが暖かい所で待っていた方が逆に寒くなるとの自論。
「リョージ、忘れ物」
「ん?……あぁ、そうだった」
準備を終えたらしいイザベラが持ってきたのはイヤーマフ。それを着けると先に睦希は外へと出て、後から出てきたイザベラを確認し閉じられたドアに鍵をかけ外付けのもう1つの鍵をかけると2人は腕を組み、ザスカーの日本支社へと向かう。
その連絡はどちらかと言えば一方的な物腰に近く、またどことなく悪戯じみたものだったのを彼は覚えていた。だがもし仮に、仮にその電話相手が言っていたことが本当であるとするならば……GGOで起きた死銃事件と称される仮想世界での異常の正体について迫ることが出来る。本来の仕事ではないが、VRに対する波風の強い時期にこうした1件が出ていると全く関係のない事までVRというコンテンツへと繋がりかねない。
だからこそ男は電話相手の真偽を確かめるべく、待ち合わせとして指定されたザスカーの日本支社に訪れた。12月に差し迫る寒空の中で出入口の傍で壁を背もたれにしながらスマホを弄る人物──睦希を発見する。かなり防寒対策をしているが僅かに震えも見られるが、視線に気付いたのか向こうも男を見る。スマホをバッグにしまい、声をかけた。
「仮想課のか?」
「ああ。貴方が電話を?」
「そうだ、一先ず入るぞ」
頭を動かして中へと誘導し、先に社内へと入っていく睦希に続き入っていく男。中で待ち合わせている2人が睦希と男を確認すると彼女らは2人に気付き誘導する。物理的な距離が近くなったところで互いに挨拶を済ませ始める。
「あなたが仮想課の人?」
「ええ。あの、貴女方は?」
「私はGGOのプログラムを担当している、星山翠子と申します」
「私はイザベラ・カロル・パトリシア、こっちのミドリと知り合いでね。この場を設けてもらったの……で、彼が」
「睦希 亮司。死銃の一件には独自で関わっていたが、今回こうして貴方々に頼んだ。名前は?」
「僕は総務省仮想課の菊岡 誠二郎、君が死銃のことを知っていると言っていたからここに来た」
「ん、まぁ話は食堂に着いてから。案内お願いします」
「ではこちらへ」
にこやかな笑みを浮かべながら三人を率いて食堂へと案内し、あまり人目につかないような端の席に座り腰を落ち着けて一旦睦希とイザベラの2人は諸々の防寒具を脱いだ。
「ふぅ、漸く暖かい所に来れた。末端型には堪える」
「はいカイロ」
「ん。ありがとう」
「言ってた彼氏さん? ……意外と可愛い顔してるわね」
可愛い、の言葉に反応し睦希は片腕で顔を見せないようにさせた。それが受けたのかはともかく、翠子からの印象は事前情報の“無感情に見えて多感な人”というものには当てはまっていた。
「ミドリ、彼意外と気にしてるんだから」
「おっとこれは失礼しました。でも良いなぁ、こんな彼氏さん欲しいなぁ」
「睦希みたいな人を彼氏にしたいなら根気強くならないと、付き合うのはおろか仲良くするのも無理よ」
「そんな殺生な……」
「んん゛」
菊岡のわざとらしい咳払いであったが話が脱線しかけていたので睦希にとっては渡りに船のようで、腕を下げてカイロを手の中で遊ばせながら話を始めた。
「……今回集まってもらったのは知っての通り、死銃。GGOで起きた発砲の事と現実世界の事が連動していた一件のことだ。ただ予め言っておくが、これは俺たちが導き出した仮説でまだ物証が揃っている訳では無い。それを踏まえた上で聞いてほしい」
「君は態々、その推理を聞かせるためにここに呼んだと?」
「価値のある推理だったから集めた。下手な推理を披露するぐらいなら寝ていた方がマシだ」
「リョージ」
呼び止められた睦希は一つ息を吐き、少し頭を整理してから再開した。
「……そう、推理だ。だがこの推理で聞いた価値があると思わせられるぐらいの出来栄えだと自負している」
「へぇ……」
「そこまで豪語するってことは、犯人が誰なのか分かってるのかい?」
「俺が分かるのは
「……なら、聞かせてくれ。その推理がどんなものかを」
「OK、なら始めようか」
睦希は机に肘を置き、両手を顔の前に合わせてその2人に自らの推理を聞かせ始めた。
「まず今回の件、死銃事件と呼ばれている出来事だが……ハッキリ言ってこれは現実世界で行われた殺人だ」
「ん!?」
「……いきなりぶっ飛んだ話になったね。理由は?」
「1つ、アミュスフィアはナーヴギアではないこと」
「どういう意味だい?」
「言葉の通りだ。アミュスフィアはナーヴギアではない、つまるところSAOみたく仮想世界で死ねばマイクロウェーブの発生からの脳破壊はナーヴギアで無ければ不可能だと言いたい」
「SAO事件は正しくナーヴギアあってのもの。アミュスフィアでは出力不足なのは何となく考えられるわよ」
「……確かにナーヴギアでなければ不可能なのは認める。だが他殺と思われる理由は?」
「2つ目は簡単、自然死や突発性のものでは都合が良すぎる」
「それだけ?」
「少なくとも何時何分何秒にコンマのズレもなく、GGOの銃撃が重なるのは奇跡に近い。それが2人の死者を出しているとなれば尚更不可能だ、神がかった奇跡としか言い様がない。そうではないから他殺だと考えている」
「──もし他殺とするなら、それを示すものは? 遺体には外傷も薬物反応も無かった。君は彼らがどうやって殺されたのか分かったと?」
「ああ。分かったとも」
「え?」
バッグからスマホを取り出し、突然何かをし始めた睦希は少ししてある情報を見せる。
「凶器は────麻酔薬だ」
「麻酔薬……!? いや、待てそうか。それなら残留物として残る可能性は低い……!」
「えっと質問良いかしら? 睦希君だっけ」
「何でしょう」
「麻酔薬って、その、殺せるの?」
「何事も度が過ぎれば死に至るように、麻酔薬でも殺せますよ。投与による合併症や死亡事故なんてのもありますからね。おそらく犯人は残留物として残る可能性を減らすために麻酔薬を使ったのだと思われます」
「死体は発見時、死亡推定時刻から24時間以上経っていた。となれば麻酔薬を使ったというのはまだ理解できた。だがそれだと他の凶器は、それにもし」
素早く手を上げ菊岡の方へと視線を向ける睦希は、そこで言葉を途絶えさせた彼に対し一拍の間を入れてまた話を再開した。
「一気に質問するな。まずは1つずつ推理を披露していくから待ってろ」
「あ、あぁ。分かった」
「……菊岡さん、アンタの言う通り死体に外傷は無かった。仮に麻酔薬だとすれば手頃なのは注射器だが、必ずどこかに針の痕跡が見つかる。だが針の無い注射器だったら?」
またスマホを操作して別の画面を表示させ、それを2人に見せた。
「針の無い注射器、2021年頃にクラウドファンディングによる資金調達を達成。ようやく2023年度に医療機関に向けて販売されたもの、これなら辻褄は合う」
「……あぁ、そういえばニュースで見たことあるかも。てかインフルの予防接種の時にこれでやってもらったかも」
「しかしアンタ、総務省の人間なんだろう? 予防接種……の前にこのニュースは知ってると思ったんだがな」
「知っているよ。けどまさか凶器に使われていたとは思わないだろう」
「まぁ普通では手に入りにくい代物だしな。さて、これらが指し示す犯人像が今浮かんでいるかもしれん……言わずとも分かるな?」
「あぁ……でも、君の口から聞きたい。僕の予想が正しいのなら、とんでもない事態だ」
「なら言わせてもらおう」
1呼吸の間を置いて、彼はその犯人像を語る。
「普通では手に入りにくい針なし注射器に、人間を殺せるだけの量の麻酔薬。これを調達できるとしたら病院ぐらいなものだ」
「じゃあ、まさか」
「病院関係者、それが今回の事件の犯人像だ」