4人のいる空間だけが静寂に包まれたかのような空気を漂わせる。突拍子もないが偶然にしては出来すぎているその内容に菊岡は声も何も出さず何かを思考し続け、翠子の方は唖然としたままだったがイザベラと表情によるコミュニケーションを行って冷静さを取り戻そうとしている。それを意にも介さず睦希へと視線を向き直した菊岡が訊ねた。
「成程。確かに病院関係者ならそうした薬品の調達も、凶器に使われたとされる針なし注射器の調達も可能だ……だがもし犯人が病院関係者とするなら、何のために?」
「動機か」
「それに医療機関に属する人間に休みというものはほぼほぼ無いに等しい。そんな役職の人間が、別の場所で殺人を起こせると思っているのか?」
菊岡の言い分は正しい。医療に携わる人間にとっては兎に角その世界の仕事は
「誰も現職の人間とは言ってないぞ」
「……は?」
「確かにアンタの言う通り現職の人間に暇は無いに等しい。それは重々承知している……だが病院関係者という括りは、現職以外にもその家族や身内なりが入る。おそらくだが病院施設に詳しい人間なら……例えば院長クラスの身内、もしくはそれに続く人間の身内などと考えれば」
「かなり身内に拘っているけど、そのクラスの身内でも知らない事だってある。誰もかれも施設に詳しいわけじゃない」
「だろうな、だがそうでなければ説明がつかん。もし仮に末端の人間が仕組んだ事だとしても在庫確認はされるだろうし、残量も調べられる。それに言った通り現職の奴らに暇は無いに等しい……アンタも言ったことだ。となればそうした時間を作られる立場にある人間、というのが俺の推理だ」
互いに押し黙り剣呑な雰囲気を醸し出しているが、そこに一石を投じるようにイザベラが発言する。
「菊岡さん、だっけ? 確かに貴方の言い分も分かるわ。ただ知っての通り現職の人が犯行に及ぶのは難しいし、何よりバレるおそれがある。彼の考える身内ってのは有り得なくないわ、院長クラスの人間になると自分の跡継ぎとして育てるために教育を施すことだってある」
「まさか、子どもが……?」
「子どもといっても年齢もあるだろうが、少なくとも身内という線は良い所を突いてると思うがね」
そこから先を喋ろうとして、睦希が咳き込み始めた。風邪かと思われるが少しして漸く喋れる状態になり、一言。
「飲み物買ってくる」
「そういえばここまで喋りっぱなしだったわね。あーじゃあ私が行くわ、そっちの2人も何か要る?」
「あ、じゃあ缶コーヒーブラックお願い」
「僕は結構」
「あらそう、リョージはお茶で良いわね?」
「緑茶以外で頼む」
「オッケー」
1000円札を手渡され、イザベラは自販機の方へと向かっていった。若干涙目になりながらも調子を取り戻していった睦希は椅子にもたれかかり、出ていた涙を袖で拭った。また少ししてイザベラが戻り、手に持った飲料を手渡すと睦希は暖かい焙じ茶を1口飲んで調子を取り戻した。
「ふー、助かった……で話は戻すが」
「急だね君、もう少し落ち着いたらどうかな?」
「そちらの星山さんの都合もある。さっさと進めた方が良いと判断したまでだ」
また1口飲んで蓋を閉めると、持っていたカイロを机の上に置き今度はペットボトルを両手で持って話を始めた。
「……あー、そういえば動機の事を言っていたな」
「ああ」
「実のところ動機は単純、と思う。予想だが一種の逆恨みという結論が出た。何せ殺された2人はGGO内でも、毛色は違うがトッププレイヤーとして名を馳せていた。ゼクシード、たぶん重村保だな。アイツはAGI最強理論を提唱したが当の本人が発言とは違う戦法による勝利をもぎ取ったのが許せなかったと考える」
「それだけのために……?」
「それだけの為に人間はやりかねんよ。まぁ動機は兎も角、菊岡さんは侵入方法やら何やらの方を聞きたいものだと思っていたが」
「これから聞くつもりだった。……じゃあ改めて、もし他殺だとした場合の侵入方法と住所の特定方法、君の見解を聞かせてくれ」
「無論、そうさせてもらおう」
また焙じ茶を1口飲んで、死銃の手口についての説明を彼は始めた。
「まず侵入方法だが、結論から言えば救急隊のマスターキーの可能性が高い」
「そうか……いや、そうかそれなら可能だ」
「はいはい質問、何で救急隊?」
「突然何かに発症した患者が家の中に居る場合、その鍵を開けるために救急隊は緊急時に使用出来るマスターキーが必ず配備されているのだ。最初は不動産管理会社かと思ったが、それでは犯行がバレる可能性が浮上する」
「……最初は救急隊のマスターキーを使用しても記録自体は残ると思っていたが、事故死として判断されれば不必要に捜査をする事も無いか。中々どうして頭が回る」
「国家に属する機関がこうもおちょくられてる事実に誰も気付いてないのも、こういってはなんだが呆れを通り越して笑えるものだ」
「中々思い切ってるわねぇ」
「で最後、住所の特定方法だがその前に1つ星山さんに質問がある」
「何かしら?」
「GGOに光学迷彩、名をメタマテリアル光歪曲迷彩だったか。その名前のアイテムはあるか、だ」
「……驚いた、かなり耳聡いのね君」
「情報筋があるんでね。その反応だとある、で良いんだな」
「ええ。確かにレアアイテム枠としてあるわ、でもそのアイテムがどうかした?」
「俺の予想だと、それを使って住所を特定──いや、盗み見た可能性があると考える」
「盗み見た?……何処で」
「BoBの時だ。参加時には商品を受け取るか否かで住所を記入する必要がある、その時にその光学迷彩を使って盗み見たのだろう」
「……そういうこと。確かあのアイテムは無制限に透明化できる、そこが問題視されてたから調整案が出されたわね」
「さて、話の大筋を語り尽くしたところで整理しようか」
1:犯人はメタマテリアル光歪曲迷彩を使用し、BoB時に住所を盗み見た。
2:ゲームプレイ中に救急隊の使用するマスターキーにより侵入。
3:GGOでの射撃とタイミングを合わせて麻酔薬を投与、意識は仮想世界にあるため声を出すことは無い。
4:犯人像は病院関係者でゲーム時間を確保できる人物
「と、いった風に纏められるな。あとは」
「1ついいかい」
「何だ?」
「今の内容だとGGOでのカモフラージュと現実での実行者と、2人必要になる。複数犯なのか?」
「そうなる。とはいえ1人は俺が言った通りゲーム時間を確保できる病院関係者と考えてよい。少なくともな」
「具体的な人数の予想は?」
「2人以上、としか分からんよ。だが……」
「だが?」
「犯行に使用されたと思われる物が物だ、調達するにしても目に見えて減っていれば気付かれる恐れもある。とすると犯行人数は少ない方だと考えて良いかもしれん」
「なら見積もって2、3人程と見ていいね」
「そしてここからが本題。この日に集まってもらった訳だが……この死銃を捕まえるのが目的だが」
時計を確認すると、そろそろ1時にさし迫るといった辺りになっていた。
「そろそろ星山さんは業務に戻った方が良い時間ですね。差し支えなければ、今夜GGO内で会うことは出来ますか」
「GGOで?」
「プレイヤーホームを持ってましてね。そこなら防音の観点から安全に今後の進め方を計画することが出来る」
「推理の方は良いのかい?」
「まだ物証さえ手に入ってない仮説で聞かれても問題は無い。今の推理を聞いて何かが出来るとは思ってませんよ、多分そんな度胸もない」
「かなりズケズケと言うね」
「で、今夜GGOで会うことは?」
「僕は行ける」
「私は……予定を確認して、行けるかどうかイザベラの方に連絡するわ。場所を教えてもらえる?」
「GGOのプレイヤーにヴァー・ヴィーの店の場所を聞いてください。時間は……日付が変わる前、午後11頃にでも」
いそいそと防寒具の着用を進めていき、準備が終わったところで全員離席した。
「では、本日は貴重なお時間ありがとうございました。可能であれば午後11時にまた」
あの話の後、業務に戻った星山翠子は睦希が言っていたヴァー・ヴィーというプレイヤーネームに対し引っ掛かりを覚えていた。私的なものとはいえGGOプレイヤーでもある彼女の耳にもその名前は知っているし、第1回BoBの影響で図らずとも有名になった仲介屋であることも知っている。
だが1つ気になったのは、その睦希がヴァー・ヴィーという名前を使ったこと。確かにGGOではその名前が広く伝わっているものの、管理者側としてチェックしていた際にヴァー・ヴィーという名前は何処にも無かったということだ。ゲームの中で偽名を使用しているという不可解な行動だが、もし本当の名が公にできない事情を抱えているとすれば。
それを確認するにしても、やはりGGOへと向かわなればならない。その時間を確保するために本日の業務を終わらせて、早くマンションに帰る必要性が生まれた彼女だった。