午後10時30分、GGOにて
「あなたがヴァー・ヴィーかしら?」
「ああ。……今日の昼に会ったか?」
「ええ、あなたが彼氏さんね」
「貴女か。ここでは何と呼べば」
「『ツェリスカ』よ。よろしくね」
「ツェリスカ……プファイファーのから名前を?」
「詳しいのね。どこからそんな知識手に入れてきたのかしら」
「色々とな。先にホームに入って」
「その前に、聞きたいことがあるのだけど」
静止したヴァー・ヴィーがツェリスカの方を見て疑問符を頭に浮かべながらも、警戒心を内側に潜めながら発動させておく。死銃事件の対策ならばホームで話し合えば良いのだから、尚更この場に留めさせる必要は無い。だが彼女の一言は彼の警戒心を高めるに値する言葉であった。
「あなた、本当はヴァー・ヴィーなんて名前じゃないでしょ」
ピクリ、と眉が動く。先程とは打って変わって警戒心の塊を全面的に押し出している彼は問うた。
「何の話だ」
「言ったわよね、私はこのGGOのプログラマーだって。ヴァー・ヴィーの名前を調べたけど、そんな名前は無かった。だから聞きたかったのよ、あなたの本当の名前」
「…………ホームに入れ、話はそれからだ」
「ここでは答えてくれないのね」
「出せば面倒なことになる名前なんでな。来い」
若干諦め混じりに警戒心を緩めた彼は、先行してホームへと入っていく。それに続くようにツェリスカも彼のホームへと足を踏み入れ、このGGOにおいては高級感漂うその内装に感嘆するも彼がソファへ座るように頭を動かして誘導すると、彼女はソファに座り台所スペースで作業する彼を待った。
少ししてトレーを持った彼がやって来る。彼女の前に装飾の施されたティーカップとソーサー、そしてメインの紅茶が置かれる。次に砂糖とミルクの入った容器とティーポット、最後に彼自身の紅茶を置いて彼女と対面するように彼は座り、砂糖とミルクを入れて紅茶を1口飲んだ。
「悪いな。ここには紅茶しかない、要らなければ構わん」
「いえ、いただくわ。ありがとう」
ツェリスカは何も入れずにソーサーを持ち、もう片方の手でカップを持ち紅茶を飲む。ことこのGGOという世界観を考慮するならこの紅茶に使われた茶葉でさえもかなりの価値を有するのだが、それを何の問題もないように使った彼の素性が余計に分からなくなってくる。ツェリスカが1口飲んでカップとソーサーを机に置くと彼がため息を吐き、面倒そうな様子で語り始めた。
「確かに俺はヴァー・ヴィーという名では無い。この偽名の方が都合が良いのでな」
「じゃあ、あなたの本当の名前は?」
「お前もよく知ってる名だとも、ヴェンデッタというな」
「! あの、ヴェンデッタ……?!」
「だから表には出せんのだ。俺がそうだとバレれば、こぞって面倒ごとを起こしかねん」
「……成程、納得したわ。ごめんなさいね色々と」
「まぁ、考えてみればバレる可能性はあった訳だ。仕方ないと納得するしかない」
「諦めが早いのね」
「色々と極端なだけだ……あぁ、俺の名に関してだが偽名の方を使って欲しい。本当の名を知っているのはイザベラと他に2人居るが、下手にヴェンデッタの名前を出すのは不味い」
「分かったわ。あの男の人には?」
「偽名で頼む。下手に情報が流れるのは避けたい」
「ならヴァー・ヴィー……ヴァーちゃん?」
「ヴァーちゃんて、Vで良い。よくそう呼ばれてる」
「ならVちゃんね」
「ちゃん付けは確定なのか」
ヴァー・ヴィーが諦観の表情を浮かべたのも束の間、このホーム内に銃士Xがログインしてきた。そして彼女の視界にヴァー・ヴィーとツェリスカが映ると、彼に若干詰め寄りつつ問いただす。
「V、この人は誰?」
「星山さんだ、イザベラ」
「やっほーイザベラ」
「──え、ミドリ!?」
知り合いと分かったや否や彼そっちのけでアバターの容姿に対してやGGOで行ってきた様々な事に関する話題が2人の間で発展していく。1つ息を吐いて自分の紅茶を飲んだところで、ホームのインターホンが鳴った。それらを置いて画面を確認すると初心者装備を着た見慣れぬ男が玄関前に立っている。
「今日の昼、俺たちが交わした話は?」
『え、そういうシステム?』
「ただの確認だ。で、どうなんだ」
『死銃事件の推理』
「菊岡さんか、なら入れ」
自動扉を開かせ中へと招き入れる。リアルでは眼鏡をかけているが、このGGOでは眼鏡をかけていない。だがリアルと変わらず何故か“菊岡誠二郎”という人間の雰囲気を出しているため、何となくの直感で正体に確信めいたものを覚えた。
「いやぁ凄いね。現実世界の豪邸より良い設備じゃないか」
「……菊岡は菊岡なんだなと思い知った」
「どういう意味それ?」
「まぁ良い、さっさと話を進めるぞ」
「えちょっと、ねぇどういう意味ってば?」
暫くのあいだ話し合いが続き、30分を過ぎたところでまとめに入っていく。ツェリスカもとい星山翠子の役割は、死銃と合致するプレイヤーとリアル情報の確認。菊岡誠二郎は警察の手配や可能な範囲で犯人に該当する人物の照合、ヴァー・ヴィーもとい睦希は明日死体発見現場の方を見に行きたいと考え、犯人の行動範囲を彼なりに調べるそう。
「とはいえ、星山さんと菊岡さんの出番はBoBの時になるためその間は自分の業務に勤しむ事になるがな」
「君の仕事量が多くなってるけど良いのかい?」
「ま、問題ないといえば問題ない。時間と金なら幾らでもあるしな」
「そう? でも良いのかい、仕事とか学校とか」
「人のリアルを詮索するのはどうかと思うぞ」
「おっと勘の鋭い」
「でも本当に良いの? 学生ならまだしも社会人だったら時間は取りにくいし」
「この男の前でリアルの事を話すのは
「いや酷くない君?」
「俺の琴線に触れたアンタが悪い」
葉巻を取り出して一服し始める睦希。少々不機嫌になっているが、今はそんな事はどうでも良いことぐらい彼自身も分かっている。とはいえそれはそれ、これはこれ。会って間もない他人が否応なしに詮索するのはやられて良い気分ではない。暫く煙を味わい、葉巻を口から離して煙を出す。
「……今日はもうこの辺でお開きだ。わざわざ手間取らせて悪いな」
「あ、じゃあ先に戻っとくよリョージ」
「おう」
「僕も帰るとするよ。今日はお疲れ」
「また何かあれば連絡するが、良いな?」
「その時の状況次第ってところだね」
「了解した」
イクスと菊岡の2人がログアウトし残るはツェリスカとヴェンデッタだけとなったが、彼女の方は一向に帰る様子を見せていないため疑問視した彼が訊ねた。
「帰らんのか」
「あら、せっかくあのヴェンデッタがこうして目の前に居るんだもの。色々と個人的に聞きたいことがあるのよ」
「勘弁してくれ。明日のために休みたいんだが」
「んー……それもそうね、じゃあフレンド交換しない? お話はしてもらうけど、また今度ってことで」
「…………分かった。まったく」
互いにフレンド交換を済ませ、ようやくといった形でツェリスカはログアウトを行いこのホームから消えた。手に持つ若干短くなったの灰付き葉巻をまた咥え、それらを吸い終えるとログアウトを行った。
起きてまず耳に入った浴室のドアの開閉音、今はイザベラが入っているのだろう。ときおり2人一緒に風呂に入ることもあるがそうなった場合、決まって夜の誘いというものに負けて情欲に耽るのがパターンとなっていた。とはいえ明日、もう少しで今日になる訳だがその日は出かけなければならないので気力を今から回復させておく必要がある。
「リョージー! シャンプーの詰め替えやってくれるー?」
「少し待ってろ」
彼は風呂場方面へと足取りを向けて特に遠慮もなしに入り、洗面台下の戸棚から詰め替え用のものを取り出した。
「イザベラ、シャンプーの容器をこっちに」
「…………」
「イザベラ?」
返事はない。人のいる気配はするものの応答をしてくれないのは不自然に感じるのは当然のこと、風呂場のドアをノックして再度声をかける。
「シャンプーの容器を渡して──」
浴室と洗面所を隔てる壁が開かれる。睦希の目には見慣れても見飽きることの無い彼女の体と、いつも浮かべている明るさが翳ったような暗い顔。それを見て無表情ないつもの顔から、ほんの僅かに優しさを見せる表情へと変えさせた。
濡れた彼女を気にせず、何も言わず優しく抱きしめ頷いた彼はその場で服を脱ぎ彼女とともに浴室へと入る。睦希はひとしきり体や頭を洗い、イザベラを上に乗せて風呂に浸かった。彼女は腰にまわされた手をずっと握りしめ、彼にもたれかかる。
「……心配か?」
「……うん」
ただそれだけの会話のあと睦希は片手を解き濡れた手で彼女の頭を撫でる。
「ホント、今更ここまでやって来たのに……あの時を思い出しちゃって……怖くなって」
「あの時とは違う」
力強く、彼は答える。
「もう、悲しませるような事は起こさない。絶対に」
【プファイファー・ツェリスカ】
ツェリスカの名前の元となった銃。オーストリアのPfeifer Waffen社が開発した大型の回転式拳銃、本来は象狩りなどに使用される600ニトロ.エクスプレス弾や.458ウィンチェスターマグナムを使用しており世界最強の拳銃として名高い。しかしその重さや大きさから携行性は無く、撃つにしても匍匐姿勢で土嚢に乗せるなど依託射撃が求められている。
尚、キャラクターとしてのツェリスカはショットガンとアサルトライフルを使用しておりハンドガンの使用は確認されていない。