とある昼時の時刻、自宅で噛みごたえのあるジャーキーをよく咀嚼しておりそれ以外を何も考えずにしている睦希が居る。肉本来の旨味が口いっぱいに唾液を伝って広がり、かなり満足度は高い。それを二十分近くかけて食べ終えると精神統一をはかり、これを三十分。熟れたルーティーンを終えるとベッドに寝そべりアミュスフィアを被って目を瞑った。
「リンク・スタート」
無機質な声が部屋に伝わり、睦希は意識を仮想世界へと向かわせる。次に目が覚めるとGGOの世界にヴェンデッタとして足を付けていた。だが装備していたマスクはなく素面のアバターでグロッケンの街並みを歩いている、ヴェンデッタとして悟られないように態々装備まで変えているため余程バレたくない様子。ただ愛用のカランビットナイフだけはホルダーに収められているのは変わらない。賑わいを見せるショップに足を踏み入れ、NPCの店員ロボに出迎えられ商品を見ていく。
「……ない、か。まぁそんな頻繁に増える訳ないか」
「ゴ利用アリガトウゴザイマシタ!」
喧騒から離れ次に向かったのはプレイヤーハウス、そこはヴェンデッタが購入した場所であり安息所兼PC店舗の1つとなっている。武器が展示されたショーケースを挟んでヴェンデッタは座り趣向品である葉巻をふかす、この店では基本武器もそうだがヴェンデッタ自身の手によって作られたセルフメイド品が揃っており収入はそこそこ。純粋に買い物客として訪れるプレイヤーも居るものの、中には特別な依頼を頼む客も存在する。
とは言ったものの後者のプレイヤーは少ない。GGOは確かに他タイトルと比べてプレイヤー間のトラブルは多いものの、基本のやり取りが銃撃戦という点で勝負が波乱を呼ぶ場合が多々ある。もしもあるとすれば力量差で埋まることのないプレイヤーが復讐を代行してほしい時、とはいえベテラン勢がそうした復讐代行を頼むことなど早々ない。序にここの依頼料は所持金の少ないプレイヤーには払うことは難しいというのもある。
特に何事もなく時間だけが過ぎていくと、店のドアベルが鳴った。銀の長髪に加え肌の露出度が高い衣装を着た女性プレイヤーが入ってくる。
「
無言かつ視線を合わせず
「なんで撃つのさ!?」
「煩い、shut up, 回れ右してこい
「おーぼーだー!」
イクスと呼ばれたプレイヤーとヴェンデッタ、どのようにして出逢ったのかはさておきかなり気安い間柄であることが窺える。怒りながらもイクスの方はカウンターの向かい側、従業員側の方へと移りプンスコと擬音の出ていそうな雰囲気で隣に座るも、ヴェンデッタの方は更に奥、プレイヤーハウス側の方へと移動していく。それに伴ってイクスもまた付いてくる。
「撃つ必要なかったじゃん」
「お前が居なければ撃つことなかった。今日仕事じゃなかったのか」
「有給とってこの3日間は休みになったのよ!」
ふすん、と鼻息荒く威勢をはるもそれを無視してヴェンデッタは面倒な様子でソファに寝そべり、イクスはソファの背にもたれかかる。
「“V”の方はどうなのよ、そろそろ就職考える時期でしょ?」
「今のところ知り合いのもとで働かせてもらってる。この世界でも稼がせてもらってる分、今は就職について考えてない」
「おー、ゲーム廃人。そんなんで大丈夫ー? 私が言えたことじゃないけど」
「ほっとけ」
そんなやり取りのあと、また店番に戻ったヴェンデッタはしばらくの間暇な時間を過ごす。時折客が数名ほど来るも銃砲店ではないため基本見物客化したり、たまに本格的な動きを見せる本物が近接武器や投擲武器を買いに来るなどして1時間が経過した。イクスはというと暇になってフィールドへ狩りに向かった。
また店のドアベルが鳴り、ブーツの音が店に響くが何かに気づいたヴェンデッタはその客を見た。かなり奇天烈なピンクのトサカ頭をしたサングラス装備のプレイヤーは、ペン型暗器の傍にある記念コインを1枚手に取りそれをヴェンデッタに差し出した。この店の隠れたルールであるそれを見て、男をプレイヤーハウス側へと誘った。
既に荒廃しきった世界観を主軸にしたGGOのフィールドは基本的に荒れ果てて放棄されたという設定を持つ場所が多い。荒野フィールドもその例に漏れず、放棄されたかつての文明の名残という設定のもと風化した住宅地や発電所といった施設が多数存在し、そこに蔓延るエネミーは基本二足歩行型のアンドロイドといったMOBが多い。中には虫型エネミーも乱入することもあるがそこは省略させてもらう。
基本フィールドにはエネミー狩りを主としたプレイヤーと、PKを主としたプレイヤーの2種類存在する。前者は光学兵器により出費を抑えながら狩りをするのに対し、後者は実弾兵器による光学バリアの無効化を行いPKを画策する。GGOでは当たり前になったこの様式の中でも、各々の楽しみ方は千差万別に富んだ。銃への憧れ、世界観の興味、一攫千金、浪漫、多岐に渡るGGOのプレイ理由に誰かが口出しされて良いものではない。だが極稀に先程取り上げた理由ではなく、世間一般でいう異常者の動機が混じることもある。
彼女はその中でも“死”を望んでいた。戦火の中で繰り広げられるスリルと死を欲していた。けれどその本質をこのGGOで完全に満たすことは出来ずにいた、けれど彼女にとってこんな仮想世界でしか満たされない欲求でもあった。それがどれだけ意味の無いものと分かっていても、彼女が本当に望んだものが手に入る事など決してないのだとしても。僅かな望みを賭けてまで
最近よく耳にするあるプレイヤーの存在、人殺しの狂ったサイコとまで言われHPが全損しかけようが狂った笑みで標的の区別なくPKする女性アバターの『ピトフーイ』と、それに随伴する大柄の男性アバターの『エム』が居ると噂されている。猟奇的で狂気的な2人組の噂は広がり、半ば賞金首扱いされている。だが実際には勝ち負けを繰り返すような力量であり、上手くいけば仕返しできるといったプレイスキルともされている。それでも不穏な噂が絶えないのは偏にその凶暴とも揶揄される人間性の持ち主であるからだろうか。
そうして彼女はその衝動のままに狩り、随伴する彼はサポートの形で殲滅する。性格に難アリとはいえ力量差を理解している2人は他のPKを主体としたスコードロンに協力する形でのプレイを行っていた。戦果も上々、多少燻ってはいるものの沈静化していた。何もかもがいつも通りに終わる、そう予感していたこの場のプレイヤーは思いもしなかった。
「よーし、全員撤収だ」
「……何か1人足りなくないっすか?」
「んぁ? おい誰だよ勝手に行った奴は。お前捜してこい」
「えぇ、ったく何でオレが」
ぶつくさと文句を垂れながら居なくなったプレイヤーを捜し始めた1人、帰ってくるまでのあいだ屋内で待つ事になったがどういう訳かそのプレイヤーも帰ってくる気配がない。かれこれもう10分以上は経過しているというのにだ。流石に何かおかしいと勘づく者はいた。現在の総人数20名、互いに2人1組の態勢で辺りを捜索することになった。
5分経ち、定時連絡を行う。編成していたDとFペアの連絡が途絶えたことが確認され只事ではないと確信し始めていた時であった。4人ごとの編成となった瞬間、スコードロンのリーダーであった男性プレイヤーが頭蓋を撃ち抜かれて消えた。
「スナイパー! 狙われている!」
それが最後の言葉となった発言者もスナイプされ、全員別々の屋内へと逃げ込む。こうした一連の流れにふとピトフーイの中で何かが当てはまった。
「……ねぇエム、私多分この手口知ってるかも」
「奇遇だな、俺もだ」
「だ、誰なんだよ。こんな馬鹿げた真似をしてる奴ってのは!?」
直後、別の建物内で爆音と銃声が響く。少しして音が止んだその室内を観察していたプレイヤーの声が震えた。
「
「なっ……!?」
「総員、こちら側の観測にて『ヴェンデッタ』らしきプレイヤーを確認したようだ。最大限の警戒態勢で集合せよ」
彼らにとってその報告は死のカウントダウンに等しかった。あの異次元の闘いを魅せたヴェンデッタと呼ばれるプレイヤーに、自分たちが狙われている。これを不幸と言わずして何と言うのだろうか。受け止めきれぬ現実と受け止めなければならない事実を背負い、死なぬように移動を始めた。
「────あハッ」
ただ1人、口元を歪ませた例外を除いて。
『Vendetta』
・第1回BoB優勝者の1人。この闘いはGGOが始まって以来の非常に濃密な戦闘としてプレイヤーの間で知られている。もう1人の優勝者はアメリカ人プレイヤーの『Subtilizer』
・リアルでは戦闘技術を鍛えているだけの一般人。しかし本人の談であり、持ち物からして常在戦場を意識しているなど一般人らしからぬ生活をしている。
・リアル名『睦希 亮司』