あれから日は経ち12月に入って幾ばくか過ぎさって、現在12月4日。白い吐息がふわりと空へと昇ってすぐ消える寒い冬の季節に1人、報道から一月ほど経ってほとぼりが冷めたように警察も手を引いている現場がどこか虚しいと感じる。
あれから2つの現場にこうして赴いているものの何の進展もない。紙面の地図上で2つの現場を中心に円を
不器用な性格を改めて実感しながらも、これからどうするかと悩みながら細長い棒状のカルパスを口に咥える。口内に入った部分を舌で味わいながらボケっとしていると、その様子を傍から見れば煙草を吸っているようにも見えるわけで、彼のもとに近寄って来る男が声をかけた。
「おい、そこの兄ちゃん」
「ん?」
「このご時世、外で煙草吸ってんのはいただけ……何だそりゃ」
「……ああ。カルパスです」
「紛らわしいなオイ。ま、煙草に見えちまうから気ぃつけな」
「気をつけときます」
カルパスを口の中に入れて咀嚼し胃の中へと通らせたあと、やって来た白髪混じりの中年男性は睦希に訊ねた。
「お前さん、ここで何やってるんだ?」
「その前にどちら様ですか。誰か分からないと何で話しかけたか分からないので」
「まぁ、それもそうだわな」
男が懐から取り出したのは本来一般人が持っている物ではなく、あまり本物を見かけることなくともよく知っている物であった。男の名前と顔写真、そして桜の代紋が施された警察手帳を見せて男は名乗る。
「大宮警察署生活安全課の『
「刑事の方でしたか。これは失礼、睦希亮司です」
「で、話は戻すんだがここで何してるんだ?」
「その前に1つ、ここ重村保って人が発見された場所ですよね。もしかして担当してたりしました?」
「何だお前、野次馬か?」
「まさか。色々と不自然なんで個人的に調査してただけですよ」
「じゃあ探偵か」
「いいえ。一応職業としてプロゲーマーをば」
「プロゲーマーぁ? 何でそんなのがここに来てるんだよ」
「あの事故死がどうも引っかかるんですよ、なんで独自に調べてました」
「そうかい。だかお前さん、探偵気取りも良いが下手に調べて警察の厄介になっちゃ話にならねぇからな?」
普通はそう。捜査のイロハも知らない一般人が下手に探偵ごっこをして現場を荒らして住居不法侵入だのになれば、面倒なのは事を起こした当人になる。懲役はともかく罰金の支払いという観点からも良いところは無いし、警察も手間が増えたことで良いことは何も無い。双方にとって良いとこなしなのは誰だって御免である。
が、それはあくまで何も知らない一般人という括りの人間がそうした場合。睦希はこの出会いをチャンスと思い立ち、内心ほくそ笑みながらも笹森に話しかける。
「……あの、笹森刑事」
「あん?」
「もしもこの場所で起きた事故死が、誰かに仕組まれたものだとしたらどうします?」
「…………何言ってんだお前?」
「なら言い方を変えましょう。この事故死が計画的な殺人と思われる根拠を、俺が持っているとしたら?」
「なんだと?」
食い付きは良好。あとは両者にとって協力的な状態を作り上げるだけ、矢継ぎ早に笹森は目の前の睦希に訊ねた。
「何か知ってるのか」
「ええ。でもそれを教えるには個人的な条件を結んでもらいたいんです」
「条件?」
「簡単に言えば、俺と貴方との協力関係ってヤツです。俺は知っている事を話す代わりに、笹森刑事には次に事を起こす犯人を捕まえて欲しい。それが条件になります」
「……今の話を聞いてる限り、お前をその犯人として捕まえて署で聞き出した方が早いと思うがな」
「警視庁に知り合いが居るんです。下手に犯罪なんて起こしてあの人に面倒がかかるのは、こっちとしても御免です」
「警視庁? 誰が居るんだよ」
スマホを取り出して画面を操作し、睦希は電話帳にある顔写真のあるアドレスを表示させ笹森に見せつける。
「主要部長の
「マジかよ……」
「大きな声では言えませんが、個人的に公安と繋がりもあります。脅しという訳じゃありませんが、下手に俺を捕まえるとなると面倒にしかなりませんよ」
「お前、一体何モンだ……?」
「一般人のプロゲーマーですよ。人脈が変わってるってだけで」
「だとしても変わりすぎなんだよお前さんのは……まず話を聞いてからだ、その後判断する」
「ええ、構いませんよ」
今、睦希が持ち得る情報はおよそ情報と呼べる代物ではない。突拍子もないと一蹴されそうな推理は、だが理にはかなっており納得するに値する根拠であった。睦希がやっているGGOに住所特定に使用されたアイテムが存在していることは裏が取れており、現在は総務省仮想課とそのプログラマーの協力も得ているとなれば話は別。協力関係を結ぶにはこれ以上ない人物である。
「成程。それがあの事故死の真相だと、そう言いたい訳だな」
「ええ、その解釈で合ってます」
「……仮にお前のその推理が本当だとしても、今お前さんの手にはそれを証明する物証が無い。それなら重要参考人として話をしてもらう方が早いんだがね」
「否定はしませんよ」
やはりというか信じるに値するための何かにまだ行き着いていないというのが大きい、まずは疑うというスタンスにはとやかく言うつもりは無いものの話が通じないのは面倒である。とはいえスムーズに話まで持っていけた事を幸運と思うべきだろう、普通なら一蹴されて終わりなのだから。だからこそ、この話し合いの状態にまで持ち込めたことに付けこむのが最善の手ということを理解しなければならない。
「ただ、笹森刑事はこの話を信じても良いと思っているのでは?」
「あん?」
「少なくともこんな一般人の話を真面目に聞いてくれる警官は、今のところ貴方しか知りませんよ。それに笹森さんもあれらが事故死と判断されたことに疑問を抱いているのではないのですか?」
「…………」
「だから個人的にあなたも調べている。勤務中であるのなら普通、複数人で行動したりデスクワークが主でしょう? 多分今の笹森刑事は勤務時間外の状態、端的に言って休暇中の筈です」
「ケッ……どこでそんな知識を仕入れてくるんだか」
「認めるんですね、私の発言を」
どこか諦めと若干の感心を含んだ表情を浮かべながら、2度頷く。その意味は肯定を示していた。
「ああ、そうだ。俺もこの件ともう1つの件に疑問を持っている。正直立て続けにゲーム中に心臓発作が起きて死ぬなんて偶然にしては出来すぎてる、何か裏があるんじゃないかってな」
「なら協力関係を結ぶのは悪い話じゃないと思いますがね」
「……確かに悪い話じゃあない。何なら上手いこと犯人を捕まえる手立てにもなる」
「まだ何か?」
「総務省の人間とその会社の人間と協力してるんだろ、その確認がしたい。お前さんの名前を出してこの
「それで信用できるのなら」
「なら名前を教えろ、誰と誰だ」
「総務省仮想課の菊岡誠二郎と、ザスカーのプログラマーの星山さん。星山さんの方はこちらで連絡とって──」
スマホを取りだしてイザベラから教えてもらった番号で星山翠子に繋げようとした時、小石の割れた物音が近くで鳴った。それに気付いた睦希は物音のした方へと振り向くと、その視界に金髪を見かけ慌てた様子で走り去る物音がすれば笹森も流石に気付く。
その前に飛び出し、睦希が近くの曲がり角を確認すると走り去る男の姿を目撃した。嫌な予感というのは当たってほしくないが、もしかしたらという可能性を含んだ心境を持ちながら彼はその男を追いかけた。
「待てッ!」
追想劇は熾烈なものとなっていった。ペース配分というものを考えず只管に逃げ続ける男と、それを一定の距離を保ちながら上手くスタミナ管理を体感で行う睦希。
逃げ足というのは被食者が捕食者から逃れるために本能に染み付いた、リミッターの限定解除のようなもの。そのため逃げている対象は通常と比べて速く、そして疲れ知らずの状態で走ることが可能である。反対に追いかけている対象は無駄なリスクを避けるため、一種の本能としてスタミナを無意識に管理している。獲物に執着することなく捕らえやすいものを捕らえて生存確率を上げている。そうして生物は生きながらえたのだ。
しかしこと人間においては、諦めの判断を下す場合が無い状況に出くわしたとき諦観を捨て去ることがある。この追想劇のように。
逃走者は逃げるために自転車を倒したり人混みの多い場所を通り振り切ろうとしたが、障害物を飛び越え人混みを避け睦希という追走者は対象を捉え続けた。結果、逃走者のスタミナは切れ睦希は大宮第三公園で男を追い詰めた。男は肩で息をしつつも咳き込んでいるが、睦希は少し息が上がっているだけであった。
「ハァ゙……ハァ゙……ぅえ゙っ」
「…………お前、何であそこから逃げた?」
睦希は訊ねる。男は今逃げられない状態にあり、ここから逃げようとしても簡単に捕えられるだろう。だが男は睦希にそのしたり顔を見せないまま、僅かな余力を振り絞って逃げ始めた。
「待てと言って──!」
男を追いかけようとして、後ろからの気配に気付き避けて距離をとった。睦希の背後には鉄パイプを持った仮面付き、敵意と嘲りを持って鉄パイプを叩いている男の他にも、睦希は気配を感じとれていた。彼は軽く息を吐き思考を整えると両腕を頭の側面にやって体勢を低く構えた。周囲の者の嘲笑が聞こえる。
「お前ら、あとで誰なのかじっくり聞かせてもらうぞ」
冷徹かつ威圧を含んだ声が、開始の合図となった。