『私と賭けをして』
そう提案したのは後にも先にもこれが初めての出来事、ただの雇われスナイパーである彼女の発言は雇われ先のスコードロンリーダーであるダインからすれば、身勝手で生意気口を慎まない彼女に対し不満気な様子であった。
冥界の射手、氷の狙撃手などと呼ばれ実力もある。最近ではあの仲介屋ヴァー・ヴィーの師事も受け行動を共にすることも増えており、時折その2人のコンビやチームを見かける事も若干ある。つまるところ彼女は実力者集団の中でも着いていけられる程の戦力を有している。だがそれはそれ、たとえ実力が高かろうがダインは1スコードロンを束ねるリーダーだ。勝手な言動によってリーダーとしての格を落とされるのは集団の長としては致命的、だからこそ基本は自身に従うようにと契約していた。
そこに彼女からの賭けの提案を持ち出された。現在、彼らはあるスコードロンの襲撃を画策している真っ只中。ルートも同じ場所を通っている事を確認した、どの時間帯に現れるのかも確認した、敵がどのような武装をしているのかと確認に確認を重ねて今ようやくここに居る。姿を隠した大柄なプレイヤーは居るがアイテムやエネルギーの運搬要員なのだろうと考えた。だが彼女、シノンはあのマントに隠れた大男の方を先に撃ちたいと言い出した。ここで好き勝手にされては計画が破綻するため、ミニミ軽機関銃持ちを狙えと指示を出した。そこで賭けが提案されたのだ。
『もしあの大男を撃って背負っている物の正体が武器だったら、戦利品の中で一番高いヤツを私にちょうだい。もし武器じゃなかったなら、暫くアンタ達のスコードロンに
ふざけているのかとダインは彼女に問い掛けた。そして今はそんな事をしている場合ではないと言いかけた時、彼女は努めて冷静に言葉を紡ぐ。
『なら協力関係が終わり次第、このへカートをやるわ』
『なっ──?!』
馬鹿げたことだった。この世界において命より大事な銃を手渡すことの意味を知らないわけが無い、ましてやこの銃こそ彼女のトレードマークであり噛み合った相棒として知れ渡ったのだから。それをタダで渡すという事の何たる愚かさかと、頭のネジがイカれて正気を無くしたのではと思った。だが彼女はそれに意を介さず言葉を紡ぎ続ける。
『襲撃のタイミングで追加プレイヤー、正直ここで都合が良すぎると怪しまなきゃならないものよ。Vがそう言ってた』
『今そこでヴァー・ヴィーの野郎は関係ないだろ! それにもし間違ってたらへカートを渡す? 正気の沙汰じゃねぇ!』
『正気よ。それにアンタ達は何度もこの順路を通る所を見ている、とすれば逆に奴等も気付いて対策を仕掛けている可能性だって考えられる。現にあの大柄の奴が用心棒では無い可能性は一体どこにあるのよ』
『ぅぐっ……』
『ダイン、アンタが納得しないなら納得するまでこの賭けを提案し続けるわよ。私はあの大柄の奴を倒す、何度でも言い続ける』
力強く、意志を貫き通す。スコープ越しの視線は未だにその大柄なプレイヤーを狙い続けており、片時も視線から外すような真似もしていない。脈拍に干渉するバレットスコープが若干の荒ぶりを見せつけていて、冷たさの奥に隠れた熱が露になっていることが分かる。
『──────っ、好きにしろ』
『嘘だろダイン?!』
『ただし』
『ええ、約束は守るわ。でも悪いけどこの賭け、私の勝ちよ』
ダインの呆気に取られたような声の直後、シノンの持つへカートから銃弾が発射された。
「で、手に入れたのがこれと」
「ええ。これは流石に無いでしょ?」
「俺の棚にか? ま、無いな。使わんし使おうとも考えんよ」
ヴァー・ヴィーが確認しているシノンの戦利品M134機関銃、通称ミニガンは本来航空機などに装備される代物であり人間には到底扱えない。だがことGGOにおいてはミニガンでさえもプレイヤーが扱うことの出来る設定が施されている、筋力値極振りでも無ければ扱えはしないし隙だらけなので浪漫プレイにでも使うのが関の山ではないかと彼は思う。ただ制圧力や連射速度、威力は既存の銃より桁違いなので上手く使えばといった見解を有してもいる。
さて、シノンが何故この店にミニガンを持ってきているのかだが理由は単純、売るためである。ミニガンを手に入れたシノンはスコードロンに居たダインを含めた男衆の手で運ばれたが、ミニガンの存在を知るや否やバイヤーがわらわらとハエが
「とはいえ安易に売らずに済んで良かったな。安値で買い取られて法外な値段で売りさばかれる未来もあるしな。転売ヤー死すべし」
「何か言った?」
「いんや何も。で、コイツの値段だが」
手渡されたタブレット型端末に映る内訳は若干無視しつつ、最終的な値段が記載されている所までスクロールしていくと520Kという高額な値段がそこにはあった。その値段を決めたヴァー・ヴィーは葉巻の先端に
「……Vからしたら払っても良い金額ってことよね、これ」
「そうだ」
「アンタからしたら、
「マーキと組んでから実質資産が億以上あるんだ、正直な話しどこかで使わねばならんのでな」
「実質って……まさかゲーム内に所持金ほとんどあるの?」
「所持限度額ギリギリまでな。残りはマーキの所で銀行みたく預かってもらっている」
“所得税がな”と心の中で思い、ほほ笑みを浮かべているマーキの想像がされるが死んだ魚のような目をしながらその想像を霧散させる。彼としてはあの遠慮の無さに引っぱたきたくなる時があるが既に何度もやり取りしている以上、そこに諦めが付いてまわるようでその気力は起きないらしい。
ショップスペース内に煙が広がっていくが、このミニガンの占拠率に目が行ってしまう。決して邪魔という訳では無いが置き場所をどうするかとヴァー・ヴィーが悩み、現実換算で52万円という大金を受け取ってどうするべきかと悩んでいる2人の沈黙を破るように来客が入店してきた。
「ヴァー・ヴィー、早速で悪いがメンテナンス……あ」
「あ」
「んぉ、闇風か……ああそういえば、お前らそうだったな」
入ってきたのは第2回BoBでシノンが相対した闇風、ようやく営業再開したこの店の中で微妙に気まずい雰囲気が出るかと思いきや、闇風がミニガンを見たことで空気は一変する。
「ミニガン……まさかベヒモスがやられたのか?」
「そこの狙撃手にな」
「お前が?」
「そうだけど」
「マジか……」
闇風の胸中にあるものは何かに定まったものではなく様々な感情が綯い交ぜになったものであったが、目の前にあるミニガンがベヒモスが倒されたことへの現実味を増していく。床に置かれたそのミニガンに手を添えて軽く2回ほど叩くと、色々と孕んだ溜め息のあと立ち上がってシノンに問うた。
「これ、どうするんだ?」
「Vに売ろうか悩み中。ほらこれ」
「なになに……うっわアンタこれ」
タブレット端末の画面とヴァー・ヴィーを交互に見やる。バイヤーでもこの金額を払う奴は居るとは思うものの、なんの抵抗も無く520Kという大金を支払えるのは彼が異様に稼いでいるからなのだが、表示された金額が金額であるため驚きはする。とはいえ闇風の本題はまた別なのだが。
「なぁ、悩んでるんだったら俺が買ってもいいか?」
「それは良いけど、何で?」
「まぁなんつーか……アイツとは何だかんだで付き合い長いし、コイツ手に入れた時は物凄い喜んでたからな。それがドロップの対象になって誰とも知らない奴の手に渡るぐらいなら……まぁ俺の勝手な感情で買いたいってだけだ、うん」
シノンがヴァー・ヴィーの方へと視線を向ける。そのヴァー・ヴィーは肩をすくめるだけで何も言わず、2人に背を向けた。シノンはその様子を見てタブレット端末をカウンターに置いて闇風と向き合う。
「良いわ」
「! そりゃ良かった、じゃあ幾らだ?」
「要らない」
「へ?」
「お金は要らない。それはあげるからベヒモスに返してやりなさい」
「いい、のか? いや凄い有難いんだが本当に要らないのか?」
「私がそう言ってるんだから良いのよ。Vも文句無いみたいだし」
背を向けているヴァー・ヴィーが2回手で払うような動きをすると、闇風は表情を綻ばせながら感謝の意を述べた。
「恩に着る、シノン。ヴァー・ヴィー」
「俺は何もしておらんがな……おい闇風、お前のキャリコ貸せ。特別に無償でメンテしてやる」
「えマジで!?」
「俺が良いと言ってるんだ。ほらさっさと渡せ」
驚きながらも闇風は自身の装備であるキャリコM900Aをヴァー・ヴィーに渡し、それを持って彼は開発部屋の方へと足を運んで行った。その様子からふと、シノンは闇風に聞きたいことが出来た。
「ねぇ闇風、Vのことを知ってる様子だったけど」
「お、まぁな。銃士Xには負けるがそれなりにアイツを知ってるからな」
「もし良ければだけど、彼がどんな人なのか教えて貰える? 私が知ったのはつい最近だったし」
「あー……俺でよければ、もっとも自分の恥を晒す事になるからそこは我慢してくれよ?」
こうして闇風が語る、ヴァー・ヴィーの人物像に触れることなったシノンであった。
【キャリコM900A】
アメリカのキャリコ社が開発した自動小銃、または短機関銃。独特なデザインと多数装弾弾倉を採用し50または100発もの弾を装填可能にしている。中でもM900Aは軍、警察機構向けに短機関銃モデルとして開発されAの文字がある場合、フルオートでの射撃が可能となっている。